内容的には、かなりミリタリーチックです。ほんのちょっと、『パイナップル・アーミー』と『マスター・キートン』とのクロスオーバーです。
麻薬関係ネタなのは、相方である葉月カンナの設定にリンクした結果です(笑)。
昔話~大吾従軍記録~
「で、神戸から帰って直ぐに、柘植さんに手配して貰って、四月にはマレーシアに行ったんです」
堂島大吾は、毛布にくるまって寝転がっている真島にそう言って、神戸での昔話を締めくくった。
「なるほどのぉ。六代目がガイコクに行ってたのは、そんな訳があったんやな」
真島吾朗は相槌を打つと、ごろりと寝返りを打って、大吾に背中を向けた。
ここは、神室町ヒルズの中にある売店である。突如現れたゾンビによって一般人と共に避難を余儀なくされている。
パニックに陥った一般人を、真島と共に鎮めた大吾は、体力を温存するため、とにかく皆に眠るように指示を出し、自らは東城会の生き残りと交代で見張りを立てることにした。その見張りの間に、真島を相手に訥々と昔話を始めたのである。
「あの、神戸での体験と、マレーシアでの体験が無ければ、俺はとても桐生さんや真島さんに認めて貰えることは無かったでしょうね」
大吾はしみじみと呟いた。
「そりゃあ知らなんだなぁ。六代目も苦労してたんやなぁ」真島はあえて軽く答えた。「で、マレーシアではどんな目にあったんや?さぞエラい目に遭うたんやろなぁ」
「聞きますか?その話し」
「聞いてもええで。今日の夜はまだまだ長そうやしな」
「そうですね。まあ、次の見張りの交代までに話しが終わらないかも知れませんが」大吾はそう言って、薄く笑った。「マレーシア海兵隊に、柘植さんの傭兵時代の知り合いがいて、その彼にブートキャンプに編入させて貰ったんですが……」
大吾は語り始めた。それは、東城会の誰もが、そして恐らくは桐生でさえ耳にした事の無い、大吾のディープな体験談であった。
×
マレーシア海軍特殊部隊PASKALのファイザル=ビン=ムハマド曹長は、以前にフランス外人部隊で、極道になる前の柘植の部下として、アフガンに同行した兵士である。マレーシア軍から「研修」の名目で送り出された彼は、戦場に於いて獅子奮迅の活躍を見せ、フランス政府から叙勲を受けたほどの、一流の戦士である。柘植は、そんな彼にコンタクトを取り、「自分の弟分を鍛え直して欲しい」と、大吾を単身マレーシア海軍に送り込んだ。
PASKALは、海軍特殊部隊として1980年にインドネシア海軍海兵隊KIPAMを土台に設立され、米国SEALsや、英国SASとも連携している。その任務は、領海紛争や海上油田の警備、要人警護まで多岐に渡る、マレーシア随一の精鋭部隊である。
大吾は、他のマレーシア兵と共に、ファイザル曹長の元、基礎訓練からペンチャック・シラット、射撃、スキューバ、野営訓練と、過酷な4週間のブートキャンプをこなした。日本での柘植の訓練が良かったのか、大吾自身の才能によるものか、訓練が終わる頃には、大吾は新兵分隊の班長的な位置に立っていた。
「ダイゴ、調子はどうだ?」
今日の訓練は、調整のため午後からは休みになったので、大吾は他の隊員と共に、グロック17のフィールドストリッピングをしていた。そこへ、ファイザル曹長が声を掛けて来た。
「ありがとう。非常に調子良いですよ」
大吾は快活に答えた。皆、大吾に合わせて英語での会話である。
「皆も快調です。何時でも作戦行動に参加出来ますよ」
大吾がそう言うと、他の隊員も口々に唱和する。
「そうか」
そう言った曹長が、少し口ごもった。
「どうしたんです、曹長」
明快が取り柄のファイザル曹長らしくない態度に、大吾は不審の目を向けた。
「いつも『情報は重要な戦力だ』と言ってるじゃないですか。その情報を明確にしないなんて、曹長らしくないですよ」
「いや、実はな…」
曹長が重たい口を開こうとした時、少し離れた隊舎の方から、居丈高な声がした。
「お前等は俺の指揮下に入るんだ!」
神経質そうなその声を聞いて、曹長は盛大に舌打ちをした。
「何か不服かね、曹長」
「何でもありません、大尉」
ファイザル曹長は、木で鼻を括ったような答えを返した。今度は、大尉が盛大に舌打ちをした。
大吾以下新兵達は、あからさまな不審の目で、突如出て来た下士官を見た。彼は、その目線には一切頓着せずに口を開いた。
「私は、マレーシア海軍司令部より派遣されて来た、アジジ=ビン=ハスナン大尉である。今からお前等は、俺の指揮下に入る」
「それはさっき聞きましたけど」
新兵の副隊長格のアブドゥルが反抗的な答えを返した。アジジ大尉は、左目を痙攣させて、アブドゥルの前に立った。無言で、いきなり殴りつける。咄嗟に飛びかかろうとしたアブドゥルを、大吾が止めた。
「失礼しました大尉。突然の話しで、我々も混乱しておりまして。どう言うことか、聞かせていただけませんか?」
「お前は?」
「班長のダイゴ軍曹です」
「そうか。ーーーこれから、ちょっとした作戦を遂行する。お前等の卒業試験みたいなものだ」
「どう言った作戦なんでしょうか?」
その言葉に、大尉は時計に目を遣った。戦闘服には似合わない、ピアジェの腕時計が光る。
「その事に関して、客人が1700に此処へ来ることになっている。その時に、ブリーフィングルームで話しをする。それまでは、解散していろ」
大尉は言いたい事を言うと、曹長、後はよろしく頼むとか何とか言いながら、背を向けて隊舎へ戻って行った。
すぐさま、大吾以外の隊員達が、曹長に詰め寄った。
「何なんですか、あいつは!いきなり来て、偉そうに」
「ハートマン軍曹気取りかよ」
「本隊のキャリアだ。偉いには違いない」曹長は少々投げ遣りに答えた。「だが、もっと上のお偉いさんの任命書があるんじゃあ、お手上げだ」
「それは、正式な辞令なんですか?」
「軍司令部直々では無いけどな。将校のサインもある」
「まあ、待てよ」大吾が割って入った。「取り敢えず、命令とあらば仕方無い。話しだけは聞こうじゃないか。」
「すまねぇな」
そう言う曹長に、大吾は笑って答えた。
「いざとなったら、あいつをぶん殴って帰国するまでさ」
口調は笑っていたが、目は本気だった。
午後5時過ぎに、隊舎のブリーフィングルームに曹長を含む隊員全員が呼び出された。
アジジ大尉の横には、華人系のマレーシア人が立っている。見るからに学者然とした感じである。
「お前等には、この先生の警護をしてもらう」大尉は、相変わらず偉そうに宣った。「こちらは、マラヤ大学の少数民族研究の第一人者、助教授のマイケル=タンだ。この度、マレーシアとタイ国境に近い高山地帯に居住する少数民族の研究の為に、山岳部の国境越えをする必要がある、ということだ」
「それで、我々にボディーガードをしろ、と言う訳ですね」
大吾の突っ込みに、アジジは淡々と答えた。
「そうだ。不測の事態が無いとも限らないので、我々が護衛をするのだ」
「それについては、私から説明します」マスター・タンが一歩前に出た。「私は、今はモン族の追跡をしています。マレーシア国境に近い山岳地帯に居住している例は、今まで報告が無かったので、非常に興味深いのです。ただ、この辺りはイスラム教徒の武装勢力の潜伏地という噂もあります。何も無いとは思いますが、保険と言うことで、海軍総本部のラドゥワン=ビン=ムハマド中佐に直々に警護をお願いして、この度の依頼となりました」
「依頼って、命令なんだよ」
アブドゥルが突っ込んだが、それはタンがスルーした。
「俺達正規軍が、国境越えて良いのかよ」
隊員の1人、ジャクマールが発言した。
「それについては、俺が答えよう」アジジ大尉が横から口を挟んだ。「学術的な調査、と言うことで、その辺りはクリアーにしてある。心配は無用だ」
「とまあ、そう言うわけで、私は直ぐにでも出発したいのです。出来れば、明日の朝でも良い」
そう言うマスターの言葉を捉えて、アジジ大尉が命令を下した。
「ダイゴ班長、明日0800に、ここ、隊舎前に集合、出発する。目的地は、明日通達する。何か質問は?」
「彼らはどこまでの装備をすれば良いのですか?」
ファイザル曹長が、勢い込んで尋ねた。アジジはそれを冷淡に目の端に捉えるだけだった。
「肩書きは学術調査だ。それほどの装備は必要あるまい。MP-5とステアーでいこう」
「私はMSG90で行きます」
大吾は、きっぱりと言った。そこだけは譲らない。
「この度の作戦は、軍事行動では無い。スナイパーは要らん」
「では、私は行きません」
この大吾の発言には、流石のアジジ大尉も驚いた。キャリア組の彼の命令に反抗する奴など、今まで居なかったのだ。
「貴様、自分が何を言っているのか解っているのか?」
「当然であります」
「そうか。では、お前ははずす。処分は追って知らせる」
「それでは、自分も辞退いたします」
すかさず、アブドゥルが宣言した。
「ムハマドであります。自分も辞退いたします」
「ファズリンであります。辞退いたします」
「ジャクマールであります。辞退いたします」
「アラン=チェンです。辞退します」
結局全員が辞退を宣言した。
アジジ大尉は、怒りに真っ赤になって、ファイザル曹長を睨みつけた。
「貴様、新兵にどういう教育をしてるんだ?」
「自分は、彼らの意見を尊重しております」
ファイザル曹長は、してやったりのニヤケ顔で応じた。
結局、大尉が折れた。
「判った判った、装備は好きにしろ。明日0800出発だ。解散!」
アジジ大尉はやり場のない怒りを抱えて、ブリーフィングルームを出て行った。
大吾は、全員の顔を見た。
「皆、大丈夫か?あんな事をして。俺は最悪、国に帰るだけだが、皆は経歴に傷が付くかも知れないぜ」
「なあに、あいつ、気に食わなかったからな、せいせいしたよ」
アブドゥルが、キッパリと言い放った。
「まあとにかく、卒業試験というのは、あながち間違いでは無い。作戦内容はともかく、潜入、索敵、護衛、帰投と、今回のキャンプの集大成だ。無事に終わらせて、とっとと帰って来い」
ファイザル曹長は、そう言って笑った。
一夜明けて、アジジ大尉を隊長とする護衛分隊は、ルムットの海軍キャンプを出てヘリでワン・クリアンまで移動した。そこで一旦留まって装備を確認すると、そこからは従歩での移動となった。イミグレーションには事前に許可を取ってある、ということで、検門を通らずそのまま国境を越えた。
トラック一台分あるか無いかの細い山道を1時間程行くと、丁度車が転回出来るくらいの空地に行き当たった。
そこからは更に細い獣道のような、林の中を抜ける道になった。
「この辺りに、集落があると聞いています」
マスター・タンが、何やら手帳を操りながら言った。
「よし。では、彼らを驚かせないよう、静かに移動するぞ」
相変わらず偉そうに、アジジ大尉が言った。肩で大きく息をしている。
「自分が斥候に立ちます」アラン=チェンが涼しい顔で言った。「遅れないように気をつけて下さいよ、大尉」
アジジ大尉はアラン=チェンを睨み付けたが、何も言わなかった。
熱帯雨林の湿っぽい下生えの中に、しっかりと踏み固められた道がある。明らかに、獣道ではない通り道である。
20分ほど進んだ所で、アラン=チェンが手を挙げた。警戒の合図である。
「どうした?」
接近して来た大吾に、アラン=チェンは囁くように言った。
「煙草の吸い殻です。ケントのメンソール」
「何か気になるのか?」
「根拠は無いんですが」そう前置きしてから、アラン=チェンは言った。「らしくない、というか、何と言うか」
「らしくない?」
「『モン族』って言うと、中国の苗(ミャオ)族なんですよ。奴ららしくないチョイスだな、と思って。メンソール」
「そうなのか?」
「まあ、俺の勝手な思い込みなんですがね」アラン=チェンは苦笑した。「ちょっとイヤな予感がするんですよ」
「そうか、分かった」
大吾は真剣な表情で答えると、現場で留まっている本隊に戻った。
「アラン=チェンが、嫌な感じがする、と言ってます」
「何だその曖昧な言い草は!」
アジジ大尉が偉そうに言ったが、大吾はそれをスルーした。
「マスター・タン。この辺りは、モン族の集落だ、と言ってましたね」
「はい」
「アラン=チェンは、らしくない、と言ってます」
「どういう事でしょうか?」
「良くは分かりません。マスター、まだ我々に開示してない情報があるんじゃ無いですか?」
大吾は真っ正面から問い詰めた。マスター・タンは直ぐに目を逸らした。その目は自然とアジジ大尉へと向かった。
「まさか、アジジ大尉、あんた、何か知ってて……」
大吾はアジジ大尉に詰め寄ろうとしたが、アラン=チェンの鋭い声に、素早く振り返った。
「ダイゴ。来てくれ」
大吾が近くまで行くと、アラン=チェンは道から少し入った下生えの中を指さした。
大吾はそれを見ると、ひとつ大きなため息をついた。
「大尉、ちょっと」
大吾はアジジ大尉に向かって、警戒しながら接近するよう合図を送った。アジジ大尉は、しかめ面で近付いて来た。他の隊員達も、ゆっくりと集まって来る。
「これを見て下さい。判りますか?」
それは、ひと目で判るシロモノだった。下生えの陰に、安全ピンにピアノ線を絡めた手榴弾が固定されていた。
「ブービートラップ。しかもこの通路の正面から襲撃を掛ける前提で仕掛けられてますよ。これがどういう事か、判りますよね?」
大吾は噛みしめた歯の間から声を絞り出すように言った。アジジ大尉は、無言で目を逸らす。
「黙ってるのなら、俺が言ってやりましょう。目標は、モン族などでは無い。しかも、このトラップは待ち伏せ用だ。つまり、こちらの行動はリークされている。違いますか?」
「大尉、リークってどういう事だ?」
マスター・タンが、アジジ大尉に詰め寄った。それを、ムハマドとファズリンが引き離す。
「何だ、あんたらグルだったのか?」
アラン=チェンが、あきれ声で言った。ジャクマールがピアノ線を切って、トラップを解除している間に、大吾はアジジ大尉の手から、MP5をもぎ取った。
「アラン=チェンとジャクマールは、9時方向の林の中を点検と消毒、退避場所の確保。出来次第移動する。他は周囲を警戒」
命令された2人は、ナイフで地面を刺しながら、地雷の有無を確認し始めた。他の隊員は、それぞれの武器を手に消毒が終わるまで通路を見張り、素早く林の中に移動した。
「さて、手短かに真相を話してもらいましょうか」
大吾は、アジジ大尉とマスター・タンを前に、話しを促した。
「俺は何も知らないんだ」
マスター・タンは悲壮な声で言った。
「まあ仕方ないな」アジジ大尉は、アブドゥルが向けるMP5の銃口を睨みながら、口を開いた。「少数民族の調査ってのは、口実だ。そうでもしないと、正規軍が国境を越えるのは難しいからな」
「つまり?」
「今日の作戦は、国境近くに潜服している麻薬密売人の工場の偵察だ。この所、タイからの麻薬、特にスピードなどの新型麻薬の流入が激しい。タイ政府には任せてはおけない。我々の手で始末をつける。その為の情報収集だ」
「何で嘘ついたんだよ?」
アブドゥルが絞り出すように尋ねた。
「政治的問題になる前に片付けてしまいたい、という事だ。」
アジジ大尉はしれっとした顔で言った。
そこへ、ムハマドが近づいて来た。
「奥から、何人か接近して来ます」
「どんな集団か?」
「話しながら接近して来ます。タバコの臭いもします。少なくともプロでは無いようです。」
「よし。展開して身を隠せ。合図があるまで発砲は控えろ」
大吾の指示で、新兵達は素早く展開した。ステアーを装備したファズリンとジャクマールとが左右外側に陣取り、アンブッシュ戦に備える。アジジ大尉とマスター・タンは、大吾のすぐ横で身を隠した。
しばらくして、3人の男達が歩いて来た。一応戦闘服を着てはいるが、明らかに素人である。声高に喋りながら、周囲を警戒する素振りも無い。手には56式自動歩槍を持っている。タイ語で話しているらしく、大吾には理解出来ない。
と、突然マスター・タンが、ブツブツと呟き始めた。
「黙れ!」
大吾は鋭く叱責したが、マスター・タンは止まらなかった。
「そんな馬鹿な!?話しが違うじゃないか!」
マスター・タンはいきなり立ち上がると、大声で喚いた。その横で、アジジ大尉が勢大な舌打ちをした。
男達は、自分達の話しに夢中で、すぐにはマスター・タンには気付かなかったが、彼が茂みをかきわけながら近づいて来るのに気付き、呆然として目を向けた。予想外だったらしく、全く反応出来ていない。
突作に、大吾は二人の右肩を撃ち抜いた。何が起こったか判らないまま、手にした56式を取り落とす。暴挙に出たマスター・タンに、アラン=チェンがタックルを掛けて取り押さえる間に、残りの1人はアブドゥルのMP5の3点バーストで絶命した。
大吾は隠れていた場所から走り出ると、右肩を押さえてのたうち回っている1人を踏みつけた。もう1人はムハマドが確保した。
「おい、英語、解るか?」
大吾が問いかけたが、男は返事をしない。
「お前等は何者だ?ここで何をやっている?」
大吾は構わず英語で続けた。男は相変わらず答えない。
「さっき、歩きながらこいつ等、『本当に情報通りなら、もうそろそろ奴らが来るはずだ』とか喋ってましたよ」
マスター・タンをファズリンに引き渡したアラン=チェンが、近付きながら言った。男はアラン=チェンを睨みつけた。
「なるほど」男の反応を見ながら、大吾は苦笑して言った。「コイツはちゃんと英語が解る、と。で、コイツ等に俺達の情報は筒抜けだった、と」
「あと、『見かけたら、皆殺しにしろ。1人も残すな』と命令されてたらしいです」
アラン=チェンの言葉に、男は更に険しい表情になった。
「ああ。それで『話が違う』って事か」
大吾は呟くと、男から離れた。そこへ、アジジ大尉が近付くと、男を押さえ込んだ。それを見たアラン=チェンは、ちょっと肩をすくめると、大吾の後を追った。
大吾は、座り込んで動かないマスター・タンに近付いた。
「アンタも一緒くたに始末されるとは思ってなかったみたいだな」
「俺は、道案内をしろと言われただけだ。詳しい事は判らん」
「そもそもアンタは何者なんだ?」
大吾はそう問いかけたが、ムハマドの叫び声に遮られた。
「何すんだアンタ!?」
その声に振り向くと、丁度ムハマドがアジジ大尉に振り飛ばされる所だった。アジジ大尉の手には、血まみれのコンバットナイフが握られていた。
アジジ大尉は慣れた動作で、男ののど笛をかき斬った。既に1人目は同じ方法で絶命している。
「動くな!」
大吾は鋭く言うと、MSG90をアジジ大尉に向けた。他の隊員も一勢に銃を向ける。アジジ大尉は、血塗めのナイフを持ったまま手を挙げた。
「今、殺す必要があったのか?」
「悪いが、俺も任務でな」
「俺は気に食わない」大吾は銃を向けたまま言った。「この作戦には、うさん臭い所が多過ぎる。撤退する」
「それは許されない。あくまで目標は、麻薬工場の偵察だ。この工場は、韓国や日本だけじゃなく、最近ではメキシコの麻薬王とも取引をして、勢力を拡大させている、厄介な奴らだ」
アジジ大尉のその言葉に、大吾は一瞬詰まった。日本もマーケットにされている、という所が引っ掛かったのだ。クスリに関しては、少々苦い経験がある。少しでも日本への密売ルートを潰せるのなら、そう悪い話でも無い。ここは、騙されたと判った上で乗ってやろう。
「判った。行こう」
大吾の言葉に、新兵達はお互いに顔を見合わせた。
「俺は、俺の理由で動く。ただ、お前等までこんな作戦に付き合う必要は無い。お前等は、ここから帰れ」
大吾はそう言うと、解散を指示したが、誰も動こうとしない。重ねて命令しようとロを開きかけた大吾を、アブドゥルが止めた。
「そんな水臭い事言うなよ、ダイゴ。ファイザル曹長も言ってたぜ、『無事に“終わらせて”帰って来い』ってな」
他の隊員も無言で頷いた。それを見て、大吾は肩をすくめた。
「どうなるか判らないぜ」
「望むところさ」
ファズリンが笑いながら応じた。
「全くお前等は、大した馬鹿ヤローどもだ。大好きだぜ」
大吾が破顔した。
「同感だね」
アブドゥルも笑った。
「よし、では早速動くぞ。アラン=チェン、ジャクマール、敵の位置と規模を確認、報告。俺達は痕跡を片付けて、後を追う。奴等より先に状況を把握しろ。何よりも情報が重要な戦力だ」
大吾の指示で、分隊は素早く行動を開始した。
大吾達は、麻薬工場の北西側に陣取った。100m程離れた、少し高い位置から目標を観察する。
密林の一部を切り開いて、かなり大がかりな施設が建てられている。敷地周辺は結構高い木で囲まれており、建物の屋根もネットで偽装している。ある程度位置を把握していなければ、上空からの発見は困難だろう。また、外観を一見した限りでは、何の工場かも判らない。
「東側の入口が、唯一の開口部です」アラン=チェンが報告する。「道端は、せいぜい2トントラックが通れる程のものなので、大型の戦闘車両がいる可能性は低いですね」
「番兵が2人立ってます。武装は56式。見た感じ、傭兵崩れってとこですか」ジャクマールが続ける。「敷地内は、作業員が頻繁に行き来しています。15~20名程かと。戦闘員は、門番を含め目視で6名。屋内に何名いるかは不明です」
「ご苦労。先刻の戦闘は気付かれてないか?」
「発砲が最少限だったので、まだ気付かれてはいないようです。トラップが警報がわりだったのでしょう。ただ、斥候が戻っていないので、じきに騒ぎになるでしょう」
そのジャクマールの言葉を裏付けるように、戦闘服の男2人が外から走り込んで来た。何やら言葉を交わすと、戦闘員の動きが慌ただしくなった。
「見つけられたようだな」
大吾はニヤリとしながら言った。先刻の交戦の跡を、あえて判るように中途半端に残しておいたのだ。15人くらい居ると思えるように細工してある。
「本隊が攻撃する前に、俺達の手で痛めつけてやる。どうせ、そういう命令なんだろ?アジジ大尉」
「そうだ」
アジジ大尉はむっつりとして短く答えた。
「よし。2班に分かれて、狭撃を仕掛ける。あまり深追いはしない。戦闘員を黙らせればそれで良い」
大吾がそう指示を出した時、またしてもマスター・タンが暴走した。アジジ大尉を突き飛ばし、工場に向かって走り出したのだ。アジジ大尉は突作に銃を向けたが、大吾はそれを止めた。
「俺は仲間だ!助けてくれ!」マスター・タンは声を限りに叫んだ。「奴らは7人だ!勝てるぞ!」
次の瞬間、3人の56式がフルオート掃射され、マスター・タンは蜂の巣にされて地面に転がった。
「まだ助けて貰えると思ってたのか?」
アブドゥルが肩をすくめた。
そこへ、アラン=チェンの鋭い声が飛んだ。
「正面、RPG7だ!」
「左右に展開!作戦通り!ランチャーから黙らせろ!」
大吾の声に、分隊は素早く2班に分離した。その真ん中に、ロケットランチャーが着弾した。爆風に押されるように、両サイドに広がった2班は左右から突入した。
大吾はアジジ大尉と同班になった。逆時計廻りに移動したので、工場の南側、車両を入れる為の広場方向に出る事になった。RPGはこちら側にいる。広場に停めた古いいすゞの1トントラックをバリケードにして、56式で扇状に弾幕を張っている。
「MP5では分が悪いっす」
ムハマドが大吾に言った。ファズリンのステアーで散発的に応戦するも、とても4挺の56式には敵わない。
「お前もステアーにすればまた戦局は変わっていたはずだ」
アジジ大尉は苛立ちを露にして大吾に噛みついた。
「今回は軍事行動では無いって言い切ったのは、アンタなんだぜ」
大吾に冷たくあしらわれて、アジジ大尉はすぐロを閉じた。
大吾はMSG90を構えると、狙撃の態勢を取った。ファズリンは心得たようにステアーで弾幕を張り、ムハマドもMP5で弾をばら撒いた。
その時、工場北側から、爆発音が聞こえた。手榴弾の重たい衡撃音である。その音に気を取られて、敵の弾幕が途切れた。その隙を衝いて、大吾は引き金を絞った。
弾丸は、トラックの荷台の金属板を、甲高い音を立てて貫通した。
トラックをバリケードに新たなRPGを用意してした男は、今の着弾で狙撃手の意図に気付いた。何事か喚きながら、RPGを捨てて走り出した。
大吾は更に緊張感を高めた。スコープの中で、標的が更にズームアップする感覚があった。
必ず当たる。そんな確信を持って引き金を引いた。今度は見事に給油ロを撃ち抜き、トラックは爆発を起こした。逃げ遅れた2人が吹っ飛ぶ。
「すげえ!さすがダイゴ」
ファズリンが口笛を吹いた。アジジ大尉も、内心その精密射撃に舌を巻いた。しかし態度には出さない。
「今の向こうの爆発は何だ?」
「手榴弾です、アジジ大尉」
「そんな事は判っている、ファズリン」
「アラン=チェンの手柄ですよ」大吾は笑って言った。「装備には無かったですがね。さっきのトラップから拝借したんでしよう」
言いながら、前進を合図した。4人は、トラックの爆発で壊れた有刺鉄線の柵を乗り越え、敷地内に侵入した。武装した連中は、立て直しの為に一時撤退したのだろう。広場には2体の死体しかいない。
そこへ、5人の男が近づいて来た。広場の奥にある建物から出て来たらしい。Tシャツにズボン姿で、2人は上から白衣を着ている。何事か叫んでいる。
「何を言っている?」
「マレ一語です、ダイゴ」ムハマドが言った。「自分達は作業員だ、武器を持った奴らとは無関係だ、と言ってます」
「戦う気が無いなら早く逃げろ、と言ってやれ」
大吾の言葉をムハマドがマレー語で伝えると、5人は安堵の表情を浮かべた。口々に感謝らしき言葉を呟きながら大吾達の横を通って行く。
5人目の白衣の男が、大吾の横を通る時に、英語で小さく呟いた。
「中に、銃を持った男が3人隠れてます」
「そうか。ありがとう」
大吾はそう答えて男から目を離した瞬間、何かの気配を感じた。咄嗟に払ったライフルの銃床に手応えがあった。強化プラスティックの銃床に、巨大な山刀の刃がめり込んでいた。男の振り向きざまの胴への一撃を、辛うじて止めていた。
刃が喰い込んで動きの止まった男の右膝を、大吾は後ろ蹴りで踏み折った。その頭をファズリンのステアーが撃ち抜いた。残りの4人は、アジジ大尉とムハマドのMP5で、反撃前に沈黙させた。もう1人の白衣はソードオフのショットガンを、他はバタフライナイフを持っていた。
「くそ、便衣兵か!」
ファズリンが唾を吐いた。
「コイツらは全員犯罪者どもだ。気を抜くな」
アジジ大尉の言葉に、大吾は黙って頷いた。
嘘か本当かは判らないが、敵が隠れている、という奥の建物を点検する。扉の横に大吾が張り付き、アジジ大尉とムハマドが援護、ファズリンが後方の確保に当たる。大吾はMGSを背中に掛け、手にはグロック17を構えている。
指で3からカウントダウンし、扉を蹴破った。姿勢を低くして中へ入る。素早く3方向を確認する。後ろから入った援護の2人も、同様に確認する。
室内には人影は無い。奥に細長い、厩舎の様な造りで、手前に何かの制御装置と、奥まで続く大きな蒸留施設があるのみである。
「とりあえず、この建物を吹っ飛ばしてやる」
アジジ大尉がそう言って銃を下げた時、奥の大きなプラスティックタンクの上から、男が1人現れた。手にはショットガンを構えている。
「大尉!」
大吾は叫びながらグロックを速射した。タンクに4つ穴が開き、5発目はショットガン男の足を撃ち抜いた。ムハマドとファズリンもフルオートで掃射し、男はタンクの後ろに吹き飛んだ。次の瞬間、机の下からショットガンを撃ち込まれ、アジジ大尉がひっくり返った。上の男は囮だった。
「shit!!」
ムハマドは叫びつつ、ステアーを掃射した。5,56mm高速弾が、周りの家具や壁を貫通したが、手応えは無かった。大吾もグロックで牽制する。その間に、ファズリンがアジジ大尉を制御装置の陰に引きずり込んだ。大吾が傷を見ると、アジジ大尉の右足は、脛の骨が露出している。散弾に、肉をごっそりと削られていた。とりあえず、ロープで大腿のつけ根をきつく縛り、応急の止血をした。
「おい、意識あるか?」
ムハマドが声を掛けた。その声に、アジジ大尉は鋭い目を向けた。
「上官に向かって何て言い草だ」
「意外に元気じゃねえか」
ファズリンが警戒しつつ呟いた。
「さっきの男の言う通りなら、あと2人だが」大吾は小声で呟いた。「当てにはならんな」
「数人分の気配はあります」
ファズリンが報告する。敵の人数が不明なので、迂闊に動けない。屋内もそうだが、外にも敵がいる可能性もある。外から来られたら、挟み撃ちだ。
屋外北側からは、散発的に銃声が聞こえる。アブドゥル達はこちらへ接近して来ているらしいが、それを当てには出来ない。
ファズリンがそっと陰から顔を出して様子を伺おうとしたが、銃撃を受けて、慌てて引っ込んだ。
その時、顔面蒼白のアジジ大尉が、苦しそうに呟いた。
「ヘリのロータ一音だ」
全員が顔を挙げた。敵の援軍なら、それこそ窮地である。大吾は、窓から上空を伺った。みるみるうちに接近したヘリは、マレーシア海軍のOH-6だった。
「敵さん、ヘリの登場に動揺してるようだぜ」
ファズリンの言葉に、大吾は決断した。
「援護頼む!」
そう叫ぶと、扉に突進して外に転がり出た。工場の敷地は、鬱蒼とした木立に覆われているので、ヘリは降りる事は出来ない。しかし、ギリギリまで高度を下げてホバリングをしている。ヘリを見上げると、底面にラッカーで、
「情報は戦力だ」
と、マレ一話で書いてあった。マレー語には堪能ではない大吾も、この言葉だけは覚えていた。瞬時に、パイロットが誰であるか理解した。
大吾はゼスチャーで、建物の中程を攻撃するよう伝えた。ヘリは、尾っぽを振りながら移動していった。主に移動用で武装の無いOH-6でどうするのか、と思って見ていると、おもむろに扉を開けて、そこから手榴弾を5~6個投げ落とした。最初の1個が爆発し、スレートの瓦に穴を開けると、残りの分はその穴から中へ落ち、立て続けに屋根を吹き飛ばした。
大吾のすぐ横に、安普請の扉が吹っ飛ばされて来た。少し後れて、煙と共にアジジ大尉を支えたムハマドとファズリンが出て来る。
「また派出にやってくれたな」
アジジ大尉が苦しい息の下で呟いた。
「手榴弾の爆撃なんざ初めてだ」
ムハマドが肩をすくめた。
「あのヘリは、ファイザル曹長だ」大吾は、笑い顔で言った。「どうして知ったかは分からんが、加勢に来てくれたらしい」
「正に『情報は戦力』だな」
ファズリンが呟いた。
そこへ、建物の外側を廻って、アブドゥル、ジャクマール、アラン=チェンの3人がやって来た。3人とも、大きな外傷はなさそうで、大吾は内心胸をなで下ろした。
「今のヘリは、もしかして?」
アブドゥルが大吾に尋ねた。うすら笑いが顔に張り付いている。
「ああ。曹長だ」
「ヘリで来るとは、やっぱりあの人は凄い」
「BGMは『ワルキューレの騎行』だな」
「イロコイじゃねえけどな」
大吾とアブドゥルがそんな事を言っている間に、爆撃から発生した火災が工場を呑み込み始めた。
「RPGの奴は?」
アラン=チェンが誰にともなく尋ねた。
「判らん。この建物の奧に逃げ込んだが、お前らと鉢合わせなかった所を見ると、脱出したのかもな」
大吾は肩をすくめた。
「強敵だった」
「二度と遭いたくない奴だな」
アブドゥルとムハマドもロを揃えた。
「まあ、奴の事は、この際放っておこう。俺達は不本意ながら、仕事は果たしたはずだ。」大吾はきっぱりと言った。「後は、軍本隊かタイ警察か、その辺のお仕事だ。撤退する」
「入口側に、大型ジープがあります。俺は壊さずに置いときましたよ」
ジャクマールが笑いながら報告した。
「さすが、抜け目ないな」大吾も笑った。「よし、ではそいつを拝借して帰ろう」
ワン・クリアンヘは、30分程で帰って来た。ジープが麻薬工場のものだと知っている町の住人達は、あからさまに嫌悪の表情を見せたが、朝見掛けた新兵達が降りて来るのを見て、すぐに興味を失った。店先のテーブルで食事をしたり、普段通りである。
「戦闘の音も、ここまでは聞こえていなかったようですな」
周りを見渡して、アブドゥルが言った。
「とりあえず医者だ。アジジ大尉の傷を何とかしないとな」
大吾はジープをのぞき込みながら言った。ジャクマールとアラン=チェンが、衛生局に担架を取りに走った。
他の隊員も、戦闘地域を脱した安心感でぐったりとしている。
そこへ、2台のオフロードバイクが突っ込んで来た。町の外へ向かう道を塞ぐように単車を乗りすてる。1人はトカレフを持ち、もう1人はRPGを肩に掛けている。周りの連中は、その姿を見て慌ててその場を逃げ出した。大吾に近い店先で食事をしていた、日系人とブロンド美女の夫婦連れだけが残っていた。
「クソッ、追っ掛けてきやがったのか!」
アブドゥルが舌打ちした。銃はジープの中である。
大吾はグロックを引き抜いた。
「そこの2人、逃げろ!」
大吾は叫んだ。銃をトカレフ男に向けつつ、目はRPGの男から離さない。
「このガキ共が!舐められたままじゃ済まさねぇぜ!」
男はわめくと、肩からRPGを下ろした。ここであんな物をぶっ放されたら、被害は自分達ばかりでは済まなくなる。しかし、RPGを撃てば、自分はトカレフに撃たれてしまう。大吾は決断を迫られた。
そこで、ふと大吾の唇の端に笑みが浮かんだ。
あんたなら、こうするんだろうな、桐生さん。
大吾は、腹を括った。グロックを両手で保持して、RPGにピタリとつける。
「何だキサマ、俺と勝負しようってのか?」
男はそう言いながら、RPGを構えた。
「ジャネット」
「はい、豪士」
日系人に声を掛けられて、ブロンド美女が返事をした。次の瞬間、豪士がテーブルをひっくり返した。同時に、ジャネットが手にしたジョッキを武装した男達に飛げつけた。ジョッキは結構飛び、男達の近くで割れた。
銃声のような甲高い音に、武装した2人の目が、一瞬そのジョッキを追う。
その刹那の隙に、トカレフ男が右肩を撃ち抜かれて、銃を取り落とした。豪士の手には、魔法のようにガバメントが握られていた。
「なっ?」
RPGが先ず豪士を、次いで大吾を見た。その眉間の真ん中を、大吾のグロックが撃ち抜いた。男はRPGを取り落として、棒の様に倒れた。
「お見事」
豪士はそう言うと、トカレフ男に近付いて、痛がるのも構わずひっくり返して後ろ手に縛り上げた。
大吾は、ずっと詰めていた息を勢大に吐き出した。
「あなた、凄いわね」ジャネットが、微笑みながら言った。「この男と、正面からやり合って、勝っちゃうなんてね」
「こいつは、カリフと呼ばれている」豪士が言葉を継いだ。「本名は不明だが、ジェマ・イスラミアの中でも凶暴な事で有名でな、『マレーの狂犬』の二つ名で、CIAにもマークされている、大物だ」
「そんな事より、助かりました」大吾は深々と頭を下げた。「あなたのお陰で、俺はそいつを倒すことが出来ました。ありがとうございます」
そんな大吾を見て、豪士は笑った。
「あんた、リーダーの器があるな」
「えっ?」
「俺は、もしあんたがカリフを撃たなかったら、逃げるつもりだったぜ」
「あなた、ランチャーを使われたら、どうなるかを考えたんでしょ?」
ジャネットにそう言われて、思わず桐生の顔が浮かんだ。
「ま、とにかく生き残ったんだ。日本に帰ったら、仕事を全うしな。俺は、ジェド=豪士。こっちは妻のジャネット。ここで民間軍事支援会社をやっている。来てくれたら、いつでも歓迎するぜ」
屈託無くそう言う豪士の手を、大吾は強く握った。
疲労困憊して翌日の昼まで泥のように眠り込んだ後、PASCALが救援に来るまで負傷者と他の隊員を国境警備兵に預け、大吾はファイザル曹長と共にムルットに取って返した。
曹長やアジジ大尉、マスター・タンの話を総合してみると、どうやら今回の作戦は、軍の総意では無いらしい。上層部の誰かの、個人的な企みの様である。アジジ大尉ですら、事実は知らない、ただの駒であった。
もしそうであれば、なおさら腹出たしい。何だか判らない理由で、命令として無理矢理出動させられた上、命の危険にさらされたのである。主謀者ははっきりしている。アジジ大尉に任命書を渡したラドゥワン=ビン=ムハマド中佐であろう。もう既に大吾の頭の中では、軍隊組織という枠組みは消し飛んでいた。大事な仲間に無茶をさせた張本人をぶっ飛ばす、ただそれだけを考えていた。
ムルットへ到着すると、ー直線に司令本部棟へ踏み込んだ。目指すムハマド中佐のオフィスは、その3階にある。
ドアの前まで来ると、室内から激しくやり取りする声が聞こえて来た。大吾は、構わず室内に入った。そこは、だだっ広い執務室で、無駄にでかいデスクの前に、無駄に豪華な応接セットが鎮座している。そこに、三人の男がいた。一人は地味なスーツの日系人、もう一人はムハマド中佐、そしてもう一人は中途半端な長さの髪を後ろで束ねたやさぐれマレー人だった。
「あ、貴様ハッサン!」
後から入って来たファイザル曹長が、やさぐれ男を見とがめた。ハッサンは、ムルットの基地に使い物にならない海水濾過装置を売り付けた事で、海軍からマークされているヤクザ者であり、ゴールデントライアングルとの繋がりも懸念されていた。
ハッサンは、そんなファイザル曹長を無視して、日系人に食ってかかった。
「そんな事より、保険金が出ないってのは、どういう事なんだよ、キートンさんよお」
「ですから、先程も申し上げた通りで」キートンと呼ばれた男が答えた。「今だ死亡が確定していない方の生命保険を払う事はありません。それに、そもそも私がここに来たのは、そのマスター・タンの経歴にアンダーライターが疑問を持った事が原因なんですから」
「ロイズは、きっちり払ってくれるって言うから、保険を掛けたんじゃないか。それを何だ今さら」
「ロイズはきっちり払う分、審査も厳重なんです」
キートンはきっぱりと言った。穏やかな見た目に寄らず、態度はしっかりしている。
「ふざけるな!」思わず大吾は怒鳴っていた。「何が保険金だ。そんな物の為に、俺達は命を落としかけたってのか?」
「騒々しい奴だな」ムハマド中佐が、苛立ちも露わに囗を開いた。「ダイゴ軍曹、ここはお前の出る幕ではない。引っ込んでろ」
「うるせえこの豚野郎。お前のふざけた命令のせいで、アジジ大尉も大外傷をしたんだ」
「そもそも貴様ら、なぜ生きて帰って来やがったんだ」
ハッサンが忌々しげに言った。
「今の言葉は聞き捨てなりませんね」キートンが鋭く言った。「彼らが死ぬ事が前提での作戦だったって事ですよね?」
「狂犬が目障りだったのは確かだ。奴らは我々を軽視し過ぎた。制裁を受けて当然だ」
ムハマド中佐は憎々しげに呟くと、葉巻に火を付けた。
「それはつまり、賄賂が足りないから制裁を加えた、と解釈して良ろしいですか」
ファイザル曹長の言葉に、ムハマド中佐は悪びれずに笑った。
「まあ、そういう事だ」
「奴らは、勝手にやり過ぎた。カルテルの一角すら脅かす程にな」
ハッサンが、ソファーに深く座り込みながら、呟いた。
「麻薬のブローカーが、仲間割れの上、居直りかい」
ファイザル曹長が鼻で笑った。
「うるせえ。狂犬が好き勝手にしやがって、メキシコのルートを独自に太くしやがったんだ。本部の上前はねる位にな」
「で、お前も商売上がったりって事か」
「そうよ、ダイゴさんとやら。この世界でも、成績が悪いと切られちまうからな。だが、武装ではとてもやつらにゃ敵わねえ」
「で、俺達を利用する事を考えたって訳か」
「ああ。新人部隊をひとつダメにするんだ。それなりの補償はさせて貰ったぜ」
ハッサンは、中佐にチラリと目を遣った。中佐は、小さく肩をすくめた。
「まあ、そういった訳でな、お前らには消えて…」
言いかけたハッサンの顔面を、ファイザル曹長の重い軍靴が蹴り抜いた。ハッサンはソファーごと後ろに吹っ飛んだ。その手にはM9が握られていた。
「くっ!」
慌てて立ち上がったハッサンの眉間に、ファイザル曹長はグロックを撃ち込んだ。壁にズラリと並んだ中佐の勲章に、ハッサンの脳漿が飛び散った。
「貴様!」
ムハマド中佐は立ち上がりざまに腰のSIG226を引き抜いた。しかし、キートンの早業で、手から銃を叩き落とされた。
大吾はムハマド中佐の前に立つと、右フックをフルスイングで叩き込んだ。中佐は一回転してテーブルの上に倒れると、そのままゴロリと床に転がった。大吾は、放心状態でうつ伏せになったままの中佐の体を引っ操り返すと、その上に跨がり、無言で顔面を殴り始めた。弱々しく抵抗しようとする腕を振り払い、右、左と殴り続けた。
中佐の顔が完全に変形したところを見はからって、キートンが大吾の腕を止めた。
「もういいでしょう。死んでしまいますよ」
「死んでしまえば良いんだ」
「この国で、悪徳とはいえ軍人、しかも高官を手にかけるのは、得策ではありません」キートンは穏やかに諭した。「彼の悪事は、私がロイズを通してマレーシア国防省に報告しておきます。あなたはここら辺で、手を引いて下さい」
「あんた一体、何者だ?」
ファイザル曹長がキートンに尋ねた。銃にも死体にも動じない様子をいぶかったのだ。
「私は、ロイズのオプ(調査員)の、平賀=キートン=太一です。あなたの事は、柘植くんから聞いてますよ、大吾さん」
×
「結局、俺は体よく除隊され、帰国する事になり、その一ヶ月後には、マレーシア陸軍があの工場に踏み込んで、完全に殲滅したそうです」
大吾はそう言って話を締めくくった。大吾と真島は、売店から出て、ショッ卜ガンを手に神室ヒルズ内の見回りをしていた。
「はあ、そう言やあ、あの頃、南米からの密売ルートが激減して、韓国からの分が医療関係に紛れてメッチャ増えた、ちゅうんは聞いたことあったけどなあ。その裏にはそんな事があったんかいなー。ほぉか一、なかなか波乱万丈やったんやなぁ。」そこまで言って、真島は溜息をついた。「そやけど、あかんで、六代目。ダメダメや」
「な、何がですか?」
「その喋り方や。それじゃあ、ゾンビは出て来てくれへんでぇ?」
二人は、神室町ヒルズに入り込んだゾンビを狩り出すための「バカップル囮作戦」の真っ際中であった。
大吾は、女装した大きな体を小さく縮めた。
「な、何を言ってるのよ、真島さん」
「そうそう、それやそれ。何やわしむっちゃ興奮して来たでえ」
「いや、やめて」
神室町は、今だ予断を許さない状況であった。
終 わ り
20141103
※註
グロック17 オーストリアのグロック社製のオートマチック拳銃。9mmパラベラム弾使用。フレーム、トリガーとその周辺機構、弾倉外側がプラスチック製。
フィールドストリップ 野外解体。戦場で、銃器等の性能維持の為、解体して洗浄や修理を行う事。
『情報は重要な戦力だ』 相方の少説より拝借。
ハートマン軍曹 スタンリー=キューブリック監督の『フルメタル・ジャケット』に登場する鬼軍曹。ベトナム戦争初参戦の新兵を、人格破壊させ、戦闘機械に仕立てる為、10分以上延々と罵倒し続けるシーンが有名。
H&KMP5 ヘッケラー&コッホ社製の短機関銃。口径9mm。1960年代から生産され続けているベストセラー。クローズドボルト撃発とローラーロッキング機構を取り入れ、フルオートでもコントロールし易いのが特徴。1977年、ルフトハンザ航空181便ハイジャック事件で、GSG-9が使用して一躍有名になった。世界中の軍隊や警察に配備されている。
ステアーAUG オーストリアのシュタイアー・マンリヒャー社が、自国軍向けに開発したアサルトライフル。口径5,56mm。ブルパップ方式、強化プラスティックグリップ、銃床一体ボディ、そして独特の近未来的デザインが特徴。軽量で、部品交換による多用途使用が可能。
H&KMSG90 ヘッケラー&コッホ社の狙撃用セミオートマティックライフル。口径7,62mn。同社のPSG1を、軍用に重量を軽減したモデル。湾岸戦争でデルタフォース、グリーンベレー等で採用された。日本の海上自衛隊の特殊部隊である特別警備隊(SBU)でも導入されている。
点検と消毒 岡田准一主演『SP』で、現場を確認して、危険を排除する事を言う。軍隊でも同様の言い方をするかは未確認(笑)。
56式自動歩槍 ソ連のAK-47Ⅲ型の中国ライセンス生産版。口径7,62mm。折りたたみ式のバヨネット(銃剣)が装備されている。
RPG7 ソ連製のロケットランチャー。砲弾直径80mm。有効射程500m。世界最高水準の対戦車ミサイル兵器。
便衣兵 ゲリラ兵の事。民間人を戦闘に巻き込む、として捕虜として保護されない。主に、1937(昭和12)年、日中戦争の際、南京で中国軍が用いた際の呼称。
ワルキューレの騎行 ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指輪』の、第一夜楽劇「ワルキューレ」の第三幕の前奏曲。フランシス=フォード=コッポラ監督の『地獄の黙示録』の中で、へリ攻撃のシーンで印象的に使用される。
イロコイ UHー1ヒューイの名で知られる、アメリカ陸軍のベトナム戦争頃の主力ヘリ。現在も現役。
ガバメント コルト社製のオート・ピストル。.45ロ径。開発された1911年から基本設計が変わっていない、名銃中の名銃。
ジェマ・イスラミア マレーシアを拠点とする、イムラム主義のテロ組織。元アフガン義勇兵が中核メンバー。「イスラームの会衆」という意味。通称JI。
ジェド=豪士 『パイナップルARMY』(工藤かずや作・浦沢直樹画)の主人公。元傭兵。
M9 イタリア、べレッタ社のM92のアメリカライセンス版。ガバメントの後継として選ばれた米陸軍の制式採用銃ではあるが、故障しやすい欠点も持つ。口径9mm。
SIG226 スイスのSIGザウアー社製のオートマチックピストル。ロ径9mm。その頑強さから、世界中の軍や警察に採用されている。
ロイズ イギリス・ロンドンに本拠を持つ、300年の歴史を誇る世界最大の保険機講。
平賀=キートン=太一 『MASTERキートン』(勝鹿北星作・浦沢直樹画)の主人公。元SAS。
参考文献
『戦闘マニュアル』株式会社ホビージャパン刊 1990年6月30日発行
『地球の歩き方 '13~'14 マレーシア ブルネイ』ダイヤモンド・ビッグ社刊
『決定版世界の特殊部隊100』白石光著 学研パブリッシング刊 2012年12月25日発行
『SAS特殊部隊 図解敵地サバイバルマニュアル』クリス=マクナブ著 北和丈監訳 原書房刊 2013年8月25日発行
『ミリタリーイラストレイテッド2 最新米軍サバイバルマニュアル』ワールドフォトプレス編 光文社刊
私の中では、大吾の昔話二編と、もうー作品で「OF THE END三部作」と呼んでいます。近日発表、出来たらいいなあ、と思っています。