マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
バックアップ・ガードナー「(OCG化されるまで)今はまだ私が動く時ではない」





第171話 せ ま る ま の て

 

 

 周囲のソリッドビジョンが消えていき、デュエルの決着を示す中、その勝負の結末に対してジークは呆然と膝をつく。

 

「私が……負けた……?」

 

 己に落ち度はなかった筈なのに、己が勝利者である筈だったのに――脳裏を過る言葉は数多あれど、この結果を覆すに足るものには至らない。

 

「キミは強い。だが、その強さへの自負ゆえに相手を過小評価するきらいがある。それゆえに時に目を曇らせ、戦局を見誤った」

 

 そんなジークにラフェールは語る。それはこのデュエルで感じたジークの本質、そして在り方。

 

 ジークの本質は、強さの源は、絶対的なまでの己への自負――それだけ聞けば唯の自信過剰な人間に思えるが、見方を変えれば「自分ならば出来る」「出来ない筈がない」と言った具合に己への自信を原動力に迷いなく進み続けることの出来る力だ。

 

 だが、ジークには相手を必要以上に侮る悪癖があることもまた事実。自信が過信に変わった時、それは己を高める力以上に視野を狭める。

 

 前も見ずに駆けた者の末路など語るまでもない。

 

「それがなければ……勝負の行く末はまた違ったものになっていただろう」

 

「黙れ! 慰めの言葉など不要だ!!」

 

 ゆえにラフェールは肌で感じた相手の実力に対し、思わず「惜しい」と感じた心のままに吐露するが、ジークは突き放すように腕を振り、叫ぶ。

 

「己が敗北は! 己が力によってのみすすがれるものだ!!」

 

 ジークとてこの敗北を糧に出来ぬ程、盲目なデュエリストではない。かつて味わった海馬への敗北感が彼を強くしたように、どれだけ忌々しくとも相手の力量を受け止めるだけの度量は一応ある。

 

「貴様の勝利はこの日のものが最後だと思え!」

 

 そうして捨て台詞と共に立ち上がり、踵を返したジークの背に向けてラフェールは小さく息を吐いた。

 

「フッ、どうにも節介が過ぎたようだな」

 

 確かにジークの在り方は刺々しく周囲を遠ざけるものかもしれない。しかし、それは彼自身が選んだ己が道――守るべき花の矛であり盾。

 

 

 シュレイダー社という薔薇を美しく花開かせる為に、彼は戦っているのだ。

 

 

 

 

 そうして勝利者の義務をカメラの前で熟すラフェールを余所に一足先に会場を後にしたジークは壁に拳を打ち付けながら忌々し気に呟く。

 

「そうだとも、この敗北の汚名は別の形ですすげばいいだけのこと……!」

 

 当初の計画であった「己がデュエルキングになり、その場で海馬に勝負を挑んで栄光を勝ち取る」との道は途絶えたが、ジークにはまだ奥の手がある。

 

 それはKCが防いだアトラクションの誤作動などを一笑に付す程の一手。

 

 その一手によってシュレイダー社という薔薇は美しく花開くのだと。

 

「どんな手を使ってでも……!」

 

 とはいえ、周囲に「害」と思われれば、どれだけ美しい花を開かせようと摘み取られてしまう現実が立ちはだかるのだが。

 

 

 

 彼が大事な薔薇を守り切ることが出来るのかどうかは神のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼下にて先の一戦に対し、カメラの前で問答を交わすラフェールを視界に収めた海馬は鼻を鳴らす。

 

「ふぅん、ラフェール……か。恐らくあの男は最後の舞台まで勝ちあがってくるだろう」

 

 それは思わぬ強敵の出現に対する高揚感に近いもの。世界にはまだ見ぬ猛者がひしめき合っているのだ――とはいえ、ラフェールの知名度は高い方だが。

 

「遊戯、貴様であっても少々骨が折れる相手。だが、デュエルキングとして俺に無様を見せることなど許さんぞ」

 

 だとしても、海馬の心を揺さぶるのは唯一無二――闇遊戯のみ。そんな闇遊戯とラフェールの一戦に想いを馳せつつ、一抹の歯痒さを覚える海馬だが――

 

「しかし、あのワルキューレ使い――確か『ジークフリード・フォン・シュレイダー』といったか……」

 

 ふと、そのラフェールと先程デュエルした相手であるジークへと意識が向く。前夜祭にて言葉を交わした時は気にも留めてすらいなかったが、こうしてデュエルしている姿を見れば海馬とてデュエリストとして無視はできない。

 

 最終的に力及ばず敗れはしたが、その力量はラフェールも認めた程だ。強者を好む海馬としても認めてやらんでもない気持ちもあった。

 

 

「この序盤で消えるには少々惜しいデュエリストだったかもしれんな」

 

 それゆえに、そうなんとなしに零れた言葉は誰にも届くことなく、空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜崎との一触即発だった件に対し、城之内は頭を冷やすべく遊戯たちの元に向かっていた。仲間の顔を見れば、荒んだ感情も少しは整理できるだろうと。

 

 

 そうして集合場所にしていたゴーカートならぬゴー列車エリアにて見つけた仲間の姿に城之内は軽く手を上げた。

 

「おう、遊戯」

 

「あっ、城之内くん――竜崎くんとの試合……残念だったね」

 

「後の大会はダーリンと私に任せておきなさい!」

 

「あー、おう、そうだな」

 

 表の遊戯とその腕に手を回すレベッカが、先の己の敗戦に対して真逆の対応を見せるが、当の城之内には些か覇気が見られない。

 

「なんだよ、随分大人しいじゃねぇか。城之内の癖にいっちょまえに凹んでんのか?」

 

「そんなんじゃねぇよ……」

 

 そんな姿に不思議そうに眉をひそめる本田の声にも城之内の反応は芳しくなかった。

 

「どうしたの? 本当にらしくないわよ? 変なものでも食べた?」

 

「だから拾い食いは止めとけっていっただろ?」

 

「うるせぇぞ、お前らァ! 俺をなんだと思ってんだ!!」

 

 だが、杏子と本田から流れるように放たれる冗談交じりの軽口に、城之内はナイーブな気分など吹き飛んだようにウガーとワザとらしく怒って見せる。

 

「フフッ、何時もの城之内くんだね」

 

「遊戯、そりゃどういう意味だァ!」

 

 そんな中で思わず零れた表の遊戯の声に城之内は本田への絡みを止め、顎をとがらせながら表の遊戯にヘッドロックをかけ、拳をグリグリと頭に当てるが、あくまで軽くであり、じゃれ合いの範疇を出ないものだ。

 

「く、苦しいよ、城之内くん……」

 

「そのまんまの意味だろうよ!」

 

 ゆえに苦笑しながら腕をタップする表の遊戯と、茶化すように笑う本田の姿に城之内は肩の力が抜けていくのを感じつつポツリと零す。

 

「本田も――ったく、あんがとな」

 

「ん? なんか言ったか?」

 

「なんでもねぇよ。そういや、もう一人の遊戯のデュエルはどうだったんだ? それに敵情視察なら遊戯に丸投げしねぇで直接みりゃぁいいのによ」

 

 そうして城之内のヘッドロックから解放された表の遊戯がレベッカによって引き戻される中、反対側の遊戯の隣に腰を落とした城之内は、照れくささを隠すように話題を変えた。

 

「今はボクの心の奥で休んでるよ」

 

「休む? なんかあったのか?」

 

「疲れちゃったみたいなんだ――今日は激戦だったから」

 

「……相手って誰だったんだ?」

 

 だが、なんとなしに放った話題は城之内の心中に波を起こす。

 

 自分よりも遥かに強い闇遊戯が、表の遊戯が「激戦」だったと語るその内容を何処か触れてはならないと考えつつも、思わず先を促した城之内に返るのは――

 

「えーと、最初は『ピケクラマスク』さんって言う覆面デュエリストで……魔法使いデッキなんだけど――とにかく多彩なプレイングで凄く強い人だったんだ」

 

 初戦は変、もとい特徴的なリングネームのデュエリスト。というか、ドクターコレクターである。

 

 彼は囚人でありながら、原作GXにてプロデュエリストの頂点に立った男に挑む権利を得る程のデュエリストだ――つまり、凡百のプロたちとは一線を画す実力を持つ。

 

 闇遊戯であっても、快勝とはいかなかった。それは闇遊戯が繰り出した《ブラック・マジシャン・ガール》の一撃が凌がれていれば、危うかったかもしれない程。

 

「それにカードのことをとっても大事にしてて、デュエル後は泣きながらもう一人のボクと握手してたんだ。もう一人のボクもとっても困った顔してた」

 

 そうして思わぬ「アイドルカード対決」となったデュエルにて一回戦敗退を喫したドクターコレクターだったが、その顔は憑き物が落ちたように清々しかったという。

 

「それで2戦目は城之内くんも知ってる北森さんだったよ。デッキ破壊とライフ管理が凄くて、もう一人のボクのデッキが削り切られちゃったんだ」

 

 次の試合の相手は北森――彼女もまた原作遊戯王Rにて1か月程の経験で、バトルシティを勝ち抜いた城之内に実質勝利する程の実力者。

 

 今作ではそこに心技体を鍛えぬく時間と指導者、各種設備etcをつぎ込んだ結果、才ある者を集めたオカルト課の中で上位の実力者として君臨している。当人の自覚が薄いのが玉に瑕だが。

 

「ボクの知ってるデッキ破壊とまた違ったところが色々あって…………とにかく厄介な相手だったよ」

 

 そのデュエルの最後は、デッキが破壊されようとも手札は破壊されない――との超理論からなるエクゾディアによる特殊勝利で決着した。

 

 そう、デッキ破壊によりエクゾディアパーツが墓地に送られたことで、墓地回収による疑似的なサーチとする相手の戦術を逆手に取った策が決定打となったのだ。

 

「今日の最後の試合の3戦目は軍人さん――って聞いてたけど」

 

 そして本日最後の相手は匿名希望の鋭いリーゼントが特徴の筋骨隆々の大男。

 

 名前は当人の希望により明かせないが、彼は原作GXのボスキャラポジションを務めたデュエリスト。

 

 その腕前は様々な強敵たちを退けてきたGX主人公、遊城 十代をあと一歩のところまで追い詰める程の実力者だ。実力者ばっかりである。

 

「特殊なフィールド魔法でボクのカードは弱体化させられちゃって、上手く攻め切れなかった場面が多かったかな」

 

 そのデュエルは《ブラック・マジシャン》に「毒を注入!」され、フラフラになったところで、師匠を贄にアドバンス召喚された弟子――にまた「毒を注入!」と、とにかく厄介だったと語る表の遊戯。

 

「それで最後に出てきた切り札が凄かったんだ! 後一回攻撃が通されてたら、その効果で負けてたかもしれなかったよ!」

 

 更に彼の奥の手たるカードはまさに「神」を思わせるパワーを持っていたと表の遊戯は力説した。

 

「だから、次のトーナメントが組まれるまでの何日かの間に休めるだけ休んで置こうって――大会はまだまだ序盤だからね」

 

「そう……か。ス、スゲェ相手ばっかだったんだな!」

 

 そうして何でもないように語られた表の遊戯の言葉に城之内が取り繕うように空元気を見せるが――

 

「王様の遊戯がお休みしてる間に、私の試合があるから、応援よろしくね、ダーリン! 後、城之内も」

 

「相変わらず可愛い気のねぇ奴だなぁ…………まぁ、頑張れよ」

 

 割り込むように声を上げたレベッカの楽し気な姿に気勢を削がれたように城之内の語気は小さくなっていく。

 

「当たり前よ! もし勝ち進んだダーリンとデュエルすることになっても手加減抜きだからね!」

 

「うん、その時はボクも全力を尽くすよ」

 

 

 そんな先を進むデュエリストたちの姿に城之内はその心に何処か焦燥感を渦巻かせる。

 

 

 仲間の元に来れば心の整理がつき、またいつものように戻れると思っていただけに、城之内の心は落ち着かない。

 

「…………なぁ、遊戯」

 

「どうしたの、城之内くん?」

 

 

『俺たち、ライバルだよな』

 

 ゆえに証明代わりの言葉を求めようとした城之内。

 

 だが、常日頃なら簡単に出ていた言葉が今日に限って出てこない。

 

『遊戯に本気で勝てると思っとんのか!』

 

 つい先ほど、竜崎から告げられた言葉がその脳内に響く。

 

 ライバル。競争相手――競い合えているのか? 一方的に目標にしているだけではないか? 追い掛けているだけではないか? いや、後ろに続いているだけではないか?

 

 一度たりともその背の影すら踏めなかった己が「ライバル」などと、どの口で言える? 影を踏む所か、その背に手をかけるデュエリストの方が相応しいのではないか?

 

 

 とはいえ、どちらの遊戯も城之内がそう問えば、「勿論ライバルだ」と、そう返してくれるだろう。

 

 

 そうだろう。そうだろう。だって、彼らは「友達」だから。熱くて厚い友情の絆で結ばれた大親友なのだから。それはそれは、傷つかない優しい言葉を選んでくれることだろう。

 

『強ぉなったからこそ、分かったんや!!』

 

 竜崎の言葉がその内に響く。

 

 本当は自分だって分かっていた筈だ。海馬にも言われた筈だ。ラフェールの試合を見て感じた筈だ。いや、もっと最初から――キースと戦った時に既に分かっていた筈だ。

 

 竜崎の言葉が響く。

 

『世の中にはどないしても埋めようがない差ってもんが――』

 

 自分は、違うと信じたかっただけ――

 

 

「――城之内くん?」

 

 そんな思考の渦に呑み込まれていた城之内の意識を心配気な表情を見せる遊戯の声が引き上げる。

 

「……いや、やっぱなんでもねぇ」

 

 しかし、城之内は誤魔化すように口をつぐんだ。

 

 

 やがて遊戯との間に沈黙が流れる中、杏子がおずおずと城之内に言葉を投げかける。

 

「ねぇ、城之内。一つ聞いときたいんだけど……」

 

「なんだよ、杏子。急に畏まって?」

 

「あれって、どう見ても遊戯のおじいさんよね」

 

 そうして杏子が指差す先には、小型のゴーカートならぬゴー列車のレールが周囲をグルリと回った即席のデュエル場にてデュエルの前に挨拶代わりに握手を交わすヴィヴィアンとマスク・ザ・ロックの姿。

 

 ヴィヴィアンのウィンクにマスク・ザ・ロックがデレデレしている姿が何とも情けない。

 

「ハァ? なに言ってんた? アイツは梶木を倒す程のデュエリスト――『マスク・ザ・ロック』だぜ? ん? そういや爺さんの姿が見えねぇな……便所か?」

 

 そんな姿を双六と間違えた杏子に呆れた声を返す城之内。

 

 そして今更ながらこの場に双六がいない事実に気が付くが、そんな城之内に対して杏子は待ったをかけた後、背を向けて本田とひそひそと話し始めた。

 

「……ねぇ、本田。ひょっとして城之内、自分の師匠のこと気付いてないの?」

 

「……そうなんだろうな。アイツはみょーなところで鈍いところあるからよ」

 

 それはマスク・ザ・ロックの正体の話――杏子たちは彼の謎に包まれた正体を知っているようだ。なんてかんさつがん(観察眼)なんだー

 

「やはり分かってしまうか……私も止めたんだが……双六が『一花咲かせたい』と言って聞かなくてね……」

 

 二人の内緒話の内容に思わずため息を吐くアーサーがなんとなしに明かしたようにマスク・ザ・ロックの正体は、表の遊戯の祖父――双六だったのだ。衝撃の事実である。

 

 とはいえ、弟子である筈の城之内はキョロキョロと双六を探すのに忙しく、聞こえていないようだが。

 

 そんな師弟のすれ違いを余所に今まで会話の輪に入れ――もとい、沈黙を守っていた御伽が神妙な表情を見せる。

 

「でも遊戯くん。デュエルしたボクが身を以て知ったけど、彼女――ヴィヴィアン・ウォンは噂に違わぬ実力者だよ」

 

 それは対戦相手のヴィヴィアンの実力。

 

 城之内の師とのことから双六の実力が高いことは御伽にも理解できるが、「九龍(クーロン)の熱き花」とまで呼ばれるヴィヴィアンを上回れるかと問われれば、御伽とて首を縦には触れなかった。

 

「うん、御伽くんのデュエルも見てたからヴィヴィアンさんの実力は分かってるよ。でも――」

 

 しかし、表の遊戯は小さく拳を握った後、ポツリと零す。

 

 

「――じいちゃんは強いよ」

 

 

 それはこの場の誰よりも双六を知るがゆえの確信染みたものだった。

 

 

 

 

 

 そんな遊戯の声を余所にヴィヴィアンとマスク・ザ・ロックのデュエルは熾烈を極め、今、佳境に迫っていた。

 

 

 ヴィヴィアンのフィールドには御伽との一戦で活躍した彼女のデッキの中核たる黒の鎧の戦士が両の手の二本の剣を構える――ことはなく、ダランと地面に向けて垂らし、兜で素顔は見えないものの明らかに呆然とした様相で上を見上げていた。

 

《闇魔界の戦士 ダークソード》 攻撃表示

星4 闇属性 戦士族

攻1800 守1500

 

 

 そんな《闇魔界の戦士 ダークソード》の視線の先にはマスク・ザ・ロックが従える彼の伝説のエクゾディアを思わせる風貌の圧倒的なまでの巨躯を誇る守護神が、合わせた両拳を離し、拳を構え始めていた。

 

《守護神エクゾード》 守備表示 → 攻撃表示

星8 地属性 岩石族

攻 0 守4000

攻 0 守8000

攻 0 守16000

攻16000 守 0

 

 その圧倒的なまでの守備力は罠カード《仁王立ち》と罠カード《D2(ディーツー)シールド》によって倍々ゲームの如く増大。

 

 更にその高めに高めた守護の力が罠カード《反転世界(リバーサル・ワールド)》によって攻撃力へと変換され、究極の破壊の力として今、解き放たれんとしていた。

 

「行くのじゃ、エクゾード!!」

 

「うそ、ちょっと、待って、いや、おじいさん、なんで、そんなに、って――」

 

 見上げる程の《守護神エクゾード》の巨躯から伸びる剛腕がゆっくりと振りかぶられ、ヴィヴィアンに影を差す。

 

 テンパるヴィヴィアン。手札の《天威龍-ナハタ》の効果で相手の攻撃力を1500下げても焼け石に水である。

 

 やがて呆然としていた《闇魔界の戦士 ダークソード》がやけくそ気味に剣を構えた瞬間に――

 

 

 

 

「 エ ク ゾ ー ド ・ ナ ッ コ ォ オ !!」

 

 

 

 

 

「きゃぁぁああぁぁぁああああ!!」

 

 全てを叩き潰すような鉄拳が《闇魔界の戦士 ダークソード》を地面にプレスし、大地が砕ける程の衝撃が戦闘ダメージとしてヴィヴィアンを襲った。

 

ヴィヴィアンLP:2000 → → 0

 

 

 

 

 守備を固め効果ダメージを狙う戦術から、一転して繰り出される圧倒的攻撃力からなるド派手な一撃の落差に沸く観客の声を後押しするように実況席の野坂ミホは叫ぶ。

 

「決まったー! イロモノ枠かと思われたマスク・ザ・ロック選手、怒涛の快進撃だー!」

 

 顔を覆うバンダナを巻いただけの覆面以外は「普段着です」と言わんばかりな恰好の双――もとい、マスク・ザ・ロックの姿に観客含めてあまりに期待値が低かったゆえの反響。

 

 初戦で「海の男」こと梶木 漁太を降し、

 

 次戦にて「南海の人食いザメ」と呼び声高い世紀末ファッションの男、イーサン・シャークを降し、

 

 最後の試合にて「九龍(クーロン)の熱き花」ことヴィヴィアン・ウォンを降し、

 

 といった具合に前評判を覆し名立たるデュエリストから勝利を勝ち取ったマスク・ザ・ロックの注目度は爆発的に高まっている。当人の希望通り一花咲かせられたようだ。

 

「全くの無名ながらの躍進! その強さは一体何処で手にしたのかー!」

 

「ふっふっふ、儂の強さの秘密は日本の童実野町にある『亀のゲーム屋』にあるぞい!」

 

 そうしてカメラに向かってVサインでピースしながら姑息なステマを測るマスク・ザ・ロックの姿に何とも言えない顔になる遊戯たち一同。だが、その中で――

 

 

「世界にはまだこんな強ぇ奴がいんのかよ……」

 

 城之内は世界の壁ともいうものを如実に感じ取り、神妙な顔を見せていた。己が知らないだけで、世界には強者に溢れていて、その中では自分が如何にちっぽけな存在であるのかを。

 

 名も知れぬ全くの無名の相手が見せた圧倒的実力を前にすれば認めざるを得ない――なお、めっちゃ身近な人である。

 

 強くなった自覚のある己が、世界という大海の前ではまさに井の中の蛙でしかないのだと。

 

『絶対に埋まらへん力の差の話をしとるんや!!』

 

 竜崎の言葉が城之内の胸中に響く。

 

 

 

 

「見とるか、アーサ――ゲフンゲフン、我が友よ! 儂だってまだまだ若い者には負けとらんぞい! やはりデュエルは良いのう! 何時でもワクワクを思い出させてくれる……」

 

 

 だが、マイク越しのマスク・ザ・ロックの言葉もまた城之内に響いた。

 

「そう……だよな。デュエルって、楽しいもんだよな」

 

 思わず城之内の口から零れた呟きは不思議なまでに自身の中へと沁み込んでいき、先程まで感じていた閉塞感を解き放っていく。今の城之内にあるのは、まるで師匠である双六に諭されたかのような気分だった。

 

 そうして城之内が視線を向けた先のアトラクションの只中にてインタビューを受けながら、子供のようにはしゃぐマスク・ザ・ロックの姿が、城之内には自身の師匠である双六の姿に重なって見える――本人だよ。

 

 

――竜崎。俺には何時になったら遊戯に追い付けるのかなんざ、分かんねぇ。ひょっとしたらお前の言う通り、追い付けねぇのかもしれねぇ。でもよ……

 

 不思議と心が軽くなった今の城之内なら、竜崎の語った現実の壁に拳以外を返すことが出来る。

 

――デュエルの世界はこんなにも広ぇんだ。なら、立ち止まっちまうなんて勿体ねぇじゃねぇか。

 

 世界には数え切れぬ程のデュエリストがいて、彼らは自分が想像だにしない一手を繰り出し、己が負けじと繰り出した一手を思いもよらない方法で躱す。

 

 そう、デュエリストの数だけ道が、価値観が、答えがあるのだ。

 

――だからよ、竜崎。俺は馬鹿の一つ覚えみてぇに突っ走ることにするぜ。

 

 ゆえに、才能の有無だとか、越えられない壁だとか、絶対に埋まらない差だとかに悩むよりもガンガン相手にぶつかって行く方が城之内の性に合っていた。

 

 そうしてぶつかっていけば、誰かの道が、交錯した価値観が、掛け合った答えが、己を構成していく。

 

 

 

 それは「答え」というには不確かで、将来の展望を鑑みぬ愚者染みた在り方なのかもしれない。

 

 だが、愚者の愚直な歩みは、お利口な理屈如きで止められるものではない。

 

 その歩みがどれ程小さくとも、彼は一歩ずつ進んでいくと決めたのだ。

 

――まずはプロの世界ってもんを見せて貰うとすっか!

 

 

 その先に目指したもの(遊戯)がなくとも。

 

 

 

 

 

 

 

 とはいえ、そうして才に対し苦悩した彼も傍からみれば「才ある者」に含まれるのは何とも皮肉な話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、ワールドグランプリの初日は幾人かのデュエリストに壁を示したものの、さして大きな事件もなく終わりを告げようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で時間は少々巻き戻る。

 

 時はワールドグランプリにてデュエリストたちがしのぎを削り始めた頃、KC本社にてレイン恵とツバインシュタイン博士がテーブルを挟み何やら話し込んでいた。

 

「もぐもぐ……私は……もぐ……歴史の調査……ゴクン……を趣味としている……もう一つ……いい?」

 

 のだが、当のレインはリスのように頬を膨らませながら頬張る茶請けにと出されたマカロンやらマフィンやらに意識が向いている模様。

 

「はいはい、沢山ありますから、どうぞ遠慮なく。しかし歴史ですか……時代区分の方はどちらを?」

 

 そしてレインのKC見学を牛尾から頼まれたツバインシュタイン博士は戸棚から来客用の茶請けでレインの好みそうなものを選びつつテーブルに並べていく。

 

 無表情ながら並べられる菓子類を目で追うレインを見るに、気分は帰郷した孫を歓迎するお爺さんと言った所か。

 

「むぐ……現代……史……もぐもぐ……その為……近年目覚ましい……もぐ……躍進を遂げるKCの……」

 

「成程、成程。KCそのものの見学ではなく、KCの辿ってきた記録を見学したいと言う訳ですな――手広くやっているKCならば、現代での大きな情勢の変化に関わる機会が多いと踏んだと」

 

「……肯定」

 

 そうしてレインの言葉を纏めたツバインシュタイン博士が語った内容こそが、彼女の用意したバックストーリーだった。

 

 素直に「パラドックスを探しに来ました」などと言って「此処にいるよ!」と答えて貰えるとはレインも思っていない。

 

 ゆえにKCの動向から怪しい点を割り出し、調査する場所の絞り込みの為の情報収集こそが今回の目的である。こうして菓子を頬張っているのも全ては相手を油断させる為、他意はない。ないったらない。

 

「ふむ、やはり牛尾くんの言う様に変わったお嬢さんですな。普通はもっとメジャーな時代に目を向けるでしょうに」

 

「……ゴクン……私は……普通……」

 

 だが、歴史に興味を持ったのなら、歴史上の有名な偉人などの方面に流れるのが一般的だと零したツバインシュタイン博士にピタリと手を止め、己の普通っぷりをアピールするレイン。

 

 しかし普通の人間は学校のテストで平均点ピッタリを取り続けることなどしない……彼女は「普通」をなんだと思っているのだろうか。

 

「おっと、これは失礼を――何を趣味とするかは人それぞれでしたな」

 

 とはいえ自身が変人であることに自覚のあるツバインシュタイン博士であれば問題はないと誤魔化せた手応えを感じ、心の中で小さくガッツポーズを取るレイン。

 

――まぁ、普通の人は「普通」であることを自称しないものですけどね。

 

 いや、ツバインシュタイン博士の胸中の声を見るにやっぱり誤魔化せてはいなかった。

 

「ふーむ、ならその方向で案内するとしましょうかね」

 

 そうして感じた若干の不信感を余所にツバインシュタイン博士は自身の顎に手を当てながら「本日の予定」と銘打たれた用紙の束をパラパラとめくり、見学ルートの修正を測る。

 

 

 かくしてワールドグランプリを余所にイリアステルの魔の手がKCのオカルト課に迫りつつあった。

 

 

 

 

 

「……もう一つ貰っても……」

 

「構わないですとも」

 

 迫りつつあった!

 

 

 






Q:双六が戦った「イーサン・シャーク」って?

A:原作のKCグランプリにて登場した参加者選手の1人。元祖シャークさん――世紀末ファッションを着こなすナイスガイ。

扱いはほぼモブ同然だったが、「南海の人食いザメ」と呼ばれる実力者とのこと。

デュエルシーンすらない為、デッキ内容はおろか使用カードすら不明。

外見とは無関係な「南海の人食いザメ」と称されていることから、サメデッキを使っているのかもしれない……


Q:レイン恵って食いしん坊キャラなの?

A:KCの茶請けが良いやつなだけだから……(小声)

人類が滅び荒廃した未来では嗜好品も限られてくるでしょうし(目そらし)

後、今作オリジナルエピソードのイリアステルの面々との食事の件の影響が少なからずある感じです。



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