週末のイゼッタ   作:ジェーサー

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第二話「褪せた想い」

  第二話「褪せた想い」

 

 復職後の初仕事は報告書の皮を被った始末書の作成だった。

 

「復帰早々、大変だったな」

「いえ。自分の勘が鈍ってしまっているのに気付けましたし、言葉を選ばずに言うのなら良い機会でした」

「そ、そうか……」

 

 バースさんには申し訳ないがこの言葉は、バースさんの引きつった表情の向こう側でさっきからずっと俺に挑発的な視線を送り続けているアンジェリカへ向けて言い放ったものだ。

 

「それで、銃の製造元は分かったんですか?」

「あ、ああ。分かったには分かったんだが、どうにも手掛かりにはならないようだ」

 

 あそこまでやる連中だ、こうなる結果は予想していた。

 

「連中は北の国境を目指していました。そこから推察できる可能性としてはゲルマニアが有力だと思います」

「ゲルマニアか……お前さんはまた、すごい国を出してきたな」

 

 進言しておいて難だが、これはあくまで少ない情報から推察した俺の勝手な推測に過ぎない。ゲルマニアのような大国が幾ら隣り合っているとは言え、こんな小国の為にあそこまでの人員を送って来るとは考え辛いのも事実だ。

 

「けどさぁ無くはないんじゃないの? 例えば、近い内に攻め入って来る気だったり、とかね」

 

 いつもの冗談だったのだろう。が、事が事なだけに俺は睨みを以ってアンジェリカを咎める。

 

「怖い怖い」

「ゴホンッ――とにかく、何にせよ憶測の域を脱さない話だ。ゲルマニアへ向かわせた者達からその手の報告が上がって来ていない以上、下手にゲルマニアを刺激するような真似はこの国の存亡に関わるものだ。ウィルベルット、アンジェリカに次いで皆、今後は滅多な事を口にするのは謹んでくれ」

 

 保守的が過ぎるが、最もだとも言える。

 その後、ここでも珍しいくらいの重苦しい空気が漂った。

 

 

 任務に就いていない諜報員は基本的にはいない。誰しもが寝ている間以外では任務中である。中でも他国へ派遣された諜報員たちは悲惨だ。昼夜、室内外を問わず、常に気を張っていないといけないからだ。

 その点、国内での任務を預かる人間は幾らかマシと言える。

 

「ウィルベルットさんあの……お噂は予々聞いています。とても優秀なんですね」

「噂か……そんなのが出回っている時点で優秀とは縁遠いとは思うけどな」

「あっ――いえ、軍部内でしか聞きませんよ?」

「それもマズイだろ」

 

 首都にある軍本部を目指す道中、今後しばらく行動を共にするように言われて付いてきている新人のキャロルという子の口は閉じるという事を知らないらしく、支部を後にしてからずっと開きっぱなしだ。

 しかも、そのほとんどが俺の好感を上げようとして空回っている内容ばかり。正直、ただ黙って付いてきてくれた方が好感を持てる。

 

「私、ダメですね」

 

 自覚があるようで何よりだが、こう明から様に落ち込まれるても対処に困る。

 

「支部を出てから未だ小一時間ほどしか経ってないんだ。君が出来の悪い人間かどうかなんて定められはしないよ」

「……は、はいっ」

 

 励ませはしたが……ひょっとしてこれは愚策だったか?

 俺が属している諜報部隊には、基本的に部下と呼べるような関係性の人間は存在しない。誰もが身一つ、手腕一つで上層部からの信頼を勝ち取り、難度の高い任務を任されるようにもなり、そうして自然と高い地位を確立して行く。故に諜報部隊員は軍人でありながらも、部隊内だけに限っては階級制を持ち込まないのが暗黙の了解になっている。

 嘗ては居心地よくすら思いもしたそうした風習が今の俺を苦しめているとは、何とも皮肉なものだ。

 

 キャロルと共に軍本部へ辿り着くと、そこで先ず俺たちを迎えてくれたのは本部務めの諜報部隊員、過去に一度だけ国外での任務を共にしたことのあるリディック元少佐だった。階級章を見るに、今は中尉にまで上り詰めたらしい。

 

「久しいからなのか……ウィルお前、ずいぶんと人間らしい顔付きになったな」

「リディックさんも、見ない内にずいぶんと出世なされたようで」

「階級なんて飾りのような物だろ」

 

 以前はその言葉に憧れを抱いたこともあったが、今のリディックさんが言うと単なる嫌味にしか聞こえてこないのは、俺の気の所為か。

 

「で、そっちの可愛らしいお嬢さんはウィルの彼女か?」

「真顔で冗談を言う癖だけは変わりませんね」

「ええっと、キャロル・オドレズです。諜報部隊へは先日配属となって――」

 

 俺とリディックさんの緩い会話を聞いていたハズだが、キャロルはその空気を察せなかったらしく、場違いな程に凝り固まった敬礼を見せる。

 

「これは有望そうで何よりだ」

「全くですよ」

 

 残念なことではあるが、キャロルに諜報員が向いていないことが確定した瞬間だった。

 

 

 

 昼食を挟んだ後、俺とキャロルはその店の二階へと上がっていた。この宿の主人とは顔見知りで、二階の最奥に位置するこの部屋は俺のお気に入りの場所だ。

 

「えっとあの、その、二人でひと部屋なんですか?」

 

 明珍な程に顔を紅潮させたキャロルが震えた声で訊いてくる。

 

「いや、この部屋は君一人で泊まるんだ。俺にはこっちに借りてるアパートがあるし、この機会に契約も解除しとこうと思ってる」

「そ、そうですよ、ね……」

 

 嫌がっている様にも見えたので、俺は俺なりに気を遣って言ったのだが、今度はどこか残念そうな表情を浮かべている。やはり未だ、このキャロルという子のことがイマイチ理解できない。

 

「とりあえず今夜の会食が始まるまでは自由行動だから、それまで好きにしててくれて構わないよ」

 

 告げるべきことを告げ部屋を後にしようとした際、

 

「あの」

 

 今度もまた、おずおずと呼び止められた。

 

「別に急ぎの用ではないが、俺にもやっておきたいことが――」

「ずっと、お姉ちゃんが羨ましかった」

 

 姉、という単語が俺の心臓を鷲掴む。

 

「ウィルベルットさんは、お姉ちゃんのこと忘れてなんかいませんよね?」

 

 薄暗い視界の中、キャロルが向けてくる銃口が妖しく鈍い光を煌めかせる。

 

「キャシーの妹だっ――」

「気安く呼ばないでっ!」

 

 絶叫は、銃声に紛れて消えた。


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