「貴方達の問題を矯正してあげる。感謝なさい」
うーん…感謝しろと言われたから、感謝すべきなんだろうけど…。なんかちょっと…あれかなー…僕がおかしいのかな?
「はあ……ありがとうございます…」
僕は戸惑いを隠せないまま少しだけ会釈をしながら礼を言った。比企谷君の方は全くと言っていいほど府には落ちてはいないようだ。むしろ元々怖い目つきがなんだかもっと怖くなっている。このアマとか言い出しそうなレベルだ。まぁ自分は優秀だなんてこの場で言えないだろうな。
「俺はな…そこそこ優秀なんだぞ」
前言撤回。
はいそこ、フラグとか言わない。これはあれだ…うん…偶然だよ。
「実力テストは国語学年3位。顔もいい方だ。友達と彼女がいないことを除けば高スペックなんだよ」
「そんなこと自信満々に言えるなんて気持ち悪いわ。良くそんなこと言えるものね」
「えと…すいません…比企谷君を悪く言うつもりはないんですけど…さすがに…自分で顔は良い方だって言うのは…あれなんじゃ…」
僕は少し苦い顔つきをし、口元をへの字に曲げながら苦し紛れに言った。あー…その、まあ…まあすごいよね。国語学年3位。僕なんてどうせ7位だもん。まあオールマイティな感じだけど。
雪ノ下さんはなんだか思案するような表情をして、得意げに、それでいて勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「私が見た所、あなたの孤独体質はそのひねくれた感性が原因ね。それに容姿や美的感覚なんて主観でしかないわ。つまりこの場では私の言うことが正しいのよ」
「いや、説得力持たせようとしてるでしょうけど、全く筋が通ってないと思うんですがそれは…」
すると、また、雪ノ下さんは髪の毛をまた流水の様に滑らかに髪の毛をなびかせた。
「さて、これで人との会話シュミレーションは完了ね」
「え?」
椅子に座ったままの僕は少しいぶかしむような表情で聞き返した。この人何しようとしてるんだろ…?脳みそをフル回転させながら色々な考えがまるでトンネルの中に鳴り響く車のエンジン音の様に反響し合い飽和すると、まるでそれに慣れてしまったかのように考えを巡らせる事をやめた。こうやって何も考えないようにする事が楽に学校生活を過ごすことでとても重要なことだと思ってる。うん、なんも考えないようにしよ。
「言っとくが、俺は会話ができないわけじゃない。無駄話をしないだけだ。更生なんて必要はない」
「ああ、僕も…一応友達いますよ?普通に女子とも喋ってますよ?」
少し、戸惑いつつ比企谷君の言葉に付け加えるように言った。
「矢島君はまだ酷くは無いにしろあなたは違うわ。社会的にまずいレベルよ」
さすがに"社会的に"は酷いと思うんですけど…。まあ…ね?うん…そんなこと言えるわけないんですけどね。まだ酷くなくて良かった。
「けれども貴方も十分変わるべきよ」
「え?」
ああ、こうなった。口を開かなきゃ良かった。どうするか考えないと。
「貴方も、その受動的な態度、治してみたらどう?正直見ていて苛立ちを感じるわ」
言った。包み隠しはせず、まるで自分の行いが正しいのだと言うように堂々と言った。
奥歯を思い切りかみしめると、棒切れみたいに細い指としわくちゃの手の平を握りしめ、目を反らした。
ただ逃げたかった。けれども駄目だと分かってる。じゃあ、どうやってこの人と向き合えばいいんだろう。
「それにあなたのその小さな声も聞き取りづらいし、そもそも話すときは相手の目を見て話しなさい」
「すみません」
僕は弱々しく漏らした。これしか言葉が見つからない。いや、その先の言葉なんてとっくに見つけてるんだけど、言えないからまた先延ばしにした。
「貴方みたいな風見鶏のような人間がいると本当に不快だわ。でも、変われるはずよ。あなたには十分その資質があると思うわ」
「すみません」
資質がある。それだけでなんでやらなくちゃいけないんだ。僕は、精一杯なんだ。僕には無理だ。そう決めつけてるのが一番最善の策なんだ。それが最高の選択肢だった。
「すみません以外の言葉も言えないの?それなら、あの死人の方がましよ」
「僕は………無理です………雪ノ下さんや比企谷君みたいに頭が良い訳でも何か持ってる訳でもない…持ってたとしても今で十分精一杯なんです…どうせやれって言うんでしょうけど…」
目を逸らしていた僕は彼女の目を見た。凍り付いている。鋭く人を傷つけるう為に生まれてきたのかの様に冷たく尖って、内では情熱的なまでにいきり立って荒れ狂っている。
「止めてください。無理です」
僕は一言突き放したように言って、口をへの字につぐんだまま、彼らに合わせて突っ立っているといきなりドアが開いた。
「先生…ノックをしろと…」
「悪い悪い。しかし彼らの更生に手こずっているみたいだな」
「比企谷君が問題を自覚していないからでしょう。矢島君に関しては自覚もあるようですし、彼よりも楽に終わりそうですが」
それは雪ノ下さんなりに褒めてるんだろうか…どうしても都合のいい奴にしか思われてないような、そんな余計な事、いや、どちらかというと現実味を帯びた予想というか勘繰りをしてしまった。
でも僕が彼女が言うように楽に終わるんだろうか。僕は頭のいい人間でもなければ何か一芸を持っているような才人でもない。ただの普通の、いや、チキン野郎だ。こんな僕ができるなんて思えなかった。
「そうじゃねぇ。その…変われ、変わるだの他人に俺自身を語られたくはないんだ」
「貴方のそれは逃げよ」
逃げ、その言葉が僕の心を鋭く貫いた。引きつりかけた頬を強引に戻し、嫌に苦みを増した固唾を飲んだ。嫌に口の中が砂漠の様に乾いている。僕は口を前の様にへの字に紡いでいた。相当変な顔になっているだろうし何食わぬ顔で取り繕いながら表情を戻した。
「変わるのも現状からの逃げだと思うが?どうして今の自分を肯定してやれないんだ」
僕はというものの、比企谷君の意見に賛成だった。だけど少し違った。今そこにあるんだからそうするしかない。選択はあれども悪い方向に転がって行く。選択肢がない上そうするだけで精一杯なのに変われなんて無理な話なんだと思う。でも、雪ノ下さんが言っていることも正しい。僕にはどうすればいいのか分からないし、この状況を荒立てたくはない。僕は出来るだけ縮こまって二人の会話をじっと固まったまま聞いていた。流石に戦争映画みたいに目を瞑って祈ることはないからまだましさ。
「それじゃあ悩みは解決しないし誰も救われないじゃない」
ものすごい剣幕だ。確かに表情には出ていない。だけど控えめにひそめている眉に言葉にこもった感情に目つき、内心では喧嘩腰に及んでいるのが十分見て取れた。僕は思わず視線を伏せるように落とし込んだ。木製の床に木目が不規則に敷き詰められひしめき合っている。その光景をずっと見つめていた。
「二人とも落ち着きたまえ」
平塚先生が割って入って来た。思わぬ所からの助け舟だ。こういう状況になったら先生は笑ったまま見ているだろうと思ってたけど、多分そんなこと考えてるのがばれたら怒られちゃうと思う。とにかく感謝しなければならない。
先生は一つわざとらしい咳ばらいをすると、まるでゲームを買ったばかりの僕のような眼つきでこう言った。
「古来より、互いの正義が相いれない場合は勝負で決着をつけて白黒はっきりさせるのが少年漫画の習わしだ」
少年漫画?この人読んでたのかな?俗にいう少年漫画には縁が無い僕にとっては正直何をしようとしているのかよくわからなかった。仕方ないよ。漫画なんてかりあげクン位しか読まないし。
「勝った方が負けた方になんでも命令できるというのはどうかな?」
何でもか…まあこの部を辞めさせて貰って…後は…アセロラジュース奢ってくれればいいかな。
ふと比企谷君の方に目を向けるとこりゃまあ思春期真っ盛りの健全な男子の目をしていた。一度生唾を飲んだだろうが気にしなーい気にしなーい。
「お断りです。この男相手では身の危険があるのではないかと思います…」
「男達じゃないんですか?あの…僕は別にホモじゃありませんよ?」
あ、やっぱり僕抜かされてる。うん…下心もあるよ…うん…あるんだよ…。
「さしもの雪ノ下でも…恐れるものがあるとはな…そんなに勝つ自信がないのかね?」
「良いでしょう。少しばかり陳腐な挑発に乗るのも癪ですが…受けて立ちましょう」
「決まりだな」
まあ、当然僕の意思はないよね。分かってる。正直諦めてる。ハナから期待はしてはいなかったけど、いざそうなると自分でも持たなくなって来そうだ。
僕は気づかれないように小さく溜息をついた。