マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
ワールドグランプリ「今編はKCグランプリ編だと言ったな――あれは嘘だ」





第160話 KCグランプリ? アイツはいい奴だった

 

 

 KCの会議室にて、6人のおっさんが集っていた。むさいおっさんたちがそれぞれ椅子に座る姿は何とも華のない光景である。

 

 

 そんな中の一人、《ジャッジ・マン》の人こと大岡が眼鏡をクイッと上げながら話題をポンと投げかけた。

 

「フフフ、まさか我々一同が海馬社長直々に呼び出しを受けるとは思いませんでしたねぇ」

 

 そう、此処におっさん共が集まっているのは海馬が呼び寄せたゆえ――とはいえ、肝心の海馬はこの場に見当たらないが。

 

 そうした《ジャッジ・マン》の人こと大岡の言葉に待たされている事実を発散するかのように他の面々も食いついていく。

 

「全く、儂の工場長ライフを邪魔立てするとは……これでつまらん要件なら許さんぞ!」

 

「グフフ、いえいえ、きっと大田殿も満足出来る筈。なにせ今回の要件は私のペンギンランドの増設の知らせに違いありません! なにせ大盛況でしたから!」

 

 やがてイライラした様子を隠そうともしない《機械軍曹》の人こと大田の一方で対照的に《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧が輝かしい未来予想図を語るが――

 

「フッ、捕らぬ狸の皮算用とはこのこと――おっと、皮はペンギンの方がお似合いか」

 

「大下! いくら貴方でもペンギンちゃんを害するような発言は許しませんよ!!」

 

 《深海の戦士》の人こと大下の言葉に《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧はらしからぬ程に怒気を込めた声を上げた。ペンギンのこととなると、本当に見境いのないおっさんである。

 

 

 そんな風向きが怪しくなってきた会話の流れに《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門が場を収めるような言葉と共に、ついでに自分の頭も押さえる――頭痛の種が絶えないようだ。

 

「止さないか、みっともない。しかし、乃亜様がこの場に呼ばれていないとなると……いや、失礼。形式上の乃亜様の扱いはオカルト課の一社員だったな――それで神崎、何か聞いていないか?」

 

「いえ、特に何も」

 

 そうして流れてきた神崎への問いだが、当の本人はいつものように表情を笑みで固めながら惚けてみせるばかり。その内心で冷や汗がダラダラと流れているのは様式美であろう。

 

 

 

 

 暫し、ああでもない、こうでもない、とガヤガヤざわついていたが、バタンと開かれた扉と共に歩み出た海馬の姿に一室の空気はピシリと引き締まる。

 

「これは海馬社長、我々を呼びつけて一体なんのご用で――」

 

「パラディウス社と共にデュエルの世界大会を開くことになった」

 

「「「 え? 」」」

 

「「 ……は? 」」

 

 そんな中で口火を切った《深海の戦士》の人こと大下の声を遮るように返された海馬の声にBIG5の面々は言葉を失った。神崎は何も知らない風を装うのに忙しい。

 

「I2社含めて、各企業への通達は既に済ませた。KCが世界を獲る――貴様らに、その恩恵をくれてやろう」

 

 だが、そうしてピタリと固まったBIG5を余所に相も変わらず俺ロード全開の海馬だったが――

 

「いやいやいやいや、お待ちください、海馬社長! 『ドーマとは関わるな』これは企業人にとって常識ですぞ!」

 

 《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧が顔の前で手がヒレに見える程にブンブン振りながら慌て、

 

「私も概ね同意見だ。ドーマの背後にパラディウス社があることは周知の事実――『人間万事塞翁が馬』とも言う。短慮は避けるべきではないかね?」

 

 《深海の戦士》の人こと大下が大きな溜息と共に何処か呆れたような視線を送り、

 

「それよりも、我々に何の断りもなく、そのような大きな案件を動かすなど少々不義理ではありませんかねぇ」

 

 《ジャッジ・マン》の人こと大岡が我が意を得たりとニヤリと笑みを浮かべ、

 

「そうだとも! 儂らがお前――もとい、海馬社長の為にどれだけ身を削っていると思っている! にも拘わらず、未だ邪魔者扱いをするつもりか!!」

 

 《機械軍曹》の人こと大田がイライラを爆発させながら、拳をテーブルに叩きつけた。

 

 そんな三者三様ならぬ四者四様の反応だが――

 

「ふぅん、言いたいことはそれだけか? かつて言った筈だ――『俺のやり方に従って貰う』と、まさか忘れた訳ではあるまい」

 

 海馬は何時もの我が道を行くスタンスを保ちつつ、試すような言葉を放つ。

 

 今回の海馬が歩み寄るかのようならしからぬ提案はKCが主催する筈だった大会、「KCグランプリ」がパラディウス社の横やりから紆余曲折を経て世界全土を巻き込んだ「ワールドグランプリ」へと姿を変えた結果を踏まえたゆえ。

 

 

 ちなみにパラディウス社からは今大会へ「ワールド『デュエル』グランプリ」との呼称が提案されたが、KCグランプリの面影を僅かでも残すべく海馬が「ワールドグランプリ」と命名した経緯があるが、現状とは関係がない為、割愛させて貰おう。

 

 

 そうした相手の規模が規模ゆえに海馬もロートルの手も借りるべきだと考えた訳だが、このBIG5の様子を見れば、そんな気も失せる。

 

「だが、貴様らにやる気がないのなら、俺とて無理強いはせん。精々指をくわえて見ているがいい」

 

 ゆえに腰の引けた老いぼれに用はないとばかりに踵を返そうとするが、その背を《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門が慌てた様子で引き留める。

 

「待て待て、お互いにそう結論を急ぐな。ハァ……神崎、お前はどう見る?」

 

 そして繰り出される神崎へのキラーパス。この混沌としつつある場をなだめる役目が神崎の肩にクリティカルヒットした。

 

――此方に振らないで欲しい。

 

 そんな「来るなぁあああ!!」とかつての闇マリクの最後のようなことを思う神崎だったが、僅かに考える素振りを見せた後、努めて平静に返す。

 

「……今回の場合、話を持ち掛けたのがパラディウス社側である以上、その意に沿う形で動く方が賢明かと思われます」

 

 語られるのは色々とオブラートに包んではいるものの、早い話が――

 

「海馬社長もその点を危惧したゆえに、皆さんへの応対を後に回さねばならない状況になったのでしょう? であれば、此方側がいがみ合っている場合ではないかと」

 

 シンプルに「みんな仲良くしようぜ!」と、これ一点に尽きる。

 

 そうしたハッキリ言ってしまえば中身のない主張だったが、変化は劇的だった。

 

「ふむ、となれば当然、断る方が角が立つか。良いだろう、企業間の連携は此方で受け持とう」

 

 まず《深海の戦士》の人こと大下が指でテーブルをコツンと叩いた後、己の領分を買って出て、

 

「ぐふふ! ならば情報管理に関しては、またまた私が頂きますぞ! 情報の発信源にとびっきりの可愛い子ちゃんを用意しなければ! ぐふふふふ!」

 

 次に《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧が自身の願望を垂れ流しつつも、上機嫌に快諾し、

 

「これだけの規模の大会となれば動く金額も相応のものになるでしょうねぇ。その辺りは任せて貰いましょうか――KCに、此方側にはそれなりの金額を頂いておきましょう。勿論、角が立たない程度にねぇ」

 

 更に《ジャッジ・マン》の人こと大岡が金の匂いを嗅ぎつけつつ、眼鏡の位置を直しながらギラリと眼光を光らせ、

 

「なら私は一般の参加者の絞り出しへの手配に回ろう。相手がパラディウス社ともなれば、相応の実力者でなければいかんだろう。大田、デュエルロボの調子はどうだ?」

 

 続いて《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門が、大会の中核であろう部分に気を向けつつ話を振り、

 

「アレならバトルシティのデータで十分以上に出来上がっとる。しかし世界大会となれば舞台となる海馬ランドUSAでの映像周りの機器の見直しをせんとならんな。全く、こういうことはもっと早くに言ってほしいものだ」

 

 最後に《機械軍曹》の人こと大田が自信たっぷりに返した後、海馬に向けて嫌味タップリの言葉を投げつけてから立ち上がった。

 

 

 そこにあったのは圧倒的なまでに華麗なる手の平リバース(返し)

 

 

 海馬への対応とは180度違う超協力的な姿勢のまま動き出すBIG5たちと――

 

 

「では、私はデュエル協会の方に手回ししておきますので」

 

 おずおずと席を立つ神崎。

 

 

 やがて会議室にポツンと海馬の姿だけが残される。

 

 

 そう、海馬とBIG5の溝は想像以上に深かった。

 

 そしてBIG5の神崎への友好度はビックリするくらい高かった。

 

 

 これでは神崎がクーデターを画策しているように思われても仕方がない。

 

 

 こんな有様で海馬と神崎の溝が埋まる日は果たして来るのだろうか。それは神のみぞ知る。

 

 

 海馬の苛立ち気な視線が神崎の背を射抜くが、どうすることも出来ない神崎は社風に乗っとる形で仕事に全速前進するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして動き出したKCグランプリならぬ「ワールドグランプリ」――強豪デュエリストたちが「己こそがデュエルキングだ」と証明する為の舞台。

 

 となれば、世界中から集めた優れたデュエリストを擁するオカルト課の企業デュエリストたちも無視はできない。ゆえにオカルト課にて事情の説明がなされ――

 

「うぉおおお!? マジかよ! 世界一を決める大会って!」

 

「此処までの大規模な大会は歴史上、初めてでしょうね……」

 

 テンション爆上げで燃え上がるヴァロンと、それを余所に思わぬ規模の大会に思案顔を見せるアメルダに神崎は業務連絡とばかりに要点を詰めていく。

 

「ええ――今回、皆さんには主催者側ではなく、参加者側に回ってもらいます。ノルマも特にないですので、普通に大会を楽しんで貰って問題ありませんよ」

 

「おいおいおいおい! 最高じゃねぇか! 一生ついていくぜ、ボス!」

 

 そうして語られたフリーダムな仕事内容にバトルシティで不完全燃焼気味だったヴァロンは大喜びだ。

 

 そんな中、竜崎は遠慮がちに手を上げながらポツリと零す。

 

「これって、新米のワイらも参加してエエんですか?」

 

「はい、勿論です。ただ参加資格が取れるか否かは皆さん次第ですが」

 

「ヒョヒョヒョー! 見くびって貰っちゃ困るぜ……困りますよ! こんな試験、俺にかかればヒョヒョイのヒョーですから!」

 

「よっしゃ! ならワイも頑張らんと!!」

 

 新参ゆえに――との心配は杞憂だと返しつつも何処か挑戦的な言葉を選んだ神崎だったが、割り込むように拳を握った羽蛾の姿に竜崎もやる気を漲らせる。

 

「でもいいんすか? I2社やらパラディウス社やらも人出してんでしょう? KCが出さねぇ訳にもいかねぇでしょうに」

 

 そして牛尾から語られるごもっともな言葉にも――

 

「其方も心配ないですよ。今回はバトルシティとは違い、海馬社長が大会運営に関して直接指揮を執るそうなのでオカルト課の方は殆どフリーです」

 

――私は忙しいですけど。

 

 神崎の内心は置いておいて心配は無用である。その辺りの人員はBIG5たちの方で工面されるのだ。むしろ、参加デュエリストに関わらせる訳にはいかない部分である。

 

「その言い方だと、海馬社長はエントリーしないようにも聞こえますが」

 

 やがて出てきたアメルダの当然の疑問にも一応、表向きは「公平性の為」と銘打ってはいるが、その本質は――

 

「ええ、海馬社長は『どうせ遊戯と俺が勝ち上がる――決勝でまた引き分けでもすれば外野が煩い』との理由で不参加だそうです」

 

 社長節全開である。ただ、実際問題として、海馬の実力ならば同じような状況を引き起こしかねないのが、また厄介なところだ。

 

 流石に二度目の引き分けともなれば色々困ったことになる。

 

「せ、折角のお祭りなのに残念ですね……」

 

 だが、そんなことなどつゆ知らず、此処まで会話に割り込むタイミングを逃しまくっていた北森が、そう気落ちしたように呟いた。

 

 デュエリストならば誰もが是が非でも参加したいであろう大会に、そういった外的要因で参加できないのはデュエリストとして辛いところだろうと。

 

 しかし、対するギースは待ったをかける。立場を考えるべきだと。

 

「いや、パラディウス社のトップが参加せず大会運営に尽力する旨を明かした以上、KCやI2社含めたそれぞれのトップが勝手をする訳もいかんだろう」

 

「はぁ~、お偉方はお偉方で大変なんすねぇ」

 

 デュエリストとして矜持を取るか、KC社長としての義務を取るかと難儀な話だな、と牛尾の何処か他人事のような声が最後に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 別室にて上述の説明を乃亜と、そのサポートにとついた佐藤と響みどりの前で再び語った神崎。

 

「――と、言う話になります」

 

「大会参加の話なら言われなくとも分かっているさ」

 

 しかし乃亜は神崎が自分たちに別口で告げた理由など言わずもがなだ、と肩をすくめて見せた。

 

「今回はモクバの願い通り、一緒に瀬人のサポートに回るよ。相手はあのパラディウス社だ。瀬人の力はよく知っているけど、今回ばかりは分が悪い」

 

 そう、今は海馬といがみ合う――もとい、つんけんしている場合ではない。大国すら影で操るとされるパラディウス社が相手ではKCといえども油断すればタダでは済まないだろうと。

 

 ゆえに此度は海馬三兄弟が一体となって動く時、皮肉にも相手の強大さがモクバの望みを叶える結果となるとは世の中分からないものである。

 

――お、おう。

 

 ただ、その辺りの背後関係(脅威となるダーツがもういないこと)を知る神崎からすれば、内心で困ったようなリアクションを取ってしまうのも無理からぬ話だ。

 

 

 そうして「フッ」と小さく不敵な笑みを浮かべていた乃亜だったが――

 

「モクバくんに頼まれる前から不参加を決めていましたけどね」

 

「佐藤……その眼鏡をカチ割られたいのかい?」

 

 佐藤の何気ない密告により、その笑みは崩れ、「余計なことを言うな」とばかりに頬を引くつかせる。だが佐藤は小さくリアクションを取りながら気にした様子もなく暴露する。

 

「おや、怖い――ただ余計なお世話かもしれませんが、キミは少々理屈屋過ぎる。時には素直さも必要ですよ」

 

「何が……言いたいのかな?」

 

「素直に『心配だから』で良いじゃないですか、という話です」

 

 そうして暴かれるのは乃亜も乃亜なりに海馬を気に掛けていた事実。

 

 にも拘わらず、「モクバに言われたからには仕様がないな」なスタンスで己の感情を隠した乃亜の姿に、無言で事の成り行きを見守る神崎の視線が微笑ましいものを見るかのように変わるのも致し方ない。

 

「そうだね。モクバ『が』心配だね」

 

「やれやれ、やはり年相応に素直じゃないですね」

 

「へぇ、良い度胸じゃ――」

 

「――はい、喧嘩しない!」

 

 だが、そんな乃亜と佐藤のバトルフェイズは大きく手を叩いた響みどりによって強制終了された。メインフェイズ2へ移行である。

 

「乃亜くんは一旦落ち着く! それと佐藤さんもからかうような物言いは止める! 良いですね!」

 

「でも――!」

 

「『でも』も、『だけど』もない!」

 

 しかし、腹の虫が収まらぬとカウンターを仕掛ける乃亜だが、響みどりの額に青筋を浮かべたカウンター返しに沈黙を余儀なくされた。

 

「おや、お姉さんに怒られてしまいましたね、乃亜くん」

 

「この眼鏡……!」

 

「佐藤さんッ!」

 

「フフフ、これは失礼」

 

 追撃とばかりに佐藤が茶々を入れるが、乃亜の怒りが再燃する前に此方も封殺。降参とばかりに小さく手を上げる佐藤の姿はかなり煽り度が高い。

 

「というか、神崎さんも笑ってないで喧嘩はキチンと止めてください!」

 

「…………あれは喧嘩だったのですか? 私には仲の良いやり取りに見えましたが」

 

 そんな苛立ちのカウンターパンチを無情にも喰らう神崎だが、当人には「仲が良くてよろしい」くらいの面持ちである為、いまいちズレていた。

 

「……くだらない理由でも喧嘩は喧嘩です」

 

「くだらないだって? それは聞き捨て――」

 

「――なに?」

 

「…………なんでもない」

 

 自身の沽券に関わる問題を「くだらない」と揶揄された乃亜が再度、発起するが、響みどりの据わった瞳にその矛先はベキリと圧し折られた。

 

 そこに姉より優れた弟の存在を許さない鉄の意思と鋼の覚悟を感じさせ()(リィ)

 

「手慣れてますね」

 

「ご存知の通り、私にも弟がいますから……乃亜くんと違い、素直な方ですけど」

 

 そう、響みどりには弟がいる。

 

 彼の名は「紅葉(こうよう)」――短い黒髪に眼鏡のナイスキッドだ。後、精霊が見え、《ハネクリボー》の精霊が宿る主人公属性の塊である。

 

 現在はプロデュエリストとして日本のプロリーグで、若過ぎる新星として頑張っており、スターダムを爆走中だ。

 

 ちなみに公式試合の時はコンタクトを使用している――キャラ作りだろうか。

 

 

 そんな弟の相手をしてきた彼女からすれば、精神年齢が未だ年相応の乃亜の足掻きなど児戯にも等しい。

 

 そうして乃亜と佐藤のじゃれ合いを収めたみどりは神崎に確認を取っておくべき事柄へと思考を向かわせ――

 

「大会参加以外は仕事のアレコレは考えなくていいんですよね?」

 

「ええ、ほぼ休暇と思って頂いて問題ありませんよ」

 

「なら私は紅葉――弟と一緒に行動します。海外ですし、羽目外さないと良いんだけど……」

 

 そう、一抹の不安と共に今後の方針を固めるみどりは、みどりには勝ち目がないと悟ったのか、佐藤へリベンジマッチに向かう乃亜を叩きのめしに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に更にと別室でアヌビスを呼び出した神崎はまたもや同じ説明を告げ――

 

「そんな具合でオカルト課はお祭り騒ぎな訳ですが――」

 

「ふん、このような祭り事に興じることとなろうとはな。デッキから地縛神のカードを抜いて再調整せねばならんではないか」

 

 大きく鼻を鳴らすアヌビスが、取り合えず自身のデッキから《地縛神 Cusillu(クシル)》を抜く光景に神崎は待ったをかける。

 

「あっ、キミは不参加ですよ、アヌビス。試験には落ちて置いてください」

 

「……!? な、何故だ!?」

 

 だが神崎から告げられるのは無情な指示。デュエリストに「ワザと負けろ」とは酷な話である。

 

 それゆえにアヌビスの叫びにも怒りと戸惑いの感情が乗るのも無理からぬ話。彼も邪悪ではあれどデュエリスト――強者が鎬を削る大会とあっては参加に燃えるのも当然なのだから。

 

「復讐の前準備です」

 

「――!! 遂にその時が来たのか!!」

 

 しかし続いた神崎の一言にアヌビスの興味は一気に其方に移る。待ちに待った怨敵への復讐の時が来たのかと。

 

「前準備ですので、そう気を逸らせずに……もう暫くすれば私の手が空きますから、その時、貴方にはエジプトに転勤――KCを離れる理由は此方で適当にでっち上げますが――行って貰います」

 

「ほう、そこにアクナディンがいるのだな?」

 

「いえ、いません。そこで貴方は古代エジプトの遺跡の管理をしていてください。詳細はエジプト政府の方が説明してくれますから」

 

 だが「前準備」との言葉通り、復讐の「ふ」の字くらいしか出ていない。これはあくまで復讐の舞台作りの土台部分といったところ。

 

 しかしアヌビスの当然ながら疑問が浮かぶ。

 

「? それらの遺産はイシュタール家が管理しているのではなかったか?」

 

 冥界の石板などの古代エジプトの遺産は墓守の一族の分野であると。古代エジプトに関わりがあれど、今はKCの一社員でしかないアヌビスには縁遠い筈だった。

 

 しかし今更なことかもしれないが、現状は既に本来の歴史(原作)とは大きく異なっているのだ。

 

「エジプト政府も『世界的犯罪者(グールズ)を支援した疑い』のある人物(イシズ)に、世界へ強い影響力を持つデュエルモンスターズの起源である古代遺産を任せておきたくはないそうです」

 

 墓守の一族(イシズたち)の元から、一切合切(古代エジプトの遺産)が離れるレベルに。

 

 そう、マリクとリシドが法によって裁かれた過程で「あれ? これ(グールズ)、イシズも隠蔽とか関わってんじゃね? いや、関わってるよね?」な疑惑漂う情報がボロボロ出てきたのだ。

 

 その辺りの事情を発掘したのは神崎で、追及したのはBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡だったりするが、今は関係のない話である為、割愛させて貰おう。

 

――ペガサス会長がグールズに嫌悪感を示していた事実が怖いんだろうな……海馬社長も激怒していたようだし……

 

 そんな神崎の内心の通り、これまで幾度となく説明されてきたように「グールズ」という組織はやたらと嫌われているのだ。

 

 当然、その中にペガサスも含まれ、エジプト政府並びに関係各所のイシズへの評価が「創造主の起源を任せるにはちょっと……」な具合に大幅なランクダウンした結果がこれ(没収)である。

 

「他の一族の方もいるにはいるのですが、一番大きな力を持っていた一族(イシュタール家)がやらかした手前、任せる側(エジプト政府)任される側(他の墓守の一族)も二の足を踏んでいるようでして」

 

――シャーディーがボバサの名で名乗りを上げると思ったんだが、未だに出てこないからな……

 

 そして代わりに管理する人間も、前任者の末路を知れば、おいそれとは手が出せない。今はエジプト政府が戦々恐々としながら頑張っているところである。

 

 神崎的にはシャーディーが出て来てくれれば助かるのだが、この件に関しては静観するつもりなのか出てこない為、今回アヌビスに話が回ってきたのだ。

 

「……だとしても、小さな島国の一企業の人間に過ぎない貴様に話が来る訳もないだろう」

 

「昔から、この手のオカルト的なアレコレの関わりが深いですから、『オカルトで困ったらウチ(オカルト課)へ』と言われる程度には頼られていますよ」

 

 しかしアヌビスからすればなおのこと、エジプトとは無縁のKCに話が回ってきたことを疑問に思うが、そこは安心安全がモットーなオカルト課クオリティ――「まぁ、あそこなら何とかしてくれるでしょ」と思われる程度には信頼されている。

 

「グールズの件もそれで話が回ってきた部分がありますから」

 

 依頼されたグールズの問題をキチンと片付けた事実も仕事への信頼を加速させる。

 

「……何故、我なのだ?」

 

「貴方は神官の系譜――というか張本人ですが――と、いうことになっていますので、墓守の一族と言えなくはありません」

 

――後、将来的に復讐を終えて成仏した際、急にこの世からいなくなっても処理がしやすい立ち位置でもある。

 

 だが僅かに気後れするかのようなアヌビスの言葉に神崎は安心させるような言葉を選んでいく。その内心は微塵も安心できないことを考えているが、知らぬが仏だ。

 

「だが我の経歴はお前が偽造したものだろう? 本当に大丈夫なのか?」

 

「大丈夫ですよ。千年アイテムによる確認が通れば、まず疑われませんし――亜種である光のピラミッドを扱えた貴方ならまず問題ありません」

 

 しかし、アヌビスは経歴が経歴だけに安心できないようだが、実は大した問題ではないのだ。

 

 少し身に着けただけで所持者をぶっ殺すことすらありうる厄介な代物な千年アイテムを「問題なく扱い、管理できる」――それはオカルトへの恐怖を持つ人間にとって何よりの安堵となるのだから。

 

 

 

 それにもし、失敗してもダークシグナー(既に死人)のアヌビスならへっちゃらである。

 

 

 

 死人は死なない――これ真理。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台はガラリと変わり、ヨーロッパの何処かの貴族のお城のような住居に移る。

 

 そこのバルコニーにて風呂上りなのかバスローブ姿の男、ジークフリード・フォン・シュレイダーはその長い桃色の髪をフサァッとしつつ、指にピシッと挟んだ封筒片手に不敵に笑う。

 

「ワールドグランプリ……文字通り、世界中の人間が注目する大会」

 

 やがて「ジークフリード・フォン・シュレイダー」もとい「ジーク」はその封筒の中の手紙に目を奔らせた後、テーブルへと指でピッと弾き、やがてワイングラスに手をかける。

 

「フフフ……素晴らしい。例の計画をいつ決行するか機を窺っていたが、これ程までに相応しい舞台はあるまい」

 

 そんな何やら上機嫌なジークが持つワイングラスにメイドと思しき女性が持つボトルからワインが注がれる。

 

「かのパラディウス社も海馬ではなく、この私を選んだ――ククク、そうだ。そうだとも。私が海馬に劣っていることなどある筈がない」

 

 そうして黙したまま一礼して下がった女性を余所に、ジークは一方的にライバル視している男の姿を脳裏に浮かべた。

 

 そう、今こそ因縁に決着をつける時だと。

 

 当の海馬はジークのことなど一切覚えていないが、言わないお約束である。

 

「フッ、キミはまだ知らない。このKCの権威を示すイベントこそが海馬 瀬人、キミの命取りとなることを。フフフフフ……!」

 

 そしてワイングラスを天に掲げ、グラスの中で波打つワインの色彩を眺めたジークは――

 

「今こそ真の勝利者が誰なのかを教えてやろうじゃないか」

 

 些か以上に早い勝利の美酒に酔いしれていた。

 

 






出た! ジークさんの華麗なるフラグ回収コンボだ!





~先んじてQ&A~
Q:ジークが「パラディウス社に選ばれた」って言っていたけど、どういうこと?

A:原作のように「ジーク・ロイド」の偽名で参加して失格になられてもあれなので、パラディウス社からシュレイダー家へとワールドグランプリの招待状が届けたことを指しています。

ジークの「ヨーロッパ無敗の貴公子」との肩書から、ネームバリューは十分ある為、招待状を送られる立場にあったゆえです。


Q:えっ!? イシズさん、墓守(はかも)れてないの!?

A:普通に考えて、あれだけの犯罪行為を働いたマリクの逃亡をほう助した強い疑い(ほぼ確定)がかかっている人間に

扱いを僅かでも間違った瞬間に国際問題レベルに発展する世界的に超重要な遺跡の管理・維持を任せたいと思う人おる?

原作なら「他に適任者がいない……」な状態でしたが、今作では都合良くいたのでボッシュートになります。

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