西日差す夕暮れの部屋。
目を覚ますと、織斑の顔が目の前にあった。瞼は閉ざされている。それはまるで………まるで!?
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ痛ッ!?!?」
「いってぇぇぇぇぇぇぇうぉ!?!?」
びっくりして飛び起きたら、互いの額をぶつけ合うことになった。痛い。前屈みになっていた織斑が、後ろに仰け反って引っくり返る。
「なな、何すんの織斑!?ぼ、僕はホモじゃない!!お前の唇なんか死んでも要らないぞ!!」
「ご、誤解だ!!俺は体温を測ろうとしただけであってだな!!」
「男同士でデコで熱測る奴がいるか!?やっぱホモじゃないかQED!!あっちいけ!!近寄るな!!貞操は渡さない!!」
「いやだから違うって!!」
いいえ、どう考えてもホモです。僕のケツの安全のために近寄らないで下さい。痔で死にたくないし。掘られたらそのケツに鉛玉ぶちこんでやる。………あれ、いつの間にか病院着を着せられて………まさか、これも織斑がやったのか!?す、既にヤられているのか!?
誤解を解こうとしているのか、手を空中で踊らせながら、矢継ぎ早に女性の好みを語る織斑。しかし、僕は鼓膜でそれをシャットアウトし、織斑が一歩でも踏み込んで来たら喉仏にパンチしてやろうと警戒していた。
それが数十秒続いただろうか。不意に、ドアの開閉音が聞こえた。そちらに顔をやると、篠ノ之さんとオルコットさんの姿があった。同時に室内の様子を、僕は初めて確認した。薬品。ベッドを仕切るカーテン。ここはどうやら保健室らしい。
つまり、オルコットさんとの試合後に、僕は保健室に運び込まれ、ベッドに寝かされていたのか。やはり無茶をし過ぎたか。
「何を喋っている、一夏。………む?そうか、浦路が起きたのか。一日寝ていたようだが、気分はどうだ?」
「一日!?」
あっるぇーー!?そんな寝てたの!?僕てっきり、試合後夕方まで寝てたのかと思ったよ!?日付跨いでたのか!!
「相当に無茶をしたようだな。それで、調子はどうだ」
「普段通り、かな?取り敢えず気分は良好だよ。ありがとう篠ノ之さん」
「そうか、ならいい。こんな事態がまたとないよう、今度一夏と共に鍛えてやる」
ノーサンキューです。心遣いはありがたいけど、死にます。でも心配をかけたから、素直に感謝する。僕が平気だと返すと、オルコットさんが詰め寄ってきた。
「平気?本当ですの?あれだけ身体をアリーナのそこかしこに打ち付けたのですから、筋肉痛があってもおかしくありませんわ」
あっ、ばれてる。いやばれるかそりゃ。僕よりも長くISに乗ってるんだ、どういう乗り方をすればどうなる、ってくらい分かってるだろう。
「………主に全身が痛いです」
「一夏さんに焚き付けられたとは言え、無茶が過ぎますわ」
呆れた、と溜め息を吐く。そんな姿も様になっているのだから、オルコットさんマジ淑女である。僕としては、自分が選んだ道なので今回は何の文句もない。
オルコットさんに見惚れていたところ、先のやり取りにはっと反応していた織斑が、僕に申し訳なさそうな顔を向けていた。何だその顔。あっ(察し)。
「織斑お前、実はやっぱりホモなのか」
「ちげぇよ!?」
僕が再び疑念の眼差しを向けると、傍らの女子二人が盛大に反応した。
「一夏、お前ホモなのか!?そうなのか!?」
篠ノ之さんは何か泣きそうだ。やっぱり織斑のことが好きなんだな。好意が露骨だ。羨ましいなぁ。リア充爆破したい。
「一夏さん………」
オルコットさんも、何というか────生暖かいというか、自分とは関係ない人だ、と織斑の間に仕切りを作るような。とにかく穏やかな表情をしていた。流石西欧、ジェンダーの理解が進んでいる。触らぬものに祟りは無い。距離感が大切だ。ところでいつの間に織斑を一夏と呼ぶようになったのやら。
「違うッ!?!?誤解だって!!話が拗れるから止めてくれ雪次!!」
そう言われても、僕は本気で疑っているので止めようがないのだけども。まあ、話が進まないのは確かだ。それはさておこう。
「織斑がホモかどうかの検証は先送りにするとして」
「そのまま水に流してくれ!!」
「僕に何か言いたいことがあるの?」
「………そうだ」
僅かな静寂の後、喉から絞り出すように、苦虫を噛み潰したような険しい表情で口を開く。
「俺………病気を言い訳にしてるなんてお前に言っちまった。お前がどんだけ辛いか、何も考えないで………」
ああ、それか。確かに言ってた。まあ僕がなりたくてなった訳じゃないものに言う言葉じゃあないね。
「ケッコー無神経だよね、織斑」
「返す言葉も無い………。お前が負けそうで、自分のことのように悔しくて、つい」
「いや、だからといって許されないよ?」
「だよな………」
項垂れる織斑。
………だが、勘違いはされたくない。さっさとこの話を終わらせよう。
「でも、別にいいよ。正直頭に来たけど、結果的にはやる気出たし。まあ、織斑と付き合うのは大変だなと学べただけ、いいにするから」
「雪次………!!」
何か、あそこで止めたら織斑が後々五月蝿そうだと思ってムカついたから、やる気出た。………それに、やっぱり病気に負けたくないってのは元々思ってたから、ただ苛立ってただけじゃ、無いんだけどね。こっちは織斑には内緒。精々苦しめ。
………あー、でも何か希望見いだしたみたいな織斑の顔がウザいので前言撤回したくなってきた。いや、抑えよう。僕が大人になるべきだ。
「はい、この話終わり!!で、忘れないうちに聞いときたいんだけど、クラス代表は結局誰になったの?」
「一夏さんですわ」
あれ。オルコットさん、それはマジですか。一夏、勝ったの!?え、マジで!?やっぱ専用機の力か!?スゲーなお前!!
「織斑お前やりやがったのか!!見直したよ!!凄いな、ホントにオルコットさん相手に勝ったのか!?」
いやあ、これは予想外なことだ。こいつ天才なんじゃないの!?とはしゃいでいたが、どうも織斑が僕と視線を合わせようとしない。それどころか汗がダラダラ流れて顔がびしょ濡れだ。
「おーい織斑ー?」
「いや、その………だな」
やましいことがあって言い出しにくい様子の織斑を見かねてか、篠ノ之さんが仏頂面で教えてくれた。
「一夏は負けたぞ。全勝したオルコットが辞退して、結果一夏に回ってきただけだ」
「はあ?約束と違うね。ちょっと織斑アリーナ出なよ、イヅナ落とし
「物騒な病人だなぁオイ!?」
絶対勝てと言ったはず。まあその場のノリもあるけど。しかしアイツ考え無しに二つ返事したからな。相応の報いを受けてもらおう(ゲス笑い)。
「まあまあ雪次さん。ブルー・ティアーズのビットを数機撃墜し、わたくしの慢心をへし折ったという意味では、一夏さんは試合には負けても勝負には勝ちましたわ」
「オルコットさんがそう言うなら、今回は許すけど。織斑、代表候補生がどれだけのものか分かったでしょ?不用意な発言は止めなよ」
「面目無い………」
オルコットさんが一夏をフォローするなら、彼女の顔を立てよう。何か、出逢って初日よりも
と、ここで新たな見舞い客が現れた。
「関係者揃い踏み、いや、布仏だけいないか。………ん?ああ、起きたか浦路。世話が焼けるな」
「迷惑をかけました」
「構わん。学生のうちに目一杯暴れておけ。今なら大抵は拳骨までで許される」
織斑先生が現れた。途端に見舞いの三人に緊張が走る。上体を起こしてベッドに座っている僕を見て軽く頷き、容態について教えてくれた。
「身体に不調は無いらしい。明日からは授業に出て来るように。それと、念のため今日はここで寝ていろ」
「了解です」
ぎゃあ、ボッチだ。いや、織斑から距離を取れるから、それは良いことか?
「あの、織斑先生。この後一組の皆さんで一夏さんの代表就任パーティー………の前祝いとして、打ち上げをする予定があるのですが………」
「浦路。寝ていろ」
「辛辣ゥ!?」
どうやら僕はまたもボッチらしい。さらば青春。さらば。
「あ、そうだ。保健室でやればいいんじゃね」
「他に病人が来たらどうするつもりだ、馬鹿者」
「アッハイ」
バカ織斑はしばらく黙っておくべきだと思うの。織斑先生も大変だな。というか保健室でパーティーとか仮にやったとして楽しいか?
「まあ仕方無いか。後で菓子とか飲み物持ってくるよ」
「何故先にそれを思い付かなかったのか」
「いや、だってお前含めて一年一組だろ?除け者にするみたいで嫌だからさ」
………。馬鹿野郎。だからお前を嫌いになれないんだ。すっさまじく考え浅いけど、こういう時に限って気を回す。イケメンかお前。爆死しろ爆死。バクシーシ。
「はいはい、分かった分かった。じゃあ早く行け主賓。イケメンもげろ」
「何だそりゃ。まぁいいや。後で来るから楽しみにしとけよーー!」
爽やかな笑顔と共に去っていく織斑。僕にそんな笑顔を向けるなんてやはりこいつホモ(ry。
「明日の朝、道場に来い。六時集合だ。待っているぞ」
「起きれたらね」
「起きろよ」
現代の巴御前こと篠ノ之さんも、続いて出ていった。どうしよう。頑張って体力付けてみようかな。スマホの目覚ましかけとこう。
「では、私も失礼する。浦路、お前の覚悟はしかと見たからな。精進しろ」
一方的に告げて、こちらも見ないで部屋を後にする織斑先生。ある程度は認めて貰えたのだろうか。だとしたら嬉しいが、まだスタートラインに立てたかどうかなんだよなぁ………。ここからが大変だ。
と、立て続けに見舞いが居なくなったが、オルコットさんだけ出ていく気配がない。どうかしたか。無茶したお説教か!?
「雪次さん」
「はっ、はぃいっ!?何でしょう!?」
「もう、そんなに構えられるのは心外ですわ」
まるで悪戯を咎められるのを恐れる子供でも相手しているように、オルコットさんは苦笑する。小心者なのでお叱り以外考え付かないんですが、違うの?
完全にビビっている僕に、オルコットさんは雑誌を差し出してきた。
それは、僕の『インフィニット・ストライプス』。オルコットさんが表紙を飾る、先々月号だった。
「勝手に机から持ち出してしまいましたけれど、構いませんわね?」
「え、ええ、はい」
僕に確認を取ると、ポケットから油性ペンを取り出すオルコットさん。現状把握が追い付かない僕を他所に、雑誌の表紙にペンを走らせる。
その作業が中盤に差し掛かった所で、僕はようやっと気付いた。そういえば僕、オルコットさんにサインをお願いしてたっけ。頼んだ本人が忘れていたが、オルコットさんは覚えていてくれたのだ。
「はい、出来ましたわ。大切にして下さいましね?」
「家宝にします!!」
「そこまでは要求致しませんわ………」
感極まって馬鹿発言。織斑のことをなじれないね。僕もバカだし。いやしかし嬉しいなーー!!おっといけない、表紙を暫く触れないな。折角のサインがおじゃんだ。綺麗な筆記体で逆に読みにくい………ええと?『セシリア・オルコット 浦路雪次へ、イギリスより愛を込めて』………やっベェ、ラミネートして保存しないと。
有頂天の僕だったが、突然オルコットさんが居住まいを正したのに気付いて雑誌をテーブルに置く。何だろう。
「雪次さん。わたくしが入学初日以来働いた無礼、今この場を借りて謝罪させていただきたいですわ」
「え?あ、あー………」
いや、僕はそんなに気にしてないのだけど………でもちょっと想像してたオルコットさんとは違ったなーとは思った。
「いや、それほど気にしてないけど………」
「いいえ。わたくしは謝罪せねばなりません。代表候補生という肩書きに自惚れた結果、雪次さんに痛烈な一撃を受け、一夏さんにあと一歩まで追い詰められました」
あ、織斑結構頑張ったのか。ISでのイヅナ落としは勘弁してやろう。
「それに………男だからと蔑視し、お二人には特に尊大な態度を取り続けました。重ねてお詫び申し上げますわ」
確かに、織斑を扱き下ろす際に『男』って連呼して名前すら呼んでなかったからなぁ。世間知らずの織斑が、オルコットさんの神経を一々逆撫でしたのも原因だけど。
とは言え、僕が許すか許さないなんて端から決まっている。
「オルコットさん自身が反省しているみたいだし、僕はどうこう言うつもりはないですよ」
「ですが、それでは………」
「今のオルコットさんを見てると、一ファンとしては、前よりもっと好きになりましたよ?」
オルコットさんがごねるので、軽く笑みの形を作ってみせた。きっと僕の笑顔なんて、織斑より不細工だろうけど。相手を思っての笑顔は、少なからず人を安心させられると思うんだ。
「そ、う………ですか………。そうですのね。ありがとうございます。お優しいのですね」
「いいえ、大したことない貧弱野郎ですよ、」
オルコットさん、と続けようとした僕の唇に、細い人差し指が当てられる。
「雪次さんも、わたくしのことをセシリアとお呼び下さいな。それと、雪次さんは自分を卑下し過ぎですわ。明日からわたくしがISの訓練をして差し上げます。どうぞ自信を付けて下さいまし」
では、ごきげんよう────。
夕日を受けて輝く金色の髪を揺らして、オルコットさん、いやセシリアさんは去っていった。
「………………。」
何も、返せなかった。
そういえば、いつの間にかセシリアさんに『雪次さん』って呼ばれるようになってた。
生きてて良かったと、切に思った。
◇
セシリアさん達が帰った後、僕は山田先生が用意してくれたであろう授業のプリントに向かっていた。流石山田先生だ、痒いところに手が届く親切説明。まやちゃん先生呼ばわりされてるけど、皆慕ってるだけのことはある。
一通り目を通し終わり、休憩のためにスマホを取り出す。
時刻は既に八時を回った。騒がしかった上階もすっかり静かになり、何だか物寂しい。が、こんな遅くに来客が来る筈も無い。人恋しさは振り払い、一日寝ていて貯まっていたメールのチェックを始める。
「お、1/7スケールPVCモデル『織斑一夏+白式』発売決定………。早いな」
大手ホビー雑貨店のメルマガに、一夏の姿………の複製があった。すっかり人気者だ。日陰者の僕とはやはり違うようだ。ところで本人から見せてもらう前に白式の姿を知ってしまったんだけど、こりゃどういうことだ。まぁいいや。
「ん?」
一件、差出人不明のメールが入っている。意味を為さないアルファベットと数字の羅列からなるアドレス。どうやら迷惑メールらしい。
迷惑メールは、案外見ていて面白い。一体どうやって僕らを騙そうとしているのかが見えるし、結構杜撰なものがあったりとバラエティに富んでいる。
少し期待して開いたそれには、こう書かれていた。
『一ヶ月後、君を試験する。口先だけの凡人か、本物の原石か。君は私にどちらだと証明してくれる?』
なんじゃこりゃ。今回のは面白いなぁ。試験?一体僕に何をやらせようって言うんだろう。不可解な文面だ。あれか?学生を狙ったメールで、慌てて試験範囲を聞こうと返信してきた奴を釣るつもりか?はいはい削除削除。
整理を終え、ゲームアプリを起動して遊んでいると、廊下からぞろぞろと足音が。何だ?何の大名行列だ?
がらりとドアが開かれるなり、クラスの皆が雪崩れ込んできた。
「おーー、ユッキー起きてるーー」
「身体に異常無いんだって?織斑君から聞いたよ!!」
「待たせたな雪次!!さあ、二次会だ!!」
「ホントに来やがったこのアホウ!!」
やんややんやと騒ぎ出したクラスメイトに巻き込まれ、その後騒ぎを聞き付けた織斑先生による
まあ、楽しくなかったかと言われれば楽しかったが。先に見た迷惑メールのことなど、すっかり忘れていた。
》一夏
ヘイトはしてない。アホさ加減も彼の味。
》セシリア
キャーセシリアサーン
》物騒な病人
身体弱いのにイヅナ落としが必殺技
》ちっひー
ファラ・グリフォン
》迷惑メール
(察し)