マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
大邪神ゾーク「なんやコイツ」

闇マリク「姉上様グッジョブ」





第194話 あと一度の奇跡を願う

 

 

 

 王宮に向けて進軍してくるであろう大邪神ゾークを迎え撃つべく、街の前にて大急ぎで戦準備が整えられていく中、闇遊戯も現地で檄を飛ばす。

 

「ハサンが稼いでくれた時間を一秒たりとも無駄にするな!」

 

「ファラオ! マナを乗せた何者かが空より来ます!!」

 

「あれは……《烈風帝ライザー》!?」

 

 だが、そんな中、マハードの声に空を見上げた闇遊戯の元に千年アイテムの捜索に向かっていたマナや兵士たちを両の掌に乗せた《風帝ライザー》よりも一回り巨大で力強さが見える《烈風帝ライザー》がファラオの前に降り立ち膝をつく。

 

「王子ー! 千年アイテムをお持ちしましたー! 見つけたの、この子ですけど!」

 

「千年アイテムを……」

 

 そして《烈風帝ライザー》の掌からマナが飛び降り、抱えた千年アイテムを手渡された闇遊戯は千年パズルを首にかけた後、すぐさま傍に控えていたマハードへと残りの千年アイテムを託す。

 

「助かる! マハード、後は任せた! 皆に千年アイテムを!!」

 

「ハッ、お任せを!」

 

「マハード、千年錠は儂に託してくれまいか」

 

「まさか、シモン様ッ!」

 

 そうしてマハードは千年リングを身に着けつつ、すぐさま他の神官たちに届けようとするも、シモンの覚悟の決まった声に驚愕の声を零すマハード。

 

 そんな光景を余所に闇遊戯は跪く《烈風帝ライザー》に礼を告げようと近づいた。

 

「また助けられ――お前ッ!? ボロボロじゃないか!? 直ぐにアイシスを呼んでやる! お前の主人の方はどうなって――」

 

 だが、当の《烈風帝ライザー》の身体が鎧の至る所が限界を迎えたようにボロボロと崩れていく様子に焦った声を漏らす。

 

「シモン! 治療の手配を急いでくれ!!」

 

「無駄ですぞい」

 

「シモン!」

 

「この魔物(カー)は既にこと切れております。そしてそれが意味することは、主の死……」

 

 シモンの告げる現実を否定するように叫ぶ闇遊戯だが、無情な現実は変わらない。

 

 己の魂に宿る魔物(カー)の死する時、その主の死を意味する。そしてそれは逆も然り。

 

 最後の力で千年アイテムを闇遊戯たちに届け、崩れ落ちた《烈風帝ライザー》の残骸を前に闇遊戯は己が無力を嘆き、顔を俯かせた。

 

「こんなこと……」

 

「顔をお上げください、ファラオ。この魔物(カー)は! 担い手は! 最後まで使命に殉じた誇り高き戦士! 今、ファラオが前を向かねばその覚悟に泥を塗ることになりましょうぞ!」

 

「王子、いえ、ファラオ! アイシスの予知より、ゾークが直に此方に到着するとのことです!!」

 

 シモンの発破をかけるような言に、歯を食いしばる闇遊戯だが、舞い込んだ千年アイテムを神官たちに届け終えたマハードの報告に《烈風帝ライザー》の残骸があった場所を一瞥するも、すぐさま迎撃の最終確認に動き出す。

 

 

 無情に過ぎ去る時は、恩ある相手の死へ祈りを贈る時間すらも許しはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 やがて自分たちの前に立ちはだかったゾークの存在を前に闇遊戯は臆することなく、見上げてみせる。文字通り、最後の決戦の始まり――握りしめた拳にも力が入る。

 

「お前が、大邪神ゾーク・ネクロファデス!!」

 

「然り、我こそは全てを無に帰すものなり」

 

『ククク、遊戯ィ、究極の闇のゲームも此処でゲームエンドさ』

 

 だが、ゾークの内から響いたバクラの声に、闇遊戯はゾークの本体となる意思の根源を理解した。彼こそが全ての元凶なのだと。

 

「貴様……やはりバクラか!」

 

『フフフ、ハハハハハ! 千年アイテムを失い三幻神すら呼べねぇテメェにもはや勝機はねぇ!』

 

「そいつはどうかな?」

 

 そんな中、ある筈のない千年アイテムを身に着けた闇遊戯の姿にバクラも凡その顛末を把握し、舌を打つ。

 

『チッ、アクターのヤツか……成程な。勝ち目もねぇのに必死こいて戦ってると思えば時間稼ぎかよ』

 

「アクター? 何故アイツの名前が出てくる?」

 

『……ぁ? …………ククク、フフフ、ハハハハハハハッ! おいおい、まさかなんにも知らねぇのかよ!! ハハハハハハハッ! こいつは傑作だぜ!』

 

 だが、闇遊戯から零れた不思議そうな言葉にバクラは吹き出すように嗤い声が漏れた。

 

 無謀な勝負を挑み踊り死んだ人物は、最後の最後まで愉快に嗤える相手だったとひたすらに嘲笑を響かせる。

 

「何がおかしい!!」

 

『今の今まで墓守の一族の端くれとして人生賭けて守ってきた相手に こ れ かよ! 報われねぇなぁ! 嗤っちまうぜ! ハハハハハハハッ!』

 

「まさか風帝は……」

 

 嘲笑を掻き消すように叫んだ闇遊戯に告げられたのは、最後まで分からなかったピースを埋める情報。

 

『バトルシティでの時に始まり――いや、もっと前からかもなぁ――そして記憶の世界でも、なんど命を救われたよ! 疑問に思わなかったのか?』

 

 ヒントは至る所にあった筈なのに、見逃し、見過ごし、見殺した愚かなファラオを愉快だとバクラは嗤い尽くす。

 

『あれだけ忠義を貫いたってのに、主が「知らねぇ」とくれば嗤うしかねぇさ!』

 

 風は常に王の元に吹いていた。

 

 バトルシティ予選での時も、闇マリクを阻んだ時も、記憶の世界で柱に潰されそうになった時も、バクラからマハードを救ってくれた時も――いや、闇遊戯が知らぬ時も吹いていたのかもしれない。

 

「アクターの……魔物(カー)

 

『そうさ! アイツは強かったぜぇ――が、俺様には、大邪神ゾークには届かなかった』

 

「アイツは……アクターは、今――」

 

 縋るように零れた闇遊戯に告げられるのは――

 

 

『死んだよ』

 

 

 残酷(愉快)な現実。

 

『不甲斐ねぇ王様の為にテメェの全てを捧げて駆けずりまわって死んじまったのさ! フフフ、憐れな人生だよなぁ』

 

「所詮は羽虫! 潰れて死ぬのがお似合いよ!!」

 

「黙れ!!」

 

 やがて内から響くバクラの声が収まり、ゾークの声が空気を震わせる中、闇遊戯は怒声を上げる。

 

 そしてバクラと闇遊戯たちの中で、現実とは乖離したトンでもないアクター像が形成されて行く中、闇遊戯は天にディアディアンクを掲げ叫んだ。

 

「今、神の力により邪神を倒す! 三幻神の力よ、今ここに!!」

 

 忠臣の死に報いるべく魔力(ヘカ)を滾らせ、千年パズルが輝きを増し――

 

「降臨せよ! オベリスクの巨神兵! オシリスの天空竜! ラーの翼神竜!!」

 

 青き戦神たる巨人と、天空を統べる赤き龍、そして世界を照らす太陽の神たる翼神がゾークの前にファラオの心に応えるように怒りの声を上げた。

 

「ゾーク、お前だけは絶対に許さない!! セト、皆を!!」

 

「ハッ! ――皆の者、聞けぇ!! 敵は強大だ! だが、大邪神ゾークを倒さぬ限り、世界は暗黒に染まり、我らは永遠の闇の呪縛に囚われる!!」

 

 だが、単身で挑む愚行を犯しはせず、集められた国中の魔物(カー)持ちへ鼓舞するような演説を述べるセト。

 

「お前たちの身にも魔物(カー)が宿っている! 共に生きたいと願った者がいるだろう! その想いを胸に力を解放せよ! 神に続けェ!!」

 

 そうしてセトの声と、闇遊戯の闘志に併発され、士気を高めた魔物(カー)持ちから、次々と魔物(カー)が繰り出される中、千年錠を握ったシモンも昔を想いを馳せつつ魔力(ヘカ)を解放。

 

――この老いぼれにまた力を貸してくれるか? 王宮の魔神よ……

 

「石板に封印されし、聖五体を解き放ち、守護の力を与えよ!」

 

 それはあまりに強大過ぎる力ゆえに5体に分けて王都の守護へと封印されたシモンの魔物(カー)

 

「出でよ、我がいにしえの精霊! エクゾディア!!」

 

 やがて大地からせり出した5つの石板より五芒星が描かれ、天に光が昇った後現れるのは、ゾークにすら肉薄する体躯を持つ土色の巨人。

 

 手足に繋がれた鎖を強引に引き千切り、圧倒的な力を見せる古の巨人の姿にカリムやシャダも色めき立つ。

 

「あれは!?」

 

「一夜にして一千の軍勢を倒したという伝説の守護神!」

 

「エクゾディアよ! 闇の大邪神を魂の業火で焼き払え! エクゾード・フレイム!!」

 

 そしてゾークに先手は譲らせんと一番槍に、両の手を突き出し、掌に込められた業火を解き放つエクゾディア。

 

「幻想の魔術師!! 黒・魔・導!!」

 

「ゆくぞ!! デュオス! オーラ・フォース!!」

 

「スピリア!!」

 

「双頭のジャッカル戦士!」

 

「ヘリィマアイ!!」

 

 それに続くように放たれた神官たちの魔物(カー)による渾身の一撃に加え、国中の魔物(カー)持ちも援護の攻撃を放つ中――

 

「行け! オベリスクの巨神兵! 大地の怒りを邪神に叩き込め!」

 

 オベリスクの巨神兵の拳から放たれた青き輝きが、

 

「オシリスの天空竜! 天空の裁きを邪神に知らしめよ!」

 

 オシリスの天空竜から放たれる雷撃が、

 

「ラーの翼神竜! その炎で邪神の闇を払え!」

 

 ラーの翼神竜から放たれる神炎が、

 

「三幻神同時攻撃! ゴッド・ハンド・クラッシャー! サンダーフォース! ゴッド・ブレイズ・キャノン!!」

 

 ゾークを滅殺するべく降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 そんなゾークと三幻神たちの戦いの場から遥か遠方にて、ダーツは身体の砂を払いながらハサンへと賞賛を送る。

 

「フッ、ファラオの守護者も中々どうして手強いな。よもや我がシュノロスが敗れるとは」

 

 ハサンの背後の砂地に横たわるのはオレイカルコス・シュノロスの残骸。

 

 予想を大きく上回ったハサンの猛攻により、己が魔物(カー)を失ったダーツだが、その余裕は崩れない。

 

「だが、そこまでだ――此度の勝負、私に軍配が上がった」

 

 何故なら、己が背後で舌を鳴らす巨大で長大な大蛇の姿こそが、ダーツの魔物(カー)の本当の姿。

 

 オレイカルコス・シュノロスを倒すまでに決して浅くはないダメージを受け、膝をつくハサンは、この大蛇の前に苦戦を強いられていた。

 

「ぐっ……まだ、だ」

 

「だとしても、蛇神ゲーの一撃を受け、限界も近いだろう。」

 

 しかしハサンの闘志は衰えない。ダーツの魔物(カー)の本来の姿、蛇神ゲーを打ち倒し、ゾークとの一戦の援護に向かわねばならないのだから。

 

 そしてダーツの軽口も無視して無茶を推して立つハサンの肩を誰かの手が抑えた。

 

「ではその勝負、私が引き継いでも?」

 

「かん……ざ……き……」

 

 思わぬ来訪者に黄金のマスクの内にて目を見開くハサンを余所にダーツはその瞳に興味の色を見せつつ視線を向けた。

 

 その身から僅かに感じとれるオレイカルコスの力から、ダーツには此度のオレイカルコスソルジャーの運用が神崎によるものだと確信を持つ。

 

「ほう、キミがか――こうして相対するのは初めてだな。三千年後の私が随分世話になったらしい」

 

 しかしダーツから見た神崎は何処にでもいそうな体躯がソコソコ良い会社員といった風貌。顔つきも特徴と言えるのは精々が営業スマイルくらいで、全体的にパッとしない。

 

――見れば見る程に凡庸を絵にかいた男に三千年後の私は敗北したのか? いや、徒人のように振る舞っていると言う線も……

 

 それゆえか、あくまでオレイカルコスソルジャーの様子から状況を推理したに過ぎないダーツには、明確な確信がない為、己の死がいまいち信じられない。

 

 ダーツとて「己が敗北しない」とは言わないが、多くの偉人・英雄・英傑と様々な名立たる存在を見てきた己の眼をしても想定以上に凡百にしか映らない相手に、負ける姿が想像できなかった。

 

――ふむ、他の可能性としては三千年後の私が用意した協力者……という線もあるにはあるが……

 

「キミという個人は私にとっても興味深いところだ」

 

「そうでしょうか? とはいえ、お話もそこそこに勝負の引継ぎの件に移りたいのですが、何かご希望はありますか? デュエルになさいますか? 形式は2 VS 1でしょうか? それとも勝ち抜き戦の方がお好みですか?」

 

 やがて続いたダーツの意味深な発言に対し、取引先から無茶振りをされて困ったように本題を急かす神崎の姿はやはり英雄の資質からは程遠い。

 

 上司の顔色を窺う様な所作を見せられ、芽生えた興味が急速に冷えていく感覚を覚えるダーツ。

 

「せっかちなことだ――キミの好きにするといい」

 

「それは助かります」

 

 そんな短いやり取りを最後にダーツの視界から神崎は文字通り消え失せた。

 

 

 その瞬間、ダーツの結晶で生成されていた己の身体が砕け散り、それと同時に蛇神ゲーの巨躯が砂漠へと拳で叩きつけられ、大きなクレーターが生まれる。

 

 

 やがて砕け散った身体から頭部のみが砂漠に転がったダーツの瞳に映ったのは、クレーターの中で肉塊となり果てた蛇神ゲーの姿。ダーツには何が起こったのか理解が追い付かない。

 

「一体なにを……」

 

「近づいて殴りました」

 

「殴っ……た?」

 

 変わらぬスタンスで告げられた簡潔な説明にも、ダーツの理解へは至らせない。

 

 

 現実のダーツと、三千年前の記憶の世界のダーツ――三千年の空白からなる手持ちの情報の差異が明暗を分けた

 

 記憶の世界のダーツは知らなかった。

 

 己の力で起こした大嵐を泳ぎ切る存在を、鉄塊を抱えて消火活動に跳び回る存在を、戦場を身一つで駆ける存在を。

 

 

 

 彼は知らなかった。

 

 例えるなら「隕石(恐怖の大王)が降ってくるから、デュエルマッスル鍛えて殴り飛ばそうぜ!」な「いや、兵器とか魔法とか使えよ」と言われかねない阿呆な主義を己に科し、

 

 せっせとデュエルマッスルを育ててきた存在を。

 

 

 聡明な彼は知る由もなかった。

 

 賢者からすれば、愚者の行いはいつの世も理解できないものだ。

 

 

 

 やがて混乱の只中にあるダーツの頭部が、神崎の手で持ち上げられつつアイアンクローされる中、ダーツの後頭部に声がかかる。

 

「三千年後の貴方なら、こうも無防備に私の前に立ってくれませんでしたよ。では早々に申し訳ありませんが、この辺りで――」

 

「待――」

 

「――ご機嫌よう」

 

 だが、ダーツがなにか言うよりも早く、最後に残った頭部は神崎の掌の中で砕け、結晶となって散った。

 

 

 

 

 ダーツ、キミの敗因はたった一つだ。

 

 デュエルマッスルの鍛え方が足りなかった。

 

 そんな単純(シンプル)な答えなのだ。

 

 

 

「所詮は記憶の世界の産物――贋作に過ぎないか」

 

――大邪神ゾークを命懸けで封印したであろう名もなきファラオの奮闘を知らないせいか、慢心が凄かったな……

 

 やがて好感度稼ぎと共闘感を出す為にと、ダーツを疲弊させたハサンのお陰で、不意を打って何とかダーツに勝利した感を出す神崎が、それっぽいセリフを零して見せる。

 

 

「き、貴様は……」

 

「これは失礼を、私は神崎 (うつほ)と申します。端的に申せば、あなた方の味方――」

 

「触るな!!」

 

 そうして友好的に握手の姿勢を見せた神崎の手は案の定ハサンに弾かれた。握手ならぬ悪手となったようである。

 

「これは手厳しい。しかし随分と嫌われたようで……ですが、私は貴方の邪魔になるようなことは何一つした覚えがないのですが?」

 

 払われた腕をワザとらしく振って見せる神崎を余所に、ハサンの頭部を覆っていたカーメンマスクが、ダーツとの戦闘での損傷の際に入っていたヒビが広がって行き――

 

「ハサン――いえ、シャーディー」

 

「黙……れ……虚構の心」

 

 黄金のマスクの中から、露わになった顔はシャーディーのもの。

 

 そう、究極の闇のゲームにて闇遊戯が無自覚にマスターアイテムを発動させたことで真の力を解放し、ハサンとなったボバサの正体はシャーディーだったのだ。

 

「死に至る怪我はないとはいえ、その負傷具合ではファラオへ助力に向かうには厳しいものがあるかと」

 

「礼は言おう――だが、私は、私はお前を認める訳にはいない……! その心に秘めた一念を! 認める訳にはいかないのだ……!!」

 

 敵視されることには慣れている神崎が取り合えず労わりの姿勢を見せるが、血を吐くように言葉を放つシャーディー。だが、その瞳には神崎への悪感情は欠片も見当たらなかった。

 

「成程、あの時に私の心を読んだのですね。なれば私の目的を知って何故――」

 

 むしろ罪悪感すら伺わせるシャーディーの表情と瞳、そして「心」との言から、凡その成り行きを把握した神崎は関係修復の為の言葉を探すが――

 

「『遊☆戯☆王デュエルモンスターズ』」

 

 ハサン――いや、シャーディーから告げられた単語に神崎の表情がピタリと固まった。

 

 デュエルモンスターズ界の王者たるデュエルキングを、

 

 (カード)ゲームの王 → 遊戯の王 → 遊戯王 と評することはあるかもしれない。

 

 だが、その二つの単語が並ぶことは決してなく、二つが並ぶ理由は一つしかまず存在しえない。

 

「…………知ったのか」

 

 作り笑顔も忘れて、静かにシャーディーを見やる神崎の視線が全てを物語っていた。

 

 原作知識の漏洩。

 

 心を読まれた段階で、今の神崎を構成する大きなピースであるソレを隠し通せる可能性の方が低いだろう。

 

「貴方には信じ難いお話やもしれませんが――」

 

「……ら……る……か……!!」

 

「全て事実です」

 

 そしてシャーディーの神崎への悪感情なき拒絶の真相を理解した神崎は、どうにか事態の好転を図らんとするが、それは容易くはない。

 

「認められるものか!」

 

 シャーディーはあらんかぎりに叫ぶ。

 

「認められるものか!! お前を! こんな事実を! 認められるものか!!!!」

 

 叫ばずにはいられない。

 

「私の意思が! 行動が! 存在が! そして、この世界すらも!!」

 

 こんな事実を知って、まともではいられない。

 

「フ ィ ク シ ョ ン だ と !!!!」

 

 己が生きる世界が作り物(虚構)の世界など、受け入れられる筈がない。

 

「ふざけるな!!」

 

「あくまで、それらを基盤にした世界でしかない――と私は考えるようにしております。そもそも世界の始まりなど、所詮は導き出した『予想』でしかありませんから」

 

 だが、そうして荒ぶるシャーディーをなだめるように神崎は自論を語るが――

 

「貴方の意思は貴方自身のものであって、その行動もまた――」

 

「黙れ!!」

 

 並べられた神崎の気休め染みた論を、喉を割くような叫びで一蹴するシャーディー。

 

「私は! いや、この世界は! お前を! お前の存在を否定しなければならない!!」

 

 普通に生きている人間が「自分の全ては神様の都合によって決められている」などとは考えたとしても、本当の意味では信じない。

 

 仮に信じ、それを誰かに告げたとして「はいはい、中二病、中二病」と嗤われるか、「黒歴史(右腕)」が疼きながら 微笑ましいものを見るような視線を向けられるか、医者の手配を申し出られるくらいだろう。

 

 だが、今、シャーディーの眼の前には「それを証明する存在」が立っている。

 

 己の心情すらも詳細に示された書物(コミック)映像(アニメーション)・映画・設定資料にファングッズ。なんのジョークだ。

 

 

 全てこの男の妄想に過ぎない――そう嗤ってしまえれば、どれだけ良かっただろう。

 

 

 しかし、「人より高次の意識存在(プラナ)」であるシャーディーが、「上位の存在」を否定すれば、それは「己自身の否定」に他ならない。

 

「お前の存在は世界を歪める! 根源を歪める! 虚構であるべきパンドラの箱!! 私は……私たちは……()()を否定しなければならないんだ……!!」

 

 頬に一筋の雫を落としながら縋るように神崎を否定するシャーディー。

 

 

 シャーディーは神崎の行動自体は否定していない。否定するつもりならとっくの昔に妨害に動いている。むしろ神崎への評価は高い方だ。

 

 とはいえ、墓守の秘をガンガン暴いていく精神性は眉をひそめる部分もなくはないが、「互いの邪魔はしない」方針を固める程には神崎を買っていた。

 

 闇遊戯の成長をキチンと促しつつ、安全性を徹底した手腕は、強い社会的な立場を活かした己には打てぬ良い手だと理解している。

 

 大邪神ゾーク討滅の協力者――の選択肢が浮かぶ程度には、捨て置くには惜しいと考える程度の信用はあった。

 

 

 だが「大邪神ゾークの討滅」という一大作戦に、三千年以上の長きを生き、人間の醜い部分を誰よりも知るシャーディーは軽はずみな行動は出来ない。

 

 ゆえに念の為にと、ダメ押しの意味も込めて千年錠の力を行使するのは自然な成り行きだろう。

 

 

 しかし、それが全ての始まりであり、終わりとなった。

 

 

 得られた情報は、今の神崎を大きく構成する前世の知識――原作知識。まさに彼にとって絶望のつまったパンドラの箱。

 

 

 己の行動は作家が定め、編集を挟み、物語を盛り上げるべく定められた代物である現実。

 

 こんな情報が名もなきファラオに渡れば、どんな影響が出るかなど推し量ることすら出来ない。万が一に世に絶望し、破滅の思想に流れるなんて最悪も十二分にあり得る。

 

 ゆえにシャーディーは断じて闇遊戯を神崎の心中へと近づけさせる訳にはいかなかった

 

「お前をファラオの元へ行かせる訳にはいかない!! 魔術の札(デュエル)にて決着をつけよう!!」

 

「嫌です」

 

「嫌ッ!?」

 

 そしてデュエルディスクを生成して勝負を挑んだシャーディーだが、アッサリと断られた。

 

 まさか断られるとは思っていなかったのか、涙も引っ込み口をパクパクさせて言葉が出てこないシャーディーへ、神崎は笑顔で応対する。

 

「はい、嫌です。貴方と争う理由がありませんので」

 

「何故だ! お前とてファラオの助力に動きたい筈!!」

 

 互いに「闇遊戯を助けたい」との意思は共通しているとシャーディーは信じているゆえにスッと疑問が飛び出るが――

 

「もうやれることは済ませたので、私がこれ以上動く必要はありませんよ――ですので、貴方と戦う理由もない訳です」

 

「だが、それだけでは、お前がファラオの元へ動かぬ確信には――」

 

 あっけらかんと静観を語る相手の姿に、微妙に納得と踏ん切りがつかない様子のシャーディーへ――

 

「でしたら、こうしましょう。私は此処を動かない。貴方はそれを見張る」

 

 神崎は妙案が思いついたと手を叩いた後、順番に己とシャーディーを指さす。

 

「どの道、貴方は戦線に復帰できる状態ではありません――なら、これがベストな選択でしょう?」

 

 神崎の提案は現状維持。

 

 シャーディー側の懸念も神崎側からすれば捨て置けないゆえの決断。

 

 そしてパンドラの箱を開けた(原作知識を知った)シャーディーとて不用意な闇遊戯との接触は、万が一を危惧すれば可能な限り避けたいところ。

 

 更に己の負傷具合からもゾークが相手では弾避けすら熟せるか怪しく、足を引っ張る公算が高い。

 

 それゆえにシャーディーとしても悪くない選択肢のように思えてしまう。

 

「なぁに、後はファラオと皆の力で万事解決ですよ」

 

 やがて決断に悩むシャーディーを余所に、両の手を広げて神崎がニコニコ笑みを浮かべる中、闇模様だった空に青空が広がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三幻神と数多の魔物(カー)の力を結集した攻撃による衝撃がゾークを大地諸共消し飛ばしたことで巨大なクレーターが生じ、そこから砂煙が舞い上がる。

 

 そんな中、ゾークの出現によって闇色の空模様となっていた天が、青空へと戻って行き、太陽の暖かな光を世界に届けていた。

 

 

「やったのか!?」

 

「倒したのか……ゾークを」

 

「我らの神の勝利だ!!」

 

 闇が晴れた空にマハードとセトが確かめるように呟く中、シャダが勝利を喜ばんとするが――

 

「いや……来る!」

 

 闇遊戯の第六感が示したように、大穴からゾークの右腕が伸びた。

 

 そして腕は日食を引き起こし、太陽を黒く染め上げていく。

 

「闇が世界を覆っていく……」

 

「三幻神! 闇がこの地を覆う前にゾークを倒せ!」

 

「エクゾディア! 援護するのじゃ!」

 

 やがてマハードの言う様に空が闇色に再び染められていく中、闇遊戯の命を受け、三幻神が追撃にかかり、シモン操るエクゾディアも攻撃を放つが――

 

「闇を我が手に!」

 

「あぁ、太陽が!?」

 

 それらの攻撃を以てしてでも日食は止められず、空は完全に闇色に包まれた。

 

「無駄だ! 我が闇は今、光よりも強い! 闇よ、三幻神を切り裂け!」

 

 そしてなお続く猛攻の只中で、完全復活を遂げたゾークの全身に闇の波動が迸っていき――

 

「ダーク・フェノメノン!!」

 

 全てを滅し、切り裂く闇の刃が全方位に向けて放たれた。

 

 

 それは拳で迎撃するエクゾディアやオベリスクの巨神兵の身体へと接触した途端に彼らの身体を黒い砂の像に変え、

 

 天を舞うオシリスの天空竜の雷撃やラーの翼神竜の不死鳥の炎ですら止められず、

 

 神官たちや、民の魔物(カー)すらも等しく薙ぎ払った。

 

 

「そんな……」

 

「神が……」

 

「嘘だ!」

 

 自分たちの魔物(カー)だけでなく、三幻神すら敗れた事実に兵たちへと絶望感が伝播していく中、それを煽るようにゾークは高笑う。

 

「ハーハッハッハ! お前たちの神は偶像と化した。希望は今、砕け散ったのだ!!」

 

「だったら何だ!!」

 

「ほう?」

 

 しかし絶望を振り払うかのような闇遊戯の声に、ゾークの嗤い声はピタリと止まる。

 

「希望が砕けたのなら! 俺が新たな希望になる!! 俺は諦めない! この身が滅びようとも、その光は誰かに受け継がれて行き、決して消えることはない!」

 

 そして消えぬ闘志と共に、前に出た闇遊戯の姿に兵たちも恐怖で後退った足を一歩前に出し、応えていく。

 

 受け継がれる闘志に、彼らの心が奮い立つ。

 

 だが、ゾークからすれば彼らの行いは茶番でしかなかった。

 

「フハハハハッ! くだらぬ御託を幾ら並べようとも現実は変わらぬ! 我は無敵! お前たちの神如きで我を倒すことなど不可能なのだ! ハハハッ!」

 

 どれだけ言葉を並べようとも、三幻神は倒れた事実は揺るがない。

 

 ゾークを相手取れる戦力が潰えた事実は変わらない。

 

 絶望的な状況は何一つ変わってなどいないのだ。

 

「クリー」

 

 だが、そんな中で倒れた三幻神から響いた可愛らしい声に、ゾークはピクリと反応を見せる。

 

 やがて全身が黒い砂の像のようになっていた三幻神は身体から黒い砂――いや、毛玉を落としながら立ち上がった。

 

「神が! 神が立ち上がった!!」

 

 そして三幻神の身体から落ちていく毛玉ことクリボーの大群に、その魔物(カー)に覚えのあったマハードは理解の声を漏らす。

 

「おぉ! あの時(バクラとの一戦)魔物(カー)で攻撃を防いだのですね!」

 

 増殖と機雷化の二つの能力でゾークの攻撃が三幻神に届く前に、クリボーを身代わりにした一手に、クリボーがドヤ顔を見せる。

 

「クリリー!」

 

「いや、違う! クリボーが勝手に!」

 

 だが、闇遊戯は顔の前で慌てて手を振っていた。このクリボーは闇遊戯が呼び出したものではないのだと。

 

 そもそも三幻神をフルパワーで運用していた闇遊戯に、他へと割く魔力(ヘカ)の余裕はない。

 

「クリリー!」

 

「誰かいるのか?」

 

 ゆえにクリボーの出処へ疑問を呈する一同を余所に、クリボーの1体が闇遊戯の頬をツンツンと突いた後、指を向けた先からジャリジャリと砂地を踏みしめながら歩み出る影が一つ。

 

 

 

 森の賢人を思わせる大柄な身体で、森の賢人のように力強く砂地を踏みしめ、森の賢人のように彫りの深い顔には王としての使命に燃えた瞳が映り、森の王に相応しき青いマントをはためかせる。

 

 やがて全身を覆う赤き体毛の森の賢人は、己が杖を砂地に突き立てて闇遊戯とゾークの間に立って見せた。

 

 

 その姿は誰がどう見ても――

 

「ゴリ……ラ……?」

 

「何故、ゴリラが此処に?」

 

 ゴリラだった。はかまとマントを纏い、杖を持っていたが、どう見てもゴリラだった。

 

 そんな森の賢人ことゴリラの出現に戸惑う闇遊戯たち、その動揺は兵士たちにも伝わる。唐突なゴリラの登場だ。冷静でいろと言われる方が難しい。

 

「貴様は一体……」

 

――なんだこの既視感は……

 

 そんな、どう見ても完全無欠のゴリラだったが、何故かセトはそのゴリラに見覚えがあった。

 

「あの顔立ち、どこかで見た覚えが……」

 

 そして偶然にもシャダも同じく覚えがある。この圧倒的なまでのゴリラ感は忘れられる訳もない。

 

「我が名は《猿魔王ゼーマン》!! 白き龍の化身たる乙女の願いにより、汝らと共に戦うことを誓おう!!」

 

 やがて名乗りを上げたゴリラこと《猿魔王ゼーマン》ことゼーマンの発言に、セトは目を見開く。

 

「キサラの……?」

 

――ゼーマン? あの商人の名、よもやあの者はゴリ……ではなく、魔物(カー)……だった?

 

 ゴリラの正体を超速看破してみせたセト。あのゴリラ風商人が魔物(カー)であったのなら、キサラへの対応や、王宮内部の問題をピタリと当てて見せた占いにも合点がいく。

 

 魔物(カー)ゆえに人には感じ取れぬ領域を察知しての行動であったのだと。

 

 そんな中、ゴリラエントリー(の乱入)を静かに見守っていたゾークが此処に来て嘲笑を漏らす。

 

「フハハハハハ! 雑魚(ゴリラ)が一人増えたところで焼け石に水よ! そのような有象無象が何千何万といようが、我が力の前には無力!!」

 

 ゾークの言う通り今更ゴリラが一頭二頭増えたところで大局に影響など与えられる訳もない。所詮、ゴリラはゴリラでしかないのだ。

 

「ほう、ではお言葉に甘えて――」

 

 だというのに、ゼーマンは気にした様子もなく、杖を天へと向ければ小さな魔力弾がヒューと飛び、空で小さく爆ぜ、小さな光源となって照らされた光景を合図とするように大地が揺れ動いた。

 

「……地震?」

 

 そうして大地を揺らす数多の影が、空に蠢く数多の影が、ゾークと闇遊戯たちの周囲に集まって行く。

 

 

 

 

 それらへと目を向ければ――

 

 

 

 

 

 青い体躯に赤い翼を持つ鍵爪の悪魔、馬の上半身に魚の半身を持った人魚ならぬ馬魚、蛇の身体に額に女邪神の仮面のある大顔の悪魔、進化の機会が見送られる棘のある芋虫、ハンバーガーの形をした自称戦士、六武衆最強の槍使いの武士、六武衆真の最強たる双剣武者、蒼き瞳を持つ一つ眼ゾンビ、幻想の世界からハブられた斧を持つワニ、石斧を持った猪の獣戦士、首元にバリア発生装置が付いた蛇のように長い身体を持つ機械のドラゴン、全身装甲で覆われた赤き瞳を持つ可能性を示す黒き竜、最終進化した工場長、怒りに燃えるパンダ、スピード重視の灰色のアーマーに身を包んだ過労死戦士、エ〇ペンギン、壺を頭に装着したマッスラー、バスガイドさん、腕が生えたカーテン、バニラニーサン、安全帽を被った猫・兎、最近出所した処刑人、肉球のついた杖を持つ小柄な熊、ヤシの木に擬態した蛇、己を模した巨大ロボに乗った悪魔の研究者、角の生えたシマウマ、害虫の戦士、傘を持った雪だるま、砦を守らない方の赤い翼竜、etcetc――

 

 

 と、一つ一つ紹介するには気が遠くなる程、見渡す一面に膨大な数がうごめく魔物(カー)――いや、精霊たちと言うべきか――が、ゾークへ闘志を漲らせる中、ゼーマンは意気揚々と先程のゾークの言へと言葉を返す。

 

「皆で挑ませて貰おうか」

 

「馬鹿な、これ程の精霊共が一体どこから……」

 

 この記憶の世界の全土を覆いつくさん程の数多の精霊たちの姿に、信じられない感情が込められたゾークが零す中――

 

 

「ファラオよ、手を」

 

「……ああ?」

 

 闇遊戯の元へと向き直り、差し出されたゼーマンの手を闇遊戯は握ろうとするが、そこへシモンが慌てた様子で割り込む。

 

「お待ちください、ファラオ! この者の狙いが分からぬ以上、まずは儂が!」

 

「止せ、シモン! 彼らは俺たちを――」

 

「構いませぬ。王の身を案ずるのは臣下として当然のこと――ではご老体、手を」

 

 やがて得体の知れないゴリラをファラオに近づけさせる訳には行かないシモンの意を汲んだゼーマンが代わりにシモンの手を握れば――

 

「むっ? 魔力(ヘカ)が漲ってくる……!?」

 

 その老体の内に、全盛期もかくやな程の魔力(ヘカ)がゼーマンから流れ込む。

 

「我が同胞の中より戦が不得手な者たちから、託された魔力(ヘカ)でございます」

 

「なんという! これならば――エクゾディア!!」

 

 ゼーマンの言に、シモンが千年錠をかざせば、古の巨人エクゾディアが、負傷した傷を一気に治しながら立ち上がった。

 

「エクゾディアも再び立ち上がったぞ!!」

 

「後はエヴァリーに、この者に任せます。この苦難、皆で乗り切りましょうぞ」

 

 最大戦力の一角の再起に色めき立つ兵の声を余所に、巨大な杖を持つ水色の長髪を二つに分けた竜の尾を持つ白い軽装の法衣を纏う女性、《フォーチュンレディ・エヴァリー》ことエヴァリーが闇遊戯の手を握り、魔力(ヘカ)の授与を行っていく。

 

 それを見届け、マントを翻しながら闇遊戯に背を向け、ゾークと向かい合ったゼーマンの背を闇遊戯が呼び止める中――

 

「待て! お前はどうする気だ!」

 

 

 

 

 

 

 

「無論、戦場へ」

 

 

 

 

 

 ゼーマンが持つ杖の先端から刃が飛び出し、槍となった己が得物を携え、猿魔王は悠然とゾークへと刃先を向けて歩み出る。

 

 

 種族が違えど王の背中がそこにはあった。

 

 






ボクと契約して救世の英雄になってよ!



Q:大量の精霊たちは一体どこから……

A:オレイカルコスソルジャーの腕にはデュエルディスクが付いている。




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