前回のあらすじ
《シュトロームベルクの金の城》は破壊されなかった。やったぜ、ジークの大勝利だ!
違法にテキストを改造されたフィールド魔法《シュトロームベルクの金の城》を破壊することなくレオンとレベッカのデュエルが終了した光景にジークは高らかに嗤う。
「フフフ、ハハハハハッ! 《シュトロームベルクの金の城》を破壊せずにデュエルを終えるとは……フハハ」
ジークは愉快で仕方がない。あれだけ大口を叩いておきながら、結局フィールド魔法《シュトロームベルクの金の城》を破壊する素振りすら見せずにデュエルを終えたのだから。
火のついたレオンの熱き心に、レベッカもまたデュエルに熱が入ったゆえの結末であることは明白。つまり――
「デュエリストの誇りとやらが最後の希望を摘み取ったのだ! これ程滑稽なことはあるまい!」
レベッカが、レオンが、決闘王の闇遊戯が語った「デュエリストの誇り」ゆえの結末。誇り大事さに破滅のスイッチを押した愚か者を嘲笑うジークは気分が良かった。
「兄さん、もう止めよう! こんなことしたって――」
「『もう止めろ』だと? 分かっていないな、レオンハルト。もはや私が何をするまでもなく、KCのソリッドビジョンシステムの崩壊を止めることは出来ない!」
自分の、シュレイダー家の意に沿わなかったレオンの言葉もジークからすれば「良い余興だった」と返して見せる。
「デュエルの勝敗など問題ではないのだよ!」
そう、ジークの海馬への復讐は完了した。
「見るがいい! デュエルが終わろうとも、我が黄金の城は健在だ!」
その証拠とばかりにデュエルが終了したにも拘らず、ジークを祝福するように燦然と輝く《シュトロームベルクの金の城》がパリンと砕け散った。
「…………は?」
砂の城が風に吹かれて消えるようにパラパラと崩れていく光景にジークは思わずポカンと口を開く。
こんなことはあり得なかった。《シュトロームベルクの金の城》が破壊されることは、それすなわちジークの仕込んだウィルスプログラムが無力化されると同義。
それを成す為のワクチンプログラムは万が一ジークが捕まった際にKCの手に渡らぬようジークの父に託し、更にその上で父の御付きの使用人の誰かに保管させている。
その為、ジーク本人ですらワクチンプログラムの正確な在処を知らないのだ。そして軍事産業時代からKCに強い憎悪を持つジークの父が口を割る筈がない。たとえ殺されようとも在処を吐きはしないだろう。
だが、違うのだ。
「ふぅん、どうやら上手くいったようだな」
「海馬……貴様、何をした……!」
ワクチンプログラムなど使用されていなかったことを示すように自信タップリな海馬の言葉へ目ざとく反応したジークが復讐で濁った瞳で見やれば――
「デュエルに組み込まれたプログラムゆえに生じる使用者の敗北によって生まれる僅かな隙をつかせて貰った」
「……? ……どういう……ことだ?」
意☆味☆不☆明な超理論が返ってきた。ジークも思わず困惑顔を浮かべる。
そんなジークに分かり易く説明するのなら――
《シュトロームベルクの金の城》の破壊によってウィルスプログラムが停止する。
≒それはつまり、デュエルとウィルスプログラムが密接に干渉していることの証明。
≒なれば、デュエルの勝敗がウィルスプログラムに影響を与えることも必然!
≒そこに、二人のデュエリストが全力を賭して戦えばその影響は大きくなる!!
≒その影響の隙を海馬と乃亜が突き、ウィルスプログラムを無力化したのさ!!!
≒フフフ……ハハハ……ワーハッハッハッハー!!!!
と、いう訳だ。態々説明しておいてアレだが、深く考えてはいけない。海馬と乃亜が頑張った位に考えておくといい。
「貴様が負けたということだ」
そうして海馬から凄く分かり易いシンプルな回答が成された。
「馬鹿な! 私のプログラムは完璧だった筈!」
「完全無欠なものなど、この世の何処にもありはしない。俺の進むロードが見果てぬ先まで続くように、完璧など、限界などと言うくだらんものに縛られる俺ではない!!」
ジークの崩れ始めた己への絶対の自負を振り払うような叫び声も、海馬節が「くだらん」と一蹴する。
確かに海馬一人ではこの結果を成すことは出来なかったかもしれない。だが、自身の殻を破り乃亜との協力もとい、手を借りてやったことによって海馬は一段、二段とパワーアップしたのだと。
ジークの能力は決して低くはなかったが、「己のみが」と自己完結したものに未来はない。
そんな勝者と敗者を分けた一線が檀上と、会場に引かれる中、海馬の元へ慌ただしく駆ける靴音が響く。
「兄サマ!」
「瀬人様ぁ! たった今、大岡殿からワクチンプログラムを入手したとの連絡が――」
「不要だと伝えろ」
管制室で直接指揮を執っていたモクバが駆け寄り、そのサポートをしていた磯野から海馬へ受話器が託されようとしたが、無情にもその連絡はぶった切られた。
「えっ? い、いえ、しかし念の為にも――」
「何故それが……ッ! 貴様、父上に何をした!!」
だが、海馬からの思わぬ言葉に冷や汗を流す磯野を余所に、ジークは「ワクチンプログラム」との単語に対し、オレイカルコスソルジャーの拘束から抜け出すように振り払い叫んだ。
そんな拘束からは逃れられなかったジークを見下ろした海馬はその発言と磯野の報告を照らし合わせ、凡その顛末を把握し内心で舌打つ。
始めから海馬とジークの電子上の対決の結果など意味がないとばかりの流れ。
そう、この「まるで全てが予定調和」と言わんばかりの流れには強い既視感が海馬にはあった。
「このやり口……あの男の仕業か。ならば乃亜のヤツにでもくれてやれ」
「……で、ではそのように!」
そうして投げ捨てるような社長の言葉に磯野はハンカチで汗を拭いながら駆けていく。そんな背を見送った海馬は、今度は観客に向かって大仰に手を広げる仕草の後に宣言する。
「さぁ、デュエリストたちよ! くだらん茶番はこれで終わりだ! ワールドグランプリは未だ道半ば! 存分にデュエルキングへの覇道の末を見届けるがいい!!」
そんな海馬の一喝によって、「あっ、大丈夫なのね」と把握した観客たちが暫しの時間差の後、勝利者であるレベッカを称えるように喝采を上げた。
やがてジークのことなど忘れてしまったようにワールドグランプリが続行されて行く光景を背に、会場を後にしたジークがオレイカルコスソルジャーによって警察組織への引き渡しを待つ為の適当な一室に連行されていた。
そんな中、レオンを連れ添ったモクバと、モクバの背後で念のためと佇む海馬の横をジークは頭を垂れながら素通りしていく。
だが、その先で事の成り行きを見届ける為に壁を背もたれにしながら待機していたダーツに対し、ジークは一縷の望みをかけるように叫んだ。
「……くっ、何故だ! ダーツ! パラディウス社は私の計――」
「何の話かな?」
しかし対するダーツの中の人は本当に何も知らない様子で返す。これが演技なら大したものだ。
「――ッ! 私は……私は……踊らされていたに過ぎないという訳か……!」
とはいえ、ジークからすれば素知らぬ振りをされ、尻尾切りされたとしか感じられないのか悔し気に歯嚙みした。
正直、勝手に踊っていただけにも思えるが。
だが、そのジークの姿を見た海馬はこの一件の更なる裏側が見え始めていた。そんなものはない。
――成程な。大方、俺への執着心を利用され、現体制のプロパガンダにでも利用されたか。
――いやいやいや、完全な言いがかりですよ、これは。
そんな海馬の心中と奇跡的なシンクロを果たしたダーツの中の人がその胸中でブンブンと手と首を横に振っているが、態度に出さない以上、他の人間が知る由もない。
「私は結局、海馬に勝つことはおろか、勝利者にすらなれないというのか……」
やがて膝が崩れ、何もかも諦めたように項垂れるジークの背をレオンは膝をつきながら撫でる。
「ねぇ、兄さん……ボクはこのデュエルで分かったことがあるんだ。諦めなければ何時かきっと何かを掴むことができるんだって」
ジークの計画はレオンにも許容できないものであり、失敗に終わったが、だからといって捨て鉢になることはないと。
最初から最後まで徹頭徹尾デュエルに向き合ったレベッカが勝利の先で結果的にKCの突破口となった光景がレオンに勇気を与えていた。
「レオンハルト……」
そうして隣で寄り添うレオンの瞳に己の過ちを認め始め、レオンもまた兄の罪を共に背負っていこうと誓いの言葉を返す。
「だから、ボクに兄さんの力にな――」
「時間切れだ」
「被疑者確保!」
前に、大量のポリスメンの特攻がジークとレオンを引き離した。
「――兄さん!?」
「レオンハルト!」
二手に分かれた大量のポリスメンによってレオンは抱えられ、ジークは地面に押さえつけられる。
やがて大勢のポリスメンに抱えられたレオンがジークからどんどん引き離される光景にたまらずジークは叫んだ。
「レオンハルトを離せ!」
血の叫びの如きそれは弟レオンの身を案じての言葉だったが、ポリスメンたちは「犯罪者のジーク」から「そんな犯罪者に利用されたレオン」を保護しているだけだ。
ポリスメンたちからすれば、「こいつ、何言ってんだ?」な事案だったが、抵抗に抵抗を重ね、なんとかレオンの元に手を伸ばすジークの姿は鬼気迫る。
やがて火事場の馬鹿力なのか少しずつレオンに伸びるジークの手だったが、その手はダーツによって叩かれ、結果勢いを失くしたジークはポリスメンたちに完全に抑え込まれた。
「それは彼らにも聞けない頼みだろう。経緯はどうあれ少年もまた今回の騒動の一端を担った身である以上、事情を聞かぬ訳にもいくまい」
「レオンハルトは関係ない! 全ては私が行ったことだ!」
そうしてダーツの真っ当な主張に、ジークは庇うような言葉を放つが、今更そんなことを言われても困るとばかりにダーツはヤレヤレと肩をすくめて返す。
「何を言うかと思えば――巻き込んだのは他ならぬキミだろう?」
「ボクは大丈夫! 兄さんの苦しみをボクにも分けて欲しいんだ!」
ポリスメンたちに「もう大丈夫だ! 安心してくれ!」と肩を叩かれるレオンが、ジークを安心させるべく声を発するが、これでは何だか「兄弟の絆を引き離す警官隊」な様相な為、絵面が酷い。
「兄サマ……」
「今は止せ、モクバ」
そんな酷い絵面に海馬の形状記憶コートを心配気に掴んだモクバへ、海馬は小さく手で制する。この場で自分たちに、KCに出来ることはないと。
「そう心配することはない。状況を鑑みれば、さしたる問題にはならないとも」
しかしそんなモクバを安心させる為のダーツの言葉通り、レオンの立ち位置は「明らかに利用されただけの子供」な為、レオンには一応の事実確認などの事情を聴く為の調書的なアレコレ程度が精々。
今回の一件に対する関与があれば、また別だろうが、文字通り何も知らない身ならば、心配する必要すらない。
とはいえ、今回の騒ぎからデュエリストとしては一時的に活動を自粛しておく方が波風が立たないだろうが。
だが、この一件をダーツが裏で操った――と思っている海馬からすれば、信用ならない言葉である。
「ふぅん、どうだかな」
「フッ」
――うーむ、「困った時は強気に笑みを浮かべろ」と、我が主に身代わりを頼まれましたが、違和感を抱かれていないようで何よりだYO!
やがて不敵な笑みを浮かべたダーツの中の人――シモベの内の声を最後に、ジークの逆恨みからなる復讐劇は少しばかり後味の悪さを残しつつも収束した。
此処で時間は少しばかり巻き戻る。
時は《シュトロームベルクの金の城》が発動された段階で発生したKCのメインコンピューターへの異常にKC社員が総動員で対処に当っていた頃――
予め用意していたシステム復旧への様々なアプローチの試みや、それに伴うトライ&エラーに加え、海馬や乃亜の指示を受けての動き、各機関への連絡や報告と例を上げればキリがない程にやるべきことが多い。
その戦場やかくやな勢いの慌ただしさは見知らぬ顔が一人二人と紛れ込んでいても分からない程だった。
そんな慌ただしいKC内にて、伊達眼鏡にリクルートスーツでキリリと身を包み社員風を装いつつ、喧噪に紛れて件の壁の前に立ったレインは、そっと壁に手をおく。
すると、彼女の瞳に1と0の情報が夥しい程に流れ込んだ。デュエルロイド――機械である彼女からすれば、この程度のアクセスなどお手の物。
「セキュリティはこの時代の最先端……でも骨董品」
立ちはだかる電子の妨害も、遥か未来の住人であるレインからすれば、最先端を行くKCの産物であったとしても過去の遺物でしかない。そう、骨董品だ。
そんなものではレインの足を止めることは出来ない。
やがてロックの外れる感覚と共に、レインの手は壁を通り抜けた。だが、これはレインが扉を破壊した訳ではない。
「ソリッドビジョンの……扉……」
実体の壁がスライドして開くと共に、ソリッドビジョンによって映し出された壁が内部の情報を遮断するようにタイムラグなしで現れたのだ。
そうして壁を通り抜けるように歩を進めたレインを余所にひとりでに閉まった扉。だが、気にした様子もなく暫く先に進んだレインの視界に映ったのは――
「…………扉が沢山……」
広めの通路の至る所に点在する扉。レインはその瞳で熱源を映し、人間がいないことを確認した後、試しにその一つのロックを未来の技術で易々と外し、慎重に開いて見せれば――
「…………空?」
天まで抜ける青空が広がる――KCの社内だというのに。
「…………植物……? ……あれ……《超栄養太陽》……」
そして視界に広がるのは刺々しい葉と茎、そして花を持つ《種子弾丸》、鳳仙花に似た赤い花を咲かせる《デモンバルサム・シード》などなど――現実では見たこともないような数多な植物が立ち並ぶ。
さらに遠方には巨大な大樹《世界樹》が見え、空には鋭い目が目立つ《超栄養太陽》がサンサンとその名に恥じぬ太陽っぷりを見せるように日光を送っていた。
そんな都会のオアシス真っ青の森林地帯に呆けたようにポカンと口を開けるレインだったが――
「メェー」
「――ッ!?」
目と耳に届いた森の中に佇むまん丸な羊、『羊トークン』の存在にすぐさま退出し、バタンと扉を閉じた。
「…………なに…………あれ……」
――この場の座標はKCのまま。空間の尺度が合わない。つまり、あの空間を何らかの方法で拡張した証明であり、この時代には不釣り合いなオーバーテクノロジーの産物。出処は不明。だが、問題にすべきは《超栄養太陽》の存在。把握できた範囲は狭いが、あの森に存在するどれもがデュエルモンスターズのカードに記されたものの可能性が高く、サイコデュエリストの能力を応用したものだと考えられるが、あの規模となると歴史上類を見ないものであり、この現状を――――違う。当初の目的を忘れるな。
ただ、パラドックスの手掛かりを探しに来ただけだというのに、扉一つ開けただけでキャパシティオーバーしそうな現実にレインは今一度目的を見定める。それ以外にかまけている場合ではないと。
ジークによって引き起こされた騒動にKCがかかりっきりな今が好機なのだ。このタイミングを逃せば、次のチャンスはかなり先だ。
それではパラドックスの存命が怪しくなる以上、レインは今回の探索で最低でもパラドックスの現在位置くらいは把握しておきたかった。
ゆえに意を決して次なる扉に手をかければ、広がるのは真っ白な室内に同じく白の金属製のテーブルが立ち並ぶThe研究室な装いの一室。
「…………普通」
思わず息を吐くレイン。最初のインパクトが大き過ぎた為だが、今回は大丈夫そうだ。
周囲を見渡せど、モルモットなどの実験生物が多くの強化ガラスの檻に所狭しと個別に並べられ、おかしな所は実験生物の1体の背中が腫瘍と思しきなにかで不自然に膨らんでいる個体がある程度だ。
しかし、さして問題にするレベルではないとレインは判断する。意図的に病巣を生み出して治療薬の効果を確かめる等、先ほどの一室に比べればはるかに常識的だ。
「……腫瘍……? 違う……!?」
だが、その腫瘍の形を正確に把握したレインはガタンとテーブルを揺らしながら咄嗟に後ろに下がった。
実験生物の背中にあったのは、人間の腕や足、眼球、心臓などの各種臓器――そしてラベルのように強化ガラスの檻に張られた紙には「適合率」との数値の羅列が見られる。
そう、培養しているのだ。接ぎ木するように人へと繋げる為に。
移植手術にとって、最もハードルが高いのは「拒否反応の出ないドナーの確保」だろう。それは理解できる。
とはいえ、「なら他の生物から生やしちゃおうぜ!」はレインも流石に許容できない。
「……シテ……」
そんな世にも恐ろしいものでも見たかの様なレインの背後から何やら小さな音が響く。
それはレインが先程驚きのあまり下がった際に背中が背後の強化ガラスの檻に接触したゆえの反応。しかし、眼前の光景を間近にしたレインからすれば嫌な予感しかしなかった。
カリカリと強化ガラスの檻をかくような音が聞こえる。本能的に振り返ってはならないとレインの脳裏に警鐘が鳴り響くが、今は少しでも情報が欲しい時だ。
ゆえにゆっくりと振り向いたレインの視界に入ったのは――
「シテ…コロシテ……」
全身の筋肉が歪に肥大化した辛うじて昆虫だったのかと思わせる生物が囁く。
他の檻からも、カリカリと強化ガラスの壁をかきながら、覚えたての言葉を呟くように声が響く。
「………シテ……コロ…シテ……」「……モウ………イヤ……」「……コロシテ………」「…………ツライ…………イタイ……」「…………クルシイ……ネムイ……」「……ケテ……タスケテ……」「……ダシテ……」「……ヤダ……」「……コロセ……コロセ……」「……マダ……マダ……」「……コワイ……ツライ……」「……シニタイ……コロシテ……」「……シイ……クルシイ……」「……ダシテ……ダシテ……」「……イタイ……イタイイタイ……」
身体の体積と比較した不要な程に大量の手足が生えた生物。一本の足が異常に発達した生物。体中から骨の棘が伸びる生物。背中から見るからに別個体の翼が逆さに生えた歪な生物。頭が身体の前後にみえる生物。頭と体が分かれ、別々に活動する生物。
人の業から目を背けるようにレインはすぐさまその部屋を後にした。
そして閉じた扉に背を預け、ズルズルとしゃがみ込んだレインは力なく呟く。
「………………無事でいて」
人間の所業ではない――ともいえない。人間も、例えば「試薬」と言う形でモルモットなどの生物を利用しており、牛や豚などの品種改良の現実もある。
ただ、今回の場合は相手がオウムのようにそれらしい言葉を吐いているだけだ。そしてオカルト課では「医療技術」と評した確実な「成果」が出てしまっている事実もまた避けては通れない。
そんな倫理的なハードルはさておき、あの現場に対してレインが受けた衝撃は大きい。もしパラドックスがこの場を扱う人間に捕まっていたと思えば、その安否が気掛かりだ。
やがてもう他の扉を開けたくない気持ちがレインの表層に出そうになるも、気力を振り絞って周囲を警戒しながら、先を急ぐ。
次に開いた扉の先にあったのは、先程とは一転して可愛らしい兎が一纏めに飼われた一室。
だが、その兎の身体にはなにやら魔法陣や文様のようなものが描かれており、何らかの研究に利用されていることは明白だった。
やがて他の情報を探すように視線を奔らせたレインはこの部屋の住人と視線が合う。
お相手は書類が散乱したテーブルの上にある他とは別のケージに入れられた兎で、レインの姿に今気づいたようにかじっていたニンジンを脇に置きつつジッと見やっていた。
4分の1程に減ったニンジンを見る限り、新しいニンジンが貰えると、その赤いつぶらな瞳は期待しているのだろう。
一見すればほんわかと心温まる光景――と思ってしまうが、今のレインには「何故、別のケージに入れられているのか」という疑念が大きい。
そんな疑念の元、一羽だけ別のケージに入れられた兎の特徴をよく見れば、その身体はどうにもズングリしていて一頭身だ。愛らしい。だが、その姿がレインの記憶に引っかかる。
「まさか…………でも……そんな……」
彼女の脳裏に過ったのは1枚のカード。
だが、なにも特別なカードではない。「誰だって」とまでは言えないが、よくあるカードの1枚である。
それはレベル1、地属性、獣族の通常モンスターの1体《バニーラ》――その外見は丁度こんな具合に兎の特徴を強く残した一頭身の愛らしい生物だ。
沢山のなんらかの実験過程の兎と、デュエルモンスターズのカードに描かれた生物にそっくりな兎。
そして「カードの精霊」の存在。
それらが示す事実は唯一つ。
「……生物の……精霊化……」
物質世界の生物を、精霊世界の精霊へと転化させる実験。その部分的な成功例の一羽。
よくよく散らばった書類を見れば、定まった方向性に歓喜するように1枚の書類に書きなぐったような二重丸が見える。
遥か古代のエジプトでも、人間の魔術師マハードが《ブラック・マジシャン》への精霊化――正確には同化――に成功している。当人は「禁じられた術」と語っていた。
他の例を上げれば《ユベル》も元人間だ。
それらを現代の技術で再現しているに過ぎない。ただ、それだけの話だが先程の一室を見たレインの瞳には忌避感が強かった。
やがてパラドックスの情報がないことを確認した後、《バニーラ》もどきの縋るような視線を背に部屋を後にしたレインは次なる一室を調べようとするが、彼女の第六感とでも言うべき感覚に足を止める。
「……この反応…………モーメント……?」
彼女の動力炉であるモーメントがピクリと反応を示す。それは大きな力の流れ。
そうして呼び寄せられるように別の部屋に入り、壁一面に液体から固体、固体から液体へと常に流動し続ける橙色の液体の中に浮かぶ大量の鍵を素通りして辿り着いたのはシェルターのような巨大な部屋。
その一室には様々な機材が円を描くように壁際に並べられ、祀られるように台座の上には――
「千年……パズル……?」
光のピラミッドが鎮座していた。その光のピラミッドが手招きするように明滅する光に、レインは引き寄せられるようにフラフラと近づいていく。
だが、背後から響いたガチャンと強引に扉を壊す音にレインは咄嗟に近場の機材の後ろに身を隠した。
そうしてカツン、カツンと足音が響いた後、招かれざる二人目の客人が現れる。
「ケッ、御大層な設備の割には、ガキの遊びレベルのもんしかねぇじゃねぇか。だが――」
それは獏良 了の身体の主導権を奪った千年リングに潜む人格、バクラ。
――獏良 了。何故、此処に?
「――ようやくお目当てのもんに辿り着けたぜ」
慎重に様子を伺いながらバクラを獏良と勘違ったレインの疑問は他ならぬ当人によって明かされた。
その視線の先には光のピラミッドを見定めている。盗賊王の記憶を持つ男らしく盗みに入ったことは明白だろう。
――介入すべき? 否、私にその権限はない。まずはZ-ONEに連絡……途絶。
一歩一歩、光のピラミッドへと歩を進めるバクラの姿にレインは内から溢れる焦燥感を隠しながら助力を求めようとするも、上手くはいかず。
なれば静観しておくべきかとも考えるが、その機械の身体に蠢く感情が警鐘を鳴らす。
――何故だろう。彼がアレを手にしてはいけないと感じる。私にそんな機能は存在しない筈……
「さぁて、亜種みてぇだが、千年アイテムに変わりはねぇ。俺様の計画の足しにくらいはなるだろう」
だが、レインが躊躇っている間に既にバクラと光のピラミッドの距離は目と鼻の先。時間はない。
「これから始める究極の闇のゲームへの不確定要素は少ねぇ方が良い」
そう語りながら光のピラミッドへと手を伸ばすバクラの姿にレインは思わず機材の背後から飛び出した。
「あァ?」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
だが、光のピラミッドから放たれた力の奔流にバクラは咄嗟に背後へと飛び、レインはそのまま機材の後ろへと弾き飛ばされる。
――なに……が……
「……なんだ?」
「ハハハ、フフフ、ククク……懐かしい気配を感じて出てきてみれば――」
レインとバクラの疑問に答えるように闇が蠢き人の形を形成していけば、そこに立つのはエジプト風のローブを纏った褐色肌の壮年の男がご機嫌な様子で現れた。
「――なかなかどうして面白いことになっているじゃないか」
そして黒く染まった瞳の下と右腕から僅かな発光と共に何やら文様が浮かんだ後、光のピラミッドをお手玉のように弄びながら台座の上に愉快そうに腰掛ける。
「……おい、そいつは俺様の獲物だ」
そんな壮年の男にバクラは面倒そうにそう零すが、対する壮年の男は意地の悪い顔を見せながら嗤って見せた。
「だから『寄越せ』――か? 悪いが、その頼みは聞けんなぁ。こいつはアイツにとって重要なものらしい。契約は契約だ。従うとも」
「チッ、流石にそうすんなりとは行かせちゃくれねぇか」
此処まで来る道中の今の今まで何の妨害もなかったことから、眼前の相手はセキュリティの一つなのだろうと当たりを付けたバクラが苛立ち気に舌を打つ。
光のピラミッドの管理をする人間は、この男一人で自分を退けられると判断した事実がバクラには「舐められている」と癪に障ったようだ。
「んん? ほう、お前――アイツのせがれか。くっくっく、生意気そうな目がよく似ている」
しかし、此処でバクラの顔をニヤニヤと眺めていた壮年の男が何かを思い出したかのように光のピラミッドのお手玉を止めて過去を懐かしむ。
「……そーかい」
――俺様を知っている? 宿主様の関係者か? いや、記憶にねぇ……となれば「盗賊王バクラ」を知っている人間。俺様が言えた義理じゃねぇが墓荒らしとは罰当たりな野郎だ。
そんな壮年の男の反応に光のピラミッドの管理者が何をしたのかを把握するバクラ。
想定以上に相手は自身のことに精通している事実にバクラは警戒心を上げるが、表層ではなんでもないような態度で応対する。
「まさか、俺様以外に生き残りがいたとはな――俺様はバクラ。テメェは?」
「フフフ、オレも驚きだ。だが、名か……オレも名乗りたいところだが、生憎と名前は
そうしてバクラの名乗りに肩を揺らして嗤う。
正直な話、壮年の男自身も現在の状況を正確に理解できている訳ではないが、懐かしい気配に覚醒しつつあった己の意識をこの場に引き寄せた人物には心当たりがある。
ゆえに、その人物から贈られた中々に憎い演出へ確かな満足感を覚えながら、諸々の諸事情など思考の外に放り投げ、壮年の男は「今」を全力で愉しむことを誓う。
これは退屈しなさそうだと。
「――トラゴエディアとでも呼んでくれ」
やがて壮年の男、トラゴエディアは愉快気な笑みを浮かべながら、そう名乗った。
トラゴエディア、同郷の気配にウキウキで復活。
次回 DMラスボス VS 漫画版GXラスボス +見学のレイン恵
Q:神崎、これでツバインシュタイン博士の手綱握れてるの?
A:生物関連はツバインシュタイン博士とは別部門になりますが、一応、手綱は握られております。法のギリギリを潜り抜けるスタイルです(目泳ぎ)
法の専門家が近くにいて助かったな、神崎!
Q:トラゴエディアは盗賊王バクラを知っているの?
A:互いにクル・エルナ村出身な為、トラゴエディアも仲間の顔程度は覚えていると判断。その中から似た顔を思い出し、血縁関係を邪推した状態です。
なお真相は原作でも不明なので、違っていればトラゴエディアが他人の空似を勘違っただけになります。