マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
ラーの翼神竜「勝ったな。風呂入ってくる」





第189話 その想いは永遠

 

 

 雨の中、爆薬でも爆ぜたように立ち昇る火炎が見える王宮を遠方から目撃した闇遊戯たち。

 

「王宮から火の手が!?」

 

「バクラ! 貴様、一体何をした!!」

 

「ククク、俺様『は』なにもしちゃいねぇさ」

 

 闇遊戯の怒りの声に対し、有翼賢者ファルコスから受け取った人質のモクバ似の少年の首を掴みながら、バクラはせせら笑いながら返す。

 

 だが、その言葉のニュアンスに込められた中身にマハードは真っ先に気付いた。なにせ、己に大きく関わりのある相手。

 

「ッ!? まさかあの石像共が!?」

 

「奴らはお前の仲間だったのか!?」

 

「フフフ、どうかねぇ」

 

 続いた闇遊戯の追及に、どうとでも取れる言葉で濁し、相手の反応を愉しむバクラ。

 

「ファラオ、お待ちを。奴らがバクラの手のものであるのなら、バクラがディアバウンドを強化できる千年リングを所持していないのは不自然です」

 

「チッ――流石にそうすんなりと騙されちゃくれねぇか」

 

 だが、マハードがファラオに説明した内容に小さく舌打ちする。とはいえ、バクラの余裕は崩れない。その程度、いや、バクラの策は今更見破られようとも問題はないのだ。

 

「そう、俺様は奴らを利用したに過ぎねぇ」

 

「利用だと?」

 

「神官様よぉ、テメェを狙った一団――狙いは何だと思う?」

 

「そんなもの千年アイテムに決まって……いや」

 

 そうしてタップリ時間をかけるように説明するバクラの隙を窺いながら情報を探って行くマハード。

 

 そう、マハードには疑問があった。それは「石像たちの目的」。

 

 石像たちは、マハードの命は取らず、兵の命すら取っていない。「千年リングだけ」を奪っていった。

 

 野蛮人のような行動の割に、やっていることが割とスマートなのだ。誰かブレイン――頭脳担当がいると勘ぐっても無理はない。

 

 その頭脳担当の「目的」を考えれば、思い浮かぶのは一つ。

 

 千年アイテムの悪用? 違う――なれば、千年リングを用いて石像たちを強化しても良い筈だ。

 

 千年アイテムの保護? 違う――なれば、ファラオの元から奪う意味がない。

 

 そう、一つだ。そしてバクラも、いや、「その目的に準じている」バクラだからこそ誰よりも早く気づけた。

 

「冥界の石板……」

 

 石像たちの目的は、「冥界の石板に千年アイテムを収め、冥界の門を開く」こと。

 

「ククク、その通り――この国に喧嘩売ってまで千年アイテムを集める理由なんざ、それしかねぇだろうよ」

 

 マハードの呟きを大仰な仕草で肯定してみせたバクラは語る。

 

「だが、あの石像共はあれ以来パッタリと動きを見せねぇ。まぁ、当然だろうな。ヤツらはマハード、テメェを何とか倒せる程度の実力――つまり三幻神が相手じゃ歯が立たねぇ」

 

 石像たちの「目的」、「力」、「戦力」、「出来ること」、「出来ないこと」。そして「己の目的にどう利用できるか」について。

 

「テメェを襲った時のように神の目を盗んで『こと』を起こそうにも流石に二度目は警戒されてる」

 

「――バクラ! 貴様、まさか!!」

 

 だから、バクラは一石を投じてやった。

 

「そうさ! だから俺様は奴らが仕事をしやすいようにファラオを引きずり出してやったのよ!」

 

 闇遊戯の後悔の色が見え始めた表情に満足気に笑みを浮かべたバクラは高嗤う。

 

「今頃、奴らは悠々と千年アイテムに群がってるだろうさ!! 俺様はこうして待ってりゃぁ良い! それだけでテメェらの元から千年アイテムは零れ落ちていく!!」

 

 己の策にまんまと嵌まり、今の今まで得意気な面をしていた間抜けを嗤う。良い見世物だったと嗤い尽くす。

 

「遊戯ィ! テメェが馬鹿正直に俺様の相手をし始めた時点で! 既にお前は負けてんのさ!! ヒャハハハハハハハッ!!」

 

 さぁ、仲間のピンチだぞ?

 

 

 決闘王(デュエルキング)サマ。

 

 

 

 

 

 

 

 その件の王宮では、正門前で二人の神官が操る魔物(カー)2体と幹部格のオレイカルコスソルジャー1体が死闘を繰り広げていた。

 

「行けッ! 双頭のジャッカル戦士!」

 

 そんな神官の1人、シャダの操る魔物(カー)、双頭のジャッカル戦士が、二つのジャッカルの頭から雄叫びを上げながら獣人の強靭な筋力任せに二つの両手斧の一つを投げ放つ。

 

 対する幹部格はそれを宙に跳躍して回避するが、双頭のジャッカル戦士が手元に残った二つ目の両手斧に繋がる鎖を操れば、投げ放った方の斧は生き物のようにうねり動き、幹部格の足を絡めとった。

 

「捕らえた!! 今だ、セト!!」

 

「デュオス! オーラ・ソード!!」

 

 そうして相手の動きを制限したことで生まれた隙を、身体中に血管のような文様が浮かぶ青き体表の魔戦士、セトの魔物(カー)、デュオスが狙う。

 

 そのデュオスの手に輝く一太刀の剣がセトの言葉通りにオーラに覆われ、悪を断つ一刀として振るわれたが、幹部格はその振りかぶられた剣に拳を滑らせつつ太刀筋をズラした。

 

「いなした!?」

 

「ッラオ!!」

 

 それにより、相手の剣を強引に振り切らせたまま腕を取った幹部格は身体のバネを利用してデュオスを一本背負い。

 

 だが、投げたデュオスが己の頭上に来た瞬間に、そのまま相手を肩に抱え上げ、デュオスを逆立ち状態にしながら己が腕で相手の両足をホールドしつつ、一気に宙から落下。

 

「あのままでは!? 受け止めよ、双頭のジャッカル戦士!!」

 

 当然、幹部格は大地を砕きながら地面に着地――する筈だったが、相手の狙いを咄嗟に看破したシャダが幹部格の足に絡まったままの鎖を引き、己の魔物(カー)、双頭のジャッカル戦士をクッション材として挟み込んだ。

 

 しかし、それでも着地の際の衝撃が、デュオスの首に、背骨に、股関節に奔り、そのダメージが術者にも反映されたことでセトが膝をつく。

 

「ぐっ……!?」

 

「無事か、セト!!」

 

「……ああ、問題ない。これがマハードを退けたとの相手……か」

 

――動きがデタラメ過ぎる……戦い方がまるで読めん……

 

 駆け寄って肩を貸すシャダの手を借りて立ち上がったセトは、先の着地のどさくさにまぎれ足の鎖を外し、自由の身になった幹部格のオレイカルコスソルジャーへと視線を向ける。

 

 思っていた以上に、厄介な相手だと。

 

 王宮から、ファラオとマハードがバクラを追い、そして街の住民の王宮への避難が滞りなく始められた段階で、アイシスとカリムの2人の神官をファラオの増援として放った矢先の此度の襲撃。

 

 油や火薬の入った壺に火を放ち、王宮に投げ入れることで混乱を生み、その隙に王宮の四方から襲撃。そして残りの神官を幹部格が抑える――数の利を抑えられたのが痛手だった。

 

 雨がなければ、火の手はもっと広がっていたと思うと、背筋が凍る。

 

 だが、安心してもいられない。一般の兵たちでは通常のオレイカルコスソルジャーの相手すら満足に熟せず、神官が援護に向かおうにも、幹部格が妨害。

 

 このままでは――そう思い始めているのは、セトだけではなかった。

 

「どうする、セト! このままでは避難してきた民を守る兵が保たん! 新たな魔物(カー)を複数体呼び、援護に当てるか!?」

 

「止せ、他へ魔力(ヘカ)を割いて抑えられる相手ではない」

 

「だが、このままでは――」

 

「――分かっている!!」

 

 焦ったシャダの声を、怒声で掻き消すセト。相手の戦力を見誤っていたことを認めざるを得ない。

 

 孤立したマハードを襲う相手ゆえに、戦力も神官1人を囲う程度だと判断していたが、王宮を四方から大群で襲い掛かれる程の数を有しているなどとは想像だにしていなかった。

 

「KiKi i i i i i」

 

「HiHiHiーッ」

 

「セト様!! 西門、突破されました!! このままでは防衛線を維持できません!!」

 

「シャダ様!! 場外の混乱により、民の避難は未だ完了の目途が立たず!! 直に兵の損耗率にも限界が!!」

 

 オレイカルコスソルジャーたちに追われながらも、必死に伝令を届けに来た兵士が各所から、神官である二人に助けを求めるように状況を発するが、今はとにかく手が足りなかった。

 

「セト様!!」

 

「シャダ様!!」

 

 絶叫のような兵士たちの声にセトは頭を回すが、妙案は浮かばない。

 

 神官一の戦闘能力を持つマハードを倒しうる相手に背を向ける選択肢がない以上、今セトに出来るのは、バクラの襲撃に遭い倒れたアクナディンの回復を待つ程度だ。

 

 噂に名高い双六似の神官シモンの魔物(カー)の力ならば、状況をひっくり返すだけの破壊力があるにはあるが、王宮に民を避難させてしまった以上、民ごと焼く羽目になる。

 

 せめて、己が組織しようとしていた魔物(カー)の軍が――と、セトは考えてしまうが、間に合わなかった以上、ないものねだりだ。

 

「セト! こうなれば危険は承知で――」

 

「……シャダ、千年錠を寄越せ」

 

 そんな中、シャダが短期決戦を目論み、新たに複数体の魔物(カー)を呼び出そうとするが、それよりもセトが決意に満ちた瞳で腕を差し出す方が早かった。

 

「ああ、構わないが……何か策が浮かんだのか?」

 

「今から行うことは全て私の独断だ……良いな?」

 

「どういう意味だ?」

 

 そのセトの視線を信頼し、迷うことなく千年錠を託したシャダに返されるのは意味深な言葉。その真意をシャダが確かめる間もなく――

 

 

「出でよ、新たな魔物(カー)! ガレストゴラス!! ミノタウルス! ケンタウロス!!」

 

 

 セトのディアディアンクに新たな魔物(カー)の姿が次々に表示され、それに伴い赤い体躯の背中にヒレを持つドラゴン――ガレストゴラスが、

 

 軽装の赤い鎧に身を包んだ斧を操る牛の獣人――ミノタウルスが、

 

 人型の上半身に馬の四脚を持った獣戦士――ケンタウロスが、

 

 セトの前に立ち、幹部格のオレイカルコスソルジャーを牽制する。

 

 しかし、現在使役しているデュオスを含め同時に4体もの魔物(カー)を操るとなれば、魔力(ヘカ)の消費だけでなく術者の負担も計り知れない。

 

「止せ、セト! 流石に4体もの魔物(カー)を同時に扱うなど負担が多き過ぎ――」

 

「賊共よ!! 目当ての千年アイテムは此処だ!! 欲しければ奪い取って見せるがいい!!」

 

「なにを!?」

 

「ヲニナ!?」

 

 ゆえに忠言を叫ぼうとしたシャダだが、千年ロッドと千年錠を掲げて叫ぶセトの姿に幹部格と共に面食らう。

 

「デュオス!! ガレストゴラス!! 空にて二手に分かれ! この千年錫杖と千年錠を砂漠の果てに放り投げてこい!!」

 

「血迷ったか、セト!!」

 

 そして空へと放り投げた二つの千年アイテムへと飛行できる魔物(カー)であるデュオスとガレストゴラスが翼を広げながら向かう。

 

「カトコウイウソ!!」

 

「行けッ! デュオス!! ガレストゴラス!!」

 

「ンセサ!!」

 

 だが、此処でセトの思惑を把握した幹部格が強引に最短距離で迫るが――

 

「邪魔はさせん! ヤツを阻め! ミノタウルス! ケンタウロス!!」

 

「ダマャジ!!」

 

 上段から振り下ろされたミノタウルスの斧を幹部格は前方に飛び込むように回避。

 

 続くケンタウロスの馬の脚力を活かした突進を、幹部格は己の手が地面についた瞬間に逆立ち状態で跳び上がりながら真っ向からのカウンターとなる形でケンタウロスの顎を蹴り飛ばす。

 

 やがてかち上げられたケンタウロスの顔に、幹部格は宙で前転しながら踵落としを叩きこむことで足場としながら、空へ再度跳躍。

 

「ぐぅっ!?」

 

 頭が叩き潰されケンタウロスが力尽きたことにより、大きくダメージを受けたセトがよろめく中、空へ跳躍した幹部格が宙を舞う千年アイテムを持ったデュオスたちに手を伸ばす。

 

 だが僅かに届かず、二手に分かれ飛び立ったデュオスとガレストゴラスの姿に、セトは強気な笑みを浮かべた。

 

「ふぅ……ん、随分と……慌てた様子、だな」

 

――空を飛べぬ貴様らでは容易く追い付けまい。

 

 その笑みの先にいる地上に着地した幹部格のオレイカルコスソルジャーはふらつく隙だらけなセトなど目に映らぬように叫ぶ。

 

「セダヲテッオ ツズウュジ!」

 

 幹部格の声に、周辺で兵士と戦っていた幾人かのオレイカルコスソルジャーたちがピタリと動きを止めて反応。

 

「ロシメドシア デココ ハリコノ!!」

 

 そう言い終えた幹部格が王宮から街へと走り出す背中に追従し、残りはセトとシャダを囲むように陣形を組み始めた。

 

「千年アイテムを追う気か! 行かせん!!」

 

「捨て置け、シャダ! ぐっ……、私もそう長く保たん。奴らが千年アイテムを追っている内に、雑兵共を片付けるぞ!」

 

 幹部格の動きから目的を察したシャダが敵の陣形が整いきる前に突破しようとするも、その腕をセトが掴む。

 

 オレイカルコスソルジャーの狙いは「千年アイテム」であることはマハードの襲撃の際に当たりが付いている。

 

 そしてその重要性は「敵兵を屠る」ことよりも「優先」されていると仮定したゆえの此度の一手。だが、それは同時に――

 

「セト、まさか……」

 

「安心……しろ。此度の不始末は……私がつける」

 

 神官が自ら千年アイテムを手放す――そんな許されざる咎の上で成り立っているのだ。

 

 どんな処罰が降されるかなど論じるまでもない。

 

「そこまでの覚悟を……くっ!」

 

 そんなセトの死罪すら覚悟した一手に、シャダが応える方法など一つしかない。

 

 己が魔物(カー)、双頭のジャッカル戦士に片方の斧を掲げさせて注目を集めつつ、シャダはあらんかぎり声を張る。

 

「皆、聞けいッ! 敵の主戦力は撤退した!! 残りは雑兵だけだ!! これ以上、一人の犠牲者も出してはならぬ!! ファラオのお心に涙を流させることは、決して許されぬと知れ!!」

 

 王宮中に響くのではないかと思われる声量で放たれたシャダの宣言に、各地から兵士たちの返答代わりの雄叫びが響く中、2体の魔物(カー)がオレイカルコスソルジャーへ己が獲物を向けた。

 

「行くぞ、双頭のジャッカル戦士!」

 

「お前もだ! ミノタウルス!!」

 

――キサラ、やはり此処はお前がいるべき世界ではない。ファラオがお造りになる優しき世界こそがお前に相応しい……

 

 セトの心中の決意と共に放たれたミノタウルスのショルダータックルが、オレイカルコスソルジャーの1体を吹き飛ばし――

 

斧 断 砕(アックス・クラッシャー)!!」

 

 横なぎに振るわれた斧の一撃が、新たな敵を両断した。

 

 

 全ては愛しき人が健やかにいられる優しき世界の為に。

 

 

 

 

 

 

 そうして王宮内が追い上げを見せる中、ファラオの増援にと馬で街の中を駆けていた筈のイシズ似の神官アイシスは、何故かおかっぱ頭の青年神官カリムのガタイのいい背で目を覚ます。

 

「目が覚めたか、アイシス」

 

 背中で動きがあったゆえに、おぶっていたカリムが安堵の声を漏らすが、アイシスには未だ状況が理解できない。

 

「カリム? ……此処は……わたくしは何故、貴方の背に?」

 

「ああ、馬がなくてな――だが、ファラオの元へ向かわねばならん。少し我慢してくれ。つい先程、神の動きも止まった……なにかあったのは明白だ。急がねば」

 

「……待ってください、カリム。確かわたくしたちはファラオの元に赴く際に襲撃を受けて――」

 

「少し記憶が混乱しているようだな……無理もない。私も意識が戻った時もそうだった」

 

 現状を端的に説明しようとするカリムだが、意識が戻ったばかりのアイシスにはその前の状況すら曖昧な為、順序立てた説明へとシフトするカリム。

 

「そなたの魔物(カー)、スピリアが相手の角の突撃を受け、跳ね飛ばされた」

 

 それはオレイカルコスソルジャーたちの襲撃を受けて直ぐのことだった。雑兵のフリをして突撃してきた1体の幹部格にアイシスは敗れたのである。

 

 なにせ、ハリケーンにでも見舞われたかの如く回転しながら跳ね飛ばされていき、ミキサーにでもかけられたように空を舞う妖精のような魔物(カー)スピリアの全身に生じたダメージは、術者への反動によりアイシスの意識を刈り取るには十分過ぎた。

 

「悪いが、私が覚えているのはそこまでだ。情けない話だが、どう負けたかが思い出せない……我が魔物(カー)、ヘリィマァイでスピリアを助けようとしたまでは覚えているのだが……」

 

「わたくしは……その時のスピリアの負傷が原因で意識が……いえ」

 

 だが、カリムの記憶は負傷からくる記憶の混濁により、その後が続かない。ゆえにアイシスの残った記憶から己が記憶を探ろうとするが――

 

「意識が途切れる前に貴方の魔物(カー)、ヘリィマァイが投げられ、背中に相手の頭突きを受けながら大地に叩きつけられた姿を……見ました」

 

「成程な。その時の一撃が致命打になったか……」

 

 アイシスから語られた内容に意気消沈するように肩を落とす。記憶が途切れている訳ではなかった。そもそも「その先がなかった」のだ。

 

「それでカリム、何故貴方はわたくしを背に?」

 

「無論、ファラオの元に駆け付ける為だ。歩けるか?」

 

 やがて前後の状況を把握し終えた為、「此処から先」の話題へと移行する中、カリムの背からアイシスはゆっくりとおりつつ、先を促す。

 

「……はい。ですが、今の魔力(ヘカ)が心もとない状態では――」

 

「案ずるな、そなたならファラオの傷を癒すことが出来る。そして今の私とて残った魔力(ヘカ)をファラオに託すくらいは可能だ」

 

「いけません! そんなことをすれば、貴方の命が――」

 

 だが、カリムの語った内容にアイシスは待ったをかける。

 

 己が魔力(ヘカ)を託す行為自体に危険はないが、枯渇気味な状態でそれを成せば、命の危険すらある行為だ。

 

 それゆえにカリムの暴挙を止めようとするアイシスだが、かなりの速度で移動する気配を感じ取ったカリムは、アイシスの腕を引き建物の影に身を隠す。

 

「待て! 弱まった雨空に何か……あれは、セトのデュオス?」

 

 そうして、その気配へと目を向ければ、街の外へと全速力で飛行する魔物(カー)デュオスの姿が彼らの瞳に映った。

 

 

 状況の変化は彼らを置き去りにしながら加速していく。

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台は闇遊戯たちの元へ戻る。

 

 降りしきる雨の中、人質のモクバ似の少年の首を掴みながら、バクラは背後にディアバウンドを従えつつ上機嫌で語る。

 

「さぁ、どうする王様よぉ――このガキを見捨てて俺様を倒すのか? それとも仲間を助けに行く為に尻尾巻いて逃げるのか? ククク、焦ることはねぇ、好きなだけ考えな。考える時間はタップリとあるんだからよ、フフフ……」

 

――焦れ、焦れ。お仲間のピンチだ。焦りは隙を生み、その隙は俺様の突破口になる。クククク……

 

 現在の状況を並べるように語られる言葉の内容自体に意味はない。バクラからすれば、こうして話している間に過ぎ去る「時間」こそが何より重要なのだ。

 

 そんな中、闇遊戯はバクラから語られた現状を否定するように強気に笑みを浮かばせて見せる。

 

「だが、バクラ! その作戦じゃ、お前の元に千年アイテムは集まらないぜ!」

 

「分かってねぇなぁ――俺様はどっちでも構わねぇんだよ。冥界の門さえ開けりゃぁな」

 

「くっ……!?」

 

「ほら、どうしたよ? 次はどんな負け惜しみを俺様に聞かせてくれるんだァ?」

 

 しかし、バクラの軽口に口を塞ぐ結果を生んだ。そう、石像たちの存在は、バクラの目的をなんら妨害しない。

 

 仮に、石像たちが冥界の石板に千年アイテムを収めずとも、マハード相手に手子摺る程度の相手ならば、ディアバウンドの力でどうとでもなる。

 

 そうして人質の存在から動けぬ闇遊戯たちと、時間を稼ぎたいバクラが互いに睨み合っていたが、そうこうしている内に雨模様も収まりを見せ、曇り空が広がって行った。

 

 やがて雨が完全に止んだことを確認したバクラは一度肩をすくめて見せた後、「仕方なし」と言った具合に零す。

 

「とはいえ、テメェの言う様にこれじゃ芸がねぇ。雨も止んできたことだ――此処は一つゲームといこうじゃねぇか」

 

「ゲームだと……?」

 

「まずはテメェらの望み通り――人質を解放してやるよ!!」

 

 そして雨の縛りから解放されたディアバウンドをステルス状態にしながら、バクラは人質の少年を力の限り空高く放り投げた。

 

 さらにすぐさま姿の消えたディアバウンドへと指示を飛ばす。

 

「ディアバウンド! あのガキを八つ裂きにしろ!!」

 

「オシリス!!」

 

「援護します!!」

 

 だが、不可視の一撃が人質の少年に届く前に、空から落ちる少年を守るようにオシリスの天空竜が受け止め、幻想の魔術師がディアバウンドの襲撃に備えた。

 

 攻撃の瞬間を見極め、ディアバウンドが姿を見せた瞬間にカウンターを目論む闇遊戯とマハードだが、来る筈のディアバウンドの攻撃は一向に見えない。

 

 そうして時間だけが無為に過ぎていく。

 

「………………なにも……起きない?」

 

「あばよ、遊戯!」

 

 だが、警戒しつつも呆然とする闇遊戯たちを余所に、既にバクラはこの場から走り去っていた。

 

 それなりに距離が取れたゆえか、煽るように手を振るバクラの背中は腹立たしい。

 

「……ッ!? 待て、バクラ!!」

 

「逃がすな、幻想の魔術師!!」

 

 その背にハッと一杯食わされた(騙された)、事実に気付き、急いでバクラへの追手を差し向ける一同。

 

 オシリスの天空竜が、闇遊戯が、マハードが、幻想の魔術師が、その全ての意識がバクラに注視されている。

 

 ゆえに気付かなかった。

 

――() () ()

 

 闇遊戯たちの背後から迫る脅威に。

 

 やがて己の後ろから、ステルス状態を解除したディアバウンドが大きく腕を振りかぶっていることに闇遊戯はようやく気付く。

 

「――なっ!?」

 

 人質の少年の安否はフェイク。

 

 人質の保護に意識を向けさせ、その目的を「自身の逃亡」と誤認させた後の不意打ちこそがバクラの取った手。

 

 オシリスの天空竜が、幻想の魔術師が、闇遊戯を守るべく急旋回しつつ向かうが、バクラを追ってしまった距離ゆえに間に合わない。

 

 やがて己が身に迫るディアバウンドの大爪が、やけにスローに映る闇遊戯。

 

 その迫る凶刃はスッと闇遊戯の首に吸い込まれるように進んでいき――

 

 

「――ファラオッ!!」

 

 

 遮るように闇遊戯を身体で覆ったマハードの背を切り裂いた。

 

 その一撃により風に飛ばされた木の葉のように吹き飛ぶマハード。宙を舞う鮮血。術者の限界により消えていく幻想の魔術師。そしてファラオへの第二撃を振りかぶるディアバウンド。

 

 そしてオシリスの天空竜の突進が、ディアバウンドを吹き飛ばした。

 

――ククク、まずは一人。

 

 バクラが内心で、そうほくそ笑む中、地面を二転三転と転がったマハードへ、モクバ似の少年を抱えながら駆け寄る闇遊戯。その姿にマハードは消え入りそうな声で安堵の声を漏らす。

 

「王子……ぐっ、ご無事で……」

 

「ああ、無事だ! だから無理に喋るな!」

 

「この程度、問題……ありません」

 

魔物(カー)の維持すら出来なくなっている状態で、なにを言ってるんだ!」

 

 そうして限界の見えた震える足で、血だらけの背中で、辛うじて立ち上がったマハードを止めようとする闇遊戯だが――忘れてはいまいか? 今は戦闘中だ。

 

――フフフ、焦りで周りが見えてねぇなぁ、遊戯ィ。天秤に乗ったお仲間の命の前じゃぁ、流石の決闘王(デュエルキング)サマも素面じゃいれねぇらしい。

 

「おーおー、大事なファラオを守れて神官冥利につきるじゃねぇか」

 

 逃げたと思われたバクラが、何時の間にやらディアバウンドの掌に乗りながら馬鹿にしたように挑発して見せる。

 

「バクラ! 貴様だけは――――なっ!?」

 

 バクラに怒りに満ちた視線を向ける闇遊戯の瞳に映ったのは、バクラに首根っこを掴まれた先程のモクバ似の少年と似た顔立ちの少年。モクバ似の少年の兄であった。

 

 そう、これは――

 

「ククク、ハハハハハッ!! 此処はテメェの国なんだ! 民衆は何処にでもいる! まったく人質の補充が楽で助かるぜ! ハハハハハッ!!」

 

 新たな人質。

 

 状況は何一つ好転してはいなかった。むしろマハードが大きく負傷した分、悪くなっている。

 

 本来の歴史(原作)より、命のやり取りの経験が不足したゆえの弊害が此処に来て闇遊戯を窮地に追い詰めていた。

 

「さぁて――もう一度だ。流石にルール説明はもういらねぇよなぁ?」

 

 そしてバクラは嗜虐的な表情を浮かべながら、己が勝利を確信しつつ、見せつけるように意識のない少年をブラブラと揺らす。

 

 此処から行われるは先の光景の焼き増し。

 

 人質を放り投げて、ステルス状態のディアバウンドをけしかける。

 

 闇遊戯は選ばねばならない。人質を守るか、それとも己が身を守るか。

 

 先程のようにマハードは動けない。いや、動けたとしても、それは「マハードの死」を意味する。

 

 新たな魔物(カー)を呼ぼうにも、バクラが人質を殺す方が早いだろう。

 

 

 そう、今度こそ誰かを()()()()()()()()()()()

 

 

 闇遊戯の瞳が絶望で揺れ動く。

 

「ファラオ……ご安心……を、私に考えが……ございます」

 

「ククッ、勇ましいねぇ。後、何度保つか見物だぜ」

 

「人質は……私が守るゆえ、ファラオはバクラのことだけに……専念を」

 

 そんな中、零れたマハードの声に闇遊戯はハッと顔を上げるが、バクラの挑発気な声を余所に弱々しく横に首を振る。

 

「止めてくれ、マハード……他に……他に方法が……」

 

 マハードは死ぬ気だった。それが言葉に出さずとも分かってしまったゆえに闇遊戯は受け入れられない。

 

 増援が到着する可能性がある「かもしれない」。

 

 バトルシティのように千年アイテムの力が状況を好転させる「かもしれない」。

 

 闇遊戯の脳裏に浮かぶのはそんな希望的観測ばかり。

 

「作戦会議は終わったかァ? なら、そろそろ始めさせて貰うぜ」

 

――ククク、分かってねぇなぁ、マハード。遊戯のヤツなら必ずテメェらを庇う……どんなに懇願しようが無意味なんだよ。

 

――バクラ、貴様は知らない。我が禁術の存在を……次の攻防こそがお前の最後だ!

 

 やがてバクラとマハードの二つの思惑が勝負の天秤に乗せられる。傾くのは果たしてどちらなのか。

 

「行くぞ、バクラ!!」

 

「止めろ、マハード! そんなことしちゃいけない!!」

 

 出血も止まらぬ身体で立ち上がり、死の間際とは思えぬ程の活力を見せるマハードの背を闇遊戯は引き留めんとするが、その言葉には力がない。

 

 此処でマハードが止まろうとも、仲良く揃って死ぬだけだ。ゆえにマハードは止まれぬ――だが、最後の別れとばかりにチラと闇遊戯へと顔を向け、優し気な表情でポツリと零す。

 

「王子……私は一足先に先王の元へと参ることに致します……」

 

「止めろ。止めてくれ……!」

 

 そんな遺言染みた言葉など、闇遊戯は聞きたくなかった。だが、時は非情にも止まることを知らない。

 

「どうか立派な王になられてください!!」

 

「 ゲ ー ム ス タ ー ト だ ッ !!」

 

 最後の言葉と共に、バクラへと一直線に駆け出したマハードと、人質の少年を天高く放り投げ、ステルス状態のディアバウンドを解き放つバクラ。

 

 そして術者の命を代償にしたマハードの禁術が今、発動されんとし、一方のディアバウンドの不可視の一撃が、無防備な獲物へと迫る中――

 

「止めろぉおおおおおおおおぉおおおお!!」

 

 闇遊戯の絶望の声が周囲に響き渡る。

 

 

 零れるは誰の命か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 渦中に一陣の風が逆巻いた。

 

 

 





次回、神官サマ死す! デュエルスタンバイ!



いつものQ&Aはご感想へ返信する余裕が戻った為、お休みです( ˘ω˘)スヤァ







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