大吾の、三万人もの極道を束ねるカリスマは何処から来たのか、その一端を考えてみました。昔話シリーズという事で、話の構成は、前回の物と似せてあります。
内容的には、事実を基にしたフィクションですが、一部実体験が混ざっています。
災害の描写があります。
昔話~堂島大吾の場合
1993年、大吾は、何かに飢えていた。何になのかは判らなかった。高校生活の事なのか、家庭の事なのか、将来の事なのか、それすらも判らなかった。だから、悪い奴らとつるんで、暴れ回った。
どうにも迷路から抜け出せなくて、クスリもやった。そうしたら、桐生一馬に死ぬほど殴られた。それで、少し目が覚めた。何とか現状を打破しようと、誰か人の役に立とうと思った。学校の野球部が何かごたごたに巻き込まれようとしていたので、その相手をしこたまぶん殴った。そのお陰で、野球部は責任を免れ、夏の甲子園に出場する事が出来た。
大吾自身は、少年院に1年半ほど入ることになった。
少年院から出てくると、世の中はもう冬になろうとしていた。高校も退学になり、一日暇を持て余していた。そんな彼を、柏木という組員が何かと気にかけてくれた。彼は、父親である堂島組長の若中で、風間組の若頭でもある。柏木は、まだクスリの影響の残っている大吾を気遣い、柘植という自分の弟分を付けてくれたりした。柘植は早稲田を卒業して直ぐに渡仏し、外人部隊に入ってアフガンやコンゴ等を転戦し、帰国して極道になった変わり種である。
柘植と格闘技の練習などをすることにより、徐々にクスリの影響から抜け出せつつあった大吾に、柏木は旅行を勧めてきた。
「有馬温泉で湯治ってのはどうだ?」
柏木にそう切り出され、大吾は目をむいた。
「柏木さん、どうしたんです急に?」
「まあ、お前も色々あって、ちょっと疲れただろう。年も越した事だし、一旦神室町を離れて、気分転換するってのも、悪くないと思うぞ」
そう言う柏木の表情や言葉に、兄貴分の顔がオーバーラップした。
「桐生さんの提案ですか?」
「まあ、それもあるけどな」柏木はあっさり認めた。「俺も、ちょっと神戸に行きたいと思っていたんだ。世話になった兄弟分にアイサツに行きたかったんでな。まあ、ついでみたいなもんだ」
どっちがついでだか。
大吾は呟いた。しかし、全く場所を変えてしばらく過ごす、というのは、かなり魅力的な提案だったので、大吾は承諾した。
1995年1月11日(水)、新幹線で新神戸駅に着くと、黒いシーマが待っていた。スキンヘッドの舎弟が走り寄って来て、大吾と柏木のカバンを引き取った。その後ろから 、ゆっくりとオールバックの男が近づいて来る。黒に近い紺のスーツにネクタイなし、レイバンをかけたその姿は、大吾に桐生を連想させた。
「やあ、兄弟。よう起こしで」男は片手をあげて挨拶をした。「前のジングォン派の件以来、ご無沙汰やったのぉ」
「面目ない。」柏木も笑って答えた。「大吾、こいつが、前に神戸で世話になった兄弟分の、しのだ」
「忍ぶに田んぼで、忍田、忍田謙一いいます。よろしゅうお願いいたします、ぼっちゃん」
忍田は満面の笑みでそう言って、頭を下げた。大吾は、ぼっちゃんという響きに反応した。
「ぼっちゃんはよせ、忍田」
大吾の反応に気づいて、柏木が制した。
「ああ、こりゃあすんません」忍田は素直に謝った。「大恩ある堂島組長の息子さんやさかい、つい。じゃあ、若でええですか?」
「大吾でいいっすよ」
「まあ、そうもいきまへんので」
忍田はやんわりとかわしつつ、二人を車に乗せた。新神戸からは、有馬まで三十分ほどだ。
中の坊瑞苑は、有馬温泉街の玄関口にある、江戸時代から続く老舗温泉旅館で、何故か坊さんとヤクザの利用が多い。どんな客でも快く受け入れてくれる、というところか。
大吾と柏木は、ここで三日ほど大いに羽を伸ばした。そろそろ大吾が温泉街にも飽きてきたところに、忍田が現れた。
「どうです、ゆっくり出来ましたか」
「ええ。十年分くらいのんびりした気分です」
「そうですか。そりゃよかった」忍田は笑うと、今度は柏木に向かって言った。「では、これから神戸に繰り出そか」
「東門か」
「まあ、そんなとこで。若にうちのシマも見てもらいたいんで」
有馬から直接三宮に乗り込み、東門街をぶらついた。忍田が行く店は、いかにも行き着けらしく、どこへ行っても顔パスであった。群雄割拠の東門街でも、忍田は相当顔が利くらしく、店によってはおっかない人がいても、忍田の顔を見ると、静かになるか、店を出ていくかした。
朝まで飲み明かすと、すぐ近くにある「神戸サウナ」で汗を流し、しばらく仮眠をして、今度は新開地に移動した。
「ここは、まあ庭みたいなもんですわ。三宮は、ある意味『仕事場』ですな」
忍田はそう言うと、新開地の中を案内して回った。ボートの場外券売場は、驚くほど賑わっていた。少なくとも二割は上がりがあると言う。
「ま、小遣い稼ぎですわ」
忍田は笑いながら言った。柏木は笑って肩をすくめた。大吾は、そうですか、と言うしかなかった。
三人は、新開地の真ん中にある「八喜為(はきだめ)」という居酒屋に入った。
「何か、昨日の東門とは随分雰囲気が違いますね」
大吾は正直に言った。忍田は、それを聞いて大きく笑った。
「正直でいいでんな。まあ、ここは昨日みたいに堅苦しいことはないでっさかい、ゆっくり飲んだくれてもらってええですよ」
「この街は、ある意味神室町よりも不思議な所だからなぁ」
柏木もそう言って笑った。
「昔、ここで怖い人に会いましてな」
忍田がいきなり切り出した。
「どんな?」
「俺がまだ若い頃、俺の先輩が、この店で飲んでる厳つい兄さんがいたんで、ちょっと絡んだんですわ。そしたら、その兄さんが実は、徳島でチンピラを二十人、たった一人でのしたっていう、おっかない坊さんで」
「坊さんですか」
「俺の先輩も、実はそん時やられたひとりで。顔忘れてたそうですわ」
「結構イタい話しっすね」
大吾は笑った。柏木も笑っている。神室町には無い、ぬるい遊びの雰囲気にすっかりはまっていた。
もう一軒、新開地のクラブで飲み直して、気が付いたら日付が変わって、17日の火曜日になっていた。
「しもた、もうこんな時間か」
忍田は舌打ちしながら携帯電話を取り出した。
「悪いのぉハゲ、もうええさかい、車返して寝てくれや」
それだけ言うと、すぐ電話を切る。
「いくら舎弟だからって、ハゲはないでしょう」
大吾がちょっと不満げに言った。
「なに言ってはるんです、若。あいつ、苗字が『羽毛』言いよるんですわ。せやから、ハゲ。別にスキンヘッドやから言うとる訳ちゃいますよ」
もうすっかり酔っぱらっているので、そんな事にも大いに笑った。
「忍田の兄さん、帰らんで大丈夫なん?」
クラブのママにそう聞かれた時には、もう午前四時を回っていた。
「おお、ホンマやな。ママさん、遅うまで悪かったな。柏木、若、俺の家、結構近くにありまんねん。そこでちょっと寝ましょか」
店を出ると、大きい道路まで出て、そこから西へ歩き出した。
「事務所は、さっきの新開地商店街の中にあるんやけど、俺の家は長田の三番町やねん」
「こんな時間に行ったら、奥さんに迷惑だろう」
そう言う柏木に、忍田は手をひらひらと振った。
「なあに、心配いらへん。ちょっとやそっとじゃ起きへんわ、あのおかん」
「神戸って、もっと不夜城的なイメージがあったんですけど、結構暗いですね」
大吾が、周りを見渡しながら言った。
「そうやなぁ、この辺は、事務所や工場の方が多いさかいな、夜は真っ暗や。まあ、あと二時間もすれば、仕事始めるやろけどな」
そう言いながら空を見上げた忍田は、首をかしげた。
「なんや、変な空模様やなぁ」
その言葉に、大吾と柏木も思わず空を見上げた。まだ夜明け前の暗い夜空に、薄い雲がかかっており、音も無く稲光が走っている。南西の方角の空は、ほんのりと明るく、赤っぽい光が差している。
急に冷え込みを感じて、大吾は身震いをした。
「ここは大開通八丁目や。この下は地下鉄でな、ちょうどこの辺りが、神戸高速の大開駅や」
空の話しを振っておきながら、忍田は好き勝手な事を喋っている。
「面白い奴だろ」柏木が、大吾に話しかけた。「あれで中々、食えない奴なんだよ」
「ええ。何だか判る気がします」
大吾は笑って返した。何の気無しに腕時計を覗き込むと、デジタル表示が五時四十六分を示していた。
次の瞬間、地面が無くなる感覚があった。一瞬宙に浮いたような錯覚があり、直後にドンと突き上げられた。それと同時に激しく横に揺さぶられ、三人は為す術もなく硬いアスファルトの地面に倒れた。
もの凄い地鳴りが響き渡り、周りのビルが聞いた事も無い音で軋んだ。爆発するように窓ガラスが割れ、激しく地面に降り注いだ。たまたま道路の真ん中を歩いていた三人は、そのガラスの雨に巻き込まれずに済んだ。
大吾の目の前で、アスファルトに大きな亀裂が入っていった。轟音を響かせながら、道路が大きく陥没して行く。
「大吾っ!」
強い力で柏木に腕を引っ張られて、大吾はようやくそこから動く事が出来た。まだ地面は大きくうねり、立ち上がる事は出来なかった。
「なんじゃこりゃあ!」忍田が叫んだ。「六甲山の噴火か?」
「似たようなもんだ」柏木は呟くように言った。「今まで見たこともない様な地震だ」
大吾は呆然と周りを見渡した。まだ薄暗い上に、全ての電気が消えてしまったので、状況が全く飲み込めない。目の前の陥没した所に、破裂した水道管から水がどんどん溜まっていく。
まだ地面が揺れているように感じる。それとも本当に揺れているのか。
そこへ、北から軽バンが走って来た。陥没に気付かず、溜まった水の中へ突っ込んだ。
「おいおい、大丈夫か?」忍田はためらわず水の中に入ると、バンのドアを叩いた。「窓を開けえ!窓から出るんや!」
柏木と大吾も後を追って飛び込むと、窓から運転手を引っ張り出した。
運転手は長田港の漁師で、港に向かう途中だったらしい。彼は今起こっている事態に呆然としながらも、とりあえずは船の様子を確認すると言う。お互いに無事を祈りつつ別れた。
一気に酔いの醒めた三人は、とりあえず忍田の家に向かうことにした。道の両側のビルは、軒並みガラスが割れている。一階部分が崩れて、大きく傾いている物もあった。三番町のすぐ手前の西市民病院は、変な形に崩れているのが見えた。五階部分が潰れる形で崩れている、と知ったのは、もう少し後の事だった。
三番町に着く頃には、夜も白々と明けて、周りの様子が見えて来た。長田のこの界隈は木造建築が多い古い町並みだったが、その殆どが崩れていた。東と南の空には、真っ黒な煙が幾筋も上がっている。
「確か、この当たりが俺の家なんやが…」
周りが全部崩れているので、風景が全く違うのだろう。中々家の場所が確定出来なかった。近所の人達もそれぞれの崩壊した家から自分の荷物を探し出すのに懸命だった。
「おーい、おかん、居るかー!」
叫んだ忍田の言葉に、瓦礫の下から答えがあった。
「とおちゃーん、ここやでー!」
忍田の家は全壊だったが、桐箪笥のお陰で、ほんの少し空間が出来ており、落ちて来た屋根から守られたのである。
「大丈夫か?どっか怪我してへんか?」
「うちは大丈夫や。うまいこと隙間に挟まったわ。けど、梁が重くて出られへんねん」
「よっしゃ。待っとれよ。すぐ出したるで」
忍田は言うなり、崩れ落ちた梁に手をかけると、一気に持ち上げ……ようとした。しかし、すぐにあきらめた。
「流石に無理や。すまん、手ェ貸してくれ」
大吾と柏木、そして周りで呆然と立っていた数名が手を貸してくれたので、少し隙間が出来た。後は下の瓦礫を少し掘り下げ、何とか忍田の奥さんを引っ張り出した。
「おーい、長田神社当たりから火ぃ出とぉぞ」
「まだ瓦礫の下に、人おんで!」
誰かの叫ぶ声が聞こえて来た。その直後、大きな余震が来て、忍田の家の隙間が音を立てて崩れた。
「こりゃあヤバいのぉ。消防はまだ来んのかい」
忍田の呟きに、周りから次々と不満が出て来た。
「こりゃあ多分、警察も消防も無理やで。他もこんなやもん」
「火ぃが出たら、うちらも危ないで」
「親分、これからどないしよ」
その言葉を聞くや、忍田は地鳴りに負けないほどの声を上げた。
「みんな、よお聞いてくれや。こんな状況や。警察も消防も当てに出来へん。先ずは動けるモンの確認や」
「親父!」
そこへ、埃まみれの若い衆が五人、叫びながら走り寄って来た。
「おお、ヤス、生きとったか!」
「親父こそ。寮はペシャンコですわ」
「柏木、若、こいつはうちの若頭で、ヤスいう奴や」
「初めまして。忍田組若頭の黒田泰明いいます。ところで親父」
「そうやな」忍田は直ぐに仕事に掛かった。「取り敢えず二班に分けるで。おかんとタカとトオルは、トーフ屋とゲンさんと一緒に女子供と年寄りを学校まで連れてってくれ。多分他のモンも避難してきとるやろ。余震でまた崩れてくるかも知れんさかい、瓦礫からは離れえや」
「ハイッ!」
タカとトオルは勢い良く返事をすると、素早く避難するメンバーをまとめ始めた。
「ヤスとミッツ、ボンと元気なおっさんらは、生存者探しや。棟梁、バールとかジャッキあるか?」
「あるで。バイク屋のもあるわ」
「じゃあ頼んだで。柏木と若も、頼むわ」
「任せろ」柏木は答えつつ、大吾の背中を強く叩いた。「しっかり頼むぜ、大吾」
「あ、ああ」
大吾は何とか答えた。実は、状況がまだ飲み込めていない状態だった。
「若、すんませんな、折角の骨休めやったのに」
「大丈夫です。それより急ぎましょう」
「そうや、その意気や」忍田は勢い良く言った。「ところでヤス、ハゲはどないした?」
その問いに、ヤスは少々言いよどんだ。
「あいつ、親父に呼び出されんのを待ってて、車で寝よったんです。今も、車ン中におります。あいつが咄嗟に車を下げたんで、お客人の荷物は無事です」
「そうか」忍田はしばし言葉を失った。が、直ぐに気持ちを切り替えた。「しゃあないな。先ずは生きてる奴からや。みんな行くで!」
すっかり空は明るくなった。午前八時を過ぎる頃には、付近の様子が段々と掴めて来た。
周りの木造建築は、ほぼ全壊であった。手分けをして崩れた家の側まで行き、中に閉じ込められていないか、声を掛けた。柏木が、一階部分が崩壊して、二階から降りれなくなっていた老人を、急拵えの梯子で救出した。
「ええ調子や。どんどん行くで」
忍田の指示で、ローラー作戦でしらみつぶしに瓦礫の下を調べていく。午前九時を回ると、緊急車両のサイレンと共に、報道のヘリコプターの音が鳴り響いて来た。その爆音で、生き埋めの人の声がかき消され、何度も確認しなければいけない、という事もあった。
「うるさいわ!」
「飛び回ってないで手伝え!」
忍田と柏木が、何度か空に向かって怒鳴った。それが八つ当たりだと判っていても、何かに当たりたい気分だったのだ。
無事な者がどんどん合流して来たので、駆けつけた消防士と共に生存者探しが広がっていった。大吾達は、大きく火の手が上がっている西市民病院の西側、御蔵通から菅原通を望む当たりまで来ていた。
この当たりは猛火が渦を巻いており、手のつけようが無い状態であった。
火が迫ってきている瓦礫の周りに人がたかって、下敷きになっている人を救出しようと必死になっていた。
「火が近づいてるぞ!」
思わず大吾は叫んだ。これ程の火勢は見たことが無かった。
「ホースはこんだけしか無いんかい!」忍田は喚いた。「火がそこまで来とるやないか」
「消火栓が出ぇへんねん!」消防士が返す。「今、御蔵小のプールの水だけや」
「よっしゃ、ほなら、がんばって食い止めぇや!」
忍田は叫ぶと、瓦礫の下に手当たり次第に声を掛け始めた。大吾達もそれに続く。
「こっちや!下に人がおる!」
声の方へ向かうと、潰れた木造家屋の下から、か細い声が聞こえて来る。様子を見に下に潜り込んだ者が出て来て、上を見上げながら言った。
「あの壁が邪魔や」
人が埋まっている辺りの真上に、崩れた土壁が寄りかかる形になっている。
「おい、ロープあるか?皆で引っ張って、引っ剥がすで!」
幸い近所の消防団詰所の瓦礫の中に、ロープが大量にあったので、土壁に引っかけ、一番弱そうな方向に引っ張った。しかし、中々動かない。
「おら、皆力出せ!この辺り全部ぶっ壊して、まっさらにしたろやないか!」
忍田はそう叫ぶと、上着を脱ぎ捨てた。メッシュのタンクトップの下に、深紅の鳳凰の彫り物が見えた。隆々とした筋肉を盛り上がらせて、ロープを引っ張る。皆も、その迫力に巻き込まれ、顔を真っ赤にして引っ張ると、さしもの土壁も、轟音を立てて倒れた。ようやく開いた脱出口から、お婆さんと孫娘がフラフラと出て来た。
「とりあえず、御蔵小に連れて行ってくれ」
消防士の指示で、誰かが二人を連れて行った。
その時、大吾の耳に、子供の泣き声が聞こえた。
大吾は、その声の方向に走った。一階部分が潰れた木造建築の前で、五年生くらいの男の子が泣いていた。
「どうした?」
大吾の問いに、子供は泣きながら答えた。
「とおちゃんが中に居るねん」
「何だって?」
大吾がのぞき込むと、二階の屋根が大きくのしかかって、明らかに手の施しようの無い瓦礫の向こうに、人の気配があった。
「おーい、大丈夫か?」
大吾が声を掛けると、弱々しいながら、声が返ってきた。
「すまん、タカシは無事か?」
「とおちゃん、俺大丈夫やで!」
「そおか、良かった。すんません、そこの人、タカシを安全な所まで連れてってもらえへんか」
そう言われて、大吾はギョッとなった。
「わし、もうあかんねん。判んねん。かみさんも横におるけど、もう息してへんねん」
「せめてあんただけでも」
叫んだ大吾の声を遮るように、タカシの父は静かに言った。
「すまんなタカシ、とおちゃんあんまり良いとおちゃんや無かったけど、お前は強う生きてや」
「諦めるな、何としても助けるぞ!」
大吾は叫ぶと、瓦礫を素手で掘り始めた。だが、当然瓦礫には歯が立たない。
「おい、大吾、もう危ない!火が来てるぞ!」
柏木の声を無視して掘り進めると、ほんの小さく開いた穴から、ごっつい男の手が出て来た。節くれ立った、職人の手だった。思わず大吾はその手を掴んだ。
「大丈夫だ。今助け出してやる」
「無理すんな。足が柱に挟まれてんねん。あんた、名前は?」
「大吾。堂島大吾」
「大吾か。ありがとな。タカシを頼んだで」
そこへ、忍田が駆けつけてきた。
「お前、ツヨシか」
「その声は、ケンちゃんか。良かった。タカシをよろしくな」
その時、また大きな余震が起こった。上から瓦が崩れてきて、忍田が体を張って大吾をカバーしたが、ひとつは大吾の肩を直撃した。火はもうこの建物にまで延焼していた。
「ありがとう。タカシの無事が確認出来ただけでも幸せや。ありがとな、大吾、ケンちゃん。」
「何言ってんだ!絶対助けるぞ!」
そう叫んだ大吾を、柏木が止めた。
「止めろ!もう間に合わん!」
大吾は柏木を振り払って、尚も瓦礫に向かおうとしたが、横からもの凄い力で殴られ、吹っ飛ばされた。
「このアホが!お前まで死ぬ気か!」
忍田が叫んだ。その時、小さな爆発が起こって、一気に家は倒壊した。燃え上がる瓦礫が、すぐ手前まで転がって来た。
「何で見殺しにしたんだよ!」
そう叫んだ大吾を、忍田はもう一発ぶん殴った。
「あいつはもうあかんかったんや!でもタカシは助かったんや。タカシの為にも、ツヨシの為にも、俺達は生き延びなあかんねや!生きるのは、死ぬよりもツラいこともあるんや。でも生きなあかんのや!」
大吾はゆっくりと立ち上がった。瓦礫に目をやり、拳を握りしめた。
「分かるか大吾」忍田は初めて大吾を名前で呼んだ。「俺らは極道や。極道は、命張ってなんぼや。でもな、命懸けるのと、命捨てるんはちゃうで。こんな時こそ、俺ら極道の覚悟っちゅうモンを見せる時や」
「覚悟?」
大吾の問いに、柏木が答えた。
「何時でも死ねる、だからこそ死を恐れずに向かっていける」
「そおや。要は生き様を見せるっちゅうこっちゃ。死ぬ為に生きてんとちゃう。生きた挙げ句に死ぬんや。だったら、最後まで生き抜かなあかんねん。それが『極道』や」
大吾は絶句した。自分は極道に生まれた。だから極道になる。そんな風にしか考えたことが無かった。ましてや覚悟など……。
「親父ーっ!」
そこへ、ヤスと見知らぬ男が数名、走り寄って来た。
「おお、サク、キー坊、でん、リョータ、お前ら無事やったか」
「おおきに。お陰さんで。ドテチンは足折って病院行ってます。」
「しゃーないな。生きてただけめっけもんや。トカちゃんわい?」
「めっちゃ元気で。事務所で留守番してもろてます」
「で、姐さんと番町の皆は、室内小に入りました。全員無事です。」
ヤスが報告を締めくくった。
「よっしゃ、そろそろ自衛隊も出て来てくれよったし、俺らは出番無しやな」忍田は、辺りを見回しながら言った。「ほなら、事務所行くで。家族が避難してるモンは、とりあえずそっちへ行ったり。事務所が拠点や。ほなそれぞれ解散!」
忍田はまず、避難所になっているすぐ横の御蔵小の体育館へ行くと、タカシの祖母を探し出し、すぐにタカシを預けた。
「ツラいけど、泣くなや」
「ありがと、おっちゃん」
忍田の言葉に、タカシは目に涙を溜めつつ、気丈に答えた。
「おにいちゃんもありがと」
そう言われて、大吾は言葉に詰まった。
「俺は何も……」
「最初に来てくれたやろ。メッチャ嬉しかってん」
タカシはそう言って、手を伸ばした。大吾は、その手を強く握った。
「おばあちゃんをしっかり護ってあげろよ」
「うん。任せて」
大吾は手を離すと、サッと背を向けて体育館の外へ出た。柏木が追いかけて来て、小さな声で言った。
「お前が泣くな」
判ってるよ。大吾は声を出さずに、口だけ動かして答えた。声を出したら、本当に泣いてしまいそうだった。
それから直ぐに大吾達は室内小に移動した。日没も間近で、薄暗くなってきている。学校内は、小型の発電器のお陰で、何とか明かりは確保出来ていた。
忍田の妻は直ぐに見つかった。JAが差し入れてくれたおにぎりを巡って、すったもんだの真っ最中だったからだ。
「おかん、お前何やってんねん」
「そんなこと言うたかて」妻は鼻息が荒い「おにぎりの数が足らんから、年寄りと子どもから先に配れ、言うたら、このどアホが文句付けよおねんもん」
「なんじゃこのババア!」いかにも強面のヤクザ面の兄ちゃんが、イキって声を張り上げた。「ワシ等が先に貰たかて、別にええやないか。何とかなるわいや」
「示しがつかねぇだろ、このバカ野郎」
大吾は思わず突っ込んでしまった。兄さんは、もの凄い形相で大吾を睨んだ。
「何じゃワレこら。ガキが何能書き垂れとんねん」
兄さんが大吾の胸倉を掴む直前、忍田が彼の襟首を掴んだ。
「お前どこのモンや?俺の前で随分うたうやないか」
兄さんは、今ようやく相手が誰か気付いたのだろう。一気に血の気が引く。
「こんな時や。堅気もヤクザも無い。弱いもんからや。それが任侠っちゅうもんちゃうんかい」忍田はそう言うと、兄さんを睨んだまま言った。「ヤス、ちょっとコイツ等に、極道者の礼儀っちゅう奴を思い出させたってくれ。堂島組長の若に突っかかった報いはデカいで」
それを聞いて、兄さんの顔色は蝋人形のようになった。ヤスと何人かの若い衆で、兄さん以下三名を、体育館の裏に引っ張っていった。
「これでもう邪魔者はおらんな」
忍田はそう言うと、学校の先生達を集めて、柏木と共に簡単な組織表をこしらえ、なるべく負担を配分するように指示を出した。奇しくも、少し離れた長田小で、鹿児島の海上自衛官、岡三佐が行った組織作りと似ていた為、お互い連携を取りながら円滑に避難所を取り仕切っていった、と言うのはまた後の話し。
大吾達は、クタクタになって新開地の忍田組の事務所にたどり着いた。既に午後十時を回っていた。
事務所では、トカちゃんが元気に留守番をしていた。部屋の中は、家具という家具がひっくり返っていたが、トカちゃんが大方隅に寄せてくれていたので、取りあえず横になることは出来た。毛布とサバ缶とビールひとケースが無事だったので、今生きている事に感謝し、死んでしまった者達へ哀悼の意を表し、今後の建て直しを祈願して、ビールを一気飲みした。昨日からほとんど一睡もせず、朝から何も食べていなかったので、ボディブローのようにアルコールが効いた。
若い衆は完全に熟睡してしまったが、大吾、柏木、忍田の三人は、どうしても寝付けずに居たので、タバコを吹かしながら、余震の続く中、小声で話を続けた。
「ツヨシな、あいつ、幼なじみでな、あいつは俺がヤクザなのを知ってて、唯一向かって来た根性のある奴やったんや」
「すいませんでした。結局大した役にも立たなくて」
「別に謝ることちゃう。あれは無理やったんや。逆に、よおやってくれて、おおきにな」
「まあとりあえず、俺達もしっかり関わってしまったことだし、もうしばらくお手伝いさせてもらうよ」柏木が、肩をすくめながら言った。「東京と連絡が取りたいな。東城会や風間組からも、手伝いや救援物資を調達出来るだろう」
「そうやなあ。ここの電話は使えへんしな。まあ、どっかに公衆電話が生き残ってるやろ。すまんけど、明日は少し遠出に付き合ってもらうで」
結局、大吾と柏木は二週間ほど滞在し、忍田と近隣の復興を手伝った。ある時は、浜中町在住の、忍田の母方の叔母夫妻が入っている避難所の寺に、支援物資が届いていないという事で、近くの高校に物資を回してくれるように交渉したりした。また、27日には東城会から3トントラック三台分の食料と水、衣類と毛布が届けられ、主に届け出されていない避難所に配布をした。
その頃には自衛隊が本格的に投入されており、大吾達は自衛隊の臨時風呂の横で炊き出しをしたりして、自衛官とも仲良くなった。
特に自衛隊は、被災者達には温かい食べ物や風呂を提供しておいて、自分達は缶詰を食べ、濡れタオルだけで体を拭いていた。そんな姿を目の当たりにして、大吾は色々と考えさせられた。過酷な訓練をくぐり抜けてきた故の揺るぎない自信と、あくまで他人を気遣う優しさと、上官に従う絶対の忠誠心。自分に欠けているモノばかりだ。
大吾は初めて、自分が極道であることを自覚した。そして、自分に何が出来るのか、自分が何をしなければならないのかを、真剣に考える様になった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「で、神戸から帰って直ぐに、柘植さんに手配して貰って、四月にはマレーシアに行ったんです」
大吾は、毛布にくるまって寝転がっている真島にそう言って話を締めくくった。
「なるほどのぉ。六代目がガイコクに行ってたのは、そんな訳があったんやな」
真島は相槌を打つと、ごろりと寝返りを打って、大吾に背中を向けた。
ここは、神室町ヒルズの中にある売店である。突如現れたゾンビによって一般人と共に避難を余儀なくされている。
パニックに陥った一般人を、真島と共に鎮めた大吾は、体力を温存するため、とにかく皆に眠るように指示を出し、自らは東城会の生き残りで見張りを立てることにした。その見張りの間に、真島を相手に訥々と昔話を始めたのである。
「あの、神戸での体験と、マレーシアでの体験が無ければ、俺はとても桐生さんや真島さんに認めて貰えることは無かったでしょうね」
大吾はしみじみと呟いた。
「そりゃあ知らなんだなぁ。六代目も苦労してたんやなぁ」真島はあえて軽く答えた。「で、マレーシアではどんな目にあったんや?さぞエラい目に遭うたんやろなぁ」
「聞きますか?その話し」
「聞いてもええで。今日の夜はまだまだ長そうやしな」
「そうですね。まあ、次の見張りの交代までに話しが終わらないかも知れませんが」大吾はそう言って、薄く笑った。「マレーシア海兵隊に、柘植さんの傭兵時代の知り合いがいて、その彼にブートキャンプに編入させて貰ったんですが……」
大吾は語り始めた。外からは、ゾンビのうなり声のような物が聞こえてきて、まだまだ予断を許さない状況が続いていた。
終わり?
20130621
20161124改
※参考文献;
『炎と瓦礫のなかで 阪神淡路大震災消防隊員死闘の記』神戸市消防局「雪」編集部+川井龍介=編
『阪神大震災 全記録』神戸新聞社
『阪神・淡路大震災における消防活動の記録 神戸市域』神戸市消防局
『兵庫県南部地震に伴う市街地大火の延焼動態調査報告書』東京消防庁
『神戸新聞の100日』神戸新聞社
映画『ありがとう』
映画『神戸新聞の七日間』
他ネットでの体験談や、当事者の話も参考にさせて頂きました。