マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
匿名希望のハノイのリーダー「良き力だッ!!」





第181話 決闘王

 

 

遊戯LP:4000

 

キースLP:100 → 0

 

「…………………………………………………………ぇ?」

 

 

 それは果たして誰の声だったのだろうか。

 

 膝から崩れ落ちたキースが会場に項垂れる中、消えていく《リボルバー・ドラゴン》を余所に闇遊戯のフィールドには相棒たる黒き魔術師とその弟子が佇む。

 

《ブラック・マジシャン》 攻撃表示

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 攻撃表示

星6 闇属性 魔法使い族

攻2000 守1700

 

 デュエル上の出来事を語るのであれば、先のバトルの前に発動された《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》の効果で伏せられたカードは「速攻魔法・罠カードであっても伏せられたターンに発動可能」な点が明暗を分けた。

 

 そしてその鍵となった1枚――罠カード《攻撃の無敵化》が発動され、戦闘ダメージを無効化し、戦闘で破壊された《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》の効果で《ブラック・マジシャン》と《ブラック・マジシャン・ガール》が墓地より復活。

 

 さらに破壊によって永続魔法《補給部隊》のドローの後、手札から速攻魔法《黒・爆・裂・破・魔・導(ブラック・バーニング・マジック)》が発動され、《リボルバー・ドラゴン》諸共相手フィールドを更地とし、己を守る術を失ったキースへと魔術師の師弟の攻撃が――

 

 

 

 ただ、それだけの話。だが、この場の誰もが――いや、二人以外が、理解が及ばないように言葉が出ず、つい先程までの熱狂が何だったのかと思う程に周囲に静寂が広がるばかり。

 

「あれ?」

 

 全米チャンプ。

 

「えっ? 終わ……り?」

 

 アメリカ最強の男。

 

「おい、嘘だよな?」

 

 嘗て決闘者の王国(デュエリストキングダム)で接戦を繰り広げたまさに好敵手。

 

「これ程とーは思わなかったノーネ……」

 

 凡そ1年越しの再戦。

 

「こんなにあっさり終わるもんなのか? 終わっていいのか?」

 

 傷一つ付けられなかった(1ポイントのライフも削れなかった)

 

「でも終わっちまったかんな」

 

 悪い夢を見ているのか。

 

「そんな訳ねぇだろ! だって、だってさぁ!!」

 

 これが、これこそが――

 

 

「これで一勝一敗だな――良いデュエルだったぜ」

 

 決闘王(デュエルキング)だ。

 

 

 

 

 

 ざわつく観客を余所に己の頭上に響く年若い声と差し出された掌に、膝から崩れ落ちていたキースは呆然としていた頭を振り、ゆっくりと立ち上がった後にその手を握る。

 

 

 一勝一敗。五分五分。イーブン。

 

 次に戦うときこそが真の決着をつける時。

 

「いや……俺様の完敗だ。今すぐ再戦しても勝てる気がこれっぽっちもしねぇ」

 

 などとはキースには口が裂けても言えなかった。

 

 

 終始、相手のペースに進み続けた試合で、キースは無根拠に大口を叩ける程に愚鈍にはなれなかった。

 

 

 そんな米国が生んだ絶対王者の完全な敗北宣言にざわつき始める会場に対し、仕事を思い出したかのように実況席でマイクがゴトンと倒れる音が響き――

 

 

「け、け、決着ぅうううぅうううう!!」

 

 野坂ミホのなんとも間抜けな声が会場中に木霊し、それを合図として、暫し遅れた周囲の観客たちの喝采を響いた。

 

 

 

 

 闇遊戯が天に向けて拳を握り、勝者の責務を果たす中、キースの心は思っていた以上に平静だった。

 

――へッ、デュエルの神様も粋な事しやがる。

 

 力の差を見せつけられた試合。

 

 例えるのなら、雛鳥だった頃(デュエリストキングダム)に己と互角だったのであれば、相手が成体になれば――そんな具合か。

 

 

 だが、不思議と心地よい。そんな感覚。

 

 

――「頂き」だと思ってたもんの、先ってやつを今更突き付けてくるなんてよ。

 

 

 なにせ彼は己が知る由もなかった更なる空の景色を見せてくれたのだから。

 

 

 何時の日か、共に飛ぼう――と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 並び飛べるかは別だが。

 

 

 

 

 

 

 そこから先の大会は特筆すべきことがらはない。

 

 あるのは唯一つ。

 

 誰一人として年若い王の歩みを止めることが出来なかった。

 

 勝ち残っていたカードプロフェッサーたちも、

 

 ペガサスミニオンたち総員も、

 

 名立たるデュエリストを降してきたダークホースたるマスク・ザ・ロックも、

 

 佐藤やヴァロンを含めたオカルト課の人間も、そして――

 

 

 

 

「《カオス・ソルジャー》で《ガーディアン・エアトス》を攻撃!!」

 

 闇遊戯の声に、藍の鎧纏いし超戦士の刃が上段から振り下ろされた。

 

 だが、その向かう先たる相手のネイティブアメリカン風の民族衣装に身を包んだ女性が右手に持った神聖なる輝きを放つ細身の剣で受け止め、互いの刃の衝突が衝撃波となって周囲に伝播する。

 

「甘い! 罠カード《力の集約》! これで全ての装備カードをグラールに!」

 

 しかし、その互いの剣のぶつかり合いは《ガーディアン・エアトス》の剣の刀身が砕け散った衝撃で《カオス・ソルジャー》の剣の軌道がずらされ、空を切る。

 

「そして装備魔法《静寂のロッド-ケースト》は装備対象の他の魔法効果を受けない!」

 

 だが、砕けた刀身は恐竜人の戦士たる《ガーディアン・グラール》が水の如き青き杖《静寂のロッド-ケースト》を一振りすれば、その砕けた刀身の中から光の輝きを見せ――

 

《ガーディアン・エアトス》

攻3000 → 攻2500

 

《ガーディアン・グラール》

攻2500 → 攻3000 → 攻2500 

 

「よって装備魔法《女神の聖剣-エアトス》は破壊され、エアトスの攻撃力を除外されたカード×500アップさせる!! 聖剣のソウル!!」

 

 《ガーディアン・エアトス》の右手に残る《女神の聖剣-エアトス》の柄から、光の刀身が現れ、眼前の超戦士を切り裂く刃へと変貌を遂げた。

 

《ガーディアン・エアトス》

攻2500 守2000

攻5500

 

「これでキミの残り1500のライフも灰燼と化す! 行けッ、エアトス!! フォビデン・ゴスペル!!」

 

 そんな瞬きの間に生成された光り輝く刃を以て《カオス・ソルジャー》と再度剣を交えた《ガーディアン・エアトス》。如何な超戦士も振るわれた一撃に、己の足が地面を砕く程の衝撃に見舞われた。

 

「甘いぜ! 手札の《混沌の使者》を墓地に送り、俺の《カオス・ソルジャー》の攻撃力を1500ポイントアップ!!」

 

 だが、闇遊戯はここぞとばかりに天より一振りの剣を超戦士に託す。

 

《カオス・ソルジャー》

攻3000 → 攻4500

 

「そのカードは!?」

 

「これにより《混沌の使者》の効果を受けた《カオス・ソルジャー》とバトルするモンスターの攻撃力はダメージ計算時のみ元々の攻撃力に戻る!!」

 

 そうして天上より飛来した剣を手に、二振りの剣で《ガーディアン・エアトス》の光の剣を両断した《カオス・ソルジャー》。

 

「さらに儀式召喚に使用した《開闢の騎士》の効果により《カオス・ソルジャー》がモンスターを破壊した時、追加攻撃が可能! さぁ、この連撃を受けて貰うぜ! ツイン・カオス・ブレードッ!!」

 

 その二振りの剣は《ガーディアン・エアトス》と《ガーディアン・グラール》の隙をつくようにそれぞれの胴目掛けて同時に振り切られた。

 

「――くっ、永続罠《アストラルバリア》の効果を発動! キミの攻撃を私へのダイレクトアタックにする!!」

 

「――なっ!?」

 

 が、その刃が捉えたのは《ガーディアン・エアトス》ではなく、ラフェールの身体。

 

「ぐぉぉおぉぉおおおおぉお!!」

 

ラフェールLP:4000 → 0

 

 それにより、生じた剣撃の衝撃がラフェールの身体に奔る中、闇遊戯はポツリと零す。

 

「……フッ、ついぞアンタの仲間を倒すことは叶わなかったな」

 

 しかし、その内容に反して彼の声色は何処か嬉しそうなものだった。

 

 

 

 

 この一戦を最後に、ワールドグランプリは幕を閉じる。

 

 

 そう、此処に決闘王(デュエルキング)は真の意味で生まれ落ちた。

 

「諸君! 理解したか! これこそが決闘王(デュエルキング)の頂き! デュエリストの頂点たる姿! その雄姿! その力! その魂! しかと、その目に焼き付けよ! 己が口から二度とくだらぬ戯言が零れぬように! あわよくばなどと愚考を抱かぬように! そして喝采せよ! 誇れ! この場に居合わせた幸運を! 立ち会えた僥倖を!! これを以てワールドグランプリは幕を閉じる! ゆえに今一度、諸君らの声を以て王を称えるのだァッ!!」

 

 とはいえ、大会最後の言葉は闇遊戯よりも海馬が全て掻っ攫っていった状態だったが、彼の王がその玉座に座すことに今回ばかりは誰も文句はつけられない。

 

 

 何故なら、世界がそれだけのものを見せつけられたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「王の魂は満ちた」

 

 

 そして終わりが始まる。

 

 シャーディーのその言葉を最後に、手の内の千年錠を悔し気にギリッと握った後、その姿が蜃気楼だったのかと思わせるように消えていった。

 

 

 

 

 

 

――終始、無言で何しに来たんだろう、あの人……

 

 そんなシャーディーを遠方より観察していた神崎がそう思うのも無理はない。

 

 なにせ、キース戦を観戦中だった神崎の前に突如として現れたシャーディーは、千年錠を僅かに動かしたものの、その後は当の神崎のことなどまさかのガン無視。

 

 そのガン無視っぷりは「キミもそう思うだろう?」などとハッタリかました神崎が残念な有様な程である。そう、いないものとして扱われたのだ。

 

 とはいえ、神崎もシャーディーが繰り出すであろう闇のゲームが怖かったので、それ以上話しかけなかったことも原因の一つではあるが。

 

 

 その後、どう見ても「闇遊戯の試合観戦ツアー」を堪能した後、上述した意味深な発言と共に消えていったシャーディーの行動は、念の為の観察をしていた神崎には終ぞ分からなかった。

 

 本当に「何しに(神崎の前に)来たんだろう、あの人……」状態である。

 

 

 その真実は神のみぞ――ならぬ、シャーディーのみぞ知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくしてデュエルモンスターズを世に送り出した創造主の故郷たる地で、王が誕生する。

 

 

 それらの情報は、参加者・観客含め、様々な人間が各々の道へと戻ると同時に世界を駆け巡り、王の誕生に世界が沸く。

 

 そんな中、とある別荘地にて、壮年の男が大きめなモニターに流れるニュース映像を神妙な顔で眺めていた。

 

『本日、国際デュエル協会は「決闘王(デュエルキング)」の規定を発表し、これを受け各種機関は武藤 遊戯氏へ、正式に初代決闘王(デュエルキング)の――』

 

 モニターに流れるのは、ニュースキャスターと思しき女性が文面を読み上げる姿と、その背後に童実野高校の敷地外から撮られた映像が映る。

 

 

 武藤 遊戯が通う童実野高校にてマスコミやら、スカウトやら、企業人やらの人混みが獲物を狙う野獣の如き眼光を光らせながら、ワラワラと集まっている姿は鬼気迫るものがあり、非常に怖い。

 

 それは学園内に強引に立ち入られない為の門番役に抜擢されたであろう、さすまたを手に立つオレンジジャージに角刈りの体育教師も腰が引け気味だ。

 

 そこには、過去に獏良 了のロン毛をオラオラ注意していた面影はない。

 

 

 

 そうしてニュースキャスターがあれこれ語り終え、次なる話題「海馬 瀬人がデュエリスト養成学園設立!?」に移った頃、モニターを眺めていた壮年の男、海馬 剛三郎は小さく息を吐く。

 

「ふん、あれがヤツが目を付けた男か」

 

 剛三郎の意識は武藤 遊戯に――いや、「決闘王(デュエルキング)」に向けられていた。

 

 彼が語る「ヤツ」が目的を果たす上で最重要人物なのだろうと。しかし剛三郎にはその「目的」が未だにハッキリとは見えなかった。

 

「よもや、こうも担ぎ上げるとはな……さしずめ世界改変の(キー)といったところか」

 

 世界的な知名度と栄誉を与えて「何をさせる」つもりなのかが、剛三郎には読めない。「ヤツ」にとって重要だとは理解していても、(キー)になると理解していても、その先が読めない。

 

「今の儂が何を遺してやれる……」

 

 モニター上で全速・前進・ワハハハッ!している義息子への罪滅ぼしに、「ヤツ」の目的程度は掴んでやりたいと思うが、土台無理な話だ。

 

 

 

 三体の神を束ねて光の創造神を呼び起こし、世界の破壊を目論む邪神を「ジェセル!!」で討滅させる為などと、今までの情報で導き出せる方がどうかしている。

 

 

 

 そうして出口の見えない思考の迷路の袋小路に迷い込み、苦悩する剛三郎の前をウィーンという音と共に真っ白なドラム缶のようなものが横切った。

 

「此方が食堂になりマス。お食事の際はあちらの機械からお望みのお品のパネルをタッチなさってくだサイ。右側の機械がご注文後、直ぐお出しできるお品。左側の機械が少々お時間を頂くお品になっておりマス」

 

 やがて流暢な合成音声を発するその真っ白なドラム缶の正体は、この別荘地の雑事を引き受ける作業用ロボット――「サポートロボくん」である、

 

 小型のドラム缶のような身体に腕と足代わりのキャタピラが付いており、顔部分と思しき場所に丸と棒線で簡易的な表情を浮かべているのが特徴だ。

 

 そしてサポートロボくんから語られる説明は、その背後に続く夫妻へのもの――そう、この別荘地での各種施設の案内と説明を行っていた。

 

「フン、品ぞろえは悪くないようだな」

 

「そうね。あの神崎とかいう男も、分かっているようじゃない――折角だから、何か注文していきませんこと?」

 

 案内されている夫妻は、如何にも貴族感溢れるチョビ髭の壮年の男と、長い茶の髪を後ろで纏めた教育ママ感溢れる女性で、高飛車な言葉と共に周囲の家具や、壁を見やっている。

 

 彼ら夫妻は、この別荘地の外観および内装がお気に召しているようだ。

 

 そうして夫は妻の言葉に暫し逡巡した後、小さく頷いた。

 

「そうだな。このガラクタ共の手並みを拝見するのも悪くはない」

 

「かしこまりまシタ。施設のご案内を一時中断し、お食事の手配を――」

 

「ほう、懐かしい顔だな」

 

 やがて「ガラクタ」呼ばわりされたサポートロボくんが三本線で悩む表情を浮かべた僅かの間に、各種スケジュールと照らし合わせ、今後の予定を調整し、笑顔の表情に戻って職務に戻るが、その前に剛三郎が割って入った。

 

 知り合いのように自分たちに語り掛けた剛三郎の姿に、夫妻の顔が僅かに歪む。

 

「貴様は……!」

 

「あら、嫌な顔を見たわ。貴方」

 

「ああ、分かっている。お前は先に注文を取っていてくれ――おい、ガラクタ」

 

 だが、夫妻の反応を見るに、剛三郎との関係は良好ではないことを窺わせた。

 

「かしこまりまシタ。では奥様へご注文方法の説明に移らせて頂きマス」

 

 やがてデフォルトの表情に戻ったサポートロボくんが妻と共に食券機と思しき機械の元へ去っていくのを確認した夫は再度、剛三郎へと忌々しい視線を向けて零す。

 

「……よもや此処でお前に会うとはな」

 

「フッ、儂もだ。だが、これも何かの縁――牙をもがれた老いぼれ同士、仲良くしようではないか」

 

「黙れ! 我が由緒正しきシュレイダー家と、貴様のような成り上がりの俗物を同列に扱うな!!」

 

 しかし、剛三郎が軽い調子で差し出した手を夫――シュレイダー家の当主たるジーク父は振り払った。

 

「此処にお前を送った男はそう思ってはいないようだが?」

 

 そんな激昂を見せるジーク父に剛三郎は事実を並べるように平坦に返す。

 

 

 そう、ジークの計画が失敗したことで生じた諸々の負債によって、シュレイダー家はぶっ潰れ、にっちもさっちも行かなくなったが、ジークの要請を受け、神崎が一先ずジーク夫妻に用意した場が此処だった。

 

 何を隠そう此処は、剛三郎のような「放っておくのは拙いが、始末すると角が立つ」面々を放り込んでおく為の場。

 

 巡り合わせが違えばマリクたちも此処に放り込まれていた可能性があったりするが、今は関係のない事柄な為、割愛させて貰おう。

 

 やがて剛三郎はこの別荘地をそんな「終わった人間しか送られない場」だと言外に返すが――

 

「フン! あの若造とて、我がシュレイダー家の重要性は理解しているからこその、今の対応だとも! この豪華絢爛な場が何よりも物語っている!」

 

 ジーク父はそれを否定する。

 

 誰の目から見ても、衣・食・住の全てに高級さを感じさせる品々で溢れているこの別荘地の有様がその証明だ。そこに最新鋭の家事用ロボットが加われば、疑う余地はない。

 

 

 終わった人間の為に、此処まで金をかけてもてなす馬鹿はいない、と。

 

 

 そうして両の手を広げたジーク父の視界にサポートロボくんと妻――ジーク母のやり取りが映る。そう、食事一つとっても、金のかけ方が違う。

 

「このメニュー、『~風』なんて書かれていますけど、まさか安物を混ぜたりしてないわよね?」

 

「エラー、『安物』の定義が不明な為、当機にはご質問にお答えできまセン」

 

 ジーク母の懸念するようなことなどない。サポートロボくんに搭載されたAIでは人間の価値基準が理解できなくとも、そのどれもが「良質な食材」である。

 

 とはいえ、サポートロボくんの発言に僅かにイラっとしたジーク母は呆れたように息を吐いた後、再度問う。

 

「……所詮は機械ね。ならお馬鹿な貴方に分かり易く問うて上げましょう。ありがたく思いなさい――『何のお肉なのかしら?』」

 

「エラー、申し訳ございまセン。当機にはご質問内容が理解できまセン」

 

「はぁ!? この肉は何の肉かって簡単な質問でしょう!!」

 

「エラー、当機にはご質問内容が理解できまセン。可能であれば『Yes・No』で回答できる範囲にて再度ご質問をなされてくだサイ」

 

 だが、サポートロボくんの搭載AIは未だ融通が利かない。最新鋭の技術にも限界はある。

 

 イライラが加速するジーク母。

 

「くっ……ホントにガラクタね……!! なら『このお肉は最高級品質の牛ヒレ肉なのよね!!』」

 

「その認識で()()間違いありまセン」

 

「……変な言い回しね。壊れてるのかしら……? もう一度聞くわよ、『このお肉は最高級品質のチキンなのよね?』」

 

 しかし、そこは人間側が少し気を利かせてやれば良い話。続いたジーク母のひっかけ問題のような問いかけにだって――

 

「否定。該当食品とは異なりマス」

 

 問題なく答えられる。最新鋭は伊達ではない。

 

「あら、大丈夫そうね。『このお肉は最高級品質の牛ヒレ肉なのよね?』」

 

「その認識で()()間違いありまセン」

 

「なら、問題ないわ。これを二人分用意しなさい」

 

「かしこまりまシタ。お時間は…………5分程でご用意できるとのことデス。問題ありまセンカ?」

 

 人間が少しばかり気を利かせてやるだけで、馬車馬のように働いてくれるサポートロボくんの姿にジーク母も満足気だ。

 

 

 やがてそんなジーク母とサポートロボくんのやり取りから剛三郎へと視線を戻したジーク父は力強く宣言する。

 

「……少々使用人に難があるようだが、そんなものを補ってありあまる対応! この事実こそが、あの男が我がシュレイダー家を、かしずくまでに欲している証!」

 

 神崎のジーク夫妻へのもてなしは傍から見れば「過剰」だ。

 

「貴様がいるのは癪に障るが――何度でも言おう! あの若造がシュレイダー家の価値を真の意味で理解しているということだ!!」

 

「ああ、そうだな。儂もそう思ってい()よ」

 

 だが、それは此処に来たばかりの過去の剛三郎も思っていたこと。

 

 こうも丁重な扱いを受ければ、誰もが勘違うだろう。騙すにしては無意味過ぎる程に過剰だと。ゆえに此方の機嫌を損ねないようにしているのだと。

 

 まだ「自分たちは返り咲けるのだ」と。なにせ、この別荘地にはそう誤認させるだけのものが揃っている。

 

 

 誰も触れない位置にて施された物理的に不可能なデザインの豪華な調度品の数々。それらは季節ごとに「映像を差し替えるように」「いつの間にか」変えられ、飽きを感じさせない。

 

 加えて此方も手に届かぬ位置だが、品よく飾られた「現存する筈のない」芸術的な絵画を含めた芸術品。

 

 手に触れる家具や食器類などの品は、職人技を感じさせる「寸分違わず全く同じ」仕様。

 

 振る舞われるのは「この世界の何処にあったのか?」とすら思える未知なる美食。

 

 万が一体調を崩そうとも「世界の誰もが受けたことのない最先端の施術」を「最優先」で受けられる充実っぷり。寿命以外で死ぬ要素など「そう」ないだろう。

 

 更に、少々おつむは悪いが、一切の文句も言わず馬車馬のように働き続ける使用人(ロボット)たちが、この施設の住人たちの全ての生活をサポートしてくれる。

 

 

 まさに夢の国。欲の都。

 

 

 どんな荒んだ心へも()()()()()()()安寧をもたらしてくれるであろう様々な配慮。

 

 ジーク夫妻は大満足だった。選ばれし者であるシュレイダー家に相応しいもてなしだと。

 

「フン、貴様と意見が合うなどと、何時もなら虫唾が奔るところだが――今日は()()()()()()()()()()()。水に流してやろう」

 

 やがて剛三郎の言葉に嫌々ながらも同意を見せた後、ジーク父は上機嫌に返す。

 

 そう、此処はまさに選ばれた者(選ばれてしまった者)たちへの特別な住まい(鳥かご)

 

 だが、剛三郎には聞き逃せぬワードがあった。

 

「気……分……? まさか、もう飲んで()()()()のか?」

 

「何の話だ? あぁ、理解した。この場への滞在の祝いにと送られた特別に希少なワインの話だな。当然だろう――あれは今宵、最も熟成していた。飲まねば風味が落ちる一方だというのに、これだから成り上がり風情は……」

 

 しかしジーク父は呆れた表情を見せながら剛三郎を小馬鹿にするようにヤレヤレと肩をすくめる。

 

 

 ちなみに、剛三郎の時は紅茶だった。己が好んでいた品種の更に選りすぐりだと語られて。

 

 とはいえ、眼前の男のように初日ではなかった。この場に慣れ始め、警戒心が緩んだ当たりにポツリと雨粒が垂れるように提案された。

 

 しかし、目の前でワインの味を語る男には、初日の段階で()()するべきだと判断されたのだろう。

 

 そうしてあれやこれやと己の品位を語るジーク父の言葉を遮るように剛三郎は重い口を開く。

 

「……一応、先達として忠告しておこう」

 

「なんだ、聞いてやろう」

 

 何時ものジークの父なら、剛三郎の話など鼻で嗤って聞く耳を持たないだろう。だが、今日は()()()()()。だって、()()()()()()()のだから。

 

「怪我や病の類には気を付けるんだな」

 

「ハッ! 馬鹿馬鹿しい! 契約の内に最先端の施術を受けることが出来るのだよ! 此処で治せぬのなら、他で治せる訳もない!」

 

 とはいえ、相手の発言にジーク父は「やはり聞く価値などなかった」と嘲笑う。医療方面に他の追随を許さぬ歩みを見せるKCのオカルト課のおひざ元で何を言うのかと。

 

「フッ、そうだな。老いぼれ(体調を崩しやすい人間)が多い此処なら、さぞ医者も腕の振るい甲斐があるだろうさ。色々試せるだろうさ」

 

「何を当たり前のことを――所詮は成り上がりの俗物の言葉など、なんの足しにもならんな! いい加減、貴様の顔を見るのも忌々しい! これで失礼させて貰おう!!」

 

 やがて馬鹿にするような捨て台詞と共に踵を返し、背を向けたジーク父は己が妻の元へと歩を進めるが、その背に剛三郎の声が届くが――

 

「……忠告はした。もはや()()()()()と会うこともあるまい」

 

「フン、今日だけでなく、永劫会うこともないだろうとも! 直に我がシュレイダー家は華麗なる復権を遂げるのだからな!! ハハハハハハハッ!!」

 

 くだらない戯言だと断じたジーク父は高笑いを上げながらサポートロボくんの誘導に従い、準備された豪勢に見える食卓へとついた。

 

 

 

 

 

 そんな気分良さげに食事に移るジーク夫妻の団欒を遠目に眺めた剛三郎はポツリと呟く。

 

「過去の()の姿を態々見せて何のつもりだ……」

 

 アレはまさしく過去の己だった。

 

 海馬に敗北を喫するも、未だ野心を残し、乃亜を利用してでも再びKCの覇権を握ろうと考えていた過去の己そのものだと。

 

 だが、所詮は「過去」の話。

 

 牙を気付かぬ内に削り取られた「今」の己とは関係のない話。

 

「……瀬人へ助言した儂への警告のつもりか、神崎?」

 

そうしてソリッドビジョンで豪華絢爛さを映しているだけの壁に手をついた剛三郎の力ない声は誰にも届くことなく消えていった。

 

 

 

 

 

 

 やがて牛肉っぽいけど、実は何の肉か明確に区分できないよく分からない「とっても美味しい肉」に舌鼓を打つジーク夫妻はご機嫌さを見せる。

 

「フフフ、我らシュレイダー家の復権も直に始まる……かつての栄光を取り戻した暁には、隙を見てあの男を蹴落としてくれよう!」

 

「そうよ! ジークフリードとレオンハルトと共にシュレイダーの覇権を取り戻す日が待ち遠しいわ!!」

 

 夫婦揃って高笑いを上げてしまう程に上機嫌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 綺麗なジーク夫妻になるまで、あと100日。

 

 

 






これにて「KCグランプリ編」改め「ワールドグランプリ編」――完結になります<(_ _)>

最後が(原作ではほぼモブだった)ジーク夫妻の高笑いで済まねぇ……



そして遂に来たぜ――記憶編がよォ!


Q:ジーク夫妻、なにをされたの?

A:様々な角度からのアプローチを用いて、ご夫妻の心身ともにリラックスできるように働きかけました。肉体、精神に害のあることは勿論のこと、違法なことは何一つしておりません。



~今作オリジナルキャラ~

「サポートロボくん」

今話にてジーク夫妻に「ガラクタ」呼びされていたロボット。人々の生活をサポートする為に作られた()()()

真っ白な小型のドラム缶のような身体に手と、足代わりのキャタピラが生えたゆるキャラ擬きな外見を持つ。顔部分に丸と棒線で簡易的に表情を作れるがバリエーションが少ない。

とある様々な()()を行う場で実地テストを行っている。正式発表は目途が立っていないとのこと。

口調はデスマス調だが、搭載AIの会話パターンが少ないのか度々会話が詰まり、「その認識で凡そ間違いありまセン」で説明を放棄するような場面が多い。未だ発展途上なのだろう。

わた優秀な光のイグニスを見習って欲しいものだ。キミもそう思うだろう、プレイメーカー?




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