前回のあらすじ
ラーの翼神竜「『ライフちゅっちゅギガント』なんて呼ばせない!!」
オシリスの天空竜「効果が10個って盛り過ぎでしょ」
オベリスクの巨神兵「元々の効果も多かったゆえだろう」
『ラーの翼神竜』の力によって千載一遇の機会をふいにしたアクターは相変わらずの無反応でカードを引く。
「私のターン、ドロー。このスタンバイフェイズに自身の効果で除外されていた《ゼンマイラビット》はフィールドに戻る」
アクターの足元からフィールドに手と足が同時に出る緊張した歩き方で歩み出る《ゼンマイラビット》。
『ラーの翼神竜』の力を見た後ゆえの恐怖からか頭上の兎耳がプルプルと震える。
《ゼンマイラビット》
星3 地属性 獣戦士族
攻1400 守 600
「バトルフェイズ。《ゼンマイラビット》でダイレクトアタック」
しかし拳を握り、己の身体の震えを振り切った《ゼンマイラビット》は闇マリクに向けて駆け出し拳を振るうが――
「おっと、そうはさせねぇ――永続罠《拷問車輪》を発動! 発動時に相手モンスター1体を捕らえ、そのモンスターの攻撃と表示形式の変更を封じる!!」
その勇気を遮るように巨大な顎を持つ骨に車輪が取り付けられた拷問危惧が現れ、そこから《ゼンマイラビット》を捕らえんと鎖が射出された。
「《ゼンマイラビット》の効果で自身を除外」
だがその鎖が届く前に月に届きそうな程に慌てて天高く跳躍した《ゼンマイラビット》。《拷問車輪》から放たれた鎖は空を切る。
「チッ、面白くねぇ奴だ――だがダイレクトアタックは不発! 早く俺のライフを削らないと『ラーの翼神竜』の力から逃げられないぜ?」
相手をいたぶりつつ防御するカードが躱された事実に己の楽しみを邪魔されたように闇マリクは舌打ちするも、まだデュエルは始まったばかりだと軽く挑発を混ぜるが――
「メインフェイズ2へ移行。フィールド魔法《エンタメデュエル》を発動。さらにカードを5枚セットして、ターンエンド」
ビルが立ち並ぶ街並みが現れていくのを余所に何の反応もなくデュエルを続けるアクターに苛立ち気な視線を向ける闇マリク。
だがニヤリと笑みを浮かべて己のセットカードの1枚に手をかざした。
「お前のエンドフェイズに罠カード《深すぎた墓穴》を発動!」
闇マリクの背後に巨大な穴が開く。
その穴はかなり奥底まで続いており、遥か先にうごめくモンスターたちの気配がこのデュエル場に僅かばかり感じられる程度だ。
「この効果により俺は墓地のモンスターを1体選び、次のスタンバイフェイズにソイツを蘇生する!!」
そのモンスターたちの中から瞳を光らせたのは――
「俺が選ぶのは当然、『ラーの翼神竜』!!」
三幻神の最高位、『ラーの翼神竜』――その赤い瞳がアクターを突き刺す。内心で背筋が凍るアクター。
そんなアクターの戦々恐々な内心を知らぬ闇マリクは最後のリバースカードに手をかざす。
「さらにもう1枚のリバースカードも発動だ! 罠カード《裁きの天秤》!!」
フィールドに現れた神々しいオーラを放つ老人が天秤を構える姿に闇マリクは高らかに笑う。
「フィールドにカードを山ほど出してくれてありがとよ! お陰で山程カードが引き込めるぜ!」
その闇マリクの言葉通り、《裁きの天秤》は相手のフィールドのカードが多ければ多い程にその効果を最大限に発揮する。
「本当に最高だよ、獲物が罠にかかった瞬間はなァ!! ハハッハハハハハハ!!」
その為、アクターの大量にカードを伏せる戦術は闇マリクにとって鴨が葱を背負って来るようなものだった。
「《裁きの天秤》の効果で俺の手札・フィールドのカードがお前のフィールドのカードより少ない時! その差だけ俺はドローする!!」
闇マリクのフィールドには罠カード《裁きの天秤》と無意味に残った永続罠《拷問車輪》の2枚。
一方のアクターのフィールドはフィールド魔法《エンタメデュエル》に加え、5枚のセットカードを合わせた計6枚。
その2つが《裁きの天秤》に乗せられ傾き始め――
「その差は4枚! よって4枚のカードをドロー!!」
《裁きの天秤》の上の4つの光が闇マリクの手札として舞い込んだ。
一気に手札を増やした闇マリクは再び攻勢に出る。
「手札の補充はタップリだ!! 俺のターン! ドロー!! このスタンバイフェイズに罠カード《深すぎた墓穴》の効果により神が復活する!!」
空に浮かぶ大穴から黄金の太陽が空高く昇っていく。
「不死鳥は、再び墓地より、舞い戻る! 降臨せよ! 『ラーの翼神竜』!!」
やがてその黄金の球体は展開し、黄金の不死鳥となって周囲全てを押し潰してしまいそうなプレッシャーを放ちながら『ラーの翼神竜』は舞い戻った。
『ラーの翼神竜』
星10 神属性 幻神獣族
攻 ? 守 ?
「お次はコイツだ――《ドリラゴ》を召喚!」
さらに闇マリクの手札から新たに飛び出したのは全身の至る個所からドリルが伸びる二脚のマシン。獲物を恐怖させるようなドリルの駆動音が体中のドリルから響く。
《ドリラゴ》
星4 闇属性 機械族
攻1600 守1100
「そして『ラーの翼神竜』の効果を発動! 俺のモンスターの命を力へと変えよ!!」
だが肝心要の《ドリラゴ》はすぐさま神の炎に包まれ、『ラーの翼神竜』へと呑み込まれて行った。
『ラーの翼神竜』
攻 0 守 0
↓
攻1600 守1100
そんな中で城之内が疑問の声を上げる。
「アイツ……なんで態々『ラーの翼神竜』の効果を? 攻撃力の合計は変わらねぇじゃねぇか?」
闇マリクが態々モンスターの1体を減らしたプレイングに対しての言葉だったが、三幻神の効果を知らぬ城之内が不審がるのも無理はない。
「ふぅん、だから貴様は凡骨なのだ――神にはあらゆるカード効果を物ともしない絶対的な耐性が存在する」
「つまりマリクはアクターの5枚のセットカードを警戒しているんだ」
その城之内の無知を鼻で笑った海馬に城之内は怒りを見せるが、続く遊戯の補足に矛先を収めた。
そんなギャラリーの声に闇マリクは得意気に笑う。
「ご高説どうもありがとよ!」
しかし、5枚のセットカードという面倒な状況に闇マリクは思案する。
――とはいえ、奴のライフは2800……前のターンで自分のライフを削るようなカードがあった以上、自身のライフを回復させるカードもある筈……
先程のターンのように闇マリクのライフが減った瞬間にアクターがバーン効果で闇マリクのライフを直接狙うことは明白。
ゆえに闇マリクは己のライフにある程度の余裕を持たせながら動かなければならない。
ライフを糧に力を発揮する『ラーの翼神竜』の特性を狙い打たれたような状況だった。
――チマチマ回復されても面倒だ。ここは初期ライフ4000を目安に一気に削る!
しかし闇マリクは己の手札の1枚を見やり、攻める姿勢を崩さない。
「さらに俺のライフを100の倍数――2400ポイントを神に捧げ! 神との融合を果たす!!」
闇マリクLP:6000 → 3600
『ぐぁああッ!!』
身体の1割が闇に喰われて行くマリクの苦し気な声が木霊し、その喰われたライフという名の命が『ラーの翼神竜』の力となっていく。
やがて再び『ラーの翼神竜』の額の宝玉から身を伸ばす闇マリク。
『ラーの翼神竜』
攻1600 守1000
↓
攻4000 守3400
「今度こそ死にな!! 『ラーの翼神竜』でダイレクトアタック!! ゴッド・ブレイズキャノン!!」
再び『ラーの翼神竜』から煉獄の炎がアクターへと向けて放たれた。
「その攻撃時、罠カード《ディメンション・ウォール》を発動。この戦闘で受ける戦闘ダメージは相手が受ける」
しかしアクターの前に浮かび上がったのは鏡のような不可思議な壁。その壁には闇マリクの姿が映っている。
「チィッ!! 読み違えたか!! ならば俺は手札を1枚捨てて『ラーの翼神竜』との融合を解除する! これで神の攻撃力は0! 戦闘ダメージは発生しない!!」
闇マリクのライフは3600の為、今現在、攻撃力4000の『ラーの翼神竜』の攻撃を受け止めきることは出来ない。
ゆえに『ラーの翼神竜』との融合を解除すべく動く闇マリクだったが――
「その効果にチェーンして罠カード《仕込みマシンガン》を発動。相手の手札・フィールドのカードの数×200のダメージを与える」
地面からカラフルなカラーリングのマシンガンが現れ、ライフが回復する前の闇マリクを打ち抜かんと顔を覗かせる。
その数は5つ――ちょうど闇マリクのフィールドのカード2枚と手札3枚の合計分。
「ハッ! 神との融合が解除され、俺のライフが回復する前にダメージを与える魂胆だろうが、その程度は見切ってんだよォ!!」
しかし闇マリクは動じない。
今の闇マリクが受ける《仕込みマシンガン》のダメージは1000――それでは3600ある闇マリクのライフを削り切るには至らないのだから。
「チェーンして2枚目の《ゴブリンのやりくり上手》を発動。墓地の同名カードの数+1枚のカードをドローし、手札を1枚デッキに戻す」
しかしアクターは止まらない。先のターンの焼き増しのように現れる1体のゴブリンは伏せの姿勢をとって《仕込みマシンガン》の衝撃に備えている。
「チェーンして速攻魔法《非常食》を自分フィールドの魔法・罠カードを任意の数、墓地に送り発動」
そんなゴブリンの手に《非常食》が配られた。
「罠カード《ディメンションウォール》・《仕込みマシンガン》・《ゴブリンのやりくり上手》の3枚を墓地に送り、そのカードの枚数×1000のライフを回復する」
その数は3枚――ゴブリンもホクホク顔である。
「チェーンして速攻魔法《
しかしそのゴブリンの足には何か嫌な予感を感じさせる鎖が巻かれ始める。その先は《仕込みマシンガン》や闇マリクへと向けて繋がっていた。
「発動時のチェーンは『 6 』よって2400ポイントのダメージを与える」
「なっ!?」
予想外の大きな効果ダメージに目を見開く闇マリクだったが直ぐに頭を冷やし状況を整理し始める。
――いや、落ち着け……合計3400のダメージを受けても俺のライフは200残る。何も問題は……
そう考えた辺りで闇マリクの脳裏にふと疑問が浮かぶ。
――あのフィールド魔法の効果はなんだ?
アクターが先のターンで発動したフィールド魔法《エンタメデュエル》。
その効果は未だに発動されておらず、闇マリクにとっては未知のカード。それがもし――
ダメージを追加するような効果だったら。
そんな考えが浮かんだ闇マリクの背に嫌な汗が流れる。そしてその危機感を振り切るように手札の1枚を切った。
「――ッ!! 俺は手札から《ジュラゲド》の効果を発動! バトルステップにコイツを手札から特殊召喚し、1000のライフを回復する!!」
すぐさま闇マリクの手札から飛び出したのは二本の角を持った足の無い青い悪魔。
「チェーンの逆処理だ!! まずは俺の《ジュラゲド》が特殊召喚され、ライフを1000回復!!」
そこから《ジュラゲド》は両の手の鋭利な3本の爪を地面に突き立て、胴体から伸びた丸い球体に一本の棘が生えた下半身を下げて伏せた。
《ジュラゲド》
星4 闇属性 悪魔族
攻1700 守1300
やがてその身体から青いオーラが溢れ闇マリクを覆っていく。
闇マリクLP:3600 → 4600
初期ライフをオーバーする程に回復した闇マリクにアクターの声が届く。
「フィールド魔法《エンタメデュエル》の効果」
「やはりか!!」
「互いのプレイヤーが1ターン中に特定条件を満たした時、1つの条件に付き1ターンに1度、デッキから2枚ドローする」
周囲のビル群から明かりが灯り、ネオンが光る。そんな中を駆け抜けるのは除外されている《ゼンマイラビット》。
「『チェーン5以上でカードの効果を発動した』条件を満たした為、2枚のカードをドローする」
そんな《ゼンマイラビット》が宙でクルリと一回転した後、闇マリクに向けて星型の光を投げ渡した。
「俺へのドロー効果だと?」
予想外の臨時収入に手札を潤す闇マリクだったが、喜んでばかりもいられない。
「速攻魔法《
繋がれた鎖が次々に爆発していき、闇マリクへと迫っていく。そして都度6回目の一際大きな爆発が闇マリクを襲った。
「ぐぉおおおッ!!」
闇マリクLP:4600 → 2200
「此方もチェーン5以上でカードを発動した為、フィールド魔法《エンタメデュエル》の効果で2枚ドロー」
先程の爆発に巻き込まれたのか天を飛んでいく《ゼンマイラビット》がすれ違いざまにアクターへと手札を投げ渡し、夜空へと消え星になる。
「次に速攻魔法《非常食》の発動時にカードを3枚墓地に送ったことでライフを3000回復」
ゴブリンが持っていた筈の《非常食》は先程の爆発でアクターの足元に転がっており――
アクターLP:2800 → 5800
「次に罠カード《ゴブリンのやりくり上手》の効果――墓地の同名カードは2枚よってデッキから3枚ドローし、手札の1枚をデッキに戻す」
その肝心のゴブリンは既にこの場にはおらず、夜空で親指を立てて良い笑顔をアクターに向けていた。アクターは見ていないが。
「次に罠カード《仕込みマシンガン》の効果で1400ポイントのダメージを与える」
5つから7つに増えたマシンガンが一斉に火を噴き、闇マリクへと闇のゲーム特有のリアルダメージを与えていく。
「ぐぁああああッ! ぐっ……この為にフィールド魔法の効果でドローさせたのかッ!!」
闇マリクLP:2200 → 800
大きくダメージを受けた闇マリクは苦し気に膝を付くが、苦し気な表情の中に確かな笑みが残っていた。
「だが! 次のチェーンで俺と『ラーの翼神竜』の融合が解除される! 神の攻守は0になり俺のライフを攻撃力分回復だ!!」
アクターを狙っていた『ラーの翼神竜』の業炎が消え、代わりに傷を癒す炎の祝福が闇マリクに降り注ぐ。
『ラーの翼神竜』
攻4000 守3400
↓
攻 0 守 0
闇マリクLP:800 → 4800
「最後に罠カード《ディメンションウォール》の効果によりこの戦闘でのダメージは相手が受ける」
「ハハハッ! だとしても既に神の攻撃力は0! 俺にダメージはない!!」
不可思議な壁に鏡のように闇マリクの姿が映るが、何の影響も与えはしなかった。
「ククク……しかしさっきのは効いたぜ……痛かった――なぁんてもんじゃねぇ……この苦痛はキッチリ倍返ししてやらねぇとなァ!!」
予想外にライフを大きく削られた闇マリクだったが、その余裕は崩れない。
――お前のカードのお陰でいいカードが引けたぜ!
アクターの発動したフィールド魔法《エンタメデュエル》でのドローは闇マリクの背を押すカードを引き込ませていた。
「俺は魔法カード《マジック・プランター》を発動! 無意味に残った永続罠《拷問車輪》を墓地に送り2枚ドロー!」
用済みになった《拷問車輪》が木っ端微塵に砕け散り、残ったパーツが手間賃替わりに闇マリクの手札に舞い込む。
「さらに速攻魔法《ご隠居の猛毒薬》を発動し、俺への回復か相手へのダメージかを選ぶ! 俺のライフ回復効果を選び1200ポイント回復する!」
赤いローブの老婆が緑と紫、2つの液体がそれぞれ入ったビンを闇マリクに向けるが、闇マリクが選んだのは回復効果のある緑の液体。
その緑の液体が気体となって闇マリクの周囲を覆い癒した。
マリクLP:4800 → 6000
ちなみに紫の液体は相手に800の効果ダメージを与えるものである。
「まだだ! 永続魔法《強欲なカケラ》を発動し、さらに魔法カード《悪夢の鉄檻》も発動!」
砕けた壺の欠片が闇マリクのフィールドに散らばり、黒い格子状の鉄檻がアクターを閉じ込めた。
「これでフィールドに残った《悪夢の鉄檻》が存在する限り、互いのモンスターは2ターンの間、攻撃が封じられた……もっとも、俺の『ラーの翼神竜』はこんな檻じゃ止められねぇがなァ!!」
その闇マリクの言葉通り、攻撃を封じる効果を持つ《悪夢の鉄檻》だが、その効果はあくまでモンスターに対してのもの。
その為、あらゆる効果を受けつけない『ラーの翼神竜』にとって《悪夢の鉄檻》など無いも同然だった。
「つまりお前の死と敗北の運命は変わらねぇのさ! カードを2枚セットしてターンエンド!!」
残りの手札も全て伏せ、盤石の態勢を敷いた闇マリクは得意気にターンを終える。
「エンドフェイズに――不死鳥は、再び墓地に、舞い戻る……」
そして『ラーの翼神竜』は再び炎の身体となって闇マリクのデュエルディスクの墓地ゾーンへと吸い込まれて行った。
互いに譲らぬ攻防の中、アクターはデッキに手をかけながら焦燥感に苛まれていた。
デッキはかなり動けているが、肝心要の闇マリクのライフは中々削れずアクターのデッキは半分を切りかけている。
残りのデッキのバーン系統のカードの枚数に意識を向けながら、カードを引くアクター。
「私のターン、ドロー。このスタンバイフェイズに自身の効果で除外されていた《ゼンマイラビット》はフィールドに戻る」
その宣言に空から耳をパラシュートのように広げた《ゼンマイラビット》がフワフワと降りて、地面に立つ。
そしてアクターの元へ行こうとするが、アクターの周囲を覆っていた《悪夢の鉄檻》の鉄格子を前に立ち止まりバシバシと鉄格子を叩く――外で待っていなさい。
《ゼンマイラビット》
星3 地属性 獣戦士族
攻1400 守 600
「……カードを5枚セットし、ターンエンド」
三度、5枚のカードを伏せたアクターは緊張感を隠しながらターンを終える。
だがそんな戦々恐々な面持ちのアクターだったが、その無駄に人間離れした聴力がある音を拾った。
それは希望の足音。
「さぁて、俺のターンだ」
そんな闇マリクの声を掻き消す様に大きく響いた足音と共に声が届く。
「マリク様!!」
「何とか間に合ったようですな……」
その正体は神の怒りによるダメージから回復したリシドと、そのリシドを背負うツバインシュタイン博士の姿。
そのツバインシュタイン博士の腕は血管が脈動し、心なしかいつもと違い手足が丸太のように太い――何やったんだ、この爺さん。
「あぁ? ケッ、生きていやがったのかリシド……しぶとい奴だ」
ツバインシュタイン博士の背から降りるリシドに目障りそうな視線を向ける闇マリクがそう一人ごちる。
「だが、もはやお前が出てきたくらいじゃ俺が人格交代することはねぇ……」
しかし、闇マリクの言う通り、全ては遅かった。
「その忌々しい刻印があろうが、肝心の主人格サマは心を閉ざしちまったからなァ!」
既にマリクの心は罪悪感によって押し潰される寸前であり、リシドの姿を見ても気力が戻らない程に精神的に弱っていた。
そんなマリクに闇マリクはご機嫌で語り掛ける。
「ほら、主人格サマよォ! お仲間のリシドが駆けつけてくれたぜ? お前のせいで数々の罪を背負った哀れな男がなァ! ハハハハハ!」
『……リ……シド……済まな……い……ボクは……』
弱々しくリシドに謝罪の言葉を繰り返すマリクの姿には覇気の欠片もない。これではリシドが復帰し、顔の刻印の力があったとしても闇マリクを封じるには至らない。
しかしリシドはマリクに向けて声を張る。
「マリク様! 絶望に、負けないでください! 例え闇の中であっても人は生きていかなければなりません!」
マリクを元気付けるように言葉を選ぶリシド。
「墓守の宿命など関係のない、人の宿命として!!」
そんなリシドの言葉を後押しするようにイシズも続く。
「そうです、マリク! 生きて光を掴むのです!」
『もう……良いんだ……リシド……姉さん……ボクに生きる……価値なんて……』
だがマリクの精神は闇に沈むばかり、今のマリクには「生きる意志」が何よりも欠如していた。
「そんな……マリク……」
そんな絶望に沈むマリクの姿に涙ぐむイシズ。
「そんなことは絶対にない!!」
だがリシドはらしからぬ程に声を荒げた。
『……リシド?』
リシドらしくない荒い口調をマリクが疑問に思うが、リシドの言葉は止まらない。
「例え世界中の人間が、マリク様自身が! マリク様の死を望んでも! 私は! 私はマリク様に生きていて欲しいのです!!」
それは偽らざるリシドの本心。
「マリク様! 生きてください! 私は貴方と共に歩んでいきたい!! イシズ様と共に!! 昔のようにしがらみなく、共に生きたい!!」
マリクとイシズはリシドにとってかけがえのない「家族」だった――世界の誰よりも、代わりなど存在しない大切な存在だった。
ゆえにリシドは駄々をこねる子供のように叫ぶ。
「生きてください、マリク様!!」
そんなリシドの姿に闇マリクは唾を吐く。
「生きてどうするよ!
闇マリクは誰よりもマリクの心の弱さを知っていた――他ならぬ己のことゆえに。
よって最もマリクを絶望させうる闇マリクの言葉がマリクの気力を削っていく。
『リシド……』
「どうか、どうか! 生きてください、マリク様!」
活力のないマリクの言葉にリシドは涙ながらに膝を付く。
「……私は……もう……置いて行かれるのは……嫌だ……」
実の両親に
それは、ずっと己を強く保ってきたリシドが初めてマリクに零した弱音だった。
そのリシドの姿にマリクの心が揺れ動く。
『……リ……シド』
マリクにとってリシドは頼りになる兄のような存在だった。
ゆえに辛い時も苦しい時も、マリクはリシドを頼った――リシドの心に見向きもせずに。
マリクが結成したグールズの行いに加担したことで罪悪感に苛まれ、
マリクを守る為に様々な人間の嫌悪といった負の感情を向けられることに耐え続け、
マリクを救うべく己の命を投げ出す覚悟を持つ為に、気を張り詰め続ける日々。
リシドの心はとうに限界だったのだ。
その事実をようやく目の当たりにしたマリクは己を恥じる。
復讐心に囚われていたマリクは見えていなかった。自身が本当に欲したものが何だったのかを。
『リシド!!』
マリクの心に復讐の炎以外の火が灯る――それはマリクが己の弱さと向き合おうとした瞬間でもあった。
「ぐあぁああッ! コイツ急に!?」
マリクの心が絶望から脱したことで、身体の主導権が闇マリクからマリクに傾き始める。
苦し気に顔を押さえる闇マリクを余所に、闇への生贄として浮かぶマリクはリシドとイシズに強く視線を向けて想いを解き放つ。
『済まない、リシド! 姉さん! ボクはいつも自分のことばかり!』
「バカな! お前には……もうそんな力は残っていない筈!!」
身体の主導権を取り返そうとするマリクに苦し気に抵抗する闇マリクの「何故」との言葉にマリクは力強く返す。
『ああ、ボクにそんな力は残っていない! ――この力はリシドがくれたものだ!!』
自分だけの力ではないのだと。
「うるせえッ! そんなくだらねぇ御託で! 如何にかされてたまるか!!」
負の感情で動く闇マリクに理解できない「信頼」という名の正の感情――それは「心の闇」の塊である闇マリクには酷く癪に障るものだった。
『ボクは許されないことをした――だけど、こんなボクを家族と思って、今まで共にいてくれたリシドの想いまで裏切りたくはない!!』
「うるせえって言ってんだよッ! ぐっ……うああッ……!?」
マリクの感情の発露を戯言だと切って捨てようとする闇マリクだが、人格の主導権は闇マリクの手からどんどんと離れていく。
『うぉおおおぉおおおおぉおおおお!!』
「がぁあぁああぁああああああッ!!」
やがて互いの全霊を賭けた最後の心のぶつけ合いの後、立っていたのは――
「ぐっ……」
『バカな……こんなことが……!?』
苦し気に膝を付くマリクと、闇への生贄として宙に固定された闇マリクの姿。
そう、マリクへと身体の主導権が戻ったのである。
「……これで……もうお前の意思で、この身体を動かすことは出来ない……」
『死に損ないの主人格サマがこの俺を追い出し、再び肉体を取り戻すとは……』
息を切らしながら、マリクを見やり闇マリクは信じられないと零す。
やがてマリクは亡霊となった父と最後の会話をすべく父へ――亡者たちへと目を向けた。
「父上……ボクは――父上?」
そのマリクに届いたのは――
『熱い、熱い、熱い、熱い熱い熱い熱い熱ィイイイイ!!』
身体を神の炎に焼かれ、その痛みに絶叫を上げる男の声。
『おばあさま の かたみ の だいじな かーど が――』
涙ながらに残酷な現実を突きつけられた少女の悲痛な声。
『あの人がグールズの仲間に!? そんな訳ない! あの人は優しい人で――』
幸せだった日々が音を立てて崩れた事実が受け入れらず、錯乱する女の声。
『息子が行方不明なの!』
愛する我が子を失い悲しみに暮れる母の声。
『カァトリィイイイイヌゥウウウウ!!』
愛する人の存在を利用された事実に嘆く男の声。
『グールズに会社が!? 破滅だ! 俺は破滅だ!!』
全てを失い、寄る辺もなく絶望する男の声。
『父さん……目を開けてよ……なんで父さんがこんな目に……』
越えるべき大切な背を奪われ、沸々と憎悪を掻き立てる少年の声。
悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。
マリクに憑りつくおびただしいまでの亡者の数だけ、悲劇があった――全てグールズの被害者たち。マリクが生み出した惨劇。
そんな亡者の1人ががらんどうな瞳でマリクと視線を合わせ――
『オマエ ノ セイダ』
呪いの言葉を呟く。
「これは……ボクが……」
人格が交代したことで亡者の対象も変わったゆえの現象だった。
『フフフ……ハハハハハハハハッ! そうだ! そうだぜ、主人格サマよォ!! お前がこのデュエルに負ければ、コイツらにお前の全ては根こそぎ奪いつくされ、そして死ぬ!』
驚き瞳を見開くマリクにここぞとばかりに闇マリクは畳み掛ける。
『リシドと生きるんだろう? なら答えは一つだ!』
生きてさえいればいつか身体の主導権を奪うことが出来るとほくそ笑みながら。
『俺たちは同じ肉体を共有する仲間だろう? 今はこの場を生きて切り抜けることを考えな! まだライフもカードも十分にある! 俺のことは
「黙れ! もうボクは過ちを繰り返しはしない!」
甘言を語る闇マリクだったが、対するマリクはその提案に拒絶の意を示す。
『カエシテ ワタシ ノ――』
「済まない……本当に……」
そしてマリクへと手を伸ばす亡者の1人の手を取った。
「ボクは許されない罪を犯した。心の闇に呑まれ、もう一人のボクを作り上げ、 父を殺め、陽だまりを生きる人から多くを奪った……」
亡者たちを前に懺悔するように言葉を並べるマリク。
「今、償うよ――例え、償えなくても」
そして固い決心と共に亡者たちを見やる。
「アクター。このデュエルでボクに贖罪の機会をくれたことに礼を言うよ」
背中越しにアクターにそう言いながら、マリクの手はデッキの上にと向かっていく。「デッキの上に手をかざす」――その意味を知らぬデュエリストはまずいない。
ゆえに闇マリクは叫ぶ。
『ま、まさか! やめろォッ! そんなことすりゃお前も死ぬかもしれねぇんだぞ!』
「だとしても……ボクは逃げない! 彼らの想いから、ボク自身の罪から、
闇マリクの必死の訴えにマリクは恐怖で震える足を叩き、己に叱咤激励しながら闇マリクに宣言する。
「そして生きて償うんだ! ボクはリシドと姉さんに誇れる人間でありたい!」
恐怖を感じながらも、マリクの決心は揺るがない。
「姉さん……沢山迷惑をかけてゴメン……」
今際の言葉のようにイシズに小さく笑いかけるマリク。
「そしてリシド、ボクと生きたいと願ってくれてありがとう……でもボクはこの罪と向き合わなきゃいけない」
そしてリシドにも最後の願いだとその瞳を真っ直ぐに見据えた。
「そんな! ダメよ、マリク!!」
マリクの言葉の真意を感じ取ったイシズは悲痛な声を上げ、前に出る。
「……イシズ様……マリク様の覚悟を見届けて上げて下さい……!!」
しかし歯を食いしばりながら駆け出したい思いに耐えたリシドの手がイシズの動きを制した。
そんなイシズとリシドの姿を心の支えにマリクは闇マリクへ向き直る。
「ボク自身の闇よ……共に行こう」
『や、やめろぉ……』
そしてマリクの手がデッキの上にかざされた。
「サレンダーだ」
『ぬおっ、サ……レンダー……此処で終わっちまう……のかッ!』
2人のマリクの言う通り、この所作は自らの敗北を認めてデュエルを終える――所謂「投了」にあたる所作。
マリクは己からデュエルを降り、闇のゲームの罰ゲームを自ら受けることで亡者たちの無念を受け止めることを選んだ。
「ボクの全てを君たちに」
その言葉を最後に、静かに瞳を閉じるマリク。
亡者たちの奔流を受ければどうなるかなど分からぬ恐怖がマリクにはあったが、その心は不思議な程に静寂に包まれていた。
それは、やっと己と向き合うことが出来たからなのかもしれない。
亡者たちの無念を待つマリク。
だがいつまで待っても闇のゲームの罰ゲームが開始される素振りはなかった。
「何も……起こらない?」
そっと瞳を開き、周囲を見渡すマリク。
周囲には瞳を閉じた前と変わらぬ光景が広がっている。
「マリク・イシュタール」
不思議そうな表情を見せるマリクにアクターの声が届いた。
「ボクを……見逃すのか?」
そのアクターに対し、浮かんだ疑問をそのままぶつけるマリク――これが、マリクの覚悟を受け止めたアクターなりの答えなのかと。
やがてアクターはいつものように変わらず返す。
「其方のターンだ」
引きたくても引けないアクター。
誰かー! 取扱説明書ー! 取説どこー!!