前回のあらすじ
(神崎ごと)邪悪は滅びた!! ヨシ!!
海の如き深い闇の中を一人の青年が沈んでゆく――彼の名はディーヴァ。
量子キューブの力により、その身を暗黒粒子と一体化させられ、滅びをばら撒く厄災の依り代と化してしまった者。
幾ら抗おうとも、身体は己が意思とは関係なく動き、訳の分からぬままに彼の心は深く深くへと沈められていく。
きっと罰なのだろう。仲間の忠告を聞かず、復讐心を捨てることの出来なかった己への罰。
だが、そんな闇の只中に沈むディーヴァへ一筋の光が差し込んだ。
『目…………さい』
声が聞こえる。
『目をお開けなさい』
懐かしき声が。
『ディーヴァ』
暖かな声が。
その声をディーヴァが聞き間違えることなどない。
「シン……様……?」
差し込んだ光が、ディーヴァの身体に活力を取り戻させていく。そしてディーヴァは心のままに光へと手を伸ばした。
「――シン様! 生きて……生きておられたんですね!」
その先にあったのは記憶の中となんら違わない恩人の姿。頭にターバンを巻いている違いはあったが、些細なものである。
だが、伸ばしたディーヴァの手はシン様ことシャーディーに触れることはなく、その手をすり抜けた。
『いいえ、これは「 」が、最後に見せた一場の春夢』
そうして今の己の状態を語って見せたシャーディーが、この奇跡的に生まれた時間を活用せんと口を開くが、身を切るようなディーヴァの声がそれを遮った。
「そんなことはありません! 今、貴方は僕の目の前にいる!」
『聞きなさい、ディーヴァ――私は貴方に謝らねばなりません』
「謝らないでください! 貴方はいつだって正しかった!!」
語るべきことを語り終えたシャーディーが、その瞬間に消えてしまうのではないか、そんな確信めいた予感を否定するようにディーヴァは叫ぶが、現実は変わらない。
やがて、そんな泣きそうな子をあやすようにディーヴァの頭に手を添えたシャーディーの視線が合わされる――そのシャーディーの温もり無き手が、否応なしにディーヴァへ現実を突きつける。
『あの時、私が倒れたことで、貴方たちに過酷な運命を背負わせてしまった。それは変えようのない事実です』
「僕は過酷だとは思っていません! 貴方の教えを継ぐことが辛い筈がない!!」
『もうよいのです――私の懸念は彼のファラオによって既に祓われました』
終わってしまう。終わってしまう。終わってしまう。
この奇跡の時間が、この奇跡の会合が、終わってしまう。
シャーディーが語るべきことをディーヴァに告げ終われば、この奇跡の時間は終わってしまう。
今のディーヴァにあるのは、如何にそれを回避するか。その一点。
『安心なさい。貴方たちを脅かす者は――』
「まだです! まだ千年アイテムを破壊しようとする者が残っています!! アイツは千年アイテムが人間の命で出来ているなんて、虚言で僕たちを惑わせた!!」
ゆえにディーヴァは叫ぶ。まだ倒すべき相手はいるのだと、力を貸してくださいと、この奇跡を引き延ばして見せると、叫ぶ。
シャーディーが「共に行きましょう」と言ってくれるだけで、ディーヴァは何だって出来る。この闇から脱することも、いや、それらを掌握することですら成して見せる。
「…………シン様?」
だが、彼が望んだ言葉は告げられず、己が信じたくなかった現実を否定してくれない。
信じていたのに、「そんな虚言に惑わされてはなりません」と言ってくれると信じていたのに、シャーディーから彼の望む言葉は告げられない。
これでは、まるで――
「嘘……ですよね?」
『いいえ、真実です。古代エジプトにて二度に渡って多くの者が犠牲になりました』
縋るようなディーヴァの声に、シャーディーは静かに語り始めた。それはシャーディーがファラオの守護者「ハサン」として駆けた3000年前の日々の記憶。
『一度目は国難を払う為に一人の神官の主導の元、七つの千年アイテムが盗賊たちの命を贄に生み出され』
一度目は、神官アクナディンが、侵略者から国を守る為にその手を血に染めた。生み出された7つの千年アイテムは神官たちの手に渡り、国の宝として扱われる道を辿る。
『二度目は我が子を王位に押し上げんとする我欲に囚われた一人の神官によって二つの千年アイテムが生み出されました』
二度目は、神官アクナディンが道を踏み外し、闇の大神官となって「セトを王位につける」という私欲を満たす為に、再び惨劇は繰り返された。
『その二つが、光のピラミッドと、量子キューブ――私は量子キューブを所持していた者を倒し、三千年の間、可能な限り浄化を施し続けたのです』
生み出された2つの内の1つ――「光のピラミッド」は、闇の大神官アクナディンが「己が敗れた時の保険」として、彼の忠臣であったアヌビスごと固く封じられ、三千年の時を越えることとなる。
もう一方こと「量子キューブ」は、企みに気付いたハサンことシャーディーの手によって奪取され、闇の大神官アクナディンの企みに利用されることはなかった。
やがて史実では――
復活した大邪神ゾーク・ネクロファデスと、それに従う闇の大神官アクナディン、
ファラオであるアテムを筆頭にした神官団、
そして愛する者を失った悲劇ゆえに己が道を進むと誓った神官セトが率いる者たち、
この三陣営による三つ巴の戦いとなるも、アテムが命を賭して大邪神ゾーク・ネクロファデスを封じたことで、一先ずの終息を見せるが、今は割愛させて貰おう。
『三千年前に封じることしか出来なかった大邪神ゾーク・ネクロファデスを今度こそ祓う為に――と。ですが、その目的は既に果たされたのです』
「嘘だ……嘘だ、嘘だ! 嘘だ!! アイツが正しい訳がない! だって、アイツは欲深き者で! 嘘に塗れ、虚を重ねる――」
『私も彼の在り方に思う所はあります』
そうして、千年アイテムの出自並びに製造法、辿る歴史に至るまで説明を終えたシャーディーだが、ディーヴァには受け入れられない。神崎の言を、在り方を信じることが出来ない。
とはいえ、そこはシャーディーも強く否定できない部分だった。
正直な話、シャーディーから見ても神崎のやり口は些か以上にアレである。「勝てば良いんだよ」とまでは行かないが、「あのさぁ」と言いたくなる程度にアレである。
仮に全容を把握できようものなら、もっと頭を痛めることだろう。だが、それでも――
『ですが、あの者もあの者なりに戦う道を選んだのです』
その全てを否定する気は毛頭なかった。
『恐れと戦う道を』
そうして己の叫びを遮るように告げられたシャーディーの言葉に、ディーヴァは復唱するように小さく呟く。
「恐れを……」
ディーヴァの脳裏にかつてシャーディーより教わった言葉が思い起こされる――「恐れが争いを生む」と。
『失ったものは決して戻りません。そこから目を背け、その恐れに囚われれば、己が掌にあるものすら取り零すことになる』
「シン……様……」
やがてディーヴァたちにとって「失ったもの」であるシャーディーの言葉に、「己が掌にあるもの」ことセラを含めた仲間たちの顔がディーヴァの脳裏を過った。
『このような結末を辿らぬよう、記憶の世界にて戻った私に残されていた最後の力を《アンクリボー》に託したのですが……力及ばぬ結果を辿ってしまったようですね』
そして彼なりに、ギリギリのラインで手を尽くしたものの、力不足の結果に終わったことを嘆くシャーディー。
彼が《アンクリボー》に託した力は別のことに消費されてしまった後だったゆえに、ディーヴァたちと対峙した際には「カードという形」の「抜け殻」としか既に残っていなかったゆえの悲劇。
そうして明かされた、シャーディーの献身にディーヴァは頭を殴られたような感覚に陥る。
シャーディーからの教えを忘れ、己を案じてくれた仲間の忠告を無視し、身勝手な復讐心のままに動いていた己に「何をやっていたのか」と、不甲斐なさが募る。
「シン様……僕は……!」
「クリリー」
『どうやら、時が来たようですね』
悔やむ心のままにディーヴァは懺悔するように叫ぶ――前に、その視界の端に浮かぶに天使の羽が生えた毛玉が、奇跡の時間の終わりを告げた。
やがてシャーディーの姿が光に包まれた後、粒子状に崩れるように少しずつ消え始める。
「――ま、待って! 待ってください、シン様! 僕を! 僕を置いていかないで!!」
そうして突きつけられる別れの宣告に、思わず縋りつくような言葉を飛ばす。シャーディーの教えを思い出したとはいえ、別れの辛さが消えた訳ではない。
しかし、そんな迷いの残るディーヴァへシャーディーは向かうべき先を示し、告げる。
『いいえ、貴方たちは進むのです』
「シン様!!」
『さぁ、お行きなさい、貴方たちに相応しき次元――いえ……居場所へと』
そして《ハネクリボー》に連れられ、還るべき場所へと還るシャーディーの身体は光の粒子となって消えていく。
ディーヴァが幾ら涙を流し、叫ぼうとも、奇跡の時間はこれにてお終い。既に使命を終えたシャーディーに出来ることはもはやない。ゆえに――
『ディーヴァ』
最後に優しくその名を呼んだ。
「……シン……様……」
「兄さん!!」
「ディーヴァ!!」
地下神殿の冷たい石畳にて横たわるディーヴァから零れた呟きにセラとマニの心配気な声が木霊する。
やがてゆっくりと瞳を開いたディーヴァの視界にシャーディーはおらず、嬉し涙を流す仲間たちの姿が映った。
「セ……ラ……? マニ、みんな……うぅ、僕は……」
身体に残る倦怠感を余所に起き上がろうとするディーヴァには今の状況がいまいち把握できていない。
「今はそんなことを気にする必要はない――ディーヴァ、身体に問題はないか?」
「大丈……夫だ……一体なにが……」
「詳しいことは何も。ただ、兄さんの乱れたプラナーズマインドに呼応するように量子キューブが……」
そんな彼を、マニを含めた仲間たちが労わるが、セラが語るようにプラナ側も正確に把握できている訳ではなかった。
だが此処で、そうした彼らの中を割って入るように天井に浮かぶ地上絵を消しながら、歩を進めた人物が、ディーヴァを頭上から覗き込む。
「どうせ、千年アイテムの気まぐれだろうよ――コイツはこっちで預からせて貰う。貴様のようなガキが持つには過ぎたオモチャだ」
そうして件の相手――トラゴエディアは、ディーヴァの近くに転がっていた量子キューブを片手に立ち去ろうとするが――
「シン様から頂い……た量子キューブを……」
「ククク、恩を仇で返すのがシャーディーの教えか?」
「……お……ん?」
咄嗟に手を伸ばしたディーヴァの発言に、トラゴエディアは足を止めず、いつぞや告げた言葉を投げかける。
だが、告げられた言葉に対し、未だ夢心地なのか曖昧な返事を漏らすディーヴァへ、セラが己の知る限りの情報を語った。
「変異した兄さんの暗黒方界をあの人が奪って、《ハネクリボー》にぶつけたんです」
「あれでもマァトの羽と同種のカーだ。復讐心に囚われた貴様のチンケな邪念を祓う程度は出来てもおかしくはないだろうさ」
「やつ……が……?」
「彼は、次元領域デュエルで……」
トラゴエディアの注釈を余所に、神崎の姿を探すディーヴァだが、セラが僅かに視線を向けた後に目を伏せる。
その視線の先には、トラゴエディアが足を止めた場にて倒れたまま動かぬボロボロになったスーツ姿の男が映った。
「おい、とっとと起きろ」
そしてプラナたちの注目を一身に浴びるトラゴエディアは、倒れた神崎を乱雑に蹴り上げた。グキッと鈍い音がトラゴエディアのつま先から鳴る。
「おやめなさい! 死者を足蹴にするなど!!」
「オレがまだこうして存在できている以上、お迎えは先だ――しぶとさは折り紙付きだからな」
慈悲もない行いを咎めるセラの怒声など、聞く気もないとばかりにつま先の痛みに耐えるトラゴエディアは、何食わぬ顔で共犯者の生存を語って見せた。
その表情に嘘偽りが見えぬ姿が、セラの瞳に未知への恐怖となって宿る。
「貴方たちは一体……」
「貴様らの言っていた通りさ――欲に塗れた救いようのないクズだ。オレも……コイツ自身も『そう』思っているんだろうよ」
思わず零れたセラの言葉に返るトラゴエディアは自分たちの有様をあっけらかんに語って見せる。それ以上でも以下でもないのだと。
やがてプラナたちから困惑に満ちた視線を一身に受けるトラゴエディアを余所に――
「喋り過ぎですよ、トラゴエディア」
声が響く。
「随分と無茶をしたもんだな」
「そんなつもりはありませんよ。勝算ありきでしたから」
その声の主は、服の埃を払いながら立ち上がった橙色の液体の入った筒を首筋に突き刺す神崎の姿。
己が身を賭して――な具合の特攻をした神崎だが、何も死ぬつもりは毛頭なかった。
「クリムゾン・ノヴァの攻撃が私の
暗黒次元領域デュエルの原因と思しき《暗黒方界神クリムゾン・ノヴァ》の攻撃で神崎の肉体を破壊できなかった以上、「己が死ぬ可能性は低い」と判断したのである。
闇のゲームではなく「次元領域デュエル」であることが幸いした結果だった。
「クク、その『ザマ』も計算通りか?」
とはいえ、ボロボロになったスーツ、首筋に何本も突き刺さった針のついた筒の中で揺れる橙色の液体、血と埃に汚れた身体――神崎の状態はトラゴエディアが揶揄するように無傷とは言い難い。
見るも無残とは、このことか。
「そうなりますね」
――生憎、『こう』でもしないと碌に動けないんだよな……
やがて中身の空になった注射器のような筒を首から引き抜いた神崎は、トラゴエディアが持つ量子キューブも含め、地面に転がっていた千年アイテムを集め――
「では、プラナの皆さん。どうぞ此方をお納めください」
プラナたちが集まる只中にいたマニに向けて差し出した。
「相変わらず、貴様はよく分からんことをする」
終始困惑気味な表情を見せるプラナたちの声を代弁するようなトラゴエディアの言葉が響く。だが、神崎からすれば当然の行為だった。
「これらは、デュエルの勝者である彼らが得る――当然でしょう?」
デュエルの結果に従う――それが遊戯王ワールドの真理なのだと。
「だが、最後の攻撃が通っていれば貴様の勝ちだった筈だ。そして通す術もあった」
「いいえ、そもそも前のターンにセラさんが速攻魔法《エネミー・コントローラー》を不要なタイミングで発動したこともありますし、あの攻撃は本来通らないものです」
しかし「勝てた勝負」と語るトラゴエディアの言を神崎は否定する。
セラが速攻魔法《エネミー・コントローラー》で「クリボー」のいずれかを守備表示にしていれば次元領域デュエルのルールにより守備力分の200のダメージを受け、己は負けていたのだ、と。
「ですから、あのデュエルが私の負けで終わる結末は避けられませんでした」
「そんなものは『仮定の話』だ。実際にあのガキは下手なタイミングでカードを発動し、妨害手段の尽きた奴らを仕留める算段は整っていた。それに――」
だが、トラゴエディアは吐き捨てるように語る。そう、先のデュエルでは「見過ごせぬ動き」があった。
「そもそも速攻魔法《機雷化》をあのふざけたタイミングで発動した貴様が『不要なタイミング』を語るのか?」
それが速攻魔法《機雷化》により《方界超獣バスター・ガンダイル》を破壊した一幕。
あの場面は、本来ならば守備力0を晒していた《方界超獣バスター・ガンダイル》を《クリボー》で戦闘破壊するべき場面だった。そうすれば速攻魔法《機雷化》を温存できた。
そうして破壊効果を別のタイミングで使用していれば、後の流れは大きく変わっていたことだろう。
癖の強い「クリボーデッキ」を扱い続けた男が「そんなこと」を見落とすなどと、トラゴエディアも思ってはいない。
「彼らを殺してでも勝ちをもぎ取れば良かった、と?」
しかし、神崎から返って来た思わぬ返答をトラゴエディアは鼻で嗤う。
「命を狙って来たんだ。返り討ちに殺されても文句は言えんだろうよ」
「『人を殺すこと』は、いけないことですよ」
「どの口が言うのやら――まぁ、貴様のシナリオに文句は言わんさ。オレも今まで愉しんだ身だ」
そして続いた神崎の返答に呆れたように鼻白んだ後、諦めたように肩をすくめた。今迄の神崎の行動を限定的であれど知る身としては、失笑を漏らしたくもなる。
「――と、そういうことですので、この千年アイテムはどうぞお納めください」
やがて先のやり取りなどなかったように千年アイテムを差し出す神崎は語る。
「此方が『千年アイテムの破壊』を諦めた以上、我々に争う理由はない筈です。それとも私を『低次元』とやらに送りますか?」
プラナたちが「シャーディーの仲間」と判明した段階で、神崎には争う気は皆無である。ゆえに完全降伏スタイルだ。
そもそも神崎が「千年アイテムを破壊する」などとプラナたちのタブーに触れなければ、ぶつかることもなかった為、結果的に「喧嘩を売ってしまった」立場である神崎の腰はいつも以上に低い。
――恐らくだが、利己的な理由で力を行使すれば、彼らの言うところの理想郷には至れなくなる筈……とはいえ、セーフティラインが何処までか分からない以上、過信は出来ないが。
「どうしました? 受け取られないのですか?」
「マニ……」
「此方としても、安全に封じる方法が他にあるのであれば、あなた方に託しても何ら問題はありません」
そうして打算も含んだ神崎の行動を前に、動けぬマニをセラが心配するような視線で見つめるが――
「受け取らないというのであれば、此方で破壊することになるので、どうぞ気にせず受け取って頂きたい」
「私に、シン様の教――」
「シン様ではなく、
逃げ道を塞ぐような神崎の物言いに言葉を詰まらせたマニは、暫しの逡巡の後に零す。
「…………何故だ」
「というと?」
「我らはキミを低次元に送ろうとした……だというのにディーヴァのことを含めて、何故……我らをこうも助ける」
マニには理解できなかった。理由はどうあれ殺しに来た相手の命を助け、更にはその望みを対価もなしに叶えようとしている相手の姿が、唯々不気味だった。
着ていたスーツもボロボロになり、身体も血と埃に汚れ、それでも変わらず貼りついた笑顔で友好的に振る舞う眼の前の男がマニには不気味で仕方がなかった。
――『低次元』と言われても、十二次元のいずれかであろう以外は疑問符しか浮かばないが……そういう話ではないんだろうな。
とはいえ、当人の現状の把握具合はお粗末なものだったが。
一応注釈しておけば、「精霊界」という別次元への移動手段を神崎が確立している以上、「低次元」という「別の次元」からでも恐らく普通に移動できる為、神崎からすれば、そもそも「意味のない行為」である
懸念があるとすれば「低次元」の正確な座標が分からないくらいか。
その為、マニたちが深刻に考える程、神崎は彼らを「脅威として認識していない」――ゆえの友好的スタンス。
それでもマニの不安を感じ取ってか、神崎は儀礼的に芝居がかった仕草で礼をする。
「あなた方と敵対するより、友好的な関係を築く方が旨味が大きいと考えただけです――欲深き者なので」
そうして最後に分かり易い茶目っけを見せて警戒心を下げようと苦心しつつ、顔を上げた神崎にマニは――
「…………受け取れない」
「マニ?」
顔を伏せた。ディーヴァから思わず疑問めいた声が零れるが、それを脇に置きマニは語る。
「私には受け取れない。私は量子キューブに、千年アイテムに疑心を持ってしまった……ゆえに、受け取れない……」
マニは今までのように量子キューブを含めた千年アイテムを妄信することが叶わなくなっていた。
人間を材料としていることもそうだが、何より仲間のディーヴァが異形の化け物に変貌してしまった部分が大きい。
人の手に余る代物――平たく言えば、そんな認識。
そうして商談に失敗した神崎はならば、と――
「では、ディーヴァくん、ど――」
「――ッ! ぁ……」
ディーヴァに千年アイテムを差し出そうとするが、神崎が一歩踏み出した段階で、ディーヴァは立ち上がらぬまま即座に後退った。その瞳には量子キューブへの恐怖が見える。
「これは失礼。『近づくな』との言を忘れていました。此処に置いておきますね」
そしてデュエル前の執着は何処へ行ったのだと、プラナたちの掌返しに困惑する神崎は一旦、千年アイテムを石畳に綺麗に並べていくが――
「いいえ、わたしたちは受け取りません――構いませんね?」
セラから告げられた強い意志の見える言葉に、神崎の動きはピタリと止まる。もはや、彼には何が正解なのか分からない。
「兄さんも」
「…………ぁ、ぁぁ」
「その場合、此方は千年アイテムの破壊を決行しますが、問題ありませんか?」
やがてディーヴァの同意を若干強引に得つつ、仲間の納得を得たセラに、神崎は最終確認するように問いかける。
プラナが管理しない以上、これは譲れぬラインだった。後、これ以上、揉めない為に言質が欲しかった。
「では一つだけ」
「一つとは言わず、幾らでもどうぞ」
そうして指を一つ立ててながらセラが出した条件は――
「その破壊の現場に同席させてください」
「構いませんよ。では早速、準備に取り掛からせて頂きます」
アッサリと通り、神崎は一礼した後に千年アイテムを再度回収し、儀式場の準備に取り掛かった。
かくして神崎が、千年アイテムの破壊を成す為の儀式の準備に移る中、マニはおずおずとセラに確かめるように問う。
「セラ……これで良かったのか?」
「分かりません…………ですが、シン様のいない今、わたしたちが千年アイテムを扱うことは、荷が重いことも事実です」
しかしセラの言う様に他に道がないことも事実だった。
千年アイテムはおろか量子キューブの使い方でさえ、正確に把握していない彼らが使い続けようものなら、再び此度のディーヴァの異形化のようなことを引き起こしかねない。
「兄さんが『ああ』なった原因も分からない以上、他の者の手に渡らぬようにするのが最善……だと思います」
「セラ……済まない、僕が身勝手な復讐心に囚われたばかりに……」
「ううん、いいの、兄さん。わたしたちの額にプラナの証はまだ残ってる」
やがて元の優しい兄に戻ったディーヴァの手を握ったセラは、自分たちなりに導きだした最善を信じ、瞳を閉じる。
「わたしたちの次元で、静かに次元シフトの時を待ちましょう」
彼らは、ようやく己の意思で歩み始めたのだ。
やがて地面に並べられた7つの千年アイテム、光のピラミッド、量子キューブ――そして地面に幾重にも重ね書きされた摩訶不思議な文様の数々を含めた儀式場。
「最後にもう一度問うておきます――構いませんね?」
最後に確認するように問うた神崎の言葉に、セラは小さく頷いた。
そして雫のように落とされたデュエルエナジーが摩訶不思議な文様の上を奔り、輝きを放つ中で、七つの千年アイテム、量子キューブ、光のピラミッドがその光の中に呑まれて行く。
その輪郭を曖昧にさせていく、古代の叡知によって生み出された黄金の輝きは、泡のように崩れ、空へと昇り――
「オレのようなクズ共の命を押し固めた割には存外、綺麗に散るもんだ」
そうして、そんなトラゴエディアの呟きを最後に、古代三千年前の因縁深き宝物は、もたらされた恩恵・災厄を感じさせぬようにアッサリと霧が晴れるようにこの世界から消失した。
「さて、これで私の要件は済みましたが、皆様はどうなされるのですか?」
かくしてプラナたちを取り巻く一件も幕を閉じ、今後ぶつからない為にも彼らの今後を神崎は問うも――
「…………わたしたちの次元世界にて、自身のプラナーズマインドに向き合いながら、次元シフトの時を待つことにします」
「さしずめ、『プラナ次元』と言ったところですか……分かりました。万が一、現代科学が其方の次元に届きうる可能性が出た場合は手出しさせないように、手を尽くしてみます」
語られたセラの話に、神崎は不干渉を約束する。「次元シフト」もあくまで「プラナたちの中で完結する」のであれば、無理に介入する理由もない。
「ご配慮感謝します。そして此度は兄を、ディーヴァを助けて頂き、ありがとうございます。ですが、わたしたちには、礼として払える対価が――」
「いえ、お気になさらずに――あなた方から『量子キューブ』を頂いたようなものですから」
やがて諸々の無礼を詫びるセラだが、神崎は気にしていないと返す。「千年アイテムの破壊」が叶い後続の憂いを断てただけで十分だった。
シャーディーという親代わりを失った彼らから、これ以上のなにかを求めようなどと神崎に出来よう筈がない。
「私からも重ねて感謝を。しかし一会社に勤める身で次元干渉を制することが可能なのか?」
「断言はできません。あくまで『手を尽くす』だけですので」
そうして再度感謝を告げつつマニは疑問を呈するが、返って来た言葉にその表情をピクリと固めた。
「どちらに転んでも其方に問題はない訳か……」
「欲深き者ですから」
こうしてプラナたちは、己が次元へと帰っていく。次元シフトの時がいつになるかはさておき、彼らの中で燻っていた復讐心が晴れたことは僥倖であろう。
今日、彼らは本当の意味で一丸となれたのだ。
プラナたちが去った後、先のデュエルで荒れた地下神殿をもう一度ばかり修繕・掃除を終えた神崎は、綺麗になった地下神殿に達成感を覚えながら息を吐く。
「ふぅ、これで後続の憂いを完全に断てた訳ですが……トラゴエディア、貴方には――」
――アカデミアの設立には海馬社長主導で関われない以上、藤原の両親の死亡さえ防いでおけば、学力・実力の問題はさておき、アムナエルがアカデミアに潜り込むタイミングで介入すれば良いか。
そして今後――所謂、次の原作シリーズであるGXの舞台である「デュエルアカデミア」設立の現段階での己が取るべきスタンスに思考を巡らせる神崎は、一先ずの考えを纏め――
「一先ずはアヌビスの代役で『世界を巡って貰う』ことになるかと。偶に顔を出す以外は、基本自由ですので、各地の観光でもして頂ければ」
地下神殿の入り口で修繕・清掃が終わる時を退屈そうに待っていたトラゴエディアへ願いでる。
それは「その手のオカルトの気配」に目鼻の利くトラゴエディアへ影武者ついでに最終確認の意味も込めた調査の要請。
――流石に、また私の知らない劇場版と思しき事件はない…………筈。初代推しを延々と続ける訳にもいかないだろうし。
此度のプラナたちのような規模の大きい事件は流石にないと神崎は考えるが、それでもイレギュラーを体感した身としては、万が一の可能性を無視できなかった。
だが、此処で神崎は違和感を覚える。
「トラゴエディア?」
常日頃から退屈を嫌うトラゴエディアが何の反応も見せない。
トラゴエディアは良くも悪くも己の欲に忠実だ。気に入れば「是」を返し、気に入らなければ「否」を返す。それは命を握られていようとも関係はない。ゆえに「無反応」はあり得ぬことであった。
彼にとっては、その己の指針こそが何よりも重要ゆえに。
「フフふフ、ハハは……クックッく、どうやら『時』というヤツが来たようだ」
そして声の主へと視線を向けた神崎の瞳に映ったのは、身体中にヒビが入り始めたトラゴエディアが嗤う姿。
「まさかアレがオレの未練だったとはな」
そうして己を嗤うトラゴエディアに、神崎は現状を悟る。
――そう……か。恐らく、千年アイテムにされた同胞の解放が、ダークシグナーとしての未練だった。
「あんなクズ共でも、オレにとっては存外、大切な奴らだったらしい」
やがて自嘲気にクツクツと笑みを零すトラゴエディアの言を神崎は否定する。
「そうでしょうか? 貴方は自分で思っている程、冷たい人間ではないと私は思いますよ」
「オレが、か?」
「潜入していたゆえに難を逃れたのなら、そのまま雲隠れすることだって出来た筈です」
思わぬ言葉に馬鹿馬鹿しいと一笑に付そうとするトラゴエディアへ神崎は語る。
原作知識ゆえに知りうることだが、トラゴエディアは常に同胞の為に動いていた。
普通に考えれば、たった1人で、国家を相手取るなど無謀の極みでしかない。
復讐対象が「王の殺害」ならば、まだ可能性はあるやもしれないが、「千年アイテム」に関わる者となれば、ファラオと全ての神官を相手取ることになるのは明白だ。
その無謀さが分からぬ程にトラゴエディアは阿呆ではない。
「ですが、貴方は仲間の仇を取ることに決めた」
だが、それでもトラゴエディアは復讐を敢行した。
「数千年もの気が狂いかねない程の期間封じられても、己の愉しみを優先すると言いつつも、決して復讐は止めなかった」
それは己の心臓を奪われ、封印されようとも、
不完全ながら復活を果たし、国含めた神官たちが滅んだ後でも、
復讐を止めれば、悠々自適に暮らせる状況であっても、
彼は復讐を止めることは決してなかった。
これを友愛と呼ばずして何と呼ぶ。
「貴方は私などより仲間想いな優しい方ですよ」
同胞の無念を晴らす為に足掻き続けたトラゴエディアに対し、その大切な者へ背を向け見捨てた神崎。
どちらが「仲間想いか?」と問われれば、返す言葉は一つだろう。
「クくク、ハハは!! 優シい? オレが? ハはハ、馬鹿を言うな!」
「誰にだって、大切ななにかの一つや二つはあるものです」
質の悪いジョークだとゲラゲラと嗤うトラゴエディアだが、どれ程までに救えない悪党であっても、「誰かを大切に思う気持ち」までもが皆無な訳ではない。
そう語る神崎の姿に、トラゴエディアは根負けしたようにため息を吐く。
「そうか……そうなのかもしれんな」
やがて懐から己のデッキケースを取り出し、神崎へと放り投げた。
「オレ……いや、かつてはオレだったものだ――くれてやる」
そうして地面に転がったデッキケースの一番上のカードには、彼も良く知る蜘蛛のような異形の悪魔の姿が見える。更に――
「此方のカードは?」
「そっちは知らん。あの究極の闇のゲームとやらが終わった後に、オレのデッキに混じっていた。フフッ、存外ゲームクリアの特典かもしれんな」
――
見慣れぬカードの存在に、双方がそれぞれの予想を並べるが、どちらの論も証明できぬ以上、あまり意味はない。
「あア、そろソろ限界のようダ……最後ってのは、どウにも慣れン……」
やがてトラゴエディアの身体がボロボロと崩れ始めていき、限界が近いことは明白。だが、その表情は不思議な程に穏やかだった。
今の彼には未練はない。後悔もない。
「オレのようなクズには……少しばかり上等過ぎる最後だ」
そう、らしからぬ感情を抱いてしまう感覚に、トラゴエディアは包まれていた。
「なぁ、神崎」
「なんでしょうか?」
ゆえに口が緩んだ。
「もう、いいんじゃないか?」
思わずといった具合に零れたトラゴエディアの言だが、対する神崎はいつもの笑顔を浮かべたまま黙し、返答はしない。
そうして暫し互いの視線が交錯する中――
「……相変わらず頑固な奴だ」
諦めるように息を吐いたトラゴエディアは、小さく笑みを浮かべ――
「ありがとうよ」
そんな短い言葉と共に、その身体は完全に崩れて消えた。
やがて先程までトラゴエディアがいた場所を呆けたように眺めていた神崎だが、内ポケットから響く着信音に意識を引き戻す。
そして懐から取り出した携帯電話を片手に、地下神殿の出口へと歩を進めた。
――着信が凄いことになっているんですけど……闇のゲーム空間では電波通らないんだな……
「はい、神崎で――これはモクバ様、此度は連絡が遅れてし―――書面でお伝えしたようにトラブルに巻き――いえ、あのですね――はい、今から戻りますので――――」
受話器越しに聞こえる心配そうなモクバからの声に、いつものように己を見せず対応する神崎は、通信を終えた後に携帯電話を懐に戻そうとしてピタリと固まる。
「……戻る前に、まずはスーツ一式を新調しないと」
なにせ、彼が来ていたスーツは酷くボロボロで、至る所にポケットが増産されていた有様。
このままKCに戻れば、いらぬ追及を受けかねない。ゆえに、帰路の予定を修正しつつ地下神殿の出口にて、見納めとばかりに振り返った後、神崎は先を急いだ。
「…………何も言えなかったな」
利用していた身で、何を告げるというのか。
トラゴエディア、死亡(成仏)
これにて「闘いの儀編」――完結になります<(_ _)>
DM編も残すところ「DSOD編」のみとなりましたが、藍神の問題が既にクリアされているので、サクッと終わるかと。
そして「DM完結後のIF話」のアンケートもこれにて締め切りとさせて頂きます。
多くのお声を頂き、感謝の気持ちでいっぱいです。
Q:量子キューブを生み出したのってアクナディンなの?
A:千年アイテムの製造方法を熟知しているのが彼しかいない為、ほぼ確実かと。
光のピラミッドの前例もありますし
(原作では明言されていないので、あくまで「今作では」になりますが)
Q:《アンクリボー》ってシャーディーの仕込みだったの!?
A:頭に千年錠(っぽいもの)がついている
流石にシャーディーが何一つ手立てを打っていないのは不自然だったので、今作のオリジナル仕込み(設定)になります。
Q:結局プラナたちを集めたシャーディーの目的って何?
A:原作の劇中の様子を見るに詳細は不明。
原作の真意を読み取れぬ不甲斐ない作者で済まねぇ……
一応、作者の一個人の推察では――
恐らく「大邪神ゾーク・ネクロファデスをアテムたちが倒せなかった場合」の「保険」なのかと。
完全復活して現実世界に現れた大邪神ゾークを、ディーヴァたちのプラナーズマインドを用いて別次元に幽閉する――サブプランみたいな感じ……かな? 多分(頭から煙)
仮にゾークの幽閉に失敗しても、地球上の人間を高次の次元に避難させられますし(なお選民される)
そしてアテムたちがゾークを倒せた場合は、プラナの力で人類の発展が可能でしょうし(なお本編)