マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
3 VS 1と数の暴力に晒される中でパラドックスは頑張った方だと思う


ちなみに最後の主人公エースの証、2500打点の3体同時攻撃の中で
E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フレア・ウイングマン》だけが
自身の効果で打点が上がっていたのは――密に密に(目そらし)


第138話 みらいいろ――の様子がおかしい

 

 

 《ブラック・マジシャン》・《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フレア・ウイングマン》・《スターダスト・ドラゴン》の3体の合体攻撃をその身に受けたパラドックス。

 

 そして光の中で最後の叫びを上げながら宙に浮かべていた足場のD・ホイールと共にパラドックスは吹き飛ばされ、その身を散らしていく姿を見て神崎は乾いた笑いと共に呟く。

 

「…………私のこれまではなんだったんだ」

 

 神崎はこの世界が「遊戯王の世界」だと知り、迫りくる世界の危機を自覚して死に物狂いでデュエルの腕を磨いてきた。

 

 そんな人生の大半を費やした神崎の足掻きは、全ては、何一つ、通じなかった。

 

 

 無意味だった。

 

 無価値だった。

 

 無力だった。

 

 デュエリスト(戦うもの)ですらなかった。

 

 スタートラインにすら立てていなかった。

 

 

 絶望感がその身を蝕む中、神崎の胸中に恐怖が広がる。

 

――このままでは先は見えている……嫌だ。嫌だ。また死ぬのは嫌だ。

 

 パラドックスは「強者」ではあったが、「最強」ではない。

 

 つまりまだ上がいる。

 

 とはいえ、どのみち今の神崎ではどちらにも勝てない。

 

 

 遊戯たちに任せればいい? 集めたデュエリストたちに任せればいい?

 

 神崎にはそんな楽観視が出来なかった。

 

 

 もしも彼らが全員敗北すれば、戦うものが居なくなってしまえば――

 

 

 

 その時は自身(神崎)が戦うしかない――勝ち目がないにも関わらず。

 

――死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。

 

 神崎には絶望することさえ許されていない

 

 死から逃れ続ける為に強くならねばならなかった。

 

 

 生きる為に、死なない為に、足掻き続けなければならない。

 

 

 例え、どれ程の苦難があろうとも。

 

 

 ゆえに神崎は決断する。最後の希望(絶望)に縋ってでも力を欲する。

 

 

 彼には力が必要だった――比肩しうるものが存在しない圧倒的なまでの力が。

 

 生きる為に、死なない為に、強く、より強く、より先へ、より高みに。

 

 手にしなければならない――

 

 

 

 

 

――どんな手を使っても。

 

 

 

 

 

 

 やがて周囲を覆っていた重苦しいプレッシャーが消えたことを確認した神崎は先程の焦燥感など感じさせぬように遊戯・十代・遊星に向けてポツリと呟く。

 

「驚いた。あれ程の実力者を打ち破ってしまうとは……」

 

 それは賛辞の言葉だが、そこに嘘はない――ただニュアンスが「やっぱ強ぇ……」だが。

 

 そんな怪我を押して3人に歩みよった神崎に闇遊戯は表の遊戯へと人格交代しながら心配気に尋ねる。

 

「神崎さん、怪我は大丈夫ですか?」

 

「はい、まだ少し痛みますが動くのに問題はありません――ありがとう、皆さん……お陰で命拾いしました」

 

 そう3人に向けて頭を下げて感謝の意を示す神崎だが、顔を上げた後、背後を気にしながら零す。

 

「だが直ぐに此処から離れた方が良い――そろそろKCの社員が到着するでしょう。未来から来たキミたちの存在を考えれば要らぬ面倒事に巻き込んでしまう」

 

 その言葉通り、既に神崎がKCへと連絡を入れている為、直に増援が来るのだ。

 

 

 未来から来た人間にとって面倒なことこの上ない状況に遊星の腕の赤き龍の痣が輝き始める。

 

「赤き龍の痣が……」

 

 その赤き龍の痣の輝きに十代は慌てた様子で遊星のD・ホイールに向かおうとするが、その前に神崎に振りかえり――

 

「もう帰るのかよ! じゃぁ神崎さん! 今度は未来になっちまうけど、またな!」

 

「はい、未来であった時はよろしくお願いします」

 

 神崎と短く別れの挨拶を躱し、急いだ様子で駆ける十代の後ろをユベルが追うが、その前に――

 

『十代との仲、よろしく頼むよ――当時のボクは愛を拗らせていたから、諦めず根気強くね』

 

「ええ、お任せください」

 

 ユベルが「絶対だから」とばかりに、かなり強めに頼み、その2人の後を遊星が追う前に神崎をジッと見やり言葉を探す。

 

「神崎さん! ……いえ、何でも……ないです。お元気で!」

 

「? ――お元気で」

 

 そんな何かあり気な様相で去る遊星に疑問符を浮かべる神崎。

 

「あっ、乃亜くんから色々言われると思うのでその辺りはお願いします!」

 

「そうですか、了解しました」

 

 やがてそれぞれのカードを互いに返した後、表の遊戯の言葉を最後に赤き龍の力が遊星のD・ホイールを赤く輝かせ、赤い竜が空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

「あれ? ボクは?」

 

 表の遊戯だけを残して。

 

――相棒、お前はこの時代の人間だろう……

 

 そんな呆れ気味の闇遊戯の言葉が表の遊戯に届いたが、最後は神崎が教えたルートを辿って無事にこの場を離れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 十代を元の時代に送り届けた遊星は5D’sの時代に戻った際に仲間たちが駆け寄る姿を見てその胸中でポツリと零す。

 

――パラドックスの言っていた絶望の未来がいつ来るのかは分からない……だが俺たちが力を合わせれば、きっとどんな困難な未来でも乗り越えていける!

 

 

 D・ホイールを停車させ、仲間たちに出迎えを受けつつ遊星は決意を固める。

 

――遊戯さん、十代さん、神崎さん……守ってみせます! このかけがえのない仲間と共に俺たちの未来を!

 

 

 どんな困難であっても、仲間たちと乗り越えて見せると。

 

 

 

 

 

 

 

 自分がいるべき時代に戻った十代は三沢の職場に訪れていた――報告会ってヤツである。

 

 とはいえ、両者に重苦しい雰囲気はなく、2つのソファに対面して座りながら和気藹々としたやり取りが続き、ふとオレンジジュースを飲んだ十代は呟く。

 

「何処まで話したっけ?」

 

 先程のパラドックスの一件の説明を終え、その地点からさかのぼって精霊世界での行動を話していた十代だったが、ジュースで喉を潤す最中に話が飛んでしまったらしい。

 

『十代……』

 

 そんな十代も愛らしいと視線を向けるユベルを余所に学生時代から変わらぬ十代のマイペースさに三沢は昔を懐かしみつつ返す。

 

「『暗黒海でシャケ召喚』の話までは聞いたが?」

 

 いや、それはどういう状況なんだ。

 

 三沢の返しに十代は置いていたショルダーバッグを探りながら再度、語り始める。

 

「そうそう! その《ジェノサイドキングサーモン》の卵が美味くってさ! 暗黒界の人――てーか、悪魔なんだけど――に頼んで分けて貰ったんだ! 《屈強の釣り師(アングラップラー)》のおっさんの一本釣りも凄くってさ! その時の土産、一緒に食おうぜ!」

 

 精霊界にて巨大なシャケのモンスター《ジェノサイドキングサーモン》を悪魔族モンスターである不気味な装いの『暗黒界』のモンスターたちと共に釣り――というか漁を行ったと話しつつ、ショルダーバッグから目当ての品を出そうとする十代。

 

 同行した青い肌に角の生えた老人――《屈強の釣り師(アングラップラー)》に関して熱く語る十代に対し――

 

『噂とは違って気の良い奴らだったね』

 

 一見すれば恐ろしい見た目の『暗黒界』のモンスターだが、話してみれば普通に良い人だったと語るユベルはショルダーバッグをひっくり返す十代から1枚の写真を手に取る。

 

 それは暗黒界のモンスターたちと十代、そしてユベルが映っており、《ジェノサイドキングサーモン》の卵を海鮮丼にしている光景だった。

 

 《ジェノサイドキングサーモン》自体は暗黒海に帰しているようで、海の水面で跳ねている。

 

「なまものだろうに……大丈夫なのか?」

 

 そんな十代とユベルに心配気な声を上げる三沢。

 

 十代が長期間、旅をしていたことを考えれば、些か鮮度が心配であろう――ってツッコム所は多分、そこじゃない。

 

 しかし十代は親指を立てて、宣言する。

 

「大丈夫だって! 《魔法都市エンディミオン》で最新技術の『何とか』って魔法がかかったバインダーを買ったからな!」

 

 十代が語る《魔法都市エンディミオン》は精霊界に存在する行政組織によって魔法の研究が管理された都市である。

 

 そこで扱われる魔法道具はまさに至高の一品。

 

『「状態保存魔法」だね、十代』

 

 ショルダーバッグから目当てのバインダーを取り出した十代にそう注釈するユベル――早い話が「物体の劣化を防ぐ」というもの。

 

「精霊界にはそんな技術があるのか……しかし、何故バインダーなんだ?」

 

 そのトンでも技術に感嘆の声を漏らす三沢だったが、当然の疑問が浮かぶも――

 

「ソイツはこうなってるからさ! ――『発動』!」

 

 十代がバインダーの中から1枚のカードを取り出し、トリガーとなる言葉を叫ぶとポンッとタッパーと思しき容器が十代の手元に現れた。

 

 そう、このバインダーは――

 

「成程――カード化して保存してあるのか……興味深いな、カードにする時はどうするんだ?」

 

 物体をカード化することで劣化を防ぎ、なおかつ持ち運びがしやすくなる精霊界の道具だった。

 

 三沢の追及に十代はその容器に向けてバインダーをかざし――

 

「その時はバインダーをこうして――『セット』」

 

 トリガーとなる言葉と共に容器はポンと音と小さな煙を上げて、カードに変化する。

 

「これは凄いな……どの程度のサイズまでカード化できるんだ?」

 

「うーん、どうなんだろ? 聞いた説明じゃ『意思のあるもの』はダメって話らしいけど……」

 

 続く三沢の問いかけに十代は購入の際に大荷物を持った二足で歩く虫型モンスター《魔導雑貨商人》から受けた説明を思い出すも、サイズに関しての説明を必死に思い出している模様。

 

『ボクらが試した中で一番大きいものは――《W(ダブル)星雲隕石(せいうんいんせき)》の抜け殻かな?』

 

「あー、ワームたちに貰ったアレが一番大きいか……でも《ナチュルの森》で貰った――」

 

 しかしユベルの言葉から十代が零した「ワーム」との言葉に三沢は待ったをかける。

 

「ワーム? 定時報告にそんな名はなかったと記憶しているが……」

 

 記憶を巡らせる三沢に十代は楽しそうに語る。

 

「ああ! 旅の道中で『ワーム』って奴らとばったり会ってさ!」

 

『いや、空から急に降ってきて思いっきり襲われたじゃないか――この星を侵略するとか言ってさ』

 

 さらっと重要事項を語るユベルだが、十代は気にした様子はない。

 

『ワーム』とは爬虫類族のカテゴリーモンスター。そのどれもが不気味な宇宙生物の様相であり、星々を渡り侵略することを是とする一族であるが――

 

「でもデュエルしたらちゃんと分かり合えただろ? 侵略なんかより仲良くする方が楽しいってさ!」

 

 十代とデュエルで分かり合え、更にその場での被害もないのだから問題はないと語る姿に三沢は眉間を指で押さえながら呟く。

 

「外宇宙からの侵略者か……精霊界の方は大丈夫だったのか?」

 

「おう! ワームの奴らも分かってくれたし、今は『三竜同盟』ってとこで世話になってるぜ!」

 

 さらっと精霊界のピンチを解決していた十代。

 

 報告が遅れたのはパラドックスの一件を含め、様々な問題が立て続けに起こったゆえであろうことは三沢にも十分理解出来ている為、咎めるような視線はなかった。

 

「ふむ、なら大きな問題はなさそうだな……種族間の争いは今も落ち着いているか?」

 

「他は報告したのと大差ない……かな? 色々不満はあるみたいだけど、デュエルで決着付けて落とし所を見つけていくんだってさ――三沢の作ったデュエルシステムのお陰でみんな大助かりだぜ!」

 

 十代の話を聞きつつ三沢は精霊界へとの交流の為のアレコレを考えていたが――

 

「つーか三沢、もう良いだろ? 今日は色々あって疲れたから後はパーっと騒ごうぜ! 開発中のD・ホイールの話も聞きたいし!」

 

 十代のそんな声に三沢の意識はふと戻る。

 

 考えることは山積みだが、今この時だけは友との語らいにだけ意識を向けようと。

 

「疲れたのに騒ぐのか……十代らしいな。なら腕に寄りをかけて《ジェノサイドキングサーモン》の卵とやらを料理しようじゃないか!」

 

 やがてソファから立ち上がり、十代から《ジェノサイドキングサーモン》の卵の入った容器を受け取りつつ何処からともなく現れたキッチンに立つ三沢。

 

「よっ! 頼むぜ、三沢!」

 

 料理とは科学実験である――そんな言葉を実践したような三沢の料理に十代とユベルは舌鼓を打ちつつ久しく語らう友との時間を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年は森の中を駆ける。

 

 何故、こんなことになってしまったのだろうと頭の片隅で考えるが答えは出ない。

 

 前を飛ぶ異形の化け物に先導されながらただ駆ける。

 

 息も絶え絶えに駆ける少年の耳に追い掛けてくる故郷の人間の怒声が響く。

 

「アイツは何処に行った! あの化け物が厄を呼んだんだ!」

 

 その怒声に少年は耳を塞いで駆ける。自分は化け物ではないのだと。

 

 

 少年には他者には見えないものが見えた。

 

 空に浮かぶように漂う彼らとのやり取りは少年にとって普通のことだった――「少年にとっては」

 

 

「早く見つけ出して厄払いしねぇと! 俺たちも呪われちまうぞ!」

 

 先とは別の人間がガサガサと草木を掻き分けながら少年を追う仲間へと焦ったような声を上げる。

 

 

 少年が自身の異能が「異常」だと認識できた頃には既に手遅れだった――小さな故郷だ。噂など直ぐ広まる。

 

 

 耳を塞ぎながら駆けていた少年だが、不安定な姿勢での全力疾走に足をもつれさせ地面に倒れた。

 

 その際に響いた大きな音に少年を追う一団の中の1人が声を張り上げる。

 

「音がしたぞ! 向こうだ!!」

 

 その声に今まで広範囲に散っていた一同が少年のいる方角へと集まっていく。

 

 

 少年は異形に見守られる中、足の痛みに耐えながら、歯を食いしばり立ち上がる。立ち止まってはならないと。

 

 

 異常だった少年に向けられたのは偏見の視線と、言われなき中傷。そして同じ年代の子供がふざけて投げる石。

 

 少年にとって決して満たされた環境ではなかった。

 

 だがそんな劣悪な状態でも少年と周囲の人間との関係性のバランスは辛うじて取れていた。

 

 

 あの時までは。

 

 

「全部、アイツのせいだ! あの化け物のせいだ!!」

 

 少年を追う一団の1人が唾吐くようにがなり声を上げる。自身の故郷に降りかかった不運は全て少年のせいだと。

 

 

 現在に至った切っ掛けはいつものように少年に向けて投げられた石――が弾かれたことが発端だった。

 

 ただ石を弾いただけなら問題はない。弾いた相手が問題だった。

 

 

 身体から蛇のように飛び出しているウジャトの瞳。

 

 不気味に脈動する翼に大きな鍵爪を持った太い腕。

 

 足がなく、その腹に大きな穴が開いた異形の身体。

 

 

 少年が見慣れていた異形の姿が他者にも知覚できた瞬間に、今の今まで燻っていた感情が爆ぜた。

 

 

 ざわめく住人の姿。

 

 泣き叫ぶ子供の姿。

 

 手に近場の武器になりそうなものをもつ大人たちの姿。

 

 力尽きたように異形の姿がいつものように少年以外に見えなくなったとしても、一度火のついた彼らの感情は収まりを見せない。

 

 

 ゆえに少年はわき目も振らずに駆け出した。異形の指さす方向へと。

 

「足跡だ! まだ新しい! 近いぞ!!」

 

 そんな少年を追う人間の声が響き、周囲が殺気立って行く。

 

 少年は疲労と恐怖で震える足を動かすが、思う様に前には進めない。元より子供の足と大人の足ではいずれ追いつかれる。

 

 少年は異形の指さす方向へ進むことを諦め、木の幹に隠れるように蹲る――どうか見つからないようにと願って。

 

 だが異形は少年を急かす様に目の前に浮かび、向かうべき方角を指さす。

 

 

 現実から逃れるように蹲る少年だったが、その身を影が覆う。

 

 本来姿の見えぬ異形に影など出来ない。少年の心に絶望が過る。

 

 

 見つかった。

 

「違う。違う。違う。俺は! 俺は!!」

 

 まるで現実を、世界を、異形を、否定するように呟く少年に届いたのは――

 

 

 

 にこやかな笑顔と、差し出された右手。そしてある言葉が少年に――

 

 

 

 

これが(今のキミが)本来あるべき世界だ」

 

 届く前に、パラドックスの言葉が少年の心を絶望で包んだ。

 

 

 

 

 

「止め――ッ!!」

 

 KCの病室と思しき場所でベッドから跳ね上がるようにギースは身体を起こす。

 

 何かを求めるように腕を伸ばすギースだが、その視界には暗い部屋しか映らない。

 

 

 そんなギースの隣から子供の声が響く。

 

「おや、お目覚めかい、ギース? 随分とうなされていたようだけど」

 

「乃亜? 此処は……いや! 今の状況は――グッ!」

 

 その声の主であるイスに腰掛けていた乃亜にすぐさま詰め寄ろうとするギースだが、その身体は痛みにより上手くは動かない。

 

「キミを倒したと思われるデュエリストに関する件なら既に終わっているよ――神崎は詳しい内容を語らなかったけどね」

 

 そんなギースに突き放す様に言葉を返した乃亜はイスから立ち上がり、ギースを押した乃亜。

 

 小柄な乃亜に軽く押されただけにも関わらず、ギースはベッドに倒れ込むことしか出来ない。明らかに先のデュエルでのダメージが抜けていなかった。

 

「一応ケガ人なんだ。しばらくは大人しくして――」

 

 そう言いながら今回の報告書をギースにポンと投げ渡し、病室の扉に手をかけようとした乃亜だったが――

 

「無事かギース!!」

 

 猛スピードで此処まで駆け抜け、勢いよく扉を開けたヴァロンによって扉に伸ばした乃亜の手は空を切る。

 

「ヴァロン……病室では静かにしとくも――」

 

 溜息を吐きながら反動で戻ってくるスライド式の扉に手を伸ばす乃亜。だが――

 

「ギースの旦那がぶっ倒れただってェ!!」

 

 猛スピードで此処まで駆け抜け、勢いよく扉を開けた牛尾によって扉に伸ばした乃亜の手は空を切る。

 

 頬をぴくぴくと痙攣させる乃亜。

 

「牛尾……キミは羽蛾が希望した再研修を――」

 

「そっちは終わらせてあるよ!!」

 

 しかし大人な対応を見せようと頑張った乃亜に牛尾はそう告げ、病室へとドタドタ入る。

 

「ハァ……じゃぁボクは戻るよ。お大事に」

 

 そんな猪突猛進な2人の姿に乃亜は大きく溜息を吐き、病室を後にした――これでも忙しい身なのだと。

 

 

 決して暑苦しさが倍増した現場から離れたかった訳ではない。ないったらないのだ。

 

 

 

 

 

 そうして内心の気怠さを隠しながら廊下を歩く乃亜に向かい側から近づく影が見える。

 

「これは乃亜くん、お見舞いですか?」

 

「いや、今帰るところだよ、佐藤。ギースの意識も戻った以上、要件は済んだも同然だからね」

 

 乃亜の前で立ち止まったのは丸い眼鏡に長い黒いくせ毛気味の長髪の男、佐藤(さとう) 浩二(こうじ)の穏やかな声に乃亜は軽い調子で返すが――

 

「それは良かった――彼の悪い癖が出たのかと心配していましたが、何事もなかったようで一安心です」

 

 安心するように息を吐く佐藤の言葉の端に乃亜は興味を向けた。

 

「悪い癖? そう言えば君もオカルト課が正式に創設された時のメンバーの1人か……ギースに何か問題でもあるのかい?」

 

 乃亜が知る限りギースとツバインシュタイン博士はオカルト課のメンバーの中で神崎との関わりが最も長い。

 

 その次に関わりが長い人間――それはオカルト課と呼ばれる前の「神秘科学体系専門機関」が正式に発足した時のメンバーの1人である佐藤だった。

 

 それゆえ佐藤とギースの関わりも長く、互いの年齢が近いことも相まって交流は意外と多い。

 

 

 探るような乃亜の視線に佐藤は昔を懐かしむように零す。

 

「問題――と言う程ではありませんが、昔からデュエルに対しては強いコンプレックスを持っていたので、その点だけが少し心配で……」

 

「へぇ、意外だね――なんでもそつなくこなすイメージがあったんだけど」

 

 佐藤の言葉にそう返す乃亜。

 

 乃亜の知るギースは様々な業務を一手にこなすオカルト課の中核を担う立場――そんなギースが自身の明確な「苦手分野」をそのまま放置するとは乃亜には思えない

 

「本来であればそんな悩みなど持たなくて良い程度には強いのですが、神崎さんが求めるレベルが高すぎたことが問題の発端です」

 

「成程ね……どうりで彼がデュエルする所を見ない訳だ」

 

 だが佐藤の言葉に乃亜は納得の姿勢を見せる。

 

 神崎は優れたデュエリストを重宝する――とはいえ、これは神崎だけでなく、世界中で見られる現実だ。

 

 だが、こと神崎の場合はそのハードルがえらく高い。

 

 当然だ――神崎が欲するのは「世界の脅威と戦えるデュエリスト」である為、世間一般的な「強い」レベルではまるで強さが足りない。

 

 

 そしてギースはそのハードルを越えられなかった。

 

「彼は未だにそのことを悔いているようです――『恩人の力になれない』と……そんなことはないと私は思いますが、こればかりは本人の気持ちの問題なので」

 

 そんなギースに与えられたのは「デュエル以外の業務」――実質的な戦力外通告に近い。

 

 とはいえ、その分野でギースは目覚ましい活躍を見せている為、佐藤の言うように神崎的には大助かりなのだが。

 

「そうかい……まぁ、ボクにはあまり関係のないことかな」

 

 佐藤から語られたギースの過去に興味がなくなったように返す乃亜だが、そんな乃亜の姿を微笑ましいものでも見るような視線で佐藤は返す。

 

「おや、冷たいですね――まぁ、キミらしいと言えばキミらしいですが」

 

 佐藤には乃亜の心情が良く見えた――早い話が、ばつが悪いのだろう。

 

「子供扱いするのは止してくれないか?」

 

「確かにキミは優秀ですが、私から見れば年相応に子供ですよ――無理して背伸びしようする所なんて特に」

 

「――なっ!」

 

 生暖かい佐藤の視線に噛みつく乃亜だったが、返ってきた佐藤の最後の一言に返す言葉を失う。

 

「子供扱いが嫌なら、斜に構えるのを止めることです。では、これで」

 

 そんな言葉を最後に佐藤は乃亜の隣を通り過ぎ、ギースのいる病室へと歩を進めていった。

 

 

 その佐藤の姿を呆然と見送ってしまった乃亜は拳を握りながら自身に言い聞かせるように呟く。

 

「…………いや、此処で喚けば負けだ――落ち着くんだボク……あんな眼鏡のいうことに心揺らされては……」

 

 頑張って怒りを呑み込もうとしている模様――あんまり呑み込めていないのはご愛嬌だが。

 

「……よし――うん?」

 

 やがてヤレヤレと首を振り平静を取り戻した乃亜だったが、手持ちの通信機から音が鳴る。

 

「なんだい、神崎。今ボクは――」

 

 通信の相手は神崎に要件を尋ねる乃亜だったが――

 

「近い内にオカルト課から離れる? またか……」

 

 その要件に乃亜は小さく溜息を吐く――また神崎の悪い癖が始まったと。

 

「今度は何を見つけたんだい? ああ、分かった。引き継ぐのは通常業務だけなんだね? 了解だ」

 

 そんな短いやり取りで通信を終えたのは再度深い溜息を吐きながら零す。

 

「はぁ、トップがこうも軽々しく……ボクがいなかった時はどうしていたんだ……」

 

 その乃亜の言葉から察せられるように神崎はオカルト課の責任者であるにも関わらず「自由人か!」とツッコミを入れたくなる程に奔放に世界を駆け回っている。

 

 とはいえ、その度にアレコレ発見し、成果を出してくる為、表だって糾弾するものはあまりいないが。

 

「今度は何を見つけたのか……そもそも神崎の目的は何処にあるんだ? 今度――いや、語る気なんて始めからないか」

 

 しかし乃亜には神崎の行動が解せなかった。

 

 情報の出処。用途。そして神崎の目的――その何もかもが分からない。

 

 問いかけたところで煙に巻かれるのは目に見えている。

 

「モクバのようにいくら距離を詰めても神崎は何も語らない……となれば、神崎の行動から思考パターンを読まないと……」

 

 モクバの願いに対して協力の姿勢を見せている乃亜だったが、アプローチの手段の間違いを訂正する気はない――神崎の本質を覗くことはモクバには荷が重いだろうと。

 

「とはいえ、今までの神崎の行動を見ても皆目見当が付かない……間近の不審な動きはやっぱり――」

 

 ゆえに神崎という人間の行動から真意を測ろうと乃亜は画策しているが、未だに明瞭な答えは得られず、謎が深まっていくばかりだ。

 

 

 そして今回新たに追加された神崎の動き――それは乃亜に向けて「何があっても必ず完遂するように」と告げられたもの。

 

「『取り消された』あの指示……何が狙いだったんだ?」

 

 しかし今現在はその「必ず」が覆され、「取り消された」指示。それは――

 

 

 

 

 

「ペガサス・J・クロフォードの死亡事件の捏造に何の意味がある?」

 

 そんな乃亜の呟きに返る言葉はなかった。

 

 

 

 真実は闇の中。

 

 






端末世界こと、ターミナル世界に迫る魔の手(白目)




ちなみにギース・ハントの過去話は今作のオリジナルです。

原作の遊戯王GXにて見せた「精霊を狩ることを生き甲斐にした」ギースの姿は
「精霊に対し、憎悪を抱く切っ掛けになった事件」があると考え、

幼少時の過酷な体験に対する防衛本能としての「精神的な逃避」から

「結果的に原因となった精霊を憎むことで自身の心が壊れるのを防いだ」と解釈し、
生まれたエピソードになります。


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