マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
ラーの翼神竜「きのこ、たけのこ――下らぬ争いよ……アーモンドの力に、古の力の前にひれ伏すがいい!」

きのこマン「すぎのこ……だと!?」

ナチュル・バンブーシュート「バカな!? 村のモノは既に滅んだ筈!?」



第113話 焦るなよ、本戦は始まったばかりだぜ?

 リシドとアクターがデュエルしていた個所には人影はなく、ドス黒い泥を固めたような巨大なドームのみが鎮座していた。

 

 その不可思議なドームの周囲には藍色の球体に目玉の付いた群体のモンスター、《モンスター・アイ》がいくつも宙に浮かび周囲を探るように辺りを見渡している。

 

 地面に転がる黒焦げの残骸は神の怒りのイカズチを受けた《モンスター・アイ》たちの一部だ。

 

 

 そんな完全防備な有様の巨大なドームの内側で光のピラミッドの赤い宝玉の光が収まっていく光景を見ながら、アクターはその胸中で溜息を吐く。

 

――久々に肝を冷やした……

 

 泥のようなモノの正体は冥界の王の身体を構成していた謎物質であり、それを幾重にも折り重ね、即興のシェルターを生み出すことで神の怒りを防ごうとした次第であった。

 

 

 さらにシェルターに落ちた神の裁きであるイカズチのエネルギーを光のピラミッドで吸収する徹底っぷりである。

 

 

 そしてそのシェルターの外側に浮かぶ《モンスター・アイ》はこれまた冥界の王を神崎が取り込んだ際に獲得した「カードの実体化」によってシェルターの外が安全か否かを確認していた。

 

 

 

 ちなみにこれはあくまで「カードの実体化」であるため、ギースのように「カードの精霊」の力、というわけでは「ない」。

 

 

 やがて周囲の《モンスター・アイ》の視界を借りたアクターは外が安全であると確認した後、シェルターを解除。

 

 その後、冥界の王の力である泥の塊はアクターの影へと呑み込まれていく。

 

――存外何とかなるものだ。

 

 九死に一生を得た、と内心で脱力するアクター。

 

「これは……一体……」

 

 そしてその冥界の王印のシェルターへとアクターに押し込められていたリシドは見たこともない現象に未だ理解が追い付いつかぬことを示すように呟くが――

 

 

「知る必要はない」

 

 アクターはリシドへの説明を放棄するような言葉を返しつつ《モンスター・アイ》の実体化を解除していく。

 

「私を……助けた……のか? 何故だ……お前にとって私は邪魔な存在の筈……」

 

 状況を呑み込み始めたリシドが困惑の面持ちで追及するが、アクターには答えられない。

 

 その理由である「闇マリクを目覚めさせない為」を話せば、「何故知っている」という答えられない質問へと行き着くのだから、

 

 

 ゆえに《モンスター・アイ》のカードを仕舞い、デュエルアンカーを外した後でこの場を離れようとするアクター。

 

 

 だが、その動きを止めるようにリシドの声がアクターに届く。

 

「違うな……どんな理由があれ窮地を救われたのだ。まずは感謝を」

 

 そう言いながらスッと頭を下げて感謝の意を示すリシドにアクターの足はふと止まる。

 

 

 冥界の王の力を得たことで(バー)が見えるようになり相手の感情をダイレクトに知ることが出来るようになったアクターにはそのリシドの感謝がただの言葉の上のものではなく、心からのものであることが見て取れるゆえに。

 

 

 そのリシドの真っすぐさにアクターは内心でやり難そうにするが――

 

「――礼といっては何だが、其方の言い分を聞き入れよう。目的は何なんだ?」

 

「マリク・イシュタールを止める――それが今回の依頼だ」

 

 そんなリシドの思わぬ言葉に内心で動揺しつつ気の変わらぬ内にとアクターは即座に返す。

 

 

 正確には「グールズ排除、もしくは組織の解体」が依頼内容であるが、詳しい説明をし始めるとキリがないのでアクターは現在の目的を告げるに留めた。

 

 

 実のところ今回のアクターの仕事は依頼人であるグールズの被害者が多すぎる為に様々なオーダーがある。

 

『此方のメンツを潰されたからには相応の報復が必要じゃけん――ケジメを付けさせェ』と危うげな意見や、

 

『殺せ』などの物騒な発言に加えて、

 

『わたくしたちの兵隊(デュエリスト)と死ぬまで戦わ(デュエルさ)せましょう? 面白いおもちゃ(衝撃増幅装置)を作らせたの』といった性根の腐った提案まである次第だ。

 

 そんな人の黒い部分を眺めつつ神崎は内心でドン引きしているが――

 

 彼らがそんな過激な意見を強気で発言したのは神崎がグールズの対処の先頭に立ったからだということに神崎は気付いていない。

 

 

 

 原作ではグールズに関する騒動終了後にマリクは特に罰らしい罰も受けずに平穏を享受していた。

 

 上述のような人間の思惑を無視できたのは遥か古代から連綿と年月を重ねてきた墓守の一族の力によるところがかなり大きい。

 

 

 それに加えて墓守の一族には摩訶不思議な力を持つとの噂もある。

 

 墓守の一族の長であるイシズが積極的にグールズの首領への働きかけるのを見た人間が、今回のグールズの騒動も「その力の一部では?」との声が上る程だ。

 

 原作にてマリクの罪が特に言及されていないのは、イシズがその墓守の一族の力をフル活用したゆえなのだろう。

 

 

 誰だって虎の尾は踏みたくない。藪蛇は御免なのだ。

 

 

 しかし今回はオカルト課の存在が待ったをかけた。

 

 オカルト課――その設立当初の名は「神秘科学体系専門機関」だった。だったのだ。過去形である。

 

 

 だが、神崎が嵐の中を生身で泳いで人命救助したり、オカルト課の技術を強引に奪うべく放たれた刺客を神崎が物理的に殴り飛ばしたり、デュエルエナジーのバックアップがあったとはいえ、マッスルで戦場を渡り歩くなどの、様々なぶっ飛んだ行為を続けていた為――

 

 

『神秘なんちゃら機関? あー、はいはい、あのオカルトなところね? おーい、オカルト課からお客さんだってー!』

 

 な人々の意思により「オカルト課」としか呼ばれなくなった為、もはや形骸化している名称である。

 

 

 話を戻そう。

 

 そんな「墓守の一族の摩訶不思議な力」には「オカルト課の意味不明な技術」での対応が出来そうな為、依頼人たちは強気な姿勢を示しているのだ。

 

 

 早い話が、オカルト課に代わりに虎の尾を踏ませ、怒れる虎をそのまま絞め殺してくれれば良し――その虎を剥製(見世物)にしようが敷物にしよう(愛でよう)が自由。

 

 逆に怒れる虎にオカルト課が返り討ちに合えば、「手を出さなくて良かった」と胸を撫で下ろす。

 

 

 汚い大人の思惑ってヤツである。一応、神崎側も成功の暁には「依頼料」との名目で色々分捕れるが。

 

 つまり今現在マリクの崖っぷちな状況は言ってしまえばオカルト課が、神崎が原因なのである。

 

 

「……それだけなのか?」

 

 そんな事情を知らぬリシドがアクターの「マリクを止める」との言葉を信じていいものかと不安げに問いかけるがアクターは努めて事務的に返す。

 

「此方の仕事はそれだけだ。その後は他のKCの人間が対応する」

 

「その後はどうなるのだ? まさかマリク様の命を――」

 

 意外と質問に答えてくれるアクターの姿に立て続けに質問するリシド――この際、聞いておけることは聞いておく腹積りなのだろう。

 

「KCの人間が、表の人間が対応する以上、表のルールに則ったものになる」

 

「つまりマリク様はどうなるのだ!!」

 

 だがアクターの返答は具体的なアレコレは明言しないものばかり、ゆえにもどかしさを感じたリシドは声を荒げつつ無自覚に避けてきた問いかけを投げ打った。

 

「…………司法の判断に委ねられるのが()()()だ」

 

「マリク様は大丈夫なの……か?」

 

「其方の対応次第だ」

 

 最後までフワッとしていたアクターの説明だが、その言葉に嘘はない。

 

 

 何故ならアクターの中の人こと神崎も「まずは止める」な認識である。

 

 神崎も色々準備はしているが、マリクを止めた段階での状況がハッキリしない今の段階では明言できないのだ。

 

 早い話が、今は「多分こうなる」程度の話しか出来ない。

 

 

 そんな思惑があれど、アクターの言葉に嘘がないことを見て取ったリシドはその言葉を信じる。

 

 先のデュエルで命を救われた恩人相手にこれ以上懐疑的な眼を向けることがリシドの性格上できなかった。

 

「そうか……私はお前のことを勘違いしていたのかもしれないな……」

 

 マリクと共に起こした数々の犯罪行為に対してリシドには「許されない行為」との認識があった。

 

 さらに他の刺客たちには明確な嫌悪などの負の感情があった為、マリクたちを狙う刺客の手にかかれば最悪の結末を辿るとリシドは危惧していたが、眼前のアクターは違った。

 

 

 アクターは機械的だった。グールズの罪を糾弾する訳でもなく、侮蔑の眼差しを向ける訳でもない――唯々依頼に忠実なだけの存在。

 

 

 依頼である「マリクを止める」目的さえ果たせるのなら、グールズに与するリシドの命すら助ける姿にリシドは希望を持った。

 

 

 リシドやマリクの味方にはならなくとも、マリクを止める上で邪魔になるマリクの内に眠る邪悪なる人格を討ち果たしてくれるかもしれないと。

 

 

 ゆえにリシドはアクターに最後の希望を託す――デュエルで負けた己には果たせぬ使命だと。

 

「協力の証に、このカードを受け取って欲しい――きっとお前になら扱える筈だ」

 

 そうして1枚のカードがリシドからアクターに差し出された。

 

 

 アクターはそのカードを内心で訝し気な視線を向けるが、リシドの(バー)から読み取れるものは「誠意」・「信頼」などの真っ直ぐなものであるため、邪険には扱えない。

 

――《聖獣セルケト》か? 問答する時間も惜しい。今は受け取って後で返すとし――

 

 ゆえにそんなことを考えながらリシドの差し出したカードを無警戒に受け取ろうとするアクター。

 

 

 だがその手がカードに触れた瞬間にバチンと弾くような音と小さな光と共にリシドが倒れ、更にアクターの視界からナニカが背後に飛んでいき、ボトリと落ちる。

 

――えっ?

 

 アクターの目の前で糸の切れた人形のように倒れたリシド。

 

 さらにアクターが差し出した筈の右手は手首から先がない――その右手はアクターの背後に転がっていた。

 

 そして腕の切断面から遅れてやってきた、焼けるような痛みがアクターに奔る。

 

「――ッ……!!」

 

 何とか叫び声を上げずに痛みに堪えるアクターだが、その腕は神聖さすら感じる炎が侵食するかのように広がって行く。

 

 そしてリシドの手から離れ、地面に落ちたコピーカードの『ラーの翼神竜』が崩れていく姿がアクターの視界に入る。

 

――正確な状況は読み込めないが、このままではマズイことは確か……

 

 そうアクターが思案している間にその聖なる炎とでもいうべきものは肘まで浸食していくが――

 

 

 それよりも早く、肉の千切れる音と共にアクターの肩口から右腕がゴッソリ地面に落ちた。

 

 残った左腕で自身の右腕を千切り取ったアクターは地面で轟々と燃える己の右腕だったものに視線を向け――

 

 

「 『 喰らえ 』 」

 

 

 そう呟いたアクターの言葉と同時に首元に光のピラミッドが現れ、その中心の赤い宝玉が輝いた。

 

 そして地面に転がるアクターの右腕だったものを燃やす聖なる炎が光のピラミッドに吸い込まれて行く。

 

 やがて光のピラミッドの光が収まった後には右腕をゴッソリとなくしたアクターと、倒れ伏してピクリとも動かないリシドの姿。

 

 

――これは…………痛みはないな。不思議な感覚だ。

 

 命の危機を感じたゆえに「己の腕を千切る」という強引過ぎる手段をアッサリと決断したアクターだったが、覚悟していた痛みが来ないことに疑問符を浮かべた。

 

 右腕を千切り、尚且つ千切られた右腕はほぼ焼失したにも関わらず、アクターに痛みはない――先程の焼けるような痛みが炎によるものだけである証明だった。

 

 そしてアクターは順番に状況を整理していく。

 

――今の状況は……いや、まずはリシドの治療……いや、その前に腕だ。

 

 リシドを治療すべく「カードの実体化」を試みようとしたアクターだが、その右手が飛んでいき、残りは千切ったことに再度、思い至る――まだ冷静になれていないらしい。

 

 そしてアクターが腕――といっても肩口からゴッソリないが――を掲げ、右手と右腕の一部へと意識を向けると落ちた2つの肉片は泥のような状態となってアクターの右腕へと還り、ドス黒い泥と化す。

 

 しばしドス黒い泥が脈動した後、ゴッソリと失った右腕は何もなかったかのような状態に戻った。

 

 

 そんな光景を「此処まで人間ではなくなったんだな」とアクターは何処か他人事のように思いつつ、治った右腕にすぐさまカードをかざし、再度「カードの実体化」を行使した。

 

「魔法カード《至高の木の実(スプレマシー・ベリー)》」

 

 すると何処からか小さな白い鳥がリシドの元に降り立ち、そのクチバシに咥えた緑の木の実がリシドに向けて落とされる。

 

 やがて木の実は急激に育ち始め、草花が生い茂る。やがて《至高の木の実(スプレマシー・ベリー)》は草花のゆりかごのように姿を変え、リシドを癒した。

 

 

 魔法カード《至高の木の実(スプレマシー・ベリー)》――早い話がライフを2000回復する魔法カードである。

 

――肉体的な損傷もなく、(バー)へのダメージが見て取れたゆえにライフの回復を試みたが、一応の効果は見込めている……か……次だ。

 

 そう考えつつ、平行して何故リシドがこの状態に陥ったのかを冥界の王が持つ知識を参照しつつ思案する。

 

「罠カード《天使の涙》」

 

 此方もザックリ説明すれば、ライフを2000回復するカード。

 

 その《天使の涙》のカードが「カードの実体化」の力により顕現。

 

 淡い緑の衣を纏った天使が降り立ち、涙を流す――その涙はリシドへと落ち、魔法カード《至高の木の実(スプレマシー・ベリー)》から生まれた草花のゆりかごは暖かな光に包まれた。

 

 

 そんなどこか幻想的な光景を余所にアクターはリシドの状態を冥界の王の力をフルに使い読み取る。

 

――これで回復したライフは合計4000。平時の人間ならこれで問題はない筈……(バー)にも淀みは見られない。後は専門家に任せる……か

 

 そう結論付けたアクターはカードの実体化を解き、米俵を担ぐように意識のないリシドを肩に乗せてツバインシュタイン博士の元へと向かう。

 

 

 そんな中でふと、アクターの脳内にある仮説が浮かぶ。

 

――成程。『ラーの翼神竜』から見たリシドは『邪悪の権化である冥界の王に三幻神を託そうとした裏切者』に該当する訳か……

 

 

 それが冥界の王の知識から導き出された現在の状況を端的に示したものだった。

 

 リシドの行動は『ラーの翼神竜』からすれば「何やってんだ、お前」状態だったのだ――神の怒りを見せて当然の状態だった。

 

 

 アクターよ。いや、神崎よ――もっと冥界の王としての自覚を持ってほしいものである。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、時間との勝負とばかりにリシドが耐えうる限界ギリギリのスピードでツバインシュタイン博士の待機する部屋に駆けつけるアクターの姿にツバインシュタイン博士は目を丸くしながらポツリと零す。

 

「おや、これはアクター。その後ろに担いでいるのは?」

 

 担がれた人間がリシドであり、それを運んできたのがアクターだった為、大まかな経緯をツバインシュタイン博士は把握していくが――

 

「治せ」

 

 アクターから返ってきたのは端的過ぎる言葉。相変わらず説明が足りていない。

 

「まぁ、構いませんが……これは、神の怒りに触れたようですね。それに応急処置の跡も」

 

 しかしツバインシュタイン博士は気にした様子もなく診察台に乗せられたリシドの様子を手早く見ていく。

 

 そして特徴的な処置痕を把握したツバインシュタイン博士は両の手をパンと合わせながら納得した様子で語る。

 

「ということは、貴方はカードの実体化が出来たのですね――おっと、ご安心を……これ以上の詮索はしませんよ」

 

 だが一歩前に出たアクターに一歩引きながらそう返すツバインシュタイン博士。

 

 しかしアクターが前に出た後に突き出された精霊の鍵にツバインシュタイン博士は目を丸くする。

 

「ん? これは精霊の鍵? 今からグールズの首領、マリクの元へ行くのでしょう? だというのに、何故?」

 

「不具合だ。起動しなかった」

 

 不審げなツバインシュタイン博士だったが、そのアクターの言葉に精霊の鍵をふんだくり大慌てで精霊の鍵を様々な角度でマジマジと観察する。

 

「……!? そ、そんな筈は!? うーむ、鍵の外装パーツである結晶化させたデュエルエナジーに問題はなさそうですし……うむ? これは核となる『欠片』に損傷が見られますね……こんな事は初めてです」

 

 精霊の鍵の持ち手部分に輝く緑色の鉱石らしき欠片部分に入った亀裂に注視するツバインシュタイン博士は少し考える素振りを見せた後でアクターに問いかける。

 

「何か思い当たる節は?」

 

「ない」

 

 だがアクターにそれらしい心当たりはない――イシズとのデュエルでは問題なく使用できたのだから。

 

「そんな筈はないで――光のピラミッド! そう、光のピラミッドですよ! Mr.神崎は貴方をテスターに選んだのですね!」

 

 しかしツバインシュタイン博士はアクターの首にかけられていた光のピラミッドの存在を把握すると何かに気付いたように目を輝かせる。

 

「つまり精霊の鍵の核となる『欠片』は千年アイテムと相性が悪い! 成程、千年アイテムの研究を厳しく禁じていたのは精霊の鍵の優位性を崩さない為に――」

 

 精霊の鍵と千年アイテムを同時に所持していたゆえに精霊の鍵の耐久限界を超えたのではないかとツバインシュタイン博士は仮説を立てつつ、神崎の不可解な行動への推察も織り交ぜ始める。

 

「――いえ、それではMr.神崎が欠片の正体を語らなかったことの説明がつかない……あの方は扱う上での注意事項は、必ず明言する筈」

 

 そうして自分の世界へトリップし未知への探求に心躍らせるツバインシュタイン博士の姿にアクターは内心で引き気味だった。

 

 

「となれば――『欠片』そのものではなく、『欠片』を利用している事実を隠したかった?」

 

 

 そのツバインシュタイン博士の推察にアクターは内心で表情を凍り付かせる。

 

 しかしそんなアクターの変化に気付かないツバインシュタイン博士の未知への探求心は留まることを知らない。

 

「他も隠しているでしょうに『欠片』に対する徹底っぷりは何の為に? いや、誰に対して? その誰かも『欠片』を利用している? 千年アイテムの研究はその誰かに目を付けられかねない可能性を――」

 

 次々と可能性を並べつつ、精査していくツバインシュタイン博士の姿にアクターは内心で慌てふためく。

 

 

 普段のぶっ飛んだ様子から忘れがちだが、「アルベルト・ツバインシュタイン」氏は特殊な力を持つ訳でもなく、純粋な頭脳のみで精霊の存在を把握し、精霊界へのゲートを科学的に生み出すレベルの大天才である。

 

 

 そんな大天才を前にすれば神崎の情報規制など大した意味を持たない。「どうにかしなければ」とアクターこと神崎は考えるも、今はとにかく時間がなかった。

 

「アルベルト・ツバインシュタイン」

 

 ゆえにアクターは無理やりにでもツバインシュタイン博士の意識を引き戻しにかかる。予定が詰まっているゆえに後にしろと言外に言い含めつつ。

 

「おっと、これは失礼。少々白熱してしまいましたね――精霊の鍵はお返ししておきます。それ以外の機能に問題はなさそうですし、この場の設備では修復することは無理ですから」

 

 アクターの声にツバインシュタイン博士は申し訳なさそうに謝罪しながら精霊の鍵をアクターに返すが、ツバインシュタイン博士の視線には探るような色が見える――いつも以上に探求心が天元突破していた。

 

「意識が覚醒し次第、連れてこい」

 

 そんな見え見えなツバインシュタイン博士の精神状態にアクターは「後で釘を刺さねば」と考えながら内心で焦りつつも表面上は事務的に返すが――

 

「彼を? 何故です。先程も言いましたが、今からマリクの元へ向かうのでしょう? となれば間に合わない可能性もありますが……」

 

 アクターの「意識が覚醒し次第」との言葉から「アクターとマリクのデュエル中にリシドを連れて行く」と判断したツバインシュタイン博士が疑問を呈すが、アクターからの返答はない。

 

 

 しかしその内心は「えっ? 無理なの?」と思いながら別の方法を考えていたが、無言で立つアクターのプレッシャーは無駄に大きい。

 

「――いえ、間に合わせて見せましょう。他には?」

 

 それゆえにツバインシュタイン博士は溜息を一つ吐き前言を撤回したが、返事代わりにアクターは部屋を後にしていた。

 

 

「では……まぁ、私の言葉など必要ないかもしれませんが、御武運を」

 

 そのアクターの背にツバインシュタイン博士が軽くエールを送るが、既にその背は搔き消えた後。

 

 

 

 相変わらず忙しい男である。

 

 

 

 

 

 

 

 といった具合でリシドが倒れた為――

 

 リシドに与えられた一室に待機していたマリクは頭を押さえながら苦悶の表情を見せる。

 

「うぐぐぐ…………うぐぉぁああああ!!」

 

「おい、どうしたよ――腹でも壊したか?」

 

 叫び声を上げるマリクの様子を笑いながら見やるバクラだったが、蹲ったマリクはやがて小さく笑いながら静かに立ち上がる。

 

「…………フフフ」

 

 そのマリクの姿は灰色の髪が逆立ち、額にはウジャトの眼が光る。

 

「ハハハハハハッ! ハーハッハッハッハ!!」

 

 何よりその顔には邪悪さが滲みだしていた。

 

「ハーハッハッハッハッハー!! やっと出てこられたぜ!!」

 

 両の手を広げながら高らかに笑うマリクはマリクであってマリクではない。

 

「状況は読めねぇがリシドの野郎がくたばったみてえぇだな……フフフ、愉快、愉快」

 

 その正体はマリクの内に眠る邪悪なるもう一つの人格――所謂「闇マリク」である。

 

 

 この闇マリクはリシドが自らの顔に刻み付けた刻印によって封印されていたが、アクターがポカやらかしたお陰でリシドは倒れ、封印が部分的に解かれたのである。

 

 

 そんなこの世の春とばかりに高らかに笑う闇マリクに向けバクラは訝し気に問いかける。

 

「テメェは?」

 

「あぁ、俺か? 俺はマリクのもう一つの人格ってヤツさ。まぁ、俺は主人格サマほど甘くはないがな――闇を恐れる腰抜けとは違って俺は闇が大好きでねぇ」

 

 バクラの問いかけにマリクを侮蔑しながら意気揚々と返す闇マリクだが、闇マリクの人格の大本はマリクの恨み辛みの塊の為、闇マリクの言葉には自己嫌悪と自己陶酔が混じり合った歪な様相が感じられる。

 

「フフフ……今から真の闇を披露してやってもいいが……また封印されるのも御免だ――まずはリシドの奴がキッチリくたばったか確認しておかねぇとな」

 

 闇マリクが危惧するように、リシドはまだ死んではいない――アクターの行った「カードの実体化」による治療で回復傾向にある。

 

 

 このままリシドが完全復活を果たせば闇マリクは再びマリクの心の闇深くへと幽閉される。

 

 ゆえに闇マリクは人格の主導権を確固としたものとすべくリシドを亡き者にしなければならない為、リシドがいるであろう場所に当たりをつけて向かうが――

 

「待ちな――テメェがどうなろうと知ったこっちゃねぇが、その千年ロッドは置いて行って貰うぜ」

 

 その行く手を遮るのはバクラ――闇マリクが、マリクとバクラが交わした契約を守る様子が見られないことから力尽くで千年ロッドを奪う方向に切り替えたようだ。

 

 とはいえ、バクラ側もマリクとの契約をまともに果たす気はなかったのだが、脇に置いておこう。

 

「おいおい、折角この俺が見逃してやろうってのに……そんなに死に急ぎたいのか?」

 

「ほざけ、テメェの言う貧弱な宿主サマに封じられてたマヌケが何を言ってやがる」

 

 闇マリクの挑発に更なる挑発で返すバクラ。互いの敵意がバチバチとぶつかり合う。

 

「フッ、そうかい―――なら俺の力をその身で確かめてみな!! 授業料はお前の命にしといてやるよ!!」

 

 だがその言葉と共に鈍く光る千年ロッドを突きつけた闇マリク。

 

「やれるもんなら、やってみなァ!!」

 

 一方のバクラの首にかけられた千年リングも光を放つ。

 

 

 そして一室に闇の波動がせめぎ合い、周囲の空間が軋みを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなオカルトバトルを余所に全力ダッシュで駆け抜けるアクターの次なる行先は――

 

「ん!? アクターか……どうしたよ」

 

 突如として姿を現したアクターに驚きを上げる牛尾の元――ではなく、その牛尾が外で見張りとして壁にもたれ掛かっている扉の内側の住人の元だ。

 

「席を外せ」

 

 時間が押している為か、いつも以上に言葉の足りないアクターの要請が牛尾に下されるが――

 

「イシズ……さんに要件か? 残念だが、あの人を見張る――つーか護衛が俺らの仕事なんでな。オメェさんみたいな人間と1対1にする訳にはいかんのよ」

 

 しかし牛尾は壁から背を離しながらアクターと向かい合いつつその瞳に剣呑な色を宿す。

 

 アクターの悪評は牛尾の耳にも届いている――牛尾とて、すんなりと通す訳にはいかない。

 

「それとも――――俺と戦り合うかい?」

 

 そしてデュエルディスクとデッキを片手にアクターを挑発するように獰猛な笑みを浮かべる牛尾だが、その胸中は――

 

――まぁ、俺じゃあ時間稼ぎにしかならねぇだろうが、北森の嬢ちゃんがコイツを見切る程度のことは出来……ると良いなぁ……

 

 何とも自信がなさ気なものだった。

 

 それもその筈、牛尾の実力はデュエリスト歴が短い割には中々のものだが、才能の塊のような人間ばかりを集めたオカルト課のデュエリストの中では実戦経験の少なさからか現在、中堅程度。

 

 

 逆にその自信の無さが慎重さを呼び、自身を捨て石とする策すら躊躇わない強みが牛尾にはあったが。

 

 

 しかし今のアクターにはとにかく時間がないのである。そんな牛尾の策に付き合っている暇はない。

 

――説き伏せる時間は……ないか。

 

 牛尾の(バー)の様子を見ながら内心でそう結論付けたアクターの決断は早い。

 

「ならば牛尾 哲。其方が同行しろ」

 

 

「へっ?」

 

 

 そう言いながら一歩前に出たアクターに牛尾は間の抜けた顔を見せる――が、すぐさま顔を引き締めアクターの言葉の真意を読み解くべく思案する。

 

――意外だな、コイツが譲歩するなんて……ギースの旦那の話じゃ周りと歩調を合わせる気が皆無だったって話だったのに……それほど状況が切迫してんのか?

 

「俺か? デュエルの実力なら北森の嬢ちゃんの方が――」

 

 軽く腹の内を探ってみようとジャブ代わりに問いかけるが――

 

「荒事だ」

 

「――ッ! 了解!」

 

 アクターの言葉に牛尾はすぐさま部屋にいる北森へと通信を取る。

 

 牛尾が知らされている範囲は「バトルシップでグールズの首領を捕らえる」程度の情報だ。具体的な方法はグールズの首領の洗脳の力への警戒の為、牛尾には知らされていない。

 

 そんな中で詳しい事情を知るであろうアクターが譲歩を見せる「荒事」とならば牛尾からみて十分に緊急事態であることが窺えた。

 

 とはいえ、最初からもっと分かり易く状況を説明すれば拗れはしなかったのだが……

 

「北森の嬢ちゃん、妹さんを連れて席を外してくれねぇか!」

 

『了解です! ――静香さん、もうすぐ本戦が始まるので――』

 

 牛尾の指示を受け、別ルートで静香を連れ退出した北森の状況を把握した牛尾は部屋の扉を開けながらアクターに振り返りつつ問いかける。

 

「……で、どう動くんだ?」

 

 しかし振り返った先に既にアクターの姿はない。

 

「精霊の鍵――『イシズ・イシュタールへ行使した権利を破棄する』」

 

 そんな声が牛尾の背後で聞こえると共に。パリンとガラスの砕けるような音が響く。

 

 

 牛尾は「どうやって動いてんだ……」などと考えながら再度振り返りつつ部屋に入るが――

 

「…………(わたくし)は一体――――ッ! アクター!?」

 

 そこにあったのは先程まで能面のような無表情でジッとイスに座っていたイシズがその眼に光を取り戻し、目の前のアクターから距離を取るように立ちあがる姿。

 

「イシズ・イシュタール。状況が変わった」

 

 そんなイシズの動揺冷めやらぬ内にアクターは淡々と語る。

 

「マリクのもう一つの人格が目覚めた。これより此方はその対処に移る。それに同行し、本来の人格へと人格交代を試みろ」

 

「何を言っているのですか……まさかリシドが!?」

 

 そんなアクターの説明にいまいち追い付いていないイシズ。先程まで精霊の鍵に強く行動を制限されていた状態から復帰したばかりなので無理はない。

 

「要件は以上だ。同行するか否かの選択、及び人格交代の方法は其方に委ねる」

 

 しかしアクターは伝えることは伝え終えたとばかりに牛尾の横を通り過ぎながら部屋を後にした。

 

「――お待ちなさい! もし……もし人格交代に失敗すれば!!」

 

 そんなアクターを追って部屋から飛び出しつつ声を張るイシズだが、既にアクターの姿は何処にも見当たらない――何も答えなかったことこそが答えなのかもしれない。

 

 

「おい、アクター! 俺にも、ちっとも話が見えてこねぇんだが――って、もういねぇ……」

 

 そのイシズの後を追う様に慌ててアクターへと問いかける牛尾だが、当然その相手はいない――牛尾には事情がサッパリ飲み込めなかった。

 

「こりゃあギースの旦那でもお冠になるのが頷けるなぁ……」

 

 そうぼやきながら、「轟音」がした方向を覚えつつコミュニケーションを取る気が皆無なアクターの姿勢に頭を後ろ手に掻く牛尾。

 

 

 しかし、「分からないから何もしません」で許される立場でもない牛尾は一先ずイシズに向き直る。

 

「スンマセンが、俺にも『アンタらの事情』ってのを説明して貰えっと、助かるんですが」

 

「……そうですね。では移動しながら話しましょう」

 

 その牛尾の言葉にイシズは肯定を示しつつ、駆け出す。今のイシズは家族への心配のあまりジッとしてはいられなかった。

 

 だがそんなイシズに牛尾は後ろから声をかける。

 

「あっ、待ってくだせぇ」

 

「何ですか! 今は一刻を争う事態の――」

 

 緊急事態であることは互いに承知である筈にも関わらず牛尾の悠長な言葉にイシズは怒りを見せるが――

 

「いえ、アクターが向かったのはアッチですんで、ソッチに行っても合流できませんぜ?」

 

 そう言いながらイシズが向かった方角とは反対方向を指さす牛尾――先程の轟音の正体がアクターの仕業であることは明白な為、大まかな方向を牛尾は把握していたが――

 

 混乱冷めやらぬイシズが見落とし、ならぬ聞き落とししていても無理はない。

 

「…………行きましょう」

 

 中々に恥ずかしい状況だったが、一息吐いた後は何事もなくシリアスな面持ちで先を急ぐイシズの姿に牛尾は無言で従った。

 

 

 世の中には触れない方が良いこともある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 相変わらずの超スピードでリシドに与えられた一室の扉の前に到着したアクターは部屋の内部の気配を探る。

 

 その扉の奥には邪悪な気配が2つ渦巻いている。そして――

 

――扉が開かない。闇の力場か………

 

 人の力では開きそうにない扉が何者をも寄せ付けぬように佇んでいた。

 

――解除は可能だが、今はとにかく時間が惜しい。

 

 しかしすぐさま決断したアクターは大してデュエルに貢献しないその無駄なマッスルを駆使し、無駄に洗練された蹴りを繰り出した。

 

 

 振りぬかれた足を戻すと同時に木端微塵になった扉だった残骸が一室に吹き飛び、遅れて轟音が響く。

 

 

 そんな一室の中には突如として木端微塵になった扉に向けて呆然と視線を向ける闇マリクとバクラ。

 

 互いにデュエルディスクを構えている姿を見るに、今まさにデュエルを始めようとしていた所のようだ。

 

 一瞬の空白から復帰した闇マリクはバクラへと茶化すように言葉を投げかける。

 

「おいおい、随分とド派手なご登場じゃねぇか……お前の知り合いか?」

 

「いーや、俺様とは無関係だぜ――で、何の用だ?」

 

 そう尋ねるバクラだったが、既にアクターは無言で入室した後。

 

 そしてアクターのデュエルディスクから射出された鎖状の物体、デュエルアンカーが闇マリクのデュエルディスクと接続されていた。

 

「――クッ、なんだコイツは、外れねぇ!?」

 

 無駄に鮮やか過ぎる動きに気付くのが遅れた闇マリクが状況の把握に努めるが――

 

 

 対するアクターは壁に手を当てて何時ぞやのように四角形にくぼませ、部屋のギミックが音を立てて動き出す。

 

「デュエル」

 

 そんなアクターの言葉と共に闇の瘴気がバクラだけを器用にはじき出した。

 

「チィッ! 俺様の獲物を!!」

 

 そう舌打つバクラだがその視線はアクターの首にかかる鈍い光を放つ光のピラミッドへと注がれている――その輝きは闇のゲームの始まりを喜ぶようにも見えた。

 

 

 そして状況を理解した闇マリクは顔を歪めて裂けるような笑みを浮かべつつ語り始める。

 

「ハハハッ! 成程な、お前も千年アイテムの所持者って訳か……随分と強引なお誘いなこって!」

 

 闇のゲームは闇マリクも望むところである為、その身体を高揚感に包ませながら眼前の相手をどう甚振ってやろうかと舌なめずりをする闇マリク。

 

「良いぜ! ちょうど一暴れしたかったところだ! ミレニアムバトルの始まりと行こうじゃねぇか!」

 

 そのマリクの声と共に表のマリクのデッキではない、闇マリクのデッキがセットされたデュエルディスクが展開する。

 

「まずはお前を闇への生贄にしてやるよォ! ハハハハハハッ!!」

 

 そんなマリクの下卑た笑い声を合図に互いの命を弄ぶ、闇のゲームの幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 千年ロッドの輝きに呼応するように、光のピラミッドの赤い宝玉が爛々と輝く。

 

 




バトルシティ編のメインイベント、闇マリク戦がスタート。

信じられるか? まだ本戦の第1試合すら始まっていないんだぜ?



~さらっと出た用語紹介~
「面白いおもちゃ」と評されていた「衝撃増幅装置」って?

アニメ遊戯王GXにて非合法な地下デュエルで用いられる首と左右の二の腕に装着する小型のリング状の機械。

読んで字のごとくソリッドビジョンで発生する「衝撃」を人体に有害なレベルに「増幅」する「装置」

遊戯王GXではカイザー、丸藤亮が「ヘルカイザー」へと闇落ちした後、愛用していた。

それが原因の一端となり、後に身体がズタボロになったが


今作では――
DM時代に既に存在している。
命を奪い合うデュエルを「観戦」するのが楽しいアウトな人たちが思惑によって作り出された。

しかし今作では神崎がデュエル関係のアレコレを色々頑張った為、この「衝撃増幅装置」は使用はおろか、所持しているだけで罪に問われる一品となった。

製造など以ての外である。

とはいえ、コソコソ使っている人間は未だに出ている為、その都度摘発されている。


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