マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
マハード「弟子が私の死亡フラグ立ててくる件」





第186話 砕け散る黒き盾

 

 

「ドクター、彼の怪我は問題ありませんか?」

 

 そんな神崎の声に対して《DNA改造手術》の第一人者たる緑の肌の悪魔の医師が医療器具を置き、2人の看護師悪魔の女性が手術台を稼働させ、ベッドに乗せられた正装を纏うマハードを運び出す。

 

「!!」

 

 やがて神崎に良く見えるように運ばれたマハードの状態は悪魔の医師が親指をグッと立て施術の成功を伝えるように――

 

 

 なんということでしょう。

 

 施術前は血だるま同然だったマハードの肌はみずみずしさを取り戻し、

 

 度重なる攻撃により折れていた骨も綺麗にくっつき、更には身体の至る所で断裂しまくっていた筋繊維の面影すら感じさせません。

 

 そして内臓や各種呼吸器に深刻なダメージが入っていたゆえにおかしかった呼吸音や顔色も、今では静かに寝息を立てる程に穏やか。

 

 そう、此処に死の境目を走り幅跳びしようとしていたマハードの姿はありません。

 

 匠の技によって、瀕死から華麗なる転身を遂げたエジプト一の魔術師の姿に、依頼人である神崎も大満足です。

 

「なら、偽装工作の為に少々痛めつけておきますね」

 

 そんな依頼人は満足気な笑顔のままベッドを蹴り飛ばしました。当然、眠らされ意識のないマハードは地面に投げ出され、身体に幾つかの小さな擦り傷を負います。

 

「!? ……!?」

 

 突然の奇行に神崎を二度見しつつ、おろおろする悪魔の医師たちを余所に、意識のないマハードを神崎は砂や土で汚しつつ、戦闘があったように野蛮なお色直しを決行。

 

 折角綺麗に治ったマハードの身体を適当に殴って打撃痕を残すのも忘れない。鬼か。

 

「《ナイトメア・スコーピオン》、彼にも悪夢で他の兵士たち同様に記憶処理を」

 

「チチチ」

 

 更には四つの尾を持つ赤いサソリ――《ナイトメア・スコーピオン》の毒針で引き起こす意識の混濁から悪夢を誘発。

 

 これにより現実の記憶と悪夢を混同させ、先の一戦の情報をあやふやにしてしまいます。

 

 

 これは先の一戦で神崎が可能な限り手札を隠したゆえに、想定以上に接戦になった結果、マハードが重症を負ったゆえに必要になった工作。

 

 なにせ、己が負った負傷が綺麗サッパリ治っていれば誰だって不審に思う。

 

 ゆえに悪夢の方でそれっぽい戦闘を演出し、「現実だと思っていた方が夢であり、悪夢の方が現実だった」と誤認させるのだ。

 

 

 そうして悪夢を見せられた結果、先程まで安らかな寝顔だったマハードの表情が苦悶に満ちたものへと変化していきます。

 

 

 そんな急転直下な扱いを受けるマハードを所定の位置にセットしつつ、現場の偽装工作へと戻った神崎は、己が遠隔操作したオレイカルコスソルジャーの残骸を手に小さく息を吐く。

 

「しかし、随分と派手にやられてしまいましたね……遠隔操作ではこの辺りが限界か――まぁ、千年リングは確保できたことですし、良しとしましょう」

 

 当初の予定では、もう少しスマートにことを終える筈だったが、エジプト一の魔術師マハードの底力を前に、多くのオレイカルコスソルジャーの犠牲が出てしまっている。

 

 神崎がオレイカルコスソルジャーの1体を遠隔操作し、持ちうるポテンシャルを引き上げた個体ですら、マハードの前に敗れ去った――最後の隙をついて自爆が成功したのも、あくまで初見殺しでしかない。

 

 

 ゆえに神崎は残骸から回収したオレイカルコスの欠片に無駄に豊富な心の闇を注入しなおした後、それをサッと砂地に撒き、生まれ直したオレイカルコスソルジャーを補充していく。

 

 

「キキキ」

 

 そうして数を揃え直したオレイカルコスソルジャーたちが再起動し、偽装工作に合流していく中、神崎の肩に留まった《ヴァンパイアの使い魔》の伝言に、神崎は神妙な声を漏らした。

 

「ん? バクラの足止めに失敗した? ……術者狙いも二度目は通じないか」

 

 バクラへ千年リングが渡らないようにする為に、足止め用の狙撃部隊が配置されていたが、バクラはそれを突破し、此方へ向かっているとの報告に神崎は暫し考えこむ仕草を見せ――

 

「なら、彼らの後処理を終えた後は皆に千年リングと共に撤退して頂きます。そろそろ王宮からの増援も到着するでしょうから、マハードたちの保護は問題ないでしょう」

 

 この場からの撤退を決断し、空間に切れ込みを入れて此処と拠点と繋ぐ《ディメンション・ゲート》を開いていく。

 

 そして千年リングを持ったオレイカルコスソルジャーを筆頭に、作業の終わったものから、順次拠点に向かう中――

 

「UOYRNNAK ITTES!」

 

「うん、悪くない出来です――題して『兵士たちを守りながら孤軍奮闘した魔術師』といった装いだ」

 

 1体のオレイカルコスソルジャーの声に視線を向けた神崎の満足気な視線の先には、兵士たちを庇う様に倒れたマハードと、そのマハードの眼前で二つに分かれた衝撃が地面を抉る光景が広がる。

 

 そう、これを見た者は――「傷つき倒れ伏した兵士たちを狙った相手のチョー強力な攻撃をマハードがその身をもって退けた」――な印象を受けることだろう。

 

 

 やがて、最後のオレイカルコスソルジャーが拠点に戻ったことを確認した神崎は《ディメンション・ゲート》を閉じ、倒れ伏した兵士たちに近づきながら通信を繋ぐ。

 

「トラゴエディア、聞こえますか? 探知機能持ちの千年リングは此方で確保したので、貴方はアヌビスの手引きで王宮に潜入してお宝の奪取をお願いします」

 

『ようやくオレの出番か。了承した――が、未来予知が可能な千年タウクの方は問題ないのか?』

 

「はい、この時代の千年タウクに明確な未来を見通すだけの力はまだありませんよ。それにもうじき、それどころではなくなるでしょうから」

 

 己の頭に響く退屈そうに欠伸を漏らすトラゴエディアの懸念の声に対し、神崎はバクラの最初の襲撃とマハードの行動から、原作知識の裏取りを済ませた情報を告げる。

 

 

 三千年前の千年アイテムは、現代の千年アイテムに比べて性能は大きく落ちる――というよりは、曰く付きの品のよくある特徴の一つである「月日と共に内包する力を高めていく」性質が大きいが。

 

『ククク、用意のいいことだな……それで貴様はどうする気だ? また高見の見物か?』

 

「ええ、最前席で見物です」

 

 そうして整えられつつある舞台にほくそ笑むトラゴエディアを余所に、短くそう告げた神崎の肌はペキリペキリと音を立てて変化し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 そうしたマハードの華麗なる転身があったことなど、知る由もない表の遊戯たち一行は友の絆が手繰り寄せた真実の扉を潜り、遅ればせながら記憶の世界に到着。

 

 だがそんな中、王宮のおひざ元たる城下町で本田は参った様子を見せる。

 

「此処がもう一人の遊戯の記憶の世界か……つっても、俺たちはこの世界の人に見えていねぇし、触れもしねぇ――こんなもんどうすりゃ良いんだよ」

 

「なぁ、ボバサ! もう一人の遊戯は何処にいるんだ? アイツに会えば何とかなるだろ?」

 

「ファラオなら王宮にいるとボバサ思う。でも――」

 

 記憶の世界に来たは良いが、自分たちがその世界に何一つ干渉できない事実にお手上げだと、思考を放り投げた城之内からの問いかけにボバサは困ったような顔を見せるが――

 

「この世界、少しおかしいよ……」

 

 周囲を調べていた表の遊戯の声に一同の注目は其方へ移った。

 

「なにか分かったの、遊戯?」

 

「うん、この辺りをぐるりと回ってきたんだけど……新しいファラオの話題で持ち切りだったんだ」

 

「それってもう一人の遊戯のこと……よね?」

 

「そうだと思う。先代のアクナムカノンの次の新たなファラオと盗賊王を名乗るバクラが一戦交えたけど、神の一撃の前に逃げていった――って話」

 

 杏子に促されるままに明かされて行く情報は、表の遊戯が住民の噂話を整理して纏めたもの。

 

「バクラの奴もこの世界に来てんのか? アイツ、また千年リングに乗っ取られちまったのかよ……」

 

「でもよ、それの何がおかしいんだ? もう一人の遊戯とバクラの奴が戦ったって話だろ? そりゃぁ自分とこの王様の話なら噂くらい流れるだろ」

 

 しかし本田と城之内の零す様に、そうおかしな部分があるとは思えない。

 

「違うんだ。この世界は『もう一人のボク』の『記憶の世界』――つまり失われた記憶で構成されていることになるけど、もう一人のボクが街の人の全ての会話を覚えているとは思えないんだ」

 

 此処がもう一人の遊戯の「記憶の世界」という前提がなければ。

 

 彼らは「記憶の世界」との言葉から「闇遊戯の記憶の世界」だと認識していたが、実際に見聞きすれば、それでは説明がつかない部分が多すぎる。

 

「それは……そうよね」

 

「それに、先代のファラオ、アクナムカノンの名前は聞くけど、もう一人のボクの名前は不自然な程に誰一人呼ばない……ボバサ、これってどういうことか分かる?」

 

「ボバサも詳しいこと知ってる訳じゃない。知ってるのはボバサたち墓守の一族が代々語りついできたことだけだもん」

 

 悩ましい仕草を見せる杏子を余所に表の遊戯が情報を有しているであろうボバサを頼るが、当のボバサもそこまで詳細な情報を持っている訳ではなかった。

 

 考えてもみれば、何一つ欠落なく、遥か三千年前の情報を連綿と紡ぐことなど土台不可能であろう。

 

「結局、詳しいことは分かんねぇままか……」

 

 やがて本田が一同の気持ちを代弁したように頭をかく中、表の遊戯は手詰まり感からか、この世界に来てから消失した首元の千年パズルがあった場所で手を握る。

 

「だったらよ! やっぱ実際にアイツに会って確かめるっきゃねぇぜ! 王宮にいるんだろ、ボバサ! 案内頼むぜ!」

 

「……分かった! ボバサ、頑張って案内するよー!」

 

 だが、そんな沈んだ空気など吹き飛ばすような楽観すら感じさせる城之内の提案から、一同は王宮へと歩を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな話題の王宮にて包帯を巻かれ、手当ての痕が残るマハードが玉座に座る闇遊戯へ向けて跪く中、闇遊戯の左右に並ぶ神官団の中から、神官セトの怒声が響く。

 

「勝手な行動の挙句、千年リングまで何者かの手に奪われ! 更には、どのように負けたかすら覚えていない有様――此度の失態! その首を以てしてもあがなえんぞ、マハード!!」

 

 現在のマハードの状況を端的に評せば、「仲間を欺いてまで勝手にバクラとの一騎打ちを画策したと思えば、全然関係ない相手に敗北し、国宝の兵器を奪われた」感じだ。

 

 時代を鑑みれば、普通に極刑ものである。

 

 さらには「敵の情報すら碌に持ち帰れない」という擁護不可能に近い状況だ。

 

「いいえ、此度の件はわたくしがマハードの行動を予知――」

 

「――アイシス!! 全ては私が自ら行ったことだ!!」

 

 そんな中、アイシスが何かを明かそうとするが、マハードの強い口調に言葉を失い、やがて沈痛な面持ちでグッと押し黙る。

 

 そうして、それ以上は黙して語る気のないマハードには全ては己の不始末と、どんな処罰でも受ける覚悟が見えた。

 

 だが、そんなファラオと神官団のみが介在する場に、番兵たちを押しのけて現れた兵士の一人が頭を地へこすりつけて平伏しながら叫ぶ。

 

「お待ち下さい、セト様! マハード様が賊に不覚を取ったのは我々がマハード様の足を引っ張ってしまった為! 記憶の混濁も、そうして負傷した我らへ向かった攻撃を一身に受け止めた結果! ゆえに罰されるべきは……どうか、どうか、兵たちを代表して私めに!!」

 

「ほう……貴様がマハードの代わりになると?」

 

 そうして現れたマハードを庇う兵士の姿に神官セトの声色が一段と低く、冷たさを帯びていく。

 

 地位の力が現代以上に重いこの時代にて、一兵卒が神官に勝手に意見することすら許されない。それにも拘らず、神官団の会合に割って入った陳述など、その場で斬り殺されても文句は言えない所業だ。

 

 やがて腰から剣を抜き、兵士の首筋にスッと当てたセトの姿に、今まで跪いていたマハードが、その剣の前に庇うように立ち塞がる。

 

「待て、セト! 此度の一件の責を負うべきは私一人に――」

 

「マハード様はこの先、ファラオの剣となり、盾となるお方! そのようなお方の未来を! 私程度の命で繋げるのなら何ら惜しくはありません!!」

 

「――ッ!!」

 

 しかし、兵士の覚悟を決めた決死の声に言葉を失うマハード。彼は此処へ死にに来ているのだ。命を救われた恩義のあるマハードを助けられるなら――と。

 

 どのみち此処までの無礼を働いた兵士が生き残る術はない。もはや彼にはマハードを庇って死ぬか、無駄死にするかの二択しかない。

 

 そして、その二つの選択が今のマハードに突きつけられる。

 

 

 だが、そんな究極の二択の中、壮年の神官アクナディンが前に出て、マハードへ助け舟を出した。

 

「そこまでにしておくのだ、セト。此度の襲撃者の一件はバクラにばかり気を取られ、神官団を王宮の守護に回し過ぎていた我らの不手際でもある」

 

 アクナディンの言うことも一理……くらいはある。マハードが余計な事を考えずに王墓の結界をきっちり張っていたとしても、孤立したマハードをバクラや謎の一団が襲い掛かる可能性は十二分にあった。

 

 ゆえに神官が独立して動かなければならない場合は複数人で組ませて動かしていれば、今回のようなことは防げた可能性もある。

 

 そうすればバクラも下手に手を出せなかった公算が高い。なお、神崎は人員を増員して普通に襲撃するが。

 

「――そうはいきませぬ! 何事も信賞必罰を避けては皆に示しがつかぬ以上、不肖ながらこの私めが、マハード! お前に責を告げる!」

 

 しかしアクナディンの言をセトは一蹴しつつ、マハードへ千年ロッドを向けて宣言する。この状況で「罰を与えない」選択肢は存在しない。いや、存在してはいけない。

 

「王墓警護隊長の任を解き! 此処、ファラオがおられる王宮にて謹慎を命じる! またくだらぬ考えを持ち、勝手に動こうとするのなら、それはファラオの顔に泥を塗る行為であると思え!!」

 

 告げられた罰は、役職の剥奪と、謹慎――並べられると弱い気もするが、地位がモノをいう時代で、地位に密接する役職を奪われるのはかなり重い罰である。

 

 とはいえ、やらかしを鑑みれば、やはり軽いと言わざるを得ないが。

 

 そんな明らかに温情の見える裁決にマハードが戸惑いに顔を上げるが――

 

「……セト」

 

「ふぅん、勘違いするな。今現在、バクラだけでなく、正体不明の賊まで出た以上、ファラオの御身を守る弾避けは少しでも多い方が良い」

 

 対するセトは「死ぬのなら、ファラオを守り抜いて死ね」とばかりに冷たく返す。

 

 セトも初めからマハードへ死に類する罰を与えるつもりはなかった。今現在、バクラという強大な敵がいる状況で、エジプト一の魔術師を自陣営の都合で無意味に失うなど、損失が大き過ぎる。

 

 それだけマハードという「個」は替えが利かないのだ。

 

「貴様は大人しくファラオの守護者――盾としての役目を果たすのだな」

 

「――この命に代えても!」

 

 そうして告げられるセトの言に含まれた嫌味など、マハードは気にした様子もなく、その瞳に決意の色をにじませる。

 

 しかし対するセトはそんなマハードの反応など袖にしつつ、ファラオへと跪いた。

 

「ファラオ、このようなつまらぬ座興を見せる事になり、申し訳ありません。この愚か者にどうか挽回の機会を――」

 

「いや、構わない。今は皆が一致団結してことに当たるべきだ」

 

 さすれば、セトから予め此処までの流れを聞かされていた闇遊戯は小さく頷きながら肯定を見せた。闇遊戯個人の感情としても、マハードを処することが避けられてホッとした様子が見える。

 

「マハード、ファラオのお言葉をしかとその耳に刻め――二度目はないぞ」

 

「無論だ」

 

 やがて再度釘を刺しながら剣を収めるセトの姿にマハードはファラオに絶対の忠誠を誓うように再び頭を垂れた。

 

「アクナディン様も見苦しいものを見せることになり――」

 

「構わんとも。お前が、皆が纏まる為に必要にと思ってのことは理解している」

 

 そうして神官団のアクナディンに小さく礼を伏すセトに、アクナディンは「気にするな」とばかりに軽く首を振る。

 

――やはりお前の中にも……いや、何を考えている。

 

 やがてアクナディンが己が内に芽生えた願いを払拭するように瞳を閉じる中、セトはファラオへと向き直り、声を大にして宣言する。

 

「ファラオよ! 正体不明の賊だけでなく、バクラの出方が見えぬ以上、警備を強化すべきかと具申します! 私の軍隊を街に配備する許可を願いたいのです!」

 

 それは次なる襲撃の備え――ではない。セトが前々より考えていた計画の実行への布石。

 

「これ以上、ナイルに悲しみの涙を流してはなりませぬ! 一刻も早く民を! バクラと、謎の一団の脅威から救うのです!」

 

「分かった……だが、決して民を脅かしてはならぬぞ!」

 

 しかし、そんなこととなど露も知らない闇遊戯は額縁通りに言葉を受け取り、許可を出す。

 

 そして、その決定を合図とばかりにマハードの件が一先ずの収束を見せ、神官団がそれぞれの職務に戻って行く中、セトはマハードの助命を願った頭を垂れた兵士の肩に労う様に軽く手を置いた後、他の兵と共に街へ向かう準備を始めていった。

 

 

 

 

 

 

 そうしてマハードの首が皮一枚で繋がった頃、王宮の前にそびえ立つ巨大な門の前にて表の遊戯一同は途方に暮れていた。

 

「扉、閉まってるわね」

 

「問題ねぇよ。此処じゃ俺たち幽霊みたいなもんなんだぜ? こんな門なんか幾らでもすり抜け――アダッ!?」

 

 呆然と呟く杏子の声など気にせず、城之内は記憶の世界でモノが触れぬ自分たちの利点を生かして門をすり抜けようとするが、門はその軽そうな頭を物質的に弾いた。

 

 小気味の良いゴイーンという音が響いた気がする。

 

「どうなってんだ!? 思いっきりぶつかったぞ!?」

 

「本当だ……ってことは、俺たちは王宮に入れねぇってことか?」

 

 額に奔った鈍痛にうずくまる城之内を余所に、本田は門をゴンゴンとノックするように拳を当てるが、とてもではないがすり抜けられそうにはない。

 

「うん、ファラオの意思が拒んでる。だから入れない」

 

「早く言えよ!」

 

 明かされるボバサからの情報に城之内は当然の抗議の声を上げるが――

 

「ボバサ、ファラオの友達のみんななら、ひょっとすれば入れるかも――って思った。でも無理だった。ボバサ、また余計なことしちゃった……」

 

「……あー! もう! 変に気を使うんじゃねぇよ!」

 

 また申し訳なさからモジモジし始めるボバサの姿に、城之内が今度は別の意味で頭を押さえて叫んだ。

 

 またもや手詰まりな状況である。

 

 

「……なら、今ボクたちができることをしよう。多分、もう一人のボクの名前が重要なカギを握ると思うんだ。だからじいちゃんが千年パズルを見つけた王墓を目指そうと思うんだけど――」

 

 だが、そんな中で旅の前に聞いた双六の昔語りから、闇遊戯の王墓に何らかの手掛かりがあると判断した表の遊戯の提案がなされ――

 

「まぁ、それしかアテがなさそうか」

 

「そうよね。此処まで隠してるんだから、きっと重要なものに違いないわ」

 

「よっしゃぁ! これで次の目的地が決まったな!」

 

「うん! じゃあ、これをこうして――」

 

 そうして仲間の賛同から、この場を離れようとする一同を余所に表の遊戯は懐から取り出したハンカチを地面に置き、しゃがんでなにやら手を動かす。

 

「ハンカチ?」

 

「うん、これをこうやって……」

 

「あっ、ピースの輪ね! なら私も――よし、これでもう一人の遊戯に私たちのことを知らせられるわね」

 

 その様子を伺った杏子の声が示すように、これは闇遊戯と皆の友情の証であるピースの輪を再現したメッセージ。自分たちの存在と状況、そして動きを記したものだ。

 

 王宮の出入り口である門の前においておけば、嫌でも目につくだろう。

 

 とはいえ、町人たちの様にそのメッセージすら闇遊戯には見えない可能性があるにはあるが、その場合は表の遊戯たちの姿すら見えない公算が高い為、表の遊戯は留まることではなく、動くことを選択する。

 

 この世界が、究極の闇の「ゲーム」であるのならば、時間を無為に過ごすことのリスクは計り知れない。

 

「次の目的地はファラオの墓って訳か――ボバサ、今度はちゃんと頼むぜ!!」

 

「分かった! ボバサ、みんな案内する! こっちだよ~!」

 

 やがて城之内の音頭を合図に、表の遊戯たち一同は闇遊戯の王墓を目指して広大な砂漠を突き進む。

 

 

 その完全な徒歩の行軍は、果たして何日かかることやら。

 

 

 

 

 

 

 そうして表の遊戯たちが旅立った少し後、開いた門から兵士を引き連れ街へと向かったセトとシャダの二人の神官が町人を集めて、整列させていた。

 

 やがて千年錠の力で町人の心の内の(バー)を推し量り、その心に潜む魔物(カー)を探るが――

 

「……この者の心には魔物(カー)がいない」

 

「ふぅん、そう容易く数は揃わんか。シャダ、次の場所に行くぞ」

 

――見つけたのはザコばかり……だが、数の力は馬鹿には出来ん。マハードも数の力に後れを取った。

 

 そう上手くはいかない様子。そんないまいち成果の出ぬ現実に内と外で僅かに苛立ちを見せるセト。

 

 やがて一纏めにした心に魔物(カー)が潜んでいた町人たちへと視線を向けたセトにシャダが苦言を呈そうとするが――

 

「セト、やはり魔物(カー)狩りなど――」

 

「くどいぞ、シャダ! バクラは再び、ファラオのお命を狙うことは明白! ヤツのディアバウンドの力に対し、またもファラオを危険に晒し、神の力に頼り切るつもりか!」

 

 セトの一喝がそれを遮る。

 

 現在、彼らは「魔物(カー)狩り」を行っている。平たく言えば毛色は違うが「徴兵」のようなものだ。

 

 彼らの語る「魔物(カー)」は所謂「カードの精霊」である。これを兵力として扱い戦うのが「ディアハ」だ。

 

 ちなみに、この時代は魔物(カー)が「人の心が生み出す化生」と認識されているが、実際のところは「当人と心の波長の近い精霊が寄ってきている」が近い。

 

 なにせ、人間が存在しない遥か太古の時代にも精霊は存在していたのだから。

 

 

 閑話休題。

 

 

 そんなセトたちの目的は「魔物(カー)」を扱う者を増員する戦力強化。

 

 現状の神官団の戦力では、バクラのディアバウンドからファラオを守るどころか、ファラオに守られる状況である。

 

 ファラオの矛となり盾なるべき自分たちがそんなザマではいられない。ゆえの戦力強化。

 

「だが罪なき者の心を見ることは、たとえ神官といえども許されぬ! 今はマハードの千年リングが失われた以上、より慎重に事に当たるべきだろう!」

 

 しかし怒声を上げるシャダが言う様に、千年アイテムは「罪人を裁く」際に用いられる神具――それを罪もない町人へいたずらに向けることなど言語道断。

 

 更にマハードの失態を鑑みれば、これ以上の軽率な行動は避けるべきだとシャダは語る。

 

「シャダ……確かにマハードの行動は愚かだった。だが村々を襲撃し、邪念を取り込むことで力を強大化させているバクラの力を危惧し、神に縋らず挑もうとした意思は間違ってなどいない!」

 

 しかし、セトはマハードの行動を部分的に支持してみせた。

 

 方法・結果は完全に擁護不可能な程にアウトだったが、「ファラオを守る為の行動」である一点は評価できる。

 

「そして今、必要とするのはヤツのディアバウンドに対抗し得る新たな力! 手に負えぬ事態になってからでは遅いのだぞ!」

 

 そう、現状の「ファラオ以外、ディアバウンドに手も足も出ない」状況を放置しておくことなど、神官として許されるものではない。

 

 万が一ファラオが敗北すれば、王権崩壊に直結し、引いては民草の安寧も保てないのだから。

 

「くっ……このものたちの扱いはどうなる?」

 

「安心しろ。魔物(カー)を宿しているとはいえ、未だ罪を犯してはおらぬ者たち――扱いはあくまで『新兵』といったところだ」

 

 ファラオの御身の危機を出されては返す言葉がないシャダへ、セトは反対材料になり得る要因を排していきつつ、兵士へ指示を飛ばす。

 

「お前たちはこやつらを王宮へ移送しろ!」

 

「お待ちくだされ!!」

 

 だが、その声に野次馬たちの中から待ったがかかった。

 

「何者だ!!」

 

 気迫の籠ったシャダの喝に、野次馬たちが「己ではない」と脇に退く中で現れたのは一人の男。

 

 

 その姿はゴリラのように大柄で、ゴリラのように力強さを感じる歩みを見せ、やがてゴリラのように毛深い手足で跪き、ゴリラのような彫りの深い顔を神官たちに向け、ゴリラのように野性味溢れる声で、ゴリラに相応しい名を名乗る。

 

 

「我が名はゼーマン! しがない商人でございます! 神官セト様! 貴方様に言伝を預かった次第です!!」

 

「私に……だと?」

 

 その、ゴリラ――もといゼーマンと名乗るゴリラ――もとい大男、ゼーマンがセトへと差し出すのは――

 

「ハッ、これを」

 

「……白い髪?」

 

 紐で纏められたひとふさの透き通るような白い髪。それには何処か神聖さすら感じさせる。

 

「その者は過去、貴方様に助けられた恩を返すべく、忠言に参ったと申しておりました!」

 

「……セト、思い当たる話はあるか?」

 

 やがて続いたゼーマンの言葉を疑わし気な視線を向けるシャダ。そこには神官という高い地位に群がる欲深き者への可能性を鑑みた警戒を感じさせるが――

 

「騙すのならば、もっとマシな嘘を述べるだろう。だが、過去…………」

 

 当人のセトはその白い髪から目が離せない。何かが脳裏に引っかかる。

 

 白き髪、過去、助けられた、恩――脳内に巡る情報の数々に頭痛を堪えるように額に手を当てるセト。

 

 だが、その脳髄を白き竜の威容が揺さぶった。

 

「――ッ! どのような者だった!」

 

「透き通るような肌と白い髪、そして青い瞳を持つ女人でございます!! その外見ゆえにいらぬ諍いを起こすと思い、今はこの街の端にある――」

 

「直ぐに案内せよ! シャダ! ついてこい!!」

 

 そしてゼーマンから聞き出した外見的特徴より、セトの内のそれは確信に変わる。やがて馬に飛び乗り、シャダを急かした。

 

「待て、セト! 我らを誘い出す為の甘言やもしれんぞ!」

 

「賊であるのなら、どのみちファラオのお膝元となるこの街に潜ませておく選択肢はない! お前たちは先に指示したように王宮に戻れ! 万が一の時は狼煙を上げる! 神官団にいつでも動けるように、と伝えろ!!」

 

「くっ、やむを得んか!」

 

 かくして、白き龍の導きがもたらすのは――

 

 

 






おまえのような商人がいるか




《闇・道化師のサギー》の魔物(カー)が憑りついていた人、流刑を全うして砂漠で死す!
(あくまで究極の闇のゲーム内の話ですが)



いつものQ&A――

Q:セトの魔物(カー)狩りがソフトになってる……

A:マハードが生存したゆえの変化です。マハードはなんだかんだで魔術師としての腕は一級品なので、戦力不足に悩むセトの精神に若干の余裕が生まれています。
(セトが態々マハードへ「一人で挑むな」と忠言すると言うことは、期待の裏返しな訳ですし)


Q:表の遊戯の行動が早くない?

A:神崎から語られたオカルト分野の科学転用を受けて、そちらの方面を闇遊戯の為に色々調べていたゆえに事前情報が多かった為、行動方針を固めやすくなった状態です。
(パラドックス編にて調べていた部分になります)

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