龍が如く クロスオーバーシリーズ   作:宝蔵院 胤舜

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作品的には、「昔話~堂島大吾の場合」「昔話~大吾従軍記録~」 のスピンオフ?
「OF THE END」三部作とでもしておきましょうか。

「空飛ぶ広報室」とのクロスオーバーです。

東日本大震災の描写がありますので、ご注意下さい。

がんばれ日本。

浅木美涼三曹が主人公です。


第五話 SIDE STORY ~ 美涼の覚悟

SIDE STORY 美涼の覚悟

 

 

「泣くなら、後だ」

桐生一馬にそう言われて、浅木美涼はパニックに陥りそうになった心を落ち着ける事が出来た。

神室町ヒルズの売店で出くわしたゾンビは、美涼の同僚の自衛官達だった。国民を守る為に出動した彼らが、国民に文字通り牙を剥いて襲い掛かる。それは、ゾンビとなってしまった彼らにとっても、全く不本意であるはずだ。それを想うと、一度下ろした銃をもう一度構え直した。

彼らの無念を断ち切ってやる。

 

X

 

 

陸上自衛隊朝霞駐屯地第1師団第1施設大隊に所属する、浅木美涼三曹が、陸幕広報室長である小野塚貴之一佐たっての依頼で、広報誌「ARMY」の企画に協力する事が決まったのは、平成23年(2011)2月の下旬の事であった。

「美しすぎる陸自隊員」と一部マニアの間では有名な浅木は、これまでも何度か陸幕広報室からの取材を受けた事がある。現広報室長が同じ施設大隊出身の叔父という事もあり、何かと懇意にしてもらって(都合良く駆り出されて)いた。

小野塚広報室長には、大きな黒星がある。それは、新人アイドルグループ「セラフィン」のPV撮影の協力依頼の際に、内局の許可が得られず、協力を断念した事である。

その時、空幕広報室がその企画を引き取り、上手く膨らませて、見事な仕事をした。その時中心になって動いたのは、空井という二尉だという噂を聞いている。

人呼んで「詐欺師鷺坂」こと鷺坂一佐室長率いる空幕広報室は、現室長の就任以来、自覚ましい成果を挙げている。陸自としても、負けてはいられない。幸いにも、陸自は「浅木美涼」という上玉(!)を擁している。先ずは自らの広報誌で、失点を取り返す。

と、いう事で、浅木に白羽の矢が立った、という訳である。

 

「で、室長、何故私が行かなくてはいけないんですか?」

東京都千代田区市ケ谷の、防衛省内にある陸幕広報室の室長執務室で浅木はもっともな疑問を口にした。

「まあ、そこはサプライズという奴で」

小野塚室長は屈託無く笑って言った。

「広報室の人達にとっては、十分サプライズでしょうとも」

浅木は肩をすくめた。見ると、室長も肩をすくめている。

「良くご存知の事と思ますが、私の所属は施設大隊ですよ」浅木は室長に食って掛かった。「他の広報官にも失礼じゃないですか」

「勿論、広報官は同行させる」

「ああ、そりゃあ流石にそうでしょうね」

「君は、モデルという事で同行してもらう。だから、実務は広報官に任せておけば良い」

「当たり前です。でも、何で空自の基地なんですか?」

「自衛隊の垣根を越えたコラボ、面白いだろ?」

「面白いのは室長だけじゃないんですか?」

浅木にそう突っ込まれても、室長は満面の笑顔で受け流した。

「それに」浅木は仕方なく、別方向から突っ込む。「何で松島基地なんですか?空自の基地なら、何も仙台まで行かなくても、入間とか、百里とか、静浜とか、近場があるじゃないですか」

「良いだろ、仙台。風光明媚だし、食い物も美味いぞ」

「やたら遠くないですか?」

「まる1日ハンガーを借りる事が出来るのが、ここだったんだ」

「どういう事ですか?」

「何でも、ブルーインパルスが九州新幹線の開通イベントで展示飛行をするらしくてな、ハンガーが空いているらしいんだ」

「それって」浅木は身を乗り出した。「松島基地の最大の売りが無いって事ですよね?」

「そのお陰でハンガーが……」

「はいはい、判りました」

結局 、浅木が根負けした。

「松島基地の広報班長の大泉くんは、俺の工科学校時代の後輩だから、良くしてくれるだろう」

「そうですか。ありがとうございます」

「丁度、その日には空幕広報室の空井二尉も松島基地にいるらしいから、何かと協力してくれるだろう」

「至れり尽くせりで、恐れ入ります」

浅木は嫌味たっぷりに礼を言った。

 

3月10日に、浅木と陸幕広報室の鈴木馨二尉は、東北新幹線で仙台へ移動し、先ず多賀城駐屯地に顔を出した。そこで國友昭駐屯地司令に挨拶に行くと、何と小野塚広報室長の幹部候補生学校時代の先輩だ、という。

こういう場合、必ず宴会になる。結局、駐屯地の幹部クラスとの呑み会に参加するハメになってしまった。しかも、何度か『ARMY』にモデルとしてグラビアが出ているので、陸自幹部には完全に面が割れている、という事もあり、非常にやりづらかった。

ただ、浅木は実は相当なうわばみであり、最後まで潰れずに酒をあおり続け、結局全員分のタクシーを手配する所まで世話をする事になった。

 

翌日、3月11日は、雪が降ったり止んだりの少々どんよりとした天気であった。浅木は宿酔ぎみな鈴木から車のキーを奪うと、一路松島基地へと向かった。

融雪剤でぬかるみの様になっている(と浅木は感じた)道路に苦戦しつつ、何とか松島基地にたどり着いた時には、約束の10時を少々過ぎていた。

松島基地広報班長の大泉裕人三佐は、愛嬌のある口ひげを撫で付けながら、根気良く待ってくれていた。

「陸幕広報室の鈴木馨二尉です。遅くなりまして、申し訳ありません」

「陸上自衛隊朝霞駐屯地第1師団第1施設大隊の浅木美涼三曹です。よろしくお願いいたします」

「ん-、何か新鮮だね、その制服。空自の紺色って、ちよっと暗いしね」

大泉三佐は、浅木のオリーブドラブの制服に対して、目を細めてそんな言葉を発した。

「班長じゃなかったら、セクハラ発言ですよね」

大泉の横に立つ若い二尉が、笑いながら言った。自衛官としては、少々髪が長い。

「ああ、彼が空幕広報室の空井二尉。午後からはうちの広報官と約束があるんだが、それまでは同行してもらうよう、先輩から強く頼まれてるんで、よろしく、空井二尉」

先輩とは、小野塚広報室長である。

 

松島基地の広報官が午前中は外出している、という事もあり、自然と空井が案内をする形となった。

彼は、元F―15のパイロットで、ブルーインパルスに乗るはずだったのだが、不慮の事故でP免(パイロット免許剥奪)となり、今は広報官として勤務しているらしい。

「え、浅木三曹は広報官じゃないんですか?」

「はい。あくまでお手伝いです。陸幕広報室長に無理矢理……」

「え、陸幕広報室長って、小野塚ー佐ですよね。そんな感じには見えないですけど」

「ああ見えて、結構くだけてる、というか、人懐こい、というか」鈴木が笑いながら言った。「悪く言えば、うっと-しい感じです」

「まあ、うちの鷺坂室長もそんな感じか。広報室長って、そんなキャラじゃないとやってられないんでしょうかね」

空井はそう呟いて、肩をすくめた。その姿を見て、浅木は思わず笑ってしまった。

「変に押しの強い所とか、どこの営業マンかって感じですもんね」

「えっ?小野塚室長もそんな感じなんですか」

「そうですね」鈴木も笑って言った。「恐れながら『詐欺師鷺坂』に負けてませんよ」

話しながら、三人はブルーインパルスのハンガーまでやって来た。

「今日は、こちらを使って下さい。」空井は複雑な笑顔で言った。「明日、九州で展示飛行があるので、ブルーの機体は、予備機1機だけですが」

他のハンガーと明確に違う、青と白に塗り分けられたそこには、誇らしく「The Blue Impulse」の文字が揚げられていた。午後にかけても天候は思わしくない、という事で、中央あたりだけ扉が開けられている。思わず駆け寄って中を覗き込んだ浅木は、目を輝かせた。

「あった!ブルーインパルス!!」

一機も無いと思っていたので、逆に裏切られた。横幅の広いハンガーの隅に、青と白の小ぶりな機体がちょこんと居座っている。

「T-4練習機のブルーインパルス仕様で、通称<ドルフィン>です」

「なるほど、ドルフィン。かわいい!」

先程までの自衛官的態度を忘れて、いち女子に戻ってはしゃぐ浅木を、空井は眩しそうに見つめた。

「浅木三曹、そろそろ撮影始めるよ」

鈴木にそう言われて、浅木はようやく我に返った。

「あ、すいません、ついテンションが上がっちゃって」

「まあ、気持ちは判るよ」鈴木は笑って言った。「俺達自衛官って、装備を見たら、血が騒ぐよな」

「あ、それ、僕も判ります」

空井も合わせてそう答えた時、彼のスマホが鳴った。すいません、と呟きつつ空井は背中を向けて電話に出た。

ややあって戻って来た空井に、浅木は満面のにやけ顔を向けた。

「今の電話、彼女からですか?」

「えっ?」

空井は、質問の意味が判らず、間の抜けた返事をした。

「だって、『今日来られちゃったら、僕が稲葉さんに逢えないじゃないですか』って、何だか尋常じゃない感じでしたよ」

そう言われて、一拍置いてから空井は真っ赤になった。

「い、いいいいやいやいやいや。別にそんな彼女とかそんなんじゃなく!帝都テレビのディレクターで、空幕広報室に密着取材しててですね」

「はいはい、判りました」

うろたえる空井を軽くあしらった浅木だったが、ふと何かに気付いて動きを止めた。

「ん?どうした浅木」

鈴木が調整を兼ねてハンガー内を撮影していた手を止めて、声を掛けた。

「ん、何か揺れたような……」

浅木がそう口にした直後、ハンガーが軋み音を発した。足元が小刻みに、次いで大きく揺れた。

少しあって、 空井と浅木のスマホに緊急ニュースが入った。見ると、午前11時45分頃、牡鹿半島沖を震源とする地震で、この辺りは震度5弱とあった。津波注意報も出ている。

「結構揺れたな」

倒れそうになった三脚を押さえたまま、鈴木が言った。彼はガラケーなので、速報が入っていない。

「何とか収まったようですね」空井はそう言うと、改めて時計を覗き込んだ。「あ、すいません、僕、こちらの広報官と約束がありますから、お先に失礼します」

空井はそそくさと席を外した。浅木にこれ以上突っ込まれるのを恐れているらしい。

「さて、一仕事済ませて、昼飯にしよう」

鈴木がカメラを構えて言った。

 

「あ、しまった」

迷彩服に着換えた浅木の撮影を終えたところで、鈴木が困ったような声を上げた。

「どうしたんです?」

「アレ、忘れたみたいだ。ロゴの看板」

「ああ、アレですか」

アレとは、小野塚室長が作った自慢の逸品で、プラスチック製のボードで、「守りたい人がいる 陸上自衛隊」のロゴとマークが入っている。室長からの厳命で、グラビアモデルに必ず持たせる事になっている。浅木も過去に何回か持った事がある。

「アレ、無いと怒るでしょうね」

「取りに行って来るよ。周りの風景も撮っておきたいしね。まあ、駐屯地との往復で1時間半くらいだから、浅木くんはご飯でも食べて、基地内を散策していてくれ」

「了解しました」

浅木の敬礼に見送られ鈴木は基地を出ていった。時計を見ると、午後2時になるところであった。

浅木は、PXの食堂でオムドライカレーライスを食べた。かかっているソースはデミグラスではなくカレー、中のご飯もチキンライスではなくドライカレーで、ボリュームもあって美味しかった。

外は雪が強くなって来ていた。食事を始めてすぐ、午後2時過ぎにT-4が一機飛び立った。が、暫くして帰って来た。

「あれは、天候を確認しに行っていたんですよ」

滑走路を走るT-4を何とはなしに眺めていた浅木は、後ろから声を掛けられて飛び上がった。

「残念ながら、回復の兆しはないので、今日の訓練は中止です」

「大泉班長!」

「空井くんも仕事してるし、何だか退屈で」

「お仕事はいいんですか?」

「まあ、君はお客さんだし、これも仕事のうちさ」

その答えを聞いて、広報のトップの幹部は皆同じなのだ、という事実に気付いた。

「おーい、片ケ瀬三佐、ちょっと来てくれ」

その広報のトップは、浅木の気持ちはお構いなしに、近くにいた隊員に声を掛けた。

「浅木くん、こちらは我が松島基地が誇る救難団のヘリ機長の片ケ瀬くん。面白いから、話しを聞くといいよ」

大泉はそう言うと、とっとと何処かへ行ってしまった。

「どうも、今日は、片ケ瀬です。『美人すぎる陸上自衛官』さんですよね?」

「まあ、不本意ながら」

「浅木三曹、ここにサインしてくれませんか?」

片ケ瀬は、そう言って上着を脱いだ。マッチョな白いTシャツを前に、浅木は困って引きつった笑いを浮かべた。

浅木が何とかサインを書き上げた所に、片ケ瀬と同じツナギを着た隊員が近付いて来た。

「片ケ瀬三佐、あんまり浅木三曹を困らすなよ。」

「あ、佐々野隊長」

佐々野真ニ佐は、松島救難団の隊長である。口ヒゲの感じが広報の大泉班長に似ている。

「隊長、航空救難団って、『最後の砦』って呼ばれているんですよね」

浅木の問いに、佐々野は大きく頷いた。

「航空救難団は、主に墜落遭難した航空機の捜索とパイロットの救出を主任務としているんだが、航空機が墜落するって、苛酷な状況な事が多いんだ。そんな事案に対応する為、航空救難団の訓練の厳しさは自衛隊随一と言われているんだ」

「ヘえ、凄いんですね」

「でもねえ、今日みたいな天候だと、やはり様子を見ないと、我々まで遭難しかねないからな」

「そうですよね」

PXの窓から見える滑走路は、徐々に強くなる雪に煙っていた。結局この日飛ぶ事の無かった訓練用のF-2が整然と並んでいるのが見える。その手前は救難団の詰所とハンガーで、滑走路上にはU-125AとUH-60Jが並んでいる。

その時、浅木はまた何かを感じた。

それは、昼頃にあった地震の時と同じで、しかも今回は恐怖すら覚える程の「予感」であった。

その直後、皆のスマホが一斉に鳴った。緊急地震速報である。食堂の壁際のテレビの画面にも、赤い文字が点滅している。

直ぐに、建物が軋み始めた。結構長く揺れているので、これで終わるのか、と思った瞬間、凄まじい揺れに突き上げられた。浅木はたまらず尻餅をついた。少し揺れが収まったところで、佐々野は浅木を助け起こすと、まだ揺れている床を蹴って、外へ飛び出した。浅木も、片ケ瀬に続いて外へ走り出た。

外へ出て、UH-60Jに近付こうとした彼等を、第2波が襲った。腰を落として踏ん張らないと、転んでしまいそうな揺れである。目の前で、ヘリが大きく揺れていた。回転翼の先端が、揺れに合わせて地面に接触している。横のU-125Aの固定翼も、地面に触れんばかりにしなっている。

「あれじゃあ、安全点検に時間が掛かるな」

佐々野が呟いた。通常、航空機が待機状態から離陸するまでには、点検などを含めて30分は必要である。しかも、この激震により、滑走路や機体にどれだけ影響が出ているか判らない。

「長いな」

片ケ瀬が思わず時計を覗き込んだ。第2波が来てから3分以上経っているが、まだ揺れは収まらない。滑走路上の機体も今だにてんでバラバラに揺れている。

7~8分程して、ようやく揺れは収まったが、まだ揺れているような錯覚がある。浅木は、気持ちを切り替える為に、自分の頬を両掌で叩いた。そのうちに、救護団の隊員がヘリの前に集合した。全員揃っている。

「揃ってるな」佐々野は全員を見渡した。「今の揺れだ。恐らく大きな被害が出ているはずだ。救助が必要な状況もあるだろう。装備を点検して、すぐ上がれるように準備しろ」

「はい!」

救難団の隊員達は、直ぐさま行動に移った。が、その直後、耳をつんざくサイレンの音が響き渡った。長く、何度も繰り返される。そして、役場の広報車の声と基地内放送とがほぼ同時に聞こえて来た。

「ただ今、大津波警報が発令されました。想定到達時間は15分後です。直ちに高台に避難して下さい」

「全隊員に告ぐ。大津波警報が発令された。直ちに退避せよ」

基地内放送は、杉山基地司令の命令であった。震災を想定した訓練でも、アラート待機でなければ、緊急出動(離陸)にはやはり30分は掛かる。本来は、大津波警報が発令された場合、航空機は離陸する規定になっている。ただ、その直前の揺れが大きすぎた。安全確認に時間が掛かりすぎる、との判断だった。

佐々野の判断も早かった。

「よし、全員退避だ。何人か、倉庫へ走ってレスキューキットを持って退避しろ。いつ必要になるか判らんからな」

 

浅木が佐々野達と退避した宿舎の三階には、既に大勢の自衛官がひしめいていた。

この中で最も階級が高い佐々野が、自然と中心になって、今後の対策の検討に入った。

「とにかく、この揺れだ。しかも、大津波警報と来た。間違い無く大災害が起こっているハズだ。取り敢えず、この津波警報をやり過ごして、動けるようになったら、迅速に活動を開始する。いいな!」

「ハイッ!」

隊員達は、快活に返事をした。志気は今だ高い。

早速、救助計画が立てられた。阪神淡路や北陸の震災で、建築物の崩落からの救出に関しては、かなりのノウハウ蓄積されている。ヘリを移動の中心にした作戦が立てられていた。

そこへ、屋上に出て様子を見ていた者からの報告が入った。

「もの凄い津波が接近中です!」

「何だと?」

その報告を聞くなり、佐々野は作戦室にしていた部屋を飛び出した。浅木も、続いて走り出した。

屋上には、顔色を失った空井の姿もあった。

「おう、空井、どんな状況だ?」

そう問うた佐々野に対して、空井は無言で海の方向を指差した。

「どこ?」

強さを増した雪をすかして佐々野が言った。

「あの田んぼ全部です」

救難団の一人が衝撃に揺れる声で言った。

見ると、海岸線の松並木をなぎ倒し、濁った水煙が押し寄せていた。

基地のすぐ横の道路には、津波が近付いている事にまだ気付いていない一般人達が、歩いて避難していた。

「逃げろ一!津波が来てるぞー!」

「走れー!」

屋上の隊員達は、声を限りに叫んだ。その声が届いたのか、彼らは一目散に走り出した。その彼らの安否も判らないまま、午後3時54分、津波が松島基地に到達した。

真っ黒な水が駐車場に流れ込み、みるみるうちに水かさが増した。駐めてあった車が次々と流され、ぶつかり合ってスクラップと化して行く。

心臓が凍りつくような不安を感じて、浅木は隣の棟の屋上へ走った。既にそこに来て、棒立ちになっている空井の横に並んだ時、浅木は胸を衝かれて立ちすくんだ。

そこから見渡せる滑走路にも、黒い濁流が押し寄せて来ており、整然と並んでいたF-2が無残にも押し流されていた。機体同士がぶつかり合い、またハンガーの扉にぶち当たり、次々と破損していく。

その光景を見下ろしながら、空井が悔しそうに呟いた。

「ハンガーの扉を、閉めようとしたんです。せめて、少しでも被害を減らしたいと。でも、レールが歪んで、扉はびくともしませんでした」

浅木は、言葉もなくその光景を見つめた。

津波は、ハンガーの中にも流れ込み、基地にある全てのものを呑み込んだ。UH-60J救難ヘリも例外ではなく、押し流されて破損していた。

間もなく電源が海水に浸かり、基地の全ての電力が落ちた。外部との連絡手段は、救難団が突作に持ち出した無線機のみであった。

「俺は悲しい」佐々野が唇を噛みしめた。「これほど無力感を味わった事はない。だが、これで終わりじゃない。むしろ、これからが本当の正念場だ」

皆、声もなく頷いた。

「水が引いたら、すぐに救助に出るぞ。我々の到着を待っている人達がきっといるはずだ」

しかし、夜になっても水はなかなか引かなかった。最大2m近くまで来た水は、膝上以上の高さを保ったままだった。

翌朝には、真っ平らな滑走路は何とか水ははけていた。しかし、地形によっては依然としてくるぶしまで浸るほど、あるいはそれ以上の水が残っていた。

建物に叩きつけられたF-2やT-4が無残な姿をさらしていた。ハンガー内も、流れ込んだ泥水に押し流されて壁にぶち当たったUH-60Jが、装備品の上に片足を乗せた状態で傾いでいた。

「昨日の夜に様子を見た時には、UHがハンガーの中で泥水に浮いてたんです。もう、何も出来なくて…」

救難ヘリの整備員である上原玲菜士長が、無念そうに呟いた。

全棟の1階部分が浸水したので、隊員は全員滑走路に集合した。

杉山基地司令は、檄を飛ばした。

「この度の災害は、過去に類を見ない大きなものである。我々は翼を奪われたが、足がある。手がある。何よりも使命感がある。自らも被災して、不安もあるだろうが、ここは堪えて、少しでも多くの要救助者を助けるよう、全力を注いで欲しい」

「ハイッ!」

松島基地の隊員達は、それぞれの部隊に分かれて動き出した。

余所者の空井と浅木は、自然と広報班預りとなった。

空井は、とりあえずブルーインパルスの資料のレスキューの為に、基地に残る事とし、居ても立ってもいられない浅木は、外への救助活動に同行する事になった。

奇跡的に2台ずつ残ったジープとトラックは、救難団が中心となって使用していたので、浅木を含む広報班は、徒歩で作業が出来る近隣の救助活動に出動した。

基地周辺の状況は、発災当日夜に百里基地から駆け付けてくれたU-125Aから大まかには知らされていた。

だが、実際に出てみると、その被害の実態は救助隊の想像を遥かに凌駕していた。

辺り一面は海と化していた。田んぼには、畦の高さまで泥水が溜まり、段差がある所には膨大な量の瓦礫が積み重なって、行く手を阻んでいた。まともに建っている家屋は全くと言っていいほど無く、道路の真ん中にペチャンコになった自動車が折り重なっていた。それらを脇に排除し、道を確保する所から始まった。

そんな道なき道を、泥だらけの人達が松島基地に向かって避難して来る。その道添いにも、瓦礫と共に流されて来た遺体が、掘り出された状態のままで横たわっていた。

余りの惨状に、浅木は口元を押さえた。込み上げる嗚咽を押さえ込む。同行していた上原士長も息を呑んだが、唇を噛みしめて堪えた。音がするほど、拳を握り込む。

「私達には、やらなきゃならない事が山ほどあります。泣くのは、後です」

彼女はそう言うと、近くで遺体を見下ろして涙に暮れている人々に声を掛け始めた。

そうだ。私達がしっかりしないと、誰が被災者を救えるんだ。

浅木も、全ての感情を一度呑み込んで、周りの被災者達に声を掛けていった。

 

そこからの松島基地の隊員達は、獅子奮迅の活躍を見せる事となる。1台だけ残った除雪車と人力だけで、滑走路の泥をかき出し、翌日には暫定的ではあるがヘリが降りられるまでに整備し、16日には短い方の滑走路を、輸送機が降りられるまでにしてのけた。更には、泥で埋まっていたハンガーを洗浄し、救援物資を受け入れる事が出来るまでにした。

「全ては被災者の為」

これが、松島基地、そして 全自衛官のスローガンとなった。

16日は、朝から物凄い雪になった。視界不良のせいで、ようやく使えるようになった滑走路も、米空軍のMC-130P特殊作戦機が着陸するのが勢一杯であった。そんな中でも、自衛官達は行方不明者の捜索に出ていた。

この日は、浅木は空井と共に松島基地正門から東に向かって行った。大曲地区の横沼は、津波の直撃を受け、今だに水が引いていない状態である。大量の瓦礫が漂着して通りを埋めており、今だ安否確認が出来ていない住民も多い。

一軒ずつを声を掛け、要救助者の存在を確認していく。周りは比較的新しい住宅が多く、浸水してはいても、形は保ったままのところがほとんどだが、路地の奥に、瓦礫や自動車が折り重なっている場所があり、そこにあったらしい古い木造住宅が三軒ほど倒壊していた。浅木達がそこへ向って行くと、反対側の通りに車両が2台入って来た。1台は「なにわ」ナンバーの4tアルミトラック、もう1台は小型のユンボを積んだ「神戸」ナンバーのトラックだった。

降りて来たのは、見るからにヤクザな男が4人。

「忍田の兄貴、この辺なんか?」

「多分な」忍田は、自分の頭より高い所にある自動車を見上げながら言った。「風景はえろう変わっとるが、住所は間違いない、ここや。この瓦礫がそうや。頼むで渡瀬」

「よっしゃ、ユンボ降ろすで、手ぇ貸せや」

渡瀬は若い衆2人とトラックに取り付いた。それを背に、忍田は瓦礫を乗り越え、倒壊した住宅に近付いた。

「おいおい、ちょっと待てよ」

そう言いながら前に出ようとした空井を追い越して、浅木は走り出した。

「ちょっとあんた達、待ちなさい!」

浅木は手にした捜索棒で指し示しながら、忍田を睨み付けた。

「あんた達は何者?勝手な事をしないで」

「何や自衛隊。何しに来よったんや。もう5日も経ってんねんど。今まで何しよったんや」

突作に飛び掛かりそうになった空井を、他の隊員達が止めた。

「私達は、出来る限りの事はやっています。この辺りの住民も、動ける人は既に避難してもらっています。今日は、行方不明者がいないかの確認です」

「そうか、そりゃあ悪かったのお。なら、ここは俺にまかせて、他を当たってくれや」

「そうは行かないわ」浅木はさらに一歩前に出た。「あんた達が何者かは、取り敢えず詮索しないわ。でも、私達が捜索を終えるまでは待ってちょうだい」

「何でやねん。ここにはな、わしの知り合いが埋まっとるかも知れへんのや」

「だったら、尚更早くどきなさい」

「アホか。早よ堀り返さなあかんやろが。お前ら今すぐやってくれるんかい」

「馬鹿。今すぐ重機を使える訳ないでしょ」

「バカとはなんじゃコラ」

渡瀬が肩をいからせながら近付いて来た。

空井が一歩前に出た。渡瀬と正面から睨み合う。空井の方が上背はあるが、筋肉量は渡瀬が上だ。

「気持ちは判るけど、もう少し待って。下に人がいるかも知れないでしょ」

それを聞いて、忍田も渡瀬も言葉に詰まる。

「それも、あんた達が捜している人達だけとは限らないわ。これだけ瓦礫が流されて来ているんだから、ここの住人以外の不明者が巻き込まれているかも知れないし。それに、この瓦礫の下には、色んな人達の思い出も埋まっているの。それを確保しない内は、重機は使えない。だから、私達の捜索が終わるまで、待ってちょうだい」

忍田と渡瀬は顔を見合わせたが、渡瀬が小さく肩をすくめたのを見て、忍田も肚を決めたらしい。浅木を正面から見据えた。

「判ったわネエちゃん。お前さんの言う事ももっともや。暫くガマンするわ。その代わり、」忍田はそこでひとつ息を置いた。「わしにも手伝わせてもろてええか」

「もちろん」

何か言いかけた空井を制するように、浅木は答えた。他の隊員達は、既に周辺の捜索を始めている。

浅木と忍田とは並んで、木造家屋の残がいをどかし始めた。一軒横を、空井と渡瀬とが何やら言い争いながらも、瓦礫に取り掛かっている。

「ここな、わしの舎弟の両親の家なんや」忍田が、ひとり言のように呟いた。「そいつな、ハゲ言うんやけどな、神戸の震災の時に、わしのせいで死んでもうたんや。せめて、両親だけは何とか、と思てんけどな」

「でも、その、えーと、ハゲさん?」

「羽と毛ぇで、羽毛」

「ああ、羽毛さん。お二人は古くからこちらに住んでたんでしょ?それなら、津波の事も想定してるはずよ。どこかに避難しているかも知れないわ」

「ならええねんけどな。一応、若い衆に近くの避難所を当たらせとるんや」

忍田がそう言い終わらないうちに、彼のケータイが鳴った。曲は『兄弟仁義』。

「おお、何やドテチン、何か判ったか?……ほお、そうか!でかしたでドテチン!」

忍田は、横目で浅木を見ながら、小声で「見つけた」と呟いた。

「ほいで、場所わい?……ほおか、判った。直ぐ行くわ」

忍田はケータイを切ると、済まなそうに浅木を見た。

「すまんな、ネエちゃん……」

「判ってるわ。良かったね無事で。ここは私達に任せて、早く行ってあげなさい」

浅木は、心からの笑顔で言った。

「すまん」

忍田はもう一度詫びて、浅木に背を向けた。

「ミッツ、でん、ユンボ積み込めや。渡瀬、めっけたで。行くど」

忍田達は慌ただしくその場を去って行った。それを見送りながら、空井が肩をすくめた。

「何だったんでしょうね、あれ」

空井はしきりに首をひねっていたが、浅木は心にあったかい物を感じて、我知らず微笑んでいた。

 

結局その日の横沼では、3名の遺体を発見、収容した。

松島基地の自分用のスペース、といってもほとんどの部屋は避難民の為に開放していたので、女子隊員専用に割り当てられている、廊下の段ボールの上に落ち着いた。

忍田って言ったっけ。見るからにヤクザだったけど、きっと良い人なのね。

そう考えて、思わず笑顔になった浅木の頬を、涙がつたった。

突然、今日収容した遺体や、発災翌日に基地のすぐ外で見た遺体、そしてそこで涙にくれる家族達の姿が頭から離れなくなった。

何となく居たたまれなくなって外に出た浅木は、滑走路に立ち尽くす後ろ姿を見つけた。

「空井さん?」

浅木が声を掛けると、空井は目元を腕で拭ってから、振り向いた。

「浅木さんもですか」

浅木の赤い目を見て、空井は複雑な表情で言うと、また先程と同じように海の方向に眼を向けた。浅木もその横に立つ。

「現場では、何も考えないよう、スイッチを切って動けるんですけど…。何なんでしょうね」

空井が、声を詰まらせながら呟いた。浅木も声を出さずに頷いた。声を出したら、また涙がこぼれそうだった

2人とも無言で立ち尽くしていたが、やがて空井が背を向け、その場を離れていった。

「まだまだ、僕達の出来る事は、あるはずです。泣くなら、後だ」

去り際に空井が残した言葉に、浅木は大きく頷くと、両掌で頬を叩いた。

 

浅木が多賀城駐屯地からの辞令で、松島基地を出て鈴木馨二尉と再会し、原隊復帰を果たしたのは、4月に入ってからだった。

朝霞駐屯地に戻った浅木に、新宿神室町への治安維持活動の出動が命じられたのは、それから間も無くの事であった。

 

 

X

 

 

倒したゾンビを前に、浅木は膝を着いて眼を閉じた。

彼らはもう、助けられない。そう桐生に言ったのは、浅木自身だ。

例え、それが仲間であっても、である。

この異常な事態は、まだ終わっていない。

「まだまだ、僕達の出来る事は、あるはずです」

空井の言葉が、耳に甦った。

浅木は立ち上がると、両掌で頬を叩いた。

振り向くと、桐生は売店に隠れていた眼帯の剣呑な男(確か真島の兄さんと言っていた)と、何やら話をしている。浅木は、そんな桐生に近付いた。

「ここに立てこもっていた人達は、どこへ行ったの?」

「……浅木」

桐生は、そんな浅木に優しい眼を向けた。

「別れは済んだわ。……もう大丈夫」

浅木は、強い眼差しでそれに応えた。

 

 

強くなれるよ 流した汗の分だけ

優しくなれるよ 堪えた涙の数だけ

 

おわり (20150605了)

 

20161212改

 

 

空井二尉 :『空飛ぶ広報室』著者 有川浩 幻冬舎刊 2012年 より

基本設定は、TBSドラマ『空飛ぶ広報室』から。原作小説とは違う部分もあります。

また、こちらの話しに合わせて、一部シチュエーションを変えています。

士官の自衛官は、その活動を顕彰する為、実名で登場してもらっています。

東日本大震災の描写や自衛隊の活動等は、実際の記録等を参考としたフィクションです。

 

「強くなれるよ……」 英霊来世『防人~あなたがいるから~』アルバム「矜持」より

 

参考文献

東日本大震災1カ月の全記録「闘う日本」 産経新聞社 平成23年4月29日第1刷発行

「 緊急出版 特別報道写真集 巨大津波が襲った3.11大震災~発生から10日間の記録~」

河北新報社 平成23年4月8日第1刷発行

別冊宝島1780号 「自衛隊VS.東日本大震災」 宝島社 平成23年7月23日発行

「 陸上自衛隊パーフェクトガイド2015」 ダイアプレス 平成27年1月30日初版第1刷発行

「 東日本大震災秘録 自衛隊かく闘えり」 井上和彦著 双葉社 平成24年2月19日第1刷発行

その他、ネットの体験談や動画等を参考にしました。

 

東日本大震災で亡くなられた方々に、哀悼の意を捧げます。また、被災された全ての方々にお見舞い申し上げます。




準主役、脇役でも、「龍が如く」の世界観が表現出来れば、誰れでも行きます。
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