マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
バクラ「なんて日だ!!」





第183話 初陣

 

 

「ボバサ、おいしいお店いっぱい知ってるよ~」

 

 そんなボバサの間の抜けた声が響く中、遊戯たち一同はエジプトの有名な料理店にて団欒を囲みつつ、並べられた料理に舌鼓を打っていた。

 

「ボバサ、古代エジプトの石板は――」

 

「焦っちゃダメ、ダメ! 見られる時間決まってるから、早く行ってもボバサなんにもできない。みんな、待ちぼうけだよー」

 

 思わぬ観光の道中に闇遊戯が本来の目的を急かすが、ボバサは口いっぱいに料理を頬張りながらチッチッチと指を振る。

 

 彼の言う様に墓守の一族が代々守ってきた石板などは文化的な価値が非常に高く、「見せて!」「いいよ!」ですんなり通るものではない。

 

 イシズならば、遊戯たちのその辺りの事情を汲んでくれたのだろうが、現在管理者とされているアヌビス――の背後の神崎は平時の物事は平時通りに行うタイプだった。

 

 ゆえに生まれた空白の時間がエジプト観光に当てられている現状である。

 

「まぁ、良いじゃねぇか遊戯! これがお前の最後の旅路なんだ――目一杯楽しんでいこうぜ! なぁ、本田!」

 

「そうだな。俺たちもお前の……『もう一人の遊戯の故郷』のこと、もっと知っときたいしよ」

 

「そゆこと。そゆこと――みんないっぱい食べるよ~!」

 

 何処か焦りが見えていた闇遊戯の背を城之内と本田が軽く叩きながら、ボバサと共にもしゃもしゃと出された料理を平らげていく中、食事の手を止めた杏子がおずおずとボバサに向けて問うた。

 

「あの……カルトゥーシュのあるお店って知ってますか?」

 

「うん、ボバサ知ってるよ~これ食べた後で案内するね~」

 

「なんだそれ? エジプトの名物料理か?」

 

 その問いかけにうんうんと頷くボバサの横で首を傾げる城之内へ杏子は呆れ気味に少しばかり語気を荒げる。

 

「もう、違うわよ! 古代エジプトの王様の名前が彫られてた物のこと!」

 

 闇遊戯の為にと色々考えていた杏子が、頭痛を堪えるように完全にエンジョイ姿勢の城之内を見やった。とはいえ、友と最後の旅を全力で楽しむのも間違いではないのだが。

 

「成程な。そいつに名前を刻んどきゃぁ、もう一人の遊戯がまた名前を失くす心配もないって訳か」

 

「杏子……」

 

「うん、空港のお土産屋さんで見かけたんだけど、まだ時間もあるみたいだし、どうせならちゃんとしたのを送りたくて……」

 

 やがて理解が及んだ本田の声と、想い人である闇遊戯の感嘆の眼差しに杏子が照れるように目を逸らした。

 

「任せて、任せて! ボバサが全部案内してあげるよ~!」

 

 そんな彼らの思いやり溢れるやり取りにボバサも触発されたようにやる気を漲らせる。名もなきファラオに巡った良き縁に墓守の一族の一人として出来得る限り力になろうと。

 

 

 そうして遊戯たち一同の最後の旅は和やかに進んでいき、なんのトラブルもなく終わると彼らは信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ファラオ、そろそろご準備を。民がファラオの言葉を心待ちにしております。この『シモン』、この場に立ち会えたことは何よりの僥倖でございます」

 

 巨大な王宮の一室にて、双六によく似た顔立ちをした白いローブに身を包んだ褐色肌の老人「シモン」が、玉座に座る闇遊戯へと声をかける。

 

「じい……さん……? 俺がファラオ? いや、それよりも此処は一体……」

 

 その声に朧気だった意識が覚醒した闇遊戯は視界に広がる未知の情報に戸惑いを見せるが、その脳裏に此処に至るまでの過程が描き出された。

 

――確か俺はボバサの案内で観光した後、石板の元で3枚の神のカードをかざして……なら、此処が……

 

 闇遊戯の記憶はエジプト観光を楽しんだ後、古代エジプトの石板に三幻神のカードをかざした段階で途切れている。

 

 そして今までの仲間たちと過ごした時間が嘘だったかのように、己をファラオとして扱う周囲の人間たち。

 

 だが自身の首元の杏子から送られたカルトゥーシュを闇遊戯は強く握った。これが表の遊戯たちと、仲間たちとの日々が夢ではないのだと実感をくれる。

 

「ささ、此方ですぞい」

 

「此処が……俺の記憶の世界……」

 

 シモンの声に闇遊戯は、今己におかれた状況を少しでも理解するべく、ゆっくりと玉座から腰を上げた。

 

 燦然と輝く太陽の元、名もなきファラオの失われし記憶を探す旅が始まる。

 

 

 そうして新たな王の登場を待つ民たちの視線の中に、毛色の違うものが混ざっていることなど闇遊戯は知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、ジリジリと照り付ける太陽の下、砂漠のど真ん中で己を連行していた兵士を切り捨てた馬にまたがる黒いローブの怪しげな一団の前でバクラは毒づく。

 

「チッ、やっと闇のゲームが始まったと思ったら、いきなりこんな出だしかよ」

 

 その手首は鎖で繋がれ、護送中だった三千年前の己――「盗賊王バクラ」の立ち位置はファラオである闇遊戯と比べ、大きく落ちる。

 

「だが、此処は間違いねぇ。奴の記憶の世界……」

 

 やがて馬を降りた怪し気なローブの一団が己の鎖を外し、跪く姿にバクラは凡その状況を把握した。

 

「こいつらはさしずめ俺様の出迎えって訳か。そうだったな……だんだんと思い出してきたぜ。三千年前の細かい事を……!」

 

 そして記憶を巡らせたバクラは今後の方針を固めていく。古代エジプトの石板を安置していた場所に潜り込み、究極の闇のゲームに参加したバクラの目的は唯一つ、大邪神ゾークの復活。

 

 だが、その為には三千年前と同じシナリオを繰り返す訳にはいかない。如何に己に都合よく、歴史の流れを誘導するかが究極の闇のゲーム攻略の鍵。

 

「だが奴はファラオ。俺様はしがねぇ盗賊――これじゃぁちぃ~と開きがあり過ぎるな……ククク、まずはレベル上げに勤しむとするか」

 

 しかし現状、闇遊戯を相手取るには彼我の戦力は些か以上に大きい。ゆえに戦力増強すべく、怪し気なローブの一団と共に馬に乗って、バクラは王墓の一つへと駆けて行く。

 

 

 そんな彼らの行動をステルス状態で宙に浮かぶ目玉がギョロリと眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 闇夜に輝く月が砂漠を照らす頃、砂漠の只中にあった小高い丘で佇む六対の翼を持つ黄金色のドラゴン、《マテリアルドラゴン》に背中を預けながら神崎は脱力するように零す。

 

「段取りが台無しだ」

 

 そうして1枚のカードを浅黒く変色した指先で器用にクルクルと回転させながら神崎はもう一度溜息を吐いた。

 

 

 なにせ、予め予定していた流れを大きく外れ、究極の闇のゲームの舞台に引き摺り込まれたことは神崎にとってかなりの想定外である。

 

 石板の近くにいたゆえか、それとも光のピラミッドが三幻神の力に共鳴したのか、それとも彼が持つ1枚のカードの導きゆえか――原因は不明だが、現状を鑑みれば論じる意味もない。

 

 そんな神崎の今回の目的は「大邪神ゾーク・ネクロファデスの討滅」であり、「復活の阻止」ではない。脅威は対処できる段階で可能な限り即座に――それが神崎のスタンスだ。

 

 その為に、石板の安置所に侵入しようとしていたバクラをアヌビス経由で警備から素通りさせ、究極の闇のゲームの舞台を整えた。

 

 原作のように「三幻神の力を束ねた創造神の力による討滅」を狙いたいところだが、既に原作の流れから逸脱している部分が多い以上、原作同様のルートを辿ってくれるなどと神崎も楽観視する気はない。

 

 それゆえに可能な限り大邪神ゾークを討滅する手段を整えてきたのだ。オカルト部門を研究させていたのは、伊達や酔狂で行っていた訳ではない。

 

「一番有力な手が打てないのが辛いところだな」

 

 しかし、「自身の肉体ごと」究極の闇のゲームに取り込まれたことで、事前に準備していた手段のかなりの部分が使えなくなった事実に神崎はまた溜息を吐くが、現在の手持ちで何とかするしかない。

 

「とはいえ、必要最低限の人員を巻き込めたのは不幸中の幸い」

 

「神崎殿、全対象の捕捉を確認。総員、諸々の手筈が整ったとのことです」

 

 そうして前向きに考え始める神崎の前に跪いたゼーマンの報告に、神崎は丘の下を見下ろす。

 

「なら、そろそろ始めようか」

 

 軽い調子で落とした神崎の声の先には砂漠一面にひしめき合う数多のオレイカルコスソルジャーの姿。

 

 やがてオレイカルコスソルジャーの身体に黒いラインが奔った後、その瞳が爛々と赤く輝き――

 

 

「散れ」

 

 

 数多の異形が夜の闇に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台は現実世界に戻り、墓守の一族が管理する一室に設置された古代エジプトの石板の前で膝をついたままの表の遊戯の姿に杏子と城之内は心配気な声を漏らす。

 

「どうしたの、遊戯!」

 

「おい、大丈夫か?」

 

 エジプト観光の後、顔を隠した名乗らぬ墓守の一族――アヌビスの手引きによって、ボバサと共に古代エジプトの石板の前に立った遊戯たちだが、闇遊戯が三幻神のカードを石板にかざした途端に発生した謎の発光に目が眩んでいた。

 

 そんな中で、膝をついた表の遊戯の姿に仲間たちが動揺するのは当然だろう。何かあったのは明白だ。

 

「消えた……もう一人のボクがパズルの中にも……ボクの心の中にもいない」

 

「そんな……」

 

 絶望の色が見える表の遊戯の声に杏子は息を呑む。城之内や本田たちも不安気に顔を見合わせるが――

 

「ファラオは記憶の世界に旅立たれました」

 

「そういやボバサ、墓守の一族だったな! なんか知ってんのか!」

 

 古代エジプトの石板の前に立った段階で「墓守の一族」の一人であることを明かし、言葉使いを正したボバサの声に城之内は希望を見出すように破顔させる。

 

「はい、王の記憶によって生み出された世界にて、大いなる脅威を討ち払うことこそが、ファラオに与えられた試練」

 

「その試練って?」

 

 訳の分からぬ状況がひも解かれて行くにつれ、表の遊戯も動揺から立ち直っていくが――

 

「詳細は私にも知らされておりません。ただシャーディー様は『邪悪なる闇と対峙し、三千年前の運命を打破する』とだけ」

 

「なんだよ、それじゃあ結局なんも分かんねぇじゃねぇか」

 

 説明を終え言葉を切ったボバサの姿に城之内は頭を抱えた。説明に具体性が皆無だ。

 

「なら、もっと詳しそうな相手に聞いてみるか? 此処に案内してくれたヤツもボバサとは別の墓守の一族なんだろ?」

 

 そんな中、本田が事情を知っているであろう現在、古代エジプトの石板を管理する人間(アヌビス)の存在を思い出す。

 

 ぽわぽわしていたボバサとは違い「如何にも厳格です」な装いの相手ならば、ボバサ以上に事情に精通していてもおかしくはないと。

 

「確か、神崎さんのところで働いてるって話よね」

 

「うん、ボクの千年パズルみたいな不思議なものを研究しているところだって」

 

「ならいっちょ聞いてみようぜ! あの人なら悪いようにはしねぇだろ!」

 

 そうして顔見知り(神崎)の部下の人ならば――と、遊戯たちがこの状況を打開すべく頼りの元へと進もうと、扉へと歩を進めた。

 

 

「なりません」

 

 

 だが、その遊戯たちの行動をボバサは扉の前に立ちはだかる。

 

「なんでだ? 試練だか何だか知らねぇけど、もう一人の遊戯が大変なんだろ? だったら、協力してくれるヤツは一人でも多い方がいいじゃねぇか」

 

 そうして剣呑とした雰囲気を漂わせるボバサだが、その様子に気付かぬ城之内は極めて一般的な反応で返した。

 

 城之内の発言はそうおかしなものではない。「味方は一人でも多い方が良い」真理だ。表の遊戯もまたそれを肯定する。

 

「そうだよ。ボバサは知らないかもしれないけど、神崎さんは『光のピラミッド』っていう千年アイテムの亜種を調べてた人なんだ。だから今回のことだって――」

 

「――あの者の言葉に耳を貸してはなりません」

 

 しかし、ボバサは静かに語気を強め、遊戯たちの提案を断ち切った。ボバサからすれば神崎は遊戯たちの「味方」にはなり得ないのだ。

 

「……どういうこと?」

 

「彼の者が発するは全てが虚構。全てが虚ろ。全てが(うつほ)――耳を傾けてはなりません。心が囚われかねぬゆえ」

 

 そんなボバサの思惑を察した表の遊戯に返るのは、些か以上に意味深な発言。

 

「ボバサは神崎さんのこと知ってたの?」

 

「シャーディー様はこの千年錠にて、彼の者の心を見定めようとなされました」

 

「あの時みたいに……それで、ボバサはどうして反対なの?」

 

 己が管理していると話した、「千年眼」、「千年秤」、「千年錠」を手に語る少々明瞭さに欠けるボバサの発言を一つ一つ紐解いていく表の遊戯だが――

 

「拒絶」

 

「拒絶……?」

 

「その心の内に踏み入ることが叶わなかった、とのことです」

 

 明かされる情報は千年錠の力を弾いたとのこと。

 

「しかし、その際に感じられた強固な意思の根源が拒絶の心――彼の者の内には世を、世界を、森羅万象その全てを拒む狂気だけが介在しておりました」

 

 その過去の一件を思い出してか、ボバサが千年錠を握る力が少し強まった。

 

「彼の者と言葉を交わせば、いずれその狂気に呑まれることでしょう」

 

「……拒絶……狂気……」

 

 だが、ボバサの語った内容に対し、表の遊戯はいまいちピンとこない。

 

 

 表の遊戯から見た神崎は「拒絶」とは無縁に見えた。対極といっても良い。

 

 朗らかな人柄、争いを好まず、誰とでも歩を合わせ、和を重んじる――そんな人間だと思っていたゆえにボバサの抱いた印象とは真逆に感じていた。

 

 だとしても、千年錠の力は闇遊戯を通じ、表の遊戯も己が身でしかと理解させられている。ボバサの言を嘘だと断ずることもまた難しい。

 

「……なぁ、これって俺らが聞いてて良い話なのか?」

 

「私に聞かれても……」

 

 そんな中、「人の心に踏み入った」との話に本田と杏子が小声で困った表情になるが――

 

「あー! もう面倒臭ぇな! まどろっこしい言い方しねぇで、もっと分かり易く言えよ!」

 

 頭を回すことに限界を感じた城之内が、肩を怒らせながら声を荒げ、ボバサを指さす声が一室に響き渡った。

 

「分かった。ボバサ、簡単に言う」

 

 そんな城之内の姿にキョトンとした表情になったボバサは、正した言葉使いも崩しつつ、極めてシンプルに返す。

 

「あの男、世界が嫌い」

 

「世界が……?」

 

「この世界なんて()()()()()()()()()――って思ってる」

 

 もの凄く分かり易くなった。だが、分かり易くなっただけにその異常性が浮き彫りになる。

 

「――やっっっっぱ!! 俺、お前のこと信じらんねぇ!」

 

 しかしそんなボバサの言を一刀両断するように城之内はがなり立てた。

 

「あの人は俺の妹を、静香を助けてくれた人なんだよ! 昔のどうしようもなかった頃の牛尾に手を差し伸べた人なんだよ! んな人が世界嫌ってる訳ねぇだろ!!」

 

 城之内にとって神崎は「(静香)の恩人」だった。「友人(牛尾)の恩人」だった。

 

 誰かの為に動ける人間が世界を嫌う筈がない――それが城之内の理屈。

 

「ならボバサ聞くけど――どうして助けた?」

 

「…………『どうして』ってそりゃ、怪我とか困ってる人いたら助けるもんだろ」

 

 だが、己の剣幕に一切怯まず淡々と問うボバサの姿に城之内もまた矛先を失うように素直に返答する。

 

「世界には怪我してる人、困ってる人、いっぱいいる――その中で、なんでお前の妹助けた? 友達助けた?」

 

「ボバサ、神崎さんは医療関係の研究もしている人で、えーと、お医者さんみたいな仕事もしている人なんだ」

 

「ならなんで『先に』助けた? 『先に助けて』ってお願いしたのか? お金いっぱい払ったのか?」

 

 そうして淡々と告げられるボバサの言に、表の遊戯が注釈も交えるが、続いた問いかけに一同に沈黙が奔った。

 

 

 城之内の家庭は恵まれているとは言えないが、地の底だと言う程でもない。負の側面が多くとも、それは常識的な範囲だ。

 

 そして過去の牛尾の恫喝も、悪ではあったが、物珍しさはない。

 

 

 ゆえに両者には飛び抜けて目を引くものなど何一つなかった。

 

 助力の手が伸びたのが、どちらか片方ならば「偶然だ」と片付けられただろう。だが、双方に手が伸び、どちらも「城之内に所縁のある人物」となれば、作為的なものを感じざるを得ない。

 

 

「…………そう言えばそうよね」

 

「ばっか、杏子! 色々あんだよ、なんか、ほら、なぁ本田!」

 

「いや、俺に聞くなよ」

 

 やがて暫しの沈黙に零れた杏子の声を城之内が否定するように言葉を探すが、出なかったのか本田に頼る。とはいえ、それは本田も分からない。

 

「ボバサ、神崎って人よく知らない。でもシャーディー様のことよく知ってる。そんなシャーディー様が『危うい人だ』って言ってた――ならボバサはシャーディー様信じたい」

 

 ボバサのスタンスはシンプルで常識的だ。「信頼できる人」だと「知っている」から相手の言葉を「信じる」――ただそれだけ。

 

「お前、神崎って人のなに知ってる?」

 

 だが、それは城之内たちには当てはまらない。

 

「そんなもん決まってんじゃねぇか! あれだよ、あれ! あれで……あれ? えーと…………ん?」

 

 なにせ、城之内は神崎のことを何も知らない。精々「KCで働いている」優し「そう」な人くらいだ。他は海馬が嫌悪している様子が窺えた程度か。

 

「気付いたか? お前、よく知らない人のこと『良い人』だって言ってる――『よく知らない』のに」

 

 やがて告げられたボバサの声に城之内は返す言葉を失う。無条件に「良い人だ」と語るには、神崎の存在は偶然では片付けられない程に「都合が良すぎた」。

 

 

 そうして一同に渦巻く疑惑、疑念、疑心。

 

 人の良い彼らは、神崎を擁護する言葉を探すが、上手く言語化できずにいる。

 

 一介の高校生である彼らに、そこまで手を貸す理由が、彼らには想像ができない。人は得体の知れない対象を、未知を恐れる。更に言語化してしまえば、その事実を認めてしまう気がしたゆえに沈黙は続く。

 

 

「分かったよ、ボバサ――この話は此処までにしよう」

 

 だが、そんな不穏な流れを感じ取った表の遊戯の言葉が彼らの意識を引き戻す。

 

 

 表の遊戯には神崎が自分たちに拘る理由に覚えがあった。それは過去に神崎が己自身を「デュエルキング(武藤 遊戯)の才能に目を付けた汚い大人」だと評したもの。

 

 なれば、城之内は決闘王(デュエルキング)の「親友」だ。手を貸す、いや、借りを作っておく理由に十分なりえる。遊戯の才能を早い段階から見抜いていたゆえの行動だと。

 

 

「ボバサは、墓守の一族は、この試練に無関係な人を巻き込みたくないんだよね」

 

「うん。この試練、とっても神聖なものだってシャーディー様言ってた」

 

 そしてボバサが頑なに神崎を、部外者を排除する理由も表の遊戯にはアテがついた。マリクたちの一件から、墓守の一族が非常に閉鎖的な性質を持っていることは周知。

 

「でも関係のあるボクたちなら、もう一人のボクを助ける手がある――そうでしょう?」

 

 更に、既に名もなきファラオ(もう一人の遊戯)を試練へと送り出したにも拘らず、自分たちの行動を縛るボバサの姿から、「自分たちは試練と無関係ではない」と導き出した表の遊戯の推理に、ボバサは口ごもる。

 

「…………あるけど、とってもとっても危ない」

 

 それはボバサにとって最後の最後に頼るべき手段だった。しかし、表の遊戯も此処で退くわけにはいかない。闇遊戯の危機に、友の危機にただ待っているだけなど出来よう筈もない。

 

「それでも、お願い、教えてよ、ボバサ! ボクはもう一人のボクの力になりたいんだ!」

 

「そうだぜ! ダチの危機に黙ったままでいられるかよ!」

 

「……分かった」

 

 やがて表の遊戯に続いた城之内の発破を受け、覚悟の決まった目を向ける一同にボバサはおずおずと千年錠を表の遊戯たちに向けて構えた。

 

「この千年錠の力で、お前たち、千年パズルの中にあるファラオの心の迷宮に送る……そこで真実の扉を見つければ、出来るかもしれない。でもこれ、何度も言うけどスッゴク危険。それでも――」

 

「よっしゃ、決まりだな! 頼むぜ、ボバサ!」

 

「うん、行こう! もう一人のボクを助けに!」

 

 かくして、波乱一歩手前だったやり取りを経て、表の遊戯たちは記憶の世界に旅立つべく、千年パズルの心の迷宮へとその精神を送る。

 

 彼らを待ち受けるのは、果たして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で究極の闇のゲームの舞台に戻り、日が暮れた頃、ファラオの即位を祝う催しに襲撃をかけたバクラと、彼のしもべたる人擬きの半身に白い大蛇の胴を持つ精霊獣(カー)ディアバウンド。

 

 その賊であるディアバウンドを神官たちが封印石に封じようとするが、その強大な力は封印石すら砕き、神官側が繰り出した凡百な魔物(カー)など軽く蹴散らしていく。

 

 ならば、と古代のデュエルディスクともいえる「ディアディアンク」を構え、ファラオを守るべく神官団の6人が大きな力を持つ己自身の魔物(カー)を繰り出し、古の決闘法「ディアハ」で迎え撃つが――

 

「ディアバウンド! 螺旋波動!!」

 

 ディアバウンドから放たれた螺旋の衝撃によって6体の魔物(カー)が弾き飛ばされ、余剰のダメージを受けた6人の神官たちが膝をついた。

 

「ハハハハハ! 所詮、テメェらのレベルじゃ俺様は倒せねぇよ!!」

 

「くっ……封印石を砕き、我ら神官団の魔物(カー)をこうも容易く……」

 

「それにそのディアディアンクと魔物(カー)、あの男、よもやアクナムカノン王の王墓を……!!」

 

 海馬に似た神官、「セト」とスキンヘッドの神官、「シャダ」の怒りの声にバクラは高笑う。

 

「ご名答――こいつ(先王のミイラ)のついでにチョイとな。ハハハハハッ!」

 

 そうしてバクラは先代の王――闇遊戯の父であるアクナムカノンのミイラが収められた棺に足を乗せながら、周囲に知らしめるように語り続けるが――

 

「さぁて、早速7つの千年アイテムを頂戴してクル・エルナ村の石板に収めさせて貰うとするか――俺様が冥界の神の力を得る為によぉ」

 

「冥界の神の……力?」

 

 神官団のおかっぱ頭の男、カリムの不審気な声にバクラは内心で舌を打った。

 

――チッ、反応が薄い。この程度の情報すら知らねぇってことは、8つ目の千年アイテムを生み出したのはこいつらじゃねぇのか? もう少し突ついてみるか。

 

「ククク、とぼけるんじゃねぇ。アクナムカノンが、千年アイテムを作らせ邪悪な力を狙ってたことは俺様もとっくに把握済みよ」

 

「俺の父……が?」

 

 8つ目――というよりは亜種の千年アイテム「光のピラミッド」の情報を探ろうとするバクラが相手の反応を見つつ情報を開示していくが、疑問の声を漏らす闇遊戯を含め、望んだ反応は得られない。

 

 だが、此処で神官団の壮年の男、アクナディンがバクラへ向けて怒りの声を上げた。

 

「貴様! 神聖なるアクナムカノン王の王墓を荒らし、ファラオの守護者すら盗み出すとは!」

 

――クル・エルナ村だと? コヤツ、何故あの村のことを知っている? あの村を知る者は全て死に絶えている筈!

 

 しかし、その胸中には闇に葬り去った筈の情報を知る者の出現に動揺が広がっている。先代にて片付けた筈のこの国の負の面が、手足を生やして口語っているのだ。気が気ではなかろう。

 

「神聖ねぇ? テメェら神官の癖に何も知らねぇ――」

 

「黙れ、黙れ! 世迷言を!! 皆の者! あのようなデタラメに耳を貸すでない! 今一度、六神官の力を合わせ邪悪を祓う時!」

 

 だが、此処で秘すべき情報を表に出させる訳にはいかないアクナディンは、バクラの語りを遮るように声を荒げ、武力で黙らせようとするが――

 

「なら、また地べたに這わせてやるよ! こいつみたいになぁ!」

 

「バクラ! その汚い足をどけろ!!」

 

 かかってこい、とばかりに今一度先代の王のミイラの入った棺を足蹴にしたバクラへ闇遊戯の怒声が届いた。

 

「ファラオ、危険です! おさがりください!!」

 

「バクラ! 何が究極の闇のゲームだ! 無益な略奪……殺戮……そして死者までも足蹴にするとは――貴様のやっていることには反吐が出るぜ!!」

 

 ファラオという替えの効かない立場など知らぬとばかりに先頭に立ち叫ぶ闇遊戯を海馬似の神官セトが咎めるが、闇遊戯は止まらない。

 

 彼の中の正義の心が、今のバクラを放って置ける筈もなかった。

 

「ケッ、ソイツは悪かったな。たとえ覚えちゃいねぇ亡骸でもちったぁ未練があるらしい――ほらよ、返してやるぜ!」

 

 そんな正義感を鼻で嗤ったバクラの蹴りによって先代の棺はファラオの足元に無惨に転がるが、その棺に誰よりも早くかけよった双六似の老人、シモンは身を切るような声で叫ぶ。

 

「アクナムカノン王! このようなお姿で…………ファラオよ! どうか信じて下さい! 先代ファラオは! 貴方様の父上は! この国と民の平和の為に一生を捧げた偉大な王であったと!!」

 

「俺の……父が……」

 

 先代の若かりし頃からファラオに仕えていたシモンは闇遊戯の父、アクナムカノンの心が慈愛に満ちていたことを誰よりも知っている。ゆえにバクラの語った悪辣とした面など何かの間違いだと。

 

 そうした記憶にない父が、慕われていた事実を目の当たりにした闇遊戯に対し――

 

『正義は神の名と共にある』

 

 死んだ筈の父の声が届いた。だが、それは空耳だったと思わせる程に一瞬で、夢現か曖昧な程にか細い一言。

 

「やる気になったみてぇだな――なら、さっさとこの究極の闇のゲームを終わらせるとするぜ! 決着といこうじゃねぇか、遊戯!!」

 

 そんな闇遊戯を余所に、ディアバウンドを指さし、意気揚々と宣戦布告するバクラに闇遊戯は首元の千年パズルを握る。今の闇遊戯には何処か確信があった。

 

「そう簡単にいくかな!?」

 

「へっ、寝言は寝てほざきな!」

 

「バクラ――貴様は大事なことを忘れてるぜ! 我が最強のしもべ、三幻神の存在を!!」

 

 父が遺したこの力が、バクラの語るようなものでは決してないのだという確信が。

 

「三幻神ですと!? もしやファラオの神殿に祀られし、選ばれたファラオだけが本当の名を知るという……まさか!」

 

「今ここに神の名と共に召喚する! 我が最強のしもべ、三幻神! その一つの名は――」

 

――父よ、俺は貴方の言葉を信じる!

 

 シモンの驚愕に見開かれた瞳を余所に、闇遊戯が空に手をかざせば、青き光が立ち昇り――

 

「――オベリスク!!」

 

 青き巨人――否、巨神がその剛腕を構え、悪を砕くべくその威容を轟かせた。

 

「オベリスクだと!?」

 

「神の前にひれ伏せ、バクラ!! ゴッドハンドクラッシャァアアアア!!」

 

 早すぎる神の出現に一歩後退るバクラを逃がさないとばかりに闇遊戯の声を受け、オベリスクの巨神兵の拳が振るわれた。

 

 そうして迫る一撃を前にバクラは想定外だと内心で舌を打つが――

 

――チィッ、まさか、こんなに早く神を担ぎ出してくるとは……ブルーアイズを仕留め損なったのが、いきなり響いたぜ……だが!!

 

「――螺旋波動!!」

 

 すぐさま迎撃するように突き出されたディアバウンドの両掌から螺旋に高速回転する衝撃波が放たれた。

 

 やがて神の拳と、螺旋の衝撃波がぶつかり合う――ことはなく、交錯し、オベリスクの巨神兵の拳はディアバウンドに深々と突き刺さる。

 

「ぐぅううぅッ!?」

 

 その一撃の衝撃によって壁に叩きつけられたディアバウンドのダメージが主であるバクラにも伝わり、地面を転がる。しかし神の一撃をまともに受けてなお、その身は健在。

 

 だとしても、受けたダメージは甚大だと闇遊戯は終局を確信する。

 

「バクラ、これで終わ――」

 

「――危ない、ファラオ!!」

 

 だが、ディアバウンドの放った螺旋波動が王宮の柱を根元から砕き、巨大な柱が闇遊戯を押し潰さんと倒れた。

 

 

 闇遊戯を庇うべく飛び出していた神官団の黒い長髪の男、「マハード」の動きも僅かに間に合わず、年若き王は王宮の柱の下敷きとなる。

 

 寸前で一陣のそよ風が吹いた。

 

 

 

 

 

「グッ……ククク……ハハハハハッ!!」

 

 そうして巨大な柱と瓦礫の山の前で絶望の表情を漂わせる神官団たちに、バクラは神の一撃によるダメージに苦しみつつもゲラゲラと高笑いを上げる。

 

 デュエルの起源となったとされる古の決闘法「ディアハ」――だが、その本質は訓練時を除けば、デュエルのようにターン制限やフェイズ確認もなく、ターンを交わすことすらない、「魔物(カー)を用いた問答無用の殺し合い」でしかない。

 

 三千年前の歴史の時よりも早くに現れた三幻神だが、過去の記憶が完全に戻っておらず、ディアハに慣れていない今の闇遊戯なら不意を衝いてしまえばこのザマだ。

 

 どれ程までに強力な魔物(カー)を、神を従えようとも、術者である者は所詮少し小突けば死ぬか弱い人間でしかない。

 

「おのれ、姑息な手を!!」

 

「何とでも言いな! 馬鹿正直に真正面から相手してやる必要なんざ何処にもねぇんだよ! ヒャハハハハッ!」

 

 長髪の青年神官マハードの侮蔑を孕んだ怒りもバクラからすれば褒め言葉に過ぎず、嗤って見せる。

 

――とはいえ、神の一撃でのダメージは思った以上にデカい……早いとこコイツらを片付けねぇとな。

 

「これでファラオは瓦礫の下敷きでお陀仏だ。後はテメェらとファラオの死体から千年アイテムを頂きゃ、俺様の一人勝ちよ」

 

 バクラの受けたダメージはかなりのものだが、闇遊戯を殺れたのなら、安い物。担い手を失った神など、もはや案山子同然だ。

 

 

 

「……まだ……だ」

 

 だが、瓦礫の中から届いた声に神官たちも慌てて瓦礫の幾つかを除けていけば――

 

「ファラオ、ご無事で!!」

 

「ああ、瓦礫が互いに重なりあって上手く空洞が出来た……グッ」

 

 傷つきながらもマハードの声にしっかりと応えて見せる闇遊戯の姿。

 

「それは……何という」

 

「きっと、歴代の王家のご意思がファラオを守護したのでしょう」

 

 その姿に感涙するシモンとイシズ似の神官「アイシス」がファラオの無事を喜ぶが、ファラオの受けたダメージはかなりのものだ。打撲に裂傷――と細かな負傷を含めれば、長期戦は厳しいだろう。

 

「ケッ、悪運の強い野郎だ――が、無傷って訳にはいかなかったようだな。痛み分けってところか」

 

 だが、それはオベリスクの巨神兵の一撃をディアバウンド越しに受けたバクラも同じ。

 

 負傷した身で未だ健在であるオベリスクの巨神兵に加え、六神官を相手取るにはバクラとしても些か分が悪いこともまた事実。

 

「なら王様よぉ、此処は次のターンまで勝負は預けるぜ! フフフフ……あばよ!!」

 

「待て、バクラ! ぐっ……!」

 

 ゆえに呼んだ馬にまたがり、仕切り直しと王宮から走り去るバクラを闇遊戯は止めようとするが、痛んだ傷に膝をつく。

 

「ヤツを逃がすでない!」

 

「追え!!」

 

 やがて壮年の神官アクナディンとスキンヘッドの神官シャダの指示の元、兵士たちがバクラの追跡を始める中、ファラオの治療にあたるイシズ似の神官アイシスを余所に神官マハードは柱が倒れた際に吹いた風の出処へと僅かに視線を向けるが、直ぐに視線を戻し、騒動の収束を図るべく動き出す。

 

 

 

 そんな慌ただしさを増す王宮を、鳥を思わせる深緑の鎧を纏う影が遠方より眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして己を追う衛兵たちから苦も無く逃げ切って見せたバクラは一先ずの休息地を目指して馬を時折休めながら進んでいく。

 

「七つの千年アイテム……一気に頂くのはちと、無理だったか……今は傷を癒すことが……先決だ。ククク……要は最後に七つ揃えりゃ……良い」

 

 ディアバウンド越しに受けた『オベリスクの巨神兵』の一撃のダメージは無視できないものだったが、布石は打てた。後は上手く手回ししてやれば、神官団は内部から崩れ落ちる確証がバクラにはある。

 

 そして馬を一旦休ませるべく馬上から降りたバクラは、己が脳裏に今後の予定を浮かべていく。

 

「まずは千年リングから……頂こうじゃ――」

 

 だが馬から降りた瞬間に奔ったふくらはぎへの衝撃に、その左膝が崩れ落ちた。

 

「――ぁ?」

 

 右足でバランスを取り、何とか倒れずには済んだバクラだが、だらんと横たわる左のふくらはぎに空いた小さな穴から流れ続ける鮮血に、己の現状を悟った――瞬間に、右肩に衝撃が奔る。

 

「グッ!?」

 

――狙撃ッ!?

 

 その衝撃により今度はバランスを保てず地面を転がったバクラの胸中の声が示すように、現在、何者かから攻撃を受けていることは明白。

 

 初撃は取られた。闇遊戯との一戦の際の神の一撃によるダメージも抜けておらず、逃亡時の疲弊も少なからず蓄積しており、移動の為の足である馬も今しがた逃げだした後。

 

「ディアバウンドッ!!」

 

 だが、そんな不利など感じさせぬようなバクラの声が月夜の砂漠に響いた。

 

 

 

 (バクラ)も知り得ぬイレギュラー(神崎)との攻防が今、始まる。

 

 






バクラ「近代兵器止めろ」




Q:ボバサが神崎を滅茶苦茶ディスってる……

A:ワールドグランプリ編で神崎との会合時に実はシャーディーが千年錠で心を覗こうとしていたゆえです。

その際、千年錠の力の大半が弾かれ、僅かに垣間見れた部分が思った以上にアレな中身だった為、「ファラオに近づけるべきではない」とシャーディーは判断し、ボバサもそれに倣っております。

人質爆弾を躊躇しない人間性を持つ相手をディスらずに誰をディスるというのか。



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