マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

145 / 289


前回のあらすじ
海馬「(将来的に冥界へと向けて)全速前進DA☆」

ツバインシュタイン博士「研究! 研究! 研究ゥウウウウ!!」

神崎「(無言の爆弾取り付け)」


冥界の王「なにこのヤベー奴ら」




第145話 脳筋って言う方が脳筋

 

 

 ペガサスの嵐の様な来訪も久しい頃――フランスののどかな雰囲気が漂う田舎町にて、とある男女がたった今、再会を果たす。

 

 

 だが男が見た女の姿は窓から差す陽光からおぼろげな輪郭しか映らない。だが男にとってそんなことは関係なかった。何故なら、男がその相手を見間違えよう筈がない。

 

 やがて溢れ出る衝動のままに男は駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

「カ゛ァト゛リ゛ィイ゛イ゛イ゛イ゛ヌ゛ゥウ゛ウ゛ウ゛ウ゛!!」

 

 涙と鼻水でちょちょ切れそうな表情を浮かべ、絶叫しながら迫る濃い赤色のタキシードのような舞台衣装を纏った男――パンドラは眼前の愛する人(カトリーヌ)の元に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、アウトォ!!」

 

 だが窓から差す陽光からヌッと出てきた牛尾の手にかつてあった火傷の痕をオカルト課の技術で治された顔を掴まれ、パンドラの進撃は終わりを告げた。

 

 そうして周囲ののどかな田舎町の風景と人の姿が崩れていく中、牛尾に顔を掴まれ宙ぶらりんなパンドラは戸惑いの声を上げる。

 

「!? 何故です!? 今度こそ、完璧に私の溢れんばかりのカトリーヌへの愛を! 想いを! 情熱――」

 

「それが駄目だって言っただろうが!! 普通に重いわッ!!」

 

 しかしそんなパンドラの愛ゆえの言葉を一刀両断に切り捨てた牛尾はパンドラを解放しながら、オカルト課のデュエル場――兼、ソリッドビジョンのシミュレートを兼ねた一室で長い溜息を吐く。

 

 このやり取りはこれが一度目ではないらしい。年齢的に年上であろうパンドラ相手に牛尾が敬語をかなぐり捨てている様子からかなり続いていることが見受けられる――牛尾さんガンバ。

 

 

 

 そんなパンドラの主張を頑張って抑えようとする牛尾と、愛する妻への重い――もとい、想いを抑えきれていないパンドラを上の階のモニタールームの窓から見下ろす乃亜は肩をすくめながら零す。

 

「やれやれ……先は長そうだね」

 

 遊戯から要請があったパンドラの夫婦関係の問題の解消――もとい、グールズの被害者たちを支援する活動の一環であるのだが、このザマである。

 

 これでも初期の「疑似的に再現した愛する人(カトリーヌ)の前に立った瞬間に泣き崩れ、嗚咽を漏らすしかできない状態」に比べれば大分マシになってはいるのだ。

 

 愛する人の名を叫べているのだから。「千里の道も一歩より」である。

 

 

 

 とはいえ、逆を言えば「ほぼ千里残っている」ので、先は長い。

 

 

 そんな状況に一度休憩を入れさせるべきかと悩む乃亜だったが、その背後の自動ドアが開くと共に来訪者が現れる。

 

「神崎ー! 此処にもいないか……あっ、乃亜! 神崎は?」

 

 その来訪者はモクバ――どうやら神崎を探しているらしく、乃亜を視界に捉えた途端、速足で駆け寄り居場所を問う。

 

「やぁ、よく来たね、モクバ――神崎は今留守だよ」

 

「そうなのか? 折角リベンジしようと思ったんだけどなー…………ところで、アレってなにやってるんだ?」

 

 モクバの来訪を快く出迎える乃亜が告げた言葉にモクバは右手に持ったデッキケースと左腕に装着されたデュエルディスクに僅かに視線を落とすも、窓から眼下に見える牛尾とパンドラのやり取りに思わず首を傾げた。

 

「ああ、アレか。メンタルケア……かな?」

 

 そんなモクバの姿に苦笑しつつ、乃亜はパンドラの本名を明かすか一瞬悩むも説明を続ける。

 

「オカルト課の所属になった彼……パンドラで良いか――が、奥さんに過去の一件のことで謝罪したいらしくてね。神崎経由で手紙も渡して約束を取り付けたから、今はそのリハーサルさ」

 

「……アイツもグールズ事件の被害者だもんな。出来れば奥さんと幸せになって欲しいぜい」

 

 乃亜の説明に「グールズの構成員」だったとはいえ、「操られていた」実情を持つパンドラを優しく眺めるモクバ。

 

 思わずもたらされた「神崎もキチンと動いている情報」に海馬との溝を埋める切っ掛けになるかもしれない点もモクバの機嫌の上昇にかっている。

 

「かなり迷いを見せていたらしいけど、パンドラからの手紙を()()()()()()()()()()()()()()()ことを止める辺り、チャンスはあるんじゃないかな?」

 

 だがポツリと零した乃亜の発言にモクバは固まる。少しばかり聞き逃せない発言があったと。

 

「……ん? 神崎がパンドラの書いた手紙を奥さんの前で破ろうとしたのか?」

 

「ああ、同行した響の話ではそうらしいよ。あれだけ添削を頑張ったのに酷い話だってね」

 

 しかし対する乃亜はパンドラの手紙を書き直した回数に笑って見せる。初期のひたすらに謝罪の言葉がつづられたホラーチックな手紙を添削するのにオカルト課で四苦八苦したのだと。

 

「――なんてことするんだ! 後で注意してやらないと!」

 

 だがモクバは「パンドラが一生懸命に書いた手紙を神崎が『破り捨てようとした』」部分に着目し怒りを見せる。

 

 副社長として部下の至らぬ点は見過ごせないと。

 

「フフッ、モクバは純粋だなぁ……瀬人の頑張りが見えるよ」

 

「なに笑ってるんだ、乃亜! 普通、そんなことしちゃダメだろ!」

 

 とはいえ、乃亜がクスクスと笑う様にプンスカと怒るモクバの早とちりだ。

 

 人間としてアウトな思考を持つ神崎とて無意味にそんなことはしない――意味があったらやるのかよ。

 

「不自由な二択ってやつだよ、モクバ」

 

 今回の意味はパンドラの妻、カトリーヌに「無理やり」選ばせること。

 

「迷いを見せた彼女に、かつての夫の最後の手紙を『読む』か、『眼前で破り捨てられる』かを突きつけたのさ――その気がないなら後者を選べば良かった」

 

 カトリーヌが「読まない」を選択すれば、手紙は眼前で破り捨てられる――「貴方の選択がこの結果を生んだのだ」と言わんばかりに。

 

 神崎的には相手の(バー)から感情を読み取った結果、「背を押す」との決断だったとしても、明らかに推奨されない「罪悪感を煽る」やり口だ。

 

 こういうやり口を取るから、海馬に嫌悪の感情を向けられるのに……

 

「だからって――」

 

「モクバ、綺麗ごとだけじゃ何も救えはしないよ」

 

 そんな神崎の一面が、海馬との溝を生むことが理解できるゆえにモクバは声を荒げようとするが、乃亜は割り込む鋭い視線と言葉を返す。

 

「例えば――『被害者支援を受けているかつての夫』と『世界的な大企業に勤めているかつての夫』――肩書一つで相手が抱く印象は天と地ほどの差がある」

 

 綺麗事は「綺麗なだけだ」――人を惹きつける力を持っていても、眺める分には良くても、それだけで全て救える訳ではない。

 

 それを示すように並べられた乃亜の言葉にモクバはハッとする。

 

「!? まさかパンドラをオカルト課に引き入れたのって!?」

 

「まぁ、十中八九そうだろうね――パンドラのデュエルの実力が非常に高かった面も決め手にはなったんだろうけど」

 

「でも、そんな…………騙すみたいなやり方しなくったって……」

 

 パンドラが大半のグールズの被害者たちと違い「オカルト課に引き入れられた」事情を察したモクバはダメだと思いつつも、神崎のやり方に何処か嫌悪感を持ってしまう。

 

 結果は出している。誰も見捨てず救っている。みんなが幸せだ。

 

 だが、それらは嘘と欺瞞の上にある幸福だ。偽りの中で「信じ込まされている」幸福だ。死ぬまで――いや、死んだ後すら騙し続けてくれる甘美な幸福()だ。

 

 ゆえにモクバは思ってしまう「もっと良い方法があるだろう」と――しかし、その「もっと良い方法」を提示できないモクバは押し黙るしかない。

 

「悲しいすれ違いを起こしたままよりかは良いんじゃないかな?」

 

 そう返す乃亜の声にモクバは何も返せない。海馬の庇護の元で活動するしかないモクバに返す言葉など持ち合わせていない。ゆえに己の無力を恥じるように左手を強く握り締める。

 

 

 そんなモクバの姿に乃亜はモクバが握り締めている左手を両の手でそっと解き、優しく笑う。

 

「なぁに、仮にパンドラがマジシャンとしての再起を願っても、神崎は無理にオカルト課に縛り付けるような真似はしないさ」

 

 誰も傷つかない優しい世界。

 

 温かな感情が広がる(嘘と欺瞞に塗れた)優しい(虚構の)世界。

 

 皆が幸福に包まれる(いとに囚われる)優しい(支配された)世界

 

 

 そんな世界にモクバは最後まで返す言葉を持たなかった。

 

 その世界に絡めとられ、囚われた人間がどんな言葉を返せるというのか。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな謂れのない――かどうかは置いておき、そう思われているとは夢にも思っていない神崎は何時もの闇の世界にてシモベととある残骸を眺めていた。

 

「バラバラですね……」

 

「はい、それはもうバラバラでした! まるでパズルのようです!」

 

 それらの残骸は神崎が捜索を頼んだ「ある魔物(カー)が封じられた石板」が砕けたものだ。

 

「こういったものが世界各地に散らばっておりましたので、探すのは苦労しましたよ!」

 

 しかしそう報告を続けたシモベの言葉に神崎は内心で首を傾げる。

 

――シモベの言葉に嘘はない。だが何故だ? 原作知識では1900年頃に発掘されたとの情報の筈……世界情勢が変化した以上、全く同じではないとは思っていたが……

 

 そのとある魔物(カー)は神崎の持つ「漫画版GX」の原作知識では不完全とはいえ、「既に復活している」筈だった。

 

 ただ、神崎はその魔物(カー)の持つ力――他者の精神を乗っ取り、身体を転々と変えていくもの――により今の今まで発見できていなかったが。

 

――デザイナーのフェニックス氏と、教師のMr.マッケンジーを張っていたのが無駄になったな……

 

 漫画版GXの原作知識にて件の魔物(カー)が取り付く対象の一部を知っていたゆえに張っていた網も無意味な結果に終わった。

 

 

 どう見ても、石板の魔物(カー)は「不完全にすら復活できていない」――休眠状態であることが窺える。

 

「石板との固定観念に囚われず、良く探し当てましたね」

 

 原作知識のアテが外れたゆえに今まで見つからなかったのかと、考える神崎はシモベを手放しに褒める。

 

 シモベの最初の報告の「世界各地にバラバラに散らばっていた」との言葉がある以上、原作のように「石板の欠片は纏めて封印されている」との情報を前提に探していた神崎では見つけられないのも当然である。

 

「おぉ!? そ、そのようなお言葉、ワタシには勿体のうございます!」

 

 そんな神崎の感情が乗った言葉ゆえにシモベの喜びようも一入だ――掛け値なしに評価された事実についつい尾を振り、上機嫌な様子を見せるシモベ。

 

「コホン。それで――この石板に宿る邪悪な影をどうするおつもりで?」

 

 しかし直ぐにハッと姿勢を正し、キリッとした表情をシモベは見せる。照れ隠しだろうか。

 

「後々の布石になればと思いまして――それではシモベ。次の命です」

 

「なんなりと!」

 

 とはいえ、シモベに仕込んだ仕掛けゆえに神崎はその辺りの事情が手に取るように把握できる。ただ、神崎は知らぬ振りをしつつ、話を進めていくが。

 

 やがて元気の良い返事を返したシモベに下されたのは――

 

「此方の『実体化兵』のサンプルをゼーマンの元まで届けてください」

 

 実体化「兵」などと不穏な言葉を放ちながら、いくつかのカードをシモベに差し出す神崎。

 

 

 突然だが速攻魔法《スケープ・ゴート》というカードをご存知だろうか。

 

 ゴート(ヤギ)と言いつつ、橙・青・黄・桃色の4体のまん丸な愛らしい「『(シープ)』トークン」を呼び出すカードだ。

 

 

 次に魔法カード《トークン収穫祭》と《トークン復活祭》、罠カード《トークン謝肉祭》と《トークン生誕祭》というカードをご存知だろうか。

 

 これらのカードはそれぞれ「トークン」を利用する効果を持つカードなのだが、今回注目して欲しい部分は「そこ(効果)」ではない。カードイラストだ。

 

 上述の4枚のカードには「羊トークン」とゴブリンたちが描かれており、さらにゴブリンが「羊トークン」を食している姿が見られる。

 

 

 何が言いたいのかというと、この「羊トークン」は「食用」なのだ――つまり産業動物(精霊)であると言える。

 

 

 

 それらの点を踏まえ、神崎はこう考えた「なら特定の(軍事)産業の為に使っても精霊界で問題にならないだろう」と――問題しかねぇよ。

 

 

 

 話を戻そう。

 

 実体化兵――冥界の王の持つ「カードの実体化」に関する技術を応用して生み出した文字通り「死を恐れぬ兵」。

 

 カードの「精霊ではなく」、ただ「カードを実体化させた」だけの為、精霊的な観点からも一切の問題がなく、さらに上述の理由から外見からのいらぬ糾弾も受けない理想的な(都合のいい)存在。

 

 

 羊トークンの攻撃力・守備力はどちらも「0」と戦いにおいて無力だが、そんな問題は()()()()()()()

 

 何故なら投薬・改造・バンプアップにetc.etc――文字通り何をしても許される(問題にならない)理想的な(都合のいい)存在なのだから。

 

 

 やがて神崎はシモベに向けて言い含めるように続ける。

 

「実体化兵の運用状況は逐一此方に報告する旨も重ねてお願いします。その後はしばらく精霊界にて休んで貰って構いませんよ」

 

「休息とは!? そのようなお心遣い、このシモベ感激でございます! ですがお気遣い無用です! どうかこのワタシめに貴方サマの手助けをさせて頂きたい!!」

 

 だがシモベは裏切りを働いた過去を払拭すべく忠義を示す場(仕事)を求める。そんなシモベの姿に神崎は「なら」と提案した。

 

「では、ゼーマンの補佐をお願いします。彼も不慣れな現場で戸惑っているでしょうから」

 

「我が願いを聞き遂げて頂き感無量でございます! その命! このシモベめが! 必ずや! 必ずや完遂してみせましょう!」

 

「はい、朗報を待っていますよ」

 

 新たな忠義を示す場(仕事)に胸を躍らせ、精霊界へと向かうシモベを見送った神崎は自身の頭に手を当て、通信を測る。

 

「さて――ゼーマン。其方に変化はありましたか?」

 

『これは神崎殿! 今は拠点となる地をいくつか見繕っておるところです。ご命令にあった保養地の確保に関しては未だ目途が立たず……』

 

 その通信相手は《猿魔王ゼーマン》――そのゼーマンは神崎からの通信に答えつつ、未だ明確な成果が上がっていない事実に力ない声を漏らす。

 

「いえ、其方は急がなくて構いませんよ」

 

 しかし神崎とてそこまで早急な成果は求めていない。実際問題、精霊界の緊迫した状況を考えれば「保養地」などそう簡単に見つかるものでもないのだから。

 

 ゆえに今回の要件はただの業務連絡に過ぎない。

 

「今回の要件は先程シモベを其方に使いに出した件です。合流した後は、補佐の名目で休ませて上げてください」

 

『承りました!』

 

 そんな連絡を受けたゼーマンの小気味の良い返事を最後に2人の通信は直ぐに途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 やがて必要な指示を出し終えた神崎はシモベが見つけた石板の欠片の一つを手に取りポツリと零す。

 

「次は……冥界の王の知識から『石板復活の儀式、グランド・クロス』の方法を……把握――魔術か……」

 

 バラバラになっている石板を元の一つの石板に戻す儀式――それが「石板復活の儀式」だ。古代エジプトに存在していた魔術の類である。

 

 そういった魔術に対し、元々全く適性がなかった神崎が「精霊の鍵」などのアイテムで誤魔化してきた分野であったりもする。

 

 一応、冥界の王の力を得た際にその手の適性の問題がなくなっているのだが、神崎は重苦しい面持ちで大きく溜息を吐いた。

 

「カードの実体化で代用できないものか……」

 

 またまた突然ではあるが、魔術の類は術者の「名」が大きな意味を持つことが多い。だが神崎は――

 

――前世関連の記憶は根こそぎ掘り起こした筈にも関わらず、未だに「前世での名」が思い出せない……

 

 その神崎の胸中の声が示す様に今の自身を大きく構成する「前世の名」を欠片も覚えていない為に魔術の類を苦手としている――細かな個所に常に拭えぬ違和感が付いて回るのだ。

 

――他は全て掘り起こせたというのに、「名」だけが綺麗サッパリ思い出せないのはさすがに不自然だ。

 

 そんなスッポリ抜け落ちたような状態の自身の情報()に煮え切らない感情を見せつつも神崎は冥界の王からの知識を基に「石板復活の儀式」の準備を進めていく――時間は有限なのだからと。

 

 

 

 

 暫くして如何にもなオカルトチックな簡易的な祭壇が用意され、地面に描かれた魔法陣の上に砕けた石板の欠片を、パズルを組み上げるように並べていく神崎。

 

「――と、デュエルエナジーに、石板の魔物(カー)の奪われた心臓……は別にしておこう。後、念の為に安全装置として陣を引き――石板復活の儀式の準備はこんなものか。それに色々制約を課して……これで良し」

 

 やがて全ての準備を終えた神崎は最終確認しながら問題がないことを確かめ、早速とばかりに魔法陣に手をかざし、魔力(ヘカ)を込めて石板復活の儀式を敢行する。

 

「発動せよ――『グランド・クロス』改」

 

 そんな適当なネーミング感が満載の呪文と共に魔法陣が光り輝き、バラバラに砕けていた石板がひとりでに浮かび上がって行く。

 

 やがて時間が巻き戻るように石板が修復されて行き、蜘蛛の脚部を持つ異形の悪魔の姿が描かれた石板が復元され、魔法陣の中にゴトンと落ちる。

 

 それと共にその石板から古代エジプト風の衣服を纏ったアラブ系の顔立ちの壮年の褐色肌の男――トラゴエディアの精神体が浮かび上がり――

 

 

 

 

「――あの白饅頭(まんじゅう)どもがァ!!」

 

 

 

 

 憤怒に満ちた感情のままに雄叫びを上げた。だが発言内容は一見すると意味不明である。

 

――白饅頭(まんじゅう)? いや、今は後にするべきか。

 

「おはようございます。トラゴエディア――私はこの度、貴方を呼び覚ませて頂きました『神崎 (うつほ)』と申します」

 

 そんな意味不明なトラゴエディアの叫びを一旦脇に置きつつにこやかに挨拶を交わす神崎の声にトラゴエディアは周囲の状況から今の己が置かれている状況を認識。

 

 そして神崎に意識を向けつつ、先程の怒りなどなかったように不敵な笑みを浮かべ返す。

 

「……ほう、成程な。オレの復活を手助けするとは酔狂なヤツだ――何のようだ? 対話を望むならこの陣をどける誠意くらい見せて欲しいところだがな」

 

 そうしてトラゴエディアは自身を閉じ込めている魔法陣により発生した不可視の壁を軽く叩いて見せた。

 

 何処か試すようなトラゴエディアの態度に神崎は参ったように小さく手を上げながら取引に移る。

 

「それは出来ない相談ですね。ですが貴方にとっても悪くない話かと」

 

「フフッ、オレは安くはないぞ」

 

「今の貴方の復活は不完全です――完全に復活させる対価として『助力』を願いたい」

 

 その言葉通り、神崎がトラゴエディアの心臓を握っている限り、トラゴエディアは完全な復活を果たせない。

 

 

 そんな中、トラゴエディアは内心で「自身が完全復活できるのであれば悪くない話」だとは思いつつも、神崎の出方を待つように返す。

 

「断れば?」

 

「貴方が封じられた石板をもう1度砕き、然るべき処置を取らせて貰います」

 

 そう告げた神崎は左手に用意していた何の変哲もない石板と同じ素材の岩を持ち、それに向けてゆっくりと右拳をぶつける仕草を見せた。

 

 もし自身の石板が再度砕ければ困るトラゴエディアには手痛い一手だろう。

 

「ククク……オレは誰の下に付く気もない……好きに砕くがいい。砕かれた所で復活が遅れる程度の違いしかない」

 

 だが退屈と束縛を嫌うトラゴエディアは一笑に付す。

 

 トラゴエディアには聖なる力を持つ精霊(カー)を真っ黒に染める程の憎悪と復讐の念からなる強大な負の力がある限り、自身の消滅は生半可な方法では不可能な事実を知っている。

 

 それは古代エジプトの神官たちですらトラゴエディアの力の源である心蔵を奪ったにも関わらず「封印」することしか出来なかった程。

 

 精霊の力を持つ者や、サイコデュエリストの力などでどうこう出来る存在ではないのだ。トラゴエディアを真の意味で打倒できるのは「マアトの羽」の力のみ。そしてそれは此処にはない。

 

「もう少し色を付けて貰いたいも――」

 

 ゆえに自身の対価を吊り上げようとするトラゴエディア。

 

 

 

 だが神崎の右拳がブレたと思った瞬間、左手の岩が木端微塵に砕け、砂となる。

 

 

 サラサラと神崎の左手から零れる岩だった砂を凝視するトラゴエディアは震える声で零す。

 

「――のだ……ん? 岩が……砂……に?」

 

 眼の前の現実を把握しながらも嫌な予感をヒシヒシと感じ始めるトラゴエディア。

 

「もう一度確認しますが断られるのなら、今お見せしたレベルまで石板を砕き、世界各地の砂漠に撒いた後にそれぞれの地点を緑化します――構いませんね?」

 

 しかし神崎はそう言いながら魔法陣から器用に石板だけを外に出す。トラゴエディアの嫌な予感はスピードの極致に加速する。

 

 

 トラゴエディアの石板が「ただ砕かれた」のなら長い年月を得れば復活は可能だろう。少しずつトラゴエディア自身が力を取り戻しながら、砕けた石板を集めていけば良いのだから。

 

 

 だが砂レベルまで砕かれた上で砂漠に撒かれ、更には砂漠の緑化の際に「砂」が「土」になれば、元の石板の形にまで集うまで一体どれ程の年月がかかるのかなどトラゴエディアにすら判断できない状態だ。

 

 まず、自身の石板の欠片こと砂が何処にあるか把握するだけで気が遠くなるだろう。「砂漠の中から砂金を探すようなもの」どころではない。文字通り「土の中から元の砂を探す」レベルの話だ。

 

 そしてよしんば集められたとしても、そんな「砂というより土の塊」相手に「石板復活の儀式」が成立するかどうかすら怪しい――場合によっては新しい魔術を生み出す段階から始めなければならないだろう。

 

 

 そんなトラゴエディアの苦行と――いや、拷問と評するしかない旅路の切符を手にする神崎は営業スマイルタップリでトラゴエディアに返す。

 

「とはいえ、其方の決意は固いようなので無意味な確認でしたか」

 

「…………な、何を言っている!?」

 

「復活できると良いですね」

 

 トラゴエディアの戸惑いの声を気にした様子もない神崎はそんな軽い言葉と共に石板に向けて右拳を振りかぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 弊社(今作)はトラゴエディア氏の復活を心より願っております。

 

 






アヌビス「何処か既視感を覚えるのは気のせいではあるまい」




~入りきらなかった人物紹介~
トラゴエディア
漫画版・遊戯王GXにて登場

古代エジプトにて王宮に従事していた墓作り職人たちが墓荒らしとなり、移り住んだクル・エルナ村の出身の男。ちなみに盗賊王バクラと同郷。

クル・エルナ村の住人が千年アイテムを生み出す為の生贄に惨殺された際の生き残りでもある――本人は盗みの下調べの為に村を離れていた為に難を逃れた。

やがて千年アイテムの真実を知り、凄まじい憎悪と復讐心から生じた強大な魔物(カー)――《トラゴエディア》が生まれ、自身と一体化し、復讐の為に人の姿で王宮に潜り込む。


そして当時の王や神官たちに復讐すべく行動するが看破され、「白き羽の精霊」こと《ハネクリボー》に力の源である心臓を奪われた。

その際、《トラゴエディア》の強大な闇の力から、元は身体が白かった《ハネクリボー》の身体は真っ黒に染まる――《トラゴエディア》の闇の力が如何に強大だったかを伺わせる。

そして心臓を奪われたゆえに真の力を発揮できなかった《トラゴエディア》は神官たちの手により辛くも石板に封印された後に砕かれ、とある王墓の一室に封印された。

漫画版・遊戯王GXでは1900年代にその石板が発掘され、様々な人間に乗り移りながら完全復活を目論む。

それらの詳しい話は漫画版GXをチェックだ!(姑息な販促)

退屈や束縛を嫌う快楽主義な性格――3000年も封印されていたことが原因で歪んだらしい。

人間のことを「虫ケラ」と呼ぶのは古代エジプトの一件から人間嫌いになったのかもしれない。


今作では――
漫画版の情報通り1900年代に一応復活はしている。その際、そこいらにいた人間に転々と憑りつきながら力を蓄え、完全なる復活を目指していた。

だが当時KCが軍事産業でブイブイ言わせており、各地で戦乱が起こっていた時代である。

そんな中のふとした時に戦乱の中で「面白そうなヤツがいる」との情報から退屈凌ぎに足を運ぶ――それが一番の失敗だった。

その際になんやかんやと大きな時代の波と言うべきものに巻き込まれたトラゴエディアは自身の砕けた石板が散り散りになる事態に見舞われ、ただでさえ復活に不十分だった力が大きく失われる。

その結果、誰かに憑依することもできない程に弱り、疑似的な休眠状態に陥った――《もけもけ》共は絶対に許さない、絶対にだ。

やがてずっと探していた石板が原作情報と異なり、別々に発見されたことを疑問に思う神崎の元にシモベよって集められた――マッチポンプ……いや、なんでもない。

そして復活の際のアレコレを都合して貰い今回アッサリめに復活を遂げた――と思いきや、復活キャンセルのボタンが現在、押されかかっている。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。