俺が
「そんな奴は知らねぇ―よ」
公一郎さんは慌てた様子でコック帽を被る。
スプーンを落とした、ということは何かあるはずだ。
この際、ちょっと遊んでみるとしよう。こういう時、俺の悪知恵が働くもんだ。
年上の人をからかうのは良くないことかもしれない。いや、良くはない。だが、そっちが教えないとなると、話は別だ。
「そうですか、知らないんですが…同じ苗字だったので、もしかしたら、知っていると思ったんですが…実は海老名菜々ちゃんは俺の彼女なんです!」
俺はドヤ!という表情のドヤ顔で言った。すると……
ブブーブフォッ
お茶を飲んでいた公一郎さんがお茶を盛大に飛ばした。飛ばしたといっても、コップの中にだが。
ちょっとやり過ぎたかもしれない。そう思っていたが、公一郎さんの他に、隣でも同じような音が聞こえたような……
「ゲホッゲホッ……コホン。ちょっと!たっちゃん。あなた……もう彼女さんを……ひくひく」
俺の隣に座っていた母さんがハンカチを取り出して、涙を拭いていた。いや、この人は涙なんて流してない。こういう時はなんか悲しいオーラを出そうとして、俺をいじくっているのだろう。
面倒なことになるかもしれないから、母さんやめてくれ!
俺は母さんから公一郎さんに視線を戻すと、公一郎さんはまだゲホッゲホッとむせている。これはやり過ぎたに違いない。
「あら、青春してるわね。おっちゃんも昔は青春を……」
暖房の人が言う前に
「おい!ちょっとツラ貸せ!」
公一郎さんはそう言って、部屋から出ていってしまった。
…………これって、もしかしての死亡フラグ……
「あれは海老名くん少し怒っているわね。たっちゃん。何か海老名くんの気がさわることを言ったの?」
「あら、コーちゃんが怒るなんて、珍しい」
「店長……ありゃ怒っちゃってるな」
様々な言葉が飛んでくる。どれを聞いても分かる結論はただ一つ。
公一郎さんは完全に怒ってらっしゃる。
あなたは、人を不快に思いさせたり、怒らせたり、そんなつもりで言ったはずじゃではないのに、トラブルにあってしまったことはないだろうか?
まさしく俺は、今その状態だった。
どうしたもんだか……
「でも、海老名くんのことだから、大丈夫よ。行ってらっしゃい」
母さんはクスクス笑いながら言った。
笑っている辺りから本当に大丈夫なのだろうか……
しかし、今は母さんの言葉を信じるしかない。
「前にコーちゃんに反抗する従業員がいて、怒鳴り散らして、やめさせたこともあったけど、大丈夫。うん。大丈夫」
…………
……俺は何も聞いてない。
俺は部屋を出たのだった。
部屋を出ると廊下で足で何かのリズムをとっていた、公一郎さんがいた。そして、公一郎さんの最初の言葉は
「おせぇ!すぐにこい!」
「はっはい!」
もう、完全に怒ってらっしゃるよ。これ……
早めに「すみません。さっきの言葉は嘘でした。チャッチャラーン。ドッキリ大成功!!」とか言わないと……
「そんなに怯えなくてもいい。勘違いするなよ。俺は怒ってないからな」
いやいや、嘘でしょ?
俺は公一郎さんの言葉が信じることができなかった。
「あの…さっきの言葉は…」
「菜々は元気か?」
「えっ?」
俺が言う前に公一郎さんが聞いてきた。緊張のあまり、公一郎さんが言った言葉を俺は覚えてなかった。
「だから、菜々は元気にしているかって聞いているんだ!」
「はっはい!菜々さんは元気にしています。バリバリ元気です」
「お前…嘘言ってるだろ?」
う…嘘?今の言葉は一切嘘を言っていないはず。バリバリ元気っていうのも真実だと………お…思うし
「嘘なんて言っていません。神に誓って」
「そうか…」
相手の迫力に押し潰されて、言おうしていた言葉が頭の中から完全に消滅していた。
「菜々を頼むな!」
公一郎さんは笑顔で言った。このままじゃマズイ。
「すみません。菜々さんの彼氏って言うのは嘘なんです!本当にすみません」
俺はなんとか…思い出して、言った。すると
「やっぱり、お前…嘘ついてたじゃねーか!さっきの言葉。俺は忘れてないぞ!」
「うぅ…本当にすみません」
俺は頭を何回も下げて下げまくって、公一郎さんに謝罪する。
「いやいや、俺は別に怒ってないぞ。その…なんだ。菜々とはどんな関係なんだ。次嘘ついたら、次は怒るぞ」
公一郎さんは笑いながら言った。どうやら、今は怒ってないようだ。
「菜々さんとは、同じクラスメイトで…その友達なんです」
同じクラスメイトということは嘘じゃないし、友達っていうのも嘘じゃない。女の子を友達って言うのは、なんか恥ずかしいけど
「そうか、菜々と友達…」
公一郎さんは何か考えている様子だった。そして
「菜々の友達なら、別にいいか。俺、菜々の兄なんだよ」
はい…なんとなく、分かっていました。
「うん?なんだ、その…いかにも知ってました。みたいな感じは?」
「あ…すみません。なんとなく予想はついていました…あははは」
俺は笑って誤魔化す。改めて、俺は公一郎さんを見る。
これが、海老名ちゃんのお兄さん。
「今までお前を試していたが、彼氏じゃないなら、試す必要がないな」
「試すって何をです?」
「菜々の彼氏として、しっかりしているか、どうかだ」
怒っている様子に見えたのは、俺を試していた様子だったかもしれない。
「まぁ…そんな感じだったんだ。あははは…」
俺は笑いながら、言った。話している途中…海老名ちゃんの箸は止まっていた。
「そっ…そうなんですね。お兄ちゃん。浜松で店長に…」
海老名ちゃんはちょっと安心したような…だが、少し寂しそうな表情をしていた。
「あれっ?公一郎さんとは連絡とってないの?」
「はい…私が7才の時に家を出てっちゃったので…」
海老名ちゃんは寂しそうな表情で言った。どうやら俺は海老名ちゃんにとって暗い話をしちゃったようだ。そんなつもりでこんな話をしたのではないのだが…
そこで、俺はあるミスに気がつく。
「あっ…電話番号聞いておくの忘れてた…ごめん」
「いい…いえ。そんな迷惑…」
「迷惑じゃないよ!友達として当然のことだよ」
「と……友達」
そして、俺はあるアイディアを思いつく。
「そ…そうだ。母さんに電話番号聞いてみるよ」
我ながら、なんというgoodアイディア。だが、海老名ちゃんは
「い…いえ!ごめんなさい。達生くんの気持ちは嬉しいけど……」
「けど……?」
「そその……自分で探してみたいの……東京に来たのもそれが目的だったから」
海老名ちゃんの言葉に俺は呆然としていた。わざわざ、秋田の実家から東京に来た理由は
なんという……お兄さん想い。
こんな妹を持っている公一郎さんが羨ましい限りです。公一郎さん。
会計を済ませて、店を出る。時刻は9時を過ぎていた。
外はなかなか暗い。俺は考える。
女の子の海老名ちゃんを夜道に一人で歩かせるのは危険ではないだろうか?
「よしっ。家まで送っていくよ」
「そそそんな……そんな迷惑は……」
海老名ちゃんの性格上、こう言われることは分かっていた。だから、俺はその言葉に対する言葉を考えていた。
「じゃあ…俺からのお願い。俺のお願いを聞くと思って、送らせて」
「……達生くんがそんなに言うなら……」
海老名ちゃんは照れながら言った。多分、今の海老名ちゃんの頬は赤く染まっているだろう。現に俺の頬が赤く染まっているのが、自分でもわかるぐらいだった。めっちゃ恥ずかしいことを言ったな俺……
こうして、俺は海老名ちゃんをアパートまで送っていった。(手を繋ぎながら……)
ダカーポ3の小説も書き始めたので、興味があれば読んでみて下さい。
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