マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
だが奴は弾けた






第154話 拒絶

 

 

 オレイカルコスの力の奔流に呑み込まれる中、神崎の意識はその力の流れのままに過去の記憶へと引き寄せられていた。

 

 

 神崎 (うつほ)のデュエルは常に孤独だった。

 

 

『なんでだっ……!』

 

 虚構の姿で(アクターとして)戦い続け、

 

『貴様……よくも我を…………ゆ゛る゛さ゛ん゛!!』

 

 手段を問わず、敵を排除し、

 

『私が幕を引かせてもらおうか!!』

 

『凡百の紛い物共の下らない戯言を一蹴してくれることを願いますよぉ!』

 

『貴方からすれば私の言葉は「() () () () ()」でしかないものねぇ!』

 

 多くのデュエリストたちの誇りを知らぬままに踏み砕いてきた。

 

『貴方のその在り方は危険過ぎる』

 

『お前をこのまま行かせる訳にはいかん!!』

 

『チッ、詰まらねぇな……人形野郎が……』

 

『彼らの無念をボクに受け止めさせてくれ!!』

 

 その歩みが理解されるとは神崎とて思ってはいない。その心の内にあるのは延々と燻り続ける無意味な感情だけだ。

 

『俺の周りじゃあんまり見ないタイプだぜい!』

 

『気付いていなかったのか…………憐れだな』

 

 ただ、己の弱さが憎かった。強さが欲しかった。強くなれば次は、次こそは、と――求めたものは「次」ではないことから目を逸らして。

 

『強く……なる? 貴方サマはもう十分に強いでしょう!』

 

 足りない。まだ足りない。

 

『人間のフリは楽しいか?』

 

 足りない。もっとだ。

 

 

 

 そんな神崎の意思に応えるようにオレイカルコスの力がその身に奔り、その心を闇に染めることと引き換えに(から)の器を満たすべく注がれて行く。

 

 

 そうした中、ふと神崎の脳裏にかつてよく聞いたフレーズ(謳い文句)が過る。そうだ。今こそ――

 

『老婆心ながらに言わせて貰うわね。貴方、今のままだと――』

 

 

 

 

 

 

 

――カードの剣を取れ(で殺し合え)

 

 

 

 

 

 

 

『己を失うわよ』

 

 それは届かなかった言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 一度は罠カード《絶滅の定め》により解除された《オレイカルコスの結界》の陣が再び敷かれる中でダーツは小さくほくそ笑む。

 

「フッ、少々予定は変わったが――あの男がオレイカルコスの力を取ったのならば問題はない」

 

 今回のダーツの主な目的に「神崎の排除」は含まれていない。狙っていたのは今、眼の前にある状況。

 

 そう、ダーツは神崎に《オレイカルコスの結界》を使わせる。その一点にこそあった。

 

 その為に神崎の心の傷を抉り、在り方を貶め――そうして精神的に追い詰めていき、その心が弱り切った頃合いを見計らって《オレイカルコスの結界》の使用を促す。そんな計画。

 

 

 しかし「ただ特定のカードを使わせることに何の意味が?」と、そう思う方もいるだろう。

 

 だが《オレイカルコスの結界》はただのカードではない。使用者の心の闇が強ければ強い程にその力を引き出し、使用者を闇へと誘うまさに闇のカードなのだ。

 

 一度そのカードを使えばその心は闇に侵食され、辿る末路は凡そ二つ。

 

 ダーツのようにオレイカルコスの意思に準じるか、その力の虜となりオレイカルコスに心を呑まれるかの二択だ。

 

 無論、ダーツにとってどちらであっても問題はない。

 

 

 やがて完全に展開しきった《オレイカルコスの結界》が周囲を覆う中、その額にオレイカルコスの文様を浮かばせ、抜け落ちた表情に加えて瞳に何処か暗く赤黒い色を見せながら神崎はポツリと零す。

 

「――最悪の気分だ」

 

 その言葉に呼応するように神崎の背後からギチギチと金属がこすれ合う音と共に鈍い光を放つ機械の身体を持つ三つ首の機械竜が巨体を躍らせながら翼を広げ《オレイカルコス・シュノロス》に対峙する。

 

 さらにその三つの頭に白と黒の仮面が装着され、それぞれの額にオレイカルコスの文様が浮かんだ。

 

Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》

星10 闇属性 機械族

攻4000 守2800

攻4500

 

「このカードはエクストラデッキの《サイバー・エンド・ドラゴン》を除外し、手札から特殊召喚できる。そして《オレイカルコスの結界》の効果により攻撃力は500上昇」

 

 そうしてギョロリとダーツへと視線を戻しながらデュエルへと意識を戻す神崎を余所に《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》は《オレイカルコス・シュノロス》に向けて雄叫びを放つ。

 

 その二つの姿それぞれに何処か黒い感情が見えるのは気のせいなのか。

 

「ほう、そのカードは……死肉を漁るとはあまり褒められた行為ではないな」

 

 しかしダーツは動じない。遊戯たちに敗れたパラドックスのその後など状況的に容易に想像できる以上、その程度は想定の範囲内だ。

 

「だが、この瞬間! フィールド魔法《オレイカルコスの結界》の発動に対し、手札から捨て発動した《儚無みずき》の効果発動! このターン、お前が効果モンスターを特殊召喚する度に私はその攻撃力分のライフを回復する!」

 

 やがて何処からか現れた白い髪のシスターの少女が犬の幽体を《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》へと向けると犬の幽体はピキピキとその身体を肥大化させ、三つ首の機械竜の姿を模した途端に弾けて消える。

 

「よって《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》の攻撃力分4500のライフを回復!そしてモンスターが増えたことでシュノロスはパワーアップ! さらに《増殖するG》の効果で1枚ドロー!」

 

 そして消えた犬の幽体はダーツの頭上から光となって降り注ぎ、そのライフを大幅に回復させていく。

 

ダーツLP:7000 → 11500

 

 ついでに《増殖するG》からの追加ドローと共に《オレイカルコス・シュノロス》の攻撃力も微力ながら上昇した。

 

《オレイカルコス・シュノロス》

攻0 → 攻1000

 

 

 盾となる『コアキメイルトークン』を失った今の《オレイカルコス・シュノロス》に攻撃力4500となった《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》の一撃を叩きこめば形成は一気に引っ繰り返るであろう。

 

 だが、現在は既にバトルフェイズを終えたメインフェイズ2――とうに攻撃する機は逃している。

 

――残りのデッキも僅か。早々に終わらせよう。

 

 しかし神崎の心に珍しく動揺はなかった。その胸中は不思議な程に落ち着いている。

 

「カードを2枚セットし、ターンエンド」

 

 そうしてクリアになった思考への戸惑いも見せずターンを終えた神崎にダーツは溜息交じりにヤレヤレといった雰囲気を出しつつ語り始める。

 

「まさか《オレイカルコスの結界》を自発的に使用するとはな……驚いたよ」

 

 ダーツが用意していた順序を大きく飛ばしに飛ばした現在は少々想定外だったと――悪い意味で神崎がダーツの思惑を超えた事実がそこにある。

 

 自発的に闇落ちする輩を見れば溜息も吐きたくなろう。

 

「だが、どうだ? 世界の――星の嘆きの声は? 地獄もかくやといった有様だろう?」

 

 とはいえ、ダーツの目的は既に果たされている。神崎が持つ心の闇の深度を考えれば過去のダーツのようにオレイカルコスの神からの啓示が授けられている筈だと。

 

 そしてそれはダーツの瞳と同じようにオッドアイになりつつある神崎の瞳を見れば明白だ。

 

「しかし誇ると良い。その声に耳を傾けることが出来るのは今、この世界において私とお前だけだ」

 

 その星の嘆きを聞いたのならば神崎の語った希望など理想論にすらなりえない綺麗事でしかないことが理解できただろう、と。

 

「我々はその声を聞いたものとして、『それ』に応える義務がある。世界の安寧を目指すのだろう? ならば『見捨てる』選択肢など無い筈だ」

 

 そうダーツが語るように神崎とて頭の中で繰り返されるこの星の怨嗟の声は聞こえてはいた。頭の中を直接掻きむしられるような感覚に見舞われていたが――

 

 

 

 

 

「貴方のターンですよ?」

 

 神崎にとって今はどうでもいい(デュエルに関係のない)ことだ。

 

 

 そう壊れた機械のように淡々と返す神崎にダーツの表情が此処にきて僅かに歪む。

 

「……いい加減に耳を塞ぎ続けるのは止せ、お前とて理解している筈だ。そうして蹲っていても過去を振り払うことなどできはしないのだと」

 

 同じようにオレイカルコスの神からの洗礼を受けたにも関わらず、まるで興味なさげな神崎の姿はダーツの神経を逆なでするのだ。

 

 何故、オレイカルコスの神が掲げた崇高な使命を理解出来ないのかと。

 

 

 そうして無自覚の内に怒りを滲ませるダーツの感情にようやく気付いた神崎は申し訳なさそうに打ち明ける。

 

「成程。此方の言い分を理解して頂けていないようなので、もうこの際ハッキリ申し上げます」

 

 こういう時はオブラートに包むような飾った言葉より、少々不躾でも真っ直ぐ簡潔に告げた方が良いだろうと。

 

 

 

 

 

「――御託はいいから、さっさとターン(デュエル)を進めろ」

 

 

 それは飾りなどかなぐり捨てたような簡潔過ぎる物言いだった。

 

 

 

「あくまで戦う姿勢は崩さないか――少々残念だよ」

 

 そうした非常に分かり易い神崎の主張を受けつつ、此処までお膳立てしたにも関わらず未だに現実を直視しない相手の姿にダーツは大きく落胆を見せる。

 

 ダーツからすれば「良き配下になりうる」と期待していただけにその失望は計り知れないが、逆に此処まで頑なであるのなら諦めがつくこともまた事実。

 

 

 ゆえにお遊び(勧誘)は此処までだと言わんばかりにダーツが身に纏う空気が、意思が、攻撃的なまでの鋭利さを見せる。

 

「ならば私のターン! 私は通常ドローを放棄することで墓地の《コアキメイルの鋼核》の効果発動! このカードを手札に加える!」

 

 そして地面からせり出した《コアキメイルの鋼核》が光と共にダーツの手元に舞い戻り、すぐさまスタンバイフェイズへ移行。当然、その瞬間――

 

「スタンバイフェイズに自身の効果で墓地の《死霊王ドーハスーラ》を守備表示で特殊召喚。そして《オレイカルコスの結界》により攻撃力が上昇」

 

 死霊の王が地獄の底から舞い戻るように地面を腐らせながら這い出し、その額にオレイカルコスの文様を輝かせながら、瞳に荒ぶる意思を映し出す。

 

《死霊王ドーハスーラ》

星8 闇属性 アンデット族

攻2800 守2000

攻3300

 

「フッ、モンスターを増やすか……愚策だな――この瞬間、シュノロスの効果により自身の攻撃力がアップ!」

 

 敵となるモンスターが増えたことで、その敵意を感じ取った《オレイカルコス・シュノロス》が相手の心の闇を糧とし、その身体に力を漲らせていく。

 

《オレイカルコス・シュノロス》

攻1000 → 攻2000

 

 しかし未だその攻撃力は2000。これでは守備表示の《死霊王ドーハスーラ》どころか《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》の攻撃力には届かない。

 

 しかしダーツの余裕は崩れない。

 

「そしてメインフェイズ開始時に魔法カード《強欲で金満な壺》を発動! エクストラデッキのカードを6枚除外し、2枚ドロー!」

 

 二つの欲深き顔が張り付いた壺が砕ける中で新たにカードを手札へ加えながら、元々あった手札の1枚を手に取り――

 

「手札の《コアキメイルの鋼核》を除外することで、我が手札から新たな兵――いや、『竜』が降臨する! 現れろ! 白銀の破壊者! 《コアキメイル・マキシマム》!!」

 

 呼び出されるはヌルリと蛇のように長い首を伸ばし、翼を広げる何処か非生物的な装いを感じさせるコアキメイルの頂点たる白銀のドラゴン。

 

 その身体は皮が剥ぎ取られたように肉が露出しており、ギチギチと細く歪に発達した四足の足で大地を踏みしめ甲高い異音めいた声を落とした。

 

《コアキメイル・マキシマム》

星8 風属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「《コアキメイル・マキシマム》の効果発動! 1ターンに1度、フィールド上のカード1枚を破壊する! 右のセットカードを破壊だ!!」

 

 ダーツの声に緑に光る目をギラつかせながら《コアキメイル・マキシマム》の口から放たれたレーザーが神崎のセットカードの1枚を打ち抜き、焼き尽くす。

 

 

 その破壊されたカードは罠カード《レインボー・ライフ》――手札コストと引き換えに1ターンのみ互いの全てのダメージを回復に変換するカード。

 

 罠カードゆえにチェーンすれば発動可能だったが、動きを見せなかった神崎にダーツは暫し逡巡し、別の手札を切る。

 

「……此処で魔法カード《ブーギートラップ》を発動! 手札を2枚捨て、墓地の罠カード1枚をフィールドにセットする! 私は今、墓地に送った罠カード《ナイトメア・デーモンズ》をセット!」

 

 最初の神崎のターンを写し取ったのように墓地から罠カードがセットされ、当然、すぐさま発動される。

 

「そして発動! 自分フィールドのモンスター1体――《コアキメイル・マキシマム》をリリースし、相手フィールドに『ナイトメア・デーモン・トークン』を攻撃表示で3体特殊召喚!」

 

 そうして《コアキメイル・マキシマム》の身体が泥のように崩れると共に神崎のフィールドに3つの影となって襲来し――

 

「フィールド魔法《オレイカルコスの結界》の効果により攻撃力が500ポイント上昇」

 

 真っ黒な身体と白い髪を持った3体の悪魔が陽気な様子で神崎のフィールドに降り立った。

 

 3体の悪魔それぞれが額に浮かぶオレイカルコスの文様を指さしながらゲラゲラと笑っている。

 

『ナイトメア・デーモン・トークン』

星6 闇属性 悪魔族

攻2000 守2000

攻2500

 

「これでお前のフィールドのモンスターは5体! よって《オレイカルコス・シュノロス》の攻撃力は最高値に到達する!」

 

 これにより攻撃力3000の切り札級モンスターこそ失ったが、攻撃力0にまで落ち込んだ《オレイカルコス・シュノロス》は再びその力を極限まで高めた。

 

《オレイカルコス・シュノロス》

攻2000 → → 攻5000

 

 その攻撃力を以てすれば破格の攻撃力を持つ《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》とて敵ではない。

 

「バトルだ!! 再び《オレイカルコス・シュノロス》の一撃を受けるがいい!」

 

「ですが《オレイカルコスの結界》の効果で貴方は私のフィールドの最も攻撃力の低い『ナイトメア・デーモン・トークン』へ攻撃することはできません」

 

「だとしても《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》の攻撃力を上回っている以上、無駄なことだ!」

 

 残りライフ500の神崎へ最後の一撃を喰らわせるべく、守備表示の《死霊王ドーハスーラ》ではなく、攻撃表示の《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》へ攻撃を敢行するダーツ。

 

 そうして《オレイカルコス・シュノロス》が高速で回転する光のチャクラムを生成する一方で《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》もその三つ首に光り輝くブレスをチャージし始め――

 

「これでお前に引導を渡してやろう! フォトン・リング!!」

 

 ダーツの声を皮切りに光のチャクラムとブレスがそれぞれ放たれ、ぶつかり合った。

 

 やがてせめぎ合うように火花を散らす両者の攻撃が空気を揺らすが、機械竜のブレスが高速回転するチャクラムに削られていった後、最後は《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》を両断しながら神崎を襲った。

 

 

 

 傍からみれば「これ死ぬんじゃないか」と思う程にぶっ飛んでいく神崎を余所に一拍遅れて爆散する《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》によって発生した爆炎轟くフィールドを眺めるダーツは神崎の動きを待つ。

 

 このターン破壊された罠カード《レインボー・ライフ》を神崎が使用しなかった以上、この攻撃を防ぐ一手は用意されている筈だと。

 

 

 

 

 やがて爆炎が晴れていく中、しっかりと地に足をつけて立つ神崎は淡々とデュエルを続ける。そう、まだデュエルは終わっていない。

 

「罠カード《ダメージ・ダイエット》の効果により、このターン、私が受ける全てのダメージは半分に」

 

 神崎のライフは発動されていた罠カードの効果によってダメージを軽減したことで、極僅かながら残されていた。

 

神崎LP:300 → 50

 

 しかし既に《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》を失い、残ったライフはたった50ポイント。

 

 だが、未だ神崎は倒れない。

 

「引導を渡し損ねたようですね」

 

「だがお前の頼りのモンスターは消え、希望は潰えた」

 

 そうして倒れぬ神崎が軽口を零すも、対するダーツからすれば死に損ないの戯言に過ぎない。

 

「所詮、デュエリストにもなれぬお前がこの私に勝てる道理など無い」

 

 そう、あらゆるしがらみを振り切ったダーツにとって、デュエリストとしての不完全さを振り切れない神崎は燻り続ける小さな火――脅威足り得ない。

 

「ああ、またその話ですか。生憎ですが、もう『それ』に構わないことにしたので、気になさらなくて良いですよ」

 

「なんだと?」

 

 だった筈が、己の根源に巣食う苦悩に対し、神崎はあっけらかんとそう述べてみせた。そこに今まで見えた葛藤は感じられない。

 

 ゆえに不審気に眉を上げるダーツに神崎は俗世から解放された様子で語り始める。

 

「《オレイカルコスの結界》を使ったあの時、今一度、『真のデュエリスト』と呼ばれるような方々の在り方について考えてみたのですが……」

 

 それは自身の内に燻っていた問題の再定義に始まり――

 

 

 

「なれなくても良い――いや、むしろ『なりたくない』……かな? そう、思いまして」

 

 

 

 嘘偽りない己の本心へと辿り着く。

 

 

 そこに潜む拒絶の意思にダーツは理解が及ばないと疑問を呈する。

 

「なりたくない……だと? お前は世界とのズレに対し、己の矯正を試みていた筈だが……どういう風の吹き回しだ?」

 

「そうですね……どう言ったものか……あえて言葉にするなら――」

 

 ダーツの認識である「神崎はデュエリストを目指していた(理解しようとしていた)」事実を覆す変わり様は彼には異様に映るだろう。

 

 

 だが、神崎は《オレイカルコスの結界》の発動時にある種の啓示を授かった際に気付かされたに過ぎない。

 

「『デュエルの実力を上げる為にカードの心への理解を深める』。その行為自体が不純だと思ってしまった……そんな感じでしょうか」

 

 そのオレイカルコスの神によってもたらされた悪意の雫は、神崎の心へ自己矛盾を併発させるようなもの。

 

「不純だと?」

 

「だって、そうでしょう? 心を通わせる行為を試みる根源にあるのが『強くなる為』だなんて、相手の心を蔑ろにしているとは感じませんか?」

 

 それは神崎が試みてきたことが、行っていたことが、「カードの心への理解」に対して最も遠い位置にあることの証明。

 

 

 オレイカルコスの神はそこを突いた。突いたのだが――

 

 

「ただ私は原点に立ち戻っただけですよ」

 

 その結果として、神崎は「これまで」と「これから」を捨てた。

 

「『デュエリスト』は――そうですね……安い言葉ですが『凄い』とは思います」

 

 そんな何もかも捨ててしまった神崎は届かない何かへと手を伸ばすように静かに語る。

 

「世界の危機であっても、自身の命の瀬戸際であっても、大切な誰かを守る時であっても、カードを信じて共に戦う――私の理解はきっと不足しているのでしょうが、凡その方向性はそういったものなんでしょう」

 

 デュエリストとは、選ばれた真のデュエリストとは、互いの魂を、誇りを、運命を賭けて戦う高潔な者たち――拙いながらも言葉にすればそういったニュアンスを含むものなのだろう。

 

「そこまで理解していながら、何故、デュエリストの在り方を拒絶する?」

 

 そう語った神崎がダーツには理解できない。そう届き得ぬ程に高みにあると評した存在を否定する意図が理解出来ない。

 

 

 もし、これが「なれない」ならばダーツも理解ができる。それは「諦め」だ。

 

 

 だが、神崎は「なりたくない」と告げた。「凄い」と認めつつ、「拒絶」した。

 

 

 

 しかし、それは何もおかしくない(おかしい)

 

 

 

「――楽しくない」

 

 

 

 神崎は終ぞ彼ら(デュエリスト)の在り方を受け入れることが出来なかった。

 

「楽しさ……だと? その程度の好悪で『デュエリスト』を否定するというのか?」

 

「いえ、否定はしませんよ。彼らは高潔なんでしょう。貴方も使命に準じているだけなのでしょう。ただ、それでも私は――」

 

 これまで理解しようと試みてきたが――

 

 

 

「――殺し合い(戦い)が嫌いなんだよ」

 

 

 

 あえてもう一度言おう。

 

 神崎は終ぞ彼ら(デュエリスト)の在り方を受け入れることは出来なかった。

 

 

 いや、無理やり(オレイカルコスの神の力で)現実を叩きつけられたと言ってもよいかもしれない。

 

神崎LP:50 → 25

 

 その拒絶の意思に沿うように神崎の残り僅かなライフの半分を対価に現れた黄金に輝く泥のような物体が、神崎の身体を呑み込むようにせり上がって行く。

 

 やがてその黄金は巨大な翼を広げる黄金の竜となって、生誕の雄叫びを上げた。

 

Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》

星12 闇属性 ドラゴン族

攻5000 守5000

攻5500

 

「自分フィールドの『Sin(シン)モンスター』が破壊された時、ライフを半分支払い、墓地から《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》を特殊召喚――そして《オレイカルコスの結界》の効果で攻撃力上昇」

 

 その黄金の竜――《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》の頭部から上半身を伸ばす神崎はダーツを見下ろしながら、その背後に遊戯たち(主人公たち)を映す。

 

 

 パラドックスから見た遊戯たち(主人公たち)はこんな感じだったのかと。

 

 

 

 

 自身の命が懸かったデュエルにも関わらず――ワクワクする。

 

 世界の行く末(他者の命)が天秤ならぬカードに乗っているにも関わらず――ワクワクする。

 

 もし負ければ世界中の人間が死ぬ可能性があるにも関わらず――ワクワクする。

 

 強い相手(デュエリスト)であればある程にそれ(高揚感)が顕著になり、思わず不敵な笑みを浮かべてしまう程に感情が昂る。

 

 

 自他問わず、命を弄んでいるような状態であっても、それは変わらない。

 

 

 そんな彼ら(デュエリスト)に対し、神崎は思った。思ってしまった。

 

 

「私はね……好きなこと(デュエル)嫌いなこと(殺し合い)を並べたくない」

 

 

 ()()()()()()()――と。

 

 

 ずっと蓋をしていたそんな感情。理解できないものを理解しなければ「強く」生きられない「この世界」に対する意思。

 

 

 それは世界に選ばれた(原作)主人公(遊戯たち)の一側面への否定であり、嫌悪であり、拒絶であった。

 

 

 

「ほう、随分と飛躍した理屈だな。なればどうする?」

 

 告げられた神崎の思想にダーツは挑発気な言葉を返す中、《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》の額から眼下に見下ろす神崎は心の内を明かす。

 

 神崎の心の中にはずっと息苦しさだけが残っていた。

 

 

「――二つが並ぶ原因である貴方たちが死んでください」

 

 

 だが、もはやどうでも良い。

 

 その顔にいつも以上の深い笑みを浮かべながら神崎に迷いはない。

 

 無意識の内に神崎を縛っていた枷から親切なカミサマ(オレイカルコスの神)が解き放ってくれた。

 

 

 そうだ。嫌いなもの(殺し合い)は排除してしまえばいい。

 

 そうだ。原因(嫌いなもの)を取り除けば、彼の知っているデュエルの形に戻るじゃないか。

 

 そうだ。彼の知るデュエルを歪める全て(原因)を取り除けばいい。

 

 

 

 

 そんな支離滅裂な神崎の主張にダーツは不敵に笑みを浮かべる。

 

「フッ、強気だな――だが、既にお前のライフは風前の灯火」

 

 未だ、互いの力量に明確な差がある以上、ダーツを揺さぶれなどしない。

 

「そう易々、(デュエリスト)との差を覆せるとは思わないことだ! カードを1枚セットし、ターンエンド!」

 

 巨体を誇る《オレイカルコス・シュノロス》に対峙するのは、此方も巨大な金色の竜たる《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》が睨み合うような只中でデュエルは再開される。

 

 フィールドアドバンテージを神崎は盛り返したが、残りライフは極僅か。

 

 こんな時、いつもならばハラハラしながらカードを引くところだが、今の神崎は只々機械的だ――やるべきことが明白になったのだから、他へと思考を割く余地はない。

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを終了し、メインフェイズ1へ」

 

 淀みなく引いたカードを視界に収め、半身が固定されている事実に動き難さを感じながら手札の1枚を使用する。

 

「魔法カード《アドバンスドロー》を発動。自分フィールドのレベル8以上のモンスター――《死霊王ドーハスーラ》をリリースし、2枚ドロー」

 

 そして《死霊王ドーハスーラ》が砂の城が崩れるように消え行く中で、手札に舞い込んだ2枚のカードの内の1枚を見た神崎は小さく嗤う――やはりカードは応えてくれないと。

 

「永続魔法《冥界の宝札》を発動。2体の『ナイトメア・デーモン・トークン』をリリースし――」

 

 だが、それでいい。

 

 そして神崎のフィールドにて陽気に笑っていた『ナイトメア・デーモン・トークン』の2体が大地からせり出した蜘蛛の足にからめとられる様を最後の『ナイトメア・デーモン・トークン』の1体がゲラゲラ笑う中――

 

「――《トラゴエディア》をアドバンス召喚」

 

 大地からその全容が現れ、蜘蛛のような脚部を持つ多腕の巨大な悪魔が地中からせり出し、その瞳に虚ろな色を映しながら佇んだ。

 

《トラゴエディア》

星10 闇属性 悪魔族

攻 ? 守 ?

 

「このカードは……」

 

 思わぬカードの出現につい声を漏らすダーツ。

 

 1万年もの長きを生きるダーツは、名もなきファラオが生きた時代である古代エジプトでの出来事もその眼で見ており、当然その中のトラゴエディア(悲劇)にも覚えがある。

 

「2体以上のリリースを使用したアドバンス召喚に成功した為、永続魔法《冥界の宝札》の効果により2枚ドロー」

 

「封を、墓を暴いたか……」

 

 そんなダーツの呟きなど聞く気もないように神崎のデュエルは淀みなく流れていく。

 

「そして《トラゴエディア》の攻撃力・守備力は手札の数×600――さらに《オレイカルコスの結界》の効果も重複。今の私の手札は6枚。よって――」

 

 そうしてその額にオレイカルコスの文様を浮かばせながら、虚ろな瞳のままで憎悪を募らせるようにギチギチとズラリと並んだ牙を鳴らす《トラゴエディア》。

 

《トラゴエディア》

攻 ? 守 ?

攻3600 守3600

攻4100

 

「これで私のモンスターの数が減りました。よって貴方の《オレイカルコス・シュノロス》の攻撃力は下がる」

 

 そして増大した悪意の影響という訳ではないが、《オレイカルコス・シュノロス》の身体から力が抜けるようにその威圧感が薄れていく。

 

《オレイカルコス・シュノロス》

攻5000 → → 攻3000

 

「バトルフェイズへ移行。《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》で《オレイカルコス・シュノロス》を攻撃」

 

 そうして力を落とした《オレイカルコス・シュノロス》を消し飛ばすべく、内から湧き出る破壊衝動に指向性を持たせ《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》の顎を開かせる。

 

 

 やがて悲鳴のような雄叫びと共に放たれた《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》のブレスが今の今までフィールドに君臨し続けてきた《オレイカルコス・シュノロス》へ直撃し、その巨体が吹き飛び、《オレイカルコスの結界》へと激突した。

 

ダーツLP:12500 → 10000

 

「シュノロスを倒したか――だが想定内だ」

 

 その衝撃にライフを削られるダーツだが、項垂れるように倒れた《オレイカルコス・シュノロス》の姿にも余裕を崩さない。

 

 やがてピシピシと全身にヒビを奔らせ、その命を散らす《オレイカルコス・シュノロス》。

 

 だがその身が砕けたと同時に闇が噴出、異界の扉を開くと共にそこから緑の鱗に覆われた巨体を奔らせながら長大な身体を持つ大蛇が顔を覗かせた。

 

蛇神(じゃしん)ゲー》

星12 闇属性 爬虫類族

攻 ? 守 0

 

「《蛇神(じゃしん)ゲー》――これぞ、我が最強のしもべ」

 

 そう、ダーツの余裕は崩れない。

 

 神崎が心を闇に喰わせてまで倒した《オレイカルコス・シュノロス》は神の()()()()()()

 

 ダーツのフィールドで底冷えするようなオーラを放つ《蛇神(じゃしん)ゲー》こそが「神」の名を関する文字通り、凡百のモンスターとは一線を画す奥の手たる切り札。

 

 神崎がダーツの想定を上回る奮闘を見せたとしても、《蛇神(じゃしん)ゲー》の前では塵と消える程度の誤差でしかないのだ。

 

「《オレイカルコス・シュノロス》が――私のフィールドのモンスターが相手の攻撃・効果で破壊された際にライフを半分払い、このカードは手札から特殊召喚できる」

 

 とはいえ、《蛇神(じゃしん)ゲー》を呼び出す際にかなりのライフコストを消費してしまうデメリットがあるが――

 

「その効果により、私は一万以上のライフの半分を捧げ、《蛇神(じゃしん)ゲー》を呼び出させて貰った」

 

ダーツLP:10000 → 5000

 

 圧倒的なまでのライフアドバンテージを有するダーツからすれば安い買い物だ。

 

 

 そうして三幻神に匹敵し得る絶対者としての存在を示す《蛇神(じゃしん)ゲー》の存在に神崎は恐れを抱く――なんてことはない。

 

――効果は……原作効果じゃない。罠カード《レインボー・ライフ》は不要だったか。

 

 どれ程までに理不尽な力を持とうとも、「デュエル」の土俵に「カード」として降りた以上、「絶対」はない。

 

 仮に原作効果であったとしても、それに対応する為の準備をしてきたのだ――通じるかは別だが。

 

「バトルフェイズを終了し、メインフェイズ2へ移行」

 

「フッ、攻撃しないか……賢明な判断だな」

 

「魔法カード《一時休戦》を発動。互いはデッキからカードを1枚ドローし、次のターンの終わりまでお互いに一切のダメージが生じません」

 

 やがて自身の超人的な視力で《蛇神ゲー》のテキストに目を奔らせた神崎はバトルを終了し、守りを固める。そして引いたカードに目をやった後――

 

「墓地の速攻魔法《アンデット・ストラグル》の効果を発動。除外されているアンデット族モンスター1体――《馬頭鬼(めずき)》をデッキに戻し、墓地のこのカードを自分フィールドにセット。これでターンエンドです」

 

 墓地の馬頭の鬼をデッキに戻し、墓地より不死者の力を高める闇が1枚のカードとなって伏せられた。

 

「ならば私のターン! ドロー!」

 

「スタンバイフェイズに自身の効果で墓地の2体目の《死霊王ドーハスーラ》を守備表示で特殊召喚。《オレイカルコスの結界》により強化」

 

 やがてダーツがカードを引き、ターンを進める横で毎度おなじみの様子で復活していく《死霊王ドーハスーラ》。

 

 だが、そこに疲労の色はなく、オレイカルコスの文様が額に浮かぶと共に悪辣な笑みを見せた。

 

《死霊王ドーハスーラ》

星8 闇属性 アンデット族

攻2800 守2000

攻3300

 

「守りを固めたか……賢明だな」

 

 これで神崎のフィールドのモンスターは《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》、《トラゴエディア》、『ナイトメア・デーモン・トークン』と、今しがた加わった《死霊王ドーハスーラ》の4体。

 

 そのどれもが高い攻撃力を有しており、攻撃力が0の《蛇神ゲー》など敵ではない。

 

「だが相手がどれ程の攻撃力を有していようとも《蛇神ゲー》の前には無力――バトルだ!」

 

 しかし「攻撃力の数値」など「神」の前では縋るに値しない脆い希望に過ぎない。

 

「《蛇神ゲー》で《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》を攻撃! そしてダメージ計算時、《蛇神ゲー》はフィールドの最も高いモンスターの元々の攻撃力を得る!!」

 

 これが《蛇神ゲー》の第一の効果――いや、神の「権威」というべきか。

 

 《蛇神ゲー》の瞳に《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》が映ったと同時にその黄金の竜のオーラを簒奪し、《蛇神ゲー》は己の力へと変換していく。

 

 だが神の暴威はまだ終わらない。

 

「《蛇神ゲー》の力はそれだけではない! さらにこのカードが攻撃したダメージステップの間、バトルする相手モンスターの効果は無効にし、攻撃力を元々の数値の半分にする!」

 

 これが第二の効果ならぬ権威。

 

 神の前に立つものはその威光にひれ伏してしまう様に、敵対者は本来の力を発揮できずに頭を垂れる。

 

《蛇神ゲー》

攻 0 → 攻5000

 

Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》

攻5500 → 攻2500

 

「消えろ! インフィニティー・エンド!!」

 

 そうして見えない重圧によって地面にひれ伏すように倒れ伏した《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》へ向けて《蛇神ゲー》の口から白光のブレスが放たれ、黄金の竜はその存在を否定されたように消失した。

 

「ですが、魔法カード《一時休戦》の効果によりこのターンの終わりまで互いにダメージは発生しません」

 

 しかし戦闘ダメージを回避したゆえか、黄金の竜の額から吹っ飛んだ神崎自身へのダメージは少ない。いや、オレイカルコスの力によって歪んだ精神がダメージを感じさせないだけかもしれないが。

 

「フッ、だとしてもお前の奥の手であろう《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》の力は奪わせて貰った――高い攻撃力が仇となったな」

 

 だが危機的状況は何一つ脱してなどいかった。

 

 ダーツの語るように今の神崎のデッキは『Sin(シン)』を除いて飛び抜けて高い攻撃力を有するモンスターはいないのだ。

 

「理解したか? 常に相手の力を上回るまさに無限の力を持った存在……それが《蛇神ゲー》――我が最強のしもべの力!」

 

 そして仮に上回れる攻撃力を持つモンスターを呼び出したとしても再び《蛇神ゲー》の神の力がそれすらも奪っていく。

 

「私はカードを1枚セットし、ターンエンドだ」

 

 そうして最後の希望だった《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》すら失った己に突き付けられた現実を余所に冷静に残りのデッキのカードの種類を神崎は思い返す。

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズに自身の効果で墓地の《死霊王ドーハスーラ》を守備表示で特殊召喚。そして《オレイカルコスの結界》により攻撃力がアップ」

 

 そして見飽きた程の《死霊王ドーハスーラ》の復活劇を余所に――

 

《死霊王ドーハスーラ》

星8 闇属性 アンデット族

攻2800 守2000

攻3300

 

「魔法カード《アドバンスドロー》を2枚発動。フィールドの2体の《死霊王ドーハスーラ》をそれぞれリリースし、2枚ずつ――合計4枚ドロー」

 

 2体の《死霊王ドーハスーラ》を贄に一気に手札を増強する。だが、引いた1枚のカードに神崎はその内心で小さく笑みを浮かべた――予定変更だと。

 

「……墓地の《馬頭鬼(めずき)》を除外し、墓地のアンデット族モンスター1体――《闇より出でし絶望》を攻撃表示で特殊召喚。《オレイカルコスの結界》の力を得る」

 

 最初のターン以来、全く姿を現さなかったうっぷんを晴らすべく、神崎の影を大きく引き伸ばし現れた巨大な闇の化身たる《闇より出でし絶望》の額にオレイカルコスの文様が浮かぶ。

 

《闇より出でし絶望》

星8 闇属性 アンデット族

攻2800 守3000

攻3300

 

「《闇より出でし絶望》と最後の『ナイトメア・デーモン・トークン』をリリースし、アドバンス召喚」

 

 やがてそんな《闇より出でし絶望》と『ナイトメア・デーモン・トークン』が黒い闇となって天に昇り、その形を変えていく。

 

「次は何を呼ぶつも――」

 

 そんな光景を今までと同じように弱者の足掻きを眺めるように眺めていたダーツだが、その視線が宙に浮かび上がった『石造りの心臓』を映すとともにその瞳はゆっくりと開かれ、此処に来て初めてその瞳孔が揺れる。

 

 

「――貴様ッ!? どうやってそのカードをッ!?」

 

 

 そんなダーツの声を余所に脈動を続ける石の心臓へと神崎の内から漏れ出た心の闇が吸い込まれて行った後――

 

 

「――地縛神(じばくしん)

 

 

 その石の心臓からドロドロと黒い泥のようなものが噴出し、段々とこの世に邪なる存在が顕現されていく。

 

Ccapac(コカパク) Apu(アプ)

 

『■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!』

 

 やがて悲鳴のような叫び声と共に神殿を砕きながら闇色の巨人が躍り出る。

 

 それによって神殿の天井にまで敷き詰められていた石板が形を保ったまま地面へ転がり、青い空が広がるが、闇色の巨人は狂ったように空へと怨嗟を上げるように生誕の産声を上げるばかり。

 

地縛神(じばくしん)Ccapac(コカパク) Apu(アプ)

星10 闇属性 悪魔族

攻3000 守2500

 

「オレイカルコスの力を得よ」

 

 だが神崎がそう零したことを切っ掛けに《地縛神(じばくしん)Ccapac(コカパク) Apu(アプ)》の身体に奔る青いラインが暗い光を放ち、その額にオレイカルコスの文様が浮かんだ途端に沈静化されていく。

 

地縛神(じばくしん)Ccapac(コカパク) Apu(アプ)

攻3000 → 攻3500

 

 

 そうして異様な雰囲気を漂わせるフィールドの只中でダーツは信じられないとばかりにポツリと零す。

 

 

「地縛神……だと……!?」

 

 ダーツには信じられない。神崎が地縛神を使っていること――ではなく、この場に地縛神がいる事実が信じられない。

 

 そう、この場に地縛神がいる筈がないのだ。

 

「地上絵は未だ存在していた筈!」

 

 何故なら、地縛神はナスカの大地にて地上絵として封印されていなければならないのだから。

 

 もし地縛神の封印が解かれ、復活していたのなら当然、地上絵は消失していなければ辻褄が合わない。

 

 原作でも同様の現象がある為、ダーツの勘違いなどでは説明が付かないのだ。

 

 

 

「描き直しました」

 

 だが神崎からメッチャシンプルな答えが返された。描き直したのなら仕方がない。

 

 

「馬鹿なッ! あのサイズの地上絵を描き直す程の力の流れを私が見逃す筈が――」

 

 とは言えなかった。

 

 地上絵のサイズを考えれば人力で描き直すことはまず不可能。当然、オカルトの領域である「特殊な力」が必要になってくる。

 

 しかしそんな「大きな力」を使えば、流石にダーツだって分かる。赤き竜だって分かる。シグナーの竜だって分かる。

 

 

「地縛神を少しづつ解放しながら、手書きで地上絵を描き直しました」

 

「手書き……だと……!?」

 

 

 だが「特別な力」なんてなかった。純粋な力技だった。マッスルだった。マッスルかよ……

 

 

「クッ、相変わらずだな――だが、過程はどうあれ地縛神にまで手を出していたとは……」

 

 そうしてダーツからの「コイツはそういう奴だった!!」という視線が注がれるが、ダーツは崩れたシリアスな雰囲気をすぐさま立て直す様に不敵に笑いだす。

 

「フフフ……醜いな、神崎 (うつほ)

 

「醜い?」

 

 

「ああ、醜いとも――」

 

 そう、ダーツから見た神崎の「心」はあまりにも醜かった。

 

「眠るべき命を奪い(喰らい)

 

 供養されるべき肉塊(死体)を依り代にこの世に生を受け、

 

「家族の命を奪い(見捨て)

 

 なんの罪もない善良な二人(両親)の命を糧に生き延び、

 

「人々の意思を奪い(捻じ曲げ)

 

 多くの人間の人生を己の都合で狂わせ、

 

「精霊の恩恵を奪い(歪め)

 

 力欲しさに守られるべき秘たる世界の力を利用し、

 

「神域すら奪い(を貶め)

 

 人が触れるべきでない領域にすら手を伸ばした。

 

 

 

 そう、神崎が振るう力はそのどれもが他者から奪ったものばかり。

 

 今回の神崎のデッキもそうだ。

 

 ダーツから奪った《オレイカルコスの結界》だけでなく《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》に加え、《トラゴエディア》に至り、更には「地縛神」までも組み込まれている。

 

 

 

「他者から奪い継ぎ接いだその身体は見るに堪えない程に醜い」

 

 継ぎ接ぎに継ぎ接いで、歪に肥大化したその心はなんと醜いことか。

 

「文字通り、生まれながらの簒奪者」

 

 奪いに奪い、簒奪した力を我が物のように振り上げる姿のなんと醜いことか。

 

「そこまでして生にしがみ付き何を成す? 幾ら奪った力を継ぎ接いだところで、お前が満たされることはない」

 

 それ程までに生にしがみ付く神崎に「生きる為の明確な目的」が存在しない。

 

 己が「やりたいこと」、「成したいこと」、「遺したいこと」など――終着点(満足)が存在しない。

 

「どこまで行こうともお前は(から)の器でしかないのだから」

 

 己の心を本当の意味で満たすべきものが存在しない。

 

 当然だ。

 

「お前を満たす筈だったモノは過去にしかない――いや、過去に()()()()()()()()()

 

 神崎の「それ」は既にこの世界に存在しないのだから。

 

「お前の運命は父母が死んだときから止まったまま、その事実は決して覆らない」

 

 神崎の心は未だ過去に囚われている。そうして時計の針を動かさぬままに此処まで来てしまった。

 

「ゆえにお前は永遠に空虚なままだ」

 

 己を満たす新たな目的(新たな一歩)求めぬ(踏み出さぬ)ままに生きてきたのだから。

 

「決して満たされることのない(から)の器――それがお前だ、神崎 (うつほ)

 

 そうして等身大の神崎を語るダーツは何かを握るような所作と共に手を伸ばして告げる。

 

「そんな抜け殻のままに生きて何になる? お前の未来にあるのは満たされぬ渇きだけ……お前自身も分かっているだろう? 何が己の救いになるかを」

 

 ダーツから見ても神崎の「救い」は一つしかなかった。

 

 それは「平穏な生活」ではない。そんなものでは神崎の心は救えない。

 

 だが、空虚なる魂を救える唯一の道は――

 

「それが仮に私の『救い』になるとしても、私が『それ』を選ぶことはありませんよ」

 

 神崎の選択肢には数えられすらしない程度のものでしかなかった。

 

「フッ、やはり命は惜しいか」

 

「いえ……いや、惜しくはありますが、それよりも私は――」

 

 何故なら、今までの神崎を突き動かす原動力になっていたのは――

 

 

「『神崎 (うつほ)』として生きなければならないもので」

 

 

 大切な2人からの最後の願い(呪い)だった。

 

「……どういう意味だ?」

 

「そのままの意味です。私は2人の最後の願いを叶えたい」

 

 告げられた言葉のニュアンスに違和感を覚えるダーツを余所に神崎から小さく柔らかな笑みが零れる。

 

 

「つまるところ親孝行ですよ」

 

 

 そう、『神崎 (うつほ)』は生き続けなければならない。

 

 

 

 

 

 

 どれ程の地獄の只中(滅びの危機に常に晒される世界)であろうとも。

 

 

 






人は「自分以外の誰か」にはなれない。





デュエルが長くなりましたが、語るべきことは終えたので次で決着です。

テンポが悪くて申し訳ない<(_ _)> ペコリ



~今回の神崎のデッキ~

デッキ名を名付けるのなら――「カードは奪った」

その名の通り、色んなデュエリストから奪ったカードで構築されている。デュエリストを目指す者としてそれはどうなんだ……

フィールド魔法《オレイカルコスの結界》を起点に永遠と蘇生される《死霊王ドーハスーラ》や、蘇生手段が豊富なアンデット族を素材に最上級モンスターをアドバンス召喚していくデッキ。

「Sin」は《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》と《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》しか採用していない。

2種の「Sin」は瞬間的な火力要員や、アドバンス召喚のリリース素材など他とのシナジーもなくはないが、基本的に呼べればラッキー程度の運用。

魔法カード《強欲で金満な壺》で素体が3枚とも除外されなくて良かったね!

ぶっちゃけ採用しない方が手札で腐る可能性が減るが、「相手の力を奪った」との認識を強める為に採用されている。他のSin?知らない。




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