彼がヒットマンとして世に出るまでのお話しです。
「龍が如く」内の風間の銃は正体不明(笑)なので、適当に選んでみました。
「あぶない刑事(デカ)」とほんのりクロスです。
SIDE STORY ヒットマンの誕生 ― 風間立志伝
昭和三十四年(1959)六月二十六日、昨晩の天覧試合での、長嶋茂雄のサヨナラホームランの余韻がまだ残っている朝である。
ここは東京都太田区蒲田。早朝から、警察による物々しい警備態勢が敷かれている。四日前に、蒲田署に銀行強盗の予告があったのだ。
「だからって、何で所轄違いの俺達まで狩り出されるんだ?」
風間孝一郎は呟いた。彼は、神奈川県警の交番勤務の巡査部長である。本来、越境してまでの警備任務などあり得ないのだが、何故か県警本部長直々の指名で、蒲田署に立てられた本店の張場に合流したのである。
ただ、指示は「追って命令するまで動くな」という、あからさまに政治的な臭いのする任務である。
ふと近くの交差点に目をやると、三歳くらいの男の子を連れた母親が、道を渡っているのが見えた。母親は大きな買い物袋を下げ、男の子はピストルのオモチャで遊んでいる。微笑ましい光景である。
と、子どもの手からオモチャが落ち、路駐している車の下に入り込んだ。
「まあ、敏樹ったら。オモチャ、どこいっちゃったの?」
母親がそう言いながら周りを見回した時、通りの向こうから近付いて来る男達に気付いた。
風間は、その男達が件の銀行強盗である事に気付いた。彼らは、二人はジェラルミンケ一スを持ち、もう二人は拳銃を持っていた。どうやら、オモチャが入り込んだ車が、彼らの逃走用であるらしい。
銃を持ったニ人は、目出し帽を脱いで、顔を出していた。オモチャを取りに走り出そうとした少年と、正面から鉢合わせる形となった。
銃を持った坊主頭の男が、蛇のような眼で少年を見た。少年は、凍りついて動けなくなる。
「邪魔だ」
坊主頭が冷酷に呟いて、銃を少年に向けた。母親が息を呑む。
それと同時に、風間は銃と少年の間に割って入った。
「おい、話しが違うぜ」
銃を持ったもう一人が、チョビ髭を撫で付けながら、薄ら笑いを浮かべて言った。
「子供には銃を向けないでくれ」
風間は絞り出すように言った。両腕は、肘を直角にして挙げている。
向こうからは、警視庁の刑事や警官達が、様子を伺いながら近付いて来ている。
「坊や、大丈夫だから、お母さんの所へ戻りなさい」
風間は、後ろの少年に向けて言った。顔は正面を向いたままだ。
「何勝手な事言ってんだお前」
坊主頭はそう言うと、コルト・ローマンの撃鉄を起こした。
「今だ!走れ!」
風間は叫ぶと、少年の姿を銃口から隠すように立ちはだかる。
「おい、待てよ」
チョビ髭が発砲した。風間の左肩に当たり、体が大きく泳ぐ。しかし、すぐに体勢を立て直した。
「お、ガンバるねえ」
チョビ髭が、軽い口調で言う。
その間に、少年は母親の所まで走ると、体のすくんで動けない母親を引っ張って、他の路駐車の陰に隠れた。
「子供は隠れたぜ、正義の味方さん」
坊主頭はそう言うと、無造作に二発撃った。両胸を撃ち抜かれて、風間は大の字に倒れた。
強盗達は、素早く車に乗り込むと、走り去って行った。警察は、それを追わなかった。
知らせを受けた妻と子供達が病院に駆け付けた時には、既に風間孝一郎は息を引き取っていた。父の亡骸にすがり付いて泣く息子二人を見ながら、妻の美穂子は涙を堪えて立ち尽くしていた。
そこへ、風間の部下の警官が歩み寄った。
「奥さん、何と申し上げたらいいのか…」
「黒田くん…。お気遣いありがとう」
「班長は、近くにいた母子を護って、撃たれたそうです。そちらは無事です」
「そう……。判りました」
美穂子は唇を噛みしめて、頷いた。何時かそんな日が来るかも知れない、という事は、夫婦二人でいつも話し合ってはいた。しかし、まさか本当にそんな事が起こるとは、正直思っていなかった。
だが、彼女は踏み留まった。警察官の妻の矜持が、感情に流される事を是としなかった。
「さあ、新太郎、譲二、泣くのはやめて、お父さんを見送ってあげましょう。お父さんは、立派な警察官だったのよ」
葬儀は、勢大に行われた。県警本部長も弔問に出席し、風間孝一郎は二階級特進し、警視正を与えられた。
後日、銀星会の三次団体の構成員四名が自首し、銀行強盗と警官殺しを自供した為、この事件は早期解決となった。
「父さん、俺は警察官になって、悪党どもを片っ端から捕まえてやるよ」
弟の譲二が仏壇に向かってそう言うのを横目で見ながら、新太郎は鬱々とした気持ちを抱えていた。
それは、父の通夜の日の事だった。新太郎が、トイレに行った帰りに喫煙室の横を通った時、耳に入って来た会話が、彼の心を凍りつかせた。
あいつはへタを打った。どうせ出来レースだったんだ。大人しくしていれば良かったんだ。
「あいつ」が父・孝一郎を指している事は明白だった。
出来レースって何だ?まさか、銀行強盗そのものが何かの企みだったのか?
しかし、新太郎が誰に尋ねても、当然のように何も答えは返って来なかった。父親が勤務していた交番に行ってみたが、黒田でさえ何も教えてはくれなかった。
警察に対する新太郎の不信感はどんどん大きくなっていった。
一億円近い現金が奪われ、警官もー人死んでいる。これほどの事件であるにも関わらず、犯人逮捕で一気に報道は止まり、保険により銀行にも実被害は殆ど無く、警察の失態も無かった事になっている。
全てがグルなのか?
新太郎には、譲二のように警察を信じる事など出来なかった。しかし、その思いを母にぶつける訳にはいかなかった。これ以上、父の事で母を苦しませたくはなかった。
当然のように、新太郎はグレた。夜な夜な横浜の繁華街へ出ては、誰彼構わずケンカを払っ掛けた。大慨は、呑み屋街で暴れている「ヤカラ」が相手だった。
新太郎は体も大きく、眼が良く、勘が鋭いお陰で、ケンカの実践の中で、見る見る"当て勘"を養っていった。二カ月も過ぎた頃には、「異様に強い狂犬がいる」とハマ界隈では有名人となっていた。
ある夜、新太郎は二人組の男達に突っ掛かった。一人は白髪まじりのオールバックをしたナイスミドル、もう一人は猪首の眼光鋭いマッチョ、見るからにカタギではなさそうな二人であった。
「オッサン達、ちょっと相手して貰おうか」
新太郎がそう声を掛けると、マッチョが首だけで振り向いた。
「何か用か?」
「別に。ただケンカしたいだけだ」
「おい、お前」ナイスミドルが口を開いた。「中学生ぐらいじゃねぇか」
「それがどうした?」
「中々威勢が良いな。お前が『ハマの狂犬』だな」
ナイスミドルはそう言うと、マッチョに目配せをした。
「いいぜ。俺が試してやるよ」
マッチョが、首を鳴らしながら言った。
「宗兵、やり過ぎんなよ」
「判ってますよオヤジ」
マッチョは新太郎に近付いた。背はそれほど高くないが、筋肉がべらぼうに厚い。
「チンピラを何人かノシた位で、あんまりイキがるなよ、ボウズ。俺は、堂島宗兵。東城のオヤジの一の子分だ」
堂島は肩をそびやかした。後ろで東城は笑って見ている。
堂島は素早く右手を伸ばし、新太郎の奥襟を掴もうとした。新太郎は右手刀で弾き飛ばすと、その反動を使って首に手刀を飛ばした。宗兵はアゴを引いて受ける。
新太郎は右手をそのまま振り切りつつ、左の縦フックを宗兵の空いた右脇の下に突き込んだ。脇腹に来ると踏んでいた宗兵は、予想外の痛みに顔をしかめた。
「このっ!」
左手で捕まえようとしたが、新太郎は素早く距離を取った。そこからスナップを利かせて、手の甲で顔を数発張り飛ばした。派出な音が鳴る。
威力よりも、やられた事自体が屈辱的で、宗兵は頭に血が昇った。
遮二無二突っ込もうとする所を、東城に止められた。
「待て。俺が相手をする」
東城は楽しそうに言った。
「まだ全然やれますよ」
「お前が敗けたとは言ってねえ。俺が遊びてえんだ」
東城は静かに、だが強く言うと、宗兵を下がらせた。
「俺を中学生だと思って舐めてただろ?」
新太郎は小生意気に笑った。
「確かにな。お前はすげえよ」
東城がそう言った次の瞬間、新太郎の顔面に衝撃が弾けた。思わず手をやると、鼻血が垂れて来ていた。
「てめえ、何しやがった?」
そう言った新太郎の顔が、今度は左右に弾けた。東城の突きは全く見えなかった。
新太郎は左を返したが、小さな動きで避けられつつ、更に一発もらった。さっきより威力が上がっている。
「お前が喧嘩の中で磨いたその動き、中々のモンだ。だがまだまだだ。お前は磨けばもっと光る!」
「うるせえ!」
新太郎はわめきながら殴りかかった。大振りながら的確なパンチだったが、東城はあえて全てを左手で受け切った。
「このっ!」
新太郎の力まかせの右を強く弾くと、東城は初めて右の突きを放った。拳は左胸に当たり、太鼓のようなドンッという音を立てた。新太郎は吹っ飛んで、背中から地面に倒れた。
「いいぞ、お前、いいぞ。ただ荒れてるだけなんて勿体ない。俺んトコヘ来い。俺が鍛え直してやる」
そう言い棄てて背を向けると、東城はさっさと行ってしまった。そこへ、宗兵が近付くと、ポンと肩を叩いて言った。
「俺達は『東城会』だ。新宿神室町では名の通った組だ。待ってるぜ、小僧」
「風間新太郎だ」
新太郎の声に、宗兵は背中越しに掌をひらひらさせた。
翌朝、新太郎は早速横浜から新宿神室町に向かった。学校は当然サボりである。神室町は、国鉄新宿駅の開通から飛ぶ鳥を落とす勢いで発展している街だ。既にー大歓楽街の様相を呈している。
宗兵から聞いた住所へ来てみると、そこは神室町一番街アーチを入ってすぐの雑居ビルだった。
ビルの前で、宗兵が箒で掃除をしていた。
「堂島さん、おはようございます」
新太郎は元気良く挨拶をした。
「おお、お前昨日の。風間って言ったな」
「はい」
「入れ入れ、オヤジが喜ぶぜ」
中へ通されると、調度品の少ない簡素な室内に、やたらとデカい机があり、東城はそこに座っていた。背後の壁にドデカい墨書で「東城会」と書かれた扁額が掛かっている。
「オヤジ、昨日の子です。ホントに来ましたぜ」
「おお、良く来たな」東城はそう言いながら、腕を組んだ。「だが、学校はどうした?学生の本分は勉強だろ?」
「そんなもんサボった」
「まあいい。今日のところはな。でも、やはり学校はちゃんと行っておけ。勉強しとかねえと、後で潰しが効かねえぜ」
東城は真顔で言った。
「学校に行かないと、俺みたいになっちまうぜ」
宗兵が笑いながら言った。
「ところで、何でお前はそんなに荒れてたんだ?」
東城のその問いに、新太郎は黙り込んだ。
「まあ、名前を聞いて、察しはついたけどな。お前、風間孝一郎の息子だろ?」
「それって、ちょっと前に銀行強盗に殺された警官じゃ」
東城の言葉に、宗兵は目を丸くした。新太郎は黙って頷いた。
「あの後すぐに、銀星会の三次の奴らが自首して、事件は表面上は解決した訳だが、ありゃあどう見てもクサい」
「クサい?何がです?」
「多分、グルだ。警察の上の奴らと、銀行の上の奴らと、銀星会三次団体・石江田組の奴らが得するカラクリなんだろうぜ」
その東城の言葉を聞いて、新太郎の内に怒りの感情が膨れ上がった。
「まあ待て、新太郎」それに目敏く気付いて、東城は言った。「気持ちは判るが、どうせ奴らは三年から五年、ム所の中だ。だから、お前はその間にお前の人間力を上げておけ。奴らに丸め込まれないよう、賢くなれ。仕返しするにしても、奴らに負けないぐらいの男になれ。まずはそれからだ」
それからの新太郎は、ひたすら勉学に励んだ。友達付き合いもせず、兎に角知識を詰め込み、方程式を覚え込んだ。校内の成績はトップクラスになったが、彼は担任の教師のしつこいまでの誘いを断り、町の印刷工場に就職し、定時制の高校に入学した。
新太郎の収入もあり、譲二は進学校に進む事が出来た。譲二は今でも警察を目指していたから、彼もがむしゃらに勉強した。
三年後、譲二は無事に警察学校に入った。その頃から、新太郎は工場にやって来る厚木基地のBX職員のコネで、何人かの兵隊と仲良くなり、そのつてで射撃練習をするようになった。彼の「当て勘」はここでも発揮され、三ヶ月後には、グリーン・ベレー隊員が舌を巻くほどの腕前になっていた。
夏の終わり頃、新太郎は再び神室町へ出向くと、東城会事務所を訪ねた。
「お?おお、お前、風間だったな。久し振りだな」
新太郎を、宗兵が出向かえた。
「ご無沙汰してます」挨拶をしてから、新太郎は宗兵のバッヂに気付いた。「堂島さん、若中になったんですか?」
「そうよ。認められるって、嬉しいよなあ」
宗兵は上気嫌で笑った。
東城は、相変わらず部屋に不釣り合いな巨大デスクで、何やら書類に目を通していた。
「東城さん、お久し振りです」
「風間か。元気そうだな」東城はニヤリと笑った。「随分と頑張ってるようだな」
「えっ?」
「厚木に出入りしてるそうじゃないか。銃の腕前も中々のモンらしいな。そういう特技があるってのはいい事だぜ」
「何で知ってるんですか、そんな事まで」
「色々とコネがあるんだよ」
東城は笑って言った。
「お前、まだ極道になる気があンのか?」
宗兵が真顔で尋ねた。
「はい」新太郎は快活に答えた。「来年三月には定時制も卒業です。その節は、よろしくお願いします」
「母親や、弟は大丈夫なのかい?」
東城は背もたれに寄りかかって、腕を組んだ。
「はい。弟も一人立ちしました。もう俺の助力はいらないでしょう」
「そうか」東城は頷いた。「ただ、極道ってのはな、家を捨てる覚悟が必要だ。お前みたいな警察家族なら、尚更だ。多分、お前の母親や弟にも影響があるだろう。自分の身内を捨てられるか?」
「最初(ハナ)っからそのつもりです」
新太郎のその返事を聞いて、東城は破顔した。
「よし。お前の覚悟は判った。じゃあ、待ってるぜ」
一年後、定時制を卒業した新太郎は、宣言通り東城会へやって来た。母親には、きっちりと極道になる事を伝えた。否も応もないが、母は無言で受け入れた。母も、新太郎の気持ちはよく判っていたので、あえて引き留めなかった。
新太郎の銃の腕は更に上がり、グリーン・べレーからスナイパーとして勧誘される程になっていた。
東城はすぐに杯事を執り行い、宗兵の舎弟として新太郎を東城会のー員に迎え入れた。
そんな新太郎に、東城はお祝いと称して、二挺の拳銃を手渡した。
「これは?」
「ま、俺からのプレゼントだ。お前はヒットマンになれ。これはその為の道具だ」
新太郎は、手の中にある銃を見つめた。
「CZ52だ。北朝鮮ルートで手に入れたんだ。西側の銃より威力と精度が高いそうだ」東城はそう言って笑った。「弾も買っといたからよ。イザって時は、よろしく頼むぜ」
東城会のあるビルの地下二階は、元々給水設備が設置されるはずだったので、だだっ広い空間が取られていた。その設備は諸般の事情でビルの屋上へ置かれる事となったので、東城はその空間を改造し、射撃練習場にした。ガス銃用、という事で認可を取った。実際には、毎日のように新太郎が射撃の腕を磨く事となった。
ある日、貸付の回収から帰って来た宗兵が、少々興奮ぎみに東城に言った。
「オヤジ、奴ら、出て来たみたいですぜ」
「そうか」
東城は短く答えると、新太郎に目を遣った。新太郎はその目を真正面から見据えた。
東城はしばらく新太郎を見つめていたが、やがて顔をほころばせた。
「オッケー、判ったよ。許す。好きなようにやって来い。後の事は気にすんな」
「ケツは俺が拭いてやるから安心しろ」
宗兵も笑った。
「皆さんにご迷感は掛けません」
むっつりと答える新太郎に、東城は明るく言った。
「何かあったら遠慮なく言え。"ヒットマン"風間新太郎の衝撃デビューだ。出来るだけバックアップさせて貰うぜ」
かの銀行強盗殺人の実行犯は四人、貴島(きじま)篤(あつし)と三上(みかみ)剛(つよし)、黒瀬(くろせ)進士(しんじ)と佐田(さた)四郎(しろう)で、全員が住友会三次団体・石江田組の構成員で、貴島と三上は強盗傷害で三年後にはもう出所していた。チョビ髭の黒瀬と坊主頭の佐田は、強盗殺人で今回の出所となった。
若衆だった貴田と三上は若中に、黒瀬と佐田は、若頭へと出世していた。
新太郎は、彼よりーケ月後に東城会に転がり込んで来た、伊吹を使って四人の行動パターンを調べた。まだ十五歳ながら、才能があるのだろう、伊吹は誰にも悟られずにパターンを調べ上げた。貴田と三上の二人は、石江田組事務所のあるビルに住み込んでいるので、話しは早かったが、黒瀬と佐田は別にアパートを借りていたので、そのヤサを突き止めるのに時間が掛かった。しかも、佐田には妻と幼稚園に通う子供もいた。
先ず手始めに、神室町のクラブで散々呑み倒した挙句、ヤクザをひけらかし代金を踏み倒した貴田と三上の二人を尾けると、国鉄の高架下トンネルで声を掛けた。
「すいません、石江田組の貴田さんと、三上さんですか?」
新太郎の問いに、上機嫌の二人は振り返った。
「あ?何だお前?」
「俺達に何か用か?」
呂律の回らない二人に、新太郎は冥い笑顔で言った。
「あんた達は憶えてないだろうが、俺は風間孝一郎巡査部長の息子だ」
「何だ?それがどうした?」貴田が横柄に問うた。
「あんたら、五年前に蒲田で銀行強盗やっただろ?あん時、殺した警官の息子だよ」
その言葉に、貴田の表情が変わった。新太郎は、その眉間をCZ52で撃ち抜いた。貴田は、盛大に脳味噌をぶちまけて即死した。
「な、何しやがる!」
三上が血相を変えて喚いた。酔いは一発で覚めていた。
「何って、復讐だよ」
言いつつ、新太郎は三上の胸を撃った。三上はきりきり舞いして倒れた。弾は貫通し、胸からも背中からも、そして咳き込む口からも血が溢れた。
「肺と大動脈を破った。じきに失血死する。死ぬまでの間、自分の行いを悔やめ」
新太郎はそう言い棄てて、三上に背を向けた。
やがて、酔っ払いが貴田と三上の死体を発見し、付近は騒然となった。
鑑識がやって来て調査に当たったが、二人を撃った銃弾はどちらも貫通しており、高架の鉄骨に当たって粉々になっていた為、銃の種類を特定する事は出来なかった。
警察は犯人の特定すら出来なかったが、黒瀬と佐田は、次に狙われるのは自分達だ、という事は理解出来た。あの件で、命を狙われている、と。
黒瀬は、家から組事務所へ出て来る道を毎日変えるようになった。それほどの距離がある訳ではないのだが、シマ内の見回りと称してわざと遠回りをしたりしていた。
新太郎は、あえてしばらくは手を出さず、放っておいた。黒瀬は逆に疑心暗鬼になり、不安感を募らせていった。
二週間ほど、新太郎は伊吹に黒瀬の行動を見張らせた。一度だけ、わざと姿を見せつけ、「監視している」というアピールをしておいた。
そして二週間後、苛立ちを隠そうともしない黒瀬が組事務所に顔を出した所を、玄関前でタバコを飛げ捨てたタイミングで、その頭を撃ち抜いた。ーブロック先の五階建て雑居ビルの屋上からの狙撃だったので、他の組員には銃声すらまともに聞こえていなかった。
「風間さん、お見事です」
そう言う伊吹に、新太郎は肩をすくめて見せた。
「あいつ、道は毎日変えてたが、必ず正面玄関で、タバコを捨ててから入るんだ。的にしてくれ、と言ってるようなモンだ」
それから一週間後、新太郎が様子を見ていたが、佐田は普段と変わらない生活をしていた。好きな時に組事務所へ行き、適当にみかじめを回収し、たまに夕方には子供を幼稚園に迎えに行く。
ある日の夕方、子供を迎えに来た佐田の前に、新太郎は姿を現した。
佐田は新太郎の姿を認めると、子供の頭を撫でてから立ち上がった。
「お前」佐田は静かな声で呟くように言った。「お前、あん時のお巡りの子供か」
「そう言う事だ」
「復讐って事か」
「その通り」
新太郎の言葉に、佐田は肩をすくめて見せた。
「悪りぃな。ちょっと時間をくれねえか?」
佐田の言葉に、今度は新太郎が肩をすくめて見せた。
「構わねえよ」
幼稚園に入って行った佐田は、出て来ると子供に声を掛けて、新太郎の元ヘやって来た。
「嫁に子供の事を任せた。行こうか」
佐田はそう言うと、先に立って歩き出した。すぐ近くの公園に着くと、新太郎と向き合った。
「こんな日が来るたぁな、考えてもみなかったぜ」
佐田は薄く笑って言った。
「俺は、あんたが嫁子とフツーに暮らしてる事に驚いたね」
新太郎はまんじりともせずに言った。
「お前が東城会のルーキーだって事は聞いてるぜ」佐田は肩をすくめた。「お前も極道になったんなら、『親』の命令には逆らえないって事も判るだろ?」
新太郎は答えなかった。
突然、佐田は地面に座り込んで、頭を下げた。
「何してやがんだ?」
新太郎は鼻白んで言った。
「お前の親父には悪い事をした。お前もつらい思いをしただろう。だが、俺も子の親だ。塀の中でお勤めもした。水に流せたぁ言わねえが、ここは一旦収めちゃあくれねえか」
佐田は額を地面に擦りつけた。
「何虫のいい事言ってんだよ」新太郎は冷たく返した。「俺の親父も勘弁してくれと思っただろうぜ」
佐田はしばらく土下座したまま動かなかったが、やがてその肩が震え出した。佐田は笑っていた。
佐田は突然砂を新太郎の顔に飛げつけた。そして素早く立ち上がりながら、ナイフで腹を突いた。新太郎は咄嗟に左手でその腕を払ったが、服が切れ、血が滲んだ。
佐田はさらにナイフを横に薙いだ。新太郎は左腕を畳み込んで筋肉を硬直させた。ナイフは皮膚の上を滑り、これも血を滲ませるに止まった。
「残念だが、俺は気に病んだこたぁねえぜ。お前の親父を撃った時のマヌケ面は、今思い返しても笑えるぜ」
そう言って悪魔のような笑い顔を浮かべた佐田の右掌を、新太郎はCZ52で撃ち抜いた。その衝撃でナイフが吹っ飛んだ。続けて両ふくらはぎを撃ち抜いたので、佐田は膝を地面に着いた。
新太郎は、佐田の額にCZ52を突き付けた。
「貴様のような奴は、二度と閻魔の所から出て来るな」
新太郎はそう呟いて、佐田の頭を吹き飛ばした。
「アニキ、サツが来ます」
伊吹が遠くのサイレンを聞き付けて、言った。
新太郎は、振り向かずにその場を立ち去った。
X
昭和六十年(1985)三月のある朝。
「なになに?『ストーカー殺人事件を暴力団組長が終結 背後にスウィーパー(掃除屋)の影 問われる警察の捜査体制』?ちょっと何よ、ケーサツよりヤクザの方が役に立つって言いたいの?何やってんのよトオル君!」
横浜本牧の港警察署内で、真山薫がワンレンを振り乱して意気まいた。
「カオルさん勘弁して下さいよ。だいたい何で僕に言うんですか。それって新宿の事件でしょ。大下先輩も何とか言って下さいよ」
カオルになじられた町田透が大下勇次に泣きついたが、当の大下は、
「関係ないね」
のひと言で片付けた。
「でもまあ、風間新太郎だよなあ。俺、あの人には一目置いてるんだぜ、ユージ」
鷹山敏樹が肩をすくめて言った。
「おやぁ、ヤクザ嫌いのタカらしくもないじゃない」
「そうですよ、鷹山先輩。何だか気持ち悪いっス」
「ユージもトオル君も言ってくれるねぇ。でも俺、子供の頃に、風間組長の父親、お巡りさんだけど、命救われてんだよ」
「そーなの?」
「そーなのよ、カオルちゃん。で、その息子の組長、つまり新太郎も筋の通った仁侠の人なのよ」
そこへ、〈鬼の卓造〉こと近藤卓造捜査課長が入って来た。
「何だ、鷹山大下、二人して悪巧みの相談か?」
「何を言っちゃってるんです課長」
「俺達より仕事熱心な刑事(デカ)なんていませんよ課長」
「私はねえ、お前らが何かしでかす度に胃が痛むんだよ。あ、瞳ちゃんお茶」
近藤課長はお茶で胃薬を流し込んだ。
「横浜管内より入電。傷害事件の110番通報あり。現場は……」
そこへ、事件発生の一報が入った。
「お、出番だぜユージ」
「行くか、タカ」
「お前ら、無茶だけはするなよ!」
「先輩、僕も行きますよ!」
捜査課が出て行った後で、薫がふと鷹山の机の上を見ると、かなり年季の入ったオモチャのピストルが目に止まった。
ふ一ん、タカさんらしいわね。
薫は小さく笑うと、自分の机ヘと戻った。
少年課の彼女にも、仕事はいっぱいあるのだ。
おわり
20170508了
※註
CZ52 ― チェスカー・ズブロヨフカ兵器敞の自動拳銃。口径7.62mm。長くチェコ・スロバキア軍の制式拳銃であった。
タカ&ユージ ― 『あぶない刑事(デカ)』の名コンビ。
銀星会 ― 『あぶない刑事(デカ)』に出てくる広域暴力団。