マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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2020/05/16
《フォーチュンレディ・エヴァリー》のダークシンクロ問題をクリアできなかったので、143話を修正することになりました。

とはいえ、ダークシンクロたちの登場の場に《フォーチュンレディ・エヴァリー》を追加しただけですので、大筋はさして変化しておりません。

辻褄が合わせられず申し訳ないです<(_ _)>





前回のあらすじ
ゼーマン「ゴリラ感は拭えませぬが、一応は人間に擬態しておりますので」






第187話 広がるズレ

 

 

 あだ名をつけるならば確実に「ゴリラ」であろう商人の男の案内の元、セトたちが馬を走らせる一方で――

 

 ところ変わって、千年アイテムを生み出した既に滅んだ盗賊たちの村――クル・エルナ村の地下神殿でバクラは苛立たし気に舌を打った。

 

「チッ、千年リングは横取りされちまったか……だが、力の方はもう一押しってところだな」

 

 そうして千年アイテムを収める冥界の石板に腰掛けたバクラが、この地に彷徨う千年アイテム製造の生贄になった者たちの怨霊をディアバウンドに喰わせつつ、考えを纏めるように一人ごちる。

 

「しかし解せねぇ。俺様を狙撃したヤツは遊戯の陣営だと思ってたが、マハードの襲撃に加え、千年リングの奪取――どういうことだ?」

 

 今回の究極の闇のゲームにはイレギュラーが多すぎる――と。

 

 当初は狙撃してくる相手単品がイレギュラーだと判断していたが、それも今回のマハードを襲った一団の存在により雲行きが怪しくなってきた。

 

 なにせ、双方を「闇遊戯の味方」と評するには二つの行動は結びつかない。

 

「よお、手古摺ってるみてぇじゃねぇか」

 

 だが、そうして思案するバクラに声をかけるものがいた。

 

 しかし、おかしなことにその相手はバクラと瓜二つの存在。違いといえば、肌の色と服装が宿主である現代の獏良 了を踏襲している程度だ。

 

「ようやくお出ましかよ。俺様の魂をパラサイトした千年パズル内部の攻略に随分と手間取ったみてぇじゃねぇか」

 

 そのもう一人のバクラの正体は、千年パズルにバクラの魂の一部を潜り込ませた者――ややこしいので、此処は「闇バクラ」と仮称しよう。

 

「そっちはどうだった?」

 

「器の遊戯どもは失われた王の名を探して王墓に向かったみたいだぜ――俺様も『王の名』は究極の闇のゲーム攻略のキーになるって考えは同意見だ」

 

 やがてバクラの問いに闇バクラが表の遊戯たちの動向を語りつつ――

 

「しかし、未だに千年アイテムを一つも手にしちゃいねぇとは……俺様の癖に、だらしがねぇ」

 

 バクラの不甲斐なさへ呆れを見せる闇バクラ。

 

「ほざけ、俺様の邪魔をする招かれざる客共がいるんだよ」

 

「あぁ? どういうことだ?」

 

 だが、バクラの面倒そうな表情から、詳しい話を聞いてみれば――

 

「片や盗賊王バクラを狙う相手に、片や千年アイテムを集める一団か……」

 

 存外ややこしいことになっていることを闇バクラは把握した。

 

 闇遊戯とバクラの一騎打ちかと思えた究極の闇のゲームに生じた新たな2つの勢力――しかも1つは完全に闇遊戯たちの味方となれば、己が苦戦する現実にも納得がいく。

 

「ああ、チマチマ狙ってくる方はディアバウンドで対抗できるようにはなったが、面倒で仕方がねぇ」

 

「だったら、千年アイテムを集めている方は、街で噂になっていた『石像の軍団』か――兵士共の話じゃ、野蛮人そのものみてぇな戦い方らしい」

 

「だとすれば、別の勢力と考えた方が自然か……俺様を狙った奴らは現代技術を駆使してやがったからな」

 

 そうして闇バクラが街で入手した情報と照らし合わせ、イレギュラーの存在を測って行く。

 

「こりゃ乱戦になりそうだ。ククク……ならディアバウンドもクル・エルナ村の怨霊共を取り込んでパワーアップしつつある。そろそろ本格的に仕掛けさせて貰うか」

 

「となれば、俺様は器の遊戯共から『王の名』を頂くとするぜ」

 

 やがて双方が新たな獲物を見定め、闇バクラが地下神殿から退出しようとしたとき、バクラは指をパチンと鳴らす。

 

「だったら、こいつらを連れて行きな。どのみち三幻神の戦闘じゃ役に立たねぇだろうからよ」

 

 その音と共に闇バクラの元に集うのは、バクラが従えていた黒ローブの騎士たち。

 

 闇遊戯とのディアハには些か実力不足ゆえに浮いた駒を、闇バクラの守りとして配置する。狙撃手への警戒だ。

 

 

 かくして、己が戦力を、計画を着々と盛り返していくバクラは地下神殿にて、より禍々しく変貌したディアバウンドを視界に収めほくそ笑む。

 

 

「ククク、後は夜を待つだけ――盗賊らしく闇に紛れて夜襲といくぜ」

 

 

 王宮へのバクラの襲撃は近い。

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台はゴリラの下に戻り、セトたちがゼーマンに案内されたのは誰にも使われていないであろう小屋の前。

 

 小屋自体に罠と思しき不審な点はなく、精々がなんかデカくて丸い羊がいるくらいだ。

 

「あの家屋にてお待ちしております。エヴァリー!」

 

 そうしてゼーマンが小屋に向けて声を飛ばせば、小屋の前のデカくて丸い羊の影から白いローブで全身を覆った頬に文様のある水色の長髪を揺らす女性が手を振って応える。

 

「あの者は? いや、それよりもあの巨大な生物は……」

 

「連れと、番犬代わりの『ゴート』でございます。ああ見えて力も強く、我が行商を幾度となく助けてくれました」

 

「そう……か」

 

 用意された設定を並べるゼーマンの話を聞くシャダだが、いまいち疑念は晴れ切らない模様。

 

 やはり「家畜盗みはダメでしょ」と『スケープ・ゴート』トークンを採用し、もっとマトモな生物を用意できなかったのが、此処に来て響いている。

 

 とはいえ、持ち込めた他の選択肢が二足歩行の馬戦士(剣闘獣ダリウス)や、まさかり担いだ馬ゾンビ(馬頭鬼)、果ては木造ウママシーン(トロイホース)に加え、なんか燃えてるバーニング馬(ナイトメア・ホース)と一発アウトな代物だった為、苦肉の策である。

 

「我らへの疑念が晴れぬのであれば、その神具で心を見通して頂いてもかまいません」

 

 それゆえか真摯な対応で誤魔化すゼーマンに、シャダは告げられたように千年錠を向けるか悩むが――

 

「……いや、罪人ではないものに使うつもりはない」

 

――この商人が我が国の民ではないのなら、徴兵する訳にいくまい。

 

 今回の「魔物(カー)狩り」以外に例外を作りたくないのか、千年錠を懐に収めた。

 

 現代の千年錠のように心を見通せれば良いのだが、この時代の千年錠では魔物(カー)の有無と強大か否か程度の判別しか出来ない為、用途が限られる弊害であろう。

 

 とはいえ、仮に見られても、ゼーマンたちは精霊(魔物)そのものな為、心の内に魔物(カー)が潜む訳がないのだが。

 

「シャダ。俺が帰らなければこの男を縛り首にしろ」

 

「覚悟の上です」

 

「殊勝なことだ」

 

 やがてセトは物騒な発言と共に、小屋へと一人突き進む。やがて《フォーチュンレディ・エヴァリー》が扉を開け、黙して去る姿を最後に、小屋の中で巡り合ったのは――

 

「セト様!」

 

 椅子に腰かけていた白い肌と青い瞳の美しい女性が、黄白色のシンプルなワンピースタイプのドレスを揺らしながら待ちわびた来訪者に顔をほころばせた。

 

 その姿に己が記憶と相違ないと、警戒心を解いたセトは小さく息を吐く。

 

「やはりお前だったか、キサラ……だが、また人攫いに遭いかねんというのに、何故ここに来た? 故郷で何かあったのか?」

 

「……いいえ」

 

 そうして女性――キサラの要件へと話題をシフトしていくセトだが、キサラは沈痛な表情を以て、顔を俯かせる。

 

「私を救ったせいで、貴方の故郷は滅びました……なら、今度は私がセト様を助ける番です」

 

 セトがまだ年若い青年だった過去、人攫いにあったキサラを助けたことで、セトの村は人攫いの襲撃に遭い、その際にセトの母の命を落とす結果になった。それがキサラが恩と罪悪感を覚えている一件。

 

 最終的にはキサラの内に秘めた魔物(カー)白き竜の力によって人攫いたちは滅したものの、失われた命は戻らない。

 

 ゆえに「今度は」と決意に満ちた視線を向けるキサラに、セトは首を振る。

 

「私はそんなことの為にお前を助けた訳ではない。そして今の私は神官……いや、あの時とて神官を目指していた身――民を守ることは当然のことだ」

 

「ですが、私には分かるのです。邪悪な影があなた方に迫りつつあることに」

 

 キサラを闘いの場から遠ざけようとするセトに対し、キサラは己が内に眠る魔物(カー)の恩恵なのか、感じ取った悪い予感に警鐘を漏らす。

 

「あの商人が語っていた『忠言』との話……か」

 

「はい、それは――」

 

 そうして語られる強大で邪悪な脅威の概要。

 

 それは決して詳細なものではなかったが、何処か予言染みていて決して無視はできない情報。

 

 

 やがて、己が感じた限りの全ての情報を伝え終えたキサラにセトは暫し瞳を閉じ――

 

「お前の忠告、確かに受け取った。だが、お前は故郷に帰れ――これは我々の問題だ」

 

 突き放すように返す。なにせ此度の騒動はあのマハードがあわや命を落としかけた程だ。

 

 どんな想いがあれども戦いのイロハも知らぬ他国の相手を引き入れることなど、どちらの為にもなりはしない。

 

「ですが――」

 

「私に恩を返したいと思うお前の心は確かに受け取った。しかし、お前の外見はこの地では目立つ。私が四六時中お前を守ってやる訳にもいかん」

 

「それでも!」

 

 しかし、キサラは譲らない。この身に滾る想いは理屈ではないのだ。何を言われようとも引く気はなかった。

 

「ゆえに待っていてくれ」

 

「……待つ?」

 

 だが、告げられた言葉のニュアンスの変化に出鼻をくじかれたようにキサラは小首をかしげる中、セトは静かに語る。

 

「今代のファラオは優しき心と気高き心を持つお方。あの方ならば、きっとお前も迫害なく生きられる世にしてくださることだろう――お前の力は、その時にまで取っておいてくれ」

 

 セトは現ファラオ――闇遊戯に、今までのどのファラオとも違うものを感じ取っていた。

 

 それは先代すら叶わなかった三幻神を呼び出したことに留まらず、負傷してなおバクラ相手に一歩も引かぬ胆力に加え、マハードの処罰の際の掟破りの陳述すら呑みほした器と多岐にわたる。

 

 セトは、マハードの件の陳述が通るとは思っていなかった。

 

 マハードと闇遊戯が幼少より仲が良く、親交が深かったことを考えれば、歴代のファラオの王墓を管理・維持する誉れ高き役職、王墓警護隊長の解任など、許す筈がないと。

 

 なにせ、末代の恥になりかねない代物だ。それゆえに、セトの受けた衝撃は大きい。

 

 

 情に深く、それでいて現実を見据えた在り方は、甘さばかりが目立った先代ファラオ、アクナムカノンとは大きく異なる。セトをして「この方ならば」と思わせるだけのオーラが闇遊戯にはあった。

 

 

 なお、闇遊戯が許可したのは、その辺り(当時の身分の基準)の事情をよく分かっていなかった為、「マハードの命が助かるなら」な具合だったが、知らぬが仏である。

 

 

 閑話休題。

 

 

 そうしてセトの将来を見据えた主張に、キサラの気勢が此処に来て削がれる。そんな言い方をされれば、引きさがるしかないではないか――と。

 

「セト様……」

 

「なに、案ずるな。お前の語った脅威なぞ、我が魔物(カー)デュオスの剣の錆びにしてくれようぞ」

 

 やがて不敵に強気な笑みを浮かべたセトの姿に小さくクスリと笑ったキサラは懐から取り出したものをセトへと差し出す。

 

「……では、これを」

 

「これは?」

 

「あの商人の方の故郷で、願いに準じた守護の加護が宿るお守りとして言伝されている物とのことです。この服を頂いた際に商人のお連れの方に作り方を教わり、手慰みですが……」

 

 そうして青と白の糸で編まれたリング状のお守りを手に取るセト。

 

 とはいえ、なにやら御大層な肩書がキサラから語られているが、その内実は一般的な「ミサンガ」である。

 

 お守り的なポジションで、尚且つ現地で用意できる材料、そしてキサラが手作りできる範囲のものがそのくらいが限度だった経緯がある――「託す」という行為が代替え行為に都合が良いゆえの仕込みだ。

 

「フッ、そうか――ありがたく頂こう。しかし、あの時と服装が違ったのは商人の計らいだったか」

 

 そうしてキサラお手製のミサンガを手首に巻いたセトは、「そういえば」とキサラの服装へと話題が移る。

 

 これに関しては、原作ではキサラはボロを着ていたのだが、「保護したのにボロ着せたままだと印象悪くね?」な思惑から、《フォーチュンレディ・エヴァリー》の手によって《青き眼の乙女》風の衣装をキサラにこしらえられたのだ。商人設定が活きた部分である。

 

「……おかしかったですか?」

 

 そんなセトからの問いに、スカートの裾を持ちながら不安気に声を落とすキサラだが――

 

「いや、よく似合っている」

 

「そ、そうで……す……か……」

 

 恥ずかし気もなくストレートに答えたセトの評価に、キサラは赤くなった顔を俯かせながらか細い声を漏らす。

 

 そうして語尾を弱めるキサラを余所にセトは小屋の窓から外へ視線を向けた。

 

「帰る足のアテはあるのか?」

 

 それはセトにとってネックな部分であった。外見ゆえにあらぬ迫害を受けかねないキサラを安全に故郷まで送り届けるに値する人物は、そう多くはない。

 

「――は、はい! 商人の方が道すがら送って頂ける、と」

 

「ならば、お前の故郷で朗報を待っていてくれ」

 

「はい……!」

 

 しかし、キサラからの返答に僅かに逡巡するも、短く別れのやり取りを済ませたセトは、小屋から出てセトたちの元へと合流。

 

 それに対し、シャダが駆け寄りながら尋ねるが――

 

「セト、どうだった?」

 

「バクラの存在を察知しての忠言だった。もう少し早くに――と思ってしまうが、王権崩壊の可能性がある事態だと把握できただけでも十分だ」

 

「それ程なのか!?」

 

 そこに先程までの優し気な表情をしていたセトの姿はない。ファラオの為に、民の為に、時に冷酷な決断すら下せる神官の姿があるばかり。

 

「すぐさま王宮に戻るぞ、シャダ! 此度の一件、心してかからねばならん!!」

 

 そうして馬の背に乗り、王宮へ駆ける前にゼーマンへと向き直る。

 

「貴様、ゼーマンと言ったな。褒美を取らせたいところだが、今は少々立て込んでいる――あの者を故郷に送った後、騒動が収まった後で王宮を訪ねるがいい! 望む褒美を取らせよう!」

 

「それでは今、この場で頂いてもよろしいですかな?」

 

「話を聞いていたのか?」

 

「いえ、私は少々星詠みを嗜んでおりまして、あの者に会ったのもその導きによるものなのです」

 

 相手の声に僅かに怪訝な表情を見せるセトだがゼーマンの話を聞き、その瞳に興味の色が映る。己とキサラとの縁を結んだ信がおけそうなこの男が、己に何を見るのかと。

 

「ほう、つまり我々を占うと」

 

「ハッ、差し出がましい願いだと承知しておりますが」

 

「いいだろう。申してみよ」

 

 そうしてセトに促されるままにジャラジャラと小石を地面に撒いたゼーマンは暫し眺めた後に瞳を閉じ、見えた未来の残照を告げる。

 

「『敵は外からだけではない』――そう出ました」

 

 告げられたものは抽象的で曖昧などうとでも取れるような言葉だが、その取り得る可能性の一つに思い至ったシャダは怒声を上げる。

 

「我ら神官団の中に裏切者がいるとでも言うのか!!」

 

 敵は外から「だけ」ではない――となれば「内」から――つまり裏切者がいると考えるのは極めて自然な発想だ。

 

 だが、凡百な一兵士が裏切ろうとも、神官の「敵」にはなり得ない。となれば、敵になりうる「神官」のいずれかが、と結論付けるのも無理からぬ話。

 

 そんな神官団の忠誠を疑うような結果に、怒り心頭のシャダだが――

 

「何も直接的に裏切るとは限りませぬ、ファラオの為にと行動した結果、御身を危険に晒すこととてありましょうぞ」

 

「くっ……」

 

 ゼーマンから語られた注釈に、つい最近思い当たる節があった為、口をつぐむ結果となった。

 

「その言葉、この胸にしかと刻んでおこう! 行くぞ、シャダ!」

 

 かくしてセトの号令を合図に、セトとシャダ、そして兵士たちは王宮へとひた走る。

 

 魔物(カー)狩りの最中に得られた思わぬ情報は、すぐにでも周知するべき情報ゆえか、馬を走らせるセトの腕にも力がこもる。

 

 そこに、守るべき相手が増えたことへの力みがあるのか否かは、神のみぞ知ることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「此方、ゼーマン及びエヴァリー。問題をクリア――これより対象の護送に移ります」

 

 とはいえ、ゴリラ(ゼーマン)には関係のない話だ。

 

 

 

 

 

 

 シャダの思い当たる節ことマハードは、ファラオの私室の前にて、座禅を組み、瞑想にふけっていた。

 

 これはファラオの警備をしつつ、先の一戦で己に修練が足りぬと感じたゆえに魔力(ヘカ)を高める為の修行中である。

 

 片手間と思うなかれ、瞑想によって研ぎ澄まされたマハードの感覚は、ファラオに迫る数多の脅威をすぐさま看破すること請け合いだ。

 

「お師匠サマが謹慎だなんて…………なら、王子と一緒にいられる時間が増えますね!」

 

「……何を馬鹿なことを言っている。セトが私に温情を与えてくれたのは、ファラオをお守りする為――なれば、今の私がすべきはファラオの盾としての責務を果たすべく研鑽を重ね、力を高めることに他ならない」

 

 だが、上から己を覗き込むよう弟子であるマナの楽し気な声で語られた頓珍漢な主張に、スッと瞳を開いたマハードは苦言を漏らす。

 

「マナ、これも良い機会だ。お前も修練を積――」

 

「王子~! お師匠サマ、大丈夫そうでーす!」

 

「お、王子!? ゴホン――いえ、ファラオ。何用でしょうか」

 

 しかし、マナの声で王の私室の扉が開き、顔を覗かせた闇遊戯の姿に、マハードは狼狽えつつも、サッと平静を取り繕いながら臣下として跪く。

 

 正直、先の失態によって「失望された」との思いがあるゆえか、マハードは闇遊戯の顔を直視することが出来ない。

 

「いや、此度の責でマハードが気を落としていないか心配だったんだ」

 

「わたしにそれとなく確かめて欲しいって!」

 

「大丈夫そうで安心した。怪我の方は問題ないか?」

 

 だが、闇遊戯の常と変わらぬ声にマハードは思わず緩んだ心を引き締めながら跪き、襟を正す。

 

「はい、問題ありません。そして身に余るご配慮への感謝を。ですがご安心ください――セトがくれたこの時間、全て王子を守る為に使わせて頂きます」

 

「あ~、お師匠サマ、またファラオのこと『王子』って呼んだ~!」

 

「こ、これはだな――」

 

 しかし指を揺らしながらのマナの指摘に、またも心を乱すマハード。どうやら明鏡止水の心に至るには修業がまだまだ足りぬ様子だ。

 

 

 

 

 

 

 

 魔物(カー)狩りを終えたセトは、諸々の報告を済ませた後、神官になりたてだった頃から世話になっていた恩師でもある神官アクナディンの元へ訪れるべく、魔物(カー)を封じた石板が安置されているウェジュの神殿の一つに訪れていた。

 

 そして目当ての人物を見つけたセトは挨拶も早々に開口する。

 

「アクナディン様、ご報告申し上げます。街での魔物(カー)狩りは想像以上の成果を上げています。やはり民衆の中にもそれなりに優れた魔物(カー)を宿す者が存在しました」

 

 それは単純に戦果の報告に留まらず、ファラオの御身を守る為の計画をより万全のものとする為に、己が恩師の意見を求めてのものにも思えた。

 

「セトよ……今からでも遅くはない。直ぐに無実の者たちを解放するのだ――後ろめたき行為は心に恐れを生み、恐れはいずれ人を闇へといざなう」

 

 だが、アクナディンから静かに返されたのは計画の否定。それは神官として正しい主張であろう。それはセトも理解している。

 

「何も罪人として扱う訳ではございません。あくまでファラオを守護する兵として扱うつもりです」

 

「だとしても、戦いへの心構えを持たぬ者たちを戦場に駆り立てる行為は――」

 

「バクラと賊共の起こした此度の一件、王権崩壊の危機すら孕んだものであるとご報告申した筈! なればこそファラオの為に神官だけでなく、民も一丸となってこの危機に立ち向かうべきではないでしょうか!!」

 

 しかし続く論争の中、アクナディンの言を遮るようにセトは声を荒げた。ファラオの御身を守る盾が何一つ機能していない状況でそんな悠長に構える余地は存在しない、と。

 

「私の行いの根源は全てファラオの! このエジプトの大地の! そしてそこに住まう民の為! 間違っているとは思いませぬ!!」

 

「セト……」

 

 熱を帯びるセトの論にアクナディンの瞳に悲哀の色が宿る。眼の前の若人が、過去に「国の為に」と非道を起こした己と重なって仕方がない。

 

「まだ仕事が残っておりますゆえ……では」

 

 やがて話題を断ち切るように一礼し、背を向け去ったセトにアクナディンはかけてやるべき言葉が見つからなかった。

 

 

 

 

 そして暫しの間、アクナディンは己の無力さに打ちひしがれる。

 

「セトよ……お前は私と同じ過ちを犯そうとしているのか……クッ」

 

「ククククク……」

 

「――ッ!? 貴様はバクラ!?」

 

 しかしそんな中、無から生じたとしか思えぬほどに突然現れたバクラの姿に、すぐさま臨戦態勢を取ってディアディアンクを構え、魔物(カー)を呼び出そうとするアクナディンだが――

 

「ぐはっ!?」

 

 突如として背中に奔った衝撃に訳も分からぬまま、地面に転がった。

 

「フフフ……老いぼれが! そのトロさじゃ魔物(カー)を1体も召喚することなく勝負が決まっちまうぜ――クククク……ハハハハハッ!!」

 

 更にはバクラに喉元近くを踏みつけられ、今のアクナディンはもはや声を出すのも厳しい有様。

 

 そしてウェジュの神殿の天井を見上げる事しか出来ぬアクナディンの視界に入ったのはバクラに加え、初戦時の白き姿から黒く邪悪に、強大に変貌したディアバウンドの姿。

 

――ディアバウンドがあの時以上に強大に……!

 

「貴様、それ程の力……どうやって……!」

 

 だが増援を期待し、息も絶え絶えに会話で時間を稼ごうとするアクナディンだが、対するバクラは上機嫌に嗤って見せた。

 

「なぁに、ちぃっとばかり里帰りしてなぁ――テメェなら分かるだろう?」

 

「や、やはり……クル・エルナ村の生き残り……だったか……!」

 

「ご名答。俺様の中で喚いてやがるぜぇ? テメェが千年アイテムを生み出す為にぶっ殺した奴らが復讐したいってよぉ!」

 

 そうして死に体ながらも時間稼ぎと情報収集を必死に熟すアクナディンだが、そんな相手へバクラは興味深そうな視線を向けながらカマをかける。

 

「まさか8つ目まで作るとは思っちゃいなかったがな」

 

「……8つ……目……? なんの……ことだ……」

 

「チッ、本当に知らねぇのか。まぁ、良い」

 

 だが、怪訝そうなアクナディンの声と表情を前に、バクラの興味は一気に消え失せた。

 

「簡単に殺しはしねぇ。面倒な邪魔者がいるもんでな――テメェには働いて貰わねぇと、三千年前の時のようによ!」

 

 ゆえに使い道のなくなった老神官にバクラが下すものは唯一つ。

 

「さぁ、タップリと受け取りな」

 

 バクラとディアバウンドの内から怨霊が叫びを上げ、その憎悪が、怨嗟が、心の闇となってアクナディンの左眼に埋め込まれた千年眼へと注がれる。

 

「テメェが殺した奴らの怨嗟の声ってヤツをなァ! ヒャハハハハッ!!」

 

 ウェジュの神殿にアクナディンの絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがてその夜、王宮内に喧噪が広がる。そして慌ただしく兵士の叫びが飛び交った。

 

「アクナディン様がバクラの襲撃に遭われたぞ!!」

 

「探せ! 下手人はまだ遠くに逃げてはいない筈だ!!」

 

「いたぞ、バクラだ!!」

 

「止まれ!」

 

 そんな兵士たちの視線の先には馬にまたがりかけるバクラの姿。

 

「ハハハハハ! 近づく奴はディアバウンドの餌食だぜ!」

 

 その行く手を兵士たちが阻もうと槍を向けるが、バクラの背後から不可視の何かが腕を払えば、兵士たちは木端のように吹き飛ばされて行く。

 

 そうして誰に邪魔されることなく悠然と王宮を駆けるバクラを、馬で追い掛ける者がいた。

 

「ハァ!!」

 

「ハッ、王様直々のご出陣かよ!」

 

 それは兵士たちの、いや、この国の長であるファラオたる闇遊戯。

 

「今度こそ逃がさないぜ、バクラ! 神の召喚! 出でよ――」

 

 そして闇遊戯はその身に魔力(ヘカ)を巡らせ己がシモベを呼べば、腕のディアディアンクに竜の文様が浮かび上がる。

 

「――オシリスの天空竜!!」

 

 彼の姿は、赤き長大なる龍、天空を統べる支配者たる三幻神が一柱、オシリスの天空竜が豪咆と共に宙を舞い、闇遊戯に並走した。

 

「出やがったな2体目の神、オシリスの天空竜! いいぜ、王様よぉ――こっからは新たな戦いの第二幕だ! 地獄の底まで追い掛けて来な!」

 

 そんな2体目の神を挑発するように両の手を広げ、嘲け笑うバクラが王宮の門を通り抜けたことで、戦いの舞台は街へと移っていく。

 

「望むところだ!!」

 

「私もお供します、ファラオ!!」

 

「助かるぜ、マハード! ――バクラ! 貴様にこれ以上、無益な血を流させはしない!!」

 

 やがて闇遊戯の馬に己の馬を並走させるマハードが戦線に加わり、此度の戦闘は馬上にて大地を駆けた戦となる。

 

 

 

――ん? あれはピースの輪? まさか相棒たちもこの世界に来ているのか!? いや、今は眼の前の戦いに集中するべきだ!

 

 かくして、マハードと共に門を通り過ぎた際に己が瞳に映った情報を一先ず脇に置いた闇遊戯は、戦いへの士気を高めるが如く叫んだ。

 

 

「 「 ディアハ!! 」 」

 

 

 ライディングディアハ! アクセラレーション!!

 

 

 






馬に乗ってディアハだと!? ふざけやがって!(漫画版遊星感)


いつものQ&A――

Q:キサラを王宮から遠ざけたのは何故?

A:キサラの身に宿す強大な魔物(カー)、白き龍をアクナディン(闇落ちバージョン)が彼女を殺害することで、その魔物(カー)をセトに託そうと画策し、

さらにキサラの死がセトに及ぼす影響が未知数だった為、介入した状態です。

(原作での本来の三千年前の歴史では、経緯は不明ですが、セトがファラオと袂を分かち、第三勢力になる程の出来事があるようですし)


Q:バクラが二人!?

A:来るぞ、遊馬!!

――と冗談はさておき、今話で登場したもう一人のバクラは手荷物検査の際に千年パズルにパラサイトしたバクラの魂の一部です。

原作では究極の闇のゲームへ侵入する際に使用されていたようですが、今作ではイレギュラーにより別ルートから入れた為、表の遊戯たちの後をつけて参戦し、バクラのサポートを買って出ました。


Q:アクナディン、闇落ちしちゃうの?

A:心の光の力を信じるのです(なお原作)


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