臆病者の制服の青年   作:hideo99777

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初めての依頼

 

翌日。散々痛め付けられたメンタルは十分回復し、ありったけの勇気を振り絞ると静かにドアを開いた。

部室から吹き抜けてきた微睡を誘うほど心地の良い春風が僕を優しく包み込みながら通り過ぎた。

 

「こんにちは」

「あ……」

「もう来ないかと思ったわ」

 

ああ…そんな風に思われてたんだ…そんなことはしないよ。入った以上はやらなきゃいけないってことは十分理解してはいるはずさ。だからこうやって来たんだ。

僕は出かかった挨拶に少しのもどかしさを感じたまま椅子を取り出し、最近意識のうちへと上るほど重くなった腰を下ろした。

 

「もしかしてマゾヒスト?」

「ああ…まあ…雪ノ下さんがそういうなら…そうなんでしょうけど…」

 

うん…あらぬ誤解を受けそうだけど、そんな反論しない方が良いと思い、一応そういうことにした。

よし、僕はMだ。

あらぬ誤解は出来れば受けたくはなかったけど、人間諦めなきゃならない物があるんだろう。

 

「いや、ストーカーかしらね」

「すいませんやっぱなしで」

 

前言撤回。流石にこれは駄目なやつだよ。

僕は少し困ったように後ろ髪を掻くともなく掻いた。

 

「そもそも…なぜ前提として僕があなたに対し好意を抱いている事に?」

「違うの?」

「はい」

 

驚きを一分だけ含んでいるんであろう声色と共に、キョトンとした表情を浮かべる彼女に対し僕は即答した。

それと同時に少し場の空気が重苦しくなったので、僕は苦し紛れに話題を振った。

 

「そういえば…雪ノ下さんの方は?」

「私?」

「はい…友達とか恋人とかいるのかなーって…」

「そう…まずどこからどこまでが友達なのか…」

「すいませんでした」

 

また即答。いや、本当にすみませんでした。その…言い方が悪いんだけど"どこからどこまでが友達か"っていう事を聞く時点で多分居ないんだろうなっていうのはすぐに分かった。

 

「気にしてないわ」

「良かったです……でも…何故…?」

「え?」

 

"気にしていない"その言葉が僕を奈落の底からたった一本の頼りない糸の様に僕をつなぎ留めながらゆらゆら、ゆらゆら揺れている。

僕はありったけの勇気を振り絞ると思い切って聞いてみた。

 

「何故…人に好かれそうなのに?僕にだって友達がいるし…雪ノ下さんなら正直すぐに出来そうですけど…」

「貴方には分からないでしょうね」

 

確かに僕にはわかりやしない。だけど、これを機に彼女と話す事に抵抗をなくしていかなければ正直やっていけるような気がしないんだ。勿論下心の類や恋愛感情は持ち合わせていない。持ち合わせたまま話なんて僕にはできない。それに、彼女と僕がいくら付き合ったとしても釣り合うはずもない。

 

「私って、昔から可愛かったから、近づいてくる男子は大抵私に好意を持っていたわ」

「それじゃあ…なんで…」

「本当に誰からも好かれるのなら良かったのかもしれないわね…」

「え?」

 

僕は思わず聞き返した。まるで、後悔をしているような口ぶり。少し影が差したようにも見えた彼女の整った美しい顔立ち。だけど彼女の瞳からは全くの後悔を感じられず、むしろ皮肉を言っているようにも見えた。

 

「小学生だった頃。60回ほど上履きを隠されたの」

「………」

「まあ、内50回は女子によるものよ。おかげで毎日上履きとリコーダーを持って帰る羽目になったわ」

「大変…だったんですね……」

 

特にリコーダーの部分は聞きたくなかった。確かやった人の割合を実際に調べたらしい。2%くらいだったか。

 

「ええ。大変よ。私、可愛いもの」

 

その言葉に込められた意味を理解するのはそう難くはなかった。そこには女子にしか存在しないであろうどす黒い嫉妬や偏見。暴力を使わないだけより質が悪い。劣等感の回避、いやねじ曲がった方向へと向かった構成欲や秩序欲に優越欲などが一緒くたに押し込められた醜い私欲だ。リコーダーの部分は別だが。

 

「でも…仕方ないと思うわ…人は皆完璧ではないし、嫉妬し蹴落とそうとする…不思議と優秀な人間ほど生きづらいの…そんなのおかしいじゃない」

 

だけど僕はその意見はどうもすんなり呑み込めない。まるで喉にしこりでも出来ているかのように。

優秀な人間なら周りに合わせるなり隠す事くらいできるはずだ、と。

ささやかな反感とは言えないだろうが、まるで何か喉につっかえた時のような感情が沸き上がった。

 

「それはさすがに…」

「無理、とでも言うのかしら?」

「いや……そうは言いませんが…」

「そういうはっきりしない中立的な立場でしか物事を見ずに逃げ続けるよりかはましだと思うけれど」

 

ごもっともだ。正直こんな事も言いたくないけど、何かの肩を持ったり何かを支持することは良い事なんだろうけど嫌だ。それが悪とされることもあるし、それによって敵も生まれる。中立は逃げじゃない。ただ端から見つめているだけなんだ、それを僕らに関連付けようとするのはおかしいとして対立しあう人たちをただ突き放しているんだ。そんなへ理屈や御託並べたけど、どうせ彼女には適わない。

僕はただ、「逃げじゃないんだ。僕が今まで取って来た立ち回りも無駄じゃないんだ」と声高に叫びたかった。

 

「貴方のそういう逃げを肯定する部分、嫌いだわ」

 

そう言うと彼女は窓の外を見つめた。

彼女は"何か"持っている。優秀とされる"何か"を。それ故に苦悩を抱えているが、あいにく僕にはその苦痛や苦悩を理解することも癒すこともできない。ただ黙って話を聞いてまたどっちつかずの答えを出して逃げ出してしまう。ただ、彼女にそれは出来ない。嫌われている時点でもうもはや中立なんかじゃないからだ。

 

暫くすると比企谷くんがやって来た。

僕はやっとこさ重責から逃れられたことで少しだけ安堵し、またいつも通り彼と彼女の小難しい会話のキャッチボールを目で追っていくだけだ。

 

 

 

暫く買ってきたエナジードリンクをチビチビ飲みつつ彼女たちの会話を聞いていた。エナジードリンクってあれだね。大体オ○ナミンみたいな味がするね。これは確か高麗人参が入ってるとか書いてたけどそのせいかちょっとだけ臭い。

 

とにかく、ちょっとだけ臭いオ○ナミン(高麗人参入り)を炭酸が飲めないくせして高校生だから飲めるだろうと安易に挑戦したことに若干の後悔と舌のしびれる感覚に四苦八苦しながら悪戦苦闘しているとドアがノックされた。

この部活に所属して以来マトモなノックは初めてだと思う。平塚先生ノックしないし。

 

「し、失礼しまーす…」

 

少々上ずった高い声。女子だろうなーと思いつつドアを静かに見つめる。雪ノ下さんが「どうぞ」と僕らには向けられないであろう少しだけ穏やかな口調で一声かけた。さながら社交辞令のようだったというのもまた事実だが。

 

「な、なんでヒッキーここに居んの!?やじーまでなんで!?」

 

いきなり驚いたように早目に言葉を吐き切った。そんなに驚くことかね。僕なら…多分無理だなさっき思ったことは無かった事にしないといけないだろう。

 

「2-Fの由比ヶ浜結衣さんね。とにかく座って」

 

由比ヶ浜さんが今更同じクラスだったということを知った僕はささやかな驚きもそこそこに無言で椅子を用意した。彼女は「ありがとう」と一言僕に言うと彼女はちょこんと椅子に座った。それに僕は少しだけ頭を下げてまた飼い犬のベスと同じようにのそのそと椅子に戻っていった。

 

「あたしの事…知ってるんだ…」

「全校生徒覚えてるんじゃねぇの?」

 

比企谷君は皮肉ったらしい口調で雪ノ下さんへと言葉を投げかけた。やめておくれよ。ついそう口走りそうになる。面倒ごとや修羅場はいつだって体に悪いことくらいは知っているだろうに。だけどなんで彼は皮肉を飛ばせるんだろうか。こういう考え方を日和見主義の下衆の考えだといえるのはそうだろうが、平和的といえば後ろ指は差されはしないだろう。

 

「いえ、あなたの事なんて知りもしなかったわ。あなたの存在から目を逸らしてしまう私の心が弱いのよ…」

「お前それ慰めてるつもりか?」

「ただの皮肉よ」

 

でしょうね。僕はすぐに結論を出した。半ば偏見といった方が良いかもしれないけど、胡散臭い似非科学よりかはよっぽど信頼できる。根拠は彼女がそういうからだ。彼女は依然として堂々とその僕と変わらない椅子が玉座に見えてしまいそうな程に威厳という名の僕の幻覚と共にその椅子に静かに在る。

 

「何か…楽しそうだね!」

 

そして僕は彼女の言動や知識、とにかく彼女に諸々の疑いを含めた視線を向けた。僕に言えた事でも無いだろうけど、あの会話を見てその判断に至るのは正直どうかとも思った。流石に僕でもそこまではいかないと信じたい。こういう言葉を使うのは避けたかったけど…やっぱり…ちょっとおつむが弱いというか…。まあとにかく独特の観点で物を見れるのは素晴らしいと思う。お察しください。

 

「それにヒッキー良く喋るね」

 

彼女の言葉に彼は少しだけ疑問を含んだ表情のまま彼女に本に向かっていた視線を移した。その視線に何を思うてか彼女は頬を赤くしてしどろもどろに、弁明するかのように話した。

 

「い、いやー、そのー、ヒッキーがクラスにいる時と全然違うし、なんつーかキョドり方キモいし」

 

さらっと言ったよ。僕もたまに驚いたりはするけど、そんな風に思われてるんだろうか…。ともかくクラスにいる時はそんな感じなのか。同じクラスだけど彼の事は多分見てはいなかったろうと思う。いつも三上君と高田君の2人と一緒だし。その三人とは昔からいつも一緒だった。それも小学校のころから。

 

「このビッチめ」

「それは言っちゃだめだよ」

 

回想から戻した途端これだよ。そのまま回想しておじいちゃんみたいに昔を懐かしんでた方が幸せだった様な気がする。Bitchは駄目だよ。多分だけど比企谷君本来の意味で言ってるもん。下ネタじゃんか。まあ今じゃあれだ…その…言い方は悪いけどクソババアとかそういう意味合いがある。

 

「誰がビッチだし!私はまだ処…な、何でもない!!」

 

流石の由比ヶ浜さんもこの意味だけはストレートに伝わったようで、彼女は目をぎゅっと瞑った表情のまま頬を真っ赤にして腕を振りながら無かった事にした。賢明な選択だと思う。下ネタを嫌いとは言わないけど、下心がゲイなんじゃないかと思うほど存在しないだけ虚しくなってくる。

 

「別に恥ずかしがることでもないわ…この年でバー…」

「わー!わー!雪ノ下さん女子力足りない!」

「くだらない価値観よ」

 

そういって澄ましているあたり振り切っている所もあるだろう。どちらにせよ軽々と使うのは…ねえ?まぁ使わないようにはしておこう。

 

「そもそも女子力自体ビッチ臭いわ」

「人を簡単にビッチ呼ばわりするなんてヒッキーマジでキモイ!」

「俺のキモさは関係ないだろうが。そしてヒッキーはやめろビッチー」

 

わーい、やったー。韻ふめたぞー。ヒッキーとビッチーだー。さっきまでの決意はどうしたんだろうか。口に出したてないからセーフだね。完全に棒読みだけどね。ともかくビッチじゃないことは確かなのでそれは良しとしておこう。そしてこれを文字におこすと相当間抜けなものになるだろうということは心の中にとどめておこう。

 

「ほんとウザい!マジありえない!」

 

彼女は顔を真っ赤にしながらまくし立てた。その内容の薄さからひしひしと語彙力のなさが伺える。僕は少しだけ物怖じしつつも依頼内容を聞いておこうと思った。

 

そう思って口を開いた。

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