龍が如く クロスオーバーシリーズ   作:宝蔵院 胤舜

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今回は、ほぼオリキャラ。東城会の初代が主役です。

日本の実戦武道家とのクロスオーバーです。

バーチャファイターもうっすらクロスしています。


第十四話 RISING SUN ― 初代組長伝説

RISING SUN ― 初代組長伝説

 

 

養護施設アサガオ。桐生と、お忍びでやって来ていた大吾の前に、結城晶が現れた。

アサガオの子供達は、突然の訪問者の武勇伝を心ゆくまで楽しんだが、やがて睡魔に負けて、全員が眠りについた。

三人は、砂浜からアサガオの食堂に場所を移し、泡盛を開けると、改めて乾杯した。

遙が、菓子皿にナッツやチーズを盛り付けて、食卓に並べる。

「ご免なさい。みんなが寝てて、台所が使えないから、こんな有り合わせで」

「いやいや遙ちゃん、そんな気を使わないで」

慌てて立ち上がろうとする大吾を、桐生が止めた。

「お前な、東城会の当代が何やってんだ。もっと落ち着け」

「そうか、君が東城会の六代目なのか」結城が目を丸くした。「悪いね、こんな態度で」

結城はどっかりと胡座をかいたままで言った。

「そう言えば、ミミガーがどこかにあったぞ」

桐生は言いながら立ち上がった。

「いいよおじさん、私が行くよ」

「いいんだ遥、確か高い所にあったと思うんだ」

桐生はそう言うと、戸棚の上の方を探り出した。その指に、ビニール袋が触れた。

「やっぱりあった」

桐生がそれを引っ張り出すと、一緒に何かが落ちて来た。桐生の頭に当たって、結城の前まで転がる。

「何だこれ?」

結城が取り上げて見ると、それは一本のビデオテープであった。表には『初代組長伝説 東城真 ケンカ格闘研究奥技』と書いてある。

「なんだ、こんな所に入り込んでたのか」

頭をさすりながら桐生は座り直した。遥が新しく用意した皿に、ミミガーをあける。

「何なんですか、このビデオ」

大吾が興味津々で尋ねた。

「ああ。ビテオ自体は、まあよくあるケンカ指南書みたいなモンだ。東城真と本当に関係あるのかどうかも、よく判らん。しかしな、冒頭十分間の、東城真の生涯をまとめた部分は、それだけで気分が高ぶる、そんな感じだ」

桐生は、むしろ淡々と言った。

「どんな内容なんだろうな?」

結城が薄く笑いながら言った。

「東城真の生涯か?」桐生は笑った。「このビテオを見るずっと前から、風間のおやっさんに初代の話は色々と聞かされたんだ」

「俺はほとんど知らない」

大吾は肩をすくめた。

「話してもいいが、長い話になるぜ」

桐生はそう言いながら、ミミガーをかじった。

 

X

 

大東亜戦争終結後の昭和二十一年(1946)一月に、ルソン島の連合国捕虜収容所から帰還を果たした東城真は、彼の故郷である神戸に帰って来た。神戸も終戦間際、米軍爆撃機に空襲を受け、焼け野原となったが、目ざましい戦後復興を遂げていた。その立て役者は、真の父である、東城努が率いる『浜山興業』であった。

東城努は、作業員として船に乗り込み、海外へ出た時の経験から、日本のみならず海外でも港湾労働者や土木作業員が過小評価されている現実に異を唱え、労働条件を他の職種と釣り合うよう働きかける団体、今で言う労組のような組織を立ち上げた。それが浜山興業で、所謂口入れ屋であり、職にあぶれた帰還軍人や街にたむろするゴロツキ共を抱え込み、統率する役割を担った。

その三男である真は、飯場のひとつを任され、「城真会」として組を立ち上げた。生来の気風(きっぷ)の良さと人たらしの魅力で、彼はあっという間に組を掌握して、強固な地盤を手に入れた。

折しも昭和二十四年(1949)四月の、運営協議会設立に当たって、神戸中央卸売市場の再開に絡む、利権の攻防があったのだが、真は本家の兵山興業を差し置いて、その強大な利権を手に入れる事となった。

神戸の台所を押さえた利益は大きく、本家を脅かすほどの勢力を手に入れる事となったのだが、真としては、それは本意ではなかった。市場運営が軌道に乗った昭和二十七年(1952)のある日、真は本家を訪ねると、父である努と面会した。

「父親、頼みがあんねや」

「なんや、言うてみい」

「俺な、独立したいねん」

「ほうか。ならしたらええやんか」努は薄く笑った。「資金も人も十分やろ」

「ちゃうねん」真は首を振った。「俺、東京に行きたいねん。神戸は浜山のモンや。これを崩すつもりはあらヘん。ただ俺は、自分を試したいんや。気兼ね無く、自分の力量を見てみたいんや」

「なるほどのお」努は頷いて見せた。「ええ根性や、と誉めたいとこやけど、城真組はどないするつもりや?」

「そこが頼みたいとこやねん」真は身を乗り出した。「父親ンとこの忍田の叔父貴に、組を引き取って貰えへんやろか?」

 

組を本家に任せて、組員達に別れを告げた真は、単身東京へ向かった。向かった先は新宿。昭和二十年(1945)八月二十日、焼け跡の灰の中から闇市として再び飛び立ち、昭和二十三年(1947)に銀座に並ぶ一大歓楽街設立を目指して街づくりが始まった神室町は、既に種々な利権の渦巻く暗黒街の様相を呈していた。特に闇市がらみの商売は、韓国、朝鮮の所請「第三国人」が戦勝国民を名乗って、物資を独占して荒稼ぎしていた。

その三国人と手を組んで、住友会という極道組織が暴利を貪っていた。

運用したての西武新宿線の神室町駅に降り立った真は、聚楽前を抜け、米軍兵相手のパンパンをやり過ごして甲州街道を通り、神室町へと足を踏み込んだ。

発展しつつある街の中には、今だ露店も多く、ヤミ品やジャンク品が並び、特に必需品は異様なほどの高価で取り引きされていた。

「うるせえ!金がないならとっとと帰れ!」

街中にダミ声が響いた。同時に、通りに女が転がり出て来た。

「お願いです!そのミルクがないと、うちの子達が!」

「うるせえ!知った事か。ミルクが欲しければ金持って来い!」

ダミ声の男が吐き捨てるように言った。

「大丈夫か?立てるか?」

足元に倒れた女を、助け起こしたのは真だった。

「おい、お前、ミルクぐらい売ってやれねえのか?」

真がそう言うと、周りの露店の男も出て来た。四人で、真を扇状に囲む。

「何だお前、見慣れねえ顔だな」

女に怒鳴り散らしていた男が凄んで来る。細いつり目にエラの張った顎、一目で判る朝鮮顔である。

「うるせえチョンコロ、女泣かせていい気になンなや」

この真の一言で、四人は一気に切れた。

「このチョッパリが。殺す!」

「なんや新宿も神戸と同じかい。第三国人にええようにされるっちゅうんは、どうにも納得いかへんわ」

真は言いつつ、ゆっくり構えた。四人の様子を伺う。右手を壇中、左手を胸前に置き、掌を開いて力を抜き、足は左前に肩幅よりやや広く、体の芯に重心を置く。

四人は今にも飛び掛からんとしてはいるが、女を痛めつけていた奴以外は、様子見を決め込んでいる。

そこで、真は一番前に立つその男に、左手を下げてあえて正中線をさらして見せた。

「死ねや!」

案の上、そいつが飛び込んで来た。意外だったのは、少林流空手のきれいな突きだった事だ。真は半歩左に出ながら突きを左で払いつつ、腰を落として男の腹を突き抜いた。完全なカウンターパンチとなり、男は顔から地面に倒れた。真は男の後頭部を踏み蹴り、気絶させた。

「えーっと、次は誰や?」

真が言うと、右側の男が反射的に構えた。右の眉の傷を見て想像した通り、サウスポーのボクサーだ。真はボクサーの体勢が整う前に踏み込むと、前(左)拳を突き込んだ。ジャブではなく、倒すつもりの縦拳ストレートである。ボクサーは大きくのけ反ったが倒れなかった。体を起こした所を、右縦拳の連撃で突き抜いた。ボクサーは棒のように倒れた。鼻の骨が折れて、顔にめり込んでいた。

残りの二人はただのケンカ屋だったので、腕はからきしだが、火病(ファビョ)っているせいで、動きがでたらめで鬱陶しい。とりあえず一人はローキックのような足払いで引っくり返し、頭を蹴り飛ばした。もう一人は下手なパンチをかい潜って懐に入ると、体落としで倒し、そのまま脇の下に蹴りを入れて、肩を脱臼させた。

後ろで様子を伺っていた男達の仲間が、大慌てで店の奥に駆け込むと、大男を一人連れて来た。

「西條さん、お願いしますよ!」

西條と呼ばれた男は、面倒くさそうに前へ出て来た。

「何やあんた?ケツ持ちか?」

真はすが目で尋ねた。

「ああ。用心棒みたいなもんだ。住友会の若中、西條拓蔵だ」

「俺は東城真。神戸の浜山興業内城真組やった」

「やったって何だ?」

「組は本家に返上したんや。今は身ぃひとつや」

「そうかい。まあ俺には関係ねえ」西條は肩をすくめた。「おのぼりさんがイキがると、ろくな事にならねえぜ」

「あんた、こんな事して楽しいんか?」真があきれ顔で言った。「俺達日本人から搾取する事しか考えへん三国人と手ぇ組んで、英霊に恥ずかしい思わへんのか?」

「うるせえ!余所者のお前に言われる筋合いはねぇ!」

「いいや、大いにあるで。日本男子たるもの、大和魂は忘れたらあかんのや」

「黙れっ!」

西條は左のパンチを操り出した。技も何もないケンカ殺法だったが、 あまりの迅さに、払いが間に合わなかった。右の頬に食らう。咄嗟に首をひねり、上体を流して威力を殺す事で、何とか踏み留まった。でなければ一発K.O.も有り得た。腰のキレと肩の柔かさから来る、尋常ならざる迅さの拳だった。

「お、このパンチで倒れなかった奴は、初めてだぜ」

西條はニヤリと笑った。

「せやろな」真は逆に真顔になった。「こんなん持っとったら、素人相手なら敵無しやろな」

「お前もここでオネンネしてもらうぜ」

不敵な表情で西條が言った。

「でもな」真は、今度は笑って言った。「一ペン見せたら終いや。お前のパンチは、もう見切ったで」

「ほざけ」

西條は畳み掛けて、左右の拳を振るった。しかし、最早その拳は真には届かなかった。

無呼吸で連打を続けていた西條が、ひとつ息をついた。その機を逃がさず、真は大きく踏み込むと、右本拳で顔面を突き抜いた。西條は大きくのけ反って、後ろに数歩退がったが、そこで踏み留まった。

「何だ、この突き抜けるような威力は?」

西條は、頭を振って呟いた。顔を殴られたのに、後頭部まで痛い。

「お、『マテンのパンチ』を耐えるんか。お前、スゴい奴っちゃな」

真は本気で感心して言った。あれほどのクリーンヒットで倒れない奴は、そうそう居ない。

「じゃあ、今度はこっちで試させて貰うで」

真は構えを変えた。左肘を胸前で立て、拳背を相手に向ける。右拳は仰向けて左肘の下に安ずる。空手で言う所の「ナイファンチの形」である。

「これな、まだ手加減が出来へんねん」

真は言いつつ、間合いを詰める。左手が邪魔で、西條は迂闊に打ち込めない。

真は、肩の動きでフェイントを掛けた。西條は、思わず右拳を放つ。真は、その拳を立てた左肘からの手刀で払い、大きく肩を入れた右の突きをねじ込んだ。

西條は少し堪えたが、すぐに体を二つに折った。今度のパンチは芯に残る。そこへ左フックを腹に食らった。やはり芯に来る。胃が口から出そうになる。しかしそれでも倒れない。意地だった。

「『辰っつぁん』のパンチでも倒れへんのか。お前、ホンマスゴい奴っちゃな」

真はそう言いつつ、再び左手前の構えを取った。

「そんなお前に敬意を表して、俺の最高の一発をくれてやるわ」

真は半歩踏み出し、踵からの回転力を腰・肩で増幅させつつ、右掌を壇中からうねるように突き出し、インパクトの瞬間拳を握り込むと、手首を屈する力で威力を体奥まで浸透させた。

真の『波動突き』を鳩尾に受けて、西條は吹っ飛ばされた。

西條は、地面に大の字に倒れて、ボンヤリと空を見上げた。打たれた鳩尾は苦しかったが、むしろ心は晴ればれとしていた。住友会若頭の喧嘩の強さに惚れ込み、この世界に飛び込んだものの、今の住友会のやり方は気に食わなかった。三国人の尻馬に乗っかって同邦から搾取するのは、大いに抵抗があったのである。ただ、渡世の義理で、自分の考えは押さえ込んで来た。

そんな西條の顔を、真が上から覗き込んだ。

「俺はこの街を、日本人の手に取り戻してやる。せやから今後、俺の邪魔すんなや」真は顔を上げて、今度は周りの朝鮮人達に目をやった。「お前らも、日本に留まるなら日本を貶めるような言動はすんなや。『民族の誇り』を大事にすんのと、『日本の存在』を侮辱する事は、全くの別モンやぞ。俺の目の黒いうちは、お前らの好きにはさせへんからな、覚えとけや!」

真は啖呵を切ると、震え上がる男達を尻目に、街の中を見物しながら歩き出した。

しばらく腹の痛みに呻きながら地面に寝転がっていた西條だったが、考えが纏まると肚が座った。腹を押さえながら立ち上がると、走って真を追った。

 

「兄貴!待ってくれ兄貴!」

西條は腹を押さえながらも真に追いついた。

「俺は三男坊でな、弟はおらへん」

「つれない事言わねぇで下さいよ、兄貴。俺、兄貴に殴られて、目が覚めたんです。飯でも食いながら、ちょっと話しませんか?イイとこ知ってるんで」

「まあ、そこまで言うなら、付き合ってやらんでもないで」

兄貴、兄貴と持ち上げられ、真もまんざらでもない。

西條は、真を聚楽へ案内した。ビル前にたむろするパンパンは皆西條とは顔見知りなので、何も誘わずに道を開けた。

『娯楽の殿堂』聚楽は、三国人の息が掛かっていない。ケツ持ちは住友会本部なので、西條は顔が効く。料亭の奥座敷に腰を落ち着けた。

仲居に小鉢を幾つかと、冷えた瓶ビールを用意させると、そのまま席を外させて、西條はビール瓶を取り上げた。

「兄貴、まずは一杯」

真はコップにビールを受けると、一気に呑み干した。冷たさがご馳走だ。

「で、西條とやら。何や話って」

「ああ。兄貴、俺、兄貴に言われて、自分の考えていた異和感にようやく気付いたんですよ。俺、朝鮮人(あいつら)に頭下げながら仕事してる事が、理不尽で納得出来なかったんですよ」西條はビール瓶をラッパ飲みした。「今日、ようやく得心したんです。俺、朝鮮人にひとあわ吹かせたいと、ずっと思っとったんです。俺を、兄貴の舎弟にして下さい」

「舎弟か、なかなか気ィ早いな」

「即断即決がモットーなんでね」

「そんなトコは俺好みやが、ちょっと待ってや」

「何でですか?」

「お前の言う通り、俺は三国人をとっちめてやりたい。だが、その為には負けたないねん。判るか?」

「ん、まあ…」

「俺はな」真は身を乗り出した。「もっと強おなりたいねん」

「まだ強くなりたいんですか?」

目を剥いた西條の頭を、真は張り飛ばした。

「アホか。俺より強い奴なんか、まだまだ一杯おんねんで」

「そんな奴がおるんですか?」

「ああ。とりあえず、俺が師匠と仰ぐ辰っつあんと、マテンのサワカツやな。この二人はバケモンや」

 

 

時は昭和二十三年(1948)、俺の城真会が軌道に乗って来た所で、交渉事でも腕っぷしでも物事を上手く丸め込む手腕が買われ、方々へ出張っている時だった。

明石の魚ん棚の漁業連がストを起こしそうなので、何とか収めて欲しい、と漁協から依頼があり、俺は三人ほど手練れを連れて明石漁港に乗り込んだ。

漁港に来ると、漁師の待遇や魚の買い取り価格の改善を要求するプラカードを持った漁師達が集まっており、その集団の先頭に、やたらと目付きの悪い男が立っていた。

「お前が交渉人か?」

男は昏い眼で呟くように言った。

「そうや。城真会の東城真や」

「ほうか。ワシは山田辰雄や。漁師でも何でもないが、出所(でしょ)のよしみで手伝いしとるんや」

「なら、山田さん、あんたを皆の代表と見て話すで。どうしたい?」

「見ての通りや。人手も漁獲も、安く買い叩かれるんだけは避けたいんや」

「で、漁協に乗り込む訳やな」

「そうや」山田はニヤリとした。「何としてもこちらの主張を通す。あかんかったら、しばき回してでも聞いてもらう」

「そらあかんで」俺は半笑いで返した。「カタギしばいたら、真っ当な意見すら通らんようになるで。俺に任せてくれへんか?悪いようにはせえへん」

「そうやなぁ、ワシを止められるんなら、言う事聞いたるわ」

山田はそう言って、不敵に笑った。

「耳の穴から手ェ突っ込んで、奥歯ガタガタいわしたるで」

俺は言いながら無雑作に近付き、山田の顔面を突いた。山田は左手刀で払った。それだけで、右腕が骨の随まで痺れた。

顔をしかめて右手を下げた俺を見て、山田は初めて構えて見せた。右肘を立てる、ナイファンチの形だ。

「これも勉強や。少しは痛い目みいや」

山田は真顔で呟いた。

 

結局、俺は山田にボコボコにされたが、その性根を買われて、漁協との交渉役を任され、漁業連に有利な条件で契約を締結する事で、ストは回避された。

俺は山田を家に招くと、東京に帰るまでの一週間、彼の空手を伝授してもらった。山田も俺をいたく気に入ってくれ、本部朝基仕込みの突きの技術を惜し気もなく教授してくれた。

東京に帰る前の晩、城真会の事務所で、ヤミ市で入手した清酒を呑みながら、山田は俺に言った。

「ワシは実際には知らんのやが、大阪の天満に、『マテンのサワカツ』っちゅうケンカ上手がおるらしいんや。会(お)うてみたらどうや?」

山田は言いながら、ニヤリと笑った。イタズラを企んでいるような、悪い顔をしていた。

 

「善は急げ」という事で、それから三日後には、俺は大阪の天満に出掛けた。

大阪天満宮の門前町として発展して来た天満は、江戸から続く長大な商店街、天神橋筋として活気を保っている。そこを歩きながら、俺は『マテンのサワカツ』を捜し始めた。

商店街の人達は、大方その名を知っており、皆一様に、

「昔はヤンチャな子やったで」

と言って笑った。ただ、今彼がどこに居るかを知っている者はいなかった。

コロッケや串揚げをつまみながら歩いていた俺に、男が五人近付いて来て、乱暴に肩を掴んだ。

「おい、サワカツを捜してるゆうんは、お前か?」

男は切り口上に尋ねた。

「そうや。あんたら誰や?サワカツを知っとおンか?」

俺は串揚げを咀嚼しながら答えた。

「ああ、まんざら知らん訳でもないで」

男はそう言いながら、教えてやるから、と俺を商店街のはずれに連れて行った。

はずれの空地で俺を取り囲むと、男達の目付きが変わった。

「お前には悪いが、澤山の知り合いはワシらの敵でな」

「なんやそれ」俺は肩をすくめた。「でもまあ、『サワカツ』が澤山っちゅう名字やと判っただけでも収穫や」

「あいつがどこ行ったか判らんのでな、言ってみればウサ晴らしや。悪う思うなや」

男は笑いながら拳を振り上げた。俺は反撃の為に身構えた。

「おいおい、大の男が五人も揃って一人をいたぶるとは、たとえ天が許しても、ワシが赦さへんで」

野太い声に制止されて、男の動きが止まった。

「学生の稽古で久々に来てみたら、何やちっとも変わってへんなあ。相変わらずヤンチャな街や」

スーツから溢れんばかりの筋肉、甘いマスクに不釣り合いな鋭い眼光、隙のない身のこなし。俺は一発で見抜いた。

「もしかして、あんたが『マテンのサワカツ』か?」

「懐かしい呼び名やなあ。いかにも、ワシが天満にこの人あり、と言われた『マテンのサワカツ』こと澤山勝や」

それを聞いて、五人の男達は動揺した。まさか本物のサワカツが出て来るとは思っていなかったらしい。

「味方でも知り合いでもない者の名をかさに着るて、イミ判らんわ」

澤山の横にいた小男が笑った。体は小さいが、覇気が凄い。

「文雄くん、このヤクザ者達に、世の中の仕組みを教えてあげなさい」澤山は惚れ惚れするような笑顔で言い放った。「悪い事をすると、罰を受けるてな」

「有難うございます」文雄くんは澤山に慇懃に頭を下げた。「では、お言葉に甘えて、矢野文雄、こいつらを粛正させて頂きます」

一方的な暴力が始まった。小柄な矢野だが、早い上に攻撃力が異様に強い。あっという間に三人を倒した。最初に声を掛けて来た男と、三白眼の男が残った。三白眼は退路を作ろうと、俺に殴りかかった。

俺は三白眼の拳をくぐりながら、山田直伝の突きをねじ込んだ。三白眼は体を二つに折って、その場にくずおれた。泡を吹いて失神している。

「悪い事したな。手加減が判らんかったんや」

俺は本気で謝った。

「フザケンなやお前らっ!」

男は喚きながら折り畳みナイフを取り出した。それを見て、澤山は矢野を制して足を踏み出した。左手を前に、開掌でゆったりと構える。

「素手ゴロで、ナイフはあかん。ケガすんで」

澤山は笑顔で言う。しかし構えに隙はなく、男は動けない。すると、澤山の左手がスーっと上がって、脇腹が大きく開いた。

「ケェッ!」

男が吸い込まれるようにナイフを突き出した。澤山は上げた左手を廻して、ナイフを持つ手を受け掛け、そのまま掴み取った。もの凄い握力に、男は悲鳴を上げてナイフを落とす。澤山は構わず右手を男の肘に添えて、そのまま逆を取ってひっくり返した。地面に倒れた所に、その腹を拳で突いた。鳩尾を打たれて、男の顔が紫色になる。

「これが『日本拳法』の技や」澤山は笑って言った。「君は、山田さんの弟子か?」

そう問われて、俺は首を振った。

「いいえ。縁があって一週間ほど教えてもろただけです。弟子なんておこがましいですわ」

「そうか。だとしたら、君は凄い才能の持ち主や。山田さんの突きをモノにしとる」

「その辰っつあんに『マテンのサワカツ』に会いに行け、言われまして」

「そうか。山田さん、よっぽど君の事、気に入ったんやろな。よし、判った。君、名前は?」

「東城真です」

「東城くん、ワシは関西大学で日本拳法を指導しとる。そこへ来なさい」

「えっ?」

突然の言葉に、俺は返事に詰まる。

「山田さんは今は東京や。そこで、ワシに君を託したんやろう。どうせ山田さんの事や、ワシの事はよく知らん、とでも言うたんやろ。大かたケンカにでもなればいい思たんやろな」

屈託なく笑う澤山に、俺は返す言葉もない。

「山田さんのメッセージは受け取った。ワシが、君を鍛えたる」

 

それから一年以上、俺は神戸から大阪に通い、澤山から日本拳法の技術を学んだ。俺は自分でも驚くほどの吸収力で、術理をマスターしていった。やがて、矢野文雄をして「あいつは凄い奴や」と言わしめるほどの技を身に付けた。その頃には、神戸には俺に勝てる者はいなくなっていた。

ある日、澤山が俺に言った。

「君は強い。センスもある。だが、研き続けなければ、すぐに錆びついてまう、脆いモンでもある。精進せえよ」

 

 

「とまあ、強い奴はまだまだおんねん。そして俺は、誰よりも強おなりたいんや。強おなって、日本を日本人の手に取り戻すんや」

真はそう言うと、酒をあおった。既にビール瓶が十本転がっており、一升瓶もこれで二本目である。

「俺は、この街で組を立ち上げる。そして、不良外国人共と徹底的に戦ってやる!」

「兄貴、俺もついて行きますよ。俺が、舎弟第一号になります!」

西條が得意げな顔で言った。

「でもお前、住友会の義理があるやろ?」

「なあに、そこはちゃんと筋は通しますよ」

その三日後には、西條は左手に包帯を巻いて現れた。

「エンコ詰めました。晴れて兄貴の舎弟ですわ」

「拓蔵。お前の覚悟、しかと見せてもろた」真は言いながら、西條の肩を叩いた。「よろしく頼むで、拓。俺は今から、組を立ち上げる。『東城会』や!」

 

X

 

「山田辰雄に澤山勝って言やあ、日本の武道界でも指折りの実力者だぜ」

結城は素直に感心した。

「神室町で腕一本でのし上がった、本当にスゲえ男だったらしい、東城真ってのは」

桐生はグラスの泡盛を呑み干すと、ゆっくりと立ち上がった。すぐ横で、遥がテーブルに突っ伏して眠っていた。

「他にも、大山倍達とか、澤井健一とか、色々と教えを受けたらしいぜ」

桐生は話しを続けながら、熟睡している遥を軽々と抱き上げた。

「初代東城会組長、東城真、か」大吾が呟いた。「俺もまだまだヒヨッ子だって事か」

「お前はガンバってるよ、大吾」桐生が、少し優しい口調で言った。「要は、ぶれなきゃいいんだ。そうすれば、皆付いて来る」

そのまま遥を抱いて奥へ消えて行く桐生の背中を見送って、大吾は溜め息をついた。

「どうした組長。背中の荷物が重たくて、疲れたのか?」

結城が笑いながら言った。

「まあ、それもありますけど」大吾は自嘲した。「桐生さんには、結局敵わないなあ、と」

「良いじゃないか、目指すべき背中があるんだから」

結城にそう言われて、大吾は肩をすくめた。

「そうですね」

二人は、見るともなく窓の外に目をやった。沖縄の朝は早い。もうすぐ、水平線に太陽が顔を覗かせるだろう。

大吾は、すぐ神室町に帰って、またいつもの日常に戻らねばならない。問題は山積している。

「まあ、一つ一つ片付けて行くしかないか」

大吾は思わず口に出して言ってしまった。

それを聞いて、結城は無言で大きく頷いた。

 

 

おわり

 

20171003了

 

 

 

RISING SUN - 風の勲章 浜田省吾『FATHER'S SON』より

山田辰雄 後の『日本拳法空手道』の創始者。

澤山勝 後に澤山宗海と名乗る。『日本拳法』の創始者。

 

山田と澤山の関係は、『実戦!ケンカ空手家列伝 空手史を切り拓いた男たち』巨椋修著 福昌道 1996,11,1 を下敷きにしています。

 

参考資料

 

フルコンタクトkARATE NO.87(1994 MAY) 特集・参「孤高の達人 山田辰雄と日本拳法空手道」

 

『日本拳法』 澤山宗海著 毎日新聞社 昭和39年12月20日




一部不適切と思われる表現もありますが、当時の時代的文化的な環境を考慮し、あえて修正等はいたしませんので悪しからず。

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