臆病者の制服の青年   作:hideo99777

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作家病

 おおまかな予想をつけて僕は彼らに視線を戻した。今頃また何か言ったんだろうか比企谷君は相変わらず女子二人にドン引きされている。

 そして、僕が見た紙の内容についての言及は避けておくべきだと思った。いかんせん僕は本をほとんど読まない上、このようなジャンルには全くと言っていいほど縁も知識も無い。

 何より暗い気分の方が僕の感情をあらかた敷き詰められてしまっていた。どうしても面倒だという感情が付きまとう。

 

「大体分かったわ。あなたのその病気とやらを治せばいいのね」

「それは…病気じゃ…ない…です……はい」

 

 もうもはや取り繕うことすら辞めてしまった彼の弱々しい応答で、その暗い感情を払拭し、比企谷くんに依頼内容聞くよう、アイコンタクトで促した。

 これでも僕は部員の端くれだ。やらなきゃいけないことがあるし、それを早く終わらせたいのは比企谷くんだって同じだろう。本音としてはもうこれ以上雪ノ下さんの言葉で押し潰されていく彼の様をみたくないだけだけど。

 

「小説の原稿か?」

 

 僕のアイコンタクトに気づいてくれたかどうかは分からないが、足で踏んでいた原稿用紙に気づいた比企谷君は僕の望んでいる通り、本題へと話を戻した。

 僕は残り一枚の原稿用紙を比企谷君から手渡されて、机の上に置いてあるあらかたまとめた原稿用紙の一番上に組みなおした。

 

「如何にも!これはとある新人賞に応募しようと思っている作品だ…友達がいないので感想が聞けん。読んで欲しい」

「はあ…今悲しむべきことをさも当然のように言われた気がするのだけど…」

 

雪ノ下さん。ごもっともだと思うよ。

 

「投稿サイトとかあるし、そこに晒せばいいだろ」

「それは無理だ!あやつらあは容赦も慈悲もない。酷評されれば多分死ぬ」

「心弱えぇ…でもなぁ…多分雪ノ下の方がよっぽど容赦はないぞ…」

 

 そう言った比企谷くんの目は少しだけ濁っているような気がした。あくまで気がする程度だけど。

 彼の言っていることは恐らく忠告と同じ扱いにした方が良いと思う。雪ノ下さんの言葉で彼の押し潰されて、嬲られていく様を想像するのはそう難くはなかった。勿論それが僕の場合であっても。

 

 

 

 僕は家に帰ると一つ小さな溜息をしながら鞄を下ろした。鞄をそこらへとどけてソファーにもたれかかり、首をもたげて天井を見つめた。そしてもう一つとても大きい溜息をついて目元を抑えた。

 そして、ソファーから重い腰を上げて飼い犬のべスへと転がり込んだ。彼の暖かい体温と柔らかい毛並みが頬を撫でている。彼は少しだけ僕の方を見やって「わん」と小さく困ったように、呆れたように、しかしながら優しく告げた。僕は頬を緩めて手を胴の方へと回して抱きしめたまましばらく時間を費やした。

 

 その後、晩御飯を食べて風呂など諸々寝るだけの準備を済ませた僕は鞄から紙の束を取り出して自分の部屋へと向かうと少しだけ難しい顔をしたままリビングからついてきてくれたべスのお腹辺りに頭を置いた。そこから原稿用紙に読むともなく読んでいく。

 正直に言ってしまうと内容はほぼ頭には入っちゃいない。言い方は悪いが、それほど面白くない、退屈なものだということだ。だけども本人が努力して書いてくれているんだ。読まないわけにもいかない。僕はこのジレンマに頭がこんがらがってしまいそうだったのですぐに小説へと意識を傾けた。

 

 僕ははっとした。いつからは分からないが自分のいびきで起きてしまったのである。なんとも間抜けな話だが、僕の頭はまだ回転しておらず、気の利いた皮肉を一つ言ってやることは出来ない。寝ぼけ眼をこすりながら飲み物を求めてむっくり起き上がると、ドアを開いた。

 明りのない廊下の底にはまだ抜け切れていない冷気が淀んでいて少し肌寒い。僕は辛うじて見える階段を下りて、冷蔵庫から適当なお茶を取り出して口の中へ放り込んだ。喉の奥へと染み渡る水気と鼻へと抜けていくお茶の香りをむざむざと手放して、すぐに自室へ戻ろうと階段を少しだけ身震いしながら上がっていった。

 僕は照明を落として、布団の中へと潜り込んだ。中には僕がお茶を飲んでいるときに潜ったんだろうべスもいた。さっきまで眠ってしまていたせいだろうか、なかなか寝付けない。僕は窓へと体を向けた。

 ピクリとも動かないカーテンの間から床へと一筋の月光が伸びている。また、カーテンの裾辺りにはカーテンによって作られた光の雑踏の姿が床へと落ちていた。僕はその何でもない景色をただ頭を空っぽにしたまま見つめていた。そのうち、いつの間にかは分からないが僕の瞳は閉じていた。

 

 翌日、僕の目の周りには前例のない程のくまを作ってしまった。多分いつもより目つきが悪くなっているんじゃないかと心配したが、予想は見事というべきか不幸にもというべきなのか、洗顔をしようと鏡を見ると、鏡の中にはなんとも恐ろしい顔つきの男がいた。2,30歳ほど老けたんじゃないか。僕はまだ眠気の抜けない顔を強引にタオルでこすりながら思った。

 

 

 

 僕は学校に着くと、自転車のスタンドを蹴飛ばして一発でかい欠伸をした。無理もないだろう。今でも何とか眠気を吹き飛ばしているが、お昼ごはんが終われば爆睡は確定だろう。

 せめていびきをかかないよう洗濯バサミで鼻を挟んでやろうか。そんな風に思って、スタンドのロック部分をもう一発軽く蹴飛ばした。

 

「おはよー!あっくーん…ってうわ!何そのすごいクマ!」

「あ…由比ヶ浜さん…」

 

 甲高い元気があふれるような聞きなれた声が後ろから届いた。由比ヶ浜さんだ。今日も今日とて元気な人だ。

 ただ顔を見るなり驚かれるのは少しだけ胸に来るものがある。僕は少しだけ傷ついた心に蓋をした。

 

「というか…何で由比ヶ浜さんそんな元気なの?」

「あははー…だよねー…あたしも超眠いし…」

 

 由比ヶ浜さんは半分だけ眼をすぼめて目の元をこするような仕草をした。いつもならその底抜けの元気さにうらやましさを覚える限りだけど、今日だけはどうしても疑いがぬぐい切れない。

 そして思うのだ。この人読んでいないんじゃないか、と。僕の疑惑の視線から少しだけ目を逸らした彼女は愛想笑いしながらそっぽ向いている。

 

「まあ…読んでくれてるんだろうね…」

 

 僕は少しだけ苦笑いを浮かべつつ儚いとは言っては悪いが少しだけの期待をして彼女と別れた。まあ読んでてくれてるさ。そんな風に思っていたかった。

 

 そして案の定、昼ご飯の後の授業は見事に爆睡した。三上君達がテープで鼻を留めてくれたおかげでいびきはかかずに済んだが、無理な体勢だったためか首がべらぼうに痛い。僕は顰めた顔のまま痛めた首をゆっくり、ゆっくり動かしながら部室へと向かった。

 

 

 

 中に入り、僕は目の前に広がる光景に少しだけ固まっていた。雪ノ下さんが寝ていたのだ。

 僕の心を傷つける言葉の数々を吐き捨てるようにぶつけてくる彼女のいつもの凍りついた瞳とはまた違った表情の整った顔立ち。そしてあたりに一つ優しい春風がふわりと吹く。十分絵になる光景だった。`

 その横にある付箋だらけの紙の束を見るにしっかり全部読み切っているんだろう。僕なんかよりもよっぽど一生懸命に彼に寄り添っている。僕みたいに途中で寝るような輩ではない。

 

 僕は、「お疲れ様」と心の中で告げて僕は重苦しい上着を起こさないようそっと彼女に掛けた。その後、僕は財布片手に自販機へと向かった。

 適当にお茶を二本分買って来た僕は部室の扉を開いた。彼女はまだまだ眠っている。相変わらず整った顔立ちに肩が規則正しい寝息と共に上下するのを見て、椅子を出した。

 

「ん……」

「あ、起こしちゃった…?ごめん…」

 

 僕は少しだけ弱々しい口調で告げた。多分僕が椅子を出した時の音のせいで起こしてしまったんだろうか。少しだけ申し訳ない気分だ。彼女の方は寝ぼけ眼のままでまだ少しだけ頭が回っていないようだ。またどんな罵詈雑言を並べてくるんだろうか、僕は思わず身構えていた。

 

「あ…上着…ありがとう…」

「ああ…大丈夫…。そうだ…喉乾いてるだろうし…お茶…」

「ごめんなさい…いくらだった…?」

「あぁ…い、いいよ…別に…」

 

 僕は少しだけ眠気が抜けていないであろう彼女から上着を受け取ると、代わりに緑のパッケージの緑茶を手渡した。意外にも彼女の態度は僕の予想から打って変わってしおらしいものだった。冷たい言葉の洗礼が無かっただけ大勝利だ。彼女は一つおしとやかに欠伸をした。

 

 

 

 僕らがお茶を飲み干した頃だろうか、比企谷君とそれに遅れて由比ヶ浜さんも部室にやって来た。

 そろそろみんなが集まり切っただろうかという頃、材木座くんもやって来た。彼は椅子の上にどっか、と音がするような仕草で椅子にまたがった。

 

「さて!感想を聞かせてもらうとするかな?」

「ごめんなさい…私にはこういうのは良く分からないのだけど…」

「構わぬ!是非凡俗の意見も聞き入れたい!」

 

 ああ、これから彼が潰されていく様を見ることになるのか、そう思い、少しだけ紙の束を持つ力を強めて、少しだけ唇をピクリと動かして目を逸らした。

 僕からこんな酷評をするのは気が引ける。ましてや全部を読んでいない訳だ。こんな事僕がする筋合いはないものだろう。まあ、何とか言い分を考えておこう。

 

「つまらなかった。想像を絶するつまらなさ」

「あぎゃふ!!」

 

 彼女の一言に呼応するよう彼の悲痛な精神の断末魔が部室に響いた。思ったことを包み隠さず言うことは彼女の一番良い点でもあり悪い点でもある。今日は完全に悪い方へと転がっていった。心なしかSEもついてくるんじゃないかとも思ったのは内緒だ。

 

「ど、どの辺が詰まらなかったかご教授願えるかな…?」

「まず、文法がめちゃくちゃ。倒置法ばかりね…。てにをはの使い方くらい小学校で習ったでしょうに」

「ぐふぅうっぐえぇ…それはより平定な文体で親しみやすく…」

「最低限まともな日本語も書けないのにそんな事無駄な足搔きだわ。ルビだって誤用が多すぎるわ」

「ぎえぇぇええ!」

「文才の前に常識を身に着けるべきだわね」

「んごおぉおおぉ!」

 

 無駄な抵抗。蛇に睨まれている太った蛙が必死に逃げようとその重い体をのそのそと動かしつつ必死に逃げ出している。だがそれを蛇は一瞥すらせず一心不乱に食らい付く。窮鼠猫を噛むなんてものは存在しない。

 ただの一方的な正論という言葉の暴力。

 

「おい…その辺にしとけ…あまりいっぺんに言ってもな…」

「まだ言い足りないけど…まあ良いでしょう…次は矢島くんかしら?」

 

 さあ、早速お鉢が回ってきた。捻り出せ。昨日どこまで読んだか…。ああ、最初の方からしか記憶が無い。

 そもそも僕は意見できる男なのか?なにせつまらなくて眠ってしまった上に内容をほぼ綺麗さっぱり忘れてしまったのだ。

 とにかく今は言葉を絞り出さねば。そう思い、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「う、うん…その…なんていうか…ごめん…悪いこと言っちゃうけど…」

「えっぐぇあぁう…この程度の痛みなど…」

「その…この手のジャンルに詳しくなかったから…調べてみて…それで…その、発想がありきたりかなーって…」

「ぴゃあぁあい!」

「うわぁぁ!今のなし!今のなし!」

 

 やらかした。確かにそういう風には思ったが何もそのまま言うことはなかっだろうに。これは完全に自分の落ち度だ。このことは後で謝っておくべきだろう。

 

「そうだ!由比ヶ浜さんは?」

 

 なんとか彼にこれ以上負担はかけさせないよう、恐らくはこの中で一番優しい由比ヶ浜さんへとバトンを手渡す。だが、一番心配なのは彼女はもしや読んでいないのではないかということだ。

 

「うぇええ!?え、えーと…うーん…む、難しい漢字いっぱい知ってるね?」

「でやぁい!!」

 

 優しさは時には仇になるとても現実的な例を目の前でまざまざと見せつけられた。

 彼の断末魔も、もはやリアクション芸と化しているような気がする。

 

「ほいじゃ、ヒッキーどうぞ!」

 

早っ。

 

「八幡…お前なら理解出来るよな…?」

「ほんで、ありゃなんのパクリ?」

「ぽぉおい!」

 

 一発、とどめの一発であり会心の一撃ををなんとも無情にかつ、無表情で清々しく言い放った。正直彼のが一番こたえただろう。あれは彼の身から出たものだと信じたい。物凄く内容が似てるウェブ小説があったが気にはしてはいけない。

 そして彼は崩れ落ちた材木座くんに歩み寄ると、一言。

 

「まあラノベなんてイラストさ。中身なんてどうでも良い」

 

これがとどめだったようだ。

 

 

 

 メンタルを完膚無きまでに叩きのめされた後、しっかり回復した材木座くんを加えた皆と共に昇降口からドアを抜けた。

 向こうにはすっかりと赤茶けた燃え盛る夕焼けは皆の髪に馴染み、木々の影を縫った光が斜めに地面へと横たわっている。

 

「…また読んでくれるか…?」

「ドMなの…?」

 

 由比ヶ浜さんが少しだけ引いたように彼に尋ねた。まあ、流石に勘違されてもしょうがないだろう。あれ程の酷評をしたにも関わらず、彼は尚あの作品を完成させるべく僕らにまたこき下ろされようとしているのだ。

 

「……まだやるの…?」

「無論だ」

 

僕はまた弱々しい声色の問に、彼は何の迷いもなく明るい表情ではっきりと答えた。彼には僕に無いものがあるのだ。そう悟るのは然程難しくはなかった。

 

「確かに酷評された…。だがそれ以上に嬉しいのだ…自分の書いた作品を皆に読んで貰えて…」

 

 彼の表情は少しだけ照れ臭そうな表情に変わった。人に読んでもらえてそれほど嬉しかったのだろう。僕なんかが役に立てて、少し嬉しい気分になった。

 

「感想を言ってもらえるのは…良いものだな」

 

 彼には一種の執着心があるのだろう。何としてでも自分の作品を作り上げる。人に酷評されようともめげることなくその物に対して自分自身の全てを費やす。彼の心はもう立派な芸術家であり作家なのだ。

 

 僕は、少しだけ彼が羨ましくなった

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