鮎川りなが主役です。彼女は、『龍が如く3』に出て来るキャバ嬢です。
『龍が如く』に登場するキャラは、全て主役にします(笑)。
『深夜食堂』に、『孤独のグルメ』『バーチャファイター』がほんのりクロスです。
SIDE STORY ~ 鮎川りなの恋愛事情
「んー?」
鮎川りなは、気のない返事をした。
「なんだよ、りなちゃん、上の空かよ」
四十代のハゲた万年係長に突っ込まれて、りなはようやく我に返った。
「あーん、ゴメンなタカシちゃん。何話してたっけ?」
「何だよ、本当に聞いてなかったのか?」
「散々俺らの気を引いといて、それはないよなあ」
「さすがは小悪魔りなちゃんだな」
万年係長とその腰巾着達に口を揃えて言われたので、りなは満面の微笑みを返した。
「誰か、りなを夢中にさしてくれヘん?」
その言葉に応えて身を乗り出して来るサラリーマン達を軽くいなしながら、りなはやはり物思いに心を奪われていた。
×
鮎川りなは、地元の神戸では、人気者だった。その快活な性格と愛嬌のあるルックスで、中学校から短大まで、皆から好かれていた。三宮センター街を歩いている時に、カメラマンに声を掛けられ、何度か雑誌に載った事もある。
彼女は順当に、モデルで全国デビューを夢見た。東京に出て、渋谷を歩いていれば、スカウトされてすぐにモデルデビュー、瞬く間にカリスマモデルに。
そんな安直な妄想はあっさりと否定された。自分が井の中の蛙だった事を思い知らされた。スカウトどころか、オーディションすら全く引っ掛からなかった。貯金はあっさりと底をつき、居酒屋の皿洗いやコンビニの深夜シフトを遣り繰りして何とか糊口を凌ぐ毎日だった。
東京へ出てから五年目、彼女に転機が訪れる。一年前から勤めていた「キャバクラ・Club Koakuma」に、新しい雑誌の企画で撮影に来たカメラマンの目に留まり、『小悪魔Ageha』の専属モデルとなり、俗に「アゲ嬢」と呼ばれるファッションの先駆的存在となったのである。
皆がちやほやしてくれるようになり、男達は彼女の気を引こうと色々と貢いで来るようになった。
しかし、彼女は貢ぎ物では中々なびかない。で、付いたアダ名が「小悪魔」である。
ある時、同じ「Koakuma」の後輩の武藤静香が、こう尋ねた。
「ねぇりなさん、何でみんなの事、振っちゃうんですぅ?もったいないですよぉ」
「あのね、静香。りなの欲しいんは、ちょっとちゃうねん」りなは微笑みながら答えた。「確かに、高価なモンとかもろたら嬉しいけどな、りなの欲しいんは、そんなんとちゃうねん」
よく判らない、という表情の静香を見て、りなは肩をすくめて見せた。
りなの両親は、共働きで家を空ける事が多く、彼女は所謂「鍵っ子」だった。両親とも放任主義で、りなには両親と遊んだ記憶がほとんどない。そのせいか、りなはあまり両親になつかなかった。その反動か、年の離れた妹が生まれると、両親は溺愛した。そしてりなには、「あなたはお姉ちゃんなんだから」といって、結局甘えさせてはくれなかった。
キャバ嬢になってからは、客に甘えられるだけ甘えてみた。しかし、彼らは彼女にとってはどうでもいいような物、それこそ服だの宝石だの、金で買えるような物しか与えてくれなかった。
そこに現れたのが、桐生ー馬である。彼は、それまでの男達が、りなに与えてくれなかったものをくれた。それは、「絶対的な甘え」であった。
これまで誰も、酒に溺れたりなを助けてはくれなかった。しかし、桐生だけは、わざわざ迎えに来てくれて、何も言わずに彼女が壊した物の弁償までしてくれた。
りなは、酒の勢いも借りて、桐生をベッドに誘った。彼は、それすらも受け入れてくれた。
別れ際、りなは思いかけず口走ってしまった。
「桐生さん、まどてくれる?」
「まどて?何だ?」
「あん、神戸で『謝って』みたいなイミ」
「どうしてだ?」
「だって、あんなにスゴいなんて、聞いてヘんかったもん」
りなは、視線を外しながら言った。桐生の、優しくも激しいセックスに、自分でも覚えていないほど何度もイッてしまったのだ。
「りな、桐生さんでいっぱいかも」
心からそう思った。初めて、「本当に好きになる」という感情を知った。夢中になった、と言ってもいい。
そんな彼女は、ゾンビ事件の時も、神室町にいた。前の年から、キャバクラのオーナーが替わり、「CIub Koakuma」は、「JeweI」に戻っていた。「JeweI」の落ち着いた雰囲気の中で、アゲ嬢りなは、良くも悪くも目立っていた。
そんな彼女は、少々羽振りの良いヤクザ者に人気があった。いい加減に見えて絶妙な人あしらいの上手さは、ビビってへタクソな接客になる他のキャストを圧倒していた。
そんなヤクザ者達の口から、「桐生ー馬」の名前が出ない日はなかった。それも、鬼のように恐い男として。あの「ゾンビ事件」も、桐生がゴリ押しで解決したのだ、と聞いた。
そんな噂を聞けば聞くほど、何だか桐生が恋しくなった。白馬に乗った桐生が自分を迎えに来てくれないだろうか、そんな事を夢見るほどだった。
×
「りなちゃん、もしかして、好きな男の事でも考えてたのかな?」
万年係長にそう言われて、りなははたと気が付いた。。
「うん、実はそうやねん」思わず言葉が滑り出た。「まあ、りなの片想いなんやけどな」
「畜生、りなちゃんを夢中にさせるなんて、どんだけ罪作りな奴だ」
そう言ってりなに近付いた万年係長の顔を、男が乱暴に掌で押し返した。文句を言おうと男を見上げた万年係長が凍りつく。
男は、「いかにも」なヤクザだった。
「あら、カズちゃん、どないしたん?」
「どないしたん、じゃねえ」
カズちゃんこと阿形和孝は、サラリーマン達に凶暴な眼を向けた。彼は厄介者としてこの店でも有名人だが、今はりなに入れ込んでいる。
「カズちゃん、あっち行かへん?」りなは、阿形をVIP席に導きながら、フロアマネージャーに声を掛けた。「すいません、こちらのテーブルに桃華さん呼んで」
結局、阿形のゴリ押しで、アフターに引っ張り出された。まだ早い時間だったが、阿形は言い出したら聞かないので、りなが引き受ける事にした。店の中で暴れられるよりはマシである。
「バンタム」で呑もう、という事になった。もっとムードの良い所で、とも思ったが、別に期待もしていないので、何も言わなかった。
「カズちゃん、今日はどしたん?だいぶ酔っぱらっとぉね?」
何だか目が座っている阿形に、りなは努めて明るく尋ねた。
それに答えるように、阿形はカウンターに大きなリングケースを取り出した。
「プレゼントだ。受け取れ」
得意気な顔で言う。りなは嬉しそうに「ホンマ?開けてええの?」とはしゃいで見せながら、ケースを開けた。中には、ダイヤをゴールドであしらった、いかにも高価だが悪趣味な指輪が入っていた。マンガに出て来る悪徳成金のアクセサリーのようである。
またや。こんなんばっかしや。
りなは、心の中で呟いた。
「りな、俺の女になれ」
「はあっ?」
突然の阿形の言葉に、りなは素で返してしまった。
「俺は、今はまだ東城会五次の弱小組長だが、いずれトップを狙う。そしたらお前にもいい思いをさせてやるぜ」
「でも、りなはそんなつもりでカズちゃんに付き合うてた訳ちゃうよ」
「どうせお前も金が欲しいんだろ?だったら四の五の言わずにヤらせろよ。金には不自由させねぇぜ」
その言葉を聞いて、みるみるりなの瞳に涙があふれた。
「そんなんちゃうもん」
「俺は、あの『桐生ー馬』を越える男だ。俺の言う事を聞きゃあいいんだ」
「無理や!」りなは強い口調で断言した。「あんたなんかに桐生さんは越えられへん!」
「うるせえ!」
阿形は後ろ手にりなの頬を張った。りなは間髪入れずに張り返した。
「なめんな売女!」
怒声を上げて立ち上がった阿形に、男が一人近付いた。先刻からカウンターの奥で呑んでいた、顔に傷のある大男だ。
「お前、うるせえ。大人しく呑めねえなら、女を置いて出てけ」
そう言う男の迫力に、阿形は一瞬怯んだ。
「ナンだコラてめえ。俺を誰だと思ってんだ?」
「東城会五次の下っ端の事など知るかバカ」
男はバッサリと切り捨てた。
怒りに身を震わせて睨みつける阿形に、男は親指を立て、外を示した。
「店や客に迷惑だ。表へ出ろ」
そう言うや、阿形に背を向け、とっとと店を出た。
外に出るなり掴み掛かって来た阿形の両腕を、右手で左側に捌きつつ、男はガラ空きの右脇腹に重たい左フックをぶち込んだ。体をくの字に曲げて苦悶する阿形の顔面に、右拳を上から叩き降ろす。
阿形はアスファルトに叩きつけられ、気絶した。
「あんたバカだなぁ」横から舎弟のゲンが声を掛けた。「今城会系鬼島組若頭の剣崎竜さんに立てつこうなんて、百万年早ええや」
結局、泣きじゃくるりなを放ってもおけず、剣崎はりなを連れてチャンピオン街へやって来た。時計は夜十一時を少し過ぎていた。
内側に掛けられた「めしや」と書かれた暖簾をくぐると、「いらっしゃい。早いね」と声を掛けられた。カウンター席だけの、小さな店である。
「なに、ココ?」
しゃくり上げながら、りなが尋ねた。
「めしやだ。俺達は『深夜食堂』って呼んでる」
剣崎はそう言いつつ、カウンターの正面に座った。ゲンが、りなを座らせると、その横に座る。
「タコさんウィンナー大盛り。枝豆と、ビール三本」
剣崎はとりあえずそう注文すると、チラリとりなを見てから、口を開いた。
「あと、心も体もあったまるものをひとつ」
マスターは一寸目を丸くして剣崎を見たが、すぐに「あいよ」と答えて奥の調理場へ入っていった。
しばらくして、赤いタコさんウィンナーと、まだ温かい枝豆、ビール三本が出て来た。ビールを一杯呑んだ所で、りなの前にお椀が置かれた。
「丁度今仕込み終えた所だから、食べてみてよ」
りなが覗き込むと、それはかす汁だった。
ひと口すすると、芳醇な麹の香りが口内に広がる。
「ん、あったかい」
「うまいだろ。ここのマスター、顔はおっかねえが、腕はピカいちだ」
剣崎がウィンナーを口に放り込みながら言った。
「顔の事は、お前さんに言われたかないね」
マスターはそう言って笑った。何となく安心出来る笑顔だった。
りなは、問わず語りに今までの自分の想いを話していた。そして、自分の気持ちを受け止めてくれるのは桐生だけだ、という心情まで打ち明けた。
「なるほどね。りなさんとしては、『愛してもらいたい、優しくしてもらいたい』という事なんだね」
「そやねん。けど、誰も優しくしてくれヘんの。りな、そんなに無理な事ゆうとぉやろか?」
「いいや」マスターは首を振った。「誰だって、愛されたい、優しくされたいって思うもんさ。俺だってそうさ」
剣崎が鼻で笑った。
「でも、りなさん、君は、君の方から愛そう、優しくしよう、と思ってるかい?」
マスターにそう尋ねられて、りなは返事に詰まった。
「人から与えて貰う方に目が行きすぎて、自分が与える事が疎かになってるんじゃないかな?」
りなは、胸が苦しいかのように両手で押さえた。
「大丈夫か?」
そう尋ねるゲンに、小さく頷いた。
「大丈夫。ちょっと切なぁなっただけ」りなは瞳を潤ませながら言った。「でも、ありがとう、マスター。何か、ちょっと目が覚めたような感じやわ。昔のりななら判らへんかった思う。でも、桐生さんの事好きになった今なら、判る気ぃする」
「やっぱりね、恋愛はギブアンドテイクだよ。ただ、桐生、あいつああ見えて結構厳しいトコあるよ」
マスターはそう言って微笑んだ。
「ん。りな、桐生さんに愛されるよう、りなから一杯愛を送るわ」
「ああ。そうしたら、ほかにもイイ男から愛されるかもね」
そう言いつつ、マスターは手元の七輪で炙ったスルメを出した。
「おまけ。人生、噛めば噛むほど味が出るもんさ」
マスターはカウンターから出ると、暖簾を出し、提灯に灯りを灯した。
するとすぐに、小寿々(こすず)さんが店に入って来た。二丁目でゲイバーをやっている、この道五十年のベテランである。
「あら、竜ちゃん、珍しいわね、こんなキレイな娘(こ)を連れて」
「まあ、色々と訳ありでな」
剣崎が掌をヒラヒラさせて返した。
「いらっしゃい、小寿々さん。甘い玉子焼きでよかったかな」
「ええ。よろしく」
「あ、りな、甘い玉子焼き、好き」
「あらそう、良く判ってるわね」
小寿々が嬉しそうにそう言った時、外が騒がしくなった。大きな声で喋りながら近付いて来ると、ガラリと戸を開けた。
「わー、ホンマや、ええ雰囲気やねえ」
酔っ払った女の大きな声が、まず飛び込んで来た。次いで、男と少女が続く。
「いらっしゃい」声を掛けたマスターが気付いた。「おや、遥ちゃん、久し振り」
「ご免なさいマスター、お騒がせして。ほら、葵さん座って。井之頭さんも」
遥はそう言って、連れの二人をカウンターに座らせた。その後ろから、もうー人男が入って来た。
「もー、遅いで大吾、早よここ座り」
葵が、自分の横の椅子をペチペチと叩いた。
「大吾まで一緒かい」
さすがのマスターも驚いた。
「お、お前、何モンだ?」 ゲンが、椅子を蹴り倒して立ち上がった。「兄キにそっくりじゃねぇか」
ゲンは井之頭を不遠慮に指差した。
「なるほど、確かに似てるなあ」
思わずマスターが笑ってしまうほど、剣崎と井之頭は似ていた。
「あらあら、今日は何だかにぎやかなのねえ」
小寿々さんが玉子焼きを突つきながら笑って言った。
「何だか元気出て来たわ。よお知らんけど」
何かが吹っ切れたように、りなは明るい笑顔を見せた。
神室町の夜は、まだまだ眠らない。
おわり?
20170504了
※註
『SIDE STORY ~ 孤独の古流』と同じ時間軸でのお話しです。
鮎川りなは、『龍が如く3』に出て来るキャバ嬢です。
桃華絵里 、武藤静香 : りなと同じ『CIub Koakuma』のキャスト。
マスター
剣崎竜 今城会系鬼島組若頭
舎弟 ゲンさん
小寿々さん
以上 『深夜食堂』より
葵(梅小路葵) 『バーチャファイター3』より
井之頭(井之頭五郎) 『孤独のグルメ』より
※ドラマ版『深夜食堂』の剣崎竜と、ドラマ版『孤独のグルメ』の井之頭五郎は、共に「松重 豊」が演じています(笑)。