臆病者の制服の青年   作:hideo99777

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やるしかないこと

 

 やけに耳を突いた高い声。僕ははたと目を向けると、妙ちくりんなドリルのような髪型をした人。そしてその隣には如何にもと言った感じの爽やかな人。

 覚えている。2-Fでは一際目立つ存在。そして、先日の重っ苦しい空気を作り出した犯人その人の徒党だ。寄ってたかって何の用だ、と少しばかり険しい感情を覚えた。

 

「三浦さん…!僕らは別に遊んでるわけじゃ…」

 

 弱々しい反論が僕の横から聞こえた。いや、正確にはこれは反論であり、正論そのものだ。僕らは依頼を受けてやっているんだ。何が楽しくて昼休みを無下にしてテニスをやらなければならないのか。こんなことを言うのもアレだけど、正直これに関してはあまりやってて気持ちの良いものでもない。

 

「あ?何?聞こえないんだけど?」

 

 喧嘩腰だと一発でわかる声色で僕らに言い放った。僕の眉が少しだけ強張る様が手に取るようにわかった。一つ、ため息を小さくついた。バレてようとバレていまいが関係は無い。いつもだったら僕の知らぬところで誰かが泣き寝入りする事で何もなかったかのようにいつもを過ごせていたんだろう。

 だけど今は違う。今目の前で起こっている事なのだ。こんな事見たくはないし、指をくわえたままに見ていることは出来ないと、僕の余計な、それでいて煩わしく反吐の出る良心が僕に非難の声を喚き立てて怒鳴り散らしている。そうだ。良心に従うことが今必要なことだ。

 

「ちくしょう…」

 

 僕は冷たい声で呟いた。やってられないなんてこんな早くから言うことも出来ない。でも、今僕はこうして窮地に立たされて、苦しんでいる。こんな事嫌だ。僕が甘いのか、本当に今起こっていることが酷なものなのかは関係あってたまるか。

 

「ああ、このテニスコートは一応許可を取って使ってるんで…遊びって訳じゃ」

「は?あんたも使ってんじゃん」

 

 彼女は喧嘩腰で僕に突っかかって来た。正論を捻り潰す最悪の人間だ。反吐の出るような気分を催した。彼女を見ているだけで最悪の気分になりそうだ。正論を言う悪い事か?このまま泣き寝入りしろとでも言うのか?そんな事してたまるか。そんな反骨心が良心と手を組んで頭に血を詰め込んでいる。

 頭にすっかり血が昇った僕は、眉を顰めて彼女を睨め付けるとそれを見かねたんだろうか、葉山君が割って入ってきた。

 

「まあまあ、そんなに喧嘩腰にはなるなって。皆でやった方が楽しいさ」

 

 "皆"。その単語に彼は眉をピクリと痙攣させる。目ざとく揚がった足を取った屁理屈を並び立てる子供の様な、それでいて何か気に入らないと言ったような表情を浮かべた。彼はまた何か言うつもりなんだろう。穏便に済ませてくれるのならば、何をやったっていいだろう。どうせ穏便に済みそうもないだろうが。

 諦めを含んだ眼つきのまま天を仰いだ。

 

「皆なんて誰だよ。母ちゃんに物ねだるときの皆か?使えた事なんざあったこたぁ無いけどな」

 

 彼の腐った眼つきから繰り出される悪人そのものの笑みとは対照的に向こうの六人組は少しだけ顔を顰めている。分かる人にしか分からないであろう自虐ネタに僕は乾いた様な笑みを浮かべる事すらない。由比ヶ浜さんたちですら笑っていないんだ。高度すぎるなぁ。

 

「そ、そういうつもりで言ったんじゃないんだ。すまん。相談があるなら乗るからさ」

 

 そういいながら少しだけ引き攣った顔を戻した彼はゆっくりと歩み寄る。気持ちの悪い薄ら笑いは顔に固く貼り付けられている。ははあ、こうやって自分にとって正論を良い人が発する何かを利用してねじ伏せているんだ。どうやら僕にはその何かに対しては疎いみたいだ。

 

「葉山。お前の優しさは嬉しいもんだ。お前みたいな奴が、テニスコートまで奪う気か?恥ずかしくもないのか」

 

 彼は葉山君の浮かべた気色の悪い薄ら笑いを真似て葉山君達に笑いかけた。彼の方は何倍かは気色が悪い。だけども、比企谷君の方が何百倍も良く見えた。頼もしい笑みじゃないか。だけども僕はその笑みに反して、頭に血が昇って行っていた。

 

「言うとおりだよ。そもそもこっちが依頼を受けたっていうのに何でそっちがやることになってるんだよ。やるんなら自分たちで許可取ってくるんだね」

 

 僕は最悪な感情を言葉に載せて垂れ流した。

 僕は拳を握りしめた。衝動的な暴力が身の毛もよだつような嫌悪に変わると、掃いて捨てるほどにあふれかえり、僕のはらわたで、淀み渦巻き暴れまわっている。そして最悪な感情が僕の心を蝕み始めてしまうんだろう。染まり切るなら僕は悪に染まるんだろうか。

 

 一閃。テニスボールが鋭い軌跡を描いて僕らのコートめがけて飛んできた。余りあるスピードを持ったテニスボールは地面を乱暴に蹴飛ばすと、金属音を立てつつネットに跳ね返って、一つ二つ跳ねてから虚しく転がった。

 これは避けられない。面倒なことになってしまった。そんな感情を彼らへと向ける視線に込めた。何とかしてくれないものか。そう投げやりな気持ちもこみ上げた。

 

 険悪な空気になっていく様か僕の気分を察してくれたかどちらでもいいが、見かねたんだろう、葉山君が何か思案を巡らすように顎に当てていた手を戻して、まるで提案するような口ぶりで口を開いた。

 

「じゃあこうしよう。部外者同士、テニスで決着を付けよう。勝った方が今後休みはここを使えるって事で」

 

 何を言っているんだ?そもそも僕らは依頼を受けたのだ。部外者はそっちだけであり、僕らは依頼を受けたうえで。それでいて許可もとっているんだ。なぜこんな連中に。そもそもそんな勝負ハナからしていい物じゃない。

 

「待ってくれ。人の話聞いてなかったのか?僕らはそもそも部外者でもないってさっきから言ってるんだ」

「もちろん練習にも付き合うさ。強い奴とやった方が戸塚の為にもなるだろ?」

「じゃあいっそ混合ダブルスにすればいいじゃーん。あーし頭いいんだけどー!」

 

 駄目だ。こんな人間にいくら話をしても通じない。そもそも正論を捻じ曲げようとしているのだから。軽蔑や怨恨がこもった視線で三浦と葉山を見つめている。小さく舌打ちをして呆れたように比企谷君にどうするかを尋ねるように眉を上げて視線を送った。

 

「くそ…」

 

 僕は思わず小さく呟いた。彼はこの提案を飲もうと頷いたのだ。もちろんカースト上位の時点で拒否権は無いに等しい事は重々承知していることだしハナから逆らうことは出来ないとは分かっていたことだった。

 だが、余計な期待のせいで失望の念もひとしおだ。うだるような胸糞の悪さに苛立ちを覚えつつ、ため息をついた。

 

「とりあえずどうする?」

「そうだな…」

「ジャンケンで決めよう」

「適当だな」

「公平でいいでしょ」

 

 適当と言われれば適当だが、これくらいの適当さで適度に力は抜くべきだろう。少なくともどちらがやろうとも実力なぞ同じくらい、いや、どちらかというと彼の方が上だ。まあそんなの根拠もないただ端から見てから立てただけの不確かな予想なのだが。

 

 そして二人で少し小さめに、例の掛け声と同時に渾身のパーを出した。そして、ゆっくりと視線を向ける。その視界のはしに二本の今一番見たくなかった指、中指と人差し指が僕の手のひらに向かって突き出されていた。

 彼は握りこぶしから伸びた、人差し指と中指という蛇足なもので、僕の渾身の開いた手のひらをいとも簡単に負かした。

 

「ちょっと待ってもう一回」

「おい」

「ちょっとこれどうするの…僕なんてズブの素人だよ…毛すら生えてないよ?」

「でも言い出しっぺだし」

「うぐっ…」

 

 ギクッ。という効果音が似合いそうなほどに僕の肩が跳ねた。これじゃ言い逃れしようがないよね知ってた。僕は一瞬渋い表情を浮かべて

 

「分かったよ…やるよ…その代わり負けても文句言わないでよ?」

 

 僕は溜息をついて念を押すように行った。僕が彼らに敵いっこないってことはやる前からでも明確だが、こうなった以上選択肢はないだろう。

 

「だが女子はどうする…?」

「え?」

「この四面楚歌の状況にて手を貸す女子など皆無に等しい…」

 

 いつの間にかいた材木座くんがつぶやくように尋ねた。材木座くんが言うとやけに説得力が出てくるだけ質が悪いし何より焦る。だがそれはごもっともとも言えるごく単純なことだったのだ。

 

「あ、あたしやる…」

 

 由比ヶ浜さんが消え入りそうな弱々しい声で名乗りを上げる。ああ、彼女はなんてお人好しなんだ。僕らは言わば反逆者。それに肩入れした以上、彼女自身も敵対の視線からは逃れられない。

 

「止せ。三浦ガン見してんぞ」

 

 その言葉通り、彼女は何かいけ好かないと言った表情で由比ヶ浜さんに視線をぶつけている。どうやら彼女は独占欲が強いみたいだ。なんにせよ彼女が抜けてしまうのは辛い…どうすればいいものか。

 

「結衣、あーしとやる事になるけど…それでいいの?」

 

 駄目押しとばかりに彼女は不機嫌、いや、それよりも苛立ちと言ったほうが正しいであろう感情が声色からも明白だった。不戦勝にでも持ち込むつもりか、それとも彼女が立ちはだかってくるのが気に入らないか。だが、どちらにせよそう結果なぞ変わるはずもない、そんな思案を巡らせていた。

 

「でも…あたし、部活も大事だから!」

 

 彼女は三浦の道具からは卒業したようだ。ともかくメンバーは揃ったのだ。僕はコートの外に放り出しておいたラケットを取ってコートの中へと足を踏み入れた。戸塚くんは審判台のはしごを登り、葉山はワイシャツの袖をまくっている。

 

 僕は奥歯を噛み締めた。

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