マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
(デュエルの)中断オチなんて、サイテー!





第177話 機械の心

 

 

「今、最悪になったところだ」

 

「おや、それは困りましたね。今後とも仲良くしていきたいのですが」

 

 背後から届いた「目覚めの気分はどうだ」との問いに不機嫌さを隠そうともしないトラゴエディアに対し、全身をスッポリと覆う黒いローブの中から若干加工された神崎の声が木霊する。

 

 そこにはバクラとの一戦を邪魔した現実を悪びれる様子もない。

 

「……チッ、何故オレの邪魔をした」

 

 だが、そんな態度ではトラゴエディアも「はい、そうですか」と素直に頷けはしない。ゆえに黒いローブに隠された先にあろう相手の瞳を睨みながら問うが――

 

「最初に説明したでしょう? 今回はあくまで闇のゲームの中断実験だと」

 

「タイミングはオレの裁量に任せるとの話だった筈だが?」

 

「その際に『あのカードは使わない』との約束もした筈ですよね」

 

「相手のリバースカードを吊り上げる為だ。貴様の実験とやらにはオレがデュエルを優勢に進める必要があるだろう?」

 

「おや、あのカードを使わなければ負けていたと――そう仰りたい訳ですね」

 

 並べたトラゴエディアの文句にも、暖簾に腕押しとばかりに手応えがなく、却って痛いところを突かれる始末。

 

 それもその筈、バクラの実力はトラゴエディアも厄介だと感じていたが、地縛神の召喚は自身の愉しみを優先させたゆえ。受けた指示を無視した癖に、相手には「約束を守れ」などとは通らない。

 

「……分かった、分かった。オレの愉しみは暫し自重する。これでいいだろう? メインイベントに期待するとするさ」

 

 ゆえにトラゴエディアは降参だとばかりに両手を上げて形ばかりの謝罪を返す。

 

 同郷バクラとのデュエルで十二分に愉しめていた中で、欲張ったのは己の方だったと。

 

 そうして一先ずの矛先を収めたトラゴエディアだが、此処で相手の黒いローブ姿の恰好へと話題が移る。

 

「しかし、その姿はなんだ? 仮装にしては随分と酔狂だな」

 

「人目を気にしたゆえですよ。この場に――」

 

 だが、その返答がなされる前に物影からカタリと聞き逃してしまいそうな程の小さな音が響いた。

 

 

 途端に黒いローブの足元から這い出た夥しい規模の影が物音の発生源へと津波のように殺到し、この一室の一部分を黒く染める。

 

 

 

 そうして物音の発生源周辺を黒く塗りつぶすような影の暴威が蠢く中、トラゴエディアは呆れたように声を漏らす。

 

「いちいち大袈裟なヤツだな。それで何があった?」

 

 とはいえ、対象がなんであれ明らかなオーバーキルな様相を見れば呆れ声も出よう。しかし影の中から鞭のような一本の影が釣り上げたのは機械の部品が一つ。

 

「…………いえ、ただ機材の一部が落ちただけのようです」

 

「そうか――ところで、色々探られたようだが構わなかったのか?」

 

 ゆえに大した問題ではなかったと話を流し、今回の侵入者騒ぎへの対応を詰めるが――

 

「構いませんよ。見られて困るものは先んじて片付けておいたので――それに彼()にはまだやって貰いたいこともありますから」

 

「フン、全ては掌の上という訳か」

 

「ご想像にお任せします」

 

 しかし既にそれらの対応は済ませたとの返答にトラゴエディアは詰まらなそうに息を吐いた。そこには愉しめそうなイレギュラーがなかったことへの不満が見て取れる。

 

――危なかった……正直、間に合うか賭けだったけど、なんとか間に合って良かった……!!

 

 とはいえ、神崎の胸中は平静とは程遠い。

 

 なにせ、侵入者の報せを受け、ジークが何やら自白している横で、すぐさまカードの実体化の力により《強制転移》を発動し、シモベとダーツ役を入れ替わった後、海馬ランドUSAから大急ぎでアレコレ手を回しながら戻ってきたのだ。

 

 かなりハードな帰路である。トラゴエディアの足止めがなければ間に合わなかったかもしれないと神崎は心中で大きく安堵の息を吐く程に。

 

――しかし、詰めまでは済ませたとはいえ、ジークの件を丸投げしてしまったが、シモベは上手くやっているだろうか……後で通信を入れてみるか。

 

 そうして一先ず落ち着いた神崎はトラゴエディアと今後の予定を軽く詰めた後、海馬ランドUSAのシモベへと意識を向けながらこの一室から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな話題の人物、ジークの社会的爆死を見届けたダーツの中の人こと「シモベ」は豪勢な個室にてダーツの変装を止め、炎の身体でふかふかソファにゴロ寝しながら、年代物感溢れるワインをラッパ飲みしつつ、高級そうなチーズを頬張っていた。

 

「ほー、そこでああ動きますか。人間共も中々やりますねー」

 

 そうして、もごもご口元を動かしつつ視線は部屋に備え付けられた巨大なモニターに向けられており、モニターに映る海馬ランドUSAのカイバーマンショーを行う劇場にてデュエルを行う大会参加者を眺め、デュエル観戦もこなす始末――全力で今の環境をエンジョイしている。

 

 

 そんなモニターの先のデュエルでは、強面ながらもコアラの面影が見える顔立ちをした筋骨隆々の大男、前田 熊蔵が、ドクロ頭の顎がイッカクの角のように伸びた魚を宙へ泳がせていた。

 

《深海王デビルシャーク》 攻撃表示

星4 水属性 魚族

攻1700 守 600

 

「おいは魔法カード《ユニコーンの導き》の効果で手札を1枚除外し、除外されとる鳥獣族の《BF(ブラックフェザー)-残夜のクリス》を特殊召喚! 続いて装備魔法《DDR》の効果で手札を1枚捨て、除外されとる《異次元竜 トワイライトゾーンドラゴン》を特殊召喚!」

 

 やがて熊蔵は2枚の手札をデュエルディスクに差し込みつつ、自軍の戦力増強を図る。

 

 そうして空から黒い羽を巻き散らしながらカラスの鳥人が赤いチャイナ風の衣服を揺らして着地した後、右手の柄もつばもない刀身が波のようにぐねった短剣を日光にかざし、キラリと光らせ――

 

BF(ブラックフェザー)-残夜のクリス》 攻撃表示

星4 闇属性 鳥獣族

攻1900 守 300

 

 その光の先から次元を歪めて舞うのは手足代わりの4枚の翼を持つ空色のドラゴン。

 

《異次元竜 トワイライトゾーンドラゴン》 攻撃表示

星5 光属性 ドラゴン族

攻1200 守1500

 

 だが、此処で熊蔵の対戦相手であるパンドラが動いた。

 

「ですが、貴方が効果モンスターを特殊召喚したことで、フィールド魔法《天威無崩(てんいむほう)の地》の効果により、通常モンスターである《ブラック・マジシャン》をコントロールする私は2枚ドロー!」

 

 堅牢な岩山を背にパンドラが腕を天にかざせば、土地の力――龍脈が呼応するように自身のフィールドの2体の《ブラック・マジシャン》の杖に灯って行き、その力は他ならぬパンドラの手元に新たな手札となって舞い込んだ。

 

「だとしても、これでおいの墓地に新たに7枚のカードが貯まったど――よって墓地の7枚のカードを除外し、墓地の《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》を自身の効果で特殊召喚でごわす!」

 

 そうして2枚のドローを許した熊蔵だが、既に仕込みは済んだと大地に手をかざせば、ミーアキャットよろしく、地面からシュタっと、頭を出した童話のお姫様のような青いドレスを纏ったリスの獣人が薄桃色の尻尾を威嚇するように立てながら飛び出す。

 

妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》 攻撃表示

星4 光属性 魔法使い族

攻1850 守1000

 

「そして特殊召喚された《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》の効果でおはんのモンスター1体を裏守備表示に!」

 

 やがて《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》からトルネード投法で投げられたリンゴを顔面に喰らった《ブラック・マジシャン》の1体が突如として生じた強烈な眠気に頭を揺らし、最後は裏守備表示を示すカードの裏面を布団がわりにパタリと倒れた。

 

「だとしても貴方のモンスターの攻撃力では私の《ブラック・マジシャン》たちを突破することは叶いませんよ」

 

「そげな心配は無用! おいの薩摩次元流の本領は此処からでごわす!」

 

 裏側守備表示にされども《ブラック・マジシャン》の守備力は2100――熊蔵の従える4体のモンスターのどれもが突破は不可能だ。しかし、熊蔵には自身が修めた剣術流派をデュエルに落とし込んだ必殺の一撃がある。

 

「墓地にカードが存在せず、おいのカードが4枚以上除外されとる時、魔法カード《カオス・グリード》は発動可能! おいはデッキからカードを2枚ドロー!」

 

 しかし、念をいれるように手札を増強した熊蔵は引いたカードを手に、ここぞとばかりに――

 

「薩摩次元流は一撃必殺! 魔法カード《ブラック・ホール》を発動! これでフィールドの全てのモンスターは破壊されるでごわす!」

 

 全てを一撃で吹き飛ばす必殺のカードを放った。

 

 やがてフィールド全体に黒い渦から生じた世界をも呑み込み空間の暴威が吹き荒れ、あらゆる命を奪わんとするが――

 

「なるほど、貴方のモンスターはどれも効果破壊に対して耐性があるカードばかり――」

 

 パンドラのいうように《深海王デビルシャーク》・《BF(ブラックフェザー)-残夜のクリス》・《異次元竜 トワイライトゾーンドラゴン》のそれぞれには微妙な違いはあれど魔法カード《ブラック・ホール》の効果で破壊されない効果を持つ。

 

 それゆえにこの魔法カード《ブラック・ホール》に呑まれ、破壊されるのは何の効果も持たない通常モンスターであるパンドラの2体の《ブラック・マジシャン》だけだ。

 

「ですが、私の《ブラック・マジシャン》を容易く屠れるとは思わないことです!」

 

 しかしこの破壊の奔流に呑まれて行く《ブラック・マジシャン》が杖をかざせば――

 

「カウンター罠《王者の看破》を発動! 私がレベル7以上の通常モンスターをコントロールしているとき、魔法・罠カードの発動を無効にします!」

 

 黒い破壊の奔流はその杖の先にどんどん押し留められていき、やがて拳大にまで縮んだ《ブラック・ホール》は《ブラック・マジシャン》が最後にろうそくを消すように息を吹きかければパキンと砕け、塵となって消え去った。

 

「ぐっ……」

 

「残念ながら剣術のように一撃必殺とはいかなかったようですね」

 

 熊蔵の必殺の一撃をなんなく躱したパンドラが赤紫の自身のシルクハットを指でピンとつつき、余裕を見せるが――

 

「フッ、そげな油断が命取りでごわす! おいは魔法カード《カオス・エンド》を発動! おいのカードが7枚以上除外されとる時、フィールドのモンスターを全て破壊じゃ!!」

 

 熊蔵の必殺の一撃はまだ終わってなどいなかった。

 

 お次は空を毒々しい色へと変えながら、巨大な流星群が今度こそフィールドの全て――パンドラの《ブラック・マジシャン》たちを抹殺せんと迫る。

 

「《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》をあのタイミングで使用したのは《カオス・グリード》のドローだけでなく、此方の狙いもありましたか――ですが無駄です! 墓地の《マジシャンズ・ナビゲート》を除外することで相手の魔法・罠カード1枚の効果をターンの終わりまで無効にします!!」

 

 しかしそんな流星群は《ブラック・マジシャン》が杖を筆のように空へと振れば、異次元のゲートが開き、まるで的当てのように流星群はその異次元の先に放り込まれて行った。

 

「なんとっ!?」

 

 よもや2度目が防がれるとは思っていなかったのか、熊蔵の瞳に驚愕の色が映るが――

 

「残念でし――」

 

「ならば2枚目の魔法カード《カオス・エンド》を発動でごわす!」

 

「だとしても! 墓地の2枚目の《マジシャンズ・ナビゲート》を除外して無効に!」

 

「だぁとしてもぉ! 3枚目の魔法カード《カオス・エンド》を発動!」

 

「三連続!?」

 

 ならばとばかりに二度目、三度目といつエンドするのか疑問な程に魔法カード《カオス・エンド》が繰り出された。

 

「――ですが! 墓地の永続魔法《幻影死槍(ファントム・デススピア)》を除外し、闇属性モンスターの破壊の身代わりとします!」

 

 やがて降り注ぐ流星群に巻き込まれた《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》の黒く美しいショートカットの髪が生じた爆発によってアフロへ変貌させながら地面に倒れるも、

 

 攻撃表示の《ブラック・マジシャン》は流石にこうも連続では魔力が足りないのか、最後は杖の形を槍状に変化させながら、自身に迫る隕石のみを切り払う。

 

 だが、そうして払った隕石の1つが、もう一方のお眠むな方の裏側守備表示の《ブラック・マジシャン》に直撃し、その際に身体が破裂したのか、なにやら赤黒い血飛沫を巻き散らした。

 

「がはは! だが、もう1体のマジシャンはこれでお陀仏でごわ――!? なんじゃ一体!? おいの手札のカードに!?」

 

 しかし、その血飛沫はやがて所々で集合していき、「闇」の文字が浮かぶドクロ頭を形成した後、熊蔵の手札にペタリペタリと貼りついていく。

 

「残念ながら、先んじて罠カード《闇のデッキ破壊ウイルス》を攻撃力2500以上の闇属性カード《ブラック・マジシャン》を媒体に発動させて頂きました」

 

 そう、裏側守備表示の《ブラック・マジシャン》は隕石の衝突によって爆散したのではない、己が肉体を魔術の媒体としたのだ。

 

「これで貴方の手札・フィールドの罠カードは全て破壊! つまり、貴方の魔法カード《カオス・エンド》は私のカードを何一つ破壊してなどいないのです!」

 

 やがて熊蔵の手札から罠カード《つり天井》と罠カード《激流葬》がウイルスに侵食されたことで、墓地に送られる中、最後の手札がポツンと残る。

 

 反面、パンドラの手札はフィールド魔法《天威無崩(てんいむほう)の地》のドロー加速も相まって潤沢。熊蔵の逆転は厳しいだろう。

 

「さて、貴方の一撃必殺も品切れのご様子ですが――」

 

「いんや、薩摩次元流の一撃必殺は此処からでごわす! 永続魔法《憑依覚醒》発動! これでおいのモンスターは自軍の属性×300パワーアップ!」

 

 しかし最後の一太刀が熊蔵には残されていた。現在、熊蔵のフィールドの属性は「水」、「闇」、「光」の3種。よって900ポイント上昇する。

 

 さすればパンドラのフィールドに君臨する最後の《ブラック・マジシャン》の攻撃力2500を超えるのだ。

 

「これでそのマジシャンを倒し、がら空きのおはんにダイレクトアタックして一撃必殺でごわす! いざバトル!」

 

「残念ながらそうはいきません。次なる演目をご覧頂きましょう! リバースカードオープン!!」

 

 そうして熊蔵が率いる一体ばかり数を減らし、3体となったモンスターがパンドラの《ブラック・マジシャン》に飛び掛かる。

 

 だが対する《ブラック・マジシャン》が杖を天に振りかざせば、空から3つのシルクハットと共に棘だらけの天井が降り注いだ。

 

 

 

「あーらら、裏をかかれたようだYO! プー、クスクス――だ~か~ら~アレはミラーフォースのような逆転のカードだと言ったではないですか」

 

 やがて嘗ての闇遊戯との一戦を思い出させる罠カード《マジカル・シルクハット》と罠カード《つり天井》のコンボによって破壊耐性が1ターンに1度限定の《深海王デビルシャーク》と《BF(ブラックフェザー)-残夜のクリス》を叩き潰された光景をモニター越しに見たシモベは下卑た嗤い声を漏らす。

 

『シモベ、其方の状況はどうなっていますか?』

 

「このターンに引いた罠カード《つり天井》があれば、逆転の芽もあったでしょうに、罠カード《闇のデッキ破壊ウイルス》に破壊されてまさに絶体絶命だYO! アハハハハッ!」

 

 そんな頭の中に響いた神崎の声を余所にシモベの視線の先のモニターには自軍の数が減ったことで永続魔法《憑依覚醒》の強化も減衰した《異次元竜 トワイライトゾーンドラゴン》が3つのシルクハット相手に右往左往する光景がモニター上に映った。

 

『シモベ』

 

「最後の頼みの綱は墓地の《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》ですが、復活の為には7枚の除外が必要――後1回分ですし、相手が――あれま、これではおしまいですねー」

 

 呼びかけられる声も忘れて試合の行く末を見守っていたシモベだが、バトルの終わりに《マジカル・シルクハット》によってモンスター扱いでセットされた永続罠《マジシャンズ・プロテクション》が破壊され、墓地から2体の《ブラック・マジシャン》が復活したのを確認し、天を仰ぐような仕草を取る。

 

 やがて次のターンにて反転召喚された《ブラック・マジシャン》を含め、3体のマジシャンに宙から見下ろされる《異次元竜 トワイライトゾーンドラゴン》が恐怖に身体をプルプルと震わせる姿を見れば、後の末路など語るまでもなかった。

 

『シモベ』

 

「しかし、同じ魔術師使いであっても此方のデュエルとは違い、先日の試合でのヒトデ頭は他とは明らかに違いますね。あの瞳は忌々しいシグナー共を思い出…………ん? ――我が主!?」

 

 ゆえに「勝負あった」とパネルを操作し、複数の試合をモニター上に並べて試合を物色していたシモベが過去の試合に意識を向けていたが、此処でようやく神崎の声に気付き、ふかふかソファから飛び起き、慌てて身なりを整えるような仕草の後にソファの上で正座する。

 

『報告を』

 

「いえ、いえいえ! これには、これには深い訳があるのですYO! それこれも、あのヒラヒラコートがやたらとワタシを睨んでガンを飛ばしてくるものですから、これ以上はと怪しまれる前に接触を避けただけ! ですから、ですから、決してサボっていた訳では――」

 

 しかし、端的に告げられた頭の中に響く神崎の声を「怒っている」と感じたシモベは両の手を前に出しながらアワアワと狼狽え、言い訳のようにあれやこれやと言葉を並べたてる。

 

 理由があったとはいえ、傍から見れば請け負った「ダーツのフリをする」を放り投げてダーツの立場を利用し、自堕落に過ごしているようにしか映らない為、シモベが慌てるのも無理はない。だが――

 

『頼んだ件に支障がない範囲の行動であれば特に咎める気はありませんよ』

 

「――えっ?」

 

『ですので、まずは報告を』

 

 神崎からすれば今回は緊急時ゆえに、いつも以上にかなり突貫工事な作戦だった為、細かな部分のアラは仕方ないと割り切っていた。

 

 更に他人のフリがかなり疲れることを神崎自身もダーツに扮し、身を以て知っていることもその認識に拍車をかける。息抜き程度なら目くじらを立てる気もなかった。

 

 万が一、シモベが下手を打っても、シモベを切り捨てれば済む話である。酷い。

 

「か、かしこまり! まず、あのフリル袖……ではなく、ジークフリード・フォン・シュレイダーなのですが――」

 

 やがてシモベが戦々恐々とした様子で報告を始める背後のモニターにて《異次元竜 トワイライトゾーンドラゴン》に向けて3体の《ブラック・マジシャン》から放たれる爆撃染みた魔力弾の嵐によって熊蔵のライフが消し飛ばされていたが――

 

 

 その光景をワインのつまみに嗤うことなど今のシモベには出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台はKCのオカルト課の研究ブースに移る。

 

 その研究ブースの中の光のピラミッドを管理するシェルター染みた一室へ隣の部屋から聞き耳を立てる人物に口元を押さえられたレインは借りてきた猫のように固まっていた。

 

 

 レインが何故、未だに逃げていないのか問われれば、バクラとトラゴエディアのデュエルが邪悪な苛烈さを増す中、唯々嵐が過ぎるのを待つように機材の裏で口を両手で抑え身を潜めていた場所が悪かったと言わざるを得ない。

 

 それもその筈、機材の影に隠れた彼女がバクラのように脱出するには機材の影から出るか、機材の合間を縫って出入口に向かうしかない。

 

 だが、機材の影から出ればトラゴエディアが自身を見逃すかどうかの賭けになり、機材の影を縫って進めば、障害物の多さから隔壁が閉まり切るまでに出入り口に辿り着けるか怪しく、さらに物音一つ立てれば相手に見つかることは明白。

 

 それゆえに一室から人の気配が消えてから脱出しようと考えていたレインへ追い打ちをかけるように現れた黒いローブの男の隠す気もないあまりにも邪悪な気配に動揺し、物音を立ててしまう始末。

 

 そんな自身の死を覚悟したレインを助けたのは背後の壁を貫通して伸びた腕の主――そう、今レインの口を押えている人物である。

 

 

「行ったか……もういいぞ」

 

 やがてレインが「壁から腕が伸びたのは最初の壁の仕掛けと同じソリッドビジョンの壁があったのでは?」と当たりを付けるころに慣れ親しんだ声が頭上から響き、彼女の口元を塞いでいた人物の手が離された。

 

「…………ぷはっ」

 

 やがて解放されたレインはその勢いのままに、ヨテヨテと数歩進んだ後、自身を助けたと思われる人物へと振り返る。

 

「しかし随分と無謀な真似をしたものだ」

 

「…………………………ぁ」

 

 そのレインの視線の先で呆れた声を零す人物の、男の姿に信じられないとばかりに、ゆっくりとレインの瞳は見開いていく。

 

 藍色の前髪にはねた金の長髪、目元の奔る赤いライン。肋骨を思わせるデザインのノースリーブの赤黒のシャツ、黒いアームカバー。

 

 そのどれもが彼女の記憶に残る姿のままだった。

 

「何だ、その間抜け面は――何時ものよく回る舌はどうした?」

 

「生き…………てた…………」

 

 正直、心のどこかで諦めていた。オカルト課の研究ブースを見てからは特にその想いは顕著で、最悪の可能性が、確信に変わってしまいそうで、ずっと不安だった。

 

 研究所で解析の為にと、バラバラにされた彼を見つけてしまうのではないのかと、ずっと怖かった。

 

 

「…………パラドックス」

 

 

 だが、現実を確かめるようにポツリと零したレインの眼前にいるのは他ならぬパラドックスそのもの。

 

 Z-ONEたち程とはいえないが、長らく共にいた仲間の姿を彼女が見間違える筈がない。

 

「半人前だとはいえ、仮にもイリアステルの一員がそう無様に狼狽えるな」

 

「…………狼狽えてない」

 

 だが、パラドックスから何時もと変わらない厳しさの中に優しさが見える言葉にレインは腕で目元をごしごしと擦った後、そっぽを向いて口を尖らせて見せた。

 

 今、思えば結構恥ずかしい姿を見られてしまったと。

 

「相変わらず口の減らない奴だ」

 

 しかし、レインとて何時までも再会を喜んではいられない。今度はパラドックスが無事だったことで生じる問題もあるのだから。

 

「――何故、貴方がKCに?」

 

「探しに来た者の発言ではないな。だがまぁ、良いだろう――KCの幹部の一人を傀儡とし、潜伏場所として選んだに過ぎない。灯台下暗しといったところだ」

 

「その情報では現在、浮上した此方の疑問は解消されない」

 

 ゆえに何時もの調子で問い詰めるようなレインにパラドックスが呆れた調子で返した答えでは、彼女の内に浮上した問題は解決しなかった。

 

 そんなレインの険しい視線にパラドックスは眉をひそめる。

 

「何が言いたい?」

 

「私がこの場に潜入したのは行動不能だと推察される貴方の居場所の手掛かり、もしくは貴方自身の救助の為」

 

「どちらも不要な心配だったな」

 

 本来であれば、レインは「定時連絡止まりで直接通信ができない程に負傷したパラドックスを助ける為に動いた」のだ。

 

 だが、今のパラドックスはどうだろう?

 

「肯定。それが問題」

 

「なんだと?」

 

「私は貴方を…………疑い始めている」

 

 どうみても活動に制限はなさそうで、通信一つ入れられない状態には見えない。

 

 そう、辻褄が合わなかった。そしてレインの中にその辻褄を埋める仮説があった――信じたくない仮説が。

 

「KC内で自由に動き回れる立ち位置を得たのであれば、定時連絡ではなく直接イリアステルに報告を入れるべきことは明白。にも拘らず、貴方は現在に至るまでの潜伏行為を続け、イリアステルの計画遂行の妨げにな…………Z-ONEに不要な感情を抱かせている。これは何よりもZ-ONEと未来救済を優先してきた貴方らしからぬ行動であり、イリアステルにとって無視できない問題だと定義。その原因は不明。可能性の一つとして、貴方が神崎 (うつほ)に組みしたと考えれば今までの事象の辻褄が――」

 

「――ふざけるな!!」

 

 だが、レインから並べられる仮説はパラドックスの怒声によって遮られた。

 

「私がZ-ONEを裏切るだと……! 汎用型のデュエルロイド風情が随分と思い上がった答えを出したな……!!」

 

 レインの記憶の中でも、これ程までに怒りをあらわにするパラドックスは見たことがない。ゆえにその剣幕から一歩後退りそうになる己の足を踏み止め、レインは追及を続ける。

 

「……身の潔白を語るのであれば情報の開示を求む」

 

「お前に態々説明してやる義理などない――と、言いたいところだが、また不愉快な推理を披露されても目障りだ。これを見ろ」

 

 しかし、パラドックスの腕の黒いアームカバーが外された先を見て後悔した。

 

「これは……」

 

「私の身体はデュエルキングたちとのデュエルにより、深刻なダメージを受けた。もはや時代を渡ることが困難な程にな……」

 

 その腕は人間の身体を再現された生体部品が所々剥がれ、内側の損傷の激しい機械部分が生々しく伺える。

 

 語られる説明に、パラドックスの全身は服の下もその腕と同様の状態であることが嫌でも理解させられた――が、レインは心を鬼にして再度問う。

 

「であるのなら、修復の要請をしなかったのは何故?」

 

「所詮は汎用型のデュエルロイドか。考えが浅い」

 

 壊れたのならば治せばいい――と。彼らがデュエルロイドゆえに治療、いや修理は人間よりも格段に容易だろう。だが、パラドックスは小さく首を横に振る。

 

「その程度のことが私に把握できていないと思っているのか? このレベルの損傷では仮にZ-ONEたちの元で修復したとしても、もはや今までのような活動は出来ない」

 

 そうして額に親指をコツコツ当てたパラドックスが示すように問題なのは外側よりも、内側の破損だった。

 

 彼にとって替えの効かない唯一の部分。生前の記憶をインストールされた中枢部。これを取り換えようものなら、もはやパラドックスという存在は消えると同義だ。

 

 つまり、今のパラドックスは事実上の戦力外。足手まとい。

 

「だが、Z-ONEならそんなことなど関係なしに私のことを修復――いや、治そうするだろう。たとえ……既にスクラップ同然であってもな」

 

 しかし、そんな足手まといでも慈悲深いZ-ONEならば、手を差し伸べるだろうとパラドックスは語る。

 

 たとえ、それが未来救済を推し進める彼の重荷に、余計な仕事になったとしても――パラドックスの記憶の中のZ-ONEという人間はそんな優しい男だった。

 

「私の存在がZ-ONEの足枷になることなど絶対に避けなければならない……! 彼の世界救済を阻むのであれば私自身でさえも排除対象だ!」

 

 だからこそパラドックスはその手を振り払う。Z-ONEの願いを、人類の救済を、世界の救済を邪魔する全て(自身までも)を排除することこそが己の役目なのだと。

 

「ゆえに私はこの時代に留まる決断をした――お前に知らせればそのままZ-ONEたちの耳に入り、そしてアンチノミーの耳にも入るのは明白……ゆえに報告しなかった」

 

 それゆえに誰にも話せなかったのだと。パラドックスの決断は、Z-ONEだけでなく、甘さの残るアンチノミーにも、多くを失ってきたアポリアにも反対されることは目に見えていた。

 

「だが、よもやお前が此処まで短絡的な行動を取るとは予想外だったがな」

 

 無論、そんな自分たちの和を断ち切らせはしないと無茶をする半人前(レイン)にさえも、出来れば話したくはなかったのだと。

 

「私は残った力で……この時代で……あの男だけは殺す。その準備も既に済んだ。後は決行の時を待つだけだ」

 

 とはいえ、パラドックスもただで死ぬ気はない。Z-ONEの献身を穢し、多くを歪めた元凶を道連れにする覚悟がその瞳にはあった。

 

 しかし、そこでパラドックスの身体の限界を示すようにガクリと膝が崩れるが、既のところで壁に手をつき、倒れはしない。

 

「ぐっ、喋り過ぎたか……」

 

「………………謝罪する」

 

 そんな死に体のパラドックスに対して、レインが絞りだせたのはそれだけだった。

 

 歴代のデュエルキングたちとの死闘を生き延び、死に体ながらもZ-ONEの計画の為に文字通り身を削っていた相手に自分は何をした?

 

 何故、パラドックスが報告をしなかったのかを考えもせず、「身動きできない状態になっている」のだと決めつけて動き、警戒対象の本拠地にのこのこ足を運んで死にかけたのは一体誰だ?

 

 そんな自身を潜伏先が発覚するかもしれない危険を冒してまで助けてくれた相手に何故、あらぬ疑いをかけた?

 

 それらの罪悪感に身を苛まれるレイン。最悪の場合は此処でパラドックス諸共捕まり、オカルト課の研究に盛大に活かされ、イリアステルの情報の何もかもを抜き取られていたかもしれない。

 

「不要だ。お前はZ-ONEたちに『私はこの時代でのアプローチを試みている』と報告しろ……それ以外は何も言わなくて良い……」

 

 しかしパラドックスは俯くレインの謝罪を一刀に伏し、今後の話へと話題を変えた。彼の中ではレインを助けることは当然だったとでも言わんばかりの態度である。

 

 だが、語られる言葉はパラドックスの限界を示すように苦し気で、今にも消え入りそうなろうそくの炎のように危うげだった。

 

「此処でのことも……だ……ヤツが歪めた全てを消し飛ばし、私がケリをつける……」

 

「でも――」

 

「……もう行け」

 

 やがてパラドックスがこの一室の扉の一つを開き、有無を言わせぬように言い放つ。

 

「お前はお前の役目を果たせ。それがお前の……いや、『私たち』の存在理由だ」

 

 パラドックスも、生前の記憶を移植されているとはいえ、その身体はレインと同じくデュエルロイド、ロボット、機械――そう、人間ではない。

 

 何処まで行こうとも、彼らの存在は機械の身体と、その記憶媒体()生体データ(亡霊)インストールされた(憑りついた)紛い物。

 

 

 そんな紛い物の彼らの存在意義はZ-ONEの心の慰撫と、世界の救済のみ――それがプログラムに設定されたシステムゆえなのか、生前の想いゆえの感情なのかは誰にも分からない。

 

 

 やがてパラドックスの決死の覚悟が見える視線に瞳を揺らしていたレインだが、なにか言わねばと口元を震わせるも、言葉はでない。自分に何ができる。何ができた。

 

 バクラとトラゴエディア相手に隠れることしか出来ず、トラゴエディアの主と思しき黒いローブの相手からは一人では逃げることすら出来なかった。

 

 そんな無力な自分が、(パラドックス)に何ができる。何も出来ない。何も出来なかったじゃないか。足を引っ張っただけじゃないか。

 

 やがて思わず「死なないで」と彼の覚悟を踏みにじって無責任に願ってしまいそうな己の口をキッと結んだレインは視線を逸らし、促された脱出ルートに向けて緩慢ながらも歩み始めた。

 

 歩みが遅くとも動き出さなければ自分が何を言ってしまうか分からなかった。そして彼女の内に溢れかねない感情が行き場を求めるようにその歩みは早くなっていく。

 

 

 そうして無力な彼女は己の弱さから逃げるようにこの場を去って行った。

 

 

「……行ったか」

 

 

 やがてKCの電脳の監視網を見やりレインが無事に脱出したことを確認したパラドックスは力尽きるように壁を背にズルズルとへたり込む。

 

 それはガタが来始めた身体で喋り過ぎた影響か、それとも張り詰めた緊張の糸が切れたゆえかは伺えない。

 

「所詮は汎用型、思慮が浅いな……だが」

 

 やがて力なく一人そう零す彼の脳裏に浮かぶのは、未来の希望か、デュエルキングたちが見せた可能性か、もしくはZ-ONEたちによって救済されるであろう世界の姿か、はたまた――

 

「……今は……今だけは、騙されていてくれ……」

 

 その願いの行く末は終ぞ分からなかった。

 

 

 

 

 

 






良かったね、レイン恵




~パンドラとデュエルしていた人の人物紹介~
前田(まえだ) 熊蔵(くまぞう)
遊戯王GXにて登場するコアラボーイこと前田 隼人の父。つくり酒屋を営んでいる。

ぽっちゃり体系の隼人とは違い、ガタイの良いガチムチなおっさん。でも顔は何処か厳ついコアラっぽい。

一撃必殺の極意を持つ剣術流派「薩摩次元流」の有段者であり、その技術をデュエルに流用しているとのこと。

GX作中では、成績不振で留年した息子、隼人に「やる気ないなら、学校止めて稼業を継げ!」と喝を入れに来た――が、クラスメイトの友人たち(十代+翔)が息子を気にかけていることを知り、「負けたら実家に帰る」と条件が課されたデュエルに敗北した隼人へもう一度チャンスをくれる良い人。

今作では――
大徳寺先生の「恐るべき使い手――かもしれない」との言葉を信じ、結構強い人と定義――なれば、ワールドグランプリに参加できているに決まってるでしょ! と出番を得た。

「男ならてっぺん目指せ!」とか言いそうな人なので


~今作の前田 熊蔵デッキ~
彼の使用した未OCGカードの「自分のフィールドのカードを全て破壊し、その分だけ相手のカードを破壊する」効果を持つ『ちゃぶ台返し』と、
その効果で破壊されない『酔いどれエンジェル』のコンボを再現したデッキ。

『酔いどれエンジェル』ポジションの破壊耐性を持つ下級(一部上級)モンスターで
『ちゃぶ台返し』ポジションの全体破壊カードをガン積みして邪魔な相手のフィールドのモンスターだけを一掃していく。

破壊耐性持ちは《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》の効果で裏守備表示にしてしまおう。除外コストで4枚目以降の《ブラック・ホール》である《カオス・エンド》と、疑似《強欲な壺》の《カオス・グリード》も狙えたりする。

よくよく見れば、《BF(ブラックフェザー)-残夜のクリス》は酔いどれ感があるかもしれない――目がグルグル感ありますし(おい)

弱点は貧弱な打点(攻撃力)――属性がバラけていることを利用し、永続魔法《憑依覚醒》で補助しているが、頼りなさは否めない。


~今作のパンドラ デッキ改~
素の《ブラック・マジシャン》を主体に置いた通常モンスター軸にカウンター系を混ぜたデッキ。
通常モンスター+遊戯の切り札とのことあって多くのサポートから展開が容易な為、各種ウイルスカードの弾にしつつ、
展開札兼疑似カウンターの《マジシャンズ・ナビゲート》や万能カウンター《王者の看破》で相手の行動を制限していく。結構普通。


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