ブラインドタッチに憧れます。。
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転校して初日の授業は退屈なことこの上なかったのは、前の学校で既にやっていたところだったからだ。
俺のいた学校は少し進みが早かったようである。
まあ、復習になると思えば良いのだが、そこまでの優等生でも自分はない。
六月のこんな時期に転校になったのは、前の学校で"やらかして"しまったからだ。
前に不良ではないと言っておいてあれだが、問題を起こし、この"共学"である藤咲学園に転校するはめになったのだ。
"共学"というのはーー
「蕾くん」
一日の授業も終わり、早速帰ろうとした俺を呼び止めたのは、例の雪ノ下という美人だった。
しかし、嫌いな下の名前呼びに、若干嫌な顔になってしまう。
「なんすか?」
「学校を案内するわ」
一日も終わりの今更かよとは思ったが、美人の凄みと、先に歩きだした雪ノ下につられて歩き出してしまう。
早く帰りたかったのだが……。
一通り構内を歩き回りながら、ありきたりに音楽室、図書室で図書委員、保健室では保健委員、生徒会室や視聴覚室、体育館ではバスケ部、校庭ではサッカー部など、部活動や委員会まで紹介された。
まあ、普通の学校というやつだ。
武道場から剣道部や柔道部の気合いの入った掛け声が聞こえてくる。
そんな中、校舎裏に連れ出され、倉庫のような所に案内された。
木造の古い造りで体育館倉庫ほどのそれは、コンクリートで造られた校舎とは打って変わって異質な感じがした。
周りには木々が生い茂り影を落としている。
ーーーー確か裏は神社だったか。
思い出し、何か得体の知れない寒気を感じて身震いする。
「ここは風紀部」
風紀ーー部?委員ではなくて?
疑問の浮かぶ俺を他所に扉が開かれ、中に通される。
「こ、これは!」
机にはポテトチップス、クッキーなどのお菓子の箱や空の袋、ジュースの空き缶ペットボトルに紙パック、本や紙の束が乱雑に散らばっている。
床には漫画や雑誌、ここにも転がったペットボトル…。
足の踏み場があるのだろうか…。
そこには立派なゴミの山が築かれていた。
奥に見えるのは流し台だろうか。
コップや食器が乱雑に積まれ、溢れ返っている。
ふと、近場に
無造作に置かれた紙パックを手に取ってみると……
チャプン…
入ってやがる。
「…………させろ」
「?」
「片付けさせろ!!」
それからゴミの山との格闘は一時間以上におよび、大量に出たゴミを焼却炉に持って行く頃には、あたりは暗くなっていた。
「大した手際ね」
ソファーに座り、形の良い唇をコーヒーカップにつけながら雪ノ下が呟く。
辺りには淹れたてのコーヒーのいい香りが漂っていた。
「…美味しいわね」
雪ノ下が大きな目をみはる。
「そりゃどうも。ただのインスタントだがな」
なんとコーヒーメーカーが発掘されたのだ。
向かいに座り、同じくカップに口を付けながら、満足な気持ちで辺りを見渡した。
白いテーブル、落ち着いた茶色のソファー、木目の活かされた床や壁はちょっとしたお洒落な喫茶店のようだ。
食器棚には品のいいティーカップセットが並び、磨き上げられたガスコンロ、シンクが輝いている。
エアコン冷蔵庫まであり、パソコンまで発掘され、こうして見ると中々設備の整ったいい部屋だった。
ふと、疑問が浮かんだ。
どうしてあんなことになったのだろう?
「ここ風紀部とか言ってたよな?部員は?」
あんな状態で、学校の何を正せるのだろう?
文句の一つでも言ってやる。
「私よ」
「は?」
「だから私が部員よ」
「一人で?」
あの惨状を?
さっきの汚物部屋には似つかわしくないその美しい生き物をまじまじと見た。
「他にもいるわ。掃除しているあなたを見て帰ったわ」
手伝えよ!!!!!!
そういえばこの雪ノ下も掃除中この場にいなかったな。
「…あの、掃除中はどちらに?」
「図書室よ」
しれっと言ってのける雪ノ下に、げんなりとうなだれる。
マイペースブラボー。
「ところで、蕾くん」
じゃあ、帰るわと言いかけたタイミングで、雪ノ下が口を開いた。
「この学校は必ず委員会か部活に入らなければいけないの」
「ええ?早く帰りたいのに。……て、いうか」
部活の件より聞き逃せないことがあった。
「あんた、なんで俺をその名で呼ぶの?」
「なぜって、蕾くんでしょう?」
不思議そうに聞かれ、本当に他意がないのだと気付く。
馬鹿にしている訳でも、わざとでもないようだ。
「俺、自分の名前嫌いなんだ。わかるだろう?」
「なぜ?」
雪ノ下は長い睫毛を瞬かせる。
本当に分かっていないのか?
完璧なまでの作りの、美しいその無表情は、まったく読めない。
「とにかく、別の呼び方にしてもらえねぇかな?」
雪ノ下は少し思案した後、今までにない呼び名を口にした。
「では、"ライ"」
「なぜに?」
「"蕾"は"らい"とも読めるでしょう?それに雷もふくまれてるし」
なんとも言えないネーミングセンスをお持ちで。
「ライ、風紀部に入らない?」
「……考えてときます」
転校初日での新しいあだ名と、ゴミ山との格闘とで、ぐったりと倦怠感を覚えながらそう答えたのだった。