その男、貧弱につき。   作:ジョン・ドウズ

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3rd.セシリア・オルコット

「し、死ぬ………」

 

「しっかりして織斑、傷は深いよ」

 

「そこは励ませよ」

 

「参考書を電話帳と間違えて捨てたのは誰?」

 

「アーダレダロウナー」

 

  ようやく訪れた昼休み。ぐったりする一夏と、対照的に背筋を伸ばして座る雪次の二人。授業に絶望的に付いていけない(恐らく一般科目ならまだ何とかなる)一夏の横で、ティッシュの補充に成功した結果、雪次は水を得た魚の如くノートに板書を写していた。

 

「凄いなぁ、流石は世界に誇るIS学園。授業内容の四割は初耳だ。チーン」

 

「力みすぎだろ。鼻赤いぞ」

 

「いつものことだよ」

 

「ちょっとよろしくて?」

 

  二人の元に、クラスメイトの少女がやって来た。金髪碧眼、その身から高貴さを漂わせる留学生。その名も─────

 

「セシリア・オルコットさん!?」

 

「知っているのか雪次!?」

 

  ガタンと音を立てて椅子ごと後方に飛び退く雪次に、驚いた一夏が合わせる。応じた雪次、何処からか取り出したセシリアが表紙を飾る雑誌を片手に力強く立ち上がる。

 

「当然だとも!IS情報紙『インフィニット・ストライプス』定期講読者の僕に隙は無い!!こちらにおわすはイギリスが誇る才女!!代表候補生にして、BT兵器を搭載した最新鋭の第三世代IS『ブルー・ティアーズ』を専用機としているセシリア・オルコットさんだ!!見よこの先々月の特集記事を!!令嬢のドレスを思わせるデザインのISを纏う姿が映えるだろう!?優雅に流麗に相手を圧倒する射撃の名手!!やべぇ、生きてて良かっゲボッ、ゴホッ、ゴファッ、ガッ─────」

 

「雪次ィイイイイィィィッ!?」

 

  一転して咳き込んで蹲る。体調よりも熱弁を振るうことを優先する、かなりのオタク気質らしい。当のセシリアが一歩引いている。

 

「さ、サイン…………くださ………ゴフッ」

 

「しっかりしろ雪次!!深呼吸!!」

 

「立ち眩みが………」

 

「踏んだり蹴ったりだな!?」

 

「あの、わたくしを放置しないでいただけます?」

 

  話の中心になっていた筈がいつの間にか蚊帳の外にされてしまったセシリアが、若干頬を引きつらせた笑みを浮かべていた。雪次の背を擦りつつ、一夏はそちらに顔を向ける。

 

「何だよ」

 

「まあっ、何ですのその口の聞き方は!そちらの方程とは申しませんけれど、代表候補生たるわたくしが話し掛けていることを光栄に思うべきですわ!!」

 

「代表候補生って、何だ?」

 

  そんなことも知らないのか、とばかりに目を見開いて驚くセシリア。当の一夏は、そんなすごいの?と頭に疑問符が浮かんでいる。

 

「浦路雪次と申しましたかしら?この馬鹿に説明して差し上げなさい!!代表候補生がいかなるものかを!」

 

「ゲフッ、ゲッホッ、だ、だひひょう、ゴホォッ、こう、エホッ─────」

 

「雪次無理すんな!!」

 

「誰か、誰か別の方お願い出来ますかしらーーッ!?」

 

「はーい!代表候補生とは、文字通り各国を代表するトップの候補で、実力・適正共に優秀でないとなれないんだよ!それでね────」

 

  待ってましたとばかりにクラスメイトの相川清香登場。一夏にIS知識を教えてお近づきになる作戦か、一夏に代表候補生について懇切丁寧に説明する。雪次がいなければ初めから解説役のポジションを狙っていたと思われる。一方で、

 

「ユッキー大丈夫ー?のど飴なめるー?」

 

「美味い……。だんけ………超だんけ………!!」

 

「何でドイツ語なのー?」

 

  のほほんとした生徒:布仏本音がゆったりとした足取りで雪次に歩み寄り、のど飴を手渡していた。

 

「へぇー、代表候補生は凄いんだな」

 

「その通りですわ!こうして語らっていることだけでも幸運だと思っていただきたいところですのよ!!」

 

「そうか。ラッキーだな」

 

「馬鹿にしていらっしゃいますの?」

 

「そうだぞ織斑。すいません、この雑誌にサイン下さい」

 

「後でして差し上げるのでちょっと自重して下さいます?」

 

  そうこうしているうちに、予鈴が鳴る。(大体雪次のせいで)まるで満足いかないセシリアは、また来ますわ!!と捨て台詞を残して席に戻っていく。

 

「結局、何したかったんだアイツ?」

 

「さあ?それより生オルコットさんがメッチャ淑女(レディ)だった件について」

 

「それこそ知らねーよ」

 

  下らない話をしているうちに真耶を伴って千冬が教室に姿を現し、話し声が消え緊張感が走る。厳しい試験を乗り越えやって来た優等生達の集まりだと言うべきか、はたまた『ブリュンヒルデ』のカリスマの賜物と言うべきか。やはり後者であろう。教師というより、一軍の将に近い雰囲気を醸し出している。教壇に立つその姿は、いつ見ても凛としていた。

 

「さて、授業の前にクラス代表を決めたいと思う」

 

「クラス代表って何ですか?」  

 

「文字通りだ。学級委員長と考えても構わん。しかし単にクラスの纏め役では終わらんぞ。クラス代表戦などに出場する義務がある。実力も考慮して選ぶ必要があるな」

 

  推薦・立候補は問わない、と千冬が口にした所、空気が一転する。先までの張りつめた感覚が霧散し、クラスが和気あいあいとした様子になった。

 

「織斑君がいいと思います!!」

 

「イケメン!!数少ない男子!!」

 

「俺!?」

 

  当然のように、クラスのあちこちから織斑コールが沸き上がる。美形は強し。次々と賛同者が増え、一夏は困惑するばかりだ。

 

  黄色い声に満たされた教室の中、雪次は頬杖を突いて消しゴムを指で弄んでいた。自分には関係ない、という態度を隠そうともしていない。

 

「僕を推す声は無い………分かってたさ、こんな病弱に清き一票、やる価値無し!!うん、楽でいい────」

 

「お、俺は雪次を推す!!男子がいいんだろ!?なら条件は同じだ!!」

 

  隣の一夏が、雪次に火の粉をぶっかけた。大火傷である。

 

「何してくれてんの織斑!?いや馬鹿じゃないの!?お前自分の顔の造り分かってないよね絶対!?」

 

「知るか!!」

 

「知っとけ!!」

 

  黒板を見る。真耶の手で一夏の隣に書き込まれた、浦路雪次の名前に絶望する。しかし雪次は気付く。未だ黒板には、二人分しか名前が書かれていないことに。

 

「待った。僕はオルコットさんを推薦する!!どう考えても適材だ!!」

 

  教本に乗りそうな挙手と共に、雪次は言い放つ。雪次の名前を出したことで少しやる気が出た一夏が、雪次を挑発する。

 

「逃げるのか雪次!!俺と一緒に地獄を見ようぜ!?」

 

「巻き込んだのは織斑だよね!?織斑は全然代表候補生のスゴさを分かってないよね。専用機持ちで実力は折紙付き!!僕は真面目にオルコットさんを推しているんだ!!」

 

「まったくその通りですわ!!」

 

  パチパチと響く拍手。それは後方に座るセシリアから発されていた。その相貌は上機嫌そうに瞑られている。

 

「皆さん、先生の仰ったことを理解されていて?クラス代表はクラスの長であり将となる存在。広告塔にしかならない素人の男と、代表候補生たるわたくしでは、実力に天と地の差がありましてよ。賢明な皆さんなら、御存知のはずですわ」

 

  席から徐に立ち上がり、胸に手を当てて自信満々に語る。一息分語ると、雪次にちらと目を遣った。

 

「まだ分相応というものを弁えている浦路雪次は兎も角も、知識も覚悟も実力もないこの男にクラスを預けるなど、言語道断。文化の遅れた極東の僻地まで来て、この一年を棒に振りたくなどありません。よくお考えになって下さいまし。わたくし、セシリア・オルコット以上にクラス代表の器である者は、このクラスにはおりませんわ!!」

 

  言いたいことは語り尽くした、とばかりに胸を張るセシリア。しかし、空気は凍り付いていた。肉親を貶された千冬が僅かに殺気を滲ませ、真耶が苦笑いを浮かべる。自国を貶された何人もが、不快感を露にして隠さない。当然、一夏もその一人だ。

 

「何が文化の遅れた国だ。イギリスだって大したお国自慢無いだろ。メシまずいし。雪次、こんなのに任せたいのか?」

 

  一夏が顔を雪次に向ければ、何とも言えない表情をしていた。

 

「………ノーコメント。取り敢えず織斑がクラス代表の器じゃないことだけは今分かった」

 

「何でだよ」

 

「だってほら」

 

  雪次はセシリアを指差す。

 

「わたくしの、祖国を────決闘ですわッ!!」

 

  そこには、青筋を浮かべて憤怒の炎を燃やす英国淑女の姿があった。

 

「売り言葉に買い言葉。口喧嘩に発展させた時点で、織斑はリーダー向きじゃないよ」

 

「喧嘩売ってきたのは向こうだろ。いいぜ、受けて立つ!!」

 

「ダメだこりゃ………」

 

  頭を抱えるも、既に二人は闘争心を剥き出しにしている。理屈を並べても止められそうに無い。それを同じく察した千冬が二人を制した。

 

「そこまででいいだろう。一週間後、アリーナでクラス代表決定戦を行う。決着はその時に付けるとして、互いに準備しておけ」

 

「わかりました」

 

「わかった」

 

  流石は教師、と千冬を見つめる雪次。しかし、油断しきった心に、千冬は痛烈な一言を飛ばす。

 

「浦路。お前もだぞ」

 

「へ?何でですか」

 

「お前もクラス代表の候補だろう」

 

  雪次の思考が停止した。

 

「心身を鍛えるいい機会だと思え」

 

  そして全てを理解し、意識がブラックアウトした。

 

「雪次ィイイイイィィィッ!?」

 

  浦路雪次、完全にとばっちりである。

 

 

 

 




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