マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
幼少期のイシズ「《現世と冥界の逆転》デッキキル! 《終焉のカウントダウン》で特殊勝利ィ!! 相手の攻撃は封殺ッ!!」

幼少期のマリク「ひっぐ……リシド……姉さんが……(涙)」

青年期のリシド「ではマリク様、次は私とデュエルしましょう」

幼少期のマリク「リシド……!!(感激)」

青年期のリシド「カウンター罠で無効! 無効! 無効! トラップモンスターでダイレクトアタック!!」

幼少期のマリク「あんまりだぁ!!(´;ω;`)ブワッ」


マリク父「いや、イシズがアクターとやら相手にデッキキルした話だった筈……」

天に昇ったマリク母「いいじゃないですか、あの子たちが楽しそうなんですから……」




第108話 裏切りの代償

 

 

『 ウ ラ ギ ッ タ ナ 』

 

 

 アクターの頭上で怨嗟の声が響く。ゆえにアクターが目線を上げると――

 

 

――誰だ? いや、『何』だ?

 

 

 そこに見えたのは辛うじて人型を保つドス黒い泥のような巨大なナニカが、溢れんばかりの負の念をイシズへと向けていた。

 

『恥ヲ知レ。フザケルナ。神官ノ系譜。デュエリストガ。ユルスマジ。エラバレシモノ。ディアハヲ。デュエルヲ。コノヨウナマネ。ミトメヌ。クチオシヤ。コ――』

 

 

「さぁ――自らの手で幕引きを」

 

 しかし、そんな怨嗟の声など気にもせずそう告げたイシズの姿にアクターはある仮説を立てる。

 

――彼女には『コレ』が知覚できていない? 精霊の鍵の疑似精霊も無反応……

 

 イシズもアクターを静かに見守るばかり、精霊の鍵によって構成されている《闇より出でし絶望》も何も言及しない。

 

 

 アクターの頭上で怨嗟の声を上げ続ける泥状のナニカの存在をこの場で知覚しているのは自身のみ。導き出される結論は――

 

 

――冥界の王……か? アヌビスの時とはかなり形が違うな……

 

 そのアクターの予想通り、コレはアクターの内に取り込まれた冥界の王。だがその姿はアクターの知識の中のモノとは大きく異なる。

 

 

 アヌビスとの一戦での冥界の王の姿はジャッカルの頭部を持った獣染みたものだった。

 

 原作の「5D's」にて遊星の《セイヴァー・スター・ドラゴン》に討ち果たされた際の冥界の王の姿は蝙蝠のような翼を持った多脚の異形だった。

 

 だが今、アクターの背後で怨嗟の声を上げる冥界の王の姿はそのどれにも当てはまらない「辛うじて人型を保つ泥の塊」――そんな不安定ともいえる姿だった。

 

 

――依り代によって姿を変えるのか? いや、それは一旦おいておこう。まずは――

 

 

 アクターに疑問は多々あれど、今するべきことは――

 

 

――『やめろ』

 

 イシズへと感情の波を吐き出す冥界の王を制すること。

 

 

『弱者ガ。我ガ怒リ。嘆キ。虚ろナ貴様にハ理解デキマイッ!!』

 

 アクターの言葉に対し、ギョロリと窪んだ眼と思しきものをアクターに向ける冥界の王――その眼にはアクターへの、神崎への強い侮蔑がありありと浮かんでいる。

 

 

 しかしそんな冥界の王の心情が、アクターこと神崎は『よく分からない』が理解は出来た。要するに――

 

――冥界の王からすれば赤き竜やシグナーがデュエルでイカサマを介して冥界の王を倒し、「これが絆の力だ!」と言っている状態に近いのか?

 

 そんなアクターの仮説は(あた)らずと(いえど)(とお)からずといった所。

 

 

 原作でも歴代の世界を滅ぼそうと企てた人ならざるものたちは、大半が歴代主人公たちとデュエルで戦っていた。

 

 どれ程リアルファイトが強い存在でもだ――原作がカードゲーム作品ゆえの設定といえばそれまでだが――所謂、「敵役」の彼らにも、彼らなりの流儀や譲れぬ思想があるのだ。

 

 

――それなら怒る理由も分からなくは……ない?

 

 アクターこと神崎は内心で冥界の王の感情に納得を見せる――「なら、ディスティニードローはいいのかよ」とも思うが。

 

 

 神崎的に考えれば、遊戯や十代、遊星などの原作の歴代主人公たちが、超常の力でイカサマし始めたイメージだろう――天地が引っ繰り返ってもありえない可能性だが。

 

 誇り高きデュエリストである彼らのそんな姿は神崎も見たくないし、もしそんなことをしていれば酷く落胆するであろう。

 

 

 だがアクターこと神崎は冥界の王に続けて語る。

 

――『冥界の王。君の怒りは理解できるが、私にはイシズ・イシュタールの選択もまた理解できる。だから落胆こそすれ、怒りは浮かばない』

 

 

 イシズにとって「弟、マリクはそれ程に大切だった」ただそれだけの話。

 

 神崎も「自分の命」という譲れないラインがある。それと同じことなのだと。そして――

 

 

――『異物である私にそんな資格はない』

 

 

 「カードの心」が分からぬ神崎が「カードの心」を裏切ったイシズに対してどうして怒りを見せられると思うのか――怒り以前の問題だった。

 

 

 だが冥界の王の感情の波は収まりを見せず、荒々しく波打つ。

 

『貴様ニ縛ラレ。不適格。ニンゲン。不適格。精霊ノ加護モ無キ。不適格。オノレ。我ノ力ヲ。貴様ガ。貴様ガ。貴様ガ貴様ガ貴様ガ貴様ガ貴様ガ!』

 

 

 冥界の王は許せない。

 

 イシズの行為(イカサマ)を、他者(マリク)の為に誇りを捨てた在り方を、そしてなにより――

 

 

 

『 ア ノ 時 貴 様 ガ 死 ン デ イ レ バ !!』

 

 

 そんな不届きもの(イシズ)に上手くあしらわれて敗北した神崎が許せない。そんな人間(神崎)に取り込まれている(冥界の王)の立場に憤る。

 

 

 己が取り込まれていなければ、そうすればあの不届き者を縊り殺してやれたというのに――そんな冥界の王の感情が神崎には読み取れた。

 

 

――『それは出来ない相談だ……だが冥界の王よ。一つだけ言わせて貰おう』

 

 

 アクターこと神崎は冥界の王の気持ちをくみ取った――くみ取ったが、そんな無念の感情を見せる冥界の王にアクターは言わねばならぬことがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――『勝手に諦めないで欲しいな』

 

 

 

 

 役者(アクター)の意識がデュエルに戻る。

 

「そのエンドフェイズに墓地の《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》の効果を発動」

 

 天からアクターのフィールドに続く7枚のカードの階段が生まれ――

 

「墓地の《トワイライト・イレイザー》・《光の援軍》・《ソーラー・エクスチェンジ》・《貪欲な壺》・《おろかな埋葬》・《闇の誘惑》2枚――計7枚を除外し自身を特殊召喚」

 

 その階段から尻尾を揺らしながら上機嫌に降りるのは《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》。

 

妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》

星4 光属性 魔法使い族

攻1850 守1000

 

「最後までデュエルを続けますか……それもいいでしょう」

 

 イシズの言葉にもアクターは止まらない。

 

「罠カード《サンダー・ブレイク》を発動。手札を1枚捨て、フィールドのカードを1枚破壊する――《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》を破壊」

 

 フィールドに降り立った《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》は驚愕の面持ちで発動されたリバースカードを見るが――

 

 天から落ちたイカズチが《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》を打ち抜き、黒いススだらけの姿になった。

 

「自身のカードを意味もなく破壊するとは……如何にデュエルを長引かせようとも運命は――結果は変わりませんよ」

 

 態々自分のカードを破壊する不可解なプレイングに眉をひそめるイシズ。

 

 

 だがアクターの狙いはそこにはない。

 

「罠カード《サンダー・ブレイク》の効果で捨て、墓地に送られた《コカローチ・ナイト》の効果発動。このカードが墓地へ送られた時、デッキの一番上に戻る」

 

「…………えっ?」

 

 緑の甲殻を持った「G」な害虫の戦士《コカローチ・ナイト》がアクターのデッキに跳躍した姿にイシズは目を見開く。

 

 ススだらけになった《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》も害虫の存在に絶叫を上げながら墓地へと逃げていった。

 

 その姿に《コカローチ・ナイト》は何処か寂し気だ。

 

「ターンの終わりに魔法カード《終焉のカウントダウン》のカウントが進む」

 

 呆然と言葉を失っているイシズの代わりにアクターが宣言すると同時に天に7つ目の鬼火が灯る。

 

終焉のカウントダウン・カウンター:6 → 7

 

 

 

「――コ、コカローチ……ナイト……!?」

 

 光の軍勢たるライトロードたちの中に混じる害虫の戦士、《コカローチ・ナイト》の存在に心を乱されるイシズ。

 

 イシズが知りえる「アクターのイメージ」にそぐわないカード――あまり「強い」とは言えないカードだ。

 

「なぜ!? こんな……(わたくし)の見た未来にそんなカードは……」

 

 千年タウクの力を打ち消したのか、イシズの戦術が何処からか漏れていたのか――そんな様々な憶測がイシズの脳内に流れる。

 

 しかしまだ決定的な問題は発生していないとイシズは声を張る。

 

「…………ですが! 次のターン、貴方が引いたそのカードを墓地に送るには《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》の効果を使うしかない! 貴方のライフが尽きる方が早い筈です!」

 

 イシズのそんな言葉にアクターは何も返さない。

 

「私のターン、ドロー」

 

 デッキの《コカローチ・ナイト》へと手を伸ばすアクター。

 

「――を行う代わりに墓地の魔法カード《マジックブラスト》を発動。このカードは通常ドローを放棄することで手札に加えることが出来る」

 

 だが《コカローチ・ナイト》を躱す様に墓地から1枚の魔法カードが代わりにアクターの手札に加わった。

 

 しょげるな《コカローチ・ナイト》……君を触りたくない等の意図はアクターにはない。

 

「スタンバイフェイズに墓地の《堕天使マリー》の効果によりライフを200回復する」

 

 《堕天使マリー》から溢れた闇がアクターを僅かに、だが確実に癒していく。

 

アクターLP:3400 → 3600

 

「《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》の効果発動。墓地の《ライトロード・プリースト ジェニス》を除外し、除外された《ライトロード・プリースト ジェニス》を守備表示で特殊召喚」

 

 《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》はいつものように《ライトロード・マジシャン ライラ》を呼び出そうとするが、「あっ」と間違いに気付き慌てて呼び出した同胞を墓地に押し込む。

 

 やがてテイク2で呼び出されたのはライトロードの僧侶――白き法衣を纏った癒やし手、《ライトロード・プリースト ジェニス》が小さな錫杖をやる気を見せるように揺らす。

 

《ライトロード・プリースト ジェニス》

星4 光属性 魔法使い族

攻 300 守2100

 

「バトルフェイズ。《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》でダイレクトアタック」

 

 そのアギトを開きイシズの首を狙う《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》。

 

「さ、させません! (わたくし)は そのダイレクトアタック宣言時に手札の《バトルフェーダー》の効果を発動! このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを強制終了させます!」

 

 しかしそのアギトの餌食となったのは時計の振り子のような姿をした《バトルフェーダー》。

 

 やがてバトルの終わりを告げる鐘の音を鳴らした《バトルフェーダー》に《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》はうっとおし気に投げ放す。

 

《バトルフェーダー》

星1 闇属性 悪魔族

攻 0 守 0

 

「メインフェイズ2に魔法カード《マジックブラスト》を発動。自分フィールドの魔法使い族の数×200のダメージを相手に与える」

 

 アクターのフィールドの魔法使いたちがそれぞれ魔力を練って行く。

 

「私のフィールドには魔法使い族の数は《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》・《ライトロード・マジシャン ライラ》・《ライトロード・プリースト ジェニス》の計3体」

 

 その数は3つ。やがて練られた3つの魔力は一つの巨大な魔力の球体になり――

 

「よって600のダメージを与える」

 

 イシズへと放たれ、その身を打ち据える。

 

「うぅっ……!」

 

イシズLP:4000 → 3400

 

「ターンエンド――このエンドフェイズに《ライトロード・マジシャン ライラ》の効果でデッキの上から3枚のカードを墓地に」

 

 ライトロードの効果によりデッキが削れられるが――

 

「墓地に送られた《コカローチ・ナイト》は自身の効果でデッキの一番上に戻る」

 

 墓地に落ちた《コカローチ・ナイト》はシュバッとアクターのデッキに戻っていく。

 

「『ライトロード』モンスターの効果が発動した為、《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》の効果でデッキの上から3枚墓地に」

 

 再びライトロードの効果により墓地に落ちた《コカローチ・ナイト》。

 

「墓地に送られた《コカローチ・ナイト》は自身の効果でデッキの一番上に戻る」

 

 だが、すぐさま慌てつつアクターのデッキに戻り――

 

「《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》の効果でデッキの上から4枚のカードを墓地に」

 

 三度、ライトロードの――奥の手の効果によりデッキが削られた。

 

「墓地に送られた《コカローチ・ナイト》は自身の効果でデッキの一番上に戻る」

 

 墓地に落ちた《コカローチ・ナイト》は肩で息をしながらアクターのデッキに戻る。

 

 大変そうだ――だが何処かイキイキしているようにも見える。

 

「《ライトロード・プリースト ジェニス》の効果を発動。『ライトロード』と名のついたカード効果によりデッキからカードが墓地に送られたターンのエンドフェイズ時に相手ライフに500のダメージを与え、自身のライフを500回復する」

 

 《ライトロード・プリースト ジェニス》がその手の小さな錫杖を振るうと2つの光の波動が互いのデュエリストを貫く。

 

 だが一方――イシズを貫いたのは破邪の波動。

 

イシズLP:3400 → 2900

 

 そしてもう一方のアクターを貫いたのは癒しの波動。

 

アクターLP:3600 → 4100

 

「タ、ターンの終わりに《終焉のカウントダウン》の効果でカウントが進みます……」

 

 天に8つ目の鬼火が灯る――もうじき終焉のカウントが半分を超えようとしていた。

 

終焉のカウントダウン・カウンター:7 → 8

 

 

 だがイシズはそれどころではない。

 

「わ、(わたくし)のターン……ドロー」

 

 千年タウクが見せた未来通りにアクターが倒れない――デュエリストの魂たるデッキが一度は尽きたにも関わらず。

 

――デュエリストの魂とも呼ぶべきデッキを実質的に失いながらも、まだ戦うのですか……まさに亡霊……デュエルに憑りつかれた亡霊ですね……

 

 そんなことをイシズは考えつつデュエルを続ける――続けなければならない。

 

「スタンバイフェイズに手札の《黄金の天道虫(ゴールデン・レディバグ)》の効果で500のライフを回復……」

 

イシズLP:2900 → 3400

 

 《黄金の天道虫(ゴールデン・レディバグ)》の癒しの光を受けたイシズはアクターを視界に収め、一人ごちる。

 

――何が貴方をそこまで突き動かすのですか……

 

 しかしそれはアクター本人すら分かっていない――本人的にはただ普通にデュエルしているだけだ。

 

 だが一方のイシズを突き動かすものは明解だ――それは弟、マリクの為。

 

 その事実を強く再確認したイシズの頭はスゥっと冷えていく――まだイシズの優位は崩れてはいない。

 

「取り乱してしまい失礼を――貴方のその在り方は危険過ぎる……確実に仕留めさせて頂きます! (わたくし)は《サイバー・ヴァリー》を召喚!!」

 

 そんなイシズの覚悟と共に召喚されたカードは赤い小さな球体が腹に並ぶ鋼のヘビのようなマシン。

 

 その銀の装甲の身体はどこかサイバー流の象徴たる《サイバー・ドラゴン》を思わせる。

 

《サイバー・ヴァリー》

星1 光属性 機械族

攻 0 守 0

 

「そして《サイバー・ヴァリー》の効果を発動します――このカードとフィールドのモンスター1体、《バトルフェーダー》を除外して新たに2枚のカードをドローすることが出来ます!」

 

 《サイバー・ヴァリー》が《バトルフェーダー》に巻き付き異次元へと引きずり込んでいく。

 

 やがてその2体のモンスターのエネルギーがイシズのデッキの上に集まっていき――

 

「如何に幽鬼の如く戦い続ける貴方でも――(わたくし)がドローを強要するカードを引けばデッキ切れで終わりです!!」

 

 そのイシズの言葉通り、アクターのデッキ切れを防いでいる核は《コカローチ・ナイト》の1枚。

 

 つまりアクターに2枚カードを引かせるだけでイシズの勝利は確定する。

 

 イシズのデッキにドロー加速のカードは多く、互いにドローさせるようなカードも少なくはない。そこにイシズのドロー力を合わせれば決して絵空事ではない確率を持つ。

 

 

 

 

 

 だがアクターには確信があった。

 

――無理だ。今の君では恐らく()()()()

 

 そんなアクターの内心を余所にイシズはデッキに祈る。

 

(わたくし)は 《サイバー・ヴァリー》の効果で2枚のカードをドロー!!」

 

 やがてその祈りと共に引かれた2枚のカードは――

 

――2枚目の《黄金の天道虫(ゴールデン・レディバグ)》に……くっ、違う……

 

 1枚は此処までイシズのライフを回復してきた《黄金の天道虫(ゴールデン・レディバグ)》の2枚目。そしてもう1枚はイシズのみがドローするカード。

 

――ですが、これで(わたくし)のライフが0になる心配は遥か先……

 

 しかしイシズは内心で気を切り替える。

 

 その2枚のカードはイシズにとっても決して悪いものではない――アクターからの効果ダメージを実質的に減らせるのだから。

 

「カードを2枚セット……」

 

――それまでにドローを強要させるカードを引けば良いだけ……引けなくとも(わたくし)のライフが尽きる前に《終焉のカウントダウン》のカウントが満ちる。

 

 そう内心で自身を鼓舞するイシズ。決定的な優位はまだ此方の手の中にあると。

 

「――ターンエンドです!! ターンの終わりに終焉のカウントが進みます!!」

 

終焉のカウントダウン・カウンター:8 → 9

 

 空に9つ目の鬼火が灯る――これによりほぼ半分のカウントが終わった。保険として発動した《終焉のカウントダウン》が活きてきた。

 

 

 マリクの為に負けられないイシズの闘志溢れる姿をアクターは眺めて内心でふと息を吐く。

 

――本来の歴史では、あの海馬 瀬人を追い詰める程のデュエリストが…………哀れだな。

 

 イシズは「真のデュエリスト」といっても過言ではない実力を有していた。

 

 だが今ではデッキにそっぽを向かれたことが冥界の王の力によって精霊の機微を感じ取れるようになったアクターにはよく分かる。

 

「私のターン、ドローの代わりに墓地の魔法カード《マジックブラスト》の効果でこのカードを手札に加える」

 

 相変わらずデッキにてステイ(待て)な《コカローチ・ナイト》の上を魔法カード《マジックブラスト》が通り抜ける。

 

「スタンバイフェイズに墓地の《堕天使マリー》の効果によりライフを200回復する」

 

アクターLP:4100 → 4300

 

 《堕天使マリー》によるライフ回復を受けつつアクターはイシズのフィールドを見やり、その胸中で呟く。

 

――そして……2枚伏せたか。

 

「《ライトロード・マジシャン ライラ》の効果発動。相手の魔法・罠ゾーンのカードを1枚破壊する――左側のセットカードを破壊」

 

 アクターの指示を受け、《ライトロード・マジシャン ライラ》は杖から光の弾を放ち、すぐさまバックステップしつつ守備表示の構えを見せるが――

 

「そうはいきません! その効果にチェーンして罠カード《強欲な(かめ)》を発動! その効果で(わたくし)はデッキからカードを1枚ドローします!」

 

 チェーンの逆処理によって先んじて発動された笑みを浮かべた顔の付いた赤い(かめ)、《強欲な(かめ)》が《ライトロード・マジシャン ライラ》が放った光の弾に砕かれる前にイシズの手札に(かめ)から宝石が投げ飛ばされた。

 

 《ライトロード・マジシャン ライラ》の効果は上手く躱した――このデュエルでは躱されてばかりである。

 

「『ライトロード』モンスターの効果が発動したことで《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》の効果によりデッキトップから3枚を墓地に――そして墓地に送られた《コカローチ・ナイト》は自身の効果でデッキの一番上に戻る」

 

 ライトロードのデッキを削る効果にプルプルと足を震わせながら《コカローチ・ナイト》はアクターのデッキへとよじ登る。

 

「《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》の効果を発動。墓地の2体目の《ライトロード・マジシャン ライラ》を除外し、除外された同じく2体目の《ライトロード・マジシャン ライラ》を特殊召喚」

 

 もはや何度目かも分からぬ程に呼び出された《ライトロード・マジシャン ライラ》――その姿は先程の《コカローチ・ナイト》と同じく疲労困憊な印象が見える。

 

《ライトロード・マジシャン ライラ》

星4 光属性 魔法使い族

攻1700 守 200

 

「2体目の《ライトロード・マジシャン ライラ》の効果を発動。自身を守備表示にし、最後のセットカードを破壊」

 

 しかし座れる――もとい、守備姿勢を取れるとサッと杖から魔術を放ち着弾したかも確認せずに守備表示になる《ライトロード・マジシャン ライラ》。

 

「その効果にチェーンして2枚目の罠カード《和睦の使者》を発動! このターン、(わたくし)は戦闘ダメージを受けません!!」

 

 だが《ライトロード・マジシャン ライラ》の放った弾丸はあらぬ先へ。

 

 

 

 

 しかしアクターは仮面の奥で静かに瞳を閉じる。

 

 

 

 

 

――条 件 は ク リ ア さ れ た。

 

 

 

 

 そしてアクターは最後の一手を打つべく勝負に動く。

 

「墓地の《BF(ブラックフェザー)-精鋭のゼピュロス》の効果を発動。デュエル中に1度、自分フィールドの表側表示のカードを手札に戻し、墓地のこのカードを特殊召喚。そして自身は400のダメージを受ける」

 

 黒い羽がアクターのフィールドに吹き荒れる。

 

「《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》を手札に戻し、墓地から《BF(ブラックフェザー)-精鋭のゼピュロス》を特殊召喚」

 

 その黒き疾風に巻き上げられアクターの手札に戻った《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》がいた場所に災いの象徴たる黒き翼が舞い降りる。

 

 その姿は不吉の予兆たるカラスの羽が背中から伸び、くちばしを思わせる兜を被った戦士。

 

BF(ブラックフェザー)-精鋭のゼピュロス》

星4 闇属性 鳥獣族

攻1600 守1000

 

 その《BF(ブラックフェザー)-精鋭のゼピュロス》が舞わせた黒羽はアクターのライフを僅かに削った。

 

アクターLP:4300 → 3900

 

「《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》の効果を発動。ライフを1000払い、このカード以外のフィールドのカードを全て破壊する」

 

 《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》から地に響くような咆哮が木霊する。

 

アクターLP:3900 → 2900

 

 その咆哮にそれっぽく出てきたにも関わらず、すぐさま退場な現実を悟った《BF(ブラックフェザー)-精鋭のゼピュロス》がアクターへと振り返る。

 

 だがアクターの手札に先程戻った《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》が親指を立て健闘を祈っていた。

 

 

 またもやアクターのフィールドのカードのみが《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》の極光により薙ぎ払われていく。

 

「今度は一体何を……」

 

 アクターの行動の真意が読めず困惑するイシズ。

 

 《ライトロード・プリースト ジェニス》と《マジックブラスト》の効果ダメージでイシズのライフを削っていく戦術に切り替えたと考えていただけにイシズにはアクターの意図が読めない。

 

「除外されている自分の『ライトロード』モンスターが4種類以上の場合のみ《戒めの龍(パニッシュメント・ドラグーン)》は特殊召喚できる」

 

 アクターのフィールドに闇が竜巻のように渦巻いていく。

 

「私の除外ゾーンには《トワイライトロード・ソーサラー ライラ》・《ライトロード・ドラゴン グラゴニス》・《ライトロード・ウォリアー ガロス》・《ライトロード・アサシン ライデン》の4種類のカードが存在する」

 

 除外されたライトロードたちの力が闇の竜巻に注がれ、やがて弾けた。

 

「よって手札より《戒めの龍(パニッシュメント・ドラグーン)》を特殊召喚」

 

 そこから轟音と共に降り立ったのは《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》と瓜二つなドラゴン。

 

 だがその全身はくすんだ灰色で覆われ、まさに闇に堕ちた装いを醸し出している。

 

戒めの龍(パニッシュメント・ドラグーン)

星8 闇属性 ドラゴン族

攻3000 守2600

 

「切り札のもう一柱といったところですか……」

 

 イシズの言う通り、合わせ鏡のようなステータスに属性――まさに双星のドラゴン。

 

「魔法カード《ブーギートラップ》を発動。手札を2枚捨て、自分の墓地の罠カードを1枚、自分フィールドにセットする――この効果でセットしたカードはこのターンでも発動が可能」

 

 その2体のドラゴンの間を奔るように流水が流れていく――この流水は生者と死者を隔たるもの。

 

「魔法カード《ブーギートラップ》の効果でセットしたカードを発動」

 

 やがて流水が噴出し、現れたカードは――

 

「――罠カード《現世と冥界の逆転》」

 

「そのカードは……成程」

 

 イシズも勝手知ったるカード――過去に幼少時代のマリクとのデュエルでこのカードで勝利を飾ったものだと、イシズは過去に思いを馳せる。

 

「これにより互いの墓地のカードが15枚以上の場合、1000のライフを払い――」

 

 アクターのライフが流水へと奪われていく――これは対価。

 

アクターLP:2900 → 1900

 

「互いのデッキと墓地のカードを全て入れ替え、その後、シャッフルする」

 

 生者(デッキ)死者(墓地)を逆転させる為の贄。

 

 イシズはアクターの狙いを悟る――これでアクターのデッキは大幅に回復し、イシズのデッキは大幅に削れる。

 

 だが逆を言えばイシズの墓地が肥えることにも繋がる。

 

「デッキを補充してきましたか……ですが貴方の寿命が幾ばくか延びたに過ぎません」

 

 ゆえにイシズの有利に変わりはない。だがアクターの声がそんなイシズに届いた。

 

「罠カード《現世と冥界の逆転》にチェーンし、《戒めの龍(パニッシュメント・ドラグーン)》の効果を発動」

 

 闇を引き連れたドラゴンが天を切り裂く咆哮を放つ。

 

「1ターンに1度、1000のライフを払い、『ライトロード』モンスター『以外』のお互いの墓地のカード及び表側表示で除外されているカードを全て持ち主のデッキに戻す」

 

アクターLP:1900 → 900

 

 アクターのライフを喰らい上げられた《戒めの龍(パニッシュメント・ドラグーン)》の咆哮は死せるものたち(墓地のカード)の眠りを覚まさせる。

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

 イシズはどこか実感なく理解した――アクターの本当の狙いに。

 

「チェーンの逆処理により《戒めの龍(パニッシュメント・ドラグーン)》の効果を処理。『ライトロード』モンスター以外のお互いの墓地カード及び表側表示で除外されているカードを全て持ち主のデッキに戻す」

 

 アクターの「ライトロード」モンスター以外の墓地・そして除外されたカードたちが流水を渡り、ウジャウジャとアクターのデッキに集まっていく。

 

 だがイシズのデッキに「ライトロード」などいない。よって墓地の全てのカードがデッキに戻る。

 

「次に罠カード《現世と冥界の逆転》の効果を処理。互いのデッキと墓地のカードを全て入れ替え、その後、シャッフルする」

 

 次にアクターのデッキのカードと墓地に残されたライトロードたちが流水を渡り、すれ違う。

 

 しかし今のイシズの墓地のカードは1枚たりとも存在しない。つまり――

 

「わ、(わたくし)のデッキ……が……」

 

 呆然と呟かれたイシズの言葉通り、デッキのカードは全て墓地に送られ、今やデッキの枚数は0。

 

「ターンエンド。エンド時に《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》の効果によりデッキの上から4枚のカードを墓地に送る」

 

 恒例のライトロードの効果も、これにて最後。

 

「ターンの終わりに魔法カード《終焉のカウントダウン》のカウンターが進む」

 

 呆然自失な様相のイシズの代わりにアクターがそう宣言すれば、天に10個目の終焉の鬼火が灯った。

 

終焉のカウントダウン・カウンター:9 → 10

 

 

 

 

 だが既に意味はない。

 

 

 

 

「こんな……はずは……」

 

 その言葉と共にガクリと崩れるように膝を突くイシズ。

 

 その様子から察せられるようにイシズの墓地にはこの現状を打破するカードは存在しない。

 

 ゆえに《闇より出でし絶望》の声が両者の頭の中に響いた。

 

――終局を確認。清算を行う。

 

 しかしその《闇より出でし絶望》の言葉にイシズは崩れた己を立て直し、叫ぶように願い出る。

 

「ま、待ってください!! (わたくし)は……まだ、マリクを――」

 

――不許可。勝負に不備はなかった。その申し出は受け容れられない。この権利は彼方(アクター)が正当に勝ち得たものである。

 

 だが《闇より出でし絶望》に、精霊の鍵に慈悲など存在しない。

 

「アクター! 貴方が得た権利ならば! 放棄することも出来る筈です!」

 

 ならばとアクターの足元を縋るように掴み願い出るイシズ。

 

「どうか、どうか見逃して貰えないでしょうか!! マリクを、マリクをどうか!!」

 

 イシズと千年タウクの予知の加護がマリクから外れれば、マリクを待つ未来は一つ――目前の脅威の襲来。

 

(わたくし)に払える代償ならいくらでも払います! だからどうか――」

 

 そんな藁にも縋るイシズの頭上からアクターの声が響く。

 

「興味はない」

 

 その何の感情も見えぬアクターの言葉にもイシズは願い出ることしか出来ない。

 

「興味がないのなら、(わたくし)たちは墓守の里に戻ります! マリクと共に二度と外に、表に出ないと誓います! お願いです!」

 

 既にイシズの言葉は支離滅裂としていて要領を得ない――マリクを墓守の里に縛り付けられなかったゆえの現在だというのに。

 

「イシズ・イシュタール」

 

「どうか……どうか、お願いします。どうか――」

 

 再びイシズの頭上からアクターの声が響くが、その先をイシズは察しつつも壊れた機械のように願い出ることしか出来ない。

 

 

 

「――其方がどうなろうと『興味はない』」

 

 

 

「――ッ!」

 

 アクターの空虚な瞳を仮面越しにイシズは垣間見た気がした。

 

 アクターこと神崎としても究極的には本当に「興味はない」ゆえにその言葉の重みはズシリとイシズの心にのしかかる。

 

 先のデュエルで「亡霊」と自身が評した相手に慈悲を問うことがそもそもの間違いであると示すような言葉に、イシズの頬を涙が伝った。

 

「マ、マリク……どうか無事に――」

 

 

 既にイシズには願うことしか出来ない。

 

 マリクが無事に本戦会場に辿り着いていることを――そうすればイシズの見たマリクが撲殺される未来は回避されるのだから。

 

 

 その先に希望があると信じて。

 

――徴収

 

 だがそんな《闇より出でし絶望》の宣言と共に闇の腕がイシズの心の臓を貫き、その身に枷を施す。

 

 これによりイシズは今バトルシティ終了までアクターこと神崎の脅威足り得ない。

 

 

 

 

 

 イシズは本来の歴史(原作)にて「人は未来を変える事が出来るのですね」と、そう語っていた。

 

 その言葉に間違いはなく、きっと可能性に満ちた素晴らしいものであろう。

 

 人は未来を変えることが出来るのだ。

 

 

 

 

 

 良くも悪くも。

 

 





千年タウク「定められた敗北(イシズが勝つとは言っていない)」

コカローチ・ナイト「最初のターンから手札でスタンバってました!」


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