マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
彼は、そして(冥界の)王になる(王になるとは言っていない)





第144話 そろそろシリアスには消えて貰おう

 

 

 遺跡からKCまで戻って来た神崎はしばしの日常に戻っていた。とはいえ、冥界の王の力で自身の身体に超重力で負荷をかけつつデュエルマッスルを鍛えながら社畜よろしく働きまわっているが。

 

 そんな神崎に対し、影が蠢き何時もの如く冥界の王がポツリと零す。

 

『何故ヤツをもう一度選り分けたのだ? ヤツの主は取り込んだままだというのに』

 

「……シモベくんのことですか? 何か問題でも?」

 

 冥界の王が語る「ヤツ」との言葉に神崎はどちらかと一瞬迷うも、そう内心で首を傾げつつ返す。

 

『ああ、「意外だな」と思っただけだ――貴様があの「裏切り者」をもう一度使うとは思っていなかった』

 

 冥界の王は不思議でならなかった。

 

 神崎は敵対者に容赦がない。それを身を以て味わった冥界の王は誰よりもよく理解している。

 

 にも関わらずその敵対者――さらには合わせて「裏切り者」のレッテルを持つ「紅蓮の悪魔のしもべ」こと「シモベ」に対する甘いとすら思える神崎の対応が疑問だった。

 

 

 冥界の王以上にぞんざいに扱われていてもおかしくはない。現に主である紅蓮の悪魔スカーレッドノヴァは冥界の王のように表層に出る事すら許されていない。

 

 とはいえ、それは将来的に紅蓮の悪魔スカーレッドノヴァをリリースもとい放流する為、自身との関係性を見せたくない神崎の思惑ゆえだが。

 

 だが神崎は訝しむ冥界の王に申し訳なさそうに返す。

 

「裏切られたのは貴方であって、私ではないですから」

 

 その言葉が示す様にハッキリ言って神崎自身は「裏切られた」とは微塵も思っていない。

 

 むしろ紅蓮の悪魔の主従が「人間! 今すぐに我らの盟主、冥界の王を解放しろ!」などと言わなかった事実に、冥界の王が不憫でならない。

 

 そんな憐みに満ちた神崎の視線に冥界の王は額に青筋を浮かべる――ことは出来ないが、もの凄く苛立った声を漏らす。

 

『言わせておけば……ふん、精々背中には気を付けることだ』

 

「もはやその心配も不要だと思いますが、その忠告は受け取らせて頂きます」

 

『……また何かしたのか?』

 

 しかし神崎の言葉に捨て台詞と共にシュルシュルと影へと身を引っ込めようとしてた冥界の王の動きはピタリと止まり、思わず問いかける。

 

 そんな冥界の王に神崎が返すのは――

 

「大したことでは――ただ、シモベくんの心臓には《生贄の抱く爆弾》が取り付けてあります。次に裏切れば牙剥く前に片が付きますよ」

 

『…………えっ?』

 

 サラッと語られたかなりえげつない対処にドン引きして見せる冥界の王。人の倫理観からすれば普通にアウトだと思う。

 

 だが神崎は説明を続ける。そう、シモベに行った処置の説明はまだ「続く」のだ――マジかよ。

 

「それに頭には《真実の眼》が仕込んであるので、彼の思考は此方に筒抜けです」

 

 続けて語られるのは冥界の王の力による「カードの実体化」をとことん利用したもの。

 

「眼球には《封神鏡》を埋め込んであるので、彼が見たものは此方でモニターできます」

 

 並ぶのは「取り合えず試せるだけ試してみた」とでも言わんが如く。

 

「全身に《旧神の印》も刻んであるので、居場所も常に把握できます」

 

 それらはD・ホイールと合体しながら「遊星、『人権』という言葉(蜂の踊り)を知っているか?」と問いかけたくなる程だ――いや、本当に。

 

「他に――」

 

『いや、もういい……十分わかった』

 

 引き続き説明を続ける神崎の姿に冥界の王は待ったをかけた。

 

 そこには「ひょっとすれば自分にも」との考えが過ったのか、「もう聞きたくない」との思いがふんだんに詰まっている――うん、いや、酷いと思う。

 

「ただあの心境の変化が想定以上だったので、少し気がかりではありますね」

 

『アレは貴様が洗脳の類を行使したのではないのか?』

 

 しかしふと零した神崎の言葉に冥界の王は驚く。

 

 此処までやっておいて「洗脳」していないのかと――逆の驚きである。神崎にも人の心がまだ残っていたのかと。

 

 互いの立場が逆だと思うのは気のせいか。

 

「ええ、何も。アレ(洗脳)はリターンに比べ、リスクが高いですから」

 

 だがそういう(善の心の)問題ではなかった。ただのリスクマネジメントだった。

 

『何故だ? 相手を意のままに操ることが出来るのだぞ?』

 

「ですが、()()()()でしょう?」

 

『それだけ? それだけで十分ではないか』

 

「発覚すれば世界から敵対されるリスクを負ってまでするものでもないですよ」

 

 神崎から語られる説明は冥界の王にも理解出来る。「人を意のままに操る力」を持つ存在がいれば、周囲はその存在を排斥しようとするだろう。

 

 それは冥界の王にも理解出来る。だが――

 

『身体に爆弾を取り付けた奴の言葉とは思えんな』

 

 もはや今更じゃね? と冥界の王が思ってしまっても無理はない。相手の身体に爆弾を取り付けるヤツも周囲から排斥されるだろうと。

 

 しかし神崎は小さく苦笑し、首を横に振る。

 

「あれはどちらかというと『証拠隠滅用』ですから――発覚の危険を下げる為のものですよ」

 

 そもそも爆弾を取り付けた事実を「自爆」という形で隠蔽する為のものだと――おい、より酷くなっているぞ。

 

『…………ならばあの心境の変化はなんだ?』

 

 やがてシモベの処置から目を逸らすことにした冥界の王は当初の疑問に戻る。現実逃避では断じてない。ないったらない。

 

「ただの精神逃避に近いもの――『溺れる者は藁をもつかむ』というヤツです」

 

『そう……なのか? ……とはいえ、奴が掴んだ――いや、掴まされたのが貴様の手だった訳か』

 

 その神崎の見解に冥界の王は大きく溜息を吐きながら零す。

 

 シモベが憐れでならないと――しかし、全ての自由を奪われた冥界の王と、爆弾付きだが一定の自由を許されたシモベ。果たしてどちらがマシなのだろう。

 

 しかし冥界の王はこれだけは自信を持って宣言できる。

 

『人間とは悍ましいものだな』

 

「私などまだまだですよ」

 

 そんな互いの何処かズレたやり取りを最後に、冥界の王は影の中へと潜っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あくる日、オカルト課への来客があった。その人物は――

 

「Hey! 神崎!」

 

「お久しぶりです、ペガサス会長」

 

 I2社のトップ、ペガサス・J・クロフォードがいつものように子供のような気楽さで手を振る姿に神崎は小さく一礼して返しつつ、ペガサスの要件の確認を取るが――

 

「今回の急な来訪の要件は『精霊界への旅行』とのことでしたが――」

 

「Yes! デュエルモンスターズの精霊が住まう世界を是非ともシンディアと旅したいのデース!」

 

 神崎に詰め寄るペガサスは興奮冷めやらぬ様相で傍から見れば「なに言ってんだ、コイツ」な内容を並べ続ける――とはいえ、応接室ゆえに他者の耳目は此処にはないが。

 

「隠したって無駄デース! ホプキンス教授とツバインシュタイン博士の研究から精霊界の存在は科学的確証がなくとも疑いようがありまセーン!」

 

 しかし子供のようにはしゃぐペガサスとて、何の確証もなく夢物語染みたことを語っているのではない。ある程度の下調べと考察は済ませていた。とはいえ、世間的には「まぁ、あるんじゃない?」くらいの認識だが。

 

「そしてアナタ方、オカルト課はそんなワンダフォーな世界を研究している――ならば精霊界に関する情報を持っている筈デース!」

 

 そんな熱意溢れるペガサスの姿に神崎はふと思う。

 

――「知らない」と言ったら、信じて貰えるのだろうか。

 

 代わりに答えよう――無理だ。

 

「さらに『デュエルモンスターズの精霊を見たことがある』という情報が世界中にある以上、神崎――アナタがそれを見逃す訳がない」

 

「……それは構わないのですが、何故、急に『精霊界に行きたい』と思ったんですか? 今までは全く興味を示していなかったでしょう?」

 

 ペガサスの熱意に押され気味な神崎は突破口を探すようにそう問いかける。

 

「信じて貰えないかもしれまセンガ……実はワタシは少しだけ精霊界の様子を夢に見たのデース! ワタシ一人ならただの夢だと笑って済ませるのですが……」

 

 だが突破口などありはしないのだ。何故なら――

 

「シンディアもワタシと全く同じ夢を見たと聞けば――こんなことは偶然だとはとても思えまセーン!」

 

 原因は神崎になるのだから――パラドックスとの一件の際に一時的とはいえ、精霊界に隔離した事実が神崎の首を絞める。

 

 神崎よ。自分で自分の首を絞めるとは……新手の自殺なのだろうか?

 

 しかし内心で頭を抱える神崎を余所にペガサスの熱弁は続く。

 

「そう! あの夢は精霊たちがワタシに見せたビジョン! そう考えた時、過去にデザインしたカードのイラストのおかしな点に気付いたのデース!」

 

 やがて2枚のカードをテーブルに並べるペガサス。

 

「これらのカードを見てくだサーイ!」

 

「これは《ギゴバイト》と《弱肉一色》ですか……確かシンディア様が絵本の題材に使われていましたね」

 

 それは二足で立つ黄緑色の体色の小さな恐竜のようなモンスター《ギゴバイト》と、その《ギゴバイト》と《もけもけ》を含めた4体の小型のモンスターが横一列に並ぶ魔法カード《弱肉一色》。

 

 サラッと判明するシンディアの職業を余所にペガサスは顔を綻ばせる。

 

「Yes! シンディアの物語は最高デース! ――ってそこじゃありまセーン!」

 

 だがすぐさま華麗にノリツッコミしつつ、シリアス顔を作るペガサス。真面目な話なのだと。

 

「実はこれらのカードは全くの同時期に作られたのデース……全く別のデザイナーの手で」

 

 デュエルモンスターズのカードの大半はペガサスがデザインしたものだが、全てをペガサスが手掛けている訳ではない。

 

 I2社の認可を受ける必要があるとはいえ、他の画家やデザイナーなどもデザインしているのだ。

 

 そしてその際、全く同時期に上述の2枚のカードが審査された為、盗作疑惑が浮上した一件をペガサスは覚えていた。

 

 とはいえ、その一件は平和的解決がなされた為、今の問題ではない――ペガサスが今、問題にしているのはその「偶然の正体」である。

 

「この《ギゴバイト》が世に広まる前に2人が全く同じデザインを思いついた――そう考えるよりも、『精霊界からのインスピレーションを受けた』と考えた時、ストンと納得できたのデース」

 

 つまり精霊界の過去・現在・未来を此方側の世界、『物質世界』の人間がインスピレーションとして受け取った――そんなペガサスの解釈。

 

 人の住まう「物質世界」と「精霊界」は互いに干渉しあっているとのホプキンス教授の論文とも矛盾しない。

 

 

 そんな仮定だらけとはいえ、限りなく真実に近づいているペガサスの姿に神崎は諦めた様相で返す。

 

「……隠し立てするのは難しそうですね」

 

「では!?」

 

「他言無用で願います――下手に表に出れば知った人間の口を塞ぐ必要がありますので……約束できますか?」

 

 ペガサスの期待に溢れる視線に対し、神崎は何時もの笑みを浮かべた顔にシリアスな雰囲気を混ぜる――シリアスな雰囲気ってなんだ。

 

 だがそんなシリアスな雰囲気に気圧されぬとペガサスは意を決した様子で頷き誓う。

 

「……了解デース。墓の下まで持って行くことをシンディアにかけて誓いマース……」

 

「では私が説明するより適任がいますので、其方で」

 

 これにて契約は果たされた――なんの契約かはよく分からないが、果たされたったら、果たされたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、とある一室にホワイトボードの前に教師よろしく立ったツバインシュタイン博士とテーブル越しに並べられた椅子に腰かけるペガサスと神崎。

 

 そんな彼らの姿はまるで――

 

「こうしていると、アカデミー時代を思い出しマース!」

 

 ペガサスの言う様にアカデミーこと学校を思わせる。ただ一室にいる3人は2人のおっさんと1人のじいさんである為、平均年齢がかなり高いが。

 

「ハッハッハ、では私も教師らしくしましょう! まず始めにこの事実を踏まえて頂きます! 実は――」

 

 そんなペガサスの言葉に口髭をピンと触ったツバインシュタイン博士も満更でもないような仕草を見せつつ、精霊界への講義が始まる。

 

 

 

 

「――この世界は1枚のカードから誕生しました!」

 

 

 

 

 初っ端からぶっ飛んだことを言い始めるツバインシュタイン博士。

 

「……Oh! いきなり驚きの事実デース! ……ジョークという訳ではないようデスネ」

 

「フフッ、私も初めて知ったときは信じられませんでしたよ!」

 

 だがペガサスは一瞬呆けるも、瞳を鋭くさせながら理解を見せる姿にツバインシュタイン博士も当時を振り返り、無邪気に笑う。

 

 

 ちなみにその存在自体は「GX」にて明かされていたが、その始まりのカード――「ヌメロン・コード」――に関する踏み込んだ情報は原作の遊戯王シリーズの「5D’s」の次の舞台「ZEXAL」にて判明する情報だ。

 

 ゆえに原作の「5D’s」までの知識しか持たない神崎は当然知らない為、知った当時は「MA()GI()DE()!?」と内心でひっくり返る程に驚いていた。

 

 とはいえ、直ぐに「遊戯王ワールドならよくあることだな」と妙な納得を見せたが――コイツ、訓練されてやがる。

 

 

「イエ、ワタシは信じマース。否定するにはワタシが世に送り出した『デュエルモンスターズ』は世界にあまりに馴染み過ぎていマース……」

 

 そんな衝撃的な情報だが、ペガサスは直ぐに呑み込んで見せる――今までとて違和感がなかった訳ではないのだと。

 

「さすがデュエルモンスターズの創造主。柔軟な考えをお持ちですな!」

 

「他にこの事実を知っているのは私とツバインシュタイン博士、そして海馬社長だけです」

 

 そのペガサスの反応に満足気に頷くツバインシュタイン博士。一方の神崎は今現在、その情報を知る人間を並べる――その数はペガサスも含めれば4人。

 

 そう示す神崎の言葉は他言無用であることをペガサスに念押しするようにも見えた。

 

「ただ海馬社長は『くだらんオカルト』と仰られていましたが……」

 

「フーム、ですが海馬ボーイが吹聴していないのなら、心のどこかで理解を見せていると思いマース。この情報は今の世界にはスリリングデース」

 

「まぁ、一研究者の私にその辺りの事情は関係ないですがな!」

 

 しかし4人の内の1人は殆ど信じていない――というよりは「神崎の報告を信じていない」状態である。

 

 とはいえ、ペガサスの言う様に吹聴しない約束を違えるようなタイプでもない為、その点は安心だった。

 

 その手の問題を神崎に丸投げしているツバインシュタイン博士とは対極的だ。

 

「デスガ、その世界の始まりであるカードが精霊界――デュエルモンスターズ界とどういった関係があるのデスカ?」

 

「そのカードの表と裏には12次元の世界が存在し、合わせて24次元の世界で構成されているのですよ!」

 

「Oh! つまりその24の次元世界の一つに『精霊界』があるという訳デスネ!!」

 

 やがて話題を戻すようなペガサスの言葉にツバインシュタイン博士がホワイトボードにペンを走らせながら熱論する講義にペガサスは生徒感タップリに相槌を打つ。

 

「はい、まさにその通り! いやぁ、精霊界の観測を目的としていただけに他の世界の存在は盲点でした!」

 

「表と裏の次元とは……フフフ、イマジネーションが広がりマース……」

 

 そうして2人意味深に笑うツバインシュタイン博士とペガサス――神崎は2人のテンションについていけていない。

 

 しかしいつまでもそうしている訳にもいかないと、ホワイトボードに書かれた24の丸の内の1つをツバインシュタイン博士は指さす。

 

「では話を戻しましょうか。まず我々が存在する『物質世界』――これは表の12次元の一つになります」

 

 その説明と共にホワイトボードに書かれた右半分の12の丸の一つに『物質世界』と書き込み、その近くの丸に更に書きこむのは――

 

「そしてペガサス会長がお望みの『精霊界』! この世界も表の12次元に存在し、さらにその観測にも私たちは成功しております!」

 

 ペガサスが望んで止まない『精霊界』の文字――現在、オカルト課が『物質世界』を除き、唯一『正確に』観測している表の12次元の世界の一つである。

 

「Wow! 夢が膨らみマース! それに表と裏にそれぞれ存在する12の次元――ちょうどデュエルモンスターズのレベルと同じ数デース! 無関係とは思えまセーン!」

 

「さすがはペガサス会長! 素晴らしい見識です! そう! 表と裏の次元はプラスとマイナスに別れており、それぞれ正と負の方向のベクトルを持っているのではないか――それが今の我々の見解です!」

 

 ホワイトボードに書かれた右側の12の丸と、中央に書かれた1枚のカードの図、そして左側の12の丸をそれぞれ指し示しながらツバインシュタイン博士はテンションを更なる次元に高める。

 

 

 仮説を基にした「仮称」ではあるが――

 

 カードの表側の12の次元を普通のモンスターの「レベル」。

 

 カードの裏側の12の次元をダークシンクロが持つ「マイナスレベル」。

 

 そう、イメージして貰えれば分かり易いかもしれない。「ランク」と「リンク」はまた別問題なので今回は割愛させて貰おう。

 

 

 ちなみに神崎の原作知識を知らない部分にて明かされた情報から――昇華した魂が行き着く「アストラル世界」や、高次の意識波動を持つプラナたちが目指す理想郷、「プラナ世界」も表の12次元の中の世界の一種と考えられる。

 

 

 やがてツバインシュタイン博士と共にテンションがアクセルシンクロしたペガサスだったが、ふと純粋な疑問を零す。

 

「……そう言えば、裏の世界の観測はどうなっているのデスカ?」

 

 先程の説明はどれも「表の12次元」のものばかり。「裏の12次元」のことは殆ど触れられてはいない。

 

 そのペガサスの疑問にツバインシュタイン博士は元気よくホワイトボードを叩く。

 

「よくぞ聞いてくれました! 裏の12次元世界の一つの観測に――といっても、極僅かな情報ですが――成功しておりますぞ!!」

 

「Oh! 何だか楽しくなってきマシタ! それは一体?」

 

 グワッと拳を握るツバインシュタイン博士にワクワクが天元突破するペガサス。そして未だに2人のテンションについていけない神崎。

 

「それは『ダークネス世界』! ですが、Mr.神崎にそれ以上の観測は止められてしまいましたが……勿体ない」

 

 やがて気合を込めて告げるツバインシュタイン博士だが、言い切った後に恨めし気な視線を神崎に向ける。もっと研究したかったらしい――いや、本当に危ないから止めとこう。

 

――そして冥界。

 

 そんなツバインシュタイン博士の視線を笑顔で受け止めつつ胸中でごちる神崎は知らないが、満たされぬ魂が行き着く先と評される「バリアン世界」もその一つだと考えらえる。

 

 その新たな裏の12次元世界の一つの名にペガサスは険しい顔を見せた。

 

ダークネス()……デスカ……危険な気配を感じさせマース……」

 

「ですな! カードの裏側に存在する12次元世界は表の次元とは大きく異なる(ことわり)で動いておりますので、危険は大きいでしょう!」

 

「そのことから我々のような『普通の人間』が活動するには酷く不向きな世界です――『観測』だけでも大きな危険が伴う為、諸々の研究を中止した次第になります」

 

 そんなペガサスに対し、食い気味に応じるツバインシュタイン博士に神崎は否定的に返す。

 

「ですが! いつかはその危険性を乗り越えて――」

 

「表の12次元の観測で我慢してください」

 

 しかしツバインシュタイン博士の熱意を押さえる神崎の姿を見るに、未だツバインシュタイン博士の中では納得できていないようだ――とはいえ、勝手に研究しださない程度の分別はツバインシュタイン博士にとてある。

 

「フーム……つまり、『悪い世界』ということデスカ?」

 

 そんな暴走列車とブレーキの如き熾烈な争いを余所にペガサスが呟いた言葉にツバインシュタイン博士は自身の欲求を脇に置いて首を横に振る。

 

「それは些か飛躍し過ぎですな。水が高い場所から低い場所へ流れる如く自然の(ことわり)のようなもの――台風や津波などの自然災害を『邪悪』と評しはしないでしょう?」

 

「成程、納得デース!」

 

 手を叩き、感嘆の息を漏らすペガサスにツバインシュタイン博士は気分よくホワイトボードをペンで指さす。

 

「『死後の世界も裏側の12次元の何処かにあるのでは?』との予測もあります!!」

 

「アンビリバボー! それが本当だとするのなら、大変な発見デース!!」

 

 そうして彼らのテンションが再燃し、天にも届きうる勢いになる中、神崎は一段と冷えた声で割り込む。

 

「……情報が情報なので、ペガサス会長――貴方の胸の内に留めておいてください。絶対に」

 

 つい最近、その次元の存在を感じざるを得ない状況になった神崎はペガサスに対する念押しを徹底する。

 

 

 ペガサスの「デュエルモンスターズの創造主」という肩書ゆえに明かされた情報だが、これらは扱いを間違えれば本当に危険なものなのだ――ハッキリ言って神崎の頭では完全に持て余している。

 

 

「勿論デース……シンディアにだって話さないデース。墓の下まで持って行く約束を違える気はありまセーン……」

 

 そんな神崎の真剣な眼差しにキリリとシリアス顔を見せるペガサス――先程までの年甲斐もなくはしゃいでいた姿が嘘のようだ。

 

「ただ、今までの話を聞く限り『精霊界』に行くことに問題はないように思うのデスガ……」

 

「それは……なんとも言い難いのですが……」

 

「確かに、デュエルモンスターズの創造主であるペガサス会長には言い難い状態ですな」

 

 しかし続いたペガサスの言葉に今度は神崎が申し訳なさそうに目を逸らし、ツバインシュタイン博士も困ったように口髭をさする。

 

「? なにかは分かりませんが、気にしなくて構いまセーン! 今更、隠し立てされる方がモヤモヤしマース!」

 

 その両者の姿にペガサスは「なんでも来い」とばかりに両の手を広げ、答えを急かす。

 

 

 だが2人の口は重い。「精霊界に行きたい」というペガサスの純粋な願いに対し、立ちはだかる問題は次元移動のシステム――という訳ではない。

 

 もっと根本的な問題だ。やがて神崎はゆっくりと口を開き、それを明かす。それは――

 

 

 

「戦争中なんです」

 

 

「What?」

 

 

 旅行先が物理的に危険――そんな夢もへったくれもない問題だった。

 

 呆けるペガサスに神崎は詳しい事情を簡潔に述べる。

 

「今の精霊界は争いが絶えない状況です――今の段階では小競り合い程度で済んでいますが、いずれは大戦に発展しかねない程に火種が燻っています」

 

「その原因が何処にあるかは今現在調査中ですぞ! ひょっとすればダークネス世界からの影響の可能性もあるのですが――」

 

「裏の12次元に関する研究再開の許可は出せませんよ」

 

 そんな神崎をチラッチラッと見やるツバインシュタイン博士だが、神崎の答えは変わらない。というか、変えられるものでもない。

 

「…………と、此方でも詳しい原因が判明しておらず、下手に手が出せない状態です」

 

「精霊たちの超常的な力の前では我々『物質世界』が有する通常兵器など大した力にはなりませんからな! ですので、よしんば精霊界に無事に行けたとしても、我が身すら守れない有様ですよ!」

 

 神崎とツバインシュタイン博士が語る内容はどれも「精霊界に行った後」の問題である――単純に「精霊界に行くだけ」なら問題はないのだ。

 

「ツバインシュタイン博士の言う様に、最悪の場合はご夫婦揃って死にますが、それでも行きますか?」

 

 神崎がそう締めくくったように一番の問題は人間側に自衛手段が皆無なことである――ペガサスに神崎並のデュエルマッスルを求める訳にもいくまい。

 

 デュエルモンスターズの創造主がデュエルモンスターズの精霊に殺される――笑えない話だ。

 

 それらの事実に完全に固まったペガサスと共に痛い程の沈黙が場を支配する。

 

 

 パラドックスへの罠の為に神崎がペガサスとシンディアを精霊界に隔離した時のように「カードの実体化」の力をフル活用し、護衛を山ほど用意するような真似も今回はできない。

 

 神崎自身がその力をペガサス側――いや、「人類側」と言うべきか――に一切明かす気がないからだ。

 

 

 やがてスッと席に座り直したペガサスは静かに問う。

 

「………………平和になる目途は立っていマスカ?」

 

 それは何処か諦めが籠った声だった。ペガサスも「戦争」という問題が一朝一夕で解決するものではないことを痛い程に理解できるゆえ。

 

「………………局地的な地域であれば、可能性はゼロではないかと」

 

 だがそのペガサスの落ち込む姿に思わずポツリと呟いた神崎の言葉にペガサスはパァッと顔を明るくしながら席を立つ。

 

「なら……その時を待ちマース!! 精霊界への旅行はシンディアの願い!! 援助は惜しみまセーン!」

 

 世界の津々浦々の美しい情景をシンディアと巡ることがペガサスの願い。

 

 といっても、シンディアが「夢で見た――と思っている――世界をまた二人で見れたら」程度の願いなのだが、愛の聖闘士(セイント)こと戦士、ペガサスには関係ナッシング!

 

 I2社で全面的に支援することをサラッと決めつつ、すぐさまI2社で正式な形を取るべく動き出すペガサス。

 

「いえ、あくまで可能性がゼロではないというだけで……」

 

「朗報を待っていマース!!」

 

 そんな神崎の声も気にした様子もなく、ペガサスは部屋の扉に手をかける。

 

 今のペガサスにあるのは上述の手続きと、今回の話を聞いたことから浮かび上がったインスピレーションをキャンパスに表現する2点に意識が向いている状態だ。

 

「いや、ですから――」

 

「安心してくだサーイ! 此処での話は絶対に誰にも言いまセーン!」

 

 神崎の「いや、待てェ!!」な感情を込めた声も愛の戦士、ペガサスを止めるには至らない。愛ってものはね……その程度じゃ止まらない。いや、止められないんだよ。

 

 

 やがてルンルンな様子で去っていったペガサスの姿を虚しく見送る神崎の姿と期待に満ちた視線を向けるツバインシュタイン博士の視線だけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 やがて渋りに渋るツバインシュタイン博士を仕事に戻しつつ、自身の仕事部屋で倒れるように椅子に腰かけた神崎は大きく息を吐く。

 

 デュエリストとしての実力を高めることに集中したい神崎だったが、関係ない部分で結果的にやることが一つ増えた――とはいえ、緊急性は無いが。

 

 そんな今までで一番疲れた様相を見せる神崎に影からニュッと出た冥界の王も思わず心配気に声をかける。

 

『どうするのだ、神崎?』

 

 冥界の王も精霊界の存在は知っているが、ハッキリ言えば「平和を荒らす側」だった為、「平和を築く為の労力」に関しては専門外だ――「なんか大変そう」くらいの認識である。

 

 その冥界の王の言葉に神崎は力なく零す。

 

「………………適当な場所をゼーマンに統治させるしかないでしょう」

 

 

 精霊界にて活動中の《猿魔王ゼーマン》に無茶振りが襲う。

 

 

 

 だがそんな中、神崎に脳裏に通信機のようにシモベの声が響いた。

 

『我らが主よ! ご所望の品、「全て」このシモベが入手致しました!!』

 

「そうですか。こうも早く見つけるとは流石ですね」

 

 シモベの声に純粋な賛辞を送る神崎。

 

 神崎自身も伝手やらコネやら利用しながら「石板」を探していたが、中々見つからなかった為、シモベの報告は朗報となりえるものであった。

 

 そんな本当の意味で嘘のない神崎の言葉にシモベは喜色の声を上げる。

 

『お褒めの言葉、身に余る光栄! ですが、この程度はワタシの手にかかれば造作もありません!』

 

「では、直ぐに向かいますので、そのまま石板の警護を頼みます」

 

『お任せください! 我らが主の来訪を心よりお待ちしております!』

 

 やがてそう告げて通信を終えるようにパスがプツンと途切れる感覚と共に神崎は今後の予定を立てる中でふと思う。

 

――しかし「全て」とは……この時期では既に石板は発掘され、一纏めにされていた筈だが……いや、今は会合の準備を整える方が先決か。

 

 だが直ぐにその考えを振り切り、来たるべき対話の為に神崎は必要なものを頭の中で組み上げていく。

 

 

 

 今は何をおいても力を蓄えることが必要なのだから。

 

 

 






猿魔王ゼーマン「なんと!? ハネムーンに相応しい場所の確保!? ………………読めぬ! 冥界の王の考えが読めぬ!!」


ちなみにサラッと出た今作でのシンディアの職業は「絵本作家」

原作では職業不明ですし、「専業主婦」ってタイプでもないなーと思ったので
画家のペガサスと接点を付けつつ、
シンディアらしさをイメージして決めさせて貰いました<(_ _)> ペコリ

今作では――
シンディアの手掛けた《ギゴバイト》の旅路――「ギゴの大冒険」が近年KCのソリッドビジョンシステムを使い、映画化されるとか何とか。


最後に――
今話の副題:作者なりに24次元について全力で考えてみた(なお末路)

(無視する訳にはいかない話題とはいえ)
こ、こんなの難し過ぎて、さ、作者の手に余るよ……(燃え尽き)


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