マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
《機械軍曹》の人こと大田「ふっふっふ……見るがいい、海馬! これが我が工場の力によって生み出された究極のジェット機――『ブルーアイズ・ジェットMAX』だ!!」

海馬「ふ、ふつくしい……」

モクバ「兄サマ……(さっきまでのイライラが嘘のようだぜい……)」





第124話 ハイパー社畜タイム

 

 

 バトルシティの激闘も終え、デュエルキングとして一躍有名になった遊戯の周囲の熱が冷め止らぬ頃、遊戯・城之内・本田・杏子の4名は博物館まで来ていた。

 

 

 そう、彼らは遊戯の内に眠る名もなきファラオとしての遊戯の記憶を完全に戻す為に、博物館に展示されている墓守の一族が守り通して来た石板を見に来たのだ。

 

 

 

 しかし博物館に入ろうとした遊戯たちが最初に出会ったのはイシズではなく――

 

「あれ? 武藤さん? 博物館に何か御用ですか?」

 

 オカルト課の北森が出迎える――というか博物館には他に客はおらず、全体が慌ただしい。

 

「何で北森さんが? あっ、用事は展示されている古代エジプトの石板を見に来たんだ」

 

 表の遊戯はこの場に北森がいる事を疑問に思うも、この展示はKCも関わっていることに思い至り、要件を明かすが――

 

 

「もうありませんよ?」

 

 実現不可能だった。

 

「えっ、なんで!?」

 

 動揺を見せる遊戯に北森は顎に指を当てながら続ける。

 

「えーと、墓守の一族の方がグールズのトップだったので……あの……その……少々ゴタゴタがあったらしくて……」

 

 だがその説明はフワッとし過ぎて要領を得ない――とはいえ、北森は詳しい事情を知る立場でもないゆえに仕方のない側面もあるが。

 

「イシズさんは?」

 

 杏子がこの博物館の展示を企画した責任者のポジションの人物の名を上げるが――

 

「既にエジプトの方に帰られています。今回の展示はKCも関わっていたので、私は残りの片付けを……」

 

 既にイシズはこの博物館にはいない――というかそれどころではない。

 

 

 頼みの綱が途切れた状態に城之内が当事者である遊戯に零す。

 

「エジプトってどうすんだよ、遊戯……」

 

「うーん、やっぱり直接向かうしかないかなぁ?」

 

 だが返ってくるのは些かハードルの高い選択。

 

 そんな遊戯たち4人の悩む姿に北森は親切心から問いかける。

 

「石板がどうかしたんですか?」

 

「えーと、その詳しくは言えないけど、ボクにとって大事なことなんだ」

 

 とはいえ、遊戯も詳しく話すことは出来ない。早々信じられる内容でもない為、遊戯の口は自然と重くなる。

 

「そう……なんですか? でしたら向かうのは時間を置いた方が良いと思います。まだゴタゴタしているでしょうし……」

 

「そんなになの?」

 

 しかし北森から告げられたアドバイスに首を傾げる杏子。バトルシティの熱があれどエジプトはあまり関係なさそうに思えたゆえに。

 

「はい、グールズは国際的な犯罪組織だったので問題はどうしても大きくなりますから……」

 

 その北森の言葉通り、今のイシズはこの博物館での後始末を全てKCに丸投げしなければならない程の事態に見舞われていた。

 

 

 それはザックリ言えば、グールズのトップが墓守の一族の人間であった為、墓守の一族へ向けてのグールズの被害にあった人間からの突き上げがもの凄いので、もの凄く忙しい。

 

 

 そう、イシズはその対処に追われている――マリクとリシドを守る為に頑張っているのだ。

 

 

 現状が思った以上に自分たちではどうにもならない事実を知った遊戯たち一同だったが、本田はふと問いかける。

 

「それって、どのくらいかかるんだ?」

 

 その言葉通り、今の遊戯たちに出来るのは古代エジプトの石板を管理するイシズの周辺が落ち着くまで待つしかない。

 

「さすがにそこまでは……済みません、お役に立てなくて……」

 

 しかし北森は過労で疲れ切ったイシズの顔を一度ばかり見た程度な為、明言は出来なかった。

 

「ううん、そんなことないよ――ありがとう北森さん! 助かったよ! 他の詳しいことは日を改めて神崎さんに聞いてみるね!」

 

 申し訳なく頭を下げる北森に明るく返す遊戯の言葉を最後に遊戯たちは博物館を後にする。

 

 

 その後、折角集まったのだからと遊びに向かった遊戯たちの心に何処か安堵があったのは気のせいではない。

 

 

 別れはいつだって辛いものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCの一室にて1人黄昏る神崎は書類片手に息を吐く。

 

「バトルシティは無事に乗り切れたか……」

 

 最大の脅威であった『ラーの翼神竜』の威圧感を思い出し、内心で身震いする神崎はそれから逃れるようにこのバトルシティでの問題を纏めた報告書を眺める。

 

「報告にあったエスパー絽場は『公式試合の無期限出場停止』――意外と処分が重いんだな……」

 

 その1つの「手札の盗み見」のイカサマを常習的に続けていたエスパー絽場に「デュエル協会」が下した決定は中々に重い。

 

 この処分は、プロデュエリストはおろか、企業デュエリストのようなマイナー職だけでなく、「デュエル」を僅かにでも関係する職業全般が選べなくなる。

 

「『出場停止処分』が解除されるかはエスパー絽場の今後次第……」

 

 今現在のエスパー絽場の「デュエリスト」としての未来は暗いが、報告書には「強い反省が見られ、更生する可能性は極めて高い」とほぼ確定事項のような内容でギースが太鼓判を押していた。さらに――

 

「竜崎が色々動いたのか……動かなかった場合は『もっと重い処分になっていた可能性が高い』と、やはり『デュエル』に関することは厳しい世界……か」

 

 この遊戯王ワールドにおいて「デュエルを侮辱した行為」は酷くペナルティが重い。

 

 さらに当のエスパー絽場が、大衆がいる場で「自白」した為、隠蔽や情報統制のような手段も取れなかったと報告書には記されていた。

 

 原作ではナアナアで許されていたエスパー絽場だったが、今回は神崎が「デュエルに関する発展」を加速させた為、明確な罰則が発生していた。

 

 ゆえに神崎は自身が原因の自覚がある為、なるべく力になりたいが――

 

「オカルト課で雇うにも、周囲を納得させられるだけの理由も力もない…………だが、多少は関われる口実が出来たのなら人間関係のトラブル(イジメ問題)だけでも大下殿に口添えを頼んでみるか」

 

 神崎の立場が邪魔をする。

 

 ゆえに企業買収のスペシャリストであり、広い人脈を持つBIG5の《深海の戦士》の人こと大下を頼ることに決めた神崎。

 

 やがて報告書片手に自身の影から新しく目玉と腕を生やした神崎はBIG5の《深海の戦士》の人こと大下に願い出る為の書類を作成しながら、報告書を読み進めていく。

 

 おい、冥界の王の力を便利アイテム扱いするんじゃない。

 

「これは羽蛾の諸々の勝手な行動に対する罰則か……『反省の色が見られる』とある……なら特にこれ以上は必要ないか――次も問題行動を起こすようなら、『ただデュエルすればいい』ポジションに置けばいいだろう」

 

 報告書には「BIG5の工場長こと大田に預けてはどうか」との提案が記されていた。メカに強い部分を見ての判断だろうが神崎は否定的であった。

 

 羽蛾には「承認欲求が強い」という点がある為、あまり表に出ない部署は向いていない。

 

 神崎は報告書を読み進めていく。

 

「ドクター・コレクターも引き渡しが済んだ……グールズの構成員たちの洗脳も解け、元の生活に戻せつつある」

 

 そこには国際的な犯罪者であるドクター・コレクターとグールズを日本の警察組織が捕まえた――ことになっている旨が書かれていた。

 

「コネクションくらいになると良いんだが……治安維持局――セキュリティとまではいかずとも『デュエル犯罪に対する部署』くらいは在っても困らないか」

 

 そう一人ごちた神崎はまたまた自身の影から新しく目玉と腕を生やし、デュエル犯罪に対するノウハウを伝える講習会の企画書を組み上げ、書類を作成していく。

 

 完全に冥界の王の力の無駄使いをしながら報告書を読み進める神崎。

 

「マリクたちの件は大岡殿次第……」

 

 そんな中で今の自身ではどうにもならないマリクの行く末を余所に神崎の報告書をめくる手が止まる。そこに書かれていたのは――

 

「残るはパンドラの家庭問題と人形の彼の心のケアだが……」

 

 それは操られていたグールズの中でも面倒な事情を持つ2人。

 

 1人はパンドラの拗れに拗れた夫婦関係。

 

 色んな意味で面倒だが、パンドラ自体は愛するカトリーヌが幸せになれる選択であれば自身はどうなっても文句はないというスタンスからあまり問題ではなかった。

 

 そう、問題だったのはもう1人の「人形」と評されていた構成員である。

 

 虐待を行っていた両親を殺害してしまった過去から自責の念を受けて心を閉ざしていただけでなく、マリクの洗脳を受けてさらにその心は奥深くに沈み込んだ。

 

 そして今度は犯罪行為に加担してしまったことで更に自責の念を受け、自身を責めている状態である。

 

 強引な手段は使えず、更には心の問題ゆえにオカルト課の治療技術もあまり意味をなさない。

 

「これらは一朝一夕で終わる問題でもない。気長にやっていくしかない……か」

 

 ゆえに今すぐどうこうすることも出来ない為、神崎にはあまり出来ることは多くない。

 

「そして一番の問題の――」

 

 やがて報告書を閉じた神崎はアルカトラズの工場にて入手した様々なデータが並ぶ書類を手に取る。それは――

 

「――『デュエルエナジー回収機構』がソリッドビジョンに与える影響」

 

 そう、アクターとカードプロフェッサーであるマイコ・カトウとのデュエルで発生した《森の番人グリーン・バブーン》のソリッドビジョンの挙動に関する調査結果である。

 

「大田殿にも調べて貰ったが、機能的な問題はなし」

 

 しかしその結果は神崎の予想を裏切り、ソリッドビジョン自体に目立った問題はない。

 

「ツバインシュタイン博士とギースに調べて貰ったが、ソリッドビジョン自体に精霊が憑いている訳でもない」

 

 さらに精霊関係の問題もない為、神崎は内心で肩透かしを受けていた。

 

「あくまで精霊世界とこの世界の干渉力が影響している程度――デュエルエナジー回収機構によってソリッドビジョンが実体化する危険性はなし」

 

 つまりマイコ・カトウのデュエルの際に起こった出来事を「精霊持ち」の事情を抜きにして、もの凄く大雑把に説明すれば――

 

 

 今日もソリッドビジョンはイキイキ動いています。そんな程度の問題とも言えないものだった。

 

 とはいえ、デュエルディスクが世に羽ばたくこのタイミングで問題が発生すればそれこそ大変なことになるゆえに今の神崎には安堵の方が大きい。

 

「問題はない……が」

 

 だが、このまま流していい問題なのかと悩む神崎。

 

 デュエルエナジー回収機構を外す選択肢は神崎にはない――何故ならあれは今、神崎が持つ最も強力な鬼札(ワイルドカード)

 

 これから続いていく世界の滅亡の危機のオンパレードに対抗する為の武器なのだから――もうちょっと冥界の王を頼ってあげても……

 

 

 

 

 しかし悩みに耽る神崎がいる一室の扉が開く――前に神崎は影から新たに伸ばしていた目玉と腕の全てを引っ込める。

 

 やがて開いた扉から歩み出たのは――眼鏡をかけたインテリ風のおっさん。BIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡である。

 

「これは大岡殿。言ってくだされば此方から伺いますのに――」

 

 そんなBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡の来訪に神崎は慌てた様子で立ち上がり、礼を尽くすが――

 

「いや、構わないですよ――道すがら立ち寄っただけですからねぇ」

 

「お手数をおかけして申し訳ありません」

 

 BIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡の言葉に神崎は畏まる仕草を見せるが、BIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡に気にした様子はない。

 

「本当に構わないとも、キミには色々と借りがある――ただ、少しばかり愚痴が言いたくなりましてねぇ」

 

「何か問題でも?」

 

 BIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡から語られた「愚痴」との言葉に聞く姿勢に入る神崎――愚痴だけで態々訪ねてくる筈もないことは分かり切っているゆえに。

 

「なぁに、大したことじゃぁありません。『あのイシズとかいう考古学者が中々に強かだったなぁ』とね」

 

 しかしBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡から語られるのは電話対応したイシズに対する愚痴だった――愚痴じゃねぇか。

 

「しかし末恐ろしい女性でしたねぇ――あの手この手でマリク・イシュタールの刑を軽くしようとする様には執念すら感じられた」

 

「家族を想う故かと」

 

 だが嫌な顔一つせずに対応する神崎。実際にイシズの厄介さを知る神崎からすれば他人事ではない。

 

「だとしても被害者の数を考えれば今以上を望むのは些か強欲とも思いますがねぇ」

 

 とはいえ、面倒だったと語るBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡。

 

 彼からすればイシズは「犯罪者を無罪にしろ」と無茶振りを権力に任せて強引に推し進めてきた相手ゆえに面倒なことこの上ないのだろう。

 

「確かあの2人は――」

 

 その話の中で神崎はマリク・イシュタールとリシドの今後に考えを向けるが――

 

「ええ、長期刑と多額の賠償金でケリが付きそうです」

 

 BIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡が先回りするように零す方が早かった。

 

 やがてヤレヤレと肩をすくめて見せるBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡は息を吐きながら大変だったと語りだす。

 

「ただ、さすがに悪魔の証明染みたことを論ずる羽目になるとは思いませんでしたがねぇ」

 

 そう、今回のグールズの一件はオカルト的な側面が多く、証明が限りなく面倒だったのである。

 

 マリクの二重人格の証明と、犯行を行ったのは今の人格であるとの証明する脳波データ。そして目撃情報。

 

 KC所属のデュエリスト含め、ハンターたちのデュエルディスクから音声情報を抜き出し、マリクが主導していたことの証明。

 

 そしてマリクの家庭環境の問題に関する証明。

 

 例を上げればキリがないレベルだった。

 

「とはいえ、あれだけの物証があれば問題はありません――前もっての準備が功を奏しました」

 

 しかし逆を言えば証明してしまえば、どうということはないとBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡は自信タップリに鼻を鳴らす。

 

 童実野埠頭にあった大量の爆発物にマリクたちの痕跡が残っていたことが決め手の1つになったと笑みを浮かべながら。

 

 黒いものでも白くする、と揶揄された――彼の弁護士としてのスキルの前ではまな板の上の鯉も同然だと。

 

「後、此方が本題なのですが――」

 

 ひとしきり笑って満足したBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡は最後に本題を明かす――ようやくだよ。

 

「例のオカルト絡みの法整備の話ですが既存の法に沿ったものになるかと、ザックリ語ればオカルトの力を『凶器』と認める形といったところですねぇ」

 

「色々此方の要望を聞き入れて下さり感謝の言葉もありません」

 

 乃亜づてに願い出た一件の現状報告に神崎は深く頭を下げ、感謝を示す。

 

「ですので、これを」

 

 ゆえに神崎は用意していたブツを――といっても封筒に入った書類だが――BIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡に手渡した。

 

「……また頼み事ですか? ――おや、これは……」

 

 また面倒事かとイヤイヤながらに受け取るBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡だが、封筒を開き書類をパラパラめくった後に笑みを深める。

 

「成程、成程。今回の一件で私は人情派弁護士としての――そう文字通り、ヒーローとなる訳だ」

 

 神崎が手渡したブツはBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡に対する「心ばかりのお礼の品」だ。

 

「そして未知(オカルト)に立ち向かい定義した1人となり、歴史に名を遺す可能性だってありえる! このわたくしが!」

 

 お礼の品は「現代の英雄の証」――直接的に金銭には繋がらなくとも、間接的に考えればその限りではない。

 

 そしてBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡にはそれを成す力がある。

 

「喜んで頂けたのなら何よりです」

 

 満足そうなBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡の姿に一安心な神崎――頑張って用意した甲斐があるというもの。

 

「ふふっ、相変わらず君は乗せ上手だねぇ」

 

 やがて踊りだしそうな程に上機嫌なBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡は神崎の肩に手を置きポツリと零す。

 

「また何かあれば何でも言いたまえ、君の頼みならいつでも手を貸しますよ」

 

 そう言い残した後、BIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡は軽やかに去って行った。

 

 

 閉まる扉を確認した後、神崎は影から無数に眼球と腕を生やし、仕事に戻る――忙しい事実はなにも変わっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCのオカルト課の一室にいる3人の間には緊迫した空気が流れていた。

 

「牛尾、お前は羽蛾と竜崎の仕上がりを『問題ない』と判断した――そうだな?」

 

「はい」

 

 ギースの問いかけに言葉少なく返す牛尾。その後ろには羽蛾が控えていた。

 

「だったら何だこれは!! 職場放棄! 独断専行! 最後には危うくグールズの手にかかる所だったぞ!!」

 

 いつもらしからぬギースの怒声が牛尾に飛ぶ。

 

「すんません! 俺の責任です!」

 

 今の牛尾には頭を下げることしか出来ない。

 

「やはりお前にはまだ早かったのかもしれんな……」

 

 牛尾なら出来ると神崎に推薦したギースがそう思うのも無理はない。

 

 しかし此処で今まで沈黙を守っていた羽蛾が思わず声を上げる。

 

「ちょっと待てよ! さっきから黙って聞いてれば! 牛尾は関係ないだろう! 文句なら俺に言えよ!! 俺がミスしたんだから俺の責任だろ!!」

 

 この場に呼び出されたのは羽蛾の勝手な行動を咎めるものだが、肝心の羽蛾には事実確認以外でギースは一言たりとも言葉を向けていない。

 

 ギースに怒鳴られているのはずっと牛尾1人だ。

 

「此処は黙っとけ、羽蛾!」

 

 そう牛尾が小声で羽蛾に向けて伝えるもギースは先の怒りの表情などなく、いつもの様子で羽蛾に問いかける。

 

「羽蛾……お前は勘違いしているようだから言っておこう――お前に何の責任が取れるんだ?」

 

「ヒョッ?」

 

「答えてみろ――最悪の可能性が起こったとして、どう責任を取るつもりだったんだ?」

 

「そんなの!」

 

 淡々と事実を確認するように問いかけるギースに羽蛾は決まり切ったことだと声を張ろうとするが――

 

「まさか辞める『だけ』等と言うんじゃないだろうな?」

 

 スッと先回りするように語られたギースの言葉に羽蛾はようやく気付く。

 

「ヒョ……それは……」

 

 そう、今の羽蛾に「責任など取れない」ことを。

 

 羽蛾の不用意な行動はKCに大きな危険を与えた。辛うじて問題は起きなかったが、問題が起きた場合の被害は考えるだけでも恐ろしい。

 

 

 やがて下を向く羽蛾から視線を外したギースは牛尾を見やり怒声を飛ばす。

 

「理解したな――分かったか、牛尾! 羽蛾がこの程度の事も理解していなかったのはお前の甘い認識と怠慢が原因だ!!」

 

 そう、本来であればこの程度のことは「牛尾がキッチリと分からせておく」べき問題なのだ。

 

 新人の訓練はただデュエリストとしての力量にテコ入れするだけではない。デュエリストの「心」に対しても鍛え直す場なのだから。

 

「お前の言葉を信じた私が馬鹿だった!!」

 

 そんなギースの怒声が牛尾の身に響いた。

 

 

 

 

 やがてギースから解放された牛尾と羽蛾。そんな中で牛尾は息を吐きながら羽蛾の肩に手を置く。

 

「ふぃ~やっと終わったか……まぁ、ギースの旦那が言う通り羽蛾、お前が責任感じる必要なんて――」

 

 しかしその肩に置かれた手を振り切り、羽蛾は駆け出していった。その逃げ出したい心中を示す様に。

 

「行っちまったか……アメルダ、済まねぇが様子見といてくんねぇか? 俺が直接行くよりいいだろ」

 

 走り去る羽蛾を見送る牛尾は人払いの役を買って出ていたアメルダに願いでる。放っておくわけにもいかないが、牛尾が行けば逆効果だろうと。

 

「ああ、了解した」

 

 そんな短いアメルダの言葉と共に遠ざかっていく背中を見ながら牛尾は扉の向こうに語りかける。

 

「んで、ギースの旦那。羽蛾のヤツはもう行っちまったんで大丈夫っすよ」

 

 その牛尾の言葉のしばらく後、扉を少し開けて顔を覗かせるのは先程、らしからぬ程に怒鳴っていたギース。

 

 しかし今はその影もなくおずおずと言った具合に牛尾に問いかける。

 

「そうか……どうだった?」

 

「かなり反省してたかと……すんません、嫌な役やらせちまって」

 

 先のやり取りは羽蛾の反省をより促す為のものだったようだ。

 

「いつものことだ。構わんさ……それに私に言われた方がまだマシだろう」

 

 ギースからすればデュエリストは個性派揃いの為、見慣れたものだった。

 

 過去の狂犬のようなヴァロンをたしなめたり、

 

 過去の入社したてのアメルダが力に魅入られた所を正気に戻したり、

 

 過去のオラオラしていた牛尾に現実を叩きつけたりなど例を上げればキリがない。

 

「――ただ羽蛾の認識の甘さはお前が原因だぞ、牛尾」

 

「返す言葉がないっす」

 

 だが最後に付け足されたギースの言葉に牛尾は肩を落とす。

 

「とはいえ、そこまで責める気もない。竜崎が連絡したにも関わらず乃亜が動かなかった問題もある」

 

 とはいえ、ギースもそこまで牛尾を責める気はない。

 

 本来であれば羽蛾の暴走は未然に防がれている筈のものである。

 

 乃亜が神崎の意を汲んだゆえに起こった状態だ――神崎にそんな意は毛ほどもなかったが。

 

「しっかし、神崎さんの場合はそんなにヤベェんですかい?」

 

 その牛尾の言葉通り、牛尾は神崎が怒っているところを見たことがない為、怒られた場合の状況をイメージするも上手くいかない模様。

 

「いや、あの方は怒りを見せたりはしないさ。そもそも誰かに強い感情を持っているかどうか怪しい」

 

 しかしギースは牛尾の前提から否定する。ギースの見てきた神崎はいつも「楽」一択だが、それすらも作られた表情だと。

 

「ギースの旦那ですら見たことないんすか? 結構、長い付き合いなんでしょ?」

 

「私など所詮は換えの利く駒の1つだよ」

 

――あのアクターでさえ……

 

 ギースは思い出す。アクターからのメッセージを神崎に伝えた時も、神崎は大した感情を見せず淡々としていたことを。

 

 文字通り「どうでもいい」と言わんばかりに――そりゃ中の人的なことを考えればそうならざるを得ないのだが。

 

 そしてギースは意識を牛尾に戻し、続ける。

 

「それにあの方のやり方は――『自発的に気付かせる』方法を取る。しかしこれが厄介でな」

 

「あー、その段階ですら篩にかけてるってことですかい?」

 

「ああ、気付かないようなら良くて私のように部署替え、悪くて――」

 

「ギースの旦那、部署替えって――いや、なんでもないっす。悪くてクビっすか?」

 

 ギースの言葉の一部分に反応する牛尾だが「踏み込むべき話ではない」と、強引に話を戻すが、ギースは首を横に振る。

 

「違う。それはまだマシな部類だ。最悪、歯車にされる」

 

「……歯車っすか?」

 

 なんとも妙な例えだと思う牛尾。

 

「ああ、ただ言われたことを黙々とこなすだけの歯車に……な」

 

 しかしギースが語るのは鬼畜の所業のような言葉だった――神崎はただ適材適所を心掛けているだけなのに。

 

 

 やがてしばし沈黙が続くが、重くなってしまった空気を変えるように牛尾は手を振る。

 

「あーもう止めましょうぜ、こんな話――んで話は変わるんですがマリクたちはどうなったんすか?」

 

 強引な話題転換だったが、牛尾とて気になっていた内容である。できれば遊戯にも結果を知らせたい思いがあった。

 

「長期刑と多額の賠償金で落ち着くらしい――まだ正式な決定は降りていないらしいが」

 

「――ってーと、出てこれるって聞こえるんですけど、なんつーか意外ですね」

 

 敵対者に容赦のない神崎の在り方から最悪の可能性すら考えていた牛尾だったが、ギースから返ってきたのは思いの他に温情に溢れたもの。

 

 とはいえ、かなりの長期間の刑になる為、出られるとはいっても人生の大半を無駄にする結末が待っているが。

 

「どうだろうな……なまじ希望がある分、彼は逆に退路を塞がれたようなものだ」

 

「下手に問題を起こせば『それすらもなくなる』っつう話ですか……片棒担いだ手前、やるせねぇっすね……」

 

 ギースの言葉に牛尾の言葉に力がなくなる――マリクを司法の場に向かわせた人間の中に牛尾も当然含まれている。

 

 マリクの過去を知る牛尾からすれば気持ちの整理がいまいち出来ていなかった。

 

「だが彼は良い目をしていた――あの様子ならきっと大丈夫さ」

 

 しかしそんなギースの言葉に牛尾は顔を上げる。

 

「そうかもしれねぇっすね……じゃぁ俺はこの結果を遊戯たちに知らせてきます――アイツらも気にしてたんで」

 

 顔を上げた牛尾に先程の影はない。空元気であっても前に進もうとする強さがそこにはあった――それは遊戯たちに教わった強さ。

 

 

 牛尾の心と歩調は不思議と軽くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 墓守の一族が管理する地下にあるテーブルと4つのイスだけがある一室。そこでイシズは過去に思いを馳せていた。

 

 ひっきりなしに対応を求められるグールズの一件に対する忙しさから一時の休息を得たイシズが最初にしたことはこの想い出のある部屋で心を休めること。

 

「この場所に来るのも久しぶりですね」

 

 そう一人ごちるイシズの心には過去の状況が蘇る。

 

 

 マリクがイシズとデュエルし、時にはリシドも交えてデュエルした過去。

 

 負けが続き拗ねるマリクに対し、手加減をしようとしたリシドを「それはデュエリストとして無礼だ」とたしなめた父の姿。

 

 特訓だとマリクを鍛えようとした父が実はそれほどデュエルが強くなかった為、大した特訓にならなかった想い出。

 

 リシドに負けてマリクと共に悔しがる父の姿――2人のあまりにそっくりな姿に思わず笑ってしまったイシズ。

 

 そして時折父から語られる亡くなった母との思い出話に3人で静かに耳を傾けた夜。

 

 

 どうしてあの幸福な時を留めて置けなかったのだろうか、とイシズは考えてしまう。

 

 だが全ては過ぎ去った過去。もう二度と取り戻せない日々。

 

この場所(墓守の里)で1人待つことが、(わたくし)に与えられた罰なのかもしれませんね」

 

 

 そんなイシズの言葉が誰の耳にも届かず消えた。

 

 

 

 






長らくかかりましたが、ようやく――バトルシティ編 完結




~今作特有の用語~
デュエル協会

デュエリストに関する様々な規定を定めている機関。

デュエルでイカサマなどの不正を行ったデュエリストに対する処分は此処で降される。

他の仕事内容は「プロデュエリスト」の資格認定試験などが有名。



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