とある科学の元魔術師   作:珠風船

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第15話:嗚呼、現実よ

 第十学区とある廃墟ビル

 

 ここは第七学区にあるビル。とうの昔に廃棄されており武装無能力集団(スキルアウト)―――無能力者(レベル0)の生徒が学校に行かずにグレた集団、所謂チンピラや不良――の格好の隠れ家となっていた。そんな彼らは、現在進行形で皆等しく床にぶっ倒れている。しかし、その例外が二人だけ。

 その二人共が風紀委員(ジャッジメント)の腕章をつけている。一人は男子で、手を叩きながら溜息を吐いていた。もう一人は女子で、目に前に広がる光景を見て呆れ返っている。

 

「ふう、これで一息ついたか?」

 

「はいですの、全く不埒な輩が多すぎですわ。しかも、」

 

 男子の方は枝先千歳。女子の方は白井黒子。二人共高位の能力者であり、無能力者(レベル0)である武装無能力集団(スキルアウト)程度に遅れをとることなどそうそう無い事だ。だが、千歳も白井も体中に絆創膏やら包帯を巻いている状態だった。

 

武装無能力集団(スキルアウト)が能力を持つとここまで面倒とは」

 

「まったくだな。カマキリがデカくなったらこんな感じになるのか」

 

 例えが理解できませんわ、と白井がポケットから携帯電話を取り出しながら適当に答える。それを聞く千歳はそうか、とどうでもよさげにあさっての方向を見ている。

 そんな二人の目の前には多数の男たちが呻きながら、中には気絶しながら倒れている。人によっては鼻がつぶれていたり、服が鉄の矢で縫い付けられていたりとなかなかの惨劇だった。

 こんな事になった原因は言わずもがな、千歳と白井だ。その片方である白井は携帯電話を耳に当てて、連絡を取っている。

 

「もしもし、初春ですの?」

 

『はいはーい、こちら初春です。白井さん、お仕事終わりましたか?』

 

「ええ、今しがた終わったところです。警備員(アンチスキル)への連絡はもう済みましたか?」

 

『はい。あと2、3分で到着するはずですよ。千歳さん、聞こえてますか?』

 

 白井と千歳の距離はそれなりに離れているものの白井は千歳の方に電話を向ける。千歳は能力の関係上、聴力が尋常でないほど良いので、この距離でもしっかり会話が出来ている。

 

「ああ、問題ない。サイレンもちゃんと聞こえてきてるよ。これから支部に戻っても大丈夫か?」

 

『そうですね。最近働き詰めですし、休むことも大事ですから。怪我とかしてませんか?』

 

「いえ、少しだけですが。医療キットの準備をお願いしますわ」

 

『分かりました。気つけて帰って来てください』

 

 初春が言い終わると電話が切れた。その間に千歳はビルの窓から外を見ており、窓の外には警備員(アンチスキル)の車両が到着してきている。

 

「さてと、警備員(アンチスキル)も到着したことだし。帰るか」

 

「そうですわね」

 

 そう言い残して二人は部屋の外へと出て行く。あとに残ったのは倒れた多数の武装無能力集団(スキルアウト)。部屋を出る時の千歳たちは本当に疲れきった表情であり、これから休めるという事が本当に嬉しそうだった。

 

 そもそもこのような状態になったのは約一週間ほど前から。

 だが、とりあえずミラと食蜂、相楽が幻想御手(レベルアッパー)の使用用途からシステムまで、すべてを明らかにした日、十日ほど前に遡る。

 

 

 

 

  ◆

 

 第七学区とあるファミレス

 

 このファミレスには二人の学生と一人の研究者が座っていた。

 学生の方は美琴と白井。二人は先日の虚空爆破(グラビトン)事件の犯人やその他の生徒が突然倒れたと聞きいた。その時たまたま、都市伝説のサイトから幻想御手(レベルアッパー)の存在を知り、その調査をしていてのだ。

 一方の研究者の方は白衣を着た目のクマが酷い女性、木山 春生(きやま はるみ)。原因不明で倒れた生徒の調査にやってきていた大脳生理学者である。彼女は美琴たちから幻想御手(レベルアッパー)のことを聞き、その詳細を知るためにここにいた。

 だが、とりあえず前半は聞いても大して意味がないので割愛。

 

「つまりネット上で噂の幻想御手(レベルアッパー)なるものがあり、君達は昏睡した学生たちに関係しているのでは、というふうに考えているわけだな」

 

「はい」

 

「で、何故そんな話を私に?」 

 

「能力を向上させるという事は、脳に干渉するシステムである可能性が高いと思われます。ですから――――」

 

幻想御手(レベルアッパー)が見つかったら私に調査して欲しいという事だな。それなら構わない。むしろこっちから協力してほしいくらいだ」

 

 木山は白井の言葉を快く承諾する。学生の調査のために派遣されてきた彼女としては、手がかりが多いに越したことはない。

 そんな木山を見て白井は安心したように頭を下げる。

 

「ありがとうございます」

 

「ところで、さっきから気になっていたんだが、あの子達は知り合いかね?」

 

 そう言って木山が指差す先は窓ガラス。窓ガラスのその先には三人の人影、佐天と初春と千歳である。

 佐天と初春は窓ガラスにニコニコ顔で張り付いて美琴たちを見ていた。さらに千歳がそんな二人を見てから美琴たちを見て、邪魔してすまんな、とでも言うように申し訳なさそうな感じで苦笑している。

 そんな千歳たちを白井たちが手招きして、自分たちの席まで呼ぶとファミレスの中へ入ってくる。

 そして、千歳たちが入ってくるのを待つ間に、白井の携帯が鳴り、

 

「すいませんの。電話のようですから少し席を外しますわ」

 

 白井はそう言って席を立つ。そして、入れ替わるようにして千歳たちが美琴たちがいる席へとやって来ていた。

 

「白井さんは何かあったんですか?」

 

「黒子は電話が来たみたい。それでこちらは木山先生っていって脳の学者さんなの」

 

「はじめまして、木山だ」

 

 美琴の紹介により木山が自己紹介をし、それにつられるようにして千歳たちも自己紹介を行う。

 

「枝先です」

 

「佐天です」

 

「初春です。脳の学者さんなんですかー。なんでそのような方とお茶を? もしかして白井さんの脳に異常が……」

 

 初春がふざけながらも真面目に美琴を問いただす。実際、美琴が関わると白井はいろいろ頭がおかしくなっている。初春の心配もごもっともなのだが、美琴はそれを笑いながら否定し、

 

「あはは、違う違う。幻想御手(レベルアッパー)の件で少し相談をしてたのよ」 

 

幻想御手(レベルアッパー)って言ったらあの都市伝説のですか? 能力が上がるっていう!」

 

 佐天が興奮したように、確認するように聞く。佐天はそういった都市伝説の類が大好きで、美琴たちが幻想御手(レベルアッパー)の存在を知ったのも佐天がその情報を知らせたからだったりする。レベルに対してコンプレックスを持つ佐天からすればそれに注目しないわけがない。

 そんな時、

 

「お姉様! 木山先生!!」

 

 白井が驚いたように、焦りながら戻ってくる。

 

「ちょ、どうしたのよ、黒子?」

 

「何か悪いことでもあったのか?」

 

 白井があまりにも焦って戻ってきたことで、美琴と木山は反射的に驚いたようにして声を出す。

 そして、白井が告げるそれは、幻想御手(レベルアッパー)を調べようとしていた美琴たちの動きを思わず止めるものであり、

 

「それが、……幻想御手(レベルアッパー)の実態が判明したと」

 

「「「「「…………」」」」」

 

「「え?」」「は?」「「なんだと?」」

 

 全員が全員、鳩が豆鉄砲を食らったような驚きの表情だ。知らせがあまりにも早すぎた。犯人逮捕のための会議を始めた途端、急に犯人が捕まったようなものである。

 ちなみに、左から、初春と佐天、美琴、木山と千歳だ。

 

「あー、とりあえずその実態とやらを聞かせてもらおうか?」

 

「あ、はい。それによると――――」

 

 白井が説明を始めると、他の皆は黙って聞いている。のだが、頭のあまりよろしくない佐天と初春は理解不能なようで、知恵熱により頭を抱えて机に沈み込んでいた。一方で、美琴と千歳、木山は目を点にし、完全にポカーンとしている。

 そして、白井がミラたちが明らかにした幻想御手(レベルアッパー)の全容をあらかた説明し尽くすと、

 

「と、いう事なのですが……、どうでしょうか?」

 

 伝える白井ですら確信を得られていないようで、かなり自信なさげな感じだ。ある程度話を理解できていた千歳でもあまり信じられていないようで、

 

「…………何ともぶっ飛んだ理論だな。こんな事有り得るんですか?」

 

「確かに信じられないような事だ。……が、的は得ている」

 

 専門家である木山はあまり認められないように苦々しい表情をしているものの、言葉ではその説を認めているようだ。

 それに木山はまだ気になる事があるようで、

 

「誰がこの説を導き出した?」

 

「常盤台中学のミラジェーンさんと、あー、それとー」

 

 ミラの事は普通に言う事は出来たものの、その後がかなりしどろもどろになり、白井は言葉を発せられずにいた。それもそのはず、次に言わなければならないのは食蜂の名前である。

 美琴の前でミラを除いて食蜂の名はタブーなのだ。美琴とルームメイトである白井はその事は重々承知している。なにせ、以前のシャワールームでは死にかけた程なのだから。

 そんな白井の心境を知ってか知らずか美琴は、気軽にアイスコーヒーを飲みながら催促をしてしまう。

 

「? 早く言いなさいよ」

 

「……食蜂操祈さんですの」

 

「……」

 

 ペキリ、と確実に美琴が持つアイスコーヒーのコップからおかしな音が響き渡った。割れてはいないが、美琴の顔は完全に笑顔のまま固まってしまっている。

 そんな美琴の様子に気がつかなかったようで、木山は首を傾げながら不思議そうな感じで話を続ける。

 

「……ミラジェーン? 食蜂?」

 

「ミラは第八位、色彩調節(コーディネーター)。……食蜂は第五位、心理掌握(メンタルアウト)です」

 

 美琴は何とか理性を取り戻したようだ。が、食蜂のことを言う時はどこか憎々しげである。というか、いったいどこまで仲が悪いのか。

 

「……第八位に第五位。……そうか、彼女らだったか」

 

 そう言う木山はなんとも外を見ており、感慨深そうでありながらも、どこか懐かしそうな雰囲気を醸し出している。

 そんな木山の様子を見る佐天は少し不思議そうに、

 

「ミラさん達と知り合いなんですか?」

 

「ああ。まあ、少し、な。

 それより、さっきの幻想御手(レベルアッパー)の説が心理掌握(メンタルアウト)お墨付きの説なら、私が出る幕はなさそうだ。まあ、私に出来ることと言えば、その説が本当かどうかを確かめるくらいか」

 

 木山がそう言った後、ドリンクを運んできた店員がずっこけた事もあり、なんやかんやで美琴達による幻想御手(レベルアッパー)の会議は終わってしまった。その間、なぜか佐天は少し俯いたままだったが。それになんだかんだ長い時間話し合っていたようですでに日暮れが近く、完全下校時刻も近くなっていた。

 

 

 一同はファミレスの外へと出て、皆一様に木山に頭を下げる。

 

「お忙しい中、ありがとうございました」

 

「いや、私は何もしていないさ。それに教鞭をふるっていた事も思い出せたし、楽しかったよ」

 

 笑いながらもどこか哀愁を漂わせながら美琴の言葉に木山は答える。

 

「教師をなさっていたんですか?」

 

「昔……ね。それと、あとの対策は警備員(アンチスキル)がとってくれるだろう」

 

 ここまで幻想御手(レベルアッパー)の全容が掴めているならば警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)も充分に対策を立てることができる。

 そして、千歳もそれに同意のように言う。

 

「そうですね。ここまで条件が揃っているなら、犯人が捕まるのも時間の問題でしょうし」

 

「じゃあ、捜査の方は任せるよ」

 

 そう言って木山は帰路につこうとするが、

 

「      」

 

 振り向きざまに彼女は何か小声でつぶやいた。が、その呟きは誰にも聞き取ることは出来なかった。

 

 そんな木山を見送った美琴たち。彼女らも、もう帰る時間だ。

 

「それじゃあ、わたくしたちも帰りましょうか」

 

「そうですね。とりあえず幻想御手(レベルアッパー)については上からの通達を待つしかないですし」

 

 初春が白井に同意するように言う。

 警備員(アンチスキル)への連絡は相楽がすでに済ませており、白井への連絡した理由は彼女らが同じクラスで唯一の風紀委員(ジャッジメント)だからだったりする。

 

「じゃあね、また明日」

 

 美琴が手を振りながら言うと、それに応えるように初春も手を振る。

 

「さよならー、御坂さん、白井さん」

 

 ちなみに美琴と白井は同じ寮のため帰り道は同じ。千歳たちは皆、寮の場所は違うが同じ学校なので場所は近い。そのため千歳、佐天、初春も一緒の道で帰っていく。

 

 

 

 この翌日。

 

 仮説ではあったが、高位の精神系能力者(食蜂が名前を伏せさせた)が調査したという事。そして、大脳生理学者が認めた事もあり、治安部隊の上層部はその仮説に従う事を方針として決定。

 上層部により、学園都市中の風紀委員(ジャッジメント)の支部、また警備員(アンチスキル)幻想御手(レベルアッパー)の対処法が通達された。

 

 まずは、使用している生徒がいるかどうかを確かめる事。まあ、電話一本で確認できることから問題は特になかった。

 次は収容施設にいる生徒たちへの聞き込み。捕まっていた生徒のすべてが幻想御手(レベルアッパー)を手に入れた方法は、変装をした人物から入手したと供述。そして、取り調べによりわかった事はその人物は男だったという事、その男が裏では配達商人(セールスマン)と呼ばれていた事ぐらいだ。

 

 ここまで聞いていればある程度の問題はあるが、うまく対策されているようにも思える。しかし、問題はこの数日後なのだ。

 が、とりあえず千歳たちが武装無能力集団(スキルアウト)を取り締まった後、支部に戻った時間へと戻る。

 

 

 

 

  ◆

 

 

 風紀委員(ジャッジメント)第177支部

 ここは千歳や初春、白井が配属されている風紀委員(ジャッジメント)の支部だ。現在、上からの指示により配達商人(セールスマン)幻想御手(レベルアッパー)使用者の搜索にこれでもかというほど追われていた。

 

「うー、疲れましたー」

 

「初春、大丈夫かー」

 

 ずっとパソコンの画面に向かっていた初春は、目を擦りながら休憩用の机へとゲンナリとした感じで沈み込んでいた。初春は裏では守護神(ゴールキーパー)と呼ばれるほどの凄腕ハッカーである。そんな彼女にパソコン関連の仕事がいかないはずもなく、過労死するほどに働いていた。

 そんな彼女に声をかけるのは千歳である。支部に戻った後、初春から手当をしてもらい、やっと休めると思ったら残業を言い渡されたのだ。パソコンに向かいながら作業中なのだが、心なしか目が死んでいる。

 

「なんでこんなに仕事があるんだろうな……」

 

「私たちが風紀委員(ジャッジメント)だからでしょうか」

 

「そーですわねー」

 

 白井もまた、初春同様ぐったりとしてテーブルに沈み込んでいた。この支部にいる皆が連日働き詰めなのである。

 そんな中、支部の入口が開く。そこに立っていたのは、

 

「おーす、元気……ではなさそうね」

 

「みんなー、差し入れ持ってきたけど……」

 

 手にビニール袋を下げた美琴と、バスケットを持ったミラである。が、二人共少し引いていた。なにせ支部の中はどんよりした、この世のものとは思えないほどに濁りきった空気が蔓延しているからだ。

 

「あ、お姉様にミラさんですか……」

 

「……こんにちはー、御坂さん、ミラさん」

 

「すまんな、こんなんで」

 

 白井と初春はテーブルに沈み込んだまま挨拶をする。美琴大好きの白井ですら、わずかに頭を動かした程度だ。唯一、仕事をしている千歳ですらパソコンに取り憑かれたように、モニターから顔を離さないでいた。皆一様に覇気の欠片もない。

 

「と、とりあえずお茶にしないかしら?」

 

「……そうですわね」

 

「いただきます……」

 

「……お茶か、なんとも甘美な響きだあっはっはっはっ」

 

 ミラの提案に賛同はしているのだが皆元気が戻らない。千歳に至ってはもはや別の次元に飛んだかのような有様である。パソコンから這い蹲るようにして、休憩用のテーブルに逃げてきた。

 

「私はジュース類買ってきたから好きに飲んで」

 

「こっちはワッフルとかマフィンとか。とりあえず甘いものを中心に作ってきたから」

 

 甘いものと聞き、甘いもの好きの初春は少し元気になったようでテーブルから顔を上げ、お菓子に手をつける。千歳もまた甘党であり、別次元から帰還して一心不乱にミラ手作りのお菓子をかっこむ。

 

「疲れた時には甘いものだな。疲れてなくても甘いものだが」

 

「そうですよね。甘いものは至高の食べ物です」

 

 千歳と初春は目をキラキラさせてパクパクとお菓子を平らげ、白井もそれに続くようにお菓子を摘んで体力回復に勤しんでいる。

 そんな彼らを見るミラと美琴は少し安心したように微笑み合う。彼女らは毎日仕事に追われる白井たちを労うためにお菓子やジュースを持ってやって来ていたのだ。

 

「それで幻想御手(レベルアッパー)は、」

 

 美琴が幻想御手(レベルアッパー)と口にした途端、千歳たちの手が止まり、は? 何それ? みたいな雰囲気が漂ってくる。彼らにとってはそれほどまでに幻想御手(レベルアッパー)は聞きたくない単語なのだ。

 

「メッ、休憩中に仕事の話は厳禁よ」

 

「ご、ごめん」

 

 ミラが美琴の額を軽くだがペシっと叩く。そんなミラたちを見て白井が、

 

「構いませんわ。差し入れのおかげでだいぶ元気になりましたし。とりあえず最初からおさらいしましょうか」

 

「だな、最近自分でも何をやってるかが分からなくなりそうだ」

 

「ですねー」

 

「コホン、あー、とりあえず――――」

 

 

 白井の言葉を要約すると、

 

 まず、対策を立てた翌日に幻想御手(レベルアッパー)の能力が上がるという事のみがネット上にばらまかれていたのだ。おまけに配達商人(セールスマン)は今までのような手渡しから、ネットに変更して幻想御手(レベルアッパー)を配布していた。

 しかも、ネットで同時多発的にアップされていたために風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)も対策に出遅れ、かなりの数が外へと出回ってしまったのだ。

 

 まず、それに食いついたのは武装無能力集団(スキルアウト)。能力を持てないことで落ちぶれていた彼らに幻想御手(レベルアッパー)は正しく天の救い。彼らだって意識不明になる事を聞いてない事もなかったが、彼らの結論は、

 

幻想御手(レベルアッパー)を使って意識を失うというのは、能力を簡単に上げさせないために警備員(アンチスキル)が流したデタラメ』

 

 という事だ。なんとも短絡的だが、この説により使用者は爆発的に増加した。しかも一般生徒までこの説を信じる始末。

 

 この説が幻想御手(レベルアッパー)使用者を増やした大きな原因だが、まだまだ理由は残っていた。

 

 一つは警備員(アンチスキル)の対応が本格的だった事。それが逆に幻想御手(レベルアッパー)の信憑性を高めてしまった訳だ。

 もう一つは意識不明になった者が少なすぎた事。それが学生に危機感を感じさせなかった。それにより学園都市からの呼びかけを無視、誰も意識不明になると信じなかったのだ。 

 とにもかくにも判明が早すぎた結果だった。自分の都合の良いように考えてしまうのが人間という生き物なのだろう。幻想御手(レベルアッパー)は都市伝説から現実のものへと昇華した。

 

 

 さらに、予想外だったのは内部情報の漏洩していた事。

 

 その結果、警備員(アンチスキル)ないし、風紀委員(ジャッジメント)の何者かが配達商人(セールスマン)本人かその協力者という見解に至る。が、ここでも問題発生。

 警備員(アンチスキル)への内部調査は特に問題なかった。彼らはボランティアとはいえ公務員。聞き込みに読心能力(サイコメトリー)を使用しても文句は言えない。

 一方で風紀委員(ジャッジメント)への調査は反発があった。風紀委員(ジャッジメント)は学生による有志により構成される。様々な適性試験や訓練を経て活動しているにも関わらず疑われたのだ。一部ではあったが、

 

『自分たちは信用されていないのか』

 

 という主張がでて、ストライキの直前まで行きかけた。

 こうなってしまってはできることなどほとんどない。江戸時代の五人組のように各支部内でお互いをお互いで見張る始末。

 

 これが千歳や初春、白井が所属している第一七七支部のように仲がいいのなら問題ないのだが、どの支部もそういうわけではない。支部内でメンバーの仲が悪ければいがみ合い、風紀委員(ジャッジメント)の機能は全体的に低下。

 

 

 

「――――と、まあこんな感じですわね」

 

 あらかた語り尽くすと白井はヤシの実サイダーを口に含む。

 その間に美琴が、

 

「改めて聞くとひどい状況ね」

 

「そうなんですよ、風紀委員(ジャッジメント)がうまく機能しなくなってから、まだマシなうちの支部みたいな所に皺寄せが及んでいて……。夏休みなのに朝から晩まで毎日働き通しですよ」

 

 初春がいちごおでんを啜りながら愚痴るようにして呟いている。それを見ている千歳と白井は同意するように全力で首を縦に振っており、ミラと美琴はもう苦笑するしかなかった。

 

「で、手がかりは掴めてるの?」

 

「いいや。治療方法も配達商人(セールスマン)への手がかりもなにもない」

 

武装無能力集団(スキルアウト)を抑えるのに人員を割いているのが現状ですの。それに意識不明者になる人も徐々に増えていて、そっちにも人が必要で。完全に配達商人(セールスマン)にされるがままです」

 

 千歳も白井も悔しそうに言い、初春も無言だが悔しそうに頷いている。

 ミラと美琴もため息を吐いて呆れるしかない。学生たちの危機管理能力の無さにも、配達商人(セールスマン)の用意周到さにもだ。

 そんな時、初春が

 

「そういえば食蜂さんはどうしたんですか?」

 

 彼女の中ではミラと食蜂はセットだというイメージらしい。

 

「あー、操祈もいろいろあってね」

 

 これについてもミラは苦笑するしかなかった。 

 何故なら、食蜂は常盤台中学を通して警備員(アンチスキル)から協力を要請されていた。食蜂ならば意識不明の学生を目覚めさせられるのでは、という事だが、食蜂は起こしてもキリがないという事で拒否。

 それでもしつこく要請が来るので寮に引き篭り、現在、食蜂は最上級に不機嫌、ミラでさえ手がつけられない状況だったりする。いや、手は付けられてもかなりのわがままで駄々っ子なのだ。

 

「佐天ちゃんは来てないの?」

 

「佐天……?」

 

「この支部には最近、来てませんわよ」

 

「私も会ってないわ」

 

「あ、学校の友達と遊んでるって言ってましたよ。私たちに気を使ってるみたいで。というか千歳さん! 今、佐天さんの事忘れてませんでしたか!?」

 

 初春の叱責を、千歳は嘘をついた大人のように白々しく、露骨にそっぽを向き口笛を吹いて誤魔化す。

 

「ここに来るのに誘えばよかったわね」

 

「そうね。それじゃあ、そろそろお暇しようかしら。これ以上邪魔しちゃ、仕事が終わらなそうだしね」

 

 ミラが何気なくそう言って席を立つのと同時に、風紀委員(ジャッジメント)三人組が時計を見て顔を真っ青にしてぶっ倒れた。幸せは長く続かない、そんな言葉を痛いほどに思い知らされた彼らだった。

 

「嗚呼、現実よ。ただいま。夢なんかに浮気して悪かったな……。やはり俺にはお前だけだよ」

 

 どこにも見えない恋人に囁き始める千歳は危なっかしくフラフラとパソコンの前に戻り、それにつられるように初春と白井も自分の残りの仕事に取り掛かる。皆が皆、敗残兵を通り越した惨たらしさ、もはや知能が高いだけのゾンビ集団にも似た光景だった。

 

「じゃ、じゃあ、頑張って」

 

「あんまり無理しないでね」

 

 美琴とミラはそう言い残すと支部から外に出る。その時に、ありがとうございましたー、と聞こえてきたのはいい。のだが、地獄の底から鳴り響いてくる絶望の叫び声だ。

 

「はあ、黒子達。今にもくたばりそうだったわね」

 

「手伝えたらいいんだけど、私たちじゃ足を引っ張るだけになっちゃうし」

 

 残念そうに、俯きながらミラが呟く。書類整理は風紀委員(ジャッジメント)の領分だ。デスクワークでは一切の協力は不可能だと言える。だが、二人共その程度で友人を見捨てるような性分でない。

 

「それじゃあ、行こっか」 

 

「ええ、そうね」

 

 彼女らはこれから寮に戻る、のではない。ミラたちに出来ることと言えば、暴れている武装無能力集団(スキルアウト)の粛清ぐらいだ。ミラの能力で見つけて美琴が潰す。そんな感じがここ最近の二人の日課であった。

 

 

 

 

  ◆

 

 

 ミラ達が幻想御手(レベルアッパー)の実態を判明させた当日のとある研究室

 

「まさかこんなに早くバレるとは思ってなかった。流石は心理掌握(メンタルアウト)、甘く見たつもりは無かったがな」

 

 白衣を着た女性が椅子に座りながらため息をついてコーヒーを啜る。

 

「梓があれだけ言っていた理由がやっとわかった。それに色彩調節(コーディネーター)超電磁砲(レールガン)も参戦か。……あいつ、何もしてないよな?」

 

 彼女がそう言ったと同時に部屋のドアが開く。ちなみにこの部屋には彼女以外誰もいない。入ってきた人物の顔は、窓から差し込む西日によって白衣の女性には見えていない。が、それでも彼女は言葉を続ける。

 

「やっと来たか。もう準備は出来てるな、配達商人(セールスマン)?」

 

「……」

 

 腕を組んで問いかける白衣の女性の問いに配達商人(セールスマン)と呼ばれた男は黙って頷く。

 

「すまないな。私は、いや、私たちは止まるつもりはない。それに……、誰にも止めさせやしない」

 

「……」

 

 白衣の女性の言葉に今度は頷くこともしない。配達商人(セールスマン)の口はニヤリと歪む。

 

 

 この数日後、幻想御手(レベルアッパー)は学園都市に爆発的に増加した。

 




今回ちょっと時系列が分かりにくかったかもしれないです、すいません。
簡単に解説すると
木山と会う→幻想御手流出→ビルで戦闘→支部で死屍累々
こんな感じで時間は進んでました。バラバラにしたのはそれがいいかなと思ったからです。

幻想御手編ももうすぐ終わるといいなー。うん。人によってはラストの予想はわかってるかもしれないですけど、そんな人の予想の斜め上をつけたらいいなと思ってます。
ちなみに原作よりも状況は悪化してます。
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