マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
???「あら~~! 金だ! カネ、カネ! 金だらけだ~~! うれしぃ~楽しぃ~! 金ー!」



第162話 溺れる者は藁をもつかむ

 

 

 

 世界の何処とも知れぬ場所に佇む冷たい金属質な檻が立ち並ぶ巨大な監獄にて、檻の中の囚人たちを見下ろすように椅子に腰かける男が何処か退屈さを感じさせる声を落とす。

 

「さて……何故、私がこの場にいるか理解しているかな」

 

 問いかけるような男の口ぶりだが、檻の中の囚人たちは何も語らない――いや、語れない。

 

 相手は自分たちの生殺与奪を握っている存在である以上、出方の分からぬ内に悪目立ちするリスクを負える訳もないが――

 

――こうも無反応だと話を進めにくいな……

 

「件の大会に参加する為に――と、脱獄を企てる者がいるとの報せを受けてね」

 

 そんなことを考えながら話を続ける男――というか、ダーツの姿をした神崎からすれば、少々やり難い状況であった。

 

 

 何故、神崎がこんなことをしているのかと言えば――

 

 かつてダーツが管理していた監獄から上述の報せを受け、「なら他は?」と調べてみれば「誰もかしこもデュエリストでした」と返す他ない結果が出た為、生じた問題を解消するべくダーツごっこに興じているのである。

 

 早い話が、原作では大人しかった囚人たちも爆上げされた大会のスケールを前にデュエリスト魂が抑えきれなかった状態だ。

 

「この祭りの邪魔をされては困る。とはいえ『全人類を』と語った以上、キミたちを此方の都合で排するのは祭りの趣旨に反するだろう」

 

 ゆえに責任の一端――というか、全部――を担った神崎が、ダーツに扮して火消しを行う為に色々準備してきたのである。

 

「なに、そう難しい話ではないとも」

 

 それが――

 

 

 

「キミたちもデュエリストならば、デュエルで勝ち取るといい」

 

 めんどくせぇから、デュエルで決めようぜ! である。雑か。

 

 

「試練を受ける席を一つばかり用意させて貰った。無論、カードも此方に揃っている」

 

 やがてダーツの背後にてスポットライトに照らされた一台のデュエルロボと、幾重にも重なったケースから顔を覗かせるカードの山に檻の中の囚人たちはざわめき立つ。

 

「勝ち取れば参加権と共に一時ばかりの自由を謳歌できる訳だが――」

 

「チャッピーが! チャッピーが出る! お金稼ぐ! 寄付いっぱいすればアイツ来ない!!」

 

 そうして説明を続けるダーツに囚人の一人が、丸太のように太い腕で檻の扉をガタガタ揺らしながら、傷だらけの顔を外に向けた。

 

「出たいかね?」

 

「出たい! お金稼ぐ! いっぱい稼ぐ!」

 

「なら、何をすれば良いか分かるだろう?」

 

 自身を「チャッピー」と自称した囚人――通称「チョップマン」を煽るように言葉を選ぶダーツへ向けて、別の囚人が何処か咎めるような声を漏らす。

 

「ドーマの親玉ともあろう人間が随分と悪趣味だな」

 

 そのもっさりとした顎髭に失われた頭頂部の毛を補う様にボサボサに伸びた長い髪の筋肉質な男の声にダーツは振り返ることなく言葉短く零すも――

 

「不服かい?」

 

「いや、願ってもない限りだとも」

 

 ダーツへの返答代わりに獰猛な笑みを浮かべる姿を見るに今回の提案に乗り気のようだ。

 

「質問がある」

 

 だが、そんな囚人たちの高まるモチベーションに水を差すように、顔の半分に何やら文様が彫られた浅黒い肌のほぼスキンヘッドの男の静かな声が響く。

 

「聞こう」

 

「勝ち取った権利を他者に譲渡することは可能か?」

 

「止せ、リシ――」

 

「許可しよう。どのみちアレ(デュエルロボ)に勝てなければ同じ話だ」

 

 そんな囚人の一人の質問に対して灰色の髪をした浅黒い肌の少年が何か言い切るよりも早く、ダーツはデュエルロボへと視線を移しながら軽く肯定してみせた。

 

 ダーツとしても脱獄を企てられるよりは、多少の融通を利かせた方が労力も少なくて済む。

 

 とはいえ、彼が大事な主君を愛しの姉上様と一時ばかりでも会わせたいのなら、それ相応のものを支払って貰う必要があるが。

 

「その言葉、忘――」

 

「無駄話はそれくらいにして、さっさと始めて貰いたい」

 

 そうして主君の為にと決意の籠った瞳を見せる囚人の一人だったが、その宣言を目つきの悪い長髪の男が何処か呆れと苛立ちを感じさせる声で遮った。

 

「そう焦るな。これはキミたちにとって――」

 

「そんな議論に意味などない。何故なら此処にいる全てを降し、その席を頂くのは私だ!」

 

 雲行きが怪しくなった話題の流れを戻そうとするダーツだったが、男の主張は変わらない。

 

 勝利者が得られる栄光に対し、勝負の前から問答することなど無駄でしかないと語るその瞳には「己こそが勝利する」との絶対の自負が見えた。

 

「フッ、そうか。他の者もキミと同意見のようだな」

 

 やがてその男の自負に触発されたように沸き立つ囚人たちの闘志溢れる気配にダーツはやれやれと言った具合に肩をすくめる。他に参加の上でのデメリット――注意事項がいくつかあったが、こうなってしまえば聞く耳を持たないだろうと。

 

 そう、もはや彼らにダーツとの問答など必要ない。

 

「ならば最後の一人になるまで――」

 

 なれば、降す言葉は一つであろう。

 

 囚人たちの檻に事前の要望通りのデッキとデュエルディスクが放り込まれ、全ての檻のロックが外れる音が響いていく。

 

 今ここに悪魔を縛っていた鎖は砕け、その悪意を解き放たんとする者たちに告げられるのは――

 

 

 

 

 

「戦え」

 

 

 

 待ち望んだ言葉そのもの。

 

 

 その瞬間、囚人たちの剝き出しの醜い闘争心が雄叫びを上げた。

 

 

 

 囚人たちの孤独(蠱毒)な戦いが今、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ、全描写カットするけどな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海馬ランドにてワールドグランプリの参加権を獲得すべく訪れていた遊戯たち。そんな中、折角なのでと本田もデュエルに興じていた。記念参加である。

 

 だが、そのデュエルは既に佳境に入っていた。

 

 

 本田は相手フィールドに佇む青き四足の海竜、《海皇龍 ポセイドラ》が身をかがめるように伏せたことで視界に大きく映ったその背の全体を覆う黄金の鎧に小さく溜息を吐く。

 

《海皇龍 ポセイドラ》 守備表示

星7 水属性 海竜族

攻2800 守1600

 

 相手の攻撃を罠カード《パルス・ボム》によって守備表示にすることで何とかそのターンの窮地を脱したゆえの光景に冷や汗を流す本田だが、相手のセットカードは4枚とかなり多い。

 

 そして一方の自身のフィールドにモンスターはおらず、永続魔法とフィールド魔法を何とか残せた程度――だが、此処から逆転してみせると本田は力強くデッキに手をかけた。

 

「俺のターン! ドローだ! この瞬間、永続魔法《凡骨の意地》の効果が発動! 俺がドローした通常モンスター《鋼鉄の巨神像》を公開し、追加でドローだ!」

 

 そうして友から連綿と託されたカードによって手札を増強し、今、勝利の方程式が揃ったとばかりに1枚のカードを発動させる。

 

「魔法カード《予想GUY》を発動! 自分フィールドにモンスターがいないとき、デッキから通常モンスター1体を呼び出すぜ! 現れろ、俺の分身――《コマンダー》!!」

 

 そして飛び出すのは本田のフェイバリットカードたる《コマンダー》。

 

 当の《コマンダー》も肩のランチャーと手にした重火器を己が強靭なマッスルで軽やかに構える姿はやる気タップリだ。

 

《コマンダー》 攻撃表示

星2 闇属性 機械族

攻 750 守 700

 

「此処で魔法カード《融合》発動! 手札の《鋼鉄の巨神像》と《レッサー・ドラゴン》を手札融合!! 融合召喚!! 出てこい! 《メタル・ドラゴン》!!」

 

 その隣を白銀の列車のような身体が駆け抜けると共に空へと昇った《メタル・ドラゴン》が竜の顎から気炎を上げた。

 

《メタル・ドラゴン》 攻撃表示

星6 風属性 機械族

攻1850 守1700

 

「まだだ! フィールド魔法《融合再生機構》の効果発動! 手札を1枚捨てて墓地の魔法カード《融合》を手札に戻す!」

 

「そして再び魔法カード《融合》を発動! 手札の機械族、《アクロバットモンキー》とドラゴン族の2体目の《レッサー・ドラゴン》を融合!!」

 

 だが、本田の攻勢は衰えることなく、高まる。

 

「融合召喚! 爆進しな! 《重装機甲 パンツァードラゴン》!!」

 

 そうして飛び出すのは金縁の白い戦車。だがその砲塔はハリボテ感溢れるドラゴンの頭になっており、更にはその首の根本から飛行用なのか定かではない機械の翼が伸びる。

 

 なお操縦席と思しき場所から白い装甲の猿型ロボ、《アクロバットモンキー》が親指を立てていた。

 

《重装機甲 パンツァードラゴン》 攻撃表示

星5 光属性 機械族

攻1000 守2600

 

 

「さらに魔法カード《思い出のブランコ》を発動! こいつで墓地の通常モンスター《レアメタル・ソルジャー》を復活だ!!」

 

 そして少なくなってきた本田の手札から繰り出されたカードにより、青い全身装甲に身を包んだ男、《レアメタル・ソルジャー》がブランコに乗りながら、キリッとした視線をデュエルロボに向ける。

 

《レアメタル・ソルジャー》 守備表示

星3 地属性 機械族

攻 900 守 450

 

「んでもって、《融合呪印生物―地》を通常召喚して、効果発動!!」

 

 これで最後とばかりに本田のフィールドに転がったのはゴツゴツした岩を頑張って球体状に固めたようなモンスター。

 

 そう、城之内とのトレードでゲットした友情のカードである。

 

《融合呪印生物―地》 攻撃表示

星3 地属性 岩石族

攻1000 守1600

 

「フィールドの自身と融合素材となるモンスターをリリースし、融合モンスターを呼び出すぜ!」

 

 やがてブランコに揺られる《レアメタル・ソルジャー》に岩の破片がドッジボールの如く炸裂する中、その衝撃によって全身装甲が変形していき――

 

「勇気と情熱が今、交わる! 生贄融合! 来いッ! 《レアメタル・ナイト》!!」

 

 ブランコが木端微塵に吹っ飛んだ先から上下に伸びる特殊な剣を持った精悍な顔つきの青いアーマーの男が歩み出た。

 

《レアメタル・ナイト》 攻撃表示

星6 地属性 機械族

攻1200 守 500

 

 1ターンで一気に4体のモンスターを展開した本田は此処で決めるとばかりに力強く宣言する。

 

「バトル! 《レアメタル・ナイト》で守備表示の《海皇龍 ポセイドラ》を攻撃だ!」

 

 攻撃力1200の《レアメタル・ナイト》では《海皇龍 ポセイドラ》の守備力1600を超えることは通常なら出来ないが、《レアメタル・ナイト》の「モンスターとのバトル時に攻撃力が1000上昇する」効果により、突破は可能だ。

 

 《レアメタル・ナイト》の手中の剣が放電を始め、《海皇龍 ポセイドラ》に迫るが――

 

 

「フフ……デス」

 

「なに笑ってやがる……!」

 

 そんな状況であるというのに、デュエルロボの不敵な笑みを感じさせる声色に本田は嫌な汗を流す。

 

「今、『攻撃』と言いましたネ?」

 

「……? ああ」

 

 そう、察しの悪い本田は今ここに世にも恐ろしいカードの洗礼を受けることとなる。

 

「フフフ……私が伏せてあるカードへの警戒が足りていないようデスネ……」

 

「まさか罠カード!?」

 

「その通りデス! 貴方の『攻撃』との言葉がスイッチとなる罠カード! リバースカードオープン!!」

 

 ようやく自身へ罠カードの毒牙が迫っていることを知り、慌てふためく本田だが、もう遅い!!

 

「今こそ底知れぬ絶望の淵へ、沈むのデス! 発動せよ――」

 

 カードの発動と共にデュエルロボが両の腕を顔の前で交差した後、腕をそのままサッと左右に広げ、右拳を振るう様に前に突き出す流れの中で、そのまま腕を弧を描くように戻しつつ、両方の手を腰だめに構えると――

 

 

 

 

 

「《 聖 な る バ リ ア - ミ ラ ー フ ォ ー ス - 》!!」

 

 

 

 

 

 世界が光に包まれた。

 

 

 眩いばかりの崇高なる輝きは破壊の奔流となって本田のフィールドの4体のモンスターを蹂躙。

 

「な、な、な、なあぁぁぁにぃぃぃぃいいいいいいーーーーッ!?」

 

 やがて崇高なる光が収束した後に残るのは「無」――圧倒的なまでの無。

 

 その現実に驚愕した本田の声が虚しく響く。

 

「お、俺のメタルソルジャーたちがぁぁぁぁぁ……ぜ、ぜん……め、めつめつめつ……!?」

 

 逆転の一手となる筈だった一斉攻撃を、一瞬の内に情勢と共にひっくり返された本田の動揺は大きい。

 

 そして手札を使いきってしまったゆえに此処からの立て直しが出来ず、本田は手詰まりの状態だ。

 

 だが、本田とて一人のデュエリストとして最後まで戦い抜くのだと、自身に喝を入れる。

 

「くっ、ここまでか……だが、俺は最後まで戦うぜ! 破壊された《重装機甲 パンツァードラゴン》の効果でフィールドのカード1枚を破壊……する! 俺はお前の右端のセットカードを破壊だァ!」

 

 その宣言と共に天高く宙を舞っていた《重装機甲 パンツァードラゴン》の翼の部分がデュエルロボのセットカードに突き刺さった。

 

 

 どのみち《海皇龍 ポセイドラ》を破壊しても、前のターンに相手が手札に加えていたモンスターを召喚されれば敗北は変わらない為、自身への戒めの意味も込めてセットカードを破壊した本田。

 

「フッ、愚かな……デス」

 

 だが、そんな本田の自身への戒めは更なる教訓を示す結果となる。

 

「セット状態で破壊された永続罠《ミラーフォース・ランチャー》の効果を発動! 墓地のこのカードと《聖なるバリア -ミラーフォース-》をセットしマス」

 

「なん……だと……!?」

 

 ありのまま今、起こった事を話せば、《聖なるバリア -ミラーフォース-》に全てを吹っ飛ばされたと思ったら、再び《聖なるバリア -ミラーフォース-》がセットされていた。

 

 そんな何を言っているのか分からねー事態に本田は見舞われていた。

 

「フフフ、貴方のターンデスヨ」

 

「くっ、俺はこれでターンエンドだ……エンドフェイズにフィールド魔法《融合再生機構》の効果で融合素材に使用したモンスター《レッサー・ドラゴン》を手札に……戻すぜ」

 

 何処か得意気なデュエルロボのモノアイがキラリと光る中、恐ろしいものの片鱗を味わった本田が悔し気にターンを終える。もう、打つ手は残されていない。

 

「ならワタシのターン、ドローデス! そして《海皇龍 ポセイドラ》を攻撃表示に変更し、すぐさまバトル! ポセイドラでダイレクトアタック!!」

 

 やがてデュエルロボの声にグワンと長い首をうねらせながら立ち上がった《海皇龍 ポセイドラ》は顎が外れるのではないかと思う程に大口を開け――

 

「受けるがいいデス! このデュエルに決着をつける、止めの弾丸!! 深海のヴァブル・カノン!!」

 

「やっぱ駄目だったかぁああああ!!」

 

 その大口から生成された水の弾丸が周囲の空気を切り裂きながら放たれ、やがて本田を撃ち抜いた。

 

本田LP:1000 → 0

 

 

 

 

 

 

 

 そうして惨敗を喫した本田に向けて、海馬ランドにてばったり出会った際に案内役を買って出たモクバが得意気に胸を張る。

 

「どうだ、スゲェだろ! これが世界中のカードデータを基に色んなデッキを熟練のデュエリストレベルで使いこなすKCの最新技術! 『デュエルロボKC-1』だぜぃ!!」

 

 そう、これこそが《機械軍曹》の人こと大田がグギギ顔で海馬と協力しつつ完成させた正式型のデュエルロボ。

 

 初心者モードから、(相手が)即死コースまで幅広いレベルに対応したスペシャルな逸品だ。プロトタイプには神崎も現在進行形でよく世話になっている。

 

「いやぁ、滅茶苦茶強ぇな。俺じゃ手も足も出なかったぜ……」

 

「まぁ、本田の奴がデュエルしたのは今回のワールドグランプリ用にハイレベルに設定されたデュエルロボだからな――そう簡単には勝って貰っちゃ困るってもんだぜぃ!」

 

 トホホと肩を落とす本田の背を軽く叩きながら励ますような言葉を送るモクバだが、その当人も試験的にデュエルした際にフルボッコにされたことは内密で願いたい。

 

 なお仇は海馬が頼まずとも討ってくれた。

 

 そんなデュエルロボの実力を目の当たりにした中で杏子がふと、一同が海馬ランドに着いた途端に漲らせたやる気のまま単身で突撃していった為、この場にいない城之内の姿を思い出しつつ返す。

 

「なら、まだ戻ってない城之内も、ひょっとして苦戦してるかしら?」

 

「んじゃぁ俺たちで応援にでも行ってやるか――遊戯も付き合わせて悪かったな」

 

「そんなことないよ! ボクや城之内くんとトレードしたカードを本田くんが使いこなしててボクも嬉しかったから……」

 

「そうか……へへっ、そう面と向かって言われるとなんか照れるな!」

 

 杏子の声に城之内の応援に向かうことにした一同は遊戯の賛辞に照れる本田を先頭に別のデュエルブースへと歩を進めようとするが――

 

「いよぉ、本田! 応援に来てやったぜ――って、終わっちまった後かよ」

 

 その前に意気揚々とした姿の城之内が現れ、出鼻が挫かれた。だが付き合いの長い本田は慣れた調子でハイタッチと共に言葉を交わす。

 

「よぉ、城之内。遅かったじゃねぇか」

 

「いやぁ、デュエルの後でばったり絽場たちにあってよ。話が弾んでたら応援に来んのが遅れちまった。悪い」

 

「まぁ、俺の方は記念参加みてぇなもんだから構わねぇよ――で、勝ったのか?」

 

「あたぼうよ!」

 

「へへっ、やったじゃねぇか!」

 

「それで絽場くんの方は合格できてたの?」

 

 親友のワールドグランプリの参加権獲得の事実を笑顔で祝う本田だが、杏子の声に城之内が語ったエスパー絽場とその兄弟たちの様子へと話題はシフトしていく。

 

「いや、それがよ……バトルシティの件もあって参加できねぇんだと。此処にいたのも今回の試験のボランティアスタッフとしてらしいんだ」

 

「おう、アイツらが『何か少しでも償いがしたい』って言うもんだから、此処での雑事を俺が手配してやったんだぜい!」

 

 だが城之内が語ったようにエスパー絽場はデュエル協会によって『公式試合の無期限出場停止』の処分が降っている為、当然ながらワールドグランプリに参加することは出来ない。

 

 しかしエスパー絽場とその兄弟たちはその事実を受け止め、今の自分たちが出来ることを精一杯行っているのだと、語るモクバは鼻高々だ。同じく兄弟を持つ者として、他人事とは思えないのだろう。

 

 

「でも、なんか勿体ねぇよな。アイツの実力ならデュエルロボ相手に良いとこまで行けただろうによ……何とかならねぇもんかねぇ」

 

「こればっかりはダメだぜい! 本田、お前だって大会参加の為に正々堂々頑張っただろ? そんな風に他のヤツらだって正々堂々頑張ってるんだ!」

 

 そんな中、バトルシティでエスパー絽場のデュエルを直に観戦していた本田から思わず口に出た言葉だが、対するモクバは譲れない一線があるのだと返す。

 

「そこには絽場のヤツがズルしたことで、本当は勝てるデュエルを落としちまったヤツだっている――やったことのケジメは付けないといけないんだぜい」

 

 本田も今やデュエリストとして当事者となった状態なら実感できる筈だと。

 

「まぁ、これはヴァロンの奴……友達の受け売りなんだけどな」

 

「……そうだよな。無理言っちまったみたいで悪い」

 

 誰かの受け売りをさも自分のことのように話してしまったと照れるように頬をかくモクバだが、本田から送られた謝罪の言葉に握りこぶしを前に出しつつ力強く宣言する。

 

「構わないんだぜい! それに絽場にだって復帰のチャンスはキチンとあるからな! 後はアイツの頑張り次第だぜぃ!」

 

「そうだぜ、本田! アイツもこの《人造人間サイコ・ショッカー》に相応しいデュエリストになって戻って来るって言ってたからな! そん時まで、このカードは男、城之内様が引き続き責任を持って預かるぜ!」

 

「負けられない理由が増えたわね、城之内」

 

「うん、そうだね! 絽場くんの分までワールドグランプリで頑張らなきゃ!」

 

 そうして城之内の固い決意へと杏子と遊戯が発破をかけ、一同の空気は和やかさを増していく。

 

 

 エスパー絽場の犯した過ちはなかったことには出来ない。

 

 だが、彼らの「これから」は無限の可能性で満ちているのだ。

 

 

 それを活かすも殺すも本人次第である。

 

 

 

 

 とはいえ、真っすぐな瞳で前を向く彼らにはいらぬ心配であろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて少しばかり海馬ランドで遊んだ後、日も暮れてきたゆえに解散した一同。

 

 そして我が家へと帰った遊戯は保護者である双六に「ワールドグランプリ」に関する様々な事情を説明していた。

 

「――と、そういう訳で海外の大会に参加することになったんだけど……」

 

「ふーむ、じゃから遊戯の保護者である儂の出番という訳じゃな」

 

「うん。長くなるかもしれないから、学校に届けを出さなきゃならないんだ」

 

 ワールドグランプリの開催地はKCが生んだ夢の国「海馬ランドUSA」――アメリカである。つまり「海外」だ。

 

 それに加え、全人類の中から選りすぐりの実力者を厳選したとはいえ、その数は原作の比ではない――それに伴い大会期間も長くなる為、1日で終わることなどない。

 

 それゆえに「デュエルの大会に出るので学校を休みます」といったリアル世界ならば「ハァ?」な届けを学生である遊戯は出さねばならないのだ。

 

 出さなくても良いが、その場合はサボり――もとい欠席になる。

 

 

「じいちゃんも観戦に行くんでしょ? ……あれ? そういえば、じいちゃんが持ってるのって――」

 

 ゆえに双六は遊戯から受け取った書類にペンを奔らせるが、遊戯がふと零した問いかけを避けるように牛尾との一件の話題を何処か残念そうに声を漏らす。

 

「そ、それよりも遊戯。折角貰った小切手を牛尾くんに返してしまうとは、なんと勿体ない……それがあれば店のリフォームだって軽く出来たじゃろうに……」

 

 具体的な金額は遊戯の口からは語られていなかったが、「デュエルキング」への贈り物となればとんでもない大金であることは双六にもよくわかる。

 

 となれば、そんな大金の使い道を考えてしまうのが人の性というもの。

 

 

 なお、その金額は双六の予想を大きく上回り、店一件を丸々リフォーム出来るどころか二、三件新店舗を出しても余裕なレベルであることを記しておこう。

 

 

「ちょっと止めてよ、じいちゃん」

 

 だが、遊戯からすれば自身の祖父が軽い冗談めかした言葉でも、今のような姿はどうにも見たくないゆえに双六への視線がジトッとしたものに変わる。

 

 そんな遊戯の視線にたじたじになる双六だが――

 

「いや、じゃがのう、遊戯……ちょっとくらい貰ってもバチは当たらなかったんじゃないかの?」

 

「もう、じいちゃん!」

 

 このくらいなら――と、2本の指で小さく隙間を作る双六の仕草に遊戯は呆れを多分に含ませながら咎めるように声を張った。

 

 

 心技体共に優れたデュエリストとして尊敬しているだけに、たとえ軽いジョークであってもその双六の姿は遊戯としても少々目に余る。

 

 こういう時こそ、ビシッとカッコいい姿を見せて貰いたいものだと。

 

 

 だが、そんなやり取りを経たせいか双六のもう一方の手に何やら「参」との文字が見える紙が握られていたことなど遊戯の記憶からはスッポリと抜け落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で暫し時をさかのぼり、遊戯たちが海馬ランドへ向かっている頃、レイン恵の覚悟の籠った視線を受けた牛尾が場所を馴染みの喫茶店へと移しながら諸々の事情を聞いていた。

 

 

 レインの只ならぬ様相から余程のことだと身構えていた牛尾だが、凡その話を聞き終えた牛尾は額に片手を置きつつ、今回の話の肝を確認する。

 

「えー、話を纏めると――つまるところ、レインはKCの見学がしてぇってことか?」

 

「肯定」

 

――普通に只事じゃねぇか……

 

 コクリと小さく頷いたレインの姿に牛尾が内心でそう呆れてしまうのも無理はない。

 

 多少の物珍しさはあれど、もの凄く普通の要件だった。

 

 そんな具合に肩透かしを受けたことで緊張感が霧散したゆえか、肩の力が抜けた牛尾はそのまま場の空気も緩めるべく――

 

「ハァ、緊張して損した……店員さん、すんませーん。コーヒー1つお願いしまーす――オメェさんもなんか食うか?」

 

「カレー」

 

「じゃぁ、それも頼んます」

 

 店員に注文を入れる。そうして店員を見送った牛尾は「そういえば」と対面に座るレインへと話題振りも兼ねて問う。

 

「しっかし、オメェさんは相も変わらず同じもんばっか食って……飽きねぇのか?」

 

「思い出の味……」

 

「おっと、余計なお世話だったか」

 

 人様の思い出にズカズカ踏み入れる気もない牛尾は軽く流す中でレインの脳裏に浮かぶのは過去の残照。

 

 

 

 

 

 それは彼女がアーククレイドルで生み出され、現在の任務に就くまでの僅かな間の思い出。

 

 デュエルロイドとして起動したばかりのレインにはインプットされた知識はあれど、実感という意味において理解が不足していたゆえに暫しZ-ONEたちと過ごした時間。

 

「私たちデュエルロイドに食事でのエネルギー摂取は必要ない」

 

「黙って食べろ」

 

「パラドックス、そんな言い方しちゃダメだよ」

 

 イリアステルの本拠地にて食卓を囲むZ-ONEに向けて無感情な瞳で語るレインに棘のある言葉を送るパラドックス。そしてそれをやんわりと制するアンチノミー。

 

「確かに貴方にとって無用な行為でしょう。ですが、貴方の任務は『人間に紛れる』ことが重要です。これはその予行演習ですよ」

 

「Z-ONEが起動したばかりのキミの為に用意した場だ。素直に受け取っておけ」

 

 そんな何処かピリピリとした気配が場に漂う中、Z-ONEは静かに返し、アポリアも難しく考えるなと場を収めようと動く。

 

「任務に必要な情報は既にインストール済みである以上、この場の必要性に疑問が生まれる。イリアステルが掲げる未来救済の目的において現在の荒廃した世界の崩壊というリミットを考えれば活動時間が限られていることは明白であり、不必要な時間は排するべきであ――」

 

「必要性ですか」

 

「肯定。この場の必要性を問う」

 

 だが、レインから飛び出した無機質さすら感じさせる言葉の羅列にZ-ONEは小さく息を吐く。やがて自身の問いに対する己が創造主の言葉を待つが――

 

 

「皆で食卓を囲むのは楽しいですよ」

 

 

 それはその時のレインにとっては理解できないものだった。何故なら、既に彼女の創造主は寿命の問題から肉体の機械化に併用し、人間的な生命維持を必要としない生命維持装置に座し始めている。

 

「否定。貴方は既に経口摂取によるエネルギー補給は不可――」

 

「――レイン!!」

 

 ゆえに食事の不必要性を示そうとしたレインだったが、その先の言葉はヒビが入る程の力でテーブルに拳を叩きつけたアポリアの怒声によって掻き消された。

 

 しかし目に見えて怒りを見せるアポリアの巨躯を前にしてもレインの瞳は何一つブレない。デュエルロイド――機械であるという己の自己認識が、彼女から感情を奪っていた。

 

「アポリア、少し落ち着くべきだ。生まれたての子供に心を問うたところで、どうにかなるものではない」

 

「否定。当機は既に一般的な義務教育課程は修了しており、更に外見設計も赤子のものではな――」

 

「あはは……それはそうだけど……うん、そうだよね」

 

 怒りに震えるアポリアをパラドックスがなだめようとするが、火に油を注ぐようなレインの姿にアンチノミーも何処か疲れた声を漏らす。

 

 混沌とし始めるこの場の雰囲気にパラドックスは逆転の発想を突破口とせんとするが――

 

「時間が無駄だと言うのなら問答など交わさず、速やかに食事を終えた方が建設的ではないかな?」

 

「否定。この問題の焦点は無駄な行為を許容していた現状の改革を目指したものであり、今後の活動の効率化を図る為にもこの場にて明確な――」

 

「――さっさと食え!!」

 

 なんか面倒臭くなったので、スプーンに掬ったカレーをレインの口に押し込んだ。

 

「――むぐっ!? ……むご……もぐもぐ……」

 

 有無を言わせず突っ込まれたカレー(華麗)なる一撃に今までの機械的さを感じさせない素っ頓狂な声を漏らしたレインが、仕方なく咀嚼を繰り返すうちにその瞳に色が見え始め――

 

 

 

 

 

「……おいしい」

 

 やがて思わずといった具合な素直な感想がレインの口から零れた。

 

「だよね! パラドックスはこういうの上手でさ! 昔も――」

 

「お前たちは放っておくと三食とも携行食で済ましかねんから上達せざるを得なかっただけだ」

 

 ほっとした反動から始まったアンチノミーの昔語りを有無を言わせず封殺するパラドックス。それもその筈――

 

 

 自身の得意分野(機械いじりなど)に没頭し、食事すら疎かになりがちなアンチノミー。

 

 幼少期に両親を亡くし、青年期は機皇帝との戦いに明け暮れ、老年期はたった一人孤独に生きたゆえにその辺りがスッポリ抜け落ちているアポリア。

 

 人類救済の為に己が身すら顧みなかった何処か自罰的な様相を見せるZ-ONE。

 

 

 こんな有様では消去法でパラドックスが頑張るしかなかった。

 

 そうして二口目を頬張るレインに向けて、鉄仮面の隙間から見える優しい瞳と共にZ-ONEは語る。

 

「確かにデュエルロイドである貴方に食事の必要はないのかもしれない。ですが今貴方が感じた『おいしい』との感情を含めた様々な想いが、貴方を心なき機械ではない『人間』に近づけてくれる」

 

 ただ命令に忠実なだけの機械などZ-ONEは求めていない。未来を救うのは「人の意思」そのもの。

 

「貴方はその『人間』を救うべく私たちと共に歩むのだから」

 

 ゆえに「人間」であることを忘れてはいけないと返すZ-ONE。

 

「懐かしいな~昔はキミに引っ張られてみんなで食事会を開いたんだよね」

 

「キミのお陰で根を詰めるばかりが最善ではないと思い出させてくれた」

 

「……昔のことだ」

 

 そうして思い出を語るアンチノミーやアポリアに対し、何処か照れた様子を見せるパラドックスと、過去を懐かしむZ-ONEの姿。

 

 

 そこにレインを加え、5人で食卓を囲んだ一時の思い出。彼女の胸に広がった温かなもの。

 

 

 

 それらの思い出からレインは「彼らは欠けることなく共にいて欲しい」と願う――それが彼女に芽生えたささやかな『心』の始まりだった。

 

 仲間がくれた大切なもの()

 

――私が……見つけてみせる。

 

 

 ゆえに反応がロストする前にパラドックスが処理しようとしたターゲットである神崎のいる件の魔窟、KCのオカルト課への調査に踏み切ったレイン。

 

 

 その表情は変わらずとも、瞳には強い決意と覚悟が見える。

 

 パラドックスを無事に救助できれば、あの温かな世界が戻ってくるのだと――いや、取り戻してみせるのだと心に誓う。

 

 

 

 

 何もかも無駄であることなど知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後に、カレーはとても美味しかったことを此処に記しておく。

 






Q:レイン恵ってカレーが好きなの?

A:ゲーム内の一場面でコナミ君(プレイヤー)が他に無数の選択肢がある中で《モウヤンのカレー》をチョイスしたので、なんらかの思い入れはあると推定しました。

それゆえに原作での要素を盛り込みつつZ-ONEが彼女を特別扱いしていた節があったことも相まって、今作でのオリジナルエピソードを追加した次第です。



~一瞬だけでた人物の紹介~
チョップマン
原作コミック「遊☆戯☆王」で登場。

DEATH-T編にて登場した猟奇殺人鬼。一夜で10人を惨殺した凶悪犯。

継ぎ接ぎのマスクで顔を隠した巨漢の男。自分のことを「チャッピー」と称する。

だが原作でも本名は明かされておらず、切り刻む男――「チョップマン」と呼ばれており、キャベツだった頃の海馬に雇われて死のアトラクション「殺人の館」の責任者に採用された――どうかしてるぜ!

原作ではその後、DEATH-T編にて焼き殺されている。


今作では――
分かり易い「悪人」だった為、神崎――ではなく、アクターとのリアルファイトを経て投獄された。その際、イシズが予知したIFのマリク戦より酷い状態になった為、チャッピーの心にトラウマが植え付けられたが余談である。

現在は囚人をしながら書類上は存在しないとされる地下デュエルにてファイトマネーを稼ぎ、賠償金の支払いや、寄付を行っている。

なお、反省したゆえの行動ではなく、「善行を行えばアクターが来ない」とチャッピーが考えているゆえ。


ちなみに――
何故かOCGで《凶悪犯―チョップマン》としてカード化されているが、遊戯王ワールド的にはどういった立ち位置のカードになるのだろう……






~一瞬だけ出た本田が相手にしていたデュエルロボのデッキ~

《海皇龍 ポセイドラ》の自身の効果による特殊召喚に特化したデッキ。

その特殊召喚時の魔法・罠を全体バウンスする効果にて《ミラーフォース・ランチャー》と《聖なるバリア -ミラーフォース-》を繰り返し伏せつつ――

???「我はセットカードを(バウンスした後で)ランダムに並べ替える」

???「あれ(のどれか)はミラーフォースのような逆転のカード……」

???「底知れぬ絶望の淵へ、沈め!」

???「だから、あのカード(のどれか)はミラフォだっつってんだろ!」

――するデッキ。ミラフォの恐ろしさを再確認できる。なお弱点も再確認できる(´;ω;`)ブワッ

なお破壊されることで発動する地雷系のカード《藪蛇》なんかも混ぜて伏せてあるが、本田は無警戒にミラフォに突っ込んだ。だから、あのカードは(以下略)

???「伏せカードが変わっていないか確認しただけだ!」


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