マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
♪~(例の音楽)

杏子「やったぁ! マリクが闇マリクから身体の支配権を取り返したわ!

そしては己の過ちを認め、罪を償うことを誓い自らサレンダーを選んだマリク

長く続いた悲しみの連鎖もこれでようやく終わるのね!


ええっ!? 闇のゲームはどちらかが負けるまで止められないの!?

そんな! マリクが自分の心の弱さ――心の闇を受け入れたのに!

此処まで来て、どちらかが犠牲にならなきゃいけないの!? そんなの悲し過ぎるわ!

前回!『何とかしろ、遊作!!』 デュエルスタンバイ!」





第117話 強き心、弱き心

 

 

 闇のゲームにサレンダーがない事実に闇マリクは高笑いしつつ、まだツキは残っていると希望を見出す。

 

『フハハハハハッ! 千年アイテムはこの戦いから降りることを許さねぇとよォ!』

 

 だがこの状況を看過できない人間――城之内が声を張る。

 

「おい、お前! 降参してる相手にこれ以上の追い打ちはやめろよ! もう十分だろ!!」

 

 アクターに向けて放たれた城之内の言葉だったが、アクターからの返答はない――それもその筈、今の状況に一番戸惑っているのはアクター自身だ。

 

「そうだよ、彼は『償う』って言っているじゃないか!」

 

「もうやめてよ!」

 

 しかしそんなこと等知る由もない一同の中から御伽と杏子が続くがアクターは何一つ返答しない。

 

 今のアクターはこの状況をどうにかして良い感じに纏める為の手段を模索するのに忙しかった。

 

 原作ではマリクがサレンダーすることで闇のゲームが無事に終わっていたにも関わらず、今の状況がある為、アクターは冥界の王の知識も含め全力で頭を回していた。

 

 

 ゆえに何の反応もないアクター。しかし痺れを切らした本田が怒鳴る。

 

「この野郎、聞いてんのか!! 無視するんじゃねぇ!」

 

「ククク……」

 

 しかしその本田をバクラは嘲笑っていた。

 

「何がおかしいんだ、バクラ!!」

 

 バクラの馬鹿にするかのような姿に怒りを見せる本田だったが、バクラからすれば滑稽で仕方がない。

 

「そりゃテメェらの馬鹿みてぇな話なんざ、ヤツ(アクター)も聞く耳を持たねぇだろうよ」

 

「なぁんだと!?」

 

 嗤いながら告げられた言葉に怒りを見せる城之内。

 

「テメェも知っている筈だぜ――闇のゲームがそんな甘いもんじゃねぇってことをよ」

 

 だが続くバクラの発言に言葉を失った。

 

 遊戯を含め、城之内たちはバクラの仕掛けた闇のゲームを経験している。

 

 

 ゆえに誰よりも理解していた。理解していた筈だった。

 

 闇のゲームは基本的に「止めたくなったから止められる」ような甘いゲームでは決して「ない」ことを。

 

 

 文字通り「闇」のゲームであることを。

 

 

「ッ! だったら遊戯!」

 

 しかし城之内は諦めない――まだ不思議な力を持つ遊戯の「千年パズル」に希望を託して。

 

「無駄だよ」

 

 だがその希望はすぐさまバクラによって両断された。

 

「やってみなくちゃ分かんねぇじゃねぇか!」

 

「出来たらとっくにやってるだろうさ――出来ねぇからこそ、今も指をくわえてみているしか出来ねぇんだろうが」

 

 がなる城之内にバクラは遊戯を顎で示しながら現実を突きつける。その先の遊戯は――

 

「済まない……城之内くん……」

 

 悔し気に握り拳を固め、沈痛な面持ちをしていた。

 

「マジ……かよ……」

 

 どうにもならない現実に絶望の色を見せる城之内――とコッソリ聞き耳を立てていたアクターは眩暈を覚える。『遊戯でも無理なのか』と。

 

 ちなみに冥界の王の知識からは碌な解決手段はなかった。

 

 

 

 そんなギャラリーの喧噪に背を押されるように闇マリクは高らかに笑う。

 

『その通りだ! 闇のゲームにサレンダーはねぇ! お前は戦わなきゃならねぇんだよ!!』

 

「そうか……ならばボクのターン、ドローだ!」

 

 しかし闇マリクの言葉にも、今のマリクは動じない。リシドとイシズに誇れる人間であろうと己の心の闇と向かい合うと決めたのだから。

 

「このドロー時に永続魔法《強欲なカケラ》に強欲カウンターが1つ乗る」

 

強欲カウンター:0 → 1

 

 壺の欠片が集まり、壺に描かれたニヤケ面が半分浮かび上がった。

 

「最後に、ボクのわがままを通そう」

 

 そんな覚悟の籠った言葉と共にリバースカードに手をかざすマリク。

 

「ボクは永続罠《リビングデッドの呼び声》を発動! 墓地から『ラーの翼神竜』を蘇生させる!!」

 

『いいぞ! 戦え! 戦い続けろ!』

 

 三度顕現する三幻神が最高位、『ラーの翼神竜』――その全てを焼き尽くす絶対的な存在が翼を広げる。

 

『ラーの翼神竜』

星10 神属性 幻神獣族

攻 ? 守 ?

攻 0 守 0

 

「そしてボクはライフを100の倍数――いや、ライフを100のみ残し! 全てのライフを神に捧げる!! 『ラーの翼神竜』よ! どうかボクの最後の願いを聞き遂げてくれ!!」

 

マリクLP:6000 → 100

 

 マリクの想いを受け取った『ラーの翼神竜』はそのライフを根こそぎ吸収し、その力は強大さを増していき絶対者としての存在感を高めた。

 

『ラーの翼神竜』

攻 0 守 0

攻5900 守5900

 

 マリクのライフが100に「減った」ことにより闇マリクの身体の大半が闇に喰われ、その片側の瞳だけが残る。

 

 さらに亡者たちの数が増え、それら全てがマリクに憑りついて行った。

 

 これがマリクの最後のわがまま。

 

「ボクには彼らの想いを受け止めることしか出来ない……」

 

 効果ダメージを主体とするアクターのデッキならば100のライフなど削るのは容易い。つまりこれは自らの首を差し出す行為だった。

 

『ふざけるなよォ! ここで戦わねぇなら俺たちは死ぬんだぞ!!』

 

 ゆえに闇マリクは激昂する――己から死に行く馬鹿があるか、と。

 

 

――何故……

 

 そしてアクターも仮面の奥で瞠目しつつ胸中で呟いた。

 

 (バー)が見えるアクターにはマリクの覚悟が本物だと分かるゆえに理解できない――命を捨てる覚悟などアクターには絶対に出来ないものだ。

 

「死ぬつもりはない……ボクは彼らの想いを全て受け止めきって見せる! アクター、最後のわがままを聞いてくれてありがとう……ターンエン――」

 

『死んでたまるかよォ!!』

 

 ターンを終えようとしたマリクだったが、闇マリクのそんな咆哮と共にマリクの手元のカードが一人でに動き出す。

 

『俺は《レクンガ》を召喚!!』

 

 目玉が1つの緑の丸い球体から根がいくつも伸びる不気味な植物がマリクのフィールドにフワフワと浮かぶ。

 

《レクンガ》

星4 水属性 植物族

攻1700 守 500

 

『そして《レクンガ》の効果発動! 俺の墓地の水属性モンスター2体をゲームから除外し、トークン1体を生成する!!』

 

「バカな!? 何故、お前が自由に!」

 

 マリクの意思に反して闇マリクの意に沿って動くカードたちを驚愕の面持ちで見やるマリク。

 

 そんなマリクに闇マリクは苛立ち気に語る。

 

『簡単な話さ! お前を見限って神との融合を果たしたまで! たった100ぽっちのライフしかねぇお前に俺は止められねぇ!!』

 

 そう、これはマリクがライフを払い神に力を受け渡す際の流れに乗って、闇マリクの人格の一部を『ラーの翼神竜』に流し込んだゆえのもの。

 

 プレイヤーと神を融合させる『ラーの翼神竜』の力を逆手に取ったものだった。

 

『俺は墓地の水属性モンスター、《グラナドラ》と《リバイバルスライム》を除外!!』

 

 《レクンガ》が墓地のモンスターたちを養分に育ち、根っこの一つが膨らみんでいく。

 

 やがてその根っこの先の新たな球体は本体から離れ、小さな《レクンガ》として生まれ落ちた。

 

『レクンガトークン』

星2 水属性 植物族

攻700 守700

 

 

「そんな……ことが!?」

 

『最後に礼を言っておくぜ主人格サマよォ! お前のくだらねぇ自己満足のお陰で俺はお前という枷から解き放たれた!!』

 

 しかし、神と人――その存在の差ゆえか『ラーの翼神竜』の額の宝玉から這い出た闇マリクの身体は少しづつボロボロと崩れ始めていた。

 

『フィールドの全てのモンスターの命を『ラーの翼神竜』に捧げる!!』

 

 ゆえに焦った様相で闇マリクは《ジュラゲド》・《レクンガ》・『レクンガトークン』の3体を神への贄として捧げる。

 

 命の炎を喰らい、より強大な力を示す『ラーの翼神竜』。

 

『ラーの翼神竜』

攻5900 守5900

攻10000 守8400

 

「攻撃力一万!?」

 

『俺は死なねぇ! こんなところで死んでたまるか!!』

 

 闇マリクには時間がなかった。刻一刻と神によってすり減らされていく己の精神が保てる間に決着を付けなければならない。

 

 そう、アクターを殺し、返す刀でマリクが希望を持つであろう全てを消し去らねばならない。そして再度マリクの身体を奪う。

 

『神の炎に焼かれて、死ねぇええええええ!!』

 

 その為、最高に高めた『ラーの翼神竜』の力で闇のゲームのダメージを最大限増幅し、アクターの精神を焼き殺しに動く。

 

『ゴッド・ブレイズ・キャノン!!』

 

 やがてこれまでとは比べ物にならない程の巨大な炎がアクターに目掛けて放たれた。

 

 

「その攻撃時、速攻魔法《ご隠居の猛毒薬》を発動。2つの効果から相手に800のダメージを与える効果を選択」

 

 先程の赤いローブの老婆が今度はビンに入った紫の液体をマリクに向けて投げ放つ。此方は800のダメージを与える猛毒。

 

『邪魔すんじゃねぇええ!! チェーンして罠カード《エネルギー吸収板》発動ォ!! 俺にダメージを与えるカード効果を俺への回復効果に変換する!!』

 

 しかし黒い板が地面からせり上がり、マリクを守るように立ち塞がった。

 

 

「チェーンして――」

 

『くっ、次は何だ!?』

 

 だがアクターのセットカードはまだ4枚残っている。その事実に闇マリクは冷や汗を流すが――

 

「罠カード《ゴブリンのやりくり上手》を発動。墓地の同名カード+1枚のカードをドローする」

 

 その1枚はこのデュエル中に何度も見かけたドロー系のカード。ゴブリンがアクターの背後でそろばんをはじく。

 

「チェーンして罠カード《チェーン・ヒーリング》を発動。ライフを500回復する。このカードがチェーン4以上で発動した場合、このカードを手札に戻す」

 

 次の1枚は水色のトロフィーのような物体から癒しの波動がアクターを照らした。

 

「チェーンして2枚目の速攻魔法《非常食》を発動。フィールドの速攻魔法《ご隠居の猛毒薬》・罠カード《ゴブリンのやりくり上手》・《チェーン・ヒーリング》を墓地に送り、その枚数×1000のライフを回復する」

 

 そして先のターンにも使用された《非常食》――3枚のカードが缶詰となってフィールドの《ゼンマイラビット》の手元に落ちる。

 

 

 

 

「チェーンの逆処理に移行」

 

 5枚目の最後のセットカードは発動されずチェーンの逆処理が始まった。

 

「速攻魔法《非常食》で墓地に送ったカードは3枚――よってライフを3000回復」

 

 缶詰を頬張る《ゼンマイラビット》を余所にアクターのライフが回復し――

 

アクターLP:5800 → 8800

 

「チェーン5以上でカードを発動したことで、フィールド魔法《エンタメデュエル》の効果で2枚ドロー」

 

 腹が膨れたゆえに元気が出たのか、光る街並みで両の手を広げて盛り上がる《ゼンマイラビット》。

 

 そんな《ゼンマイラビット》の手から空の缶詰がアクターのドローカードとして手札に加わった。

 

「罠カード《チェーン・ヒーリング》の効果で500回復」

 

アクターLP:8800 → 9300

 

 僅かばかりの癒しを与えるトロフィーのような形状の《チェーン・ヒーリング》。手札に戻る効果は《非常食》によって既に墓地に送られている為、適用されない。

 

「罠カード《ゴブリンのやりくり上手》の効果。墓地に存在する同名カードは3枚――よって4枚ドローし、手札の1枚をデッキに戻す」

 

 さらにゴブリンがそろばんで自身の肩を叩きながらこの場を後にする。

 

『次は俺の発動した罠カード《エネルギー吸収板》でお前の《ご隠居の猛毒薬》のダメージ効果を回復に変換し、ライフを800回復!!』

 

 そしてマリクの残り僅かなライフを削る筈だった《ご隠居の猛毒薬》は《エネルギー吸収板》の壁に呑み込まれて行き、マリクのライフを癒す働きへと変換された。

 

マリクLP:100 → 900

 

『これでお前の速攻魔法《ご隠居の猛毒薬》の効果は無駄になった!! 最後のセットカードも効果ダメージを与えるものじゃねぇようだな! 俺は賭けに勝ったんだ!!』

 

 アクターの最後のセットカードがバーン系統のカードではない事実を確信した闇マリクは勝利を確信する。

 

『例えお前のライフが残ろうとも、お前の精神を神の炎で焼き殺してやるよォ!!』

 

 既に《ディメンション・ウォール》のような戦闘ダメージを押し付ける類のカードの発動タイミングではなく、《和睦の使者》のような戦闘ダメージそのものを無効にする効果も同上である。

 

 例え、アクターのライフが残ろうとも闇マリクのそもそもの目的は『ラーの翼神竜』による精神的なダメージにある為、意味はなさない。

 

『死ねぇえええええええ!!』

 

 今のアクターに残されているのは《ゼンマイラビット》で一万を超える『ラーの翼神竜』の攻撃を受け止めるしか残されてはいない。

 

 

 

 

「アクター!!」

 

 おびただしい数の亡者に憑りつかれたマリクの悲痛な叫びが木霊する。

 

 

 

 

 

 

 しかしアクターはデュエルを続ける――彼にはそれしか出来ない。

 

「ダメージ計算時、速攻魔法《ぶつかり合う魂》を発動」

 

 『ラーの翼神竜』が放った巨大な業炎が迫る中、《ゼンマイラビット》の右腕が光を放つ。

 

「自身の攻撃表示モンスターが、その攻撃力より高い相手の攻撃表示のモンスターと戦闘を行うダメージ計算時――」

 

 《ゼンマイラビット》は拳を腰だめに構え――

 

「――その戦闘を行う攻撃力の低いモンスターのコントローラーはライフを500払うことで、そのモンスターの攻撃力をダメージ計算時のみ500アップする」

 

『たかが500の強化がどうなるよ!!』

 

「その後、互いがライフを払わなくなるまでこの効果を繰り返す」

 

 《ゼンマイラビット》の右腕の輝きが増していく。

 

『……繰り返す……だと!?』

 

「私は効果を繰り返し、合計9000ポイントのライフを払う」

 

アクターLP:9300 → → → → 300

 

 ライフを大幅に失ったゆえにアクターの身体の殆どが闇に喰われて行き、亡者がその身を苛む。

 

 だがその莫大なアクターのライフは《ゼンマイラビット》の右腕に灯り、黄金の輝きを放ち始めた。

 

《ゼンマイラビット》

攻1400 → → → → 攻10400

 

 僅かばかり『ラーの翼神竜』の攻撃力を上回った《ゼンマイラビット》。

 

『馬鹿が! お前がどれだけライフを払おうが俺がライフを1度払えば逆転して、意味がねぇん――』

 

 しかし闇マリクは最終的な結果は変わらないと嘲笑う――いや、嘲笑おうとした。

 

 闇マリクは、はたと気付く。

 

『――ッ! 神はあらゆる効果を……受け……ない!?』

 

 神の最大の利点――ありとあらゆる障害をものともしない絶対的な耐性。

 

 だがそれは「誰の力も借りることが出来ない」脆さも併せ持っていた。

 

 

 『ラーの翼神竜』の業炎を前に拳を振りかぶる《ゼンマイラビット》の姿が闇マリクにはやけにスローに見える。

 

『一万を超える攻撃力の迎撃だとォ! いや、そんなことをすれば主人格サマ諸共――』

 

 アクター相手に人質など無意味と分かっていても、そう語る闇マリクだが――

 

「速攻魔法《ぶつかり合う魂》の効果が適用された戦闘で発生するダメージは0」

 

『つまり神と融合している俺だけが――』

 

 知らされるのは闇マリクを絶望させるに十分な事実。

 

『くるなぁああああああ!!』

 

 そんな絶望に対し、闇マリクの絶叫と共に振りぬかれた《ゼンマイラビット》の拳。

 

 

 

 

 神の炎と兎の拳がぶつかり合う――拮抗は一瞬だった。

 

 

 業炎の壁を真っ二つに割りながら突き進んだ拳圧はその先の『ラーの翼神竜』を消し飛ばし、同化していた闇マリクを吹き飛ばし、その先の雲を真っ二つに引き裂きながら天へと昇った。

 

 

「ダメージ計算終了後、攻撃力は元に戻る」

 

 拳を振り切ったまま動きを止める《ゼンマイラビット》の拳から黄金の輝きが消えていく。

 

《ゼンマイラビット》

攻10400 → 攻1400

 

 やがてブイサインを作りアクターを振り返る《ゼンマイラビット》を余所にマリクの傍で闇マリクが再度浮かび上がり、息も絶え絶えな様相を見せる。

 

『グぅ……ガハッ……だが……だが、まだだ! まだ負けちゃいねぇ――《悪夢の鉄檻》で奴の攻撃は封じられてる! ヤツの手札にバーン系のカードがなければ、まだ逆転は可能だ!』

 

 マリクを縋るように見つめる闇マリクだが、対するマリクの瞳に揺るぎはない。

 

「言った筈だ――ボクは全ての咎を受けると」

 

『冗談はよせよ、主人格サマ……このデュエルに負ければ、お前だってタダじゃ済まねぇんだぞ!!』

 

「だとしてもだ! ボクはもう逃げないと誓ったんだ!」

 

 闇マリクが言葉を尽くせば尽くす程にマリクの強固な意思は固まっていく――リシドとイシズに誇れる人間であろうと。

 

『ふざけるんじゃねぇ! そんなに死にてぇならお前一人で勝手に死にやがれ!!』

 

 怒りのあまり喚く闇マリクだが、追い打ちをかけるような言葉が響く。

 

「速攻魔法《ぶつかり合う魂》の効果が適用された戦闘でモンスターを破壊されたプレイヤーのフィールドのカードは全て墓地に送られる」

 

 マリクのフィールドの《強欲なカケラ》とアクターを覆っていた《悪夢の鉄檻》が先程の《ゼンマイラビット》の拳の余波を受けてボロボロと崩れていく。

 

『バカ……な……』

 

 その光景に闇マリクは声を失う――己を守るものはもはや何一つ存在しない。

 

「さぁ、アクター! ボクに止めを!! そして彼らの無念をボクに受け止めさせてくれ!! ターンエンドだ!!」

 

 そう言ってアクターを真っ直ぐ見つめるマリクの視線にアクターは恐怖する――自ら命を捨てる行為をアクターは理解できなかった。

 

「…………私のターン、ドロー」

 

 しかしデュエルは終わらせなければならない。他ならぬアクター自身が生き残る為に。

 

 だがその動きはいつも以上に精彩が欠けるようにも見える。

 

「バトルフェイズ。《ゼンマイラビット》でダイレクトアタック」

 

 その指示に、アクターの顔色を窺っていた《ゼンマイラビット》はマリクへと向けてとっとこ駆け出す。

 

『止めろぉおおおおお!!』

 

 目前に迫る絶望に叫び声を上げる闇マリクだが、一方のマリクは自身の頭に振り下ろされた《ゼンマイラビット》の拳骨をしっかりと受け止めた。

 

 コツンと小さな音が周囲に響く。

 

マリクLP:900 → 0

 

 

 

 

 

 マリクの最後のライフがなくなったことで、闇に囚われている闇マリクの最後に残った片側の瞳も崩れ始めた。

 

『……クソッ! 俺は此処で終わりかよ……だが主人格サマも道連れだァ! ハハハハハッ!』

 

 しかし、その死に際に闇マリクは嗤う。一番目障りだった己の部分――主人格であるマリクも消えるのだと。それも己の一面であることを受け入れないままに。

 

 

『先にあの世で待ってるぜ!』

 

 

 それが互いに嫌悪しあっていたマリクのもう一つの人格の最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マリクに憑りついていた亡者たちが闇のゲームの枷から解き放たれ、マリクの身体を同化するように呑み込んでいく。

 

『かえして』『返して』『カエシテ』

 

「済まない……ボクが君たちから奪ったものは……もはや、どうしようとも返すことは出来ない……」

 

 悪夢にうなされるかの如く同じ言葉を繰り返す亡者たちの望む言葉をマリクは返すことは出来ない。

 

 彼らが望んだ「普通の平穏」は既に戻ってこないのだから。

 

 

『カエシテ』『カエシテ』『アツイ』『カエシテ』『カエセ』『カエシテ』『カエシテ』『カエシテ』『カエシテ』『ワタシノ』『カエシテ』『カエセ』『カエシテ』『クルシイ』『カエシテ』『カエシテ』『カエシテ』『ボクノ』『カエシテ』『カエシテ』『イタイ』『カエシテ』『カエセ』『カエシテ』『オレノ』『カエシテ』『カエシテ』『カエセ』『カエシテ』『カエシテ』『カエシテ』

 

 叶わぬと知っても亡者たちは願うことを止めることは出来なかった。

 

「代わりにはならなくとも――ボクの全てを君たちに捧げよう」

 

『アァァァアアアァァアアアアアア!!』

 

 そのマリクの言葉がトリガーとなったように亡者たちの言葉にすらなっていない叫びが響き、マリクは思念の渦に呑み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 その地獄のような光景に名もなきファラオとしての遊戯は足を一歩前に出すが――

 

「くっ……」

 

「止めとけよ、遊戯――巻き込まれるぜ?」

 

 そんなバクラの声に遊戯は足を止める。

 

 迷いを振り切れぬまま踏み出した一歩など容易く止まる。

 

 そう、遊戯は迷っていた――マリクをこのまま見捨てることも出来ないが、亡者たちも被害者なのだ。

 

 

 今の遊戯には何が正しいのか分からなかった。

 

 下手に飛び込めば表の遊戯に危険が及ぶ現実も遊戯を地面に縫い付ける。

 

 

 

 その傍らでイシズがマリクの元へと向かいながら叫ぶが――

 

「マリク! マリク!!」

 

「イシズ様……此処は……堪えてください……!!」

 

 そのイシズの歩みはリシドによって止められていた――マリクの覚悟を受け取ったリシドにはあの思念の渦からマリクが無事戻ってくることを信じることしか出来ない。

 

 

 

 

 

 

 そんな中で名もなきファラオの人格と人格交代した表の遊戯は隣のレベッカに声をかけた。

 

「レベッカ」

 

「遊戯……じゃなくてダーリン?」

 

 人格が変わったことを察したのか呼び方を変えたレベッカに遊戯は少し罰が悪そうな顔を向ける。

 

「ゴメン……先に謝っておくよ」

 

「いらないわ」

 

「えっ?」

 

 先んじての謝罪を拒否したレベッカの真意が読み取れなかった遊戯だが、レベッカは昔を懐かしむように返す。

 

「私が好きになったダーリンなら、こんなとき黙って見ていないもの」

 

 遊戯に向けて「しょうがない」とばかりに小さく溜息を吐くレベッカ――惚れた弱みという奴なのかもしれない。

 

 そして遊戯を真っ直ぐに見据え問いかけた。

 

「それでどんなプランなの?」

 

「…………頑張って引っ張り出す?」

 

「ちゃんとしたプランはないのね――いいわ、このジーニアスな私の頭脳を貸して上げる!!」

 

 まだまだ学業が苦手な遊戯の言葉にレベッカはもう1度溜息をついた後、勝気な笑みを遊戯へと向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 亡者の思念の渦の中に殆ど呑み込まれているマリクの姿に誰もが動けなかった中、2つの人影が先のデュエルの最後の衝撃で千切れ飛んだデュエルアンカーを己の元に引っ張った。

 

 確かな手応えを感じた2つの人影の内の1人、遊戯は自身のデュエルディスクにデュエルアンカーを接続しながらマリクに向けて言い放つ。

 

「よしッ! これなら! もう少し待ってて、マリク!!」

 

「器の……遊戯……一体何を……」

 

「アンタをそこから引っ張り上げるのよ!」

 

 膨大な思念に呑み込まれたゆえか精神が摩耗し、弱っているマリクが消え入るように問いかけるが、人影の内のもう1人、レベッカがすぐさま声を張って返す。

 

 

 時間との勝負だった最初のステップはクリアされた。次のステップに進むべくレベッカは振り返り呼びかけようとするが――

 

「そういう力仕事なら、この男、城之内サマに任せな!!」

 

「俺らの得意分野だぜ!!」

 

 それより先に遊戯の行動の意図を察した城之内と本田がすぐさま遊戯の背に回り、共にデュエルアンカーを引っ張り始めた。

 

「城之内くん! 本田くん!」

 

 仲間の以心伝心な在り方に嬉しくなる遊戯だが、そんな2人にレベッカは確認するように問いかける。

 

「良いの? 命の保証は出来ないわよ!」

 

「 「 構わねぇよ!! 」 」

 

 すぐさま城之内と本田の息の揃った声が返り、そんな2人の後ろに更に2人の影が追い付いた。

 

「私も手伝うわ!」

 

「僕も手を貸すよ!」

 

 杏子と御伽の合流を見て、牛尾は怯んだ己に叱咤激励し、後に続くことを選択。

 

「しょうがねぇな、俺も行くぜ!! 他の奴らは万が一に備えて待機しといてくれ!」

 

 最後にそう言って牛尾は遊戯たちと共にデュエルアンカーを引っ張り始めた。

 

 

 

 

 

 そんな遊戯たちをバクラは冷めた視線で見やる。

 

「ケッ、揃いも揃って馬鹿な奴らだ……人の力でどうこう出来る訳がねぇだろうが」

 

 その通りだった、力でどうにかなるのならアクターが無理やりにでも引っ張り出している。

 

 闇のゲームは人の力如きでどうにかなるものではない。あんな行為はただの自己満足以外の何物でもないのだとバクラは内心で嘲笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マリクを引っ張り出そうとする遊戯たちだったが、デュエルアンカーに亡者たちが群がり始める姿に城之内はレベッカに向けて声を上げる。

 

「なんか纏わり始めてんぞ!? この鎖みてぇなヤツ大丈夫なのか!?」

 

「デュエルアンカーよ! これの丈夫さは折り紙付き! 私の計算上は大丈夫よ! ジーニアスな私の頭脳を信じなさい!!」

 

 そのレベッカの言葉通り、デュエルアンカーは易々と壊れる物ではない為、強度は問題なかった。

 

 しかし亡者たちはデュエルアンカー伝いに思念の渦の範囲を広げ、遊戯たち諸共呑み込まんと迫り始めていた。

 

「もう良い……器の遊戯……これ以上は……君たちも巻き込んで……」

 

「諦めちゃダメだ!!」

 

 遊戯たちを巻き込むことを良しとしないマリクの言葉にも遊戯は諦めない。

 

「ボクは彼らの想いを受け止めなきゃならない……償いの為に――」

 

「そんな言葉で生きることから逃げちゃダメだ!! 確かに君は許されないことをした――だからって命を投げ捨てることが償いになる訳じゃない!!」

 

 思念の渦に呑まれることを選んだマリクの選択を遊戯は否定する――それは「償いじゃない」と、罪と向き合えてはいないのだと。

 

「だったらボクはどうすれば良いんだ!!」

 

 罪の重さを自覚したゆえにそう叫ぶマリクだったが、それに対し城之内が堪らず言い放つ。

 

「知るかよ、そんなもん!! 俺だって昔は人に誇れるような人間じゃなかった! だけどよ、遊戯のお陰で変われたんだ!」

 

 城之内とて清廉潔白な人間という訳ではない。昔は遊戯に対して酷い行いをしたこともあった。

 

 更に城之内は続ける。

 

「俺だけじゃねぇ! 俺の昔からのダチも過去のテメェの罪と向き合って、苦しくても前向いて踏ん張ってた!! 人はいつだってやり直せんだよ!!」

 

 生きてさえいればやり直せるのだと声を張る城之内――生きている人間が安易に死を選んではならないと。

 

 そんな城之内の弁に本田が続く。

 

「城之内の言う通りだ! ナム! 後ろばっか見てないで、ちゃんと前向きな!!」

 

「詳しい事情は分からないけど、自暴自棄になっちゃだめよ!」

 

「アンタは黙って助けられていれば良いのよ! その後のことは後で考えなさい!!」

 

 そして杏子とレベッカがそう続く――皆が皆、前を向いていた。

 

「そうだな! お先真っ暗だとしても、今足掻かなきゃ暗いまんまだ!!」

 

 そんな牛尾の言葉を最後に遊戯が再度マリクに問いかける。

 

「マリク! 君、自身の言葉(想い)を聞かせて!!」

 

「ボクは――」

 

 マリクが遊戯たちの声に力を貰い、己の言葉を向けようとするが、それより先に御伽の声が響いた。

 

「危ない、遊戯くん! 前!?」

 

 それは亡者たちがデュエルアンカーを辿り、先頭の遊戯の目前にまで迫っていた現実。

 

 マリクに注意が向くあまり、周囲の警戒が疎かになっていた。

 

「ダーリン!!」

 

 レベッカが遊戯を案ずるように叫ぶが亡者たちは止まらない。

 

 

 咄嗟に瞳を閉じた遊戯だが、亡者たちの嘆きの手は遊戯には届かなかった。そっと瞳を開いた遊戯の目に映るのは――

 

「……アクターさん?」

 

 それはアクターの背中。

 

 今の今まで内心がパニック状態だったが、遊戯に何かあっては大変だと大慌てで盾になりに来た次第だった。

 

 亡者たちがアクターの腕に纏わりついていき、そこから伝わる死のイメージにアクターは内心で恐慌にかられる。

 

 

 そんな状況にマリクは頭を振り、遊戯たちを突き放すように言い放つ。

 

「ありがとう! 器の遊戯! でもこれ以上、ボクは誰かを巻き込みたくない! アクター! 早く彼らを安全な場所へ!!」

 

 しかしアクターは動かない。

 

「アクター! 早く彼らを!!」

 

 再度アクターに叫ぶマリクだったが、アクターは背中越しに遊戯へとチラと顔を向けて語る。

 

「武藤 遊戯――千年パズルだ」

 

 

 アクターこと神崎は遊戯の味方であろうと心掛けている。ゆえにこの危険極まりない鉄火場に身を投じた。

 

 

 そして今の状況を解決する可能性を秘めているものは千年パズルを置いて他にないとアクターは考え――

 

 

 どう解決するかは分からない無計画っぷりだったが、通り過ぎる合間に起爆剤代わりにデュエルエナジーを千年パズルに叩きつけていた――何やってんだ。

 

 

 デュエルエナジーの「人の想い」に反応する力は表の遊戯のような心の強い人間程その力を発揮する特性を持ち、アクターはそれに賭けるしかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 やがてデュエルエナジーが作用したゆえか、遊戯の身に危機が起きたゆえかは不明だが、千年パズルはそのウジャトの眼を起点に光を放ち始める。

 

「これは……千年パズルが光って……?」

 

 その光り輝く千年パズルは遊戯に何を願うか問いかけているようにも見えた。

 

 

 両手で千年パズルを持った遊戯はそれを振り上げながら己が答えを示す。

 

「力を貸して! 千年パズル! ボクはもう――」

 

 

 そして亡者たちに侵食されつつあるデュエルアンカー目掛けてその答えと共に振り下ろした。

 

 

「これ以上、誰にも傷つけあって欲しくないんだ!」

 

 

 周囲が目の眩むようなオレンジ色の光で覆われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは一体……」

 

 オカルト過ぎて、全く状況に追いつけない海馬の呟きを余所にバクラは首元の千年リングも光を放っていることに気付く。

 

「……千年アイテムが共鳴してやがるのか?」

 

 そのバクラの言葉通り、その光は遊戯の千年パズルに共鳴するように輝いていた。

 

 

 そしてアクターの持つ千年アイテムもまた光を放っている。

 

――懐の千年タウクだけでなく、厳密には千年アイテムでは「ない」光のピラミッドまで?

 

 そんなアクターの胸中を余所に、思念の渦の中のマリクが持つ千年ロッドからも呑み込まれた中より光が漏れ出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 この場に集まった5つの千年アイテムの光が千年パズルに集まり、そこから亡者たちを優しく包んでいく。

 

『…………ろ…………い………』

 

「その声は――」

 

 あまりに不可思議な現象に声を失っていたマリクだったが、聞きなれた声が離れると共に亡者たちの力が抜け、拘束が弱まった。

 

 

――亡者の狙いが別に逸れた?

 

 ハッキリとした状況はこの場の誰もが理解していなかったが、アクターは「此処だ」とばかりにマリクを覆う亡者たちに腕を突き入れ、マリクを掴み引き摺り出す。

 

 

 するとマリクを引き摺りだしたと同時に光は弾けて大きな衝撃が起こり、デュエルアンカーを砕きながらその場の全てを吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 吹き飛ばされた中で体勢を立て直し、遊戯たちを引っ掴み、己をクッション代わりに受け止める牛尾。

 

「うぉっとっとっと! 全員無事か!?」

 

 そして慌てて団子状に固まった遊戯たちに怪我の有無と人数の確認をするが――

 

「お、重ぇ……」

 

「レディに重いは禁句よ! 本田!」

 

 潰れたカエルのような声を出す本田に、杏子の責めるような声。

 

「しょうがねぇだろ、俺らの一番下は牛尾か……下の方にいんだから……遊戯は無事かー」

 

 城之内が本田にフォローを入れつつ遊戯に声をかける姿。

 

「ボクは大丈夫……レベッカは?」

 

「私はダーリンが庇ってくれたから……」

 

 最後に遊戯の腕の中のレベッカの安否を確認した遊戯の姿を見た牛尾は大きく溜息を吐いた。

 

「……みんな大丈夫そうだな」

 

「マリクは!?」

 

 しかし安心したのも束の間、遊戯はすぐさま身を起こし、マリクの安否を気にするが――

 

「アクターの奴が抱えてるよ」

 

 そう言って牛尾が指さす先には俵を抱えるようにマリクを肩に乗せたアクターが膝を突いて着地する姿。

 

 

 さらにマリクを抱えるアクターに慌てて駆けよるリシドとイシズの姿に遊戯は小さく安堵の息を吐く。

 

 

 

 

 

 やがてアクターから受け渡されたマリクをリシドとイシズはしっかりと抱き締めながらマリクの名を叫ぶ。

 

「マリク! マリク!!」

 

「マリク様!!」

 

 そんなリシドとイシズの声に小さく身体を揺らしたマリクはポツリと呟いた。

 

「く、苦しいよ……姉さん。リシド」

 

「あぁ……良かった……」

 

 マリクが無事に生きている事実に安堵し、涙を流してへたり込むイシズ。

 

 そしてマリクはリシドに小さく笑いかけながら言葉を零す。

 

「リシド……あの中で父上に会ったんだ……『生きて償え』って、それとリシドに『済まない、もう1人の息子よ』って」

 

「マリク様……私になど……勿体ないお言葉です……」

 

 息子たちへマリクの父が最後に残した言葉にリシドは静かに涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな家族の団欒を余所に亡者たちへ突きいれた腕を押さえながらアクターはフラフラとバトルシップの端に移動するが、海馬が待ったをかけた。

 

「待て、アクター。バトルシティ中だというのに、どこへ行く気――」

 

 しかし海馬は途中で言い止め、獰猛な笑みを見せる。

 

「ふぅん、貴様にそんな顔が在ったとはな……面白い……」

 

 それもその筈、今まで誰一人として本当の意味で「見ていなかった」アクターが海馬に向けて「邪魔をするな」と対峙――つまり「見て」いた。

 

 

 アクターから漂う気配も邪悪なソレが滲み出ており、アクターの本質が垣間見えた事実に海馬は上機嫌で闘志を向ける。

 

「止めるべきです、海馬 瀬人――これ以上、『アレ』は刺激しない方が良い」

 

 だがその海馬の腕は夜行の手によって止められた。

 

 夜行の目には今のアクターの内のナニカが爆発寸前な状態が見て取れたゆえに、この場でこれ以上荒事が起きることを防ぐべく海馬を制する。

 

 

 その牽制し合う2人の間を割くように声が響いた。

 

 

 

「アクターさん! ありがとう!!」

 

 それは表の遊戯の感謝の声――遊戯の中で状況はよく分からずとも「助けられた」認識ゆえの感謝の言葉だった。

 

 

 

 

 そんな遊戯の真っ直ぐな声に海馬は踵を返す。

 

「兄サマ……」

 

 最後に夜行をうっとおし気に見る海馬だったが心配気なモクバの声に切っ先を下ろし――

 

「……此処から消えるなら俺の気が変わらん内にさっさと行くがいい」

 

 やがてそう返し背を向けた海馬だったが、当のアクターは海馬が背を向けた段階で飛行船から海へと飛び降りていった後だった。

 

 雲の海にアクターは消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなひと段落した簡易的なデュエル場で牛尾はマリクたちに近づき、腰を下ろしつつ職務を果たす。

 

「必要ねぇとは思うが、拘束させて貰うぜ?」

 

 その牛尾の手には拘束バンドのようなものが握られていた。

 

「ああ、構わない。だが少しだけ待ってほしい」

 

 それに対し、マリクは小さく頷きながら立ち上がるも牛尾の傍でマリクたちを窺う城之内たちに向き直る。

 

「城之内、それに他のみんなも――ボクの行いでキミたちには本当に迷惑をかけてしまった……どうか詫びさせて欲しい。気のすむようにしてくれて構わない」

 

 一度頭を下げたマリクはそう言って城之内たちを前に瞳を閉じるが――

 

「なら、しょうがねぇな」

 

 そんな城之内の言葉と共にマリクの頭に小さな衝撃が奔った。

 

「痛っ!」

 

 目を開き、頭を押さえるマリクが見たものは拳骨を軽く落とした城之内の姿。

 

 そして城之内は傍の本田たちへと頷いた後で胸を張って返す。

 

「他の奴らのことは知らねぇが、これで『俺たちの分』はチャラだ!」

 

「そんな訳にはいかない!」

 

 城之内の言葉にすぐさまマリクは否定で返す。マリクが城之内たちにしたことを考えれば、こんな程度でチャラになる訳がないと。

 

 

 しかし城之内は腕を組みながら断固として譲らない。

 

「チャラなもんはチャラだ! ダチをこれ以上殴れるかよ!」

 

「ボクが……友達?」

 

「おうよ! 男、城之内サマに二言はねぇ!!」

 

 だが城之内から放たれた「ダチ」との言葉にマリクは不思議そうな顔をするが、城之内はマリクへと向けて手を差し出しつつ続ける。

 

「ナム……じゃなくてマリク! しっかり罪を償ったら、そん時は約束通り俺がデュエルの極意ってもんを教えてやるぜ!」

 

「あの時の約束を……」

 

 そう、これはマリクが城之内たちを騙す為に近づいた時の話。

 

 それに対し、城之内はあの場でマリクをダチと認めたのだから、後でその事実を破棄するのは男じゃねぇ、といった理屈だった。

 

 ダチが間違ったことをしていれば、止めるのがダチだと。

 

 

 そんな城之内の男の理論を余所に城之内と肩を並べながら本田はニッと笑みを浮かべつつ続く。

 

「そうだな、城之内――その時はあの時できなかったデュエルをしようぜ! まぁ、俺が相手じゃ歯応えねぇかもだけどな!」

 

「本田くんもそれまでに腕を磨けばいいんじゃないかな?」

 

「それもそうだな!」

 

 御伽の言葉に笑いながら肯定する本田。そして笑い合う城之内たちの姿にマリクは言葉を失う。

 

 マリクが奪ってきたものの輝きは今のマリクには眩し過ぎた。

 

「みんな……ボクは……なんてことを……本当に、すまな――」

 

「顔を上げろよ、マリク! こういう時に言うのはソイツじゃねぇぜ!」

 

 顔を俯けるマリクの肩を叩く城之内の言葉にマリクは差し出されていた方の城之内の手を取りつつ笑顔を作る。

 

「……そうだね――ありがとう、みんな」

 

 

 そんな涙ぐむマリクに遊戯が一歩前に出る。

 

「マリク」

 

「器の遊戯……」

 

「きっと君のこれからは沢山の困難が共にある長い旅路になると思う――でも君の贖罪を、君の帰りを待っている人がいるってことをどうか忘れないで欲しい」

 

 マリクと城之内が固く握手した先に手を置きながらそう語る遊戯。

 

「君がその全てを終えた時……その時は、今度はボクとも普通にデュエルしようよ! きっと楽しいデュエルになると思うんだ!」

 

 そんな遊戯の言葉に本田や杏子、レベッカに牛尾がマリクに手を重ねていく姿にマリクは誓うように返す。

 

「みんな……ありがとう……本当にありがとう……!!」

 

 これからは、決して彼らの想いを裏切らぬように生きようと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海の上で黒い思念が渦巻く。

 

――何故、受け入れられる。何故、覚悟できる。何故。何故。何故。

 

 そう胸中で黒い思念を渦巻かせるのはアクター。

 

 

 バトルシップから飛び降り、海の上に降り立った後、己の中を渦巻く黒い感情を抑えるかのように蹲っていた。

 

 

「何故だ。何故だ。何故だ。何故だ。何故だ。何故だ。何故だ。何故だ!!」

 

 

 その胸中に止めていた思念が言葉として外に発され、その影が怨念渦巻くように周囲を黒く染めながら生き物のようにうごめき絶えず姿を変える。

 

 

 アクターには理解できなかった。

 

 

 マリクを覆う亡者たちに手を突き入れたアクターは如実に感じていた――思い出したくもない「死の感覚」を。

 

 

 そんなものに呑み込まれたマリクが真っ直ぐな視線を向け、受け入れようとしていた事が理解できない。

 

 

 

「何故、あんなもの(己の死)を受け入れられる!!」

 

 

 あの時、確かに死を受け入れたマリク。その行動はアクターにとって理解の外だ。当然である――

 

 

 

 

 死から逃げ続けている男に理解できよう筈もない。

 

 

 

 

 

――生きろ

 

 男の声が聞こえる。

 

「煩い」

 

――私たちの分まで

 

 女の声が聞こえる。

 

「止めろ」

 

――(うつほ)

 

 2人の声が重なる。

 

 

 

「――私は神崎 (うつほ)じゃない!!」

 

 

 

 その叫びは誰にも届かない。

 

 

 

 






「めでたしめでたし」やな( ^ ω ^ )ニッコニコ


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