マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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ヒャッハー! 更新再開だァ!!(チーム満足感)



前回のあらすじ
トラゴエディア「ククク……人間のフリは楽し――」

ハネクリボー「クリリッ!(殴打)」

冥界の王「最後まで言わせて上げて!?」




第148話 表があるから裏がある

 

 

 闇だけが蠢く世界にて一人佇む神崎が突き出した右手の上に一枚のカードが浮かんでいた。

 

 

 そんな中、そのカードに記された諸々を確認している神崎の影が伸びる――そう、いつものように冥界の王がにゅっと現れ、嘲笑するような声を漏らす。

 

『ククク……何とも滑稽な最後であったな――貴様が「人間のフリ」などと』

 

 トラゴエディアの最後は冥界の王からすれば失笑ものだった。

 

 終始自身を封じた存在と関連のあるカード『クリボー』たちに翻弄され――ているように傍から見え――さらには最後に頓珍漢なことを言い残す始末。

 

 最近からとはいえ、神崎の行動を見てきた冥界の王からすれば、その行動に「人間のフリ」など介在しないことなど自明の理。

 

 ゆえにそんなことにすら気付かなかったトラゴエディアの最後を「まるで道化であった」と冥界の王はクツクツと嗤う。

 

 

 

 だがそんな冥界の王を余所に神崎は考え込むように手の中に浮かぶカードを見やる。

 

――何処まで知られた?

 

 その声には出なかった思考に被せるように冥界の王は影を伸ばし、上から神崎を覗き込みつつ零した。

 

『これで貴様はまた一つ力を得た訳だ』

 

――デュエルの中で相手を知る……か。実際当事者になれば中々に不気味で厄介だ。

 

 しかし当の神崎は考えを巡らせるのに忙しいのか、冥界の王の話をあまり聞いていなかった――ドンマイ。

 

『……どうした神崎?』

 

 さすがに何の反応もない神崎の姿に「あれ、これひょっとして聞いてなくね?」と気付いた冥界の王の怪訝な声に顔を上げた神崎は何時ものように悩んでいる素振りなど見せず対応する。

 

「トラゴエディアのカード化は問題ないようですね」

 

 その神崎の言葉が示すように右手に浮かんでいたのは《トラゴエディア》のカード。

 

 肉体の崩壊が始まっていたトラゴエディア自身を強制的にカードに封印することで、その命を保つ神崎の一手は一応の成功を見せていた。

 

 そうして、やっと反応を見せた神崎の姿に冥界の王は探るように語るが――

 

『核となる存在を外付けし、石板そのものをカードとして収束させ、強引にヤツの命を留めて何をするつもりだ? そもそも、ソイツは今どうなっている?』

 

「現状は休眠状態――いや、植物状態に近いものです。意識が戻るかどうかは彼次第です」

 

 特に隠す気もない神崎は封印されたトラゴエディアの状態を説明する。

 

 早い話が、トラゴエディアが過去に石板に封じられた時の状況を強引に再現した感じだ。今回は石板ではなくカードだが。

 

『貴様がヤツの意識を戻す為に動く気はないということか』

 

「私にとってどちらでも構いませんから」

 

『仮に復活しようとも外付けした核が……か、相変わらずだな』

 

 しかし、その神崎の行為に「トラゴエディアの為に」などといった意図は一切介在しないことが垣間見える為、冥界の王は思わず深く息を吐く――自分は「そう」ならなくて良かったと。

 

 

 とはいえ、神崎側にも事情はある。それは――

 

「何分、私は賢者にはなれませんから――なりふり構ってはいられませんよ」

 

 神崎自身がさほど能力が高くない点だ。

 

 下手に甘い対応を取ればそれが原因で窮地に追い込まれてしまう可能性が常について回る。

 

 

 肉体(マッスル)は――さておき、それ以外の神崎のスペックはリアクションに困る程に微妙なラインを漂っている。才有るものと比べれば平凡そのものだ。

 

 

 武藤 遊戯のような圧倒的なまでのデュエルの実力がある訳でもなく、

 

 海馬 瀬人のようなカリスマや、未来を切り開く力もなく、

 

 ツバインシュタイン博士のように未知を切り開く力もなく、

 

 乃亜のように優れた知性を持つ訳ではなく、

 

 イリアステルのようにあらゆる未来の可能性を算出する力もない。

 

 

 

 神崎などデュエル好きの一般人にマッスルと醜悪なまでの生への執着が生えた程度だ。

 

 えっ? 『何かがおかしい?』って?

 

 

 気のせいだよ。

 

 

 

 そんなこんなで、色々足りていない神崎は「数」に頼る――いや、縋る。

 

 対峙するであろう問題に対し、解決手段を山のように用意する。自分が考えられる限りの策を持つ――そうしなければ不安でならないのだ。

 

 

 ただ基本的にその膨大な解決手段の大半が失敗する。しかし神崎からすれば「どれか一つ」が成功すれば良いのだ。複数当たれば儲けものである。

 

 パラドックスの一件などが良い例だ。とはいえ、八つも当たった稀有な例だが。

 

 

 やがて《トラゴエディア》のカードをデッキケースに仕舞った神崎は自身を見下ろす冥界の王へと視線を向け――

 

「冥界の王」

 

『なんだ?』

 

「私のデッキのカードに精霊は宿っていない――これに間違いは?」

 

 問う――本来であればマァトの羽の力を持つ《ハネクリボー》の精霊でなければ倒せない筈の《トラゴエディア》を倒せた事実が神崎には不可解だった。

 

 ゆえに精霊の問題に目を向ける。冥界の王視点でなければ分からない情報があるかもしれないと。

 

『ない。貴様のデッキは驚くほどに精霊の干渉を受けていない。これ程までの一例は逆に珍しい程だ』

 

 そんな珍しく神崎が「他者に答えを求めた」事態に冥界の王は思わずそう素で返す。素直か。

 

 とはいえ、この手の問題は神崎も調べ尽くしたものだ――冥界の王が虚偽を伝えてもあっさりバレる為、あまり意味はない。

 

「そうですか……果たして何が悪いのか」

 

『考えるだけ無駄な話だ――そもそもカードに精霊が宿るか否かは「精霊に決定権」がある。人間風情がどうこう出来る問題ではない』

 

「例外もありますがね」

 

 そうして話題が「精霊」の問題へ流れていく。「ドロー力」を考えた時によく注目される存在だ。

 

 しかし、精霊は基本的に自由な存在である為、原作の「精霊狩りのギース」のように「特殊な技術で無理やり拘束する」などしない限り、そもそもどうにか出来る相手ではない。

 

 そんな例外など一握り――というか、その辺りの可能性は神崎が根こそぎ潰して回った後である。精霊と喧嘩したくないだろうからね。ゆえに――

 

『だとしても、本来は此方の物質次元の情報を精霊共がカードから感じ取り、気に入った者の元に行くだけだ――何を気に入るかは当人の好みによるがな』

 

 冥界の王が語る内容がポピュラーだ。

 

 その他はユベルのように「人が精霊に転じる」などだが、今は関係ない為、割愛させて貰おう。

 

「……困りましたね」

 

 精霊の問題は「原作知識」と「ツバインシュタイン博士の研究」、そして「冥界の王の知識」から色々と分かってはいるが、それでも「全て」が明らかになった訳ではない。

 

 今だ謎多き領域なのだ。

 

『ドローの――引きの力に不安があるのか?』

 

 その冥界の王の言葉通り、今回のトラゴエディアの一件や、神崎のドロー力の問題の原因が未だ皆目見当がつかないのだから。

 

「ええ、昔からの悩みですから」

 

『精霊共は優れたデュエリストを好む者が多いゆえに勘違いしている輩も多いが――』

 

 そんな悩める神崎に対し、真剣に相談に乗る冥界の王――善意ではなく「神崎が死ねば自身も死ぬかもしれない」という実情ゆえの助力だが。

 

『精霊の数が多かろうが少なかろうがデュエルの力量やドロー力に影響はせんぞ?』

 

 やがて冥界の王から語られるように「精霊」と「ドロー力」の直接的な関係性は殆どなかったりする。

 

『そもそもアレは異能に対する耐性を上げるものだ』

 

 デュエリストに精霊が憑いても得られるのはその程度だ。簡単に説明すれば、「お気に入りの人間を守る」――そんな感じである。

 

「それも分かっていますよ」

 

 しかしそれも神崎は既に知っている――精霊の数が強さに直結するのなら、当の昔に精霊をスカウトしに赴いていただろう。

 

 

 ちなみに実例としては、遊戯王GXにて万丈目が古井戸から拾ったカードの精霊たちに気に入られ、かなりの数の精霊と共にあった。

 

 その数は作中最多だったが、彼が「作中最強か?」と問われれば肯定は出来ない。

 

 

 考えれば考える程に神崎には「何がトラゴエディアを浄化させたのか」が分からない。

 

「ふむ、今の段階で答えを急ぐべきではありませんね」

 

――もしかすれば……

 

「そろそろ仕事に戻らないと」

 

――それこそが、『カードの心』……なのかもしれないな。

 

 やがてそんな根拠のない憶測を考えながら、神崎はKCへ戻るべく道を作る。

 

 

 やるべきことは未だ山のように存在するのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCの休憩所にて昼休みを満喫していた牛尾は椅子に座りながらついと言った風に呟いた。

 

「『カードの心』って一体なんなんすか?」

 

「おや、牛尾君。急にどうしました?」

 

 その牛尾のテーブルを挟んで座るツバインシュタイン博士がコーヒー片手に見ていた何かの資料から顔を上げて眼鏡の位置を直す姿に牛尾は先を話す。

 

「いや、この前に遊戯とデュエルしたんすけど、その時に『カードの心が分かっている』みたいなことを言われたんすよ」

 

 ペガサス島での一件以降、遊戯たちとの交流が増えた牛尾は彼らと色々と関わる機会も増えた。

 

 その中で本田の一応の師匠ということで「実力を見たい」と話が持ち上がったゆえに表の遊戯とデュエルする機会があったのだ。

 

 

 デュエルの結果は遊戯の《ブラック・マジシャン》たちの猛攻に対して牛尾は《手錠龍(ワッパー・ドラゴン)》の弱体化→自己再生のループ効果や、《砦を守る翼竜》と罠カードで「30%回避!」などで凌ぎつつ、

 

 隙を見てレベル8の《神龍の聖刻印》を墓地に送って呼び出された「300倍だァ!」でおなじみの攻撃力7200となった《モンタージュ・ドラゴン》や

 

 攻撃力5000の《F(ファイブ)G(ゴッド)D(ドラゴン)》を融合召喚し、持ち前の火力で盛り返すも、

 

 最後の最後はドラゴン族がデッキの大半を占める牛尾のデッキの鬼門である――《バスター・ブレイダー》によって牛尾のライフ共々スレイさ(斬ら)れた。南無。

 

 

「そんときは『デュエリストとして認められた』みたいに思ってたんすけど、後になってふと『カードの心ってそもそもなんだ?』って思いまして……」

 

 そうして牛尾の敗北で終わったデュエルの後に遊戯に「カードの心」について認められた話があったのだ。

 

 その時は「遊戯に認められた」事実が嬉しく深く考えていなかった牛尾だが、今更ながらに「カードの心って具体的に何?」と疑問が浮かんだのである。

 

 

 そして眼の前にはドラえ――もとい、ツバインシュタイン博士がいるではないか。牛尾からすれば疑問氷解へのチャンスであった。

 

 そんな牛尾の姿にツバインシュタイン博士は確認するように視線を向ける。

 

「それで私に話が聞きたい、と」

 

「うっす」

 

「まぁ、完全に解明された訳ではありませんが、それでよければ」

 

「お願いしやす!」

 

 やがて書類とコップをテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がったツバインシュタイン博士は休憩所に備え付けられたホワイトボードにペンを奔らせながら説明を始める。

 

 

 なんで休憩所にホワイトボードがあるんだよ、と思うかもしれないが「休憩して同僚と話していたら議論が白熱し、討論会を開きだす」ような人間がオカルト課には結構いるのだ。

 

 

 ――っていうか、ツバインシュタイン博士がその筆頭なのだが。ゆえにそんな実情を知った神崎が色んな個所に設置したものである。

 

「では――アレ(カードの心)は精霊によるデュエリストの知覚から生ずるものと考えられております。つまり二つの世界の相互干渉によって一種のシナプスのような――」

 

 そうしたツバインシュタイン博士のマシンガントークの如き説明と共にホワイトボードには数式やら公式やらが山のように書き殴られて行く光景が広がる中、暫くして牛尾は軽く額に手を当てる。

 

「す、すんません。あんま難しいのは俺の手に負えないんで、出来ればもうちょっとばかし簡単に……」

 

 現在、聞いておいてあれだが、牛尾にはツバインシュタイン博士の説明に全くついていけていない。

 

 遊戯たちの通っている童実野高校において牛尾の成績は良い方だが、あくまでそれは「一般人」の範囲を逸脱しないレベルだ。

 

 その牛尾が人類最高峰ともいえるツバインシュタイン博士の――ペガサスに説明した時のような「配慮」もあまりない――講義はハッキリ言って意味☆不明である。

 

「ふーむ、なら、そうですね……ザックリと簡略化して説明するなら――」

 

 そうして頭にクエスチョンマークを浮かべる牛尾にツバインシュタイン博士は暫し考える素振りを見せ――

 

 

 

「『カードの心』は『精霊からの応援』みたいなものです」

 

 

 

 そんな逆に分かり難くなるような例えを繰り出した。

 

「……応援っすか?」

 

「はい、デュエリスト――いえ、この次元の人間は精霊から大なり小なり『応援』を享受しています。とはいえ、殆ど自覚出来る者はいませんが」

 

 なんとか理解しようと四苦八苦な姿の牛尾へ言葉を選びながらツバインシュタイン博士は「現在判明している大まかなこと」を並べていく。

 

「その中で『カードの心』を理解し、寄り添える者はその『応援』の量が多いのです――この量の大小は『カードに宿った精霊の有無』に関係ありません」

 

「成程――その応援ってヤツのお陰でデュエルが強くなるんすね」

 

 やがてツバインシュタイン博士の説明に一先ずそう納得した牛尾。

 

 つまり「カードの心を理解する」とは「精霊に『応援』されるような(デュエリスト)になれた」ということであり、その応援の力により遊戯のぶっ飛んだデッキは縦横無尽に動き回っているのだと。

 

 

 

「少し違いますな」

 

 

 

 違った――その牛尾の言葉は他ならぬツバインシュタイン博士にバッサリ切り捨てられる。

 

「えぇ~……いや、今の、そういう話の流れじゃないんすか?」

 

「違います――牛尾くんは誰かから『応援・声援』を受けたことは?」

 

「まぁ、ないこともないですけど……」

 

「その時、いつもより調子が良いと感じたことは?」

 

「なくはないっすね」

 

 思わず頭を抱える牛尾は続いたツバインシュタイン博士の問いかけに素直に答えていくが――

 

「そこから……例えば徒競走にて応援を受けたとして、走っている人間の身体能力自体は変化しません――応援されるだけで人が進化する訳でもないですから」

 

「それはそうっすけど、『カードの心』ってヤツを持っているデュエリストは強いって話じゃなかったんすか?」

 

「ええ、しかし他者からの応援や声援は本人のポテンシャルを最大限に引き出す効果があることが科学的に証明されています」

 

 なんだか話がそれているように感じる牛尾――というか、完全に逸れている。しかしツバインシュタイン博士はそんな牛尾へと「此処からだ」と手で制す。

 

「つまりその『応援』が与えるのは『デュエリストが元々持っているポテンシャルを引き出す』だけです」

 

 ツバインシュタイン博士が正したい牛尾の認識は此処であった。

 

「身の丈に合わぬ力が得られる訳ではありません。あくまで『当人のポテンシャルの範囲』です」

 

 幾ら精霊から便宜上「応援」と呼んでいるものを山ほど受けていたとしても、受け手側のデュエリストのポテンシャルが低ければ、大した意味はない。

 

 実際の「本来の意味での応援」も大勢からそれを受けたとしても、人間の枠組みから外れたポテンシャルを発揮できるわけではないのと同じなのだと。

 

 その辺りがツバインシュタイン博士が「カードの心」を「応援」と評した所以なのだろう。

 

「つーと、ようは『気の持ちよう』ってことっすか?」

 

 しかし最後まで聞いてみればツバインシュタイン博士が提言する「カードの心」に関する説明は「凄さ」が薄いように感じる牛尾。

 

 遊戯が語っていた「カードの心」にはもっと「超常的な何か」があると思っていただけに肩透かし感が拭えない。

 

 なお、そういった「超常的な何か」を引き起こすのは「普通の範囲を超えた精霊()」である為、早々縁のない話ではある。

 

「まぁ、そうですな。ただ存外バカには出来ませんよ? 『極度の集中状態――[ゾーン]の只中に至れる』とも取れますからな」

 

 しかし、牛尾が肩透かしを覚える力も、見ようによってはかなりヤバい力ではある。極めれば常に最高のパフォーマンスを更新し続ける――なんて荒業も可能だ。

 

 ただ、それを突き詰めた先に「人がどうなってしまうのか」はまさに「神のみぞ知る」状態ではあるが。

 

「そいつぁスゲェっすね! しっかし、『応援』っすか……俺にも精霊ってヤツの声が聞けりゃぁ――」

 

「フフッ、いやいや、実際に応援団のように声を上げている訳ではないので、精霊の声が聞こえても『カードの心』を実感するのは無理ですぞ」

 

「へっ?」

 

 そんな最悪(最高)の可能性がチラつくことなど知らず、精霊を知覚できる自身の上司(ギース)を思い浮かべながら未知の可能性に心躍らせる牛尾にツバインシュタイン博士は結果的に冷や水を浴びせた。

 

「今回はあくまで『カードの心』に関して分かり易く説明する為に『応援』との言葉を用いましただけです」

 

 あくまで説明の中で便宜上「応援」と呼んでいるに過ぎないのだと。

 

「あぁ~そういやそうでした」

 

「とはいえ、その『応援』の内実を牛尾君が知りたいというのならもっと踏み込んだ専門的な話を――」

 

 ツバインシュタイン博士の言に「あちゃー」と右手で頭を押さえる仕草を見せる牛尾を余所にツバインシュタイン博士は興が乗ってきたのか、講義に精力的になるが――

 

「――あっ! 俺、用事思い出しました!」

 

 さすがにこれ以上の小難しい話は自身の領分ではないと牛尾はそう言い残し、そそくさと退散していった。

 

「事の始まりは――」

 

「おや、牛尾くん。そんなに慌てた様子でどうしました?」

 

「か、神崎さん!? いや、ちょっと俺急いでるんで――」

 

 いや、退散しようとしたが、休憩室から出る前にあまり関わりたくない方の上司――神崎と出くわし足を止める結果となる。

 

 まさに「前門のマッスル後門のマッド」の状態に陥った牛尾は慌てた様子で背後をチラチラと気にしながら前門のマッスルを攻略しにかかるが――

 

「つまり『カードの心』とは精霊界に住まう者たちからの――聞いていますか、牛尾君?」

 

「い、いやぁ~俺には難し過ぎてなんとも……」

 

「ふむ……『理解できない』ではなく、『難しい』と感じることが出来るのなら問題ありませんな!」

 

「えっ、ちょっ!?」

 

 後門のマッドが牛尾の行く手を遮る。逃しはしないとばかりに肩に置かれた手は老人とは思えぬ力が込められている。

 

「では続きを――」

 

 こんな爺さんの何処にそんな力があるんだ、と牛尾は思いつつも引き剥がせぬ状況にその顔は絶望に染まって行くが――

 

「待って頂けませんか、ツバインシュタイン博士? 頼んでいた件の進捗を確かめておきたいのですが」

 

 前門のマッスルから思わぬ助け舟が出た。

 

 その助け舟を出した人物は牛尾からすればあまり好ましい相手ではないが、今だけは有難みを感じる――かなり現金なことで。

 

「そのことですか……では仕方がありませんね。牛尾君への講義はまたの機会にしましょう」

 

「そ、そっすね――なら俺はちょっと行くとこあるんで」

 

 しぶしぶといった具合に手を放すツバインシュタイン博士から脱兎の如くこの場を後にする牛尾は前門のマッスルこと神崎にすれ違い様に小声で「助かりました」と声をかけ、休憩室を後にした。

 

 

 やがて牛尾の姿が見えなくなったことを確認したツバインシュタイン博士は席へと座り、問う。

 

「此処で話しても?」

 

 昼休みも終わりに近い時間ゆえか今の休憩室には神崎とツバインシュタイン博士しかいない為、サクッと此処で話してしまおうと。

 

 機密情報もなくはないが、隠す術など幾らでもある。

 

「ええ、『今なら』問題ありません」

 

 そのツバインシュタイン博士の姿に神崎はカードの実体化の力で盗聴予防をしつつ、向かいの席に座って、そうにこやかに返した。

 

「では――最上位の精霊の鍵なのですが、不具合の原因が判明しましたぞ」

 

 コップの中で揺れるコーヒーに角砂糖をドバドバといれて、スプーンでクルクル混ぜながらツバインシュタイン博士は神崎が「最優先で」と頼まれていた件の報告を始めていく。

 

 とはいえ、終わったのはつい先ほどだったのだが。

 

「早い話が『安全装置』が作動したは良いものの、かなり強引に作動してしまったことで精霊の鍵は大半の機能を停止させてしまったようです」

 

 コーヒーに溶けていく角砂糖を眺めながら報告を進めるツバインシュタイン博士だが、ふとスプーンで混ぜるのを止め――

 

「さらに鍵の『石の部分』に何らかの『淀み』のようなものが観測できます。これが不具合の原因のようですが、詳しいことは未だ判明しておりません」

 

 溶け切らなかった角砂糖の集合体をスプーンで掬いユラユラと揺らす。まるで精霊の鍵が処理しきれなかった「ナニカ」がその「淀み」の正体だと言わんばかりに。

 

「とはいえ、その『淀み』なのですが、あまり『よろしくない』物のように思いますね。機能停止に陥ったのは『安全装置』がその『淀み』を大きく危険視したゆえかと思われます」

 

 その溶け切らなかった角砂糖の欠片を飴玉のように口に含みながらそう語ったツバインシュタイン博士は「ジャリ」とそれを噛み砕き――

 

「と、まぁ、未だ謎ばかりですので、その原因調査の為にも是非ともご支援を――」

 

 現状では「なんか凄く危なそう」くらいしか分かっていないことを強調しつつ、デュエルエナジーやら諸々のアレコレやらを望むツバインシュタイン博士だが――

 

 

 

 

「廃棄しましょう」

 

 

 

 

 神崎の決定はツバインシュタイン博士の予想に大きく反するものだった。

 

「――お願いできたら…………え? い、今なんと?」

 

「最上級の精霊の鍵を廃棄します。研究データを含め全て」

 

 一瞬なにを言われたのか分からないとばかりに目をきょとんとさせるツバインシュタイン博士だが、神崎から語られる現実に変わりはない。

 

「な、なにを言っているのですか!? アレを作るのにどれ程の苦労が――」

 

「処分は此方で行いますので、早めに纏めて――いや、私が片付けた方が早いか」

 

――もう少し保つかと思ったが……まぁ、代用品もそれなりに馴染んで来た頃だ。丁度良い機会だろう。

 

 ツバインシュタイン博士が神崎を受けて止め、勢いよく立ち上がる姿を余所に神崎は「廃棄」の算段を立てていく。

 

 やがて「話は以上だ」とばかりに席を立つ神崎。しかし「そうはいかない」とツバインシュタイン博士は引き留めるように叫んだ。

 

「お、お待ちください! いくら何でも急すぎます! そもそもオカルト的な問題への対処には精霊の鍵は未だ必須でしょう!」

 

「『上級』と『下級』があれば十分ですよ。あれは『石』を使用していませんから」

 

 だが、そのツバインシュタイン博士の言葉は神崎の決定を覆すには至らない。

 

 元々「最上級の精霊の鍵」は性能を限界以上に大きく引き上げた代償に、酷く不便な点を多々持つ歪な状態の人造闇のアイテムだ。

 

 神崎の知る「タイムリミット」を迎えた以上、「廃棄」以外の選択肢はない。

 

「だとしても! ――いえ、そもそも、あの『石』は一体なんなのですか!」

 

 であっても、未だ諦めが付かないツバインシュタイン博士は声を大に荒げる。

 

 それもその筈、最上級の精霊の鍵の核となる「石」の研究は彼にとって――いや、真理の探究を求める者たちからすれば易々と諦めきれるものではない。

 

「エネルギー・医療・工業製品といった垣根を越え! あらゆる物に利用できる未知の物質! 奇跡の結晶! 私は現段階でその正体に辿り着いておりませんが、貴方はその正体を知っているのでしょう!」

 

 現代科学の全てを覆す力がこの「石」にはある――そう、この石は「この世界の常識の外」にあるといっても過言ではないのだ。

 

「知ってどうするつもりです? 廃棄の決定は覆りませんよ?」

 

 だが、それでも「なにも語る気はない」と言外に語る神崎にツバインシュタイン博士はこれで納得出来なければてこでも動かないとの意思を込めて問う。

 

「くっ……でしたら、何故このタイミングで廃棄を決定したのです!」

 

「それなら大した理由ではありませんよ。それは――」

 

「それは?」

 

 神崎の言葉を息を呑んで待つツバインシュタイン博士。だが、神崎側にも複雑怪奇な理由は本当にない。ただ――

 

 

 

「『危ない』から――それだけのことです」

 

 

 

 それだけの話である。

 

 

 しかし、世界が滅んでも生きてそうな程に保身的な神崎が「危ない」と断じた姿にツバインシュタイン博士は返す言葉を失った。

 

 

 あっ、これ()ダメなやつ(特級の危険物)だ――と。

 

 

 

 

 いや、そもそも、そんな危険物を研究させんなよ。

 

 

 

 






最上級の精霊の鍵「えっ? まさかもう出番二度とないの?」

上級の精霊の鍵「悔しいでしょうねぇ」

下級の精霊の鍵「というか、我々の出番は何時なんですかねぇ」


最後に――
原作では明言されていない「カードの心」に関して、今作ではこんな感じを想定しております。

今度の展開の為にある程度の「理屈」みたいなものを少しばかり示しておく必要があったので……(頭から煙)


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