マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

112 / 289

前回のあらすじ
きのこマン「きのこの方がチョコたっぷりでボリューミーなんですよォ!!」

ナチュル・バンブーシュート「いーや、たけのこのチョコとクッキーのバランスがジャスティスなんだよねェ!」


リシド「私はジャガイモを使った菓子が……いや、何でもない」





第112話 どっちがタフかな?

 

 

 リシドがアクターとデュエルしている最中、本戦参加者の一室でリシドと部屋をトレードしたマリクは眼前の相手に睨みを利かせていた。

 

「さて、バクラ……一体何をしに来た?」

 

「ククク……随分な言い草じゃねぇか――なぁに簡単さ」

 

 城之内たちに疑われぬようにバクラを自室へと招いたマリクの言葉にバクラは小さく笑いながら返す。

 

「折角、俺様の宿主が身体を張ったってのに、しくじりやがったマヌケにもう1度ばかり手を貸してやろうと思ってな」

 

 ナイフの刺し傷があった自身の腕を軽く叩きながらマリクを嘲笑うバクラ。

 

 

 本当の目的は遊戯を来たるべき時に利用する為に死なないように見張る目的があったが、馬鹿正直に教えてやる義理はないと真意を隠す様にマリクをコケにするように振る舞う。

 

「貴様……!!」

 

「それに、テメェの復讐とやらが終わったときに千年ロッドを持ち逃げされちゃ困るからな――その復讐とやらが終わるまでは付き合ってやるさ」

 

 怒り心頭といった具合のマリクにバクラは引き続き本来の目的をぼかす為にそれらしい理由を並べていく。

 

 だがそんなバクラをマリクは鼻で笑い返す。

 

「ふん、既に状況はお前の手など借りる必要がない程に進んでいる――千年ロッドだけと言わず、遊戯の千年パズルもついでにくれてやるさ」

 

 そのマリクの言葉通り、この本戦にてバクラの出る幕はない。

 

 海馬が神のカードを扱える秘密さえ暴けば、後はリシドと共に城之内を血祭りに上げて遊戯を絶望させた後に倒すのみ――バクラの宿主である獏良を使う必要は既にない。

 

 

「ククク、随分と太っ腹なことで」

 

 ゆえに自信タップリなマリクにバクラは肩をすくめて笑みを浮かべ、そして指を一つ立てて手間賃替わりに警告を送る。

 

「なら俺様からも1つ――テメェは気付いていねぇようだが、この飛行船は『檻』だ。獲物を逃がさねぇようにこれでもかって程に罠を張り巡らせてある」

 

 古代エジプトにて名を馳せた盗賊王としての記憶を持つバクラからすればこのバトルシップは些か以上に刺激的なものだった。

 

「そして念入りに『檻』の中には狩人まで放り込んである手の込みよう――随分と人気者じゃねぇか、せいぜい寝首を搔かれねぇように気を付けな」

 

 既にバトルシップは遥か空の上――逃げ場など何処にもありはしないのだから。

 

 

 しかしそんなバクラの言葉の一部にマリクは反応を示す。

 

「狩人? ああ、役者(アクター)とかいうロートルのことか」

 

 マリクに年寄り(ロートル)扱いされているアクターだが、アクターを知る人間の大半はアクターをかなり高齢の人間と見ている。

 

 デュエルモンスターズが生まれた瞬間から、相手の戦術を調べ上げて徹底的な対策を取り、自身の個性を掻き消したデュエルスタイルに何処かその老獪さを感じる人間が多いためだ。

 

 若者らしい熱のようなものを一切感じさせない点などもその認識を加速させていた。

 

 

役者(アクター)だァ?」

 

 だとしても獏良が知り様の無い世界の為、バクラにはアクターに対する大した情報はないゆえに疑問形である。

 

「ハッ、お前は知らないようだな。まぁ無理はない……デュエルモンスターズが生まれると共に、今に至るまでその名だけが独り歩きしているようなデュエリストだからな」

 

 そんなバクラの無知加減に優越感に浸りながらマリクは語る。しかしマリクはアクターの実力に懐疑的だった。

 

「裏の王者だか、伝説だか、色々揶揄されているが――要は相手の弱点を突くしか能がない老いぼれだよ」

 

 幼少時を地下深くで生きてきたマリクは裏の人間は表の世界へ、光ある場所を求めるものだと考えている。

 

 ゆえに本当の意味でアクターが噂通りの実力を持っているのなら、裏の世界ではなく表の世界で生きている筈――これがマリクの主張だった。

 

 にも拘らずアクターが未だに裏デュエル界にいるということは、所詮その程度のデュエリストなのだと考えた――あながち間違いではない。

 

 

「成程な。裏の掃除人ってヤツか……」

 

 そんなマリクの思考を遮るようにバクラはポツリと呟きつつ内心で考えを纏める。

 

――コイツ(マリク)には遊戯をぶつける腹積りかと思ったが……狩人は別に用意してやがったのか? いや、決めつけるには早ぇ。

 

 KCに対する警戒度を高めているバクラにとって、KC側の思惑を探ることは急務だったが、未だに全容が掴めていない。

 

 バクラからすればKC側の動きに一貫性がなく、「何がしたいのか分からない」状態だった。

 

 

 それもその筈、動いている側の神崎も予想外につぐ予想外のことばかり起きているので、細かな個所はよく分かってはいないので無理はない。

 

 そんな深く思考するバクラの姿を「アクターを警戒している」と取ったマリクがいらぬ心配だと息を吐く。

 

「お前が心配するようなことはない。その程度の老いぼれ、リシドの実力なら何も問題はないさ」

 

 それはマリクのリシドへの信頼の証だった。リシドなら大丈夫だと――自身を1人には決してしないのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで終わりだァアアアア!!」

 

 そんなリシドの叫びと共に《深淵のスタングレイ》の尾の針が対象を貫いた。

 

 周囲に立ち込めるナチュルたちが破壊された時の衝撃によりリシドからはアクターの姿は正確には認識できない。

 

 

 だが、対象が崩れ落ちる姿だけは何とか確認したリシドは緊張の糸を緩める。

 

「勝った……のか……これでマリク様への最大の障害はなくなった……か……」

 

 そう零しつつリシドは自身のデッキにそっと手を添えた。

 

 アクターと自身のデッキの相性が悪かったゆえに追い詰められていたリシドだが、最後は己がデッキに救われたのだと感謝の意をデッキへ向ける。

 

「アクターよ。お前は私が戦ってきた中で最も強かなデュエリストだった……」

 

 そしてアクターがいるであろう場所を見据えリシドは今の己の胸中を語る。

 

「つくづく思う――デュエルモンスターズの黎明期(れいめいき)から戦い続けてきた男と、こんな形で戦いたくなかった、と」

 

 リシドから見たアクターはリシドが幼少のころからデュエルの世界で戦い続けた最古参の1人。

 

 デュエルするのであれば、リシドも1人のデュエリストとして相応しい場での決着が望ましかった。

 

 ゆえにリシドは絞り出す様に呟く。

 

「……アクター。このバトルシップから降りろ――私は(めい)によりお前を拘束し、マリク様の元まで連れて行かねばならん」

 

 このリシドの言葉は、主であるマリクへ背信に近い。

 

 マリクが命じた「可能であれば拘束し、連れてこい」に反し、積極的に逃がそうとしているのだから。

 

「そうなればマリク様はお前を千年ロッドの力で意のままに操ろうとするだろう……ゆえにこの場はどうか引いてくれ……」

 

 裏側といえども、仮にも王者と呼ばれる男が意思なき傀儡にされる様はリシドには心苦しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが全く返答の無かったアクターの側から何かが飛来した。

 

「これは?」

 

 その飛来した何かはリシドのフィールドでその尾をクルリと丸め、リシドの指示を待つように身を伏せる。

 

 

 そう、飛来したのは《深淵のスタングレイ》。

 

 そんなリシドのフィールドに戻って来た《深淵のスタングレイ》の姿にリシドの思考は僅かに止まる。

 

 デュエルが終わったのなら、ソリッドビジョンも解除されていなければならない。つまり――

 

「ま、まさか!!」

 

 やがてフィールドの視界が開けていき、リシドの目に映ったのはアクターのフィールドでうごめく小さな影。

 

 それは丸い石の身体に小さな手足、そして頭にコケや花が生える《ナチュル・ロック》の姿。

 

 

 しかしその石の身体の中央には《深淵のスタングレイ》の一突きを受け止めたせいか、亀裂が入っており、その痛みによって《ナチュル・ロック》のつぶらな瞳からは涙が零れていた。

 

《ナチュル・ロック》

星3 地属性 岩石族

攻1200 守1200

 

「いつの間に……」

 

「罠カードが発動した時、デッキトップを1枚墓地に送ることで手札の《ナチュル・ロック》は特殊召喚できる」

 

 言葉を失うリシドに説明を返すアクター。

 

 所謂「発動していたのさ!」な状況ゆえにアクターは内心では申し訳ない思いで一杯だった――リシドの最後の叫びにアクターの声がかき消された問題もあるが。

 

 

 そんなことはさておいて、冷静さを取り戻していくリシドの頭にはどのタイミングで《ナチュル・ロック》が呼び出されたのかもよく分かる。

 

「私の永続『罠』《深淵のスタングレイ》が発動したときか……くっ、ならば《深淵のスタングレイ》で《ナチュル・ロック》を攻撃だ!」

 

 あと一歩のところで追撃を躱されたリシドの悔しさを払うように《深淵のスタングレイ》は《ナチュル・ロック》のダメージを与えてヒビ割れた個所へと体当たりし、目標を打ち砕く。

 

――防いだのか……ならば、まだデュエルは続くのだな。

 

 そんな雑念となりかねない想いを振り切るようにリシドは再度気を引き締め直す。

 

「私はバトルを終了し――」

 

 しかし、アクターはその僅かな気の緩みを見逃さない。

 

「そのバトルフェイズ終了時に手札の《クリボーン》を捨て、効果発動。このターンの戦闘で破壊され自身の墓地に送られたモンスター1体を特殊召喚――《ナチュル・バンブーシュート》を特殊召喚」

 

 白い毛玉こと《クリボーン》が聖なる波動を放つと大地は活力を取り戻していき、大きなタケノコが2つ生えた。

 

 復活のタケノコこと、《ナチュル・バンブーシュート》はリベンジマッチだと言わんばかりに《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》を見上げる。

 

《ナチュル・バンブーシュート》

星5 地属性 植物族

攻2000 守2000

 

「だが、そのモンスターの効果はアドバンス召喚したときでなければ適応されない筈……私はバトルを終了し、ターンエン――」

 

 しかし、そんなリシドの言葉に自信を無くしたのか不安げにアクターへと振り返る《ナチュル・バンブーシュート》。

 

 そんな《ナチュル・バンブーシュート》の視線に応えるようにアクターは《増殖するG》の効果で最後に引いたカードを手に動く。

 

「さらにバトルフェイズ終了時、永続罠《連撃の帝王》の効果を使用――フィールドの《ナチュル・バンブーシュート》をリリースし、手札の《ナチュル・バンブーシュート》をアドバンス召喚」

 

 《ナチュル・バンブーシュート》が光の粒子となって新たなモンスター、《ナチュル・バンブーシュート》へと姿を変える――同じカードゆえに見た目は変わってはいないが、気分的には変わっているのだ。

 

《ナチュル・バンブーシュート》

星5 地属性 植物族

攻2000 守2000

 

 三度目のタケノコの降臨。今度はしっかりと魔法・罠封じの効果が適用されている為、リシドはこれを見逃す訳にはいかない。

 

「それを通す訳にはいかん!! カウンター罠《神の宣告》を自身のライフを半分払い発動!!」

 

リシドLP:500 → 250

 

 リシドのライフを削った献身に神々しいオーラを放つ長い髭の老人がお供の天使を連れて現れる。

 

「これにより自分または相手モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚のいずれかを無効にし、破壊する!!」

 

 そして神々しいオーラを纏う髭の長い老人は「タケノコ狩りじゃァ!!」とばかりに白いローブから取り出した鎌で《ナチュル・バンブーシュート》に襲い掛かった。

 

 

 しかし一発の銃弾が放たれる乾いた音が響き、神々しいオーラを纏う髭の長い老人が持つ鎌を砕き、ついでに髭に風穴を開ける。

 

「私はライフを半分払うことで『手札から』カウンター罠《レッド・リブート》を発動」

 

 それはアクターの手札のカードから放たれた一発の銃弾(カウンター罠)

 

アクターLP:1000 → 500

 

「相手の罠カードの発動を無効にし、そのカードをセット」

 

 アクターの説明に神々しいオーラを纏う老人は忌々し気にカウンター罠《神の宣告》の元へとお供の天使を引き連れ戻り、カウンター罠《神の宣告》は再度セットされた。

 

「その後、相手はデッキから罠カード1枚を選びセットすることが出来る――が、このターンの終わりまで相手は罠カードを発動できない」

 

「…………私はデッキからカウンター罠《攻撃の無力化》を選び……伏せる」

 

 アクターの効果説明にリシドはデッキからカードを1枚選択してフィールドにセットするが、アクターのフィールドの《ナチュル・バンブーシュート》の効果により発動は出来ない。

 

「ターン……エンド……だ……」

 

 沈痛な面持ちでターンを終えたリシド。

 

 リシドのフィールドには攻撃力4000の《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》がいるものの、アクターの手札は《増殖するG》の効果によって補強されている。

 

次のターンに《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》の攻撃が通ると考える程、リシドは楽天家ではない。

 

 

 アクターがデッキに手をかける姿がリシドには酷く緩やかに感じられる。

 

 リシドはそんな緩やかな体感時間の中で「どうにかしなければ」と考えるが、効果的な打開策には繋がらない。

 

「私のターン、ドロー。2体目の《ナチュル・パンプキン》を召喚」

 

 ゴロゴロとカボチャの身体で転がりながら再び《ナチュル・バンブーシュート》の隣で寝そべる《ナチュル・パンプキン》。

 

 相も変わらず眠そうな表情でふわぁとあくびを出す。

 

《ナチュル・パンプキン》

星4 地属性 植物族

攻1400 守 800

 

「召喚時、《ナチュル・パンプキン》の効果を発動。手札の《ナチュル・スティンクバグ》を守備表示で特殊召喚」

 

 そして《ナチュル・パンプキン》の頭から緑のファンシーなカメムシが陽気に飛び出した――かったのだが、先程の《ナチュル・パンプキン》の回転のせいで目を回したのかその足取りはおぼつかない。

 

《ナチュル・スティンクバグ》

星3 地属性 昆虫族

攻 200 守 500

 

「バトルフェイズ。《ナチュル・バンブーシュート》で《カース・オブ・スタチュー》を攻撃」

 

 地中からのドリルのような《ナチュル・バンブーシュート》の一撃が石像である《カース・オブ・スタチュー》を容易く砕き、リシドを追い詰めていく。

 

リシドLP:250 → 50

 

「ぐっ……このままでは……」

 

 残り僅かとなったライフに焦りを見せるリシド。

 

「メインフェイズ2へ移行。カードを1枚セットし、ターンエンド」

 

 だがアクターはそれ以上の大した動きは見せずにターンを終えた。

 

 このデュエルが始まってからアクターはずっと感情の波を見せず、変わらぬ姿でデュエルする。そんなアクターの姿にリシドは一歩後退る。

 

――これが……これが役者(アクター)……裏の……王者……

 

 そう胸中で思うリシドには先のターンの逆転劇すらアクターの筋書きであるような錯覚すら覚える――普通に錯覚である。

 

 

 リシドの手が僅かに震える。今のリシドには「己が勝つビジョン」が見えなかった。今からどう動こうとも、その全てがアクターに封殺される未来を幻視する――何度も言うが普通に錯覚である。

 

 

 だがこの錯覚は存外馬鹿には出来ない。心の折れたデュエリスト程、脆いものはないのだから。

 

 アクターが勝ち続けてこれたのは、こう言った「心理的圧迫」を無自覚に相手に与え続けてきた背景もある。

 

 

 このデュエルは己が主であるマリクの進退も関わる大事なデュエルだというのに、リシドの戦意は折れかけていた。

 

 自身のフィールドに存在する攻撃力4000の《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》を視界に入れつつリシドは思案する。

 

――攻撃すべきか? いや、奴のリバースカードが攻撃に反応する類のものであれば、此方に成す術はない……

 

 たった1枚のリバースカードが、相手の残り僅かな手札が、リシドに二の足を踏ませる。

 

――ならば守備を固め、立て直しを図るべきか? いや、どちらのライフも残り僅か……さらに此方に至っては僅かな効果ダメージを与えるカードすら防ぐ術がない。

 

 

 考えれば考える程に、リシドのデュエリストとしての高い実力も相まって今の己の崖っぷちな状況を正しく理解できてしまう。

 

 

――どうする。どうする! どうすれば! このままではマリク様が!

 

 

 リシドが敗北すれば次にアクターはその足でマリクを狙うことは明白。

 

 そして当然アクターは用意している――「神殺しのデッキ」を。

 

 そんな『ラーの翼神竜』の全てを対策したデッキを前に、「最上位の神を持つマリク様が負ける筈がない」と、リシドは楽観視できない。

 

 

 此処で何としてもアクターを止めねばならないと動こうとするリシドの意思に反して、その腕は鉛のように重い。

 

 

 

 ここのドローに全てが懸かっている。だがリシドの手は震えたままだ。

 

 

 リシドの脳裏に過去の記憶が、情景が巡る。

 

 実の親に捨てられたリシド。だがそんなリシドを拾い上げてくれたイシュタール夫妻。

 

 本当の家族となるべく精進したリシドだったが、後継者の問題が解決したゆえに使用人の立場となってしまう。

 

 それでも受けた恩義を返したい一心で忠義を尽くすも、イシュタール夫妻は既に現世を旅立ち、その息子、マリクは道を踏み外した現在。

 

 マリクの姉、イシズと共に残る道もあったが、まだ子供であったマリクを1人にする訳にはいかぬと共に闇の道を歩む。

 

 決して順風満帆とは言えぬリシドの人生だった。

 

 

 だが幸福だった時期がない訳ではない――マリクの幼少時、デュエルをして欲しいとせがまれ、イシズも交えて時間の許す限り遊んだあの楽しき日々。

 

 

 そんな懐かしき日々を思い出したリシドの瞳に火が灯り、アクターを射抜く。

 

 

 そしてリシドは歯を食いしばり後退った足を一歩前に出す――気持ちで負けてはならないと。

 

 

 さらに手札のない左手を血が滲む程に握りしめる――守りたい存在(マリク)を想えば、まだ戦えると。

 

 

 右手をデッキに託す――このドローに全てが懸かっている。だがリシドの手はもう震えてはいない。

 

 

「私のターンだ――――ドロォオオオオ!!」

 

 

 1ターンでも多く、一手でも多く、そして1ポイントでも多くのライフを削り、勝利を手繰り寄せて見せるとドローしたカードは――

 

 

「――ッ! これは!?」

 

 リシドの思考を止めさせた。まるであるべき筈のないカードを引いたかのようにその瞳は揺れ動く。

 

 

 だが対するアクターにはリシドの胸中が読み取れない。

 

――何を悩んでいる? この状況で選択肢はそう多くない筈だが…………

 

 今の盤面を覆す必要がある状況で引いたカードを「使わない」選択肢など、今のリシドにはあり得ない筈だった。

 

 

 そう、ごく普通のカードなら。

 

 

 アクターの胸中に最悪の可能性が過る。

 

――まさか既にコピーカードの《ラーの翼神竜》を!?

 

 

 三幻神のカードは使い手を選ぶカードだ――選ばれていないものが十全に扱うことは叶わず、コピーカードを使用しようものなら、対戦相手すら巻き込んで天罰を下す。

 

 まさに超常たるカードであり、人の身にあまる代物。

 

 

 そして原作ではマリクがリシドに「グールズの首領、マリク」を演じさせる上でリアリティを出す為に、コピーカードの『ラーの翼神竜』のカードを所持させていた。

 

 

 原作で使用したリシドがどうなったかなど語るまでもない。対戦相手だった城之内も危うい目にあっている。

 

 

 

 

「マリク様……今こそ私は墓守の一族として、マリク様の障害を排する矛となりましょう!!」

 

 しかしリシドはそんなリスクを恐れない。否、恐れている場合ではない。

 

 目の前の脅威(アクター)を己が主であるマリクの元へ向かわせないために、リシドは命すら賭ける。

 

 アクターの善戦が皮肉にもリシドの覚悟を後押しする結果となっていた。

 

 

 やがてリシドは最後の手札を前に突き出しつつ宣言する。

 

「そして私は――」

 

「よせッ!!」

 

 アクターのいつもらしからぬ制止の声もリシドを止めるには至らない。

 

「――《苦紋様の土像》! 《深淵のスタングレイ》! そして《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》の3体を贄に捧げ(リリースし)、神を呼ぶ!!」

 

 3体のモンスターが空へと吸い込まれていく。

 

――どうか今この時だけでもお力をお貸しください! マリク様の為に!!

 

 そのリシドの願いを聞き届けたように空から雲を掻き分け降りてきたのは黄金の巨大な球体。

 

 その姿はまさに太陽の如く。

 

「三幻神が最高位!! 崇高なる神!! 『ラーの翼神竜』!!」

 

 やがて巨大な黄金の球体は音を立てて展開し、巨大な翼に竜の手足を持ち、鳥のような顎を開き咆哮を上げる黄金の神。

 

『ラーの翼神竜』

星10 神属性 幻神獣族

攻 ? 守 ?

 

「『ラーの翼神竜』の攻守は贄に捧げたカードの攻守それぞれの合計の数値となる!!」

 

 『ラーの翼神竜』の身体に贄に捧げたモンスターたちの力が宿っていく。

 

『ラーの翼神竜』

攻 ? 守 ?

攻5900 守6500

 

 しかし、今のアクターはそれどころではない。『ラーの翼神竜』が神の怒りを落とすのか、否かの確認に忙しい。

 

――安定している? ならば安定している内にデュエルを終わ――

 

 そんなアクターの思考に割り込むようにリシドの声が響いた。

 

「『ラーの翼神竜』で《ナチュル・バンブーシュート》を攻撃!! 神の一撃を受けよ!!」

 

「その攻撃時、永続罠《ナチュルの神星樹(しんせいじゅ)》を発動」

 

 アクターの背後から巨大な大樹が天を割く程に伸びる。

 

「無駄だ! 神にあらゆる効果は通じぬ!! 如何なるカードであっても神を止めることは出来ん!!」

 

 だがそんな大樹では神を止めることは叶わぬことを示すように周囲にプレッシャーを放つ『ラーの翼神竜』。

 

 しかしアクターはすぐさま効果を発動させる――今のアクターに時間は残されてはいない。

 

「自分フィールドのレベル4以下の地属性・植物族モンスター1体をリリースし、デッキから地属性・昆虫族モンスター1体を特殊召喚」

 

 《ナチュルの神星樹(しんせいじゅ)》から巨大な幹がアクターのフィールドに伸びていき――

 

「私は地属性・植物族の《ナチュル・パンプキン》をリリースし、デッキから地属性・昆虫族の《ナチュル・モスキート》を守備表示で特殊召喚!」

 

 《ナチュル・パンプキン》を貫いた。そして《ナチュル・パンプキン》は《ナチュルの神星樹(しんせいじゅ)》に呑み込まれていき――

 

 カラフルでファンシーな夏の風物詩、「蚊」のナチュル――《ナチュル・モスキート》が独特の羽音と共に《ナチュルの神星樹(しんせいじゅ)》から飛び出す。

 

《ナチュル・モスキート》

星1 地属性 昆虫族

攻 200 守 300

 

「《ナチュル・モスキート》の効果。自分フィールドに自身以外の『ナチュル』モンスターが表側表示で存在する限り攻撃対象にはならない」

 

 そのまま《ナチュル・バンブーシュート》と《ナチュル・スティンクバグ》の背後に隠れる《ナチュル・モスキート》の姿。

 

「だとしても、そのまま《ナチュル・バンブーシュート》を攻撃するだけのこと! 行けッ! 『ラーの翼神竜』!! ゴッド・ブレイズ・キャノン!!」

 

 しかし攻撃は止まらないと断ずるリシド。

 

 だが突如として『ラーの翼神竜』は動きを止めた。

 

「……どうした!? 何故『ラーの翼神竜』は攻撃しない! あれは……!」

 

 そして『ラーの翼神竜』の身体は煙のように変化し、天へと昇る――やがて空に不穏な雲がうごめいた。

 

 

 それが何を意味するかに気付いたリシドは頭を垂れる。

 

「運命は……神は……私を墓守の一族としては認めてくれぬ……か……」

 

 そんな意気消沈した様相のリシド。

 

 今のリシドにあるのは神の怒りをその身に受ける恐怖ではなく、墓守の一族が崇める三幻神に認められなかったこと。その事実に打ちひしがれていた。

 

 それはマリクの隣に立つ資格がない、そう言われた気がしてならない。

 

 既にリシドに先程までの覇気はなく、全てを諦めたかのような様相だった。

 

 

 だが一方のアクターは自身の命のピンチである為、諦めてなどいられない。

 

――やはり無理だったか……だが!

 

 如何に冥界の王を取り込んだアクターとはいえ、三幻神の頂点たる『ラーの翼神竜』の天罰を受けてみようなどとは思わない。

 

「《ナチュル・モスキート》の更なる効果。自分フィールドに表側表示で存在するこのカード以外の『ナチュル』モンスターの戦闘によって発生する自身への戦闘ダメージは相手が代わりに受ける」

 

 既にリシドの攻撃宣言は成されている――その為、《ナチュル・モスキート》が羽を広げ高く飛び立つ。

 

 

 しかし空には神の怒りを示すように雷雲が立ち込め始め、その雷雲はイカヅチを迸らせながら益々巨大になっていく。

 

「だが神にあらゆるカードは効か――」

 

 神の怒りを前にしても止まらぬアクターにリシドが義務感からかそう返すが――

 

「『ラーの翼神竜』の耐性は『このカードは他のカードの効果を受けない』もの。そして《ナチュル・モスキート》はあくまで戦闘ダメージの対象を相手に移すカード。よって――」

 

 自身の命が賭かっているアクターからすれば止まれば死ぬので、止まる訳にはいかない。

 

「――『ラーの翼神竜』といえども防ぐことは出来ない」

 

――多分!

 

 そんな内心の自信のなさを隠したアクターの言葉だったが、根拠が0な訳ではない。

 

 海馬の持つ『オベリスクの巨神兵』と今は遊戯が持つ『オシリスの天空竜』のデータから、問題はない筈だと判断している。

 

 しているのだが、「『ラーの翼神竜』は最高神だから無効デース!」等と言われれば、アクターにはもはやどうしようもない。

 

 

 リシドの元へ突き進む《ナチュル・モスキート》の動きがアクターにはやけに遅く感じられる。

 

 その間にも、イカヅチが迸る雷雲が『ラーの翼神竜』の頭部を形作っていく。

 

 

 

 

 

 

 しかし、その前に《ナチュル・モスキート》の針がリシドの首筋を貫いた。

 

リシドLP:50 → 0

 

 それと同時にリシドのライフが尽きる――それは問題なく効果が適用された証。

 

――よしッ!

 

 リシドのライフが尽きたと同時にそう意気ごむアクターはすぐさま次の手を打つ。

 

 するとアクターの影から黒い泥のようなモノが噴出し、互いのデュエリストを覆う様に素早くドーム状に形成され始めた。

 

――間に合うか!?

 

 そう考えながら、互いのデュエルディスクに繋げられたデュエルアンカーを自身の方へ力強く引くアクターだったが――

 

 

 

 そんな2人のデュエリスト目掛けて、天より神の怒りが数多のイカヅチとなって降り注いだ。

 

 

 

 






次回、『ラーの翼神竜』による神の怒り VS 冥界の王バリアー

今作の『ラーの翼神竜』の効果説明は次の機会に




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。