僕は、高校2年で帰宅部名誉監督の称号を引っぺがされた。
高校2年といえば大体学校生活に慣れてく物だし、僕もその一人のはずだった。
といっても臆病なのは変わらなかった。
いつもびくびくしながら学校生活を送っている。変えようとしても無駄だし、それに怖い。そのくせしてホラーゲームは結構やってる方だけど。
まぁとにかく自分は自分のままがいいなーと思うただのぐうたらな高校生だ。
こういうのって何か前にトラウマがあったりするとそうなるらしいけど…。
何ていうか、ポッと出てきたけど、結構自分に合ってて抜け出せないみたいな事かな?
まあ考えて分かる事じゃ、とっくに直してる。
ともかく、こうなってしまったすべての発端は放課後にさかのぼる。
僕はHRの時、平塚先生から呼び出しを喰らってしまったのである。
僕何かいけないことしたかな?平塚先生怖いんだよなぁ…。
いや、悪い先生ってわけじゃないよ?
ただ…その…なんていうか…なんかオラオラしてるっていうか…僕が一番苦手なタイプなんだよね…。
「僕が何かしましたか?その……したなら、覚えていないです……済みません」
身震いしながら頭を下げる。第一声がこれだ。
自分の声が震えている事に気が付くのはそう遅くはなかった。
「大丈夫だ。楽にしていい」
少し呆れ気味に平塚先生が言う。
「は、はい」
そうはいうものの、僕の顔はまだ相当青ざめていた。
体温が引いていく波の様に低くなって行くのをマスクのくぐもった呼気が何とか止めている。
「はぁ…君に伝えたいことは作文の事だ」
「作文?あの、高校生活を振り返ってとか何とかのですか?」
「そうだ」
「何か内容に不備が?あるなら書き直します」
そう言って頭を深々と下げる。
「謝らなくていい…別に内容がどうとかの問題じゃない」
肩の重荷が消えうせていく。だけど、油断は出来ない。油断していると、だんだん不安で押しつぶされそうになる。結局僕が一番安らぎを見いだせるのは身構えたときとあいつらといる時と家にいる時だけだ。
「では…何か御用でしょうか」
依然としてリラックスは絶対に出来ない。
「ただ君の性格についてだ。作文をダシに君を呼び出したんだよ」
「…僕の…性格ですか?」
僕は、恐る恐る訊く。
何が来るのかもわからない。不安に駆られてしまう。その不安が僕の頸動脈に鋭い何かを当てて今にも力を込めようとしている。頬の筋肉まで出かかった訝しむような表情をむき出しにするのを無理やり抑えたため顔が引きつっている。ダシについては何も聞かなかったことにしておこう。
「えと…具体的にどこを直すべきでしょうか?」
「ほぼ全部だな」
「え…ぜ、全部ですか?」
思わず復唱した。いや…無理ですよ…先生…。
まるでコンピューターの推論の様に一瞬で答えが出た。
「ああ、君の受動的で臆病なところだ」
「む、無理です!性格なんて簡単に変わりません!」
少し慌てたので、声が震えている。
ここでしくじったら終わる!学校生活終わっちゃう!
「それに………僕は駄目な人間です。他人に迷惑を掛けたくないんです」
平塚先生はため息をつき額に手をあてがう。
重症なのかな、僕…?
「君はダメな人間じゃないだろ…性格はともかく成績は良いだろう」
「なんだかパッとしないじゃないですか。7位って相当地味ですよ?」
どうしても地味で、周りに認知されて無い程なんだよなぁ…。
まぁそんな事言えるほど勇気は無いけど。
「うっ…まぁ、変えようとは思わないのか?」
「変えようもなにも、物心ついた時からこうなんです。変えられやしませんよ」
僕は首を横に振り、依然として震えている声のまま否定した。
そして、平塚先生はため息をつきながら尋ねてくる。
「そういえば君は部活動に所属していなかったよな?」
「ええ…確かに…」
「なら丁度良い…」
「え?」
少し不安げに聞く。
「どういう事です?な、何を?」
心拍数が跳ね上がる。目は泳いでいて、今にも逃げ出したかった。
呼吸もおぼつかないまま、僕はきょろきょろとあたりを見回しつつも付いて歩く。
他にも一人、なんだか目が怖い人がいる。
ちょっとー……。なんなんですか先生……。
「これから……これから、どこへ行くんです?…何を…?」
震えた声のまま尋ねた。
「何、安心しろ。付いてくるだけだ」
先生は快活な笑顔を見せる。
普段だったら少し心が軽くなるだろうけど、僕は答えに困り果ててちょっとだけ項垂れる。
目の怖い人はあくまでも冷静に先生の元へと付いて行っている。
なんでそんな冷静になれるのか、正直とても羨ましい。
どっちかっていうと僕が怖がり過ぎなのかな?
暫くすると、目立ちそうにも無い部室の前へと辿り着く。
先生は、ノックもせずに躊躇無く開いてしまった。
正直心の準備が欲しかった僕は反射的に後ずさりし、なんだか目が怖い人を盾にするように隠れた。
目の怖い人が僕の意図に気づいておらず、良心の呵責が無いだけまだましだった。
また、さすがにノックはするべきではないかという考えも頭をよぎった。
だけど、口にする事も無いままその様を見つめている。
言ったって聞き入られる事が無いなんてことは最初から分かっていて、正直僕は内心完全に諦めていた。
2人が入り込むタイミングを見計らって、僕も出来るだけ気付かれないように入って行った。
そこには、大人っぽい雰囲気を醸し出す人が座ったまま本を読んでいる。
僕の隣の人も見とれているみたいだった。
顔立ちは相当整ってるだろうけど、好意も下心も沸かない。ただ透き通るほど青ざめた恐怖だ。
彼女もこちらへ気付いたようだ。
「ノックをしなくても良い程急ぎの要件ですか?平塚先生?」
彼女はやや呆れ気味に言った。
いや、うん……その……ダメだね。
反射的に目を逸らすと共に、気付かれないよう身を縮める。
「返事をした試しがない場合はどうすればいいんだ?」
「逆に返事をする間もなく入ってくる場合はどうすれば?」
彼女は少々挑発的に言い返す。
僕は感じた。この人を怒らせてはいけない。この人とは関わりたくない。この人とは話したくない。
何故なら怖いから。
鬱陶しくなってくる程の恐怖が僕の首を絞首刑にかけられた死刑囚の様に締め上げた。
「それで、その目つきの悪い人と縮こまってる人は?」
やっぱりそうなるか………。
心の中で漏らすと共に目をあさっての方向に逸らす。
「彼らは入部希望者だ」
え?
思わず声を上げそうになるが、すんでの所で押さえ込めた。
「2-Fの比企谷八幡です……」
その後、彼は「入部ってなんだよ…」と僕は少なくとも聴こえる程の小声で漏らす。僕も同じ気分だ。入部なんて聞いてなかった。
「あ……同じく…矢島です…」
付け加える様に自己紹介をする。
出来れば、出来ればそのまま何も話さずに…浅はかだろうけど僕にとっては死活問題に値する願いが僕の頭の中を一色に染める。
「お前達にはレポートのペナルティとしてここでの部活動を命じる。異論などの類は一切認めん」
高校二年、これでやっと学校生活を乗り切れるようになって来たという考えは思い上がりに過ぎないことを知った。全部壊れた。今までの安心が。ついでに中学三年間と高校生活一年間の帰宅部の毎日のたゆまぬ努力によってつかんだ帰宅部名誉監督の称号は今頃ゴミ収集車に詰め込まれて遠く離れたごみ処理場で灰になっているだろう。たぶん紙製かもしれないし。
そして、希望なぞかけられやしない望みを一応といった感じで試してみる。
「先生、でも僕はレポートについては何も…」
「表面上はレポートさ。こう言っておかないとまずいだろう」
あふん。
「というわけだ。見ればわかるだろうが彼らは……いや、彼は根性から何まで腐ってる。孤独で憐れむべき存在だ。それにもう一人は人に任せっきりの臆病なままで一歩踏み出せない受動的な存在だ」
ちょっと、今彼らって……そんな目が怖いのかなぁ…?少なくとも寝起きの目だったらそうなるかもしれないけど。
「この部で彼らの体質を更生してほしい。これが私からの依頼だ」
「お断りします。片方はまだしも、もう片方の男の卑猥な視線に身の危険を感じます」
片方はまだしも…片方はまだしもって…僕だってそりゃまあ人並みの下心は…あるはず…うん…あるんだろうね。
そして比企谷君、疑われても仕方ないよ…。
「突っ立ってないで座ったら?」
鋭い言葉が僕を突き動かす。僕は無言で椅子を取り出すと、音を立てないまま座る。僕は目をあちらこちらへと動かしつつ、口をつぐんでいた。比企谷君は彼女の方に何度か視線を動かしつつ、なんだか落ち着かない様子だということが見て取れた。
「何か?」
雪ノ下さんは鈍感と言われる僕でも明確に理解できる苛立ちをあらわにした声の調子で言葉を発した。たぶん僕らを突き放さんとしているんだろうと、あらぬ誤解と願いたい、嫌になるほど現実味のある予測を頭の中で反射的に立てた。ただ僕に対して言われていないという事実だけが僕の心を何とか落ち着かせている。修羅場ってのは本当に体に悪い。
「ああ、ここが何部か把握できてなくてだな…活動内容も何も知らないし…」
彼は手を頭の後ろに回して、さも困った様に、弁解するかの様に言った。
あー…そういやなんにも聞いてなかった。辛いのだったらやだなー。まあ見た感じじゃ運動部って訳じゃ無さそうだけど。
「当ててみたらどうかしら?そこに縮こまってる貴方も」
「あ…いや、その…はい…分かりました」
以前と震えの止まることのない声で僕は答える。比企谷君も考えてくれている。
うーん………まずい。全く分からない。
「文芸部か?」
比企谷君が先に答を出してくれた。僕は彼に最大限の敬意を感謝の気持ちを表現できずにもどかしい気分になる。
「根拠は?」
顎に手を当てた雪ノ下さんは挑発する様に口元に笑みを含ませながら言った。
「ここには特別な器具もなく、あんたは本を読んでいる。まあ安直な答えだろ」
「外れ」
蔑みを含んだ素振りで言う。
「じゃあ何部なんだよ」
彼は不貞腐れた様子で尋ねた。
「私が今こうしている事よ」
「すみません…ギプアップで…」
僕は弱々しく音を上げるやいなや、雪ノ下さんは本を閉じつつ立ち上がると僕らに尋ねた。
「女子と話したのは何年ぶりかしら?」
えーと…確かHRの時に何かの漫画喫茶行き過ぎてて親に怒られた話聞いたから…今の時間から引くと…多分10分か前かな?
頬を掻きながら天井を見上げつつ思案したあと、恐る恐る答えようとすると、雪ノ下さんがいきなり立ち上がる。僕は少しだけびっくりして仰け反ると、こちらを見下すような視線を向けながら口を開いた。
「持つ者が持たざるものに対し慈悲の心を以てこれを与える活動。人はそれをボランティアと言う。困ってる人に救いの手を差し伸べる。それがこの部の活動よ」
甲高い口笛のような音と対象的に遠雷の様な鈍い音を立てて地面を打ち鳴らし、破片が裁ちばさみのように肉や臓物をやすやすと切り裂く砲撃に酷く怯える新兵と、根性や性格諸々がひん曲がった、比企谷くんと僕を目の前にして、まるで意に介さないかの様に微睡みをもたらす心地良い春風という波になびく髪をまるで流水のように滑らかな動きで掻きながら言った。
「ようこそ奉仕部へ。歓迎するわ。貴方達の問題を矯正してあげる。感謝なさい」