とある科学の元魔術師   作:珠風船

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第16曲:カレー、食べましょ

 第七学区とある公園

 

「んー、労働の後の一杯は体に沁みるわー」

 

 そう言いながら美琴は腰に手を当ててヤシの実サイダーをゴクゴクと飲む。まるで風呂上がりに牛乳を飲む人のようだ。ぷはっ、と言う姿は、

 

「美琴、おじさんみたいよ」

 

 白井達が仕事をしている支部から出た後。ミラ達は幻想御手(レベルアッパー)を使用して暴れているスキルアウトや学生を幾つか強襲し警備員(アンチスキル)の詰所へ郵送。

 その中には表層融解(フラックスコート)だー、とかいうイカス姉御や偏光能力(トリックアート)だぜドヤァ、とかいう生きた化石みたいなヤンキーもいたがミラと美琴により一蹴された。

 

 無許可でやってるミラ達も一歩間違えば補導されなくもない。しかし、そこはまあ、ご愛嬌という事で。

 

「ちょ、私まだ中学生よ!」

 

「あはは。冗談よー、冗談」

 

 突っかかってくる美琴を軽く受け流し、誤魔化すようにミラは黒豆サイダーの缶にをゆっくりと口をつける。

 

「んー、そういえば梓元気にしてるかなー」

 

「突然話変えたわね……。最近会ってないの?」

 

 美琴も桐船は顔見知りであり、少し歳の離れた友達感覚なのだ。そして最初は梓さんと呼んでいたミラも紆余曲折の後、梓と呼び捨てで呼んでいる。

 

「うん、去年の秋頃から何か色々忙しいらしくて。会えてもあんまり時間取れなくてね」

 

「へー、意外ね。あの人ならどんだけ忙しくても時間つくりそうだけど」

 

「でも、仕事を邪魔するわけにはいかないからしょうがないんだけどね」

 

 ミラはそう言って苦笑する。ただでさえ居候として転がり込んだミラはいろいろ例外(主に家事)を除いて桐船におんぶに抱っこの状態なのだ。わがままは言うつもりはない。

 

 

 

 

「そろそろ帰ろっか?」

 

 ミラがニコニコしながら公園内の時計を見る。その時刻はもう夕方、気づけば強烈な西日が辺りを包んでいる。帰る時間も考えれば少し遅いぐらいで、常盤台生の二人、いや美琴としてはあまり好ましくない時間だった。何故なら、

 

「そうね。寮監に黒子の事を言っとかないと。連帯責任で首をポッキリ……」

 

 美琴が言った言葉を想像して、二人の顔は真っ青に染まった。入学式当日、彼女らに与えられた寮監の恐怖はまだ、ありありと脳裏に刻まれているのだ。もう一年以上経っているにも関わらず。

 

「あ、あはは。こっちもそろそろ帰らないと操祈がいじけちゃう。ただでさえ最近不機嫌だから。美味しいもの作らないと派閥の子に八つ当たりしかねないわ」

 

 こっちもこっちで冗談ではすまないから恐ろしい。ミラには食蜂の能力が効かないからいいが、派閥のメンバーはそれこそ食蜂の玩具と化す。普段はミラがストッパーとして機能しているがそれがなくなれば当然凄惨な事態になるだろう。派閥メンバーの安寧はミラにかかっている。

 

「お互い大変ね」

 

「まったくだわ」

 

 

 そして、二人は軽い雑談をしながら楽しげに帰路へとつく。今日の晩後をどうするか、とか、ゲコ太がいかに素晴らしいか、などなど。

 そんな感じで公園から少し離れた場所。ごく普通の交差点で美琴が急に顔を上げ、目を凝らすようにして向かい側の道路で何かを発見した。

 

「アイツ!」

 

「どうしたの美琴?」

 

「ごめん、ちょっと用ができたから別の道で帰るわ」

 

 そう言うやいなや、美琴は周りに他の人がいるにも関わらず怒号を上げ、何かを見つけた方向へ恐ろしい程のスタートダッシュを見せて走り出す。

 

「待てやゴルァァァァァァァ!!」

 

「……えー」

 

 ミラが唖然としている間に、美琴は電光石火の勢いでミラの視界から消え去った。

 そして、美琴が消えた方向からは美琴の、戦えー! という雄叫び。さらには、不幸だー! という男の声と思われる悲痛で哀れな叫び声。おまけにバジジッ! という放電音に警備ロボットのサイレンまで鳴り響いてくる始末。

 

「何をしてるのかしら?」

 

 首を傾げ、なんともゆったりだが至極当然の感想を呟く。

 そして、呟きながらもパチッと指を鳴らして透視の能力を発動させ美琴の事を探す。その目に映っていたものは、

 

「あの人、この前セブンスミストの時の人?」

 

 黒髪のツンツン頭の高校生だった。ミラの言う通り、セブンスミストで爆弾による爆発を防いだ人だ。ただあの後、事後処理やら軽い聞き込み、なによりも食蜂が甘えてきたりで話もできず、彼の名前すら知らないのだが。

 

「でも美琴、楽しそう。ふふふ、好きなのかな? あの人のこと」

 

 電撃を発しながらまさしく鬼の形相で鬼ごっこをしている美琴を見て、何故そんな感想が出るのかはミラのみぞが知ることだ。街中を走り回りながら一方的に攻撃している美琴の顔は鬼の形相でありながらも、ミラから見てしまえば遊園地で遊ぶ子供のようにも見えるのだから不思議である。

 

 もしも操祈がこの場にいたならば、さぞ面白おかしく美琴の事を弄り倒すのだろうなー、そんなことも考えながら、美琴の事を微笑ましい目をしながらミラはニコニコする。ネコのやんちゃな行動を見て笑ってしまうように、ミラの心境はだいたいそんな感じであった。

 

 その後、美琴たちを観察してから、今日の晩御飯の献立を激辛チゲ鍋フォンデュにでもするかと決めて能力を解こうとしたとき、視界の端にチラリと見知った顔が映り込んだ。

 

「……あれは」

 

 

 

 

  ◆

 

 

「なんで、なんでこんな事になっちゃたんだろう……? ……幻想御手(レベルアッパー)なんて」

 

 そんな事を呟きながら歩いているのは佐天だった。だが、その様子に普段の元気さはどこにもない。

 焦点のあっていない虚ろな目は真っ赤に充血、その目の周りにはくっきりとクマが。艶やかなストレートの黒髪は、手入れを怠った様にボサボサで傷んでいる。顔色は病人のように真っ青。フラフラと危なげに歩く姿は、今にも風に飛ばされてしまいそうなほどに弱々しい。

 しかし、手だけは異なり、力強くギュッとお守りを握り締めている。

 

「アケミ、マコちん、むーちゃん。ごめんなさい……」

 

 ごめんなさい、佐天はずっとそう言いながら前も見ないで見るのは地面だけ、今にも倒れてしまいそうに歩いていた。

 道行く人は佐天の事を心配そうには見るが、所詮は他人事。ちらりと見ただけで、また気にせず歩いていく。

 

「うぁ……うぅ」

 

 そして、悲痛な嗚咽と共に佐天は横断歩道にさしかかる。

 しかし、信号の色は赤。目の間では車がビュンビュン行き交っている。だが、地面しか見ていない彼女はそんな当たり前の事にも気づかない。そのまま車の流れへ足を踏み出そうとする。

 

「……」

 

 しかし、後一歩のところで佐天の肩は誰かに叩かれ、彼女の歩みが止まった。

 

「赤信号で車道に出るのは感心しないわよ、佐天ちゃん」

 

「えっ?」

 

 その声のおかげで、まるで夢から覚め、現実に戻ってきたかのように佐天はハッとして我に返る。そして、肩が叩かれた事と声をかけられた事に佐天が反応して振り向こうとしたと同時に、ブスッという音と共に佐天の頬が盛大に凹む。

 

「い、いだぁっ」

 

「あはは、引っかかった♪」

 

 佐天の後ろから声をかけたのはミラだった。そして、肩を叩いたと同時にミラの手は人差し指を伸ばした状態。要するに佐天の頬はミラの指によりめり込んだ状態だった。

 見事にトラップに引っかかった佐天を見るミラは少しご満悦。一方の佐天は完全に混乱している。

 

「こんにちは、佐天ちゃん」

 

「あ、こ、こんにちは、ミラさん……」

 

 改めて佐天が振り返ってから、ミラはいつものようにニコニコ顔で挨拶をする。しかし、佐天はミラに気づかれないようにポケットにお守りを押し込んで、何か後ろめたい事があるかの様に手をギュッと握り、思わず俯いてしまう。

 

「友達と遊んだ帰り?」

 

「あ、はい」

 

「大丈夫?」

 

 脈絡もなく放たれたミラの問いにより佐天の肩はびくりと跳ね上がってしまう。それはまるで気づかれたくないものに気づかれてしまった子供のようにも見える。

 

「え、……えっと何がですか……?」

 

 恐る恐る何とか声を出すがどんどん声は小さくなり、最後の方はミラに聞こえたかも微妙なほど、その声は今にも消えてしまいそうだった。

 だが、ミラは佐天の目の下を指差して、

 

「目のクマと充血。酷いわよ?」

 

「あ、最近ネット見るのにハマっちゃって……」

 

 ミラの問いにひどく気が抜けたようで言い訳をするように答えた。

 そして、次にミラは軽く佐天の髪を持ち上げて、

 

「髪、ちゃんとお手入れしてる?」

 

「……暑いからシャワーで済ませちゃってて」

 

 頬を指差して、

 

「ご飯、しっかり食べてるかしら?」

 

「……夏バテで食欲が」

 

 佐天は明らかに無理矢理貼り付けたような笑顔だ。何かを隠している事は、子供でもわかるほどにバレバレである。

 一方で佐天を見るミラの表情はかなり複雑な物だ。何かを考え込むようで、また、心配するように。ミラの表情はそんな感じだった。

 そして、お互い顔を見合って少しの時間だが、固まってしてしまう。

 

「……」

 

「……」

 

 顔を見つめ合ったあと、ミラの表情は一変、にっこり笑って佐天の両肩に自身の手を当てる。それによって佐天は否応なしにミラの顔を見ることとなるが、

 

「そっか、そっか。でも、ちゃんとしないと倒れちゃうわよ」

 

「あ、あはは。気をつけます……」

 

 うちは今操祈が大変でねー、なんて世間話をするように言うミラを見る佐天は力なく笑う。そんな佐天のことを確認すると、

 

「あ、佐天ちゃん。一つお願いしてもいい?」

 

 言いながら左手の人差し指を一本だけ立て、佐天の目の前に持っていく。

 

「な、なんですか?」

 

「今日、佐天ちゃんのおうちに泊めてくれないかしら?」

 

「…………は、はい?」

 

 佐天の顔が困惑の色に染まった。言葉にはしていないが、何を言ってるんだ、この人? みたいな雰囲気が佐天からひしひしと漂っている。ミラの一言は今の佐天にとってそれほどまでに理解不能の一言だ。いや、おそらく誰が聞いてもミラの意図はわからなかっただろう。

 しかし、ミラはというとそんな事に気づかなかったかのようにしれっとしてして、

 

「ダメ?」

 

「いや、ダメっていうか……。えっと……」

 

「食費とかはちゃんと出すわよ?」

 

「あの、そういうことじゃ……。今、私の部屋散らかっちゃてて」

 

 無理矢理閃めかせたように佐天は言うが、ミラがその程度で折れるはずもない。ニコニコ笑いながら平然と言い返す。

 

「片付けくらい手伝うわ」

 

「私の部屋、常盤台の寮とは比べ物にならないぐらい、なんていうか、その貧しいですし……」

 

「私は外でも寝れるから大丈夫よ」

 

「……食蜂さんは大丈夫なんですか?」

 

「あ、操祈のこと忘れてた」

 

 現在、大絶賛不機嫌中の食蜂を放置しておけないのがミラの現状である。ここに派閥メンバーがいたら、帰ってきてください、と声をそろえて言うだろう。

 しかし、ミラは、

 

「ちょっと待っててね」

 

「え……」

 

 佐天に有無も言わせず、ポケットから携帯電話を取り出してピコピコと軽くタッチして耳に当てる。連絡先はもちろん食蜂だ。数コールの後食蜂が電話に出る。

 

「もしもし、操祈? うん? 早く帰ってきてって? あ、ごめんね。今日お泊まりするから帰れないわ。悪いんだけどご飯食堂で食べてね。ダメだって? あー、うん。

 ばいばーい」

 

「!?」

 

 そう言ってミラは一方的に電話を切ってしまう。しょせんは言った者勝ちなのだ。電話を切る直前に、みぃーらぁー!! という怒声が聞こえたが、それすらミラは無視して無かった事にする。そして、ミラに派閥メンバーのことはもう頭にはない。わけではないが、今はこっちの方がミラにとって大事である。

 

「と、いうわけなんだけど。……ダメ、かな?」

 

 目をウルウルさせて首を僅かに傾げて祈るように手を握る、所謂上目遣いと言われる動作でミラは佐天を口説き落とそうとする。同性からすれば怒気と殺意しか湧かないこの行動だが、使う人が使えばしっかり作動するから恐ろしい。

 ちなみにミラはその作動する方の人種だったようで、

 

「うう……わ、わかりました」

 

「ありがとう、佐天ちゃん!」

 

 お礼を言いながらミラは佐天に抱きついて幼子のようにぴょこぴょこ飛び跳ねる。そんなミラはいつも以上ににっこりで、佐天の方はかなり困り顔。佐天とすれば迷惑極まりないがミラはそんな事気にしていない。

 結局なし崩し的に、ではなくミラは完全に無理矢理泊まることを決めてしまった。なんだかんだでミラも超能力者(レベル5)の一人。人の話を聞かないあたりはそれらしい。

 

「それじゃあ、行こっか! ふふふ、夏バテ気味の佐天ちゃんがしっかり食べられるご飯作らないとね。スーパーによらないと」

 

「わ、ちょっ、ひ、引っ張らないでくださいよー!」

 

 ミラは佐天の手を掴むと自分のペースで走り出してしまう。ついて行く佐天はまたしても困り顔であったが、その表情には憂鬱さが少し晴れ、ちょっとではあるものの笑顔が戻ったようだった。

 

 

 

 

  ◆

 

 

 第七学区とあるスーパー

 

「うーん、かぼちゃはこっちの方が、いや、こっちかしら」

 

 野菜売り場で両手にかぼちゃを持ってかなり細部までミラは見比べている。種が太くて丸いかー、など、果肉の色は濃いかー、など、佐天から見た今のミラは熟練の主婦にしか見えなかったとか。

 

「あの、どんだけ真剣なんですか?」

 

「いい食材を選ばないと本当に美味しい料理はできないのよ!」

 

「そ、そうですか……」

 

 佐天は黙っていることしかできなかった。

 ちなみにこの後、五分ほどかぼちゃと格闘した後、ミラは肉やらスパイスやらと次々に戦いを挑んでいった。

 

 

 

 

 第七学区とある服屋前

 

「今から学舎の園帰るの面倒だからパジャマとか買っていくわね」

 

「服くらいなら貸しますけど」

 

 佐天がそう言ってミラが少し俯くと困ったように笑いながら、

 

「あー、入る、かな?」

 

「ち、ちなみにサイズは?」

 

 ミラが何に戸惑っているかを、佐天はミラの顔から約30センチ下を見てから納得した。そして、ミラは周囲を確認してから、内緒話をするようにして佐天の耳に手を当て顔を近づけると佐天にしか聞こえないように、

 

「……」

 

「ごめんなさい、無理です」

 

 ひと呼吸おいてから佐天はペコリと頭を下げて謝罪する。凄まじいほどスムーズで素晴らしい謝罪だった。そんな佐天を見るミラは本当に申し訳なさげである。

 

「本当にごめんね……。あ、佐天ちゃん、どんな柄がいいか選んでくれる?」

 

「えー、私がですかー? ミラさんの趣味に合うかな?」

 

「大丈夫よ。どんな奇抜なのを選んでも着こなしてみせるから」

 

 前で両手を握り締めて決意をあらわにするミラだが、それはある種の佐天への挑発だったりするわけで、

 

「それって私のセンスが無いって思ってます?」

 

「ううん。そんなことないわよ」

 

 ミラはそう言うが、佐天にはそうは捉えられなかったようだ。

 

「むむ、じゃあミラさんが感動ようなのを選んでやる!」

 

「ふふ、それじゃあよろしくね」

 

 ミラがにっこり微笑むと二人は店の中へ入っていく。

 

 

 

 

 第七学区佐天の住む寮

 

 この寮はごく普通の一人暮らし用の寮だ。キッチンやバスルームなどはごく普通、常盤台のように無駄に洒落てはいない。

 買い物に時間を費やしたおかげで佐天の住む寮についた時にはなんだかんだで時刻はもう夜。空は完全に暗くなっており月が輝いている。

 

「狭いところですが」

 

「おじゃまします」

 

 二人共靴を脱いで家へと上がる。佐天の手にはスーパーで買った食材が、ミラの手には佐天が選んだパジャマと必要最低限の生活用品が。お泊まり会の用意はバッチリである。

 

「それじゃあ、早速だけど料理。始めよっか」

 

「そう、ですね」

 

 ミラは笑顔で言うが佐天はそれに答えたとき何かを思い出したようでまた顔に陰りが見える。何か見つけて欲しくないものがあるかのように。

 そんな佐天の表情にミラは気づいたか気づいていないかは定かではないが、ミラはいつものようにニコニコ顔、キッチンへ移動して調理の準備に取り掛かる。

 

 

「野菜切ってくれる?」

 

「あ、はい」

 

 二人が作るのはみんな大好きカレーである。ちなみにルーを使わないでスパイスから作る手の込んだもの。ミラがこのスパイス選びに尋常でない程に時間をかけたのは余談である。

 

 なお二人共料理は得意であり、何の障害もなく終わらせてしまった。佐天が野菜を切り、ミラはスパイスの調合。プロ顔負けのスピードだったとか。

 野菜を切り、肉を炒め、水を加えて煮込み、スパイスを加えて。これだけの行程でも、二人がどれだけ料理に精通しているかがよく分かる。

 

 

 

「やっぱり二人でやると早いわね。あとは煮込むだけか」

 

 パッパパッパと済ませて残りの過程は煮込むだけ。流石に煮込むのはスピード勝負ではないので時間がかかる。ちなみにミラが鍋を見ている間、佐天はお風呂場に行っていた。

 

「そうですね。あ、お風呂入れましたから先にどうぞ」

 

 佐天はそう言ったがミラはそれに頷くことは事はなく首を傾げる。まるで常識を非常識で返されたように唖然とした顔で、

 

「え?」

 

「…………え?」

 

「一緒に入らないの?」

 

 さも当然の事のようにミラが言う。実際、ミラは寮では毎日ではないがたまに食蜂とお風呂に入っていたりするので、その習慣からか、お泊まり会のテンションからか。またしても佐天の言う事なんて気にしないで佐天の背中を押して浴室へ移動する。

 この時佐天は、人の話を聞いてくれ! とも思ったがそんなことは口が裂けても言えないことだった。

 

 

 

 

  ◆

 

 

 ちなみにこの時刻の学舎の園、とある寮

 

「あ、あの……じょ、女王?」

 

「……なにかしらぁ?」

 

「い、いえ。なんでもないです……」

 

「用もないのに話しかけられるとぉ、コッチはイライラするんだゾ☆ と、いうわけでぇー、チョコレート三箱の早食いにレッツ・チャレンジ☆」

 

「承リマシタ」

 

「もぉー、私のコト放っておいてどこで外泊してるのかしらぁ。まさかとは思うケド男じゃないわよねぇ。

 もしそうだったらどうしちゃおっかなぁ。もう人間としては生きていけないようにしてぇ、ブタ小屋の一員にするか、直立力しかない樹木に変えちゃおうかしらぁ♡ モチロン男の方を☆

 あ、でもミラの方にもバツは必要よねぇ。帰ってきたらどうしてあげよっかなぁー」

 

「オ、終ワリマシタ」

 

「お疲れ様ー☆ じゃあこれ追加」

 

「ウ、承リマシタ」

 

「ミラがいないとホントに暇ねぇー。あー、うー、んー飽きたし寝よ……」

 

 女王は絶賛不機嫌の頂点にいた。ちなみに彼女の周囲にはこれまでに力尽きた派閥のメンバーが死屍累々で転がっていたが、食蜂本人はそんなこと知った事ではない。そして、ミラの自由恋愛の日は遠い。

 

 

 

 

  ◆

 

 

 佐天の寮、風呂

 

 この家の風呂は特筆して大きいわけではない。一人暮らしに見合ったぐらいであり、二人で入るのは少しきついだろう。というか二人で入るように作られてはいない。だが、そんなことは気にしない。狭いながらも二人で足を抱えるように体育座り。向き合うようにして、頭にタオルを巻いて全身お風呂につかっている。

 

「佐天ちゃん、やっぱり髪、痛んでたわよ」

 

「す、すいません」

 

 ミラが咎めるようにして言う。それはお湯に浸かる前に髪を洗いっこしたミラの感想だった。言われた佐天は頭を抑えて苦笑するしかなかった。

 

「あの、ミラさん。一ついいですか?」

 

「……なにかしら?」

 

 ちゃぷっ、という音と共にミラはお湯から外に手を出し、浴槽の縁におく。いつものニコニコ顔が僅かにブレたが佐天はその事に気がつかなかった。

 

「どうして今日、急にうちに泊まるなんて言い出したんですか?」

 

「ん? ああ、佐天ちゃんが元気なかったから。ちょっとでも元気が出ればいいなって。

 でもさ、佐天ちゃん」

 

「なんですか?」

 

「私に隠し事、してるでしょ?」

 

 ミラは笑いながら言うが、表情はどこか悲しげである。

 そう、横断歩道で出会った時には、ミラはもうだいたいは察していた。佐天が幻想御手(レベルアッパー)が使った事も、その事で寝不足や食事をちゃんとしていなかった事も。

 

「……やっぱりばれちゃってましたか……」

 

「ええ。私が会った時から様子がおかしい事は察してたし、ずっと顔に陰りが浮かんでたのもわかってたわ」

 

「そう、ですか。私、最低なんです。倒れるってわかってるのに幻想御手(レベルアッパー)を使って、それも友達まで巻き込んで。それに――――」

 

「誰にも言わないでずっと黙ってた」

 

 ミラが先取りして言ってしまったことで、佐天は黙って頷くとじっと水面を見つめる。佐天の体はその間ずっと震えたままで、寒さで震えるときのように自分の体を抱きしめる。

 佐天はそのままの状態で、ポツリポツリと懺悔をするように話し始める。

 

「今日の昼頃に担任から電話がかかってきたんです。アケミたちが、私が幻想御手(レベルアッパー)を渡した友達が倒れたって。それで私は使ってないかって。

 アケミたちは幻想御手(レベルアッパー)を使ったら倒れるって知らなかったんです。でも、私は知ってました。御坂さん達と一緒に話を聞いてたんです。詳しくはわからなかったけど……使っちゃいけないっていうのは分かりました。でも――――」

 

「佐天ちゃんは使ってしまった」

 

 佐天は、ハイと力なく答えると更に言葉を続ける。

 

「もしかしたら、もしかしたら……使っても倒れないんじゃないかって思っちゃたんです。でも、……使ってから怖くなって……。ずっとここで閉じ篭ってました。いつ倒れるか、ずっと怖かったんです。

 そしたら担任から連絡があって。もうぐちゃちゃになっちゃって……」

 

 ポタポタと佐天の目から涙がこぼれ落ちてはお風呂のお湯の中に溶け込んでいく。

 

 ミラはそんな佐天を見て

 

「そうね、あなたがした事は最低よ。慰めてあげようとも思えないほどにね」

 

 がちりと風呂場の空気が凍るような一言だった。歯に衣着せぬミラの言葉で佐天の体はびくりと揺れる。それは普段のミラからは考えられない冷酷な一言と声色だ。

 

「佐天ちゃんがしてしまった事は、そこらのスキルアウトよりも悪いとすら思う。でも――――」

 

「ッ……」

 

 一体どんな嘲りが来るか、叱責が来るか、反射的に身構えてしまった佐天だが、ミラは今までの雰囲気とは一転、ニコリと笑って、

 

「これ以上お湯に浸かってたらのぼせちゃう。カレー、食べましょ」

 

「え?」

 

 ミラはそれだけ言うと、ザバッ、というお湯が跳ねる音を残してさっさとお風呂場から出て行ってしまう。佐天が戸惑っているのに何も言わず、むしろ脱衣所で鼻歌を歌いながら体を拭いている。

 

 そして、残った佐天は固まってしまっていた。もう佐天にはミラが何を考えているかが分からなくなっていた。あまりにも奇想天外すぎるミラの行動に佐天の頭はついていけてなかったのだ。

 しかし、不思議なことに佐天の目からはもう涙はこぼれていなかった。

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