主役は大吾です。
『鬼灯の冷徹』とほんのりクロスしています(笑)。
盂蘭盆のとある一日
6月の中盤くらいから、奇妙な噂話が二つの場所から同時に聞こえ始めた。ひとつは東京証券取引所、もうひとつは都内の路上である。
取引所では、ブラウンスーツを着た幽霊が歩き廻っている所が複数名に目撃されている。スーツ姿の人影は別段珍しくないので、思わず声を掛けた者もいたらしいが、物凄い形相で睨まれて、その者はそれ以来部屋から出て来なくなった、という。
路上の話しは、もう少し物騒で、この所ホームレスによる傷害事件が頻発しているのだが、ホームレスに刺されるのが、毎回同じブラウンスーツの男だ、というものである。大量に出血しているのだが、刺された当人は姿を消してしまう、というのだ。刺した方は全員、「急に"あの男"を刺したくなった」などと、意味不明な供述をするらしい。
「てな事があんだってよ。コワくね?」
小鳥遊(たかなし)鷹子(たかし)が、わざとらしく肩を抱えて震えて見せた。ここは、塞の河原にある地下闘技場のロッカールームである。
「刺された奴が消えるってのは、解せないな」
真面目な顔で、堂島大吾が応じた。
「あ、何か全然コワくねぇって感じ」
小鳥遊がつまらなさそうに呟いた。
「あんたの白々しい小芝居の方が、よっぽどコワい」
「ちぇ、言ってくれるねぇ」小鳥遊は笑った。「でもさ、何か、ブラウンスーツって、峯を思い出さない?」
「そうか?」
大吾はとぼけたが、今の話しで頭に描いた姿は、正に峯のものだった。峯義孝は、直系白峯会会長であり、「東城会の金庫番」とも言われた辣腕のトレーダーでもあった。大吾と小鳥遊との共通の「朋友」である。もっとも、大吾と小鳥遊は、峯の死後知り合ったのだが。
「あのコも色々あったけど、良い奴だったよね」
小鳥遊がしみじみと言った。
「ああ。今、此処に居ないのが残念だ」
大吾も噛み締めるように呟くと、大きく溜め息をついた。
そこへ、秋山駿が渋い表情で入って来た。彼等は共に、地下闘技場のプレミアムトーナメント枠に名を連ねているので、この特別ロッカールームが自由に使えるのである。
「おお、秋山チャーン、どしたの渋いカオして。株で大損した?」
小鳥遊が、無遠慮に大声で尋ねた。
「いやあ、それがね」秋山はボケなかった。「ほら、すぐそこの花園神社の境内でさ、人が刺されたのよ」
「現場見たの?」
「跡をね。凄い出血だったよ。でさ、『エリーゼ』のキャストの娘が、目撃しちゃったらしいのよ」
「お、出て来た都市伝説の目撃者」
小鳥遊が目を輝かせた。
「そう、それ」秋山は小鳥遊の言葉尻を捕らえた。「最近聞くだろ、刺されたのに消えちゃう男。正にそれだって」
「ブラウンスーツの男って奴か?」
大吾の問いに、秋山は無言でうなずいた。
「やっぱり消えちゃった?」
「らしい。確かに、物凄い血痕なのに、なぜか鳥居からプッツリと消えてたよ」
「へぇー、そうなんだ」
秋山の話しに、小鳥遊は喜んでいたが、大吾は別の事を考えていた。
「その話し、どこから始まるんだったかな?」
『えっ?』
大吾の問いの意味を捉えかねて、秋山と小鳥遊がハモった。
「刺された最初の目撃情報は、どこだ?」
「確か、江戸橋ビル前」と小鳥遊。
「次が、日本橋北詰で、その次が千代田会館前」と秋山が続けた。
「つい最近は、市谷見附だったはず」
「やっぱりそうか」小鳥遊の言葉に、大吾は得心してうなずいた。「で、今日は花園神社だろ?という事は、証券取引所から、この神室町に近づいて来ているって事だ」
「あ、なるほど」秋山は手を打った。「じゃあ、次はこの近辺に出るって事か」
「これまでの目撃に規則性は?時間とか間隔は?」
「特に無いね」
小鳥遊が即答する。
「じゃあ、次は何時なのかは予測しづらいな」大吾は腕を組んだ。「花屋に、神室町界隈のカメラをチェックしてもらって…」
その時、部屋が真っ暗になった。非常灯まで消えてしまったので、完全な闇である。
「停電か」
「珍しいなぁ」
秋山と小鳥遊が呟いた。その姿さえ見えない。
一分ほどで、半分ほどの光量の明かりが点いた。
「主電源ガ切断サレマシタノデ、予備電源ニ切リ替エマス」
味気ない自動音声が、現状を報告する。
その弱い明かりの下に、ブラウンスーツの男が立っていた。自分の両の掌を見つめ、呆然としている。
「わっ、びっくりした!!」
秋山は、突然わいて出た男に驚いたが、大吾と小鳥遊は違った意味で心底驚いた。
『峯!!』
その姿は、彼らの記憶の中にある、峯そのものだった。髪が少し乱れているが、スーツを着こなしたその様子は、以前と何ら変わらない。ただ、その表情からは、苦悶の感情が見て取れた。
「またか。今度はちょっと早くねえか?」
峯は、苦々しく呟いた。
「ねえあんた、もしかして、峯さん?」
秋山が、恐る恐る声を掛けた。彼は、写真でしか峯を見た事がない。
「そうだが、何だ?お前は何者だ?」
「俺は、秋山、秋山駿って言います。金貸しですが、株のやりくりもやってます」峯の様子には構わず、秋山は続けた。「お噂はかねがね。俺らみたいなトレーダにとっては、峯さんは正に神のような方なんすよ」
秋山はまくし立てると、右手を差し出した。が、急に小刻みに震え出した。見る見る剣のある表情となり、峯を睨みつけた。
今にも峯に飛び掛からんばかりの勢いだったが、秋山はそれを凄まじいまでの克己心で押さえ込んでいた。
秋山は大きく肚で呼吸をすると、右足を強く踏み込んだ。最後に長く息を吐く。
「どしたの、秋山チャーン?」
小鳥遊が軽く尋ねた。
秋山は息を切らせながら答えた。
「何かこう急に、峯さんに対して強い殺意が湧いて来て…」
「急に刺したくなるってのは、本当なんだな」
大吾が呟くように言った。
「俺は別に、あんたに何も敵意は無いんですよ、ホント」
そう言われて、峯は小さく頷いた。
「判ってるよ。俺に近付いたヤツらは、皆急にそうなるらしい。都合十回くらい刺された」
「痛くないのか?」
「痛えっすよ、凄く」大吾の問いに、峯は憮然として答えた。「むしろ、普通に刺されるより痛え」
「じゃあ、何で今は何とも無いんです?ちょっと前に、そこの花園神社で」
「ああ、刺されたよ、秋山君」峯は頷いた。「君のとこのキャストが見てたらしいな」
「ゴメン、話しの腰を折るよん」小鳥遊が手を上げた。「極く基本的なコト聞くケド、峯って、死んでんの?」
核心を衝く質問に、そこを誤魔化そうとしていた大吾と秋山は凍り付く。
「ああ」峯はあっさりと答えた。「東都大学病院の屋上から飛んで、俺とリチャードソンは死んだ。俺には、炎に包まれた車が迎えに来たが、リチャードソンは黒い悪魔みたいなのに引き摺られて行った」
「へぇー、ホントにそんな感じなんだ」
小鳥遊が目を丸くした。
「連れて行かれた先に、閻魔大王がいて、断罪されたよ。で、地獄に連行されるって段になって、鬼灯という名の鬼が出て来て、『お前はまだ判っていない事がある』と言うと、持っていたドデカい金棒で俺を打ち飛ばしやがったんだ」
「何だかマンガみたいだな」
「で、気付いたら、証券取引所にいたって訳だ」峯は、小鳥遊の茶々はスルーした。「ただ、俺の立ち位値は、カラスが飛んで来て、ちゃんと説明してくれたんだが、どうやら地獄に落ちたってのは確からしい」
「今こうやって、ここに居るのにか?」
大吾が悲しげな表情で尋ねた。
「そんなカオしないで下さいよ六代目。とにかく、俺は閻魔からは阿鼻地獄だ、と言われたんですが、鬼灯は等活地獄が妥当だ、という事になって、今、俺は等活地獄に堕ちているらしいです」
『等活地獄?』
大吾、小鳥遊、秋山は同時に聞き直した。
「鬼灯がくれた『ジャガーバックス いちばんくわしい地獄大図鑑』によるとだな」
峯がどこからともなく本を取り出した。
「情報ソースがそれかよ」
小鳥遊が突っ込みを入れた。
「等しく活きかえり、苦しみをつづけることから、等活地獄と呼ばれている。何度切られ、刺されても、涼しい風が吹くと、傷は元通りになり、また同じ苦しみを味わうって事だ」 突っ込みを無視して、峯は文章を読み上げた。「しかも、俺は『刀輪処』という小地獄にいるらしい。つまり、何度でも刺されるって事だ」
峯の言葉を聞きながら、小鳥遊がググってみると、等活地獄は、生前に殺生や暴力の罪業を犯した者が堕ちる場所で、特に第二小地獄の刀輪処は、強欲のために他者を傷つけ、殺した者が堕ちるとされている。
「成る程、理には叶ってるな」
小鳥遊はポツリと呟いた。
「何て事言うんですか、小鳥遊さん」秋山が目の色を変える。「せめて言葉を選んで下さいよ」
「別に気にする事は無い」峯は静かに言った。「まあ事実だからな」
「まあ、ここに居れば刺される事も無いだろう。変な言い方かも知れないが、ゆっくりしていってくれ」
大吾は微笑みながら言うと、席を立った。この特別ロッカーには自由に利用出来る大型冷蔵庫があり、大抵の酒や肴が揃っている。コロナのエキストラボトルを人数分取り出すと、一本を峯に差し出した。
「久し振りに一杯やろうぜ、兄弟」
大吾の言葉に一瞬固まった峯だったが、直ぐにボ卜ルを受け取った。
「久々の再会に」と小鳥遊。
「感動の出会いに」と秋山。
「変わらぬ友情に」と大吾。
その三人を見渡して、峯は穏やかな表情でボトルを掲げた。
「揺るぎ無い絆に」
『乾杯!!』
四人は一気にビールを千した。
そこへ突如轟音が響いた。ドアに何かがぶつかったらしい。
暫くドアの前で暴れているらしい音がして、やがて治まった。ドアが開くと、血まみれの大男が二人入って来た。
「トラさん、どしたのそれ?」
「何があったんです?四代目」
小鳥遊と大吾がそれぞれに声を掛けた。
冴島大河と桐生ー馬は、部屋に入ると素早く鍵を掛けた。
「血は俺達のじゃ無い」
そう答えて振り向いた桐生は、峯の姿を見て凍り付いた。
「何や判らへんけど、塞の河原に入り込んだチンピラ共が、急に凶暴化したんや」
峯とは面識の無い河島は、特に何の動揺も無い。
「で、お二人は何でここに?」
「それやねん秋山ちゃん」冴島は拳の血を拭いながら言った。「チンピラ共は、皆この部屋を目指していたようなんや」
「ああ、多分それ、俺のせいです」峯は居ずまいを正した。「ご迷惑をお掛けして、申し訳ありません。冴島さん、桐生さん」
「別にあんたが謝る事ちゃうで」冴島はそう言ってから、改めて峯をまじまじと見た。「誰れやったかな?」
「お初にお目に掛かります。元・白峯会会長の峯と申します」
「ほうか、峯か」一旦は普通に返した冴島だったが、直ぐに異和感に気づいた。「峯?峯って、死んだんちゃうんか?」
「はい」峯は快活に答えた。「そうなんですが、色々ありまして」
「実はね、トラさん。斯々然々で」
小鳥遊がかいつまんで説明するのを、冴島と桐生は黙って聞いていた。
「ほうか。不思議な事もあるもんやなあ」冴島は溜め息をついた。「でもまあ、こうやってホンマに逢う事が出来たんやから、ありがたいと思わなアカンな」
「恐れ入ります」
峯は神妙に頭を下げた。
「で、要は、俺達は峯を護れば良いって事だな」
桐生は、大吾に向けて言った。顔は大吾に向けてはいるが、目は峯を見ていた。
「はい、桐生さん」
大吾は、万感の想いを込めて、答えた。
その直後、頑丈な鉄扉が破られた。どっと暴徒が雪崩れ込んで来る。
扉の近くに立ちはだかった桐生と冴島が、情け容赦無くぶちのめす。こぼれた奴は、大吾達が片付ける。
「どんだけおんねん?コイツら」
思わず冴島が呟いた。
「この間のゾンビを思い出しますね」
秋山がそれに返す。
「ボク、それ知らないんだ。丁度海外行っててさ」
小鳥遊が中途半端にイラつく事を言う。
「とりあえず、全てぶちのめす。それだけだ」
桐生は淡々と言った。
その時、暴徒集団の後ろから、耳慣れた殴打音が聞こえて来た。金属バットで人体を叩く、あの音である。同時に甲高い笑い声も。
「なんやお前ら、ちっともやり甲斐ないのう」
金属バットを肩に担いだ 真島吾朗は、隻眼で暴徒を睨みつけた。
「この間のゾンビの方がまだ骨があったで」
真島は、暴徒の群れをバットでラッセルして、桐生達に合流した。
「兄さん、大丈夫か?」
桐生の問いに、真島は笑いながら答えた。
「今日はな、花屋に用があったんや。でも、何やおもろそうな事になっとるやないか。飛んで来たんやで」
その直後、真島の隻眼が峯の姿を捉えた。
「ほう、なるほど。今回の大ボスは峯かいな。ちょっとは歯応えがありそうやな」
「すいません真島さん、俺は今回はやられ役で」
峯は、本当に済まなさそうに頭を下げた。
「真島さん、今日は峯はお姫様役なんです」
大吾が笑いながら言った。真島はすぐにその意味を理解した。
「なるほどのお、要は峯を守り切ったら勝ちっちゅうこっちゃな」
真島は、奇声を上げながらまた廊下へ飛び出して行った。
真島、桐生に冴島、そして大吾と、東城会最強のディフェンスの前に、烏合の衆は秋山と小鳥遊、本丸の峯までは一人としてたどり着けない。
「なあ、タカシ」峯は、震える声で小鳥遊に問い掛けた。「皆、なぜこんなにしてくれるんだ?俺は、彼らを裏切ったのに」
「簡単な話だ」桐生が背中を向けたまま言った。
「峯、お前はずっとこっち側だったって事さ」大吾がきっぱりと言い切った「そうだろう桐生さん」
大吾の言葉に、桐生は無言で頷いた。
「今、お前にこの言葉を伝えられて、良かった」
大吾は真っ直ぐ峯を見て言った。
「有り難うございます、六代目」峯はそう言ってから、小さく笑った。「いや、有り難う、兄弟」
深々と頭を下げた峯の姿が、ゆっくりと消えていった。それと同時に暴徒達も全員我に返った。
「どないなっとんねん。終わんの早すぎるやないかい!!」
突如として全員が戦意を喪失してしまったので、物足りなさそうに真島が喚いた。
暴徒達も全員居なくなり、大吾達が残された。皆の手には、コロナのエクストラ。峯が消えたのと同時に主電源も回復したので、明るい照明に目茶苦茶になった室内がよく見える。
「何だか不思議な出来事でしたね」
秋山が溜め息をついた。
「ホンマやなあ。まさか死んだ奴と話しするとはなあ」
冴島も大きく頷いた。
峯を直接知っている大吾、桐生、真島、小鳥遊は、それぞれの想いを言葉に出来ないでいた。
ふと大吾が壁のカレンダーに目をやると、今日は七月九日だった。
「四万六千日か」
知らず声に出して呟いた大吾に、小鳥遊が尋ねた。
「何それ?」
「今日、観音さんをお参りすると、四万六千日分の功徳が貰える日、らしい。昔、良く親父に浅草に連れて行かれた」
「へぇ」
小鳥遊は、気のない返事をした。
「ほうか。東京はもうお盆なんやな」
冴島が言う。
「そうやで兄弟。確か、関西は八月やったなあ」
真島がコロナをあおりながら相槌を打つ。
「盆か。あいつ、俺達に逢いに来てくれたって事か」
「さっきの話しでは、来させられたって感じでしたがね」
桐生の言葉に、大吾が返した。
東京証券取引所の幽霊騒動は収まったが、路上の都市伝説はしばらく語り継がれた。「それ」を目撃したキャストの娘からその話しを聞くたびに、小鳥遊はちょっと楽しい気分になれた。
誰れにも語る事の出来ない、都市伝説を知る者として。
終わり(2016・08・05了)
地下闘技場のプレミアムトーナメント枠 : 相方の小説(非公表)からの設定を借りました。
小鳥遊鷹子 : 相方の小説のオリジナル登場人物。
ジャガーバックス いちばんくわしい地獄大図鑑 1975年12月10日第1刷発行 立風書房
鬼灯 『鬼灯の冷徹』著:江口夏実 講談社刊 の主役の鬼