世間一般でいうところの出会いの春も、その盛りを過ぎ、象徴とも言える桜がその花びらを落とし始めた5月。
『ド』が付くほどの田舎に住んでいた良次も、順調とはいかないまでも、新たな地での学生生活に慣れ始めていた。
(そういった意味では、5月は慣れの季節とも形容できるかもしれない。が、それが理由のひとつとなって『五月病』なるものが存在するのもまた事実なのかな)
良次自身も、そういったことを考えられるくらいには余裕のできたとある日。慣れ始めた学校生活とはまた違った世界に、足を踏み入れようとしていた。
(まあ、無事に合格できてよかったが。しかし、できるだけ早く『B級』というのにならなければな)
その世界とは、言わずもがなボーダー隊員としての世界である。先日受けたボーダーへの入隊試験。内容は普通の体力試験や筆記試験などだったが(実は会場に設置された機械でトリオン量を測定していたのだが、良次はそのことを知らない)、なんとかそつなくこなせたと良次自身は思っており、実際合格通知もしっかりと受け取っていた。
今日はボーダーへの入隊式があり、そしてB級へ上がるのに必要なポイントを獲得するためのランク戦を行えるようになる日である。この日を待ち望んでいた良次は意気揚々とボーダーの本部へと歩を進めていた。
それにしても、と良次は先日聞いた話を思い返す。まさか、遥がボーダーに所属していたとは。それも、自分が今目指しているB級よりも上のA級だという
(早く、追い付きたいなぁ)
子どもの頃からずっと憧れていた女性は、やはり凄かったという事実を認識して、良次は嬉しくもあり、同時に歯痒さも感じていた。追い付くためには、まずB級。そのためにはランク戦をしなければ。その考えに至った良次は、今までよりも少し早足になりつつ、ボーダー本部を目指した。
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ところかわってボーダー本部。そのとある一室に、佐鳥賢を除いた嵐山隊の面々が顔を揃えていた。
「どうした綾辻?そんなソワソワして」
そう声を発したのは、隊長の嵐山准であった。爽やかを絵に書いたような青年である嵐山は、先ほどからずっとソワソワしていたオペレーターの綾辻遥に向かってその理由を尋ねたのだ。
「え?!そ、そんなに私、ソワソワしてましたか?」
「はい、誰が見てもわかるくらいには、綾辻先輩はソワソワしてましたよ?何かあったんですか?」
思わず聞き返した遥に対して、今度は攻撃手である木虎藍が言葉を返す。それに同意するかのように、木虎の後ろでソファーに座っていた時枝充が頷いていた。
「じ、実はですね」
少しの間事実を言いあぐねていた遥だったが、やがて少し躊躇いぎみながらも、口を開いた。
「その、私の親戚の子が、今日からボーダーになるらしくてですね」
「ああ、それで心配してるんですか」
「あ!いえ、心配とは少し違うんですけど・・」
じゃあ、どういうことですか?という木虎の言葉を受け、改めて遥は手元の資料をチラリと見る。それは、件の稲葉良次のボーダー入隊試験の結果に関する資料である。
「見てもらった方が早いかもしれない。この資料の男の子なんだけど」
そういって、手元の資料を木虎の方に向けると、他の二人もこちらに近づき、資料を覗き込んでくる。3人は少しの間資料に目を通していたが、やがてその表情を驚きの色に変えた。
「ほほう、これは凄いな!」
「は!?これ本当なの?!」
「初期ポイント3850って、木虎より高いのか」
その資料には、良次が体力・筆記試験ともに優秀な成績を修め、またトリオン量も高水準である旨が記載されていたが、何よりも衝撃的だったのは、初期ポイント3850という破格の値だった。
その資料を一通り見終わったあと、木虎と時枝は遥に詰め寄った。この男は何者なのか。今まで何をしていたのか。などなど。綾辻自身も、久しぶりに会ったので、良次のことについてはあまり詳しくないのだが。
しばらくの間、その会話に参加せず何かを考えていた嵐山は、何かを思い立ったかのように口を開いた。
「今日入隊ってことは、今日からもうランク戦するんだろ?今日の任務が終わったら、見にいってみないか?」
「あ、それはいいですね」
「確かに、本当にポイントに見あった実力があるのか、見極めなきゃいけませんからね」
「いいんですか!?ありがとうございます!」
嵐山の提案に、佐鳥・木虎・遥の全員が賛成し、かくして嵐山隊の今日の予定が決定したのだった。
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「相手が強いほど貰えるポイントが多い、っと、いいことが分かったな」
無事入隊式を終えた良次は、早速ランク戦を行おうと対戦ブースへと向かっていた。その途中、周りを歩いている人の話から、より多くポイントを持っている人と戦ったほうが勝ったときのポイントが多い、という情報を得た。しかし、単純により強い人に勝った方が、と勘違いをしたことが、後々良次に大きな影響を与えるとは、このときの彼は知る由もない。
何はともあれ、対戦ブースにたどり着いた良次は、そこにいる人々をそれぞれ観察する。殆どの者の強さがほぼ一様であるなか、一人だけ際立った実力を持っていそうな人物が目についた。その人物に向かって歩き、その目の前に立った。
「あの、すいません」
「ん、なんだ?」
「その、俺と戦って貰えませんか?」
初対面の人物に声をかけるということもあり、緊張しながらも良次が戦いを申し込むと、目の前の人物は少し驚きの表情を見せたが、すぐにその顔に笑みを浮かべた。周りも良次のその言葉に驚き、ざわつき出したが、良次自身は気に留めることはなかった。
「へえ。なぜ、俺と戦いたいんだ?」
「あなたが一番強そうなので」
相手が投げ掛けてきた質問に対して、間も置かず答える良次。その返答を聞き、その人物は茶髪の癖毛である頭に手を置いて大きな声で笑いだした。
「あ、あれ?何か可笑しいこといいましたかね?」
「いやー、なんにも。よしよし、それじゃあ戦おうか!ただ、君はC級だよな?」
首を傾げて問い返す良次を宥めるようにその人物は声をかけ、自身のあご髭に手をあてながら言葉を返した。
「はい、そうです。・・・何か問題が?」
目の前の人物が何者か知らない良次は、自分がC級だと問題があるのかよくわからず問い返す。それに対して、再びその人物は返答した。
「いや、なんにも。それじゃあ、俺も訓練用のトリガーを使うから、それでイーブンってことで」
「?よくわかんないですけど、それで大丈夫です」
色々と分からないことが多い良次だったが、どうやら戦いの約束を取り付けられたようなので、これでよし、と自分を納得させた。対するその人物は、そういえば、とこちらに再び顔を向けてきた。
「君の名前は?」
「あ、すみません。申し遅れました、稲葉良次といいます。そちらは?」
「俺は、」
その人物はそこでひとつ咳をして、再び居ずまいをただし良次に向き直った。
「俺は、太刀川慶。よろしくな」
このとき、良次は重要な事実を二つほど知らなかった。
一つは目の前の人物が、ボーダーの攻撃手&個人総合のランキングで一位の実力者であるということ。
そしてもう一つは、C級とA級の対戦は、ランク外対戦としてポイントの移動がないということだ。
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今日の任務を全て終えた嵐山隊は、予定通りランク戦が行える対戦ブースにやって来ていた。目的は、綾辻遥の親戚である期待の大型新人、稲葉良次の戦いぶりを確認するためである。
ブースにやって来た嵐山隊の面々は、その性質のため、しばらく握手会状態となったが、それをできる限り早く捌いて、目的の人物を探し始めた。
「おや?向こうのブースにやたらと人だかりが出来てるけど、どうしたんだろう?」
「ああ、本当ですね。行ってみますか?」
探しはじめてすぐ、一番端のブースに人だかりが出来ているのを嵐山が発見した。嵐山隊の面々は、その人混みの方へと向かう。人だかりの最後尾へとたどり着くと、そこにいた女の子に嵐山は声をかけた。
「ちょっといいか?」
「はい、なんです、・・って!嵐山さん!?あ、握手してください!!」
「あ、ああ。いいよ」
先ほど同様、握手を求められる嵐山。それに対して、後ろに控えていた木虎は、ひとつ咳払いをした。
「それで、この人だかりは一体なんなのかしら?」
「ああ、すいません!いや、何でも今日入隊したC級隊員と太刀川さんが勝負をするらしくて」
「はあ!?」
隊員の女の子が口にした内容に、嵐山隊の面々はそれぞれ一様に驚く。だが、それも仕方ないことだろう。ボーダーのC級隊員とは、いわば一番のしたっぱである。それに対して、太刀川慶とは、攻撃手でも個人総合でもランキング一位の男なのである。それが戦うというのはいくらなんでも無謀というものではないか。
その後も、人だかりの中の隊員から、勝負はC級隊員の方から挑んだこと、そのC級隊員は男であること、どちらも訓練用のトリガーを使うということなど、様々な情報を聞き出したが、嵐山隊の面々はまだ一番重要なことを聞いていなかった。
「あの、」
何だか嫌な予感がしていた遥は、ふと、その一番重要な事実を聞き出そうと、その質問を口にした。
「その人は、何て言う名前なのか分かる?」
「あ、俺聞きましたよ!」
遥の望みとは裏腹に、人だかりの中の一人が手を挙げ、無情にもその名前を口にした。
「稲葉良次、っていうらしいです」
このくらいのペースで出来ればいいんですが…(笑)
恐らく次は遅れると思うので、あしからずご了承ください。