マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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注:大邪神ゾーク・ネクロファデスの股間のゾークJr.は、修正されたコミック版を準拠し、背骨の先から伸びる尾の先端に竜の頭があるスタイルとなりました。

股間にJr.が伸びる相手との戦闘シーンが作者の腕では書けなかった……(痛惜)



前回のあらすじ
お労しやディアバウンド……









第193話 ディアハ

 

 

 突如として現れたダーツと名乗った男へ、マハードが探るように声を張る。

 

「貴様! 何が目的だ!」

 

「星の救済」

 

「何を訳の分からぬことを!!」

 

「人の業により、この星は、世界は、穢され続けている――キミとて理解している筈だ」

 

 だが、対するダーツはマハードではなく闇遊戯に聞かせるように言葉を並べていた。

 

 そんな相手の超常的な視線からなる主張に晒された闇遊戯だが、一喝するように説得を図る。

 

「後にしてくれ! 大邪神ゾークが復活したんだ! ヤツによって世界が破壊されれば、お前の望みだって叶わない! 今は皆が一丸となって脅威に備えるべき時――お前も王であったのならば分かるだろう!!」

 

 闇遊戯の言う様に、大邪神ゾークは世界を滅ぼす存在だ。ゆえに「世界・星を守りたい」とのダーツの主張に反する立場にいる。その為、手を取り合う余地があると闇遊戯は判断したが――

 

 

「済まないが、聞けぬ願いだ。私の目的を果たすには、このタイミングしかないのだよ」

 

「何故だ! 大邪神ゾークを倒してからでも遅くは――」

 

「生憎、現実の私は既に死している――よもや、神託も受けなかった徒人に負けることになろうとはな」

 

 ダーツは闇遊戯の提案に頷くことはない。

 

 なにせ、彼は記憶の世界の住人――原作のバクラが言うところの「既に砂に還った者たち」だ。記憶の世界でなにを成そうとも現実の世界に反映されることはない。

 

「何が起こるかは分からぬものだ」

 

 既に神からの天啓を果たすこともできず、命すらない者ゆえの何処か他人事感溢れるゆったりとした態度に、気を逸らせる闇遊戯は苛立った様な声を漏らす。

 

「だったら何故、俺の邪魔をする!」

 

「私が望みは、欲深き人類の根絶」

 

「――なっ!?」

 

 だが、現人類の滅亡という観点では、ダーツには最後の手が残されていた。それが大邪神ゾーク・ネクロファデス――かの存在は世界を破壊し、それに抗うであろう人類をも滅する存在となる。

 

 現人類さえ殺し尽くせればそれで良い、とばかりの暴論に言葉を失う闇遊戯へマハードが幻想の魔術師を呼び出し、一歩前に出た。

 

「王子! この一大事に、この者と問答している余裕はありません!!」

 

「そうか。ならば急くお前たちへ、分かり易く現状を示そう――出でよ、オレイカルコス・シュノロス」

 

 会話を断ち切るような相手の姿勢にダーツは小さく肩をすくめた後、指をパチンと鳴らせば、王宮に降り立つ圧倒的なまでのプレッシャーを放つ見上げる程に巨大な土偶型の魔物(カー)、オレイカルコス・シュノロスの足元が輝き生じた光輪が上昇し、頭上に達した後――

 

「フォトン・リング」

 

 全てを切り裂く光輪が王宮をバターのように両断しながら、闇遊戯に迫った。

 

「迎撃せよ、幻想の魔術師!!」

 

 闇遊戯の命を刈り取らんとする光輪に対し、幻想の魔術師が杖からありったけの魔力(ヘカ)を放出させるマハードの奮闘が、シュノロスの放った光輪の歩みを僅かばかり留める。

 

「おぉおおおぉおおおおおお!!」

 

「ほう、止めるか――だが、何時まで保つかな?」

 

 しかし焼け石に水であることは明白だった。

 

 エジプト一の魔術師であるマハードが惜しみなく魔力(ヘカ)を振り絞っているにも拘わらず、シュノロスが放った光輪の威力は一切収まる様子を見せず、ジリジリとマハードの魔力(ヘカ)を切り裂いていく。

 

――くっ、持ち堪えられん! 世界には未だこれ程の術師が居ようとは……だが、王子だけは守りぬいてみせる!!

 

「王子! 早く皆と合流を! この者の力、抑え……きれません!!」

 

「来たれ、ガイアロード!! 螺旋槍殺(スパイラル・シェイバー)!!」

 

「王子!?」

 

 限界を悟り、闇遊戯に一時撤退を進言したマハードの幻想の魔術師の隣には闇遊戯の魔物(カー)、赤いラインが浮かぶ黒い全身鎧に紅の二対の突撃槍を持つ戦士、暗黒騎士ガイアロードが、シュノロスの光輪を穿つように己が突撃槍を振るっていた。

 

 

 

「俺はもう仲間の犠牲を見過ごすのは御免だ! マハード! 俺たちでこの窮地を切り開くぞ!!」

 

「王子……――御意に!!」

 

 守らねばならないと考えていた己の考えを一蹴するように闘志を露わに絶望的な状況を覆さんとする闇遊戯の姿は、マハードには鮮烈に映った。

 

 そう、マハードが毒蛇から守っていた「王子」の姿はもはや過去のもの。今の「ファラオ」として力強く突き進む闇遊戯の姿に彼も腹をくくる――限界の一つや二つ、越えて見せずして、この王には応えられない。

 

「 「 うぉぉぉおおぉおお――ハァ!! 」 」

 

 やがて2人の結束の力が光輪を弾き飛ばし、闇遊戯たちの放った攻撃の威力が乗った光輪がシュノロスの巨躯へと叩きつけられた。

 

「は、跳ね返しちゃった…………やりましたね、王子! お師匠サマ!」

 

 ダーツの背後で爆ぜた爆発を余所に、マナの喜色に弾んだ声から確かな手応えを以て闇遊戯たちは、互いを誇るように目くばせしつつダーツへと視線を戻す。

 

 魔物(カー)を失った以上、形勢は逆転された。

 

「驚いたな。よもやシュノロスの攻撃を跳ね返すとは」

 

 そんな中でダーツの呟きと共に晴れた煙の中から現れるのは傷一つないオレイカルコス・シュノロスの姿。

 

 シュノロスの左肩の根本から外れた左腕が、本体を守るように宙に佇んでいた。

 

 変わらず佇む絶望を前に闇遊戯が呆然と呟く。

 

「無……傷……」

 

「何を驚く? 我がしもべたるシュノロスが、己の放った攻撃に後れを取る間抜けにでも見えたか? シュノロスの左腕、オレイカルコス・アリステロスはあらゆる攻撃を防ぐ絶対の盾、容易く超えられるとは思わぬことだ」

 

 しかし、ダーツからすれば既定路線に過ぎないと呆れた様相を見せた。未だ彼我の戦力差を理解していなかったのかと。

 

 闇遊戯たちが弾いた攻撃は、シュノロスの左腕の盾たる力によって阻まれた。

 

「だが、シュノロスの一撃を弾いたキミたちへの賞賛は揺るぎないものであることもまた事実――その奮闘へ敬意を表し、絶対の矛たるシュノロスの右腕、オレイカルコス・デクシアの一撃で応えよう」

 

 それでいてなお、ダーツは王である闇遊戯の奮闘に敬意を表し、それに伴いシュノロスの右腕が先の左腕同様に肩口から外れ、宙に浮かび上がり――

 

「やれ」

 

 唸りを上げて叩き込まれるシュノロスの右腕に対し、マハードは悟る。

 

――無理だ……止められない……!

 

 あらゆる小細工の一切を許さぬ絶対的な破壊の一撃に、魔術師として破格の才を持つマハードだからこそ悟れてしまう。この身を犠牲にしても何一つ変わらぬ現実が広がる事実に。

 

 だが、それでもなお闇遊戯は前に出た。奇跡は前にしかないのだと。

 

「止められなくても良い! 皆が来るまで時間を稼――」

 

 だとしても無情な現実は、ガイアロードの二対の突撃槍をシュノロスの右腕の一撃を前にいとも容易く砕け散らせ、ガイアロード本体ごと闇遊戯を叩き潰した。

 

「さようなら、名もなきファラオ」

 

「王子ー!!」

 

 マナの悲痛な叫びが響くが、シュノロスの一撃はなんの慈悲も与えない。

 

 

 

 

 だが、此処で闇遊戯の手前で光が輝く。

 

「ほう、未だ伏兵がいたか」

 

 やがてシュノロスの右腕が押し飛ばされ、宙を舞いつつ、シュノロス本体の元へと戻った。

 

 そして1人の黄金の使者が闇遊戯たちを背に歩み出る。

 

「名を問うておこう」

 

「我が名は『ハサン』――このエジプトの地で歴代ファラオを守りし、守護神なり!」

 

 ダーツの声に応えたのは、ツタンカーメンのようなマスクを被った筋骨隆々な男の姿。そして白いマントを翻し、闇遊戯を守るように佇み宣言する。

 

「先代アクナムカノンの願いにより、そなた(名もなきファラオ)をお守りする!」

 

「お前は……過去の父が祈り願った……」

 

 闇遊戯には眼前のハサンと名乗る者に見覚えがあった。

 

 それはラーの翼神竜を呼んだ際に気を失い、眠った際に己の幼少時に記憶に映った父との思い出の記憶にあった存在。息子の安寧を願った父がもたらした守護者――それがハサン。

 

「この者の相手は任せよ! 汝らは大邪神ゾークとの決戦に備えるのだ!!」

 

「させると思うかね? シュノロス」

 

「それは此方のセリフだ! ハァ!!」

 

 だが、状況は闇遊戯の思案を置き去りにしながら動き続ける。

 

 シュノロスの右腕が再び放たれ、それを拳から生じた光で弾いたハサンはダーツを巻き込みつつシュノロスへと突撃。

 

「ほう、シュノロスごと私を戦線から引き離す気か」

 

「急げ、名もなきファラオよ! 時はあまり残されてはいない!!」

 

 そしてダーツごとシュノロスの巨躯を抱えるように空を突き進み、砂漠の向こう側へと飛び立つハサンの背に闇遊戯は叫んだ。

 

「ハサン! 約束してくれ!」

 

 それは願いと言うには、少しばかり我が儘が過ぎる代物。

 

「死ぬな! 俺は、もう俺のせいで仲間が死ぬのは見たくない!!」

 

「皆まで言うな! 私はファラオを守護する矛であり、盾! 主を残し消えることなどない!!」

 

 しかし、一二もなく「是」と返したハサンの背に、闇遊戯は踵を返し、神官たちとの合流に向かう。今は一分一秒が惜しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 此処で時間は少しばかり巻き戻り、闇遊戯たちが大邪神ゾークの姿を目視する少し前――

 

「ぐっ、ククク、フフフ、ハハハハハハハハハハハハハハッ!! 耐えた! 耐え抜いた!! 俺様の勝ちだ!!! ハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 そんな具合に天まで届きそうな高笑いを最後に盗賊王バクラの身体は砂となって消え、冥界の扉から、背に巨大な翼に加え、竜の頭が生えた尾を持つ見上げる程に巨大な邪神――大邪神ゾーク・ネクロファデスが降臨した。

 

 盗賊王バクラの身体から、クル・エルナ村に立つ大邪神ゾークへ意識を移したバクラは、ゾークとして不敵に笑う。

 

「……フフフ、随分と勝手を働いたようだな」

 

 今の今まで散々煮え湯を飲まされてきたアクターへ、今度は己が絶望的な現実を叩きつけてやる番だと嗜虐的に嗤う。

 

『ゼーマン、其方の準備は?』

 

『ハッ、今しがたキサラ殿をお送りし終えた後でございます。現在、私が族長の方との礼を兼ねた会合を、エヴァリーが商人として民相手に商いを――どちらも直に完了致します』

 

『そうですか。なら可能な限り情報を回収した後、直ぐ移動を。時間は此方で稼ぎます』

 

「我は全てを無に帰すために永き眠りより目覚めたり、もはや何者も我を止めることは出来ぬ」

 

 ゾークの言葉を話し半分に聞き流しつつ、ゼーマンと通信を打ち切ったアクターへ、ゾークは身体から闇の力を漲らせつつ、威圧するも――

 

「ほう、我の威容を見てなお盾突くか。何と愚かな……我が力の前には何者も無力であることを教えてやろう!」

 

 未だに逃げる様子を見せぬアクターを動かすべく拳を握った大邪神ゾークだが、その佇まいとは対照的にアクターの体内は目まぐるしく動き始めていた。

 

 煩い程に鳴り響く心臓は血流を回し、生じたエネルギーから身体は熱が迸り、

 

 深く深く呼吸を成し、大きく空気が取り込まれる度に、全身の血管が浮き出るように異音を放つ。

 

「貴様のお得意の拳闘でその最後を飾るが良い!!」

 

 そして放たれた大邪神ゾークの巨大な拳と、アクターの人間大の拳がぶつかり合い、衝撃波が砂漠の砂地を吹き飛ばしていく中、競り負けたように吹き飛んだアクターの身体は砂漠へと叩きつけられ砂柱を上げた。

 

「ハハハハハッ! 愚かな! 我に殴り勝てるつもりだったのか! 我と己の体躯の差が分からぬとは童以下の思慮!」

 

 少しばかり浮いた目線で砂地に叩きつけたアクターを嗤う大邪神ゾークは己の視界を反転させながら相手の無謀を嘲笑う。おかしくて仕方がないと。

 

 そうして、その視界の回転が二回三回と続いたところで大邪神ゾークはようやく己の状態を把握した。

 

――は?

 

 だが、信じられるかは別だった。

 

 砂地を削りながら青空を見上げる大邪神ゾークには己の身に何が起こったのか理解できなかった。いや、脳が理解を拒絶する。

 

 そして現実を否定するように勢いよくガバリと身体を起こし膝立ちになった大邪神ゾークが、呆然と己の再生していく掌を眺める中、視線の先で爆ぜた砂地が見えたと思えば、眼前にアクターがいた。

 

 繰り出されるは拳の連撃。

 

 ふざけた速度で放たれる拳の一撃一撃は摩擦熱によって炎を帯び、ゾークの身体を焼き穿つ。

 

――あの時の動き(ディアバウンドとの戦闘)が全力ではなかったのか……!?

 

 身体を穴だらけにされ続けるゾークの脳裏に過る仮説を余所に、周囲に尾羽を広げた孔雀のような炎拳の残照が飛び散る中、ゾークの巨体が砂地を削りつつ、どんどん押し込まれていく。

 

「効かぬわァ!!」

 

 だが、赤い目を見開いた大邪神ゾークが振るった腕がアクターを叩き飛ばした。

 

「フハハハハハッ! 所詮は虫けら! 叩き落とせば羽虫の如く落ちる!」

 

 そして膝立ちから立ち上がったゾークは拳の跡が痛々しい己の身体へ手を当てつつ誇るように嗤えば、身体に残るアクターの拳の連撃の負傷も――

 

「貴様の拳による傷など、無限の闇から得られる我が力の前には無意味! 闇たる我が身は不滅なり! 不死身なり!」

 

 瞬く間に消えていく。まさに無限の再生能力。ディアバウンドの時とは比較にならない。

 

「千年アイテムに何やら小細工を施していたようだが、その程度で我が力を封じれると思うてか!!」

 

 当然のように砂地に立ち上がったアクターへ嗜虐的な声を響かせながらゾークは己の先を相手へ向けた。

 

「貴様に本物の炎を教えてやろう! 生きとし、生けるものを焼き尽くす地獄の業火に焼かれるがいい!!」

 

 すると尾の先の竜の顎が開き、内より炎が迸る。

 

「ゾーク・インフェルノ!!」

 

 そして竜のブレスが放たれた。その吹き荒れる炎は砂漠すら焼き尽くすように広がり、アクターへと逃げ場を許さぬように燃え盛って行った。

 

「フハハハハハッ! 我が地獄の業火の味はどうだ! 声も出まい!」

 

 しかし、さして焼けた様子も見えないアクターが空へと跳躍すると共に炎が天に昇っていく。

 

 その跳躍の際に生じた風が炎を巻き上げ、その炎はアクターの元へと集まって行き――

 

「なんだ? ……風?」

 

 空中で蹴りの姿勢を取ったアクターの右足に竜巻の如き炎がサッカーボール程のサイズに収束していく光景に大邪神ゾークは息を呑んだ。

 

「……馬鹿な」

 

 地獄の業火であろうとも、炎であることに変わりはない。なれば風によってその方向性を誘導できる理屈はゾークも理解できる。

 

 問題なのはそれらを全て「人力」で行っている事実だ。

 

 

 やがて収束した地獄の業火が、アクターの脅威的な身体能力を以て蹴り飛ばされた。

 

 

 しかし、その竜巻の如き炎の奔流をゾークは己が両の手で受け止めてみせる。

 

「だが、所詮はくだらん小細工に過ぎん! ハァァアアアアッ!! ――フゥンッ!!」

 

 そうして力任せに押し潰した炎は霧散した。当人の放った炎だ。如何様にも出来よう。

 

「愚かな! 我が炎で我が身を焼くことが出来る訳がなかろう!」

 

 そして宙から落ちるアクターを見下そうと視線を降ろすが、相手の姿が何処にも見当たらない事実にほくそ笑む。逃げ惑う獲物を嬲るのも一興だと。

 

「フフフ、逃げ足の速いことだ」

 

――影? 上か。芸のない奴よ。

 

 だが、そんなゾークにかかった影に、上空へと尾の先の竜の顎を向けたゾークが見たのは重ねた両の手を突き出したアクターの姿。

 

 その仕草をゾークが不審がる前に、己が巨躯は不可視の重圧に膝をついた。

 

――ッ!?

 

「ぬぅううぅううううぅううッ!!」

 

 遅れて響く虎の轟咆のような風切り音が周囲に響く中、ゾークは相手の攻撃の正体を看破する。

 

――風圧!? いや、圧縮した空気の砲弾……いや、隕石とでも言うべき代物か! だが!!

 

 やがてゾークはアクターの正拳突きによって押し出された空気の圧に潰されまいと砂漠についた膝を強引に立たせながら、両の手を天へと突きだすように掲げ――

 

「――ゾーク・カタストロフ!!」

 

 両の手に込めた闇の力を波動のように拡散させた攻撃を、空から落ちる空気の圧ごと地面に叩きつけるように放った。

 

 それにより、砂漠の大地を抉りながら巨大な衝撃が辺りを揺らす中、空にいるであろうアクターに向けて攻撃を放つべく右腕を天へと突きだしたゾークの掌に闇の力が集まっていく。

 

 その前に、空気を力強く蹴り、半身で背中を向けたまま急加速したアクターが身体を反転させて飛び蹴りを放つ方が速かった。

 

 

 咄嗟に攻撃を打ち切り突き出した右腕でガードしたゾークの足が、遅れて空にて空気が爆ぜる音が響く中で地面にめり込み、砕け千切れた右腕だった肉片が宙を舞う。

 

「――なっ!?」

 

 宙を舞う己の右腕だった肉片へ驚愕の眼差しで見やるゾークだが――

 

「だとしても!!」

 

 空中で無防備を晒すアクターへと残った左拳を放ったが、アクターの振り切った二本の指が接触した瞬間に炎が逆巻き、ゾークの左拳がバターのように削げた。

 

 そしてアクターは指を振り切った勢いのまま身体を回転させ、今度は開いた5本指を貫くように振り切れば、不可視の一撃がゾークの心臓に巨大なフォークが突き刺さったような痕を生み、巨体が吹き飛ばされる。

 

 だが、砂地を削りながら踏ん張るゾークは己の損傷に一切怯むことなく左右の腕を再生させ、すぐさま右腕に闇の力を集めた。

 

「小癪なッ! なれば、この一撃を受けるがいい! ダーク――」

 

 そして集まった闇の力が手刀と共に解放されんとする中、アクターも宙で伸ばした右足を一本の刀のように振り切りながら――

 

「――スラッシャー!!」

 

 巨大なる闇の斬撃と、脚撃の風の斬撃が激突。

 

 その余波により、切り刻まれたように割れていく砂漠を余所に、大小2つの影のぶつかり合いは荒々しさを増していく。

 

 

 

 まさにこの世の地獄が広がりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな熱きディアハリストたちの戦いを余所に此処で舞台は現実へと戻る。

 

「イシズ・イシュタールに繋げ」

 

 エジプト考古学局へ到着早々にそんな不遜な態度で待つ海馬は、暫しの時間の後、ようやく現れたイシズの姿に不敵な笑みを浮かべた。

 

「ふぅん、ようやくお出ましか……だが、生憎と貴様と問答をする気はない。さっさと、くだらんオカルト紛いの石板の元へ案内して貰おうか」

 

 海馬の目的は己に見せられた古代のビジョンの否定――だが、否定するにも現物がなければ話にならない為、墓守の一族のイシズの元まで足を運んだのだ。

 

 バトルシティでの協力を考えれば、相手に断れるだけの材料はない。

 

「残念ながら、それは出来ません――いえ、わたくしにその『権限がない』と言うべきでしょうか」

 

「なんだと?」

 

 だが、速攻で断られた。そんな時もある。

 

「わたくしはグールズの一件を受けて、既にエジプトの考古局局長の席を辞しました。今はしがない考古学者の一人に過ぎません」

 

「局長の座から退いただと? 馬鹿を言うな。貴様ならその程度の障害、如何様にでも片付けられるだろう」

 

「……確かに、わたくしならば可能だったのかもしれません」

 

「……何が言いたい」

 

 そしてイシズから事情が語られるが、とてもではないが海馬が納得できるものではなかった。イシズの強かさは海馬もよく理解している。

 

 しかし言葉を詰まらせたイシズは暫しの逡巡の後、懺悔するように語り始めた。

 

「…………瀬人、生きたまま焼かれた人間がどうなるか知っていますか?」

 

「ふぅん、何を言うかと思えば……剛三郎のことを言いたいのであれば、好きにするがいい。俺は社長の座を継ぐと共に、その咎をも継ぐと誓った。俺が――」

 

 KCとて全てが真っ当な組織ではない。一時は死の商人もかくやな行いの果ての発展もあった。それゆえの追及かと海馬は予想したが――

 

「貴方の弟が生きたまま焼かれても同じことが言えますか?」

 

「……どういう意味だ」

 

 本質はそこではなかった。

 

「わたくしの弟、マリクは神のカードの複製を生み出し、『神の怒りに触れるか否か』の実験の為に多くの人間を焼き殺していました――唯一生き残った1人からの情報により、それは既に疑いようのないことです」

 

 マリクは決して少なくない人間を殺めている。千年ロッドに操られたことによる「社会的な死」ではなく、「文字通りの死」を振りまいてきた。

 

 発覚は当人の証言と、唯一の生き残りからの証言に加え、その肉体に残った神の神罰による特徴的な焼け跡。

 

 それらの情報から世界各地に起こっていた原因不明の焼死体の多くの「原因」が発覚したのだ。

 

「そしてわたくしにはグールズによって被害を受けた者たちの家族、そして『遺族』の方たちと面通しする機会もありました」

 

 それは、「事故」と処理されていた案件が「事件」になった瞬間でもある。となれば、イシズが対処しない訳にもいかない。

 

「悲しみに暮れる彼らの姿に、憎しみの衝動を必死に耐える彼らの姿に、わたくしはようやく己の罪深さを知ったのです」

 

 それによりイシズは思い知らされた。

 

 グールズの一件は、アクターが殴り飛ばしていれば、もっと早くに収束できた事実に。だが、イシズは「マリクへ怪我を負わせたくない」が為にそれを妨害した。それゆえの被害の拡大。

 

「わたくしには出来なかった……」

 

 その事実を突きつけられて「己には関係のないことだ」と、素知らぬ振りをするなどイシズには出来なかった。

 

 そう、イシズが「同じことが言えるのか」と問うたが、それは「マリクがモクバを焼き殺していた」場合でも、マリクの逃亡をほう助していたイシズに今と同じように糾弾することなくいられたか――そう言う話だ。

 

 言葉を返さぬ海馬の姿に、それを返答と取ったイシズは己の胸に手を当て、簡潔に告げる。

 

「ですので、わたくしが管理していた全ては他の一族へと託させて頂きました。血と咎に塗れたわたくしたちが、ファラオを冥界にお送りするなど、あってはならないことだと告げて」

 

 なお、託した相手は思いっきり咎に塗れた悪党(アヌビス)だが、当人が既に冥界に旅立ったこともあり、言わぬが花であろう。

 

「それに伴い、考古局局長も辞したのです。今、一介の考古学者として席を置いているのは、現局長のご厚意ゆえ――なにか少しでも償いが出来れば、と」

 

「……なら、その他の一族とやらに繋げ。そのくらいならば出来るだろう」

 

 つまらない話を聞かされたと、息を吐いた海馬の要請にもイシズは小さく首を横に振る。

 

「いいえ、管理を託した一族のものは『墓守が表に出るべきではない』との主義ゆえに極々最低限の関わりしか認めぬ方。考古学局長の座も断りを入れ、富も名誉も不要だと断じ、墓守の使命にのみ殉じておられます」

 

 なにせ、アヌビス――の背後にいる神崎は、「アヌビスに考古学局長なんて任せられても……」な具合だった為、面倒事をオールカットするべく、アヌビスの背後関係を設定したのだ。

 

 それゆえの徹底した「無欲」アピール。

 

 そしてそれは絶大な効果を生んだ。生んでしまったのだ。

 

「ゆえに此度の名もなきファラオの来訪に際して、人払いを徹底しておりました……たとえ、瀬人――貴方の持つ千年ロッドの存在があれど、『儀式が終えるまで誰も入れるな』との言を覆すことはありません」

 

「チッ、なら神崎を出せ。どうせ、ヤツもその墓守の儀式とやらに噛んでいる筈だ」

 

「? あの者が来ているのですか?」

 

「なんだと?」

 

 絶大な効果を生み過ぎて、ガチで誰も立ち寄れなくなるくらいに人払いが徹底されちゃったのだ。

 

 それは神崎も正面から入ることは叶わない程に――なお、当人は異次元のゲートを開いて強引に侵入したが。

 

 

 

 

 かくして海馬の全速前進は困ったことに、此処にて一回休みとなる。

 

 その原作ブレイクが吉と出るか凶と出るか――それは誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台は究極の闇のゲームの舞台に戻り、ゾークとアクターの苛烈さを増す戦いに戻れば――

 

 拳を正拳突きのように放った姿勢で佇むアクターを前に、胸の中心に空いた巨大な大穴を開けたゾークが仁王立ちしながら愉快気に嗤う。

 

「フハハハハハ! 認めよう! 認めてやろう! 貴様は確かに強い! だが、()()()()()!」

 

 そして響く笑い声を合図にするかのようにゾークの胸を中心に広がる巨大な大穴は、時が巻き戻るように塞がって行く。

 

「我が無限なる闇の力を祓うことが出来ぬ以上、貴様の敗北は変えられぬ運命よ!!」

 

 ゾークは己を容易く傷つけられるアクターの攻防に賞賛の声は送るものの、それだけだ。戦闘序盤にあった警戒は既にない。

 

「所詮は貴様も我と同じ! 破滅を齎すものでしかない!」

 

 なにせ、力の方向性が同じなのだ。闇は光でなければ祓うことは叶わない。とはいえ、ゾーク程の闇となれば、大抵の光は通じないが。

 

 所詮は光を持たぬもの(アクター)の攻撃など、幾らぶつけたところでゾークの身体は砕けど致命打にはなり得なかった。

 

「ハハハハハハハッ! だが良き玩具だ! 愉しいぞ! 愉しいぞ! 貴様ほどに壊し甲斐のある相手はいない!!」

 

 そうして踏み潰さんと振り下ろされたゾークの右足を跳躍して回避したアクターは振り切った脚から放った斬撃に対し、ゾークは尾の竜の頭の炎のブレスを放つ中、ポツリと誰かの声が零れる。

 

「なにがたのしい」

 

 アクターは戦いを楽しいと思えたことは一度たりとてなかった。

 

「貴様もそうだろう! 力を振るうのが! 破壊をもたらすのが! それだけの力を得たのだ! さぞ愉しいだろう!!」

 

 炎を切り裂くように再度、脚から斬撃を放った宙に舞うアクターへ、炎の海から飛び出した龍の顎がアクターを食い千切らんと噛みつくが、力任せに顎を上下に引き裂いたアクターからまたまたポツリと声が零れる。

 

「なにがおかしい」

 

 アクターがなにかを殴った後に残るのは肉を穿ち骨を砕く気持ちの悪い感触だけ。

 

「破壊こそが我が本懐! 破滅こそが我がもたらす天啓!!」

 

 尾の先の竜の顎を引き裂いたアクターへと届けられるのは尾の先ごと砕かんとするゾークの右拳。アクターも迎撃に右拳を放ち、相手の拳を砕くが、再生しながら突き進むゾークの拳はアクターを逃がさず砂地へと叩きつける。

 

「たのしいわけがないだろ」

 

 振るった拳から得られるのは、誰かを傷つけてしまったという後悔だけ。

 

 こんな方法でしか取れない己の不甲斐なさだけ。

 

 一度零れ始めた誰かの声はダムが決壊するかのように留まらない。

 

「なにがたのしい。なにがおかしい。なぜわらう」

 

 アクターは神崎なりの強さの象徴だ。弱い己を取り繕った虚構(ハリボテ)英雄(ヒーロー)

 

 とはいえ、その出来栄えは所謂「強者」と呼ばれる(設定された)対象(キャラクター)の不出来な物真似を詰めたお粗末な代物だが。

 

 

 

 やがて砂地に落したアクターへ、左足を踏み下ろすゾークだが、その足に手刀を這う様に奔らせられた後、脚を土台にアクターが跳躍した瞬間にゾークの左足は螺旋階段のように切り裂かれた。

 

「た の し い わ け が な い だ ろ う !!」

 

 弱者を嬲る趣味でもあれば良かったのだろう。守るための行為だと割り切れれば良かったのだろう。

 

 だが、嬲ったところで、お綺麗な言葉で濁したところで、得られるのは罪悪感と空虚さだけだ。

 

 彼はダークヒーローでもなければ、フィクサーでもない、己の罪すら背負えきれぬただの卑怯で卑劣な臆病者だ。

 

 

 そうして跳躍したアクターは左足が切り刻まれバランスを崩したゾークへ拳を振りかぶるが、ゾークが崩したバランスを回転に利用し放った左の蹴りに対し、アクターは右回し蹴りで迎撃。

 

 ぶつかり合った衝撃が周囲に伝播する。

 

「理解の外だ。外だ。外――」

 

『遅ればせながら、諸々の準備完了いたしました』

 

 そして衝撃が周囲に広がる中、ゾークの左足に手刀を突き刺さしてねじ切りながら回転で威力を底上げした脚撃による斬撃を放つべく、まず手刀を構えたアクターの腕が頭に響いたゼーマンの声でピタリと止まった。

 

『………………なら、此方は切り上げます。誘導の成否の確認が取れるまで待機』

 

『ハッ、ご武運を』

 

 そう短いやり取りを済ませた中、振り切られたゾークの左脚に吹き飛ばされたアクターは着地した砂漠を蹴りながら、再度ゾークへと接近。

 

「くだらぬ問答だ!! 何を恐れる! 何を阻む! 何を迷う!! 思うがままに力を振るえばいい! 今まで貴様は――」

 

 迎撃にゾークが放つ闇の斬撃の雨を掻い潜り、時に相殺し、時に弾き返し――

 

() () () () () () 筈だ!!」

 

 近接の距離になった途端、示し合わせたように互いが拳を構える。

 

 

――いつまで戦えばいい。一体いつだ。一体いつ……

 

「他者を否定し! 奪い! 砕き!! 己が思うままに捻じ曲げてきただろう!! 幾ら言葉を並べようともその事実は揺るがん!!」

 

 ゾークの右拳を蹴り上げ捌き、左拳をぶつけ合い消し飛ばしたアクターは相手の顔面へと拳を振りかぶる。

 

「我と貴様になんの違いがある? 正しさとでも言うつもりか?」

 

 だが、此処で宙を進むアクターの身体がピタリと止まった。そしてその身体に段々と姿を現していくのは、巻き付いたゾークの尾の竜。

 

 繰り出されていたのはディアバウンドの要領で姿を消し不意を撃った拘束。

 

――胸を張って

 

「正しき力など存在しない! いや、『正しさ』などと言うものを論じることが既に無意味!! あるのは純然たる力だけよ!!」

 

 そんな竜の尾を引き千切るアクターに、再生能力任せに拘束を重ね掛けした一瞬の隙に――

 

――二人に

 

「貴様も所詮は我と同じ――だァ!!」

 

 再生したゾークの頭上から組まれた両拳が振り下ろされた。

 

 ベキリと何かが砕ける音がアクターの掌で鳴らされたと共に小さな影が砂漠に落ちる。

 

――()

 

 

 

 やがて砂の大地に叩きつけられたアクターの身体はガラス細工のように砕け、消えていった。

 

 

 

「ククク、案ずるな。貴様の守ろうとした者たちも直ぐに後を追わせてやる――世界は、今日この日を以て終わりを迎えるのだ! ハハハハハハハッ!!」

 

 ゾークの邪悪な雄叫びが周囲に木霊する。

 

 

 絶望(ゾークの進軍)は止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがてゾークが王宮へと向かって暫く経った後、砂地深くからモグラよろしく身体を出したアクターは小さく零す。

 

「…………喋り過ぎたな。演技とはいえ」

 

 そうして何処か言い訳するような言葉を余所にアクターはゼーマンへと報告を始めた。

 

「ゼーマン、予定通りゾークを王宮へ向かわせた。タイミングは其方に任せる」

 

『お任せを』

 

『おい、神崎。ハサンはダーツとかいうのにかなり苦戦しているようだぞ――詰まらん対戦カードだ』

 

「今、行く」

 

 そして続いた脳裏に響く王宮付近で周囲を見張るトラゴエディアの声に短く返したアクターが歩を進めようとするが、無傷の己の身体に反してボロボロの衣装にピタリと動きを止め――

 

 

「……理解の外だ」

 

 

 アクターの姿を解き、何時も通りのスーツに身を包んだ神崎は変わらぬ作り物の笑顔でハサンの元へと歩を進めた。

 

 

 






神崎の限界――ゾークと殴り合えるが、聖なるぱわぁーが皆無な為、相手の不死性を突破できない。

所詮は同じ穴の狢だからね!(酷)




~闇遊戯の魔物(カー)について~

Q:ファラオの魔物(カー)って《暗黒騎士ガイアロード》なの?

A:原作での言及はありませんが、アニメ版にてファラオ自身が《カオス・ソルジャー》の力を纏っていた為、
原作にて《カオス・ソルジャー》と強い関連性のある《暗黒騎士ガイア》のリメイクカードである《暗黒騎士ガイアロード》を今作でのファラオの魔物(カー)とさせて頂きました。


Q:なら《暗黒騎士ガイア》で良かったんじゃ……

A:室内で馬に乗られるとバトル描写が邪魔臭いんや……(おい)
《暗黒騎士ガイアロード》は打点上昇効果が発動した際に竜に乗るシステムですし(劇場版を見つつ)




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