マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
神崎ィ! お前に足りないモノ!

それはァ! 情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さァ!

そして何よりもおォーッ!

速………… 速 さ は 足 り て る !(マッスル的な意味で)





第153話 心の闇

 

 

「異端……異端……ですか」

 

 ダーツの語った「異端」との評価に神崎は返す言葉を探すようにそう呟くが、上手く言葉は浮かばず否定も肯定も出来なかった。

 

 否定しようにも、この世界(遊戯王ワールド)の中で自分の価値観がズレている自覚があまりに強く、

 

 肯定するにはその事実はあまりに受け入れ難い。

 

 もし認めてしまえば、神崎はこの世界(遊戯王ワールド)にて弱さを克服できない証明になりかねないのだから。

 

「そうだ。お前はこの世界において永劫の孤独に囚われた哀れなる魂」

 

 続くダーツの言葉に神崎はバトルシティにてアクターを通じてマイコ・カトウから「(から)っぽ」だと告げられた一件が脳裏を過る。

 

 色を持たない。何者にもなれない者――なれば当然、「デュエリスト」にもなれない。

 

「彼の――パラドックスの言葉を借りるのならばお前は『デュエリスト』ではない。いや、『なれない』」

 

 それはパラドックスが神崎を「デュエリストではない」と評したことが何よりの証明になっているように神崎は思えた。

 

「だがデュエルに戻る前に一つ言っておこう。そんな『個』を失いつつある弱き心で運命の歯車から逃れようとは無謀が過ぎる。それでは足掻けば足掻く程に苦しみが続くだけだ」

 

 そうしたデュエリストの――いや、この世界(遊戯王ワールド)での「個」を失った先にあるのは一つ。

 

 世界中の人間がデュエリストになりつつある世界において唯一その可能性を持たない文字通り世界の「異物」であることの証明。

 

 それは存在してはならないイレギュラー。

 

「…………貴方のターンですよ」

 

「変わらぬと知ってなお足掻くか。私のターン、ドロー!」

 

 自身の惨状が受け入れられないのか、言葉少なくデュエルの進行を急かす神崎。だが、それはこの場における最も愚かな選択である「逃げ」でしかない。

 

 しかし、今の神崎は「それ(デュエル)」に縋るしかなかった。

 

 そう、勝てば良い――そうすれば「敗者の戯言」だと()()言い訳できる。

 

「……そのスタンバイフェイズにフィールドにフィールド魔法が存在する為、墓地の2体目の《死霊王ドーハスーラ》を守備表示で特殊召喚させて頂きます」

 

 そんな神崎の内に膨らむ歪んだ闘志に呼応するように2体目の《死霊王ドーハスーラ》が大地を砕き、些か以上に悪役感溢れるモンスターの列に並ぶ。

 

《死霊王ドーハスーラ》

星8 闇属性 アンデット族

攻2800 守2000

 

「だが此方も永続魔法《大胆無敵》の効果により回復させて貰おう」

 

 そうして新たにモンスターが呼び出されたことでダーツは最初のターンに失ったライフを着実に取り戻していく、

 

ダーツLP:2400 → 2700

 

「私は魔法カード《貪欲な壺》を発動――墓地の5枚のモンスターをデッキに戻し、シャッフル――新たに2枚ドロー!」

 

 互いに壺を砕きながら手札を充実させる壺に厳しいデュエルが続く中、ダーツはさらに攻勢に出るべく2枚の手札の内の1枚に手をかける。

 

「此処で永続魔法《オーバー・コアリミット》を発動。これにより私のフィールドの『コアキメイル』モンスターの攻撃力はさらに500アップ!」

 

 やがてオレイカルコスの結界の力に加え、コアキメイルたちの鋼核がその力を引き出すように紋様が鈍く輝き、新たな力の鼓動に歓喜するような駆動音が鳴り響いた。

 

《コアキメイル・テストベッド》

攻2300 → 攻2800

 

『コアキメイルトークン』×4

攻2300 → 攻2800

 

 赤く輝くコアキメイルたちの攻撃力は3000ラインに届きうる程である。

 

 そうして対峙する歪な人造生物の軍勢と、闇に生きる不死者たちの集い。

 

 見比べると、どちらが正義側なのかリアクションに困る――えっ? 神崎が『正義』とかワロス? い、一応、世界の安寧を願っているから……

 

「さぁ、バトルといこう。まずは1体目の『コアキメイルトークン』で《冥帝エレボス》を攻撃!」

 

 そして始まるはコアキメイルたちの行軍。

 

 一番槍とばかりに飛び出した『コアキメイルトークン』が《冥帝エレボス》の瘴気の波動を躱しもせず、我が身など厭わずに身体からコードを伸ばし絡みつく。

 

 

 やがて『コアキメイルトークン』のモノアイが点滅を始め、その感覚が段々と短くなっていき――

 

 眩い光の後に自爆した『コアキメイルトークン』は巨大な爆炎を上げて敵諸共散っていった。

 

「フッ、冥府の帝王もその最後は存外あっけのないものだったな」

 

 消し飛んだ玉座を薪とくべるように轟々と炎と煙が立ち込める先を見つつそう零すダーツ。

 

 

 だがその炎と煙が逆巻くように奔り始め、それらが散った先から最初に見えたのは風の残照に揺れるマント。

 

 そして風が収まった後に映る全容は傷一つない身で腕を組んで佇む《冥帝エレボス》の姿。風の残照に揺れるマント彼の姿は『帝』と呼ぶに相応しい。

 

 

 互いに同じ攻撃力ゆえに相打つしかなかった両者の差を分けたのは――

 

「ダメージ計算時に速攻魔法《アンデット・ストラグル》を発動。フィールドのアンデット族モンスター1体の攻撃力をターンの終わりまで1000アップもしくはダウンさせる――私はアンデット族の《冥帝エレボス》の攻撃力を1000アップ」

 

 プレイヤー(デュエリスト)の援護。

 

 そうして《冥帝エレボス》のマントの下で蠢く黒いオーラがその身を一時ばかり強靭に高めていた。

 

《冥帝エレボス》

攻2800 → 攻3800

 

「ほう、返り討ちにしたか――だが勝負を急いだな。お前は罠に落ちた!」

 

 しかし、援護するだけが能ではないとダーツは片腕を天に掲げ宣言する。全て己の筋書き通りだと。

 

「この瞬間! オレイカルコスの番人が降臨する!!」

 

 ダーツの真の狙いは己が切り札たる強靭なしもべを呼び起こすことにあった。

 

「今こそ真の姿を現すがいい!」

 

 やがて周囲に揺らめき始めた霧を切り裂くように現れるのは――

 

「――《オレイカルコス・シュノロス》!!」

 

 圧倒的なまでの巨躯を誇る土偶のようなモンスター。

 

 その強大な体躯は神崎のフィールドの大型モンスターたちですら見上げる程のサイズ。

 

 さらに全てを押しつぶすようなプレッシャーに加え、何処か神聖さすら感じるその威容は他のモンスターとは隔絶した存在であることの証明にも思える。

 

《オレイカルコス・シュノロス》

星10 闇属性 機械族

攻 ? 守 0

 

「このカードは私の通常モンスターが戦闘で破壊された際に呼び出すことが出来る――オレイカルコスの番人!」

 

 それもその筈、このカードは「オレイカルコス」の名を持つモンスターであり、まさにダーツが崇拝するオレイカルコスの神の使いとも言える一柱。

 

「このカードの攻撃力はお前のモンスター1体につき1000アップする! そう、お前が敵意を向ける程に《オレイカルコス・シュノロス》の力は増していく!」

 

 その力こと、効果は強力無比の一言。かの三幻神と対を成す三邪神の一柱と酷似しており、まさに神々と並び立つ存在といっても過言では……過言では……ないだろう。ないといいな。

 

「今のお前のフィールドのモンスターは5体! よって今の攻撃力は《オレイカルコスの結界》の力も合わせ5500!」

 

 やがて己が能力と結界の力により『オベリスクの巨神兵』をも上回る攻撃力を得た《オレイカルコス・シュノロス》はその存在感をより一層高め、ただそこに存在するだけで周囲の空間が恐怖に震えるように軋みを上げる。

 

《オレイカルコス・シュノロス》

攻 ? → 攻5500

 

「それだけではない! 《オレイカルコス・シュノロス》は私のしもべたちに盾を授ける!」

 

 しかし未だ《オレイカルコス・シュノロス》の力は留まることを知らない。その身から溢れ出る神々しいオーラがダーツのフィールドを満たしていく。

 

「シュノロスが存在する限り、フィールドのレベル4通常モンスターは効果では破壊されない!」

 

 そのオーラは3体の『コアキメイルトークン』たちに宿り、その身を盾――は持てないので鎧のように包んでいった。

 

「これにより通常モンスター扱いである『コアキメイルトークン』が効果破壊によって消滅することはない」

 

 つまり《オレイカルコス・シュノロス》の存在が『コアキメイルトークン』たちを守り、

 

「そしてお前のモンスターが減り、《オレイカルコス・シュノロス》の攻撃力が下がろうとも、その際に攻撃力の勝る『コアキメイルトークン』が存在する限り、《オレイカルコスの結界》の力によってシュノロスへ攻撃は届かない」

 

 また『コアキメイルトークン』も《オレイカルコス・シュノロス》の為に敵に立ちはだかる。

 

「まさに究極の(つるぎ)と盾を備えた絶対のしもべ!」

 

 互いの力をそれぞれ高め合う強固な布陣が今ここに完成した。

 

 

 

 3体の攻撃力が3000近いモンスターの火力に破壊耐性が加わればかなりの脅威である。

 

「さぁ、《オレイカルコス・シュノロス》よ! 冥府の帝王をあの世に送り返してやるがいい! フォトン・リング!」

 

 やがてダーツの宣言の元、《オレイカルコス・シュノロス》の足元から浮かび上がった光輪が高速回転と共に上昇を始め、頭上にまで達した瞬間に放たれた光輪は《冥帝エレボス》の鎧を紙のように切り裂き、その先の神崎を打ち付けて弾き飛ばした。

 

「ぐっ……!!」

 

神崎LP:2000 → 300

 

 発生したあまりの衝撃で地面を転がった先にある周囲を覆う《オレイカルコスの結界》の壁に叩きつけられた神崎は想像以上の実体化したダメージに「みんなリアルダメージで殺しに来すぎだろ」などとブーメランな事を考える。

 

 だが、そんな神崎の思考を裂くようにダーツの声が響く。

 

「さらに此処で永続罠《暴走闘君》を発動! これによりフィールドのトークンは攻撃力が1000上がり、戦闘では破壊されない!」

 

 そうして発動された永続罠の効果により『コアキメイルトークン』がメキメキと肥大化していき、狂ったような雄叫びを上げた。

 

 体中から奔るコードが周囲に叩きつけられた際の接触からバチバチと火花を散らす。

 

『コアキメイルトークン』×3

攻2800 → 攻3800

 

「これで私の『コアキメイルトークン』は何者にも破壊されぬ力を得た」

 

《オレイカルコス・シュノロス》による破壊耐性に加えて永続罠《暴走闘君》による戦闘耐性を得つつ、その攻撃力を4000近くまで押し上げた『コアキメイルトークン』が3体。

 

 その耐性は神のカードの「それ」に近づきつつある。

 

「さぁ、コアキメイルたちよ! 残りの雑兵共を蹴散らすがいい!!」

 

 そんな神の領域に迫る『コアキメイルトークン』と、それを量産し続ける力を持つ《コアキメイル・テストベッド》の行軍が神崎の4体の守備表示モンスターへ向けて行われる。

 

 死すらも恐れぬ彼の軍勢によって2体の《死霊王ドーハスーラ》が砕かれ、《闇より出でし絶望》が打ち倒され、セットモンスターがブチリと踏み潰された。

 

 

 これにて神崎のフィールドは文字通りのがら空き。

 

「っ……ですが、リバースした《メタモルポット》の効果により互いは手札を全て捨て新たに5枚のカードをドローさせて貰います」

 

 だが、神崎にはコアキメイルたちに破壊された壺こと《メタモルポット》のドローが文字通りの最後の希望となる。

 

《メタモルポット》

星2 地属性 岩石族

攻 700 守 600

 

「フッ、これで互いの手札は0枚から5枚になった訳か……仕切り直しと行くにはお前のライフは風前の灯火だな」

 

 しかし、その希望はダーツも享受する。0枚から5枚に増えた手札には神崎へ止めを刺す準備が整っていることだろう。

 

「これでバトルは終了だ。お前のモンスターが全滅したことでシュノロスの攻撃力もダウン」

 

 そして相手モンスターこと敵意が失われたことで《オレイカルコスの結界》の効果を抜けば無力な程に攻撃能力を失った《オレイカルコス・シュノロス》。

 

 これならば容易に戦闘破壊が狙える――とはならない。

 

《オレイカルコス・シュノロス》

攻5500 → → → 攻500

 

「だが攻撃力が下がったことで《オレイカルコスの結界》の力により、お前はシュノロスを攻撃することは出来ない!」

 

 此処までのデュエルではさして目立たなかった《オレイカルコスの結界》のもう一つの効果が《オレイカルコス・シュノロス》を守護する。

 

 そうしてコアキメイルたちに守られる《オレイカルコス・シュノロス》の姿を余所に神崎はダメージによって重くなった身体を無視しつつ宣言した。

 

「……そのバトルフェイズ終了時、罠カード《絶滅の定め》のカウントが進みます」

 

「それがお前の最後の希望という訳か。『絶滅』が希望とは何とも皮肉なものだ」

 

 それは《絶滅の定め》のカウント。発動後から3度目のバトルフェイズが訪れた時、抗えぬ滅亡を互いのプレイヤーのフィールドにもたらす。

 

 今、そのカウントは2回目――次のカウントで定められた滅亡が約束されている。さすればダーツの軍勢へ大打撃を与えることが可能だ。

 

 

 しかしそんな只中で『コアキメイルトークン』たちの鋼核部分がパラパラと崩れていく。

 

「おっと、先程の攻防で外装が剥がれてしまったか」

 

「それは……」

 

 その先には人の顔が生えていた――その表情は抜け落ちているかのように無。

 

――成程な……『ミラーナイトトークン』代わりということか。

 

 『ミラーナイトトークン』――それは原作にて登場した未OCGの儀式モンスター『オレイカルコス・ミラー』の効果によって生み出されるトークンである。

 

 原作では『オレイカルコス・ミラー』の更なる効果によって戦闘に対して強力無比な力を得るのだが、今回の問題はそこではない。

 

 そのトークンがオレイカルコスの神に囚われた魂によって構成されていることが問題だった。

 

「見ての通りだ。オレイカルコスの神の生贄となった魂は全て私の手の中にある。お前にも聞こえるだろう? この者たちの嘆きの声が」

 

 そう、ダーツの語るように早い話が人質である――原作では城之内たち仲間の魂を人質にし、闇遊戯に攻撃を躊躇わせた。

 

 

 やがて試す様に反応を待つダーツだが、対する神崎は沈黙を守ったままゆえに仕方がないとデュエルへと意識を戻す。

 

「だんまりか……私は魔法カード《マジック・プランター》を発動。私のフィールドの表側の永続罠――《スピリットバリア》を墓地に送り、新たにカードを2枚ドロー」

 

 神崎相手に人質などさして意味がないことはダーツも理解している――だが、『これ』はそういった効果を求めた手ではない。あくまで仕込みだ。

 

「カードを2枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 そうしてダーツはもう一手の布石を用意し、ターンを終えた姿に神崎は《オレイカルコス・シュノロス》の一撃で受けたダメージにてふらつく身体に鞭打ちながらデッキに手をかける。

 

「私の……私のターン、ドロー」

 

 だが、引いたカードに僅かに目を見開いた。

 

「……スタンバイフェイズにフィールド魔法が表側で存在する為、墓地の《死霊王ドーハスーラ》を守備表示で特殊召喚」

 

「その効果にチェーンして手札のモンスター、《増殖するG》の効果を発動しておこう。このターン、お前がモンスターを特殊召喚する度に私は1枚ドローする」

 

 引いたカードに対し、僅かに悩んだ仕草を見せた神崎はこのデュエルで過労死コース一直線な《死霊王ドーハスーラ》を蘇生させる。

 

 杖を突いて膝を突く《死霊王ドーハスーラ》の身体がプルプル震えているのは気のせいに違いない。

 

《死霊王ドーハスーラ》

星8 闇属性 アンデット族

攻2800 守2000

 

「《死霊王ドーハスーラ》が特殊召喚されたことで《増殖するG》の効果により1枚ドロー。さらに永続魔法《大胆無敵》の効果で300のライフを回復する」

 

ダーツLP:2700 → 3000

 

「2枚目の魔法カード《強欲で金満な壺》を発動。エクストラデッキをランダムに6枚除外し、2枚のカードをドロー」

 

 壺をぶっ壊しながら引いたカードを視界に収めた神崎だが、先程から何かを悩むように動きを見せない――そこに見える感情は躊躇。

 

「フッ、どうした? バトルフェイズを終わらせ、罠カード《絶滅の定め》の効果を狙わないのか?」

 

 その感情の機敏をすぐさま感じ取ったダーツは此処ぞとばかり挑発的な言葉を選んで放つ。

 

 神崎にとって絶望的な今のフィールドを罠カード《絶滅の定め》の効果によって除去できれば情勢は一気に神崎の方へと傾くだろう。

 

 ただし、その場合は『コアキメイルトークン』たちの内に存在する囚われた魂が犠牲となるが。

 

「まさか彼らの身を案じている訳ではあるまい? 幼少期にも関わらず、実の両親を見殺しに出来たお前が――」

 

「バトルフェイズへ移行」

 

「躊躇はしないか――それで『人の可能性を信じる』などとは滑稽だな」

 

 ダーツは神崎の姿を嗤う。

 

 切り捨てることの愚かさを語ったその口で、眼の前の哀れな魂を見捨てると断ずるのだから。

 

「しかし、どんな気持ちだ? 『あの時と同じように』見殺しにするしかない選択を取る気分は? 彼らの怨嗟の声はどうだ? あの時と同じだろう?」

 

 神崎の過去の傷を抉るようにダーツは並べる。ダーツにとって神崎の過去などオレイカルコスの力があれば当時の現場にいなくとも、詳細に把握できる程度のものでしかない。

 

 そう、あの不幸な事故の際の神崎の決断を知っている。

 

 その際に成された選択が、何も知らぬ子供がしていい「それ(決断)」ではないことを知っている。

 

 ゆえにダーツはこのデュエルで勝利以上のものを求めた。

 

「バトルフェイズを終了」

 

「そうやって耳を塞ぎ続けるつもりか? 無駄なことは分かっているだろう。お前にはあの日の出来事が昨日のことのように鮮明に記憶されている筈だ」

 

 最後のカウントがなされ罠カード《絶滅の定め》により巨大な隕石が落下する中、語られるダーツの言葉は闇へと誘う手招きだった。

 

 神崎の性質はどちらかと言えば「悪」である。自分以外を必要とあらば容易く切り捨てられる性質を「善」などとは評せはしまい。

 

 

 そして神崎は過去を悔いている。そして自身を嫌悪していた。

 

 あの事故の際に死の間際、恐怖に駆られて両親を見捨てた己を嫌悪している――訳ではない。

 

 あくまで冷静に、冷淡に、合理的に『3人死ぬより、助かる1人()が生きるべき』と決断した自分が唯々憎い。

 

 何故、あの時の己は弱かったのだろうと、今の自分ならば鉄骨如きに後れを取ることなどなかったと――そんな考えが神崎の脳裏に過って仕方がない。

 

 ゆえにその心に(ダーツ)が付け入る隙は十二分にあった。

 

「そうして過去から逃げ続けるのか?」

 

「この瞬間、罠カード《絶滅の定め》の効果により互いはフィールドのカードの全てを……墓地に送らなければならない!!」

 

 フィールドに落ちた巨大な隕石が互いのフィールドの何もかもを消し飛ばす。

 

 

 そんな只中で『何故、あの時の己は弱かったのだろう』と神崎は悔いている――滑稽だ。

 

 

 

 

 

 

 お前は今も弱いままだろうに。

 

「お前を見ているとつくづく思う――人は心の闇に打ち勝つことはできないのだと」

 

 そう語るダーツのフィールドは罠カード《絶滅の定め》により更地となっている。

 

 

 

ダーツLP:3000 → 7000

 

《オレイカルコス・シュノロス》

星10 闇属性 機械族

攻 ? 守 0

攻 0

 

 筈だった。

 

「シュノ……ロス……!?」

 

 大きく回復したダーツのライフと、未だ健在の《オレイカルコス・シュノロス》の存在に神崎は驚愕に瞳を見開いた。

 

「どうした? まさかシュノロスを退けたとでも思ったのか?」

 

 ダーツのフィールドの『コアキメイル』たちがいないことから罠カード《絶滅の定め》は問題なく作用している。

 

「お前の心に巣食う悪夢を振り払えたとでも思ったのか?」

 

 だが、ダーツの象徴たる《オレイカルコス・シュノロス》には傷一つない。絶望的な状況は何一つとして振り払えてはいない。

 

 とはいえ、そのタネはシンプルだ。

 

「私はバトルフェイズ開始時に発動しておいた永続罠《ディメンション・ゲート》の効果により《オレイカルコス・シュノロス》を一時的に除外していた」

 

 所謂「発動していたのさ!」とダーツはサラッと告げる。罠カード《絶滅の定め》が防がれた訳ではない。躱されたのだ。

 

 ただ、そんなことにすら気が付かない程に神崎は周囲の状況が見えていなかったことが問題なだけだ。

 

「さらに速攻魔法《非常食》を発動し、永続罠《ディメンション・ゲート》以外の魔法・罠カードを墓地に送ることでその数×1000のライフを回復させて貰った訳だ」

 

「そしてバトルフェイズの終了に伴い適用された罠カード《絶滅の定め》の効果で墓地に送られた永続罠《ディメンション・ゲート》の効果により、《オレイカルコス・シュノロス》が……帰還した」

 

「その通りだ」

 

 奇跡でもなんでもない効果処理の流れを把握した神崎の心は動揺から立ち直る。隠された効果があった訳ではないことは神崎としても僥倖であろう。だが――

 

「お前は始めから私の掌の上で踊っていたに過ぎない」

 

 神崎の最初のターンに罠カード《絶滅の定め》が発動されてから、此処までのデュエルは全てダーツの想定内の範囲を出ていない。

 

 その結果は神崎の底が既に見抜かれていることに等しい。

 

「お前の足掻きなど大いなる流れの中では児戯に等しい。そうして辿る先は、『定め』は、文字通り破滅――いや、『絶滅』しかない」

 

 ダーツの語るように今の神崎の力では眼前の頂きを超えるには至らない。

 

「もう一度ばかり告げよう――運命の歯車からは何者も逃れることは叶わぬと知れ。素直に天命を受け入れるのだ」

 

「…………クッ」

 

 自分の力では運命を覆すことは叶わない。

 

 そう突き付けられた超えられぬ現実に神崎は顔を俯かせる。その胸中は如何ほどなのか。

 

 デュエルモンスターズが生まれてから、やれドロー力だの、やれカードの心だの、やれデッキとの交信(コンタクト)だの、神崎の前世基準では訳の分からないアレコレ。

 

 それらに対して科学的な調査や手探り感溢れる修行を延々と続け、今の今までの人生をつぎ込んできたにも関わらず、一向に芽の出ない日々。

 

 ゆえに外法染みた手段すら取り、人として大事なものを一つ、また一つと削ぎ落とし、強さを求めて邁進し続けた――だが、それでも届かない現実。

 

 

 その心はさぞ無念に、悔念に打ちひしがれていることだろう。

 

 

 

 

「ククク……」

 

 そんなことなかった。

 

「……どうした? 遂に気でも触れたか?」

 

 らしからぬ様子で、もの凄く悪役風に笑い始めた神崎に思いっきり不審がるダーツ。神崎の急変した姿に酷く戸惑っているようにも見える。此方も同意見だ。

 

 だが安心して欲しい。何も神崎がおかしくなった訳ではない。思わずといった具合に零れた笑みには別の意図がある。

 

「――いえ、此処までのデュエルの流れが『運命』とやらの導きなら、今の私の手札の有様もまた『運命』とやらの仕業なのかと思いましてね」

 

 そう、神崎にはおかしくて仕方がない。

 

 己に降った運命がこれなのかと。

 

 これが天命だと言うのなら、何とも滑稽だと。

 

「ほう、興味深い話だな」

 

「――魔法カード《二重魔法(ダブルマジック)》を発動。手札の魔法カードを1枚捨て相手の墓地から魔法カードを自分フィールドの正しいカードゾーンに置く」

 

 神崎の発言に対し、見定めるように注意深く視線を向けたダーツだが、その後、発動されたカードにゆっくりと目を見開く。

 

「私の墓地の……魔法カード……!?」

 

 魔法カード《二重魔法(ダブルマジック)》――それは相手の墓地の魔法カードを「奪う」効果。

 

 ダーツの墓地には此処までのデュエルの中で数ある魔法カードが使用されたが、その多くは神崎のデッキと強いシナジーを持たない。

 

 

 ただ1枚を除いては。

 

 

「手札の3枚目の魔法カード《強欲で金満な壺》を捨て、貴方の墓地の魔法カードを私の『フィールドゾーン』へセット」

 

 そう、『今』の神崎ではダーツと差を埋めるには叶わない。それは変えられぬ現実である。

 

 

「発動せよ――」

 

 

 ならば話は簡単だ。

 

 

――「いき…………たせ…………うつ……」

 

 

 足りないなら足せばいい。

 

 

――「わ……の……に」

 

 

 必要なら奪えばいい。

 

 

――煩い。

 

 

 躊躇いなど捨ててしまえ。

 

 

 

「――オレイカルコスの結界」

 

 

 彼はそうやって生きてきた。

 

 

 

 

 







突き抜けるのだ、心の闇を




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