マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
剛三郎、あなた疲れてるのよ





第127話 かくして舞台の幕は上がる

 

 

 神崎はKCの自身の仕事場にて燃え尽きたように項垂れていた。それは思った以上に重労働だった仕事がようやく終わったゆえの脱力。

 

 職務を完遂した社畜(おっさん)の姿である。

 

「マリク・イシュタールの身柄を司法機関に引き渡す際の被害者たちの反対……なんとか乗り切れた……」

 

 その仕事は「マリクを司法機関へと正式に引き渡す」――字面にすれば大した事のようには思えないものだが、実態は想像以上に面倒だった。

 

 

 マリクの供述をもとにグールズの犯行のアレコレを調べてみれば、表に出ていなかったものが出るわ出るわの大収穫。

 

 そんな犯罪行為のオンパレードに「司法機関に引き渡すなんて生温いんじゃァ!!」と声を荒げる人たちをなだめる作業に神崎は奔走していた。

 

 感情的な問題は実態が伴うものに比べて、折り合いが付けにくい。

 

 マリクに対し、様々な罰と多額の賠償の確約があったとしても被害者たちの感情の問題はまた別なのだ――遊戯との約束がなければ投げ出していたかもしれないと神崎は息を吐く。

 

 精神的に死にそうになる日々だったと。

 

 冥界の王の死因が「過労死」――笑えない。一部の人は大爆笑しそうだが、当事者である神崎からすれば微塵も笑えなかった。

 

 上述の声を上げた人間にマリクを引き渡せば、そのまま帰らぬ人になることは分かり切っている為、神崎も頑張った。めっちゃ頑張った。

 

 全ては遊戯から信頼を勝ち取る為――動機が不純だ。

 

 

 色々な汚いやり取りや、被害者たちを含む関係者に「マリクへの個人的な糾弾の場」の確約などを経て結果としては何とか抑えられたが、神崎はふと考えてしまう。

 

――此方はある種の反則技染みた手段が使えたが、原作でのイシズ・イシュタールはどうやって回避したんだ?

 

 

 墓守の一族ならどうやったのだろう、と。

 

 

 なお今回、此処まで問題の規模が膨らんだのはマリクたちに関する調査結果を依頼に則り被害者たちに報告した神崎の自業自得だ。

 

 神崎的には「被害者には知る権利があるだろう」といった「良かれと思って」の判断だったのだが。

 

 

 と、そんな裏事情はさておき、精も根も尽き果てた気分の神崎はゆっくりと立ち上がりつつ零す。

 

「疲れた……今日の業務も終わらせたし、後は乃亜に引き継いで一先ず帰るか……」

 

 肉体的な疲労は冥界の王の力も相まって問題がないが、精神的な疲労はまた別だった。

 

 だがそんな神崎に声がかかる。

 

「冥界の王の力を奪った貴様が疲れる筈もないだろう」

 

 それはつい先程この一室に訪れたアヌビスのもの。

 

「冥界の王とてダメージは受けますよ、アヌビス――それで何か用ですか?」

 

 とはいえ、神崎もアヌビスの接近には気付いていた為、大した反応も見せず対応するが――

 

「まずはその腕と眼球を仕舞ったらどうだ……」

 

 アヌビスから零れたのはそんな呆れた声だった。

 

 それもその筈、今の神崎は先の業務で手が足りぬ、目が足りぬ、と冥界の王の力を使って影から目玉や腕を大量に生やした状態。

 

 端的に言ってグロい。

 

 事情を知らぬ誰かが見れば大騒ぎになるだろう。

 

「ああ、これは失礼――それで要件は? 貴方の復讐の件ならまだ先ですよ」

 

 しかし神崎はそんな軽い調子で目玉や腕を影に仕舞っていく――便利なもんだ。

 

「要件はこれだ」

 

 アヌビスから手裏剣の様に飛来した幾枚ものカードを影で盾を作って受け止める神崎。

 

 カードはズブズブと影の盾へと呑まれて行き、やがて神崎の手元にポトリと落ちた。

 

「これは……昆虫族のカード?」

 

「羽蛾からだ。詳しいことは我も知らんが、『返す』とのことだ」

 

 その幾枚もの昆虫族のカードは神崎が羽蛾に報酬の一つとして与えていたカード。

 

「そうですか……では預かっておきます――それで他に何か?」

 

 そのカードを丁寧に仕舞う神崎はなにか言い淀んでいる様子のアヌビスにそう問いかけるが――

 

「いや、少し問題があるように思えてな」

 

 だが対するアヌビスの表情は硬く、語られた内容は深刻さが見て取れる。

 

「何かありましたか?」

 

 にも拘らず神崎に緊張感はない。特に思い当たる節がなかったようだ。

 

「バトルシティの後に貴様が乃亜に頼んでいた要件。あれは何が狙いだ?」

 

「貴方が知る必要はありませんよ――いや、むしろ知っている人間は最小限にしておくべき事柄です」

 

 追及するように続けるアヌビスだったが神崎は語る気がないように、ボカシて見せる。

 

「乃亜が不審がっていた。あのままならいずれ貴様の内の冥界の王の力に辿り着――」

 

「ああ、なんだ。そんなことですか」

 

 やがてそんな踏み込んだ話を始めたアヌビスだったが、アヌビスが心配する内容に理解が及んだ神崎の様相は何処までもいつも通りだった。

 

 乃亜に冥界の王の力が発覚するかもしれない可能性に対する危機感が感じられない。

 

「そんなことだと!! 冥界の王が倒れれば我の復讐はどうなると思っている!!」

 

 そんな神崎の姿にアヌビスが激昂交じりに怒鳴り、怒り心頭な様相を見せるが――

 

 

 

「いや、私を不審がる人間はかなりの数いますので、今更だと思うのですが」

 

 

 神崎からすれば今更過ぎる問題だった。神崎に対して大抵の人間は信頼など見せず、疑われるのが常であると――泣いていいと思う。

 

 

「…………それもそうだな」

 

 納得したように怒りの矛先を見失うアヌビス――いや、否定してやれよ。

 

 

 乃亜の優秀さはずば抜けているが、ツバインシュタイン博士という前例もある為、言われてみるとそこまで問題がないようにすら思える――その信頼の無さは十分問題だと思う。

 

「そうハッキリ言われると傷つきますね」

 

 神崎はアッサリ納得してしまったアヌビスの姿に何とも言えぬ気分になりながら、一応の補足とばかりに付け足す。

 

「それに仮に乃亜が気付いたとしても、彼は『話し合える相手』です――であれば、相手が『世界を滅ぼす力』を持っていたとしても、感情論で排斥するような真似はしませんよ」

 

 それは神崎が乃亜の人間性をよく知るゆえの判断――乃亜が早々に神崎を切り捨てる選択を取れはしないと知っているゆえだ。

 

 

 やがて帰り支度を始めた神崎はアヌビスに頼み出る。

 

「ではアヌビス。これで私は失礼します――ついでに乃亜への引継ぎをよろしくお願いしますね」

 

「何故、我が!?」

 

 忠告しにきたらお使いを任された状況のアヌビスは眉をひそめるが――

 

「いえ、最近の乃亜はモクバ様と隠れて何やら企てているようなので、私は向かわない方が良いでしょう?」

 

 神崎がポツリと零した言葉にアヌビスは目を見開く。

 

「知っていたのか……」

 

 その一件は海馬と神崎に知られぬように乃亜とモクバが周囲に言い含めていたもの。

 

 それなりに情報統制染みた根回しをしていたにも関わらずあっさりバレている事実にアヌビスは思わず頭を押さえた――今までの周囲の頑張りは何だったのだろうと。

 

「ええ、貴方が川井さんの時のデュエル教導の基礎マニュアルを持ち出していた所を偶然見たもので」

 

 アヌビスの頑張りが足りなかったようだ――とはいえ、相手の化け物染みた視界と視力ゆえに対処は難しいだろうが。

 

「大方モクバ様が海馬社長と武藤くんの一戦に触発されてデュエルでも始めたのでしょう」

 

 最近に起きた切っ掛けになりそうな事柄を上げる神崎だが、隠していた理由も神崎にはおおよそ分かった――海馬を驚かせたいのだろうと。

 

「私に内緒の体のようですし、極力接触は避けておきました」

 

 そう淡々と語る神崎。

 

 自身に隠していたのは神崎と海馬の仲の悪さを鑑みてのものだろうなと予想した神崎。

 

「貴様は…………いや、何でもない。貴様はそういう奴だったな」

 

 しかし肝心なところに気付いていない神崎の姿にアヌビスは力なく溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんやかんやで神崎を殺す為の全ての準備を終えたパラドックスはここぞとばかりに気を引き締める。

 

「いよいよか……全ての準備は整った――後は予定通りにヤツが1人になった時に叩くだけ」

 

 どこぞのビルの頂上で来たるべき時を待つパラドックス。

 

 パラドックスの調べでは神崎が孤立し、確実に殺せる最も早い時期が今日この日だった。

 

 

 あくまで今回の行為は未来を救う為のもの――ゆえに必要以上の犠牲はパラドックスとて望んではいない。

 

 

 

 

 だが1つ目の眼球を身体の中央から伸ばし、腹に穴が開いた足の無い異形の魔物がパラドックスの眼の前に現れた。

 

「――ッ!」

 

 その異形の魔物は羽のようなものを広げ、太い腕から伸びる鍵爪をゆっくりとパラドックスに近づけている。

 

 そんな魔物の姿にパラドックスは思わず身を引いたが――

 

 

「動くな」

 

 

 背後から聞こえた男の声にパラドックスは動きを止める――その男の声はパラドックスが知りうる人間のもの。

 

「そのまま此方の質問に答えて貰う――お前の持つカードは誰から奪った?」

 

「ギース・ハント」

 

 魔物に指示を出していた男ことギースの名を零すパラドックスに対し、ギースは淡々と続ける。

 

「お前のデッキからは精霊の、ドラゴンの嘆きが聞こえる――そしてお前は精霊の存在を知覚した。言い逃れは出来んぞ」

 

 この場にギースがいるのは精霊の声に導かれたゆえだ。

 

 そしてパラドックスを発見。

 

 諸々の事情を察したギースは確認の意味も込めてギースの仲間たる精霊と協力し、パラドックスの犯行の裏付けを取ったが――

 

「――『精霊狩りのギース』か」

 

「私が『精霊狩り』だと?」

 

 パラドックスから出た『精霊狩り』との呼び方にギースは疑問符を浮かべる。ギースにとって全く身に覚えのない話だった。

 

 そんなギースを無視し、パラドックスは現状を確認するように呟く。

 

「非番といった風貌だな……私を発見したのはヤツの差し金ではなく偶然といった所か――しかしキミの口から『精霊の嘆き』とはな」

 

「何を言っている?」

 

 ギースのラフな服装からそう判断するパラドックスだが、ギースにはパラドックスの言葉が頭の何処かに引っかかる。

 

「本来であれば『精霊狩り』だった男に『精霊が力を貸す』か――これ程までに歴史に歪みが出ていたとは……やはりヤツは危険だ」

 

 そう続けたパラドックスの言葉にギースの中で1つの仮説が立てられた。それは――

 

「その口ぶりでは私が『精霊狩り』との悪名で呼ばれることが『本来あるべき姿』とでも言いたげだな」

 

 ギースが神崎に手を差し伸べられなかった際の未来予想。

 

 あの絶望の只中にいればその原因となった精霊にギースは憎悪に近い感情を向けていたかもしれない。

 

 であれば「精霊狩り」といった非道に奔る可能性は十分にあり得る――そんな仮説。

 

 

「やはり私の考えは間違っていなかった」

 

 対するパラドックスはギースの言葉を気にした様子もなく今回の計画の必要性を強く再確認する――歴史の綻びは想定以上に根深い。

 

 

「あの絶望の只中にいることが、『本来あるべき姿』だと?」

 

 しかしそんな怒気混じりのギースの声にパラドックスの意識は引き戻された。

 

 過去にギースが味わった誰からも理解されず、迫害からただ逃げるしか出来なかった地獄にいることこそが「当然」との言い様にギースの心は怒りで燃える。

 

「……必要な犠牲だ」

 

 とはいえ、世界の全てが滅んだ未来の絶望を知るパラドックスにはそう返すしかない。

 

 大多数を生かすべく少数を犠牲にする――そう決断しなければ世界は滅びの道をひた走るのだから。

 

 

「詭弁にもならんな。『犠牲になる側』がそんな言葉で納得すると思うのか?」

 

 だがギースは鋭い視線をパラドックスに向けながら力強く返す。

 

 ギースとて「犠牲になれ」と言われて、はいそうですかと納得できる程に聖人ではない。

 

 例えそれが――

 

 

「その犠牲がなければ、数え切れぬ程の悲劇を生むとしてもか?」

 

 そう、パラドックスが言う様に数多の犠牲を生む未来に繋がるとしても――誰とも知れぬ相手の為に賭ける命などギースは持ち合わせていなかった。

 

「ならば救われた我々が手を差し伸べる側になればいい」

 

 とはいえ、ギースには救われた事実に対しての恩義は強く持っている。ゆえに手を差し伸べることに迷いはない。

 

 そしてKCに、オカルト課に、その土壌はしっかりとある。

 

「そんな場当たり的な対処でどうこうなる問題ではない――と言ってもキミに理解して貰おうなどとは思っていない」

 

 だがパラドックスは甘い理想論だと断ずる。あの滅びの未来の前では吹けば消える程度のものだと。

 

 

 パラドックスは今のギースが語った言葉のように手を差し伸べ続けた男を知っている。

 

 しかしその男の、Z-ONE(ゾーン)の献身に世界が返した答えは「滅び」――残酷なものだった。

 

 あの絶望の未来を変えるにはもっと大きな力が必要であることがパラドックスには、いや、イリアステルの4人には嫌というほど思い知らされている。

 

「私は果たさなければならない使命がある。キミの理想論に付き合っている暇はない」

 

 そう言って身を翻そうとするパラドックスだったが、それよりもギースが動く方が早かった。

 

「行かせるとでも思っているのか?」

 

「デュエルアンカーか……よせ、私はキミに危害を加えるつもりはない」

 

 パラドックスの腕のデュエルディスクに繋がれたデュエルアンカーを見ながらそう返すパラドックス。

 

 今のパラドックスにギースとデュエルするメリットもデメリットもない――文字通り時間の無駄だと。

 

「其方にはなくとも私にはある――あの方の元へお前を行かせる訳にはいかない」

 

 しかし一方のギースには戦う理由があった。

 

 ギースの過去の大きな起点となった人物――神崎がパラドックスの狙いであると気付いたゆえに。

 

「キミとてヤツの危険性を知らぬわけではあるまい――あの男が善人だとでも?」

 

 ギースと争う気のないパラドックスは神崎の歪んだ精神性を前に出し、命を賭けて守る価値などないと語るが――

 

「だからどうした」

 

 ギースは全く取り合おうとしない。

 

 そのギースの姿にパラドックスは初めて声を荒げる。

 

「『だからどうした』だと? ヤツの存在が如何に世界の危機となっているのかが分からないのか!!」

 

 神崎の行動によって救われた人間が多い? 違う。その先の人類の滅亡の未来は何1つ変わっていない。

 

 

 未来が救われたのならイリアステルという組織が存在する筈がない。こうしてパラドックスが神崎を殺しに動く必要すらない。

 

 

 パラドックスから見て、神崎の行為は滅亡の未来を回避し、人類の救済に尽力しているイリアステルの邪魔をしているだけだ。

 

 もし、神崎の行った改変によってZ-ONE(ゾーン)が主導する人類救済の計画が失敗しようものなら今度こそ手詰まりになりかねない。

 

 ゆえに万全を期すために殺さねばならない――絶対に。

 

「何度でも言おう『だからどうした』――例えそうであっても『恩人を売れ』と言われて首を縦に振るような卑劣漢になる気はない」

 

 しかしギースは取り合わない。

 

 本来の歴史のギースであれば恩人であろうとも売り飛ばしたかもしれないが、今のギースは「マトモにされている」――ゆえにその決断はありえない。

 

「『恩人』だと? キミを体よく利用する為のものだろう!!」

 

「だとしても『救われた事実』に変わりはない――その事実は私が命を賭けるに値する」

 

 パラドックスの言葉にギースは「知っている」と返す――初めから「精霊を知覚する力」が神崎の目当てであることは分かっていたと。

 

 だが神崎はギースに何一つ「強制」しなかった。全ての選択を神崎はギースに委ねた――その上で何があろうとも付いていくとギースは誓ったのだ。

 

「ヤツの人間性を知ったとしてもか?」

 

「人間性がどうであれ、私の知る限りあの方の行為によって救われた人間の方が遥かに多い」

 

 ゆえにどんなパラドックスの言葉にもギースは迷わない。

 

「『必要な犠牲』と切って捨てるお前よりも、余程ついていくに値する」

 

 例え悪魔の掌の上であろうとも「誰も傷つかない優しい世界」があるのなら、ギースはそれでよかった。

 

 もうあんな地獄は嫌なのだと。

 

 

 そんなギースの覚悟にパラドックスは倒すべき相手と見定めてデュエルディスクを構える。

 

「フッ、衝突は避けられんか――ならば押し通させて貰うぞ! ギース・ハント!!」

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 そうして誰の眼にも触れることのない戦いの幕が上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな一大バトルを余所に業務を終え、疲れた精神を引き摺りつつ神崎はKCから退社しようとしていたが、その背にモクバの声が届いた。

 

「神崎、今日の仕事は終わったって乃亜から聞いてるぜい! この後、時間あるか!」

 

 そう意気揚々と胸を張るモクバの姿に神崎はふと思う。

 

――この飲みに誘うおっさんのノリは一体……

 

 モクバ側からこういった接触が今までなかった――当然だが――為、どう対応すべきか悩む神崎。

 

「いえ、特に大きな予定はありませんが」

 

 まずは無難な対応をした神崎にモクバはデュエルディスクを構えながら、もう1つの待機状態のデュエルディスクを神崎に差し出す。

 

「なら神崎! 俺とデュエルだぜい!」

 

 そのモクバの言葉はもの凄く神崎の想定の範囲外の言葉だった。

 

 神崎はモクバがデュエルを始めたことは察していたが、そのデュエルは海馬との団欒の為と思っていたゆえに予想外だった模様。

 

「デュエル……ですか? 随分と急な話ですね。ですが私はデュエルをしないも――」

 

 取り合えず神崎はデュエルの面倒事から避ける為のいつもの方便を語るが――

 

「でもデッキは持ってるだろ!」

 

「ええ、社の決まりですから。ですが私とデュエルしても――」

 

 被せるようにグイグイきたモクバの言葉に肯定を示す神崎。

 

 そう、KCの社訓として全ての社員は「デッキ」の所持が義務付けられている。

 

 デュエリストとしての強い弱いはともかく、あの海馬の側近の磯野ですら持っているレベルだ。

 

 いや、何言ってんの? と思われるかもしれないが、この社訓は大抵の会社で存在するポピュラーなものだったりする。

 

 ようは、いつもの「遊戯王ワールド」クオリティだ。

 

 

「なら問題ないぜ!」

 

 神崎の方便も意に介さずグッと親指を立てるモクバの姿――問題しかない気がするが、気にしちゃダメだ。

 

「…………モクバ様は何故、私とデュエルを?」

 

 グイグイくるモクバの姿に神崎は状況を見定めるべくそう問いかけるが、モクバは元気よく返す。

 

「よくぞ聞いてくれたぜ、神崎! ――お前、兄サマと仲悪いだろ」

 

 モクバの言葉ド直球だった。真ん中ストレートである。

 

 

 とはいえ、モクバがオカルト課の人間にアレコレ聞いて回っていた事実は神崎も知っている為――

 

「…………確かに、私は海馬社長とはあまり親しい訳ではありません。ですが仕事上の付き合いは問題ない筈で――」

 

 ゆえに用意しておいた当たり障りのない答えを返すが――

 

「それじゃダメなんだぜい! その仲の悪さがBIG5の奴らと兄サマの間に溝を生んでいるんだ!」

 

 モクバのお気に召さなかったようだ――BIG5との溝は神崎の動き関係なく元々あったのだが。

 

「そうでしたか。であれば私からBIG5の皆様方へその問題をお伝えしておきま――」

 

 モクバが危惧する状態には早々ならないと神崎が返すも――

 

「だ~か~ら~! それじゃあダメなんだよ! 言葉だけじゃ伝わらないこともあるんだ!」

 

 モクバは頑なにデュエルすることを押し通す――デュエルする必要性が見いだせないとは神崎は言わない。というか、言えない。

 

「…………成程、それでデュエルと」

 

 神崎も信じたくはないが、デュエルでのコミュニケーションはこの遊戯王ワールドではかなりポピュラーなものである。

 

 悩める生徒を教師がデュエルで導く――なんてドキュメンタリーもある程に。

 

 色々あって、その手のドキュメンタリー制作に立ち会った神崎には何一つ理解できなかったが。

 

「そうだぜい! 遊戯の奴も言ってたみたいにデュエルすれば、言葉以上に分かり合えるんだ!」

 

 モクバの意思が固いことを確認しつつ此方の様子を窺っている気配に内心で溜息を吐く。

 

――提案したのは乃亜か……とはいえ、拒否も出来ない……

 

「……了解しました」

 

「いいのか!?」

 

「ええ」

 

 小さく頷いた神崎に驚きを見せるモクバ――デュエルを提案しておいて酷い反応である。

 

 とはいえ、今の今まで神崎がデュエルを避けてきたことを知る人間なら驚きもするだろう。

 

「じゃぁ、早速行くぜ、神崎! デュエル場の準備もバッチリだぜい!」

 

 そう元気いっぱいに宣言したモクバに手を引かれつつ神崎は思案する。

 

――今は面倒事を起こしたくない。それに一度デュエルすれば、しばらくは距離を置けるだろう。

 

 

 できれば「今日」は避けたかった神崎だが、そんな思惑を隠しながらモクバに引っ張られて行く。

 

 

 やがて辿り着いたデュエル場にてデュエルディスクを装着し、適切な距離を取る2人。

 

「神崎の方は準備、大丈夫かー!」

 

「はい、大丈夫ですよ」

 

 距離が離れたゆえに声を張るモクバに対して、にこやかに返す神崎はデッキをデュエルディスクにセットする。

 

――このデュエルにおいて勝敗はさほど重要じゃない。なら普段使いのデッキで問題ないか……

 

 このデッキはアクターが使用したような相手に合わせたデッキではなく、「神崎 (うつほ)」のデッキ。

 

 

 ゆえに神崎の内心では何処まで戦えるだろうかとハラハラしていた――ほぼ初心者であろうモクバ相手に何を気負っているのやら。

 

「よーし、行くぜい! デュエル!」

 

「デュエル」

 

 こうして何とも締まりのないデュエルが開始された。

 

 






ようやく神崎のデュエルや……(白目)


ちなみに、ギースのデュエルはモクバのデュエルが決着した後になります。

同時進行は無理です(`・ω・´)キリッ



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