臆病者の制服の青年   作:hideo99777

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家庭科室

所変わって家庭科室。そこには2,3個ほどのはかりに銀色の真新しいボウルに小麦粉に砂糖、ラップや計量カップなどの諸々がきちんと整理されておかれている。卵などの食材は僕が買って来たものだ。食材に使ったお金は部費として落ちるので問題は無いだろう。そしてエプロン姿の二人と何故僕が縁のない菓子作りのための材料を買って家庭科室に来たか。それは彼女のごく個人的問題だ。

 

「えと…クッキー?」

「手作りのクッキーを食べて貰いたい人がいるそうよ。でも自信がないので手伝ってほしいと」

「んなもん友達に頼めよ…」

 

比企谷君はまるで友達がいる事に腹を立てているような声色でそう漏らした。彼女には悪い気もするが、ごもっともだと思った。でも彼女にとっての友達とはそういう者では無いんだろう。価値観の相違ってやつだ。個人の意識というものは厄介なもので、自分の価値観に従って生きていなければその意識は危険信号を発する。僕がまさにそうだ。

 

「う………それは……その……こういうなんかマジっぽい雰囲気って言うの……?……友達とは合わないんだもん……」

「………」

 

僕は無言で小さな溜息と共に少しだけ困った表情を浮かべた。彼女は少しだけげんなりしたような表情のまま、消え入りそうな声で漏らした。申し訳ないことをしてしまったかもしれない。一瞬先ほどの態度への罪悪感が生じた。だけども、どうせ彼らが何とかするのだ。気にしなくても良いだろうと目を逸らした。

 

「そうですかい」

「それに…平塚先生から聞いたけどここって、お願い叶えてくれるんだよね?」

 

うんまあ確かにそういう部活だね、ここ。僕が入って以来人が全く来ないから半分忘れていたような気がする。というか、一番忘れちゃいけないことじゃないか。この年から認知症はまだないだろうに。

 

「いいえ。奉仕部はお手伝いするだけ。さしずめ、飢えた人に魚を与えるのではなく取り方を教えるようなものよ」

「な、なんかすごいなぁ……」

 

いやそれ初耳なんだけどね?何それ全く聞いてない。違いはあるにはあるだろうけども由比ヶ浜さんには理解はできるんだろうか。まあ、進学校である総武校に入った以上それなりはあるだろうが、どうしても疑いを晴らせない。僕は疑念にかられつつも、由比ヶ浜さんの曲がったエプロンを雪ノ下さんが治す様を見つめていた。

 

「それで、僕らは何を…」

「味見して感想を頂戴」

 

その一言が発せられたとたん、僕の首元を嫌な予感がゆっくりと這いまわった。妙に滑らかな動きはさながら獲物の首を少しづつ絞めていく大蛇の様だった。僕にはそれが嫌に現実的で、起こるべくして起こることの様な気がしてならない。僕は嫌な予感が現実にならぬようにささやかな願いを込めて料理風景を見つめていた。そして由比ヶ浜さん。それ塩じゃないんですか?嫌な予感がしたそばから早速やらかしてるよ。

 

 

 

そして僕らの前には美味しそうなクッキーと、チョコも入れていないのに黒い不思議なクッキーが置かれた。僕は手でつまみあげながらまじまじと見つめた。比企谷君も同じ仕草で見つめていて、雪ノ下さんは額に手を当てて困ったような表情を浮かべていた。

 

「なぜあれほどミスを重ねることが出来るのかしら…」

「うん……アレだね…なんか良く燃えそう」

「本当だ…ホムセンで売ってる木炭だぞこりゃ。毒見だな…」

 

流石の彼女でもそれには耐えかねたのだろうか。僕の手からひとかけらの炭を奪い取って、同様に見つめた。さらっと修羅場になるような発言はやめて下せえ比企谷さん…。

 

「やっぱり毒かな…?」

「やめてよ…」

 

僕は心底冗談じゃないという表情で漏らした。

 

 

 

「さて…どうすればよくなるのか考えましょうか」

 

さっき洗った少しだけ水気のついた金属光沢で家庭科室の電灯を反射して光る銀色のボウルをカタン、という金属特有の高めの音を慎ましやかに立てながら彼女は話題を切り出した。どうしようにも分からない。正直言うとこれを食べる羽目になる人は結構不憫なものだと同情する。元々好きだったクッキーを嫌いになりそうで怖いわ。

 

「由比ヶ浜が料理を二度としないこと」

「それで解決しちゃうんだ!?」

 

適格といえば適格だけども当然の如く却下。流石にそれは駄目だよ。彼女も同様に突っ込みを入れている。だけども、何故か冷めたような、顔にさす影が俯いたおかげで暗さ加減が少し増した、浮かない表情のまま少しだけ調子が落ち気味なのが聞いて取れる声色でしゃべり始めた。

 

「でもさ…あたしって、料理に向いてないのかな……才能って言うの?そういうのが無いんだよ…きっと…」

 

彼女は暗めの声色のまま自嘲気味な笑いを最後に付け足した。彼女なりにも努力は尽くしたんだろう。だけども駄目で、あまつさえ才能が無いの一言で逃げようとしている。これでは僕と同じになってしまう。そんなんでいいのか?

 

「解決方法は努力あるのみよ。由比ヶ浜さん」

 

雪ノ下さんがぴしゃりと言い切った。僕は由比ヶ浜さんと同様に彼女の方へと視線を向けた。

 

「貴方はさっき"才能が無い"と言っていたわね?」

「え…?う、うん……」

「まずその認識を改める事ね。最低限の努力もしない人間には成功者をうらやむ資格は一欠けらもないわ。成功できない人間は成功者の積み上げた努力を想像すらできないから出来ないのよ」

 

彼女の言うことはいつも正しい。なんでだかは知らないけど、そう思える。それがたとえ無茶苦茶なものだったものですら。それだから僕は彼女を恐れているんだ。彼女は依然として小麦粉をふるいにかけている。途中、少しだけ頬についた何かを取ろうとしたのだろうか、手をの甲をあてがった部分だけ少しだけ小麦粉の白い粉がほんのり彼女の肌に浮かんでいる。

 

「でもさ…最近皆やんないらしいし…こういうのって…なんていうか、合ってないんだよ…」

 

そしてまた、自称気味の乾いた笑み。その言葉を聞いた彼女は突然ふるいをかけていたその手を止めて、残酷なまでに透き通った冷たい視線を向けて由比ヶ浜さんに向けて、きっぱりと言い放った。

 

「その周囲に合わせるの、止めてくれないかしら?ひどく不愉快よ。自分の不器用さや無様さの原因を他人に求めるなんて…恥ずかしくないのかしら?」

 

場が一転、重苦しくなるのを感じた。ああ、なんでこんな事言ってしまうのか。いや、言えてしまうのか…。それは勿論皮肉ではなく純粋にだ。彼女の冷たく鋭い言葉をもろに受けた由比ヶ浜さんは、エプロンの橋をぎゅっとつかんで俯いていたままだった。

 

「か……かっこいい………」

「え?」

 

僕はものすごく怪訝なな表情で、もう二人は驚きに満ちた表情で彼女を見つめた。思わず聞き返してしまった。かっこいい…?やっぱり彼女はいつもは少しだけおつむが弱いけども、どこか抜け目のない部分がある。僕はそれを最大限警戒しておかなければならないだろう。

 

「建前とか…全然言わないんだ……なんていうか、その……かっこいい!」

「は、話を聞いていたのかしら?私、結構きつく言ったつもりなのだけど…」

 

流石の彼女もこの答えだけは予想はしている訳も無かっただろう。少しだけ狼狽えている様子が見て取れる。彼女は依然として、まるで戦隊もののヒーローを見る子供の様な瞳で彼女を見据えている。自覚あったんだ。あるんなら止めてくださいよ。こっちの身が持たないじゃないですか。

 

「確かに言葉は酷かったよ…!でも、なんか…本音って感じがする。あたしってずっと人に合わせてたから…」

 

彼女はすべてを言い切ると、決心した面もちと声色で雪ノ下さんに向き直った。

 

「ごめん!次はちゃんとやる!」

「正しいやり方、教えてやれよ…」

 

いまだ驚きが抜け切れていないのが見て取れる面もちの彼女は比企谷君の言葉で正気に戻されたように小さく溜息をつくと、少しだけ観念したような、さながら子供にせがまれて玩具を買い与える親の顔のまま口を開いた。

 

「お手本を見せるから、その通りにやって頂戴」

 

そして家庭科室は再び焦げ臭さに包まれた。

 

 

 

 そしてまた木炭がもう1セットとおいしそうなクッキーがまた出来た。今回は整形の面や塩と砂糖を間違えていなかっただけ成長が感じられたがそれ以前の問題だった。雪ノ下さんはどう教えれば伝わるのだろうかと半ばやけくその様な世迷いごとを、机に突っ伏したまま呟いている。

 

「あのさぁ…なんでお前ら美味いクッキー作ろうとしてんの?」

「あ、ずるい」

「良いだろ別に…」

 

少しだけ存在を見失っていた比企谷君がクッキーを一つ齧ると、彼女たちへと疑問を投げかけた。というか比企谷君ずるい。いつの間に。僕だって食べたいよ。ちょうど小腹も空いたし、クッキー美味しかったし。比企谷君は困ったように僕から目を逸らしながら困ったように言った。だって小腹が空いたんだもん。彼はそう呟くように言うと、一気にクッキーを口へと放り込み、手についた粉を払った。

 

「はぁ?」

「何が言いたいの」

「どういうこと?」

 

僕を含め、彼女たちは懐疑的な視線を彼へと向けた。約一名少しだけ怒りが混じっているだろうが気にしなーい気にしなーい。やっぱり口は災いの元ともいうしね。その視線を一心に受けた比企谷君は腰に手を当てて得意げな表情を怖い目のまま浮かべていた。

 

「10分後ここへ来てください。俺が本当の手作りクッキーってもんを見せてやりましょう」

 

 

 

10分間かそこら、自動販売機で買った適当な飲み物で壁に寄りかかったりしながら一服してから向かうと、そこには嫌に見慣れた比企谷君が作ったと言うクッキーが置かれていた。本当にこれは比企谷君が作ったものなんだろうかと少しだけの疑念も持ちつつも頬張る。味は予想通り不味い。

 

「げー……」

「あんま美味しくない…」

「そっか…じゃあ捨てるわ…」

 

そう言いつつ、比企谷君はゴミ箱へと持っていこうと背中を見せて歩いていく。流石に由比ヶ浜さんはかわいそうだと思ったんだろうか、それを少しだけ慌てたような様子で彼を止めた。彼は僕らの方へと向き直った。彼女はその不味いと言ったクッキーを口へと運んだあと言った。

 

「別に捨てなくてもいいよ!いうてそこまで不味くもないし…」

「それなら由比ヶ浜さんよろしく」

「ちょ、ちょっと!?」

 

僕はさらりと由比ヶ浜さんへと時限爆弾を投げた。正直不味いものは食べたくないのは人間として当然だと思う。まあそれが同情とかそういう感情的なものが働いている場合は別だろうけど。そうならちゃんと全部食べようね。僕はあくまで食べないってことで。

 

「ま、由比ヶ浜が作ったクッキーなんだけどな」

「え?」

 

彼女だけ少しだけ驚きをにじませた表情で聞き返した。

 

それからというもの、彼の痛々しいトラウマを聞かされた。流石に女子に向かって好きなひと聞いて自分の事かどうか確認するのはあまりにも駄目な奴だと思う。まあ過ぎたことだし、彼にとってはいい経験だと割り切れているあたりまだ有益なものだったんだろう。

 

「で…そこからどういう風に関係が?」

 

僕はドン引きしている女子二人もそこそこに流石に話の脱線は彼はしないだろうと少しだけ身勝手な信頼というよりも予想を立てたまま尋ねた。

 

「つまりだ。男は単純なもんだ。話しかけられて勘違いするわ手作りクッキーってだけで浮かれるもんなんだよ。だから美味しくなくたっていいんだ。お前が頑張ったんだって姿勢が伝わればいいし、男心も揺れるもんさ」

「ヒッキーも揺れるの………?」

「ああ、もう超揺れちゃうね。ていうかヒッキーはやめろ」

 

雪ノ下さんは少しだけ難色を示しつつも由比ヶ浜さんが微笑を浮かべているさまを見る所から判断するに、彼女の中でも一つの折り合いがついたんだろう。雪ノ下さんも納得してくれてるといいな。

 

「それで、どうするの?由比ヶ浜さん?」

「うん……あたしなりのやり方でやってみる!ありがとう!雪ノ下さん!」

 

彼女の中でも何かが変わってくれたんだろう。期待というか、少し前向きな気持ちに慣れたんだろうか、そんな気持ちのこもった眼つきだ。僕はその表情に少しの安堵を示すと、残った黒焦げのクッキーを一口齧って瞬間的に襲ってきた苦味のお陰で少しだけ嘔吐いてしまった。

 

だけど、少しだけ甘かった。

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