綾辻家に挨拶をしにいってから丁度1週間後のある日。良次は町の至るところから目にすることができるほどの、大きな建物を目指してあるいていた。見るからに堅牢そうなそのビルディングは、ボーダーの本部として使われている建物である。
今日はボーダーの入隊試験が行われる日。良次もその試験を受ける予定だ。開始の時間を考えると早すぎるかもしれないほどの時間に出発したのは、彼の性分によるものである。
良次は、朝のランニングコースをボーダー本部の前を通るように設定している。そのため、徐々に見慣れてきた町並みを眺めながら今日の試験に思いを馳せる。
ボーダーの試験とは如何ようなものなのか。どんな内容であっても対応できる自信はあるが、はたして。
そう考えているうちに、いつも自身が利用しているスーパーマーケットの前を通りかかる。帰りに豆腐と卵と、それからブロッコリーも買って帰らなければ、と思考を巡らす。
ふと、その時、何か重いものが落ちたような衝撃音が聞こえてきた。日常のなかでは、まず聞こえてこないような大きな音である。端的に表すと、『ズドーン』とか、そういう感じの音だ。
何事か、と思いそちらの方を向くと、今度は焦りぎみな口調で警報が聞こえてくる。
『「イレギュラー門」発生!!市民の皆さんはすぐに退避してください!!』
警報が繰り返し鳴り響くなか、良次は「イレギュラー門」という言葉を頭のなかで反芻する。いったいなんのことだろうか。理解するために頭を働かせていると向こうに、建物くらいの大きさの無機質な見た目の生物が見えた。
なるほど、あれがトリオン兵というやつか。…ということは、『門』というのはトリオン兵が出てくる道のことか?そしてなおかつ、今回の場合は『イレギュラー』である、と。
そう納得した良次は、辺りを見回し状況の把握に努める。皆一様に一刻も早く逃げようと行動しているが、建物とトリオン兵とに位置的に挟まれて逃げられないものも確認できる。そして辺りには、ボーダー隊員らしき人物はいない。そうであるならば、あの人たちを助けるには、
そこまで考えると良次は、そのトリオン兵に向かって駆け出した。人々がこちらがわに逃げようと向かってくるのに対するように走り抜ける。
その途中、一人の野球のユニフォームを着た少年の姿が見えた。当然のごとく、バットを傍らに携えている。少し思案した良次は、すれ違う瞬間に、これ幸いと金属バットを拝借する。
「すまん!これ借りる!!」
「え、いいけどあんたはどうするんだ?!」
「大丈夫!これでも鍛えてるから!!」
すれ違い様にそう言葉を交わし、トリオン兵へと接近する。やがて相手の間合い直前で止まり、その右側に位置するように立つと、その姿を見据えた。足が…10本。それぞれが鋭利なことを考えると、あれに触れたら危険だろう。狙うなら腹か、もしくは足の付け根か。
そう考えながら、まだこちらに気付いていない様子のトリオン兵の足の間を掻い潜り、手始めに腹に一発叩き込む。予想より硬かったことに多少驚きながら、すぐにそこから退避し、再び正面から向き直る。
今ので奴の攻撃対象は自分になっただろう。見ると、こちらに感謝するかのように会釈をしながら去っていく数人の人々がいる。その点でいけば、当初の目標は達成だ。
だが、思ったよりも硬い。あわよくば倒せるかも、と考えていたが、やはり聞いていた通り普通の兵器では殆どダメージが与えられないのだろう。このバットも、いつまで持つか分からない。
それならば、自分のやるべきことは一つ。
(ボーダー隊員が来るまで時間を稼ぐ!)
再び接近し、降り下ろされる鋭利な腕を避けながら、その根元に一撃を叩き込む。衝撃で少し体勢を崩したトリオン兵を横目に捉えながら、その背後に回り込む。予想通り、足の付け根も腹部と同じくらい硬い。
基本的には避けるのが一番か。そう結論付けた良次は、避けに徹して、標的を変えようとしたら攻撃、その後再び避けに徹する、というヒットアンドアウェイ戦法をとりつづける。
腹を打ちすえては、後方に回避。脚の根本に打撃を叩き込んでは、即座に距離をとる。
数回その攻防を繰り返したところで、バットの限界が近付いてくる。ボコボコに凹んだそのバットは、通常の的ならむしろ与えるダメージが増しているかもしれない。しかし相手はトリオン兵。バットがどんな状態でも、全くのノーダメージであることには変わりないようであった。
とはいえ、そろそろ次の方策を考えなければな、と良次が思案しているところで、2つほど気配が近付いてくるのに気づく。
避難した人が戻ってきたのか、と心配してそちらを向くと、そこにいたのは目新しい服装に身を包み、手には武器を携えた女性であった。近未来的な印象を抱かせるその服装は、恐らくボーダーの隊員だろうと、良次は当たりを付けた。
「ちょっ、あなた何してるんですか!?」
「丁度いいところに!後は頼みます!」
そういってトリオン兵の側から退避する。それぞれに面食らうなか、一番最初に正気に戻った女性が両手の周りに小さな箱のようなものを展開する。かと思うと、それが弾けて弾丸のようにトリオン兵に襲いかかった。
バットとは違い明らかにダメージがあるようで、トリオン兵が腹這いになるように崩れる。それを見て、もう一人の女性、剣を持った方がトリオン兵に接近する。
「最後は宜しく」
「任された!」
そう言葉を交わすのとほぼ同時にトリオン兵が一刀のもとに斬り伏せられた。
(少し肩が上がりぎみだけど、太刀筋はなかなか良いなぁ)
一連の攻撃を興味深く眺め、そのように分析していると、トリオン兵を倒し終わった女性たちが良次に近付いてきた。それに気づいた良次は、感謝の言葉を伝えようと向き直り、口を開く。
「あ、どうも。ありがとうございます。自分一人じゃどうにもならなかったもので」
「あ、それはどういたしましてー。って、じゃなくて!あなたは何でこんな危険なことしてたんですか!?相手はトリオン兵ですよ!!」
「熊ちゃん落ち着いて。…とはいえ、本当になんでこんな危険なことをしたんですか?」
剣を持った女性、別名熊ちゃんが少し怒り気味で詰めより、それをもう一人の女性が宥めながらこちらに質問してくる。とはいえ、どうやら同じことを聞かれているようだと判断した良次は、その質問に答えるべく口を開いた。
「逃げ遅れている人がいたもので、敵を引き付けておこうかなと」
「いやいや、あなたも危険じゃないですか!」
「まあ、鍛えてるから他の人よりは戦えると思いましたので、そうするのが最善だと考えました」
「そうはいっても生身でなんて、死ななかったからいいものの」
そう言葉を交わしながらあきれたような表情を向けられ、良次は苦笑いする。
そういえばと、良次はボーダー本部を目指していたことを思い出し、腕時計を確認する。余裕を持って出てきたため、まだ時間にはなっていないが、当初あったはずのその余裕は完全になくなっていた。走ってなんとか間に合うくらいか。
「あ、すみません。ちょっと急ぎの用事があるので、俺はこれで」
そう告げて、ボーダー本部の方へ走り出す。その後ろ姿に声をかけられた。
「あ!何はともあれ、こちらこそ助かりました!」
「あなたのおかげで怪我人もなくすみました。ありがとうございます」
その言葉に良次は手を降ることで応え、全速力でボーダー本部へと駆け出した。
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「玲。今の人、何者だと思う?」
「普通の人、とは少し違うかしら。なにかしら戦う訓練を受けていると見るのが妥当だと思う」
「そうよね。私たちも他のイレギュラー門のせいで駆けつけるのが少し遅れたから、その間食い止めてた筈だし」
そう言葉を交わすのは、B級12位の那須隊に所属する那須玲と熊谷友子である。話題はさきほどまで生身でモールモッドと戦っていた男性についてだ。
普通に考えて、生身でトリオン兵と戦おうなんて考える人はいない。時間を稼ぐためだとしても、である。
「報告した方がいいのかな?」
「…ええ。トリオン能力がある程度あればボーダー隊員にスカウトできるかもしれないわ」
「確かにね。攻撃手としては、ちょっと驚異かもしれないけど」
生身の状態でモールモッドをある程度相手取れるならば、ボーダー隊員になっても相応の活躍がきたいできるだろう。例えトリオン能力が並みだったとしても、相当な戦力になるのは明らかだろう。そう考えた二人は、今の今まで目の前にいた青年について思い返す。
「えっと、身長は…180㎝以上はあったよね?」
「うん。もしかしたら180後半はあったかも。大学生かな?」
「多分そうだろうね。髪の毛は黒で短め。それと、」
そうやってお互いに順繰りと、先ほどの青年の特徴を確認していく。もちろん、ボーダー隊員に勧誘するための情報を集めるためである。
とはいえ、その青年であるところの良次はボーダーに自ら入る試験を受けるために立ち去ったのだが、このときの二人はまだ知るよしもなかった。
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あの後、無事に開始の時間に間に合うように良次は到着し、試験を受けることができ、つつがなくこなすこともできた。
ちなみに、ボーダー本部についてから、そう言えばバットを借りっぱなしだったなぁ、と気づき一頻りどうすべきか悩んだのは、また別の話であろう。
次は出来るだけ早くしたいと思います。