マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
フフフ、ハハハハ! ワハハハハハ! アーハッハッハッハッハ!!







第209話 再会

 

 

「ククク、フフフ、ハハハハハ! アーハッハッハッハ!!」

 

 海馬の勝利に終わったデュエル。その勝利の祝杯のように天まで届きそうな高笑いを上げる海馬。

 

 

 やがて、遊戯と海馬の間に佇んでいたオベリスクの如き塔の天頂にて歪なスパークが迸り、天井に黒い穴を形成し始めた。

 

「全ての準備は整った!!」

 

 両の手を広げ、神の降臨を迎える狂信者の如き様相を見せる海馬の声に呼応するように、壁一面に広がるオレンジ色の物体――超高純度のデュエルエナジーが解放され、地面に敷かれた幾何学模様の上を奔り、海馬と遊戯一同を円の内へと閉じ込めるように陣を描く。

 

遊戯(アテム)と所縁ある人物の意識領域と、指向性を持った膨大なエネルギーにより、今ここに! 冥界(地獄)の門が開く!!」

 

 そう、今、冥界の扉が再び開かれる。

 

 

 たった一人のデュエリストとの会合の為に、禁忌の扉はこじ開けられた。

 

 

「アテム、ゴメン……ボクは……ボクは……!!」

 

 膝をつく遊戯が後悔と不甲斐なさが交じり合った声と共に拳を悔し気に地面に叩きつけたが、現実は何も変わらない。

 

 

 

 やがて天井地点に空いた大穴から、黒い煙のような瘴気染みたものが零れ始めるが、それらは地面に輝くデュエルエナジーによって床から生じた透明な壁に阻まれたことで分解され、広がる様子は見えない。

 

 

 そんな超常現象を前に、ようやく思考が再起動した本田が不安気な叫びを上げる。

 

「なんだよ、これ……大丈夫なのか、これ!?」

 

「みんな見て!? 天井の黒い影から何か――――嘘……」

 

「海馬ァ! 俺とデュエルしろ!! 俺が勝ったら、コレ止めろ!!」

 

「城之内くん、流石に間に合わないと思うよ?」

 

 空に広がる大穴を指さす杏子、デュエルディスクを手に海馬へ挑む城之内、相変わらずマイペースな獏良。

 

 

 それら三者三様の反応を余所に、海馬は天より地上に降り立つ王を求めるように天へと手をかざす。

 

 

「さぁ、遊戯(アテム)!! 我が前に降り立つがいい!!」

 

 

 その瞬間、周囲のデュエルエナジーが黄金に輝いて広がり、天の大穴――冥界より一人の青年が現世へと降り立つ。

 

 

 一同の視線の先には、褐色肌ながらもその特徴的な髪形と見慣れた顔があった。

 

 瞳が固く閉じられていようとも、衣服が記憶の世界のときのようなエジプト風になっていようとも、彼らが見間違える筈がない。

 

 

 

「アテム……」

 

「本当にアテム……なの?」

 

 

 確信に満ちた遊戯と、未だ何処か不安の見える杏子の声を余所に、今、アテムの瞳が開かれんとする。その瞳が映すのは――

 

 

「遂に!! 遂にこの時が来た!! 待ちわびたこの時が!!」

 

 海馬。

 

「……。……! ……?」

 

「狼狽えるな! あくまで次元干渉に成功したとしても、完全ではない。俺たちには死者の声を聞くことは出来ん以上、貴様が何を語ろうとも意味はない――だが!!」

 

 興奮冷めやらぬ狂気的な様子を見せるライバルの姿にアテムが肩を跳ねさせる中、海馬による事情の説明がなされていく。

 

「――俺の声は届いている筈だ!!」

 

「――!!」

 

 幾らアテムとて、冥界にて遊戯たちが来るのをゆっくりと待つつもりでいた最中に、強引に現世に引きずりだされれば、戸惑いが勝ろう。

 

 しかし、流石はデュエルキング――簡易的な説明だけで瞬時に今の状況を理解していく。

 

「ふぅん、貴様のことだ。どうせ冥界とやらでも、仲間だなんだと腑抜けた毎日を過ごしていることだろう」

 

 そんなアテムに海馬が鼻を鳴らしながらアテムの冥界での日々を当てて見せる中――

 

「だが!!」

 

 海馬は膝をつく遊戯を背に、握った拳の親指を己が元に引き寄せ、自身の勝利を示す。

 

遊戯(アテム)! 俺は貴様を倒した遊戯すらも倒した!! 俺は日々進化を続けている!!」

 

 遥かに強くなった海馬の気配にアテムも不敵な笑みを浮かべる。二人のデュエリストが揃ったとなれば、何が起きるかなど自明の理。

 

「俺たちが相まみえるその時! 鈍った腕を晒すことなど許さん! 最強の状態の貴様を倒した勝利にこそ意味がある!!」

 

 しかし、そんなアテムを余所に、此処一番の力強さの籠った海馬の言葉と共に――

 

「精々、冥界で腕を磨いておくことだ」

 

 身構えたアテムを残し、踵を返した海馬はアテムからどんどん離れていく。

 

「海馬……くん……?」

 

――アテムとデュエルするんじゃ……ないの?

 

 そんな中、雲行きが変わったことを感じ、声の届かぬアテムの気持ちを見事に心中で代弁した遊戯へと、海馬は満足気に返す。

 

「俺の用は済んだ。この空間はもう暫し保つだろう――仲間ごっこなり、何なり好きにするがいい」

 

 やがて未だに別の意味で立ち上がれぬ遊戯を素通りした海馬は、モクバから用意していたスーツケースを受け取り、突き進む。

 

「行くぞ、モクバ。アカデミアへ向かう」

 

 目指す先はデュエルアカデミア――海馬が手ずから創り上げた最強のデュエリストを生み出す為の教育機関。

 

「うん、兄サマ! お前らも今日はありがとなー! 後のことはツバインシュタイン博士に聞いてくれー!」

 

 そうしてお礼と共に手を振るモクバを引き連れ、海馬は己がロードを進み続ける。

 

 彼にとっては、アテムすら「過去」なのだ。未来の己が死後、冥界で相まみえるその時まで、互いのロードを交えぬ選択を取った海馬の歩みを止められるものなど、この場にはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぇ?」

 

 その声は果たして誰のものだったのだろうか。

 

「終わりなのか?」

 

「海馬のヤツ、アテムとデュエルするんじゃねぇのかよ!?」

 

 本田の疑問を切っ掛けに、ようやく状況に頭が追い付いた城之内の叫びが全てを物語っていた。

 

 なんかヤバ気な実験によって、ヤバ気な現象が起き、アテムが降り立った――此処までのことを企てたのだから相応の目的があるかと思えば、当の海馬はアテムに色々告げた後、立ち去り、遊戯たち一同には訳が分からない。

 

「というより、そもそもコレってどうなってるの?」

 

「いや、俺が分かる訳ねぇだろ!!」

 

「アテムく~ん、久しぶり~!」

 

 杏子の当然の疑問が零れるが、城之内が分かる訳もなく、マイペースに獏良がアテムの元に駆け寄る中――

 

 

 

 

「説明しましょう!!」

 

「ツバインシュタイン博士!?」

 

 感極まった様子でデュエルエナジーによって描かれた陣に踏み入ったツバインシュタイン博士に、遊戯は驚きながら立ち上がった。

 

「この空間は、我々が生きる次元『この世』と、死者が住まう次元である『冥界』。つまり、『あの世』との間に人工的に形成された次元――『その世』です」

 

「『その世』!?」

 

「この人工次元は『あの世』であり『この世』でもある特殊な次元になります。言ってしまえば、死者と生者が交わることを可能にしたゼロ地点、まさに科学と魔術の錬成により生み出された永劫の檻。そう! これは――」

 

 海馬を満足(サティスファクション)させる為に、大変な苦労があったとなんか色々専門的な分野を語ってくれるツバインシュタイン博士なのだが――

 

 

「……つまり、どういうことか分かるか、本田?」

 

「いや、全然わかんねぇ」

 

 ギリ一般的な高校生くらいの学力の城之内と本田には頭上に「?」が浮かぶばかり、夢の為にと学力を急上昇させて学年首席に至った遊戯にすら分からぬ領域だった。

 

 だがツバインシュタイン博士はそんな彼らのことなど、お構いなしに熱弁していた。

 

 死者の国への門を開く。この数学者にとって――いや、人類にとって、どれ程の偉業かは語るべくもない。歴史に記されることが決して無くともツバインシュタイン博士には関係ないのだ。

 

 そうして趣味を語る子供のように専門的な用語を並べたてるツバインシュタイン博士だが――

 

「あ、あの~、済みません、もう少し私たちにも分かるように簡単にお願い出来ませんか?」

 

「聞いてよ、アテムくん。僕たちもうすぐ卒業式なんだ~、それで今日は野坂さんと友達になってね! それで――」

 

 おずおずと小さく手を上げた杏子からの要請に、一足先に獏良がアテムと身振り手振りを交え、世間話をする中、ツバインシュタイン博士は僅かに思案した後、簡潔に返す。

 

 

 

「死者とお話できちゃう不思議空間です」

 

 

「成程な!!」

 

「すっげぇ分かり易いぜ!!」

 

 そして本田と城之内が一瞬で把握できるレベルの説明を受け、理解の色が浮かぶ一同。

 

「っていうか、まさか海馬のヤツ――」

 

 しかし、理解できたゆえに城之内は海馬の非常識さに頭を抱えた後――

 

「――アテムにあれを伝える為だけに、この騒ぎ起こしたのかよ!!」

 

 力の限り叫ぶ。「なんて人騒がせなヤツなんだろう」と。もっと普通に話を通せば揉めることはおろか、遊戯とデュエルする必要性すらなかった事態である。

 

 もっとも、当人に言おうものなら「だから貴様は凡骨なのだ」と鼻で嗤われること請け合いだが。

 

「あぁ、それと――この空間は長時間の維持は性質上叶いませんので、お話するなら早めがよろしいかと」

 

「もっと早く言ってくれよ!!」

 

 だが、ポロッと語られたツバインシュタイン博士の「制限時間」の説明に、城之内は慌てて獏良の世間話を聞く優し気な表情のアテムの元へと駆けだした。

 

「アテム! 久しぶり……じゃなくて、えーとアレだ! アレ! ほら、俺のプロライセンス! 後は、えーと――」

 

「限界の少し前にはお伝えしますので、悔いのないように語らってくださいな」

 

「おう! あんがとな!! それで――」

 

 そうして矢継ぎ早に告げるべき言葉の精査もなされぬままに城之内がありったけを伝えようとするが、その肩へと本田がポンと手を置いた。

 

「城之内、()()の方はさっと済ませちまおうぜ」

 

「いや、俺も伝えてぇことが山ほど――」

 

「城之内くん」

 

「あっ……そうだよな」

 

 そうして本田と遊戯の言わんところを理解した城之内は、夢に向かい邁進していることを手短に伝え、杏子の背中を押すこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて科学が成した奇跡によって紡がれた愛の時間は、一瞬が永遠のような夢心地のまま終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCのオカルト課にて、テーブルを挟み向かい合う2人が自社製品「デュエルマット(仮)」を使用し、デュエルをしながら世間話に興じていた。

 

「そろそろ瀬人のデュエルも終わった頃かな――神崎、キミはどちらが勝つと思う?」

 

 そんな中、その内の一人である乃亜が、対面に座って自身の手札と睨めっこする神崎に話題を振るが――

 

「どうでしょう? お二人の実力は私などではとても推し量れぬものですので――」

 

「そういう話をしている訳じゃぁないさ。個人的な興味だよ。これでもキミのデュエルへの造詣の深さは買っているんだ」

 

「私など、所詮は知識ばかりの頭でっかちに過ぎませんよ」

 

 当の神崎は自身のがら空きのフィールドと、偏った手札に苦心するばかりで、それどころではない様子。

 

 

 幾ら神崎が前世の知識のお陰でOCG知識に明るいとは言え、それはあくまで「運命力のない(確率の)世界」を前提としたものだ。

 

 遊戯王ワールドで、そのまま活用できる程に都合の良い代物ではない。ゆえに謙遜染みた言葉を並べる神崎を、乃亜もテーブル上にクリボーたちを従えながら肯定で返す。

 

「まぁ、そこは否定できないところだね。キミにデュエルの才は乏しい――現にこのデュエルでも何も出来ていない。モンスターの1体くらいは召喚して欲しいものだよ」

 

「ハハ、使い慣れないデッキゆえにどうかご容赦を」

 

「その理屈は好かないな。互いにデッキを入れ替えた以上、条件はイーブンの筈だろう?」

 

 そう、乃亜が語ったように今の2人は互いのデッキを入れ替えてデュエルを行っていた。とはいえ、特に意味はない唯のお遊びである。

 

 だが、神崎が一切モンスターを呼び出せず、乃亜が呼び出したミニサイズのクリボーたちにテーブル上のプレイヤー代わりに投影されたチェスのポーンの駒がひたすら殴られ続けている様は何とも言えない。

 

「デュエルの才と言う面で、既に差がありますので」

 

 ゆえに「適性の差が出た」のだと、ドローしたカードを見て固まる神崎より告げられるが――

 

「流石にそれだけじゃぁ理由としては弱いと思うよ」

 

「貴方のデッキは最上級モンスターが多い構築ですので――」

 

「僕が手札事故を起こすようなデッキを作るとでも?」

 

 返ってくる乃亜の発言に逃げ道を塞がれて行く神崎。

 

 確かに乃亜のデッキはレベルの高いモンスターが多い構築だが、全く扱えない仕様ではないのだ。この場合は扱えない神崎の側の問題が大きい。

 

「――私の実力では扱えぬデッキだという話です」

 

「そうかい――このダイレクトアタックで終わりだね」

 

 ゆえに降参するように両手を小さく上げた神崎の仕草を余所に、乃亜の宣言からクリボーたちが盤上のプレイヤー代わりのチェスの駒を5体がかりでポカポカ殴り、コテンと倒した。

 

 それと同時に神崎のライフが0となったことを示す表示がテーブル上のデュエルマット(仮)に表示される。とはいえ――

 

「お見事です」

 

「お世辞は良いよ。こんな手札の相手に勝っても自慢にはならないさ」

 

「これは手厳しい」

 

 乃亜が己のデッキを回収し、神崎が先程まで持っていた手札を見やれば奇跡的なバランスで動けぬ内容が目に入る。当人の言う様に、この有様の相手に勝っても素直に喜べないだろう。

 

 

 そうして回収した己のデッキを乃亜がデッキケースに仕舞う中、一足先にデッキを収納した神崎がデュエルマット(仮)を片付けながらふと言葉を零す。

 

「個人的には武藤くんが勝つと思います。彼の才は傑出したものだ」

 

「ん? あぁ、答える気になったのかい」

 

 それは、つい先ほど乃亜が問うた質問の答え。やはりと言うべきか、神崎の中での遊戯の信頼度は高かった。

 

「貴方はどうお思いですか?」

 

「僕かい? 僕は瀬人が勝つと思っているよ」

 

「おや、これは意外です」

 

 だが、対する乃亜は海馬の勝利を信じる。犬猿の中――とまではいかないが、ぶつかることの多い両者をよく目にする神崎からすれば意外に映ることだろう。

 

「…………流石の僕でも現実は受け止めるさ。負けは、負けだ」

 

 しかし、乃亜は海馬の実力を他ならぬ己が自身で実感していた。ゆえに確信がある。それに加え、そもそも今回の場合は海馬に「敗北」は「ない」のだ。

 

「それに勝敗がどちらに転んでも、システムは起動できるんだ――瀬人に負けはないよ」

 

 なにせ冥界の扉を一時的に開き、アテムさえ現世に短期間だけ呼べば「勝ち」なのだから。そう、必勝が確約されている筈なのだが――

 

「あー、それなんですが……」

 

「……まさか自分が負けた時はシステムがダウンするようにしているんじゃないだろうね? いや、瀬人ならあり得るか……」

 

 海馬 瀬人という男は完璧な勝利を求める癖がある。遊戯に負ければ全ておじゃんにしかねない。

 

「一体アレに幾らかかったと思ってるんだ…………いや、こんな不毛な話はもうよそう」

 

 そんな海馬節に頭を悩ませる乃亜だが、言って素直に聞くタイプでもない為、己が考えても仕方のないことだと話題を変える。

 

「とはいえ、最近の大きな動きであるアカデミアの件も、オカルト課は外されてしまったし、話題に乏しいね――あの時、キミが『肉体を鍛えさせれば良い』とか言わなければ……」

 

「海馬社長直々に釘を刺されてしまいましたからね」

 

 だが、今KCで一番ホットな話題であろうデュエルの学び舎たる「デュエルアカデミア」にオカルト課は関われていない為、窓際感が強い。

 

 まぁ、神崎の余計な発言が原因なのだが。

 

「瀬人の味方をする訳じゃないけど、ヴァロンみたいなデュエリストを量産されても困るだろうさ」

 

「そうですか? 彼はああ見えて好青年だと思うのですが……」

 

「暑苦しいのは瀬人の好みじゃないよ」

 

 とはいえ、「アテムのようなデュエリスト」を求めている海馬にとって、どちらかと言えば「ヴァロン並びに城之内のようなタイプ」を量産しそうな神崎のプランは受け入れられはしないだろう。

 

「しかし、瀬人が自ら手綱を握っている今は良いとして、アカデミア本校の引継ぎも直に行われるだろうけど、果たしてどう転ぶか……分校の計画も立っているようだし――」

 

「失礼。電話が」

 

 そうしてアカデミアの展望に話題が移る中、神崎の懐にてプルプルと自己主張するスマホ――海馬社長による技術革新の賜物――によって、二人の世間話は打ち切られる結果となった。

 

 

 

 

 

 

 

 やがて退室した神崎がスマホの画面を見れば、思わぬ表示が目に映る。

 

「ん? まさかの直通ライン……か。誰だろう? 特に急な要件はなかった筈…………はい、此方神崎で――」

 

『マニだ。神崎……でいいのか?』

 

――!? プラナの!? 何故、この番号を!? ……あっ、そういえばマニさんに名刺をメモ代わりにして渡していたな。

 

 更に驚くことに、その通話相手はまさかのプラナたちの一人、蟹っぽい頭にわし鼻の青年マニだった。

 

 人間社会と関わらないスタンスの彼らからのコンタクトは神崎としても予想外だったが、想定外は慣れたものとばかりに、声色は平静を装って朗らかに返す。

 

 

「お久しぶりです、凡そ1年振りですね。今回はどうなされましたか?」

 

『突然、我々がプラナ世界から弾き出されたのだ。何か事情を知らないか?』

 

 だが、挨拶もそこそこにマニから語られたことは中々に穏やかではない現状だった。

 

 プラナ世界こと、プラナ次元――澄んだ青空と砂漠が広がり、更には宙に岩肌の島が多々浮かぶ不思議な世界。

 

 そこから強制的に追い出され、勝手も忘れた人間の世界こと物質次元に急に放り出されてはプラナたちも困ったことになるだろう。

 

「…………プラナ次元への次元干渉は一切行っていませんが、問題が起きたのなら最大限助力させて頂きます。今、何処へおられますか?」

 

『いや、それよりも先に情報のすり合わせを――プラナ次元「への」ということは、他の次元に干渉したのか?』

 

 ゆえに全面的に協力の姿勢を示す神崎だが、マニの方はまず現状の把握を優先した。前回のような要らぬ衝突は避けたいのだろう。とはいえ――

 

「はい、所謂『精霊世界』とは、我が社も懇意にさせて頂いております」

 

 神崎が調査しているのは精霊世界が精々だ。あちらの技術や文化を利用している。

 

 例えば、とある別荘地で活動させている「サポートロボくん」は精霊界の《通販売員(ツーマン・セールスマン)》より、《白兵戦型お手伝いロボ》の設計図を購入し、それを元に人間の世界の技術でデチューンしつつ生み出されたものだ。

 

『他には?』

 

「他の次元世界へは『観測』に留めています。何分一癖も二癖もある世界ばかりなので、人間の手が出せる領分にありませんから。精々、冥界に――」

 

『――冥界!? 冥界に何をしたんだ!?』

 

 しかし、神崎からふと零れた「冥界」とのワードにマニは声越しでも分かる程に血相を変えた様子で問い質す。しかし、生憎だがその危機感は神崎に伝わってはいない。

 

「そう大したことはしておりませんよ。人間の世界こと『物質次元』に『疑似的な冥界』を生成し、実際の冥界からデュエルキングの魂を、そこへ一時留めた程度です」

 

『つまり名もなき王の魂を冥界から、解き放った……ということか?』

 

「? いえ、解き放ってはおりません。冥界から『一時的に隔離した』という意味では冥界に『いなかった』時期が存在することにはなりますが……」

 

 なにせ、「冥界」は「プラナ次元」ではないのだから――神崎からすれば「話題が逸れている」と不思議に思う程だった。

 

「あの、先程から冥界の話ばかりで、どうなされたんですか? プラナ次元の問題ではな――」

 

 ゆえに疑問をそのまま問おうとした神崎だが、スマホ越しにガチャンと音が響き、何かが倒れる音がかすかに響いた事実に慌てて声を飛ばす。

 

「――マニさん!? どうかしましたか!? マニさん!?」

 

『マニ! しっかりしろ、マニ!! ヤツに何を言われた!? マニ!!』

 

 受話器から離れた位置と思しき個所からディーヴァの声が聞こえるが、神崎の声は届いていないようであり、返答はなされない。

 

『お電話変わりました、セラです』

 

『セラ!! マニが!! マニが!!』

 

「これはセラさん――マニさんはどうなされたんですか? なにやら只ならぬ様子ですが……」

 

 しかし、代わりに受話器を取ったと思しきセラの声が通信機越しに神崎は現状の把握に努めるが――

 

『一言では説明しきれません。ただ、わたしたちを取り巻く状況はあまり芳しくないことだけ、申し上げておきます』

 

 セラ――いや、プラナ側と言うべきか――彼らも端的に評せる程、全容を把握している訳ではない。そして時間をかけて論議しようにも――

 

『セラ! 機械からカードが飛び出た!? 音が鳴って、どうすれば――』

 

『みんな! 小銭!! ………………足りない……ッ!!』

 

 スマホ越しにコインの投入音が数度響き、狼狽えまくっているディーヴァの発言を纏めるに、彼らは公衆電話から神崎に連絡を取っている様子。世情を離れた彼らがテレホンカードを持っていたことに驚きである。

 

『至急! わたしたちとの合流をお願いします! 今の場所は――』

 

「…………通話が途切れた」

 

 やがてブツリという音がスマホから零れたと同時に、プラナたちとの通信手段を失った神崎。だが、今はそれどころではなかった。

 

――今度は何をやらかしてしまったんだ、私!?

 

 なにせ、ディーヴァたちとの一戦から別次元への干渉に気を配っていた中の今回の事態である。

 

 全容を知らぬ劇場版DSODのアレコレに対し、未だ翻弄されていた。原作知識がないだけでこのザマでは、先が思いやられよう。

 

――幸いなことに、あの時に見たあの子たちの(バー)は特徴的であった以上、見つけるのはさして難しくはないのが救い……か。

 

 とはいえ、合流は問題なく行えるのがせめてもの救いと言えよう。その事実を知らぬプラナ側は今頃、絶望しているだろうが。

 

 やがて乃亜に所用で出かける旨を知らせた神崎は、空にオレイカルコスの力による瞳を浮かべ、世界中の人間たちの(バー)を見やれば――

 

――待っていてください、皆さん!!

 

 膝をつき項垂れるプラナたちを見つけた神崎は足早に精霊界へのゲートを開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして精霊界を経由することで、プラナたちと合流した神崎は「仕事で偶々近くにいた」と噓八百を並べつつ、一先ず近場のレストランで食事がてらプラナ側の事情を聞くことになった。

 

 だが、開始早々神崎は平謝りしていた。まぁ、当然だろう。

 

「この度は、本当に申し訳ありませんでした……!!」

 

「お前!! ホント、お前!!」

 

「返す言葉もございません――皆様の今後に関しては、此方で誠心誠意サポートさせて頂きますので……」

 

 上手く言葉に出来ていないディーヴァの糾弾に、神崎は謝罪に加え、「助力を惜しまない」としか返せない。

 

 あれだけ「プラナ次元に迷惑をかけないようにする!」とキリッと宣言した上でこのザマである。

 

 それは「アテムの魂が冥界より僅かでも出てしまえば、プラナたちは力を失う」ことを知らなかったとはいえ、結果的にプラナ側の生活基盤をぶっ壊してしまった以上、プラナたちにぶん殴られても仕方のない状況ゆえに、それ以外に何を言えるというのか。

 

 そうして、ひとしきりプラナたちの怒りを受けた神崎を余所に、頭痛を堪えるように頭を押さえていたセラが小さく首を振って言葉を零す。

 

「いえ、此方の事情を明かさなかったわたしたちにも原因はあります。それで『助力』の内実はどうなりますか?」

 

「そう言って頂けると助かります。『助力』に関しては、諸々の手続きは此方で済ませておきますので、バックボーンなどに関してはご自由に設定なさってください」

 

 やがて先を促したセラの発言に神崎は、人間社会では孤児であろうプラナたちの戸籍などの諸々の話へと移る。とはいえ、その内実を決めるのは他ならぬプラナたちだが。

 

 しかし、そう語る神崎の言葉にディーヴァは僅かに眉をひそめ呟いた。

 

「お得意の金の力……か」

 

 世の人間が当たり前のように過ごしている日常は誰かの犠牲の上で成り立っている――それがディーヴァの自論であり、幼少時のディーヴァは「犠牲になる側」だった。

 

 ゆえに金や権力を扱う立場にいる神崎に、思う所があってもおかしくはない。たとえ、その恩恵を受けることになったとしても、感情的な問題はまた別だろう。

 

 だが、そんな中、あっけらかんとした神崎の声が届く。

 

「お嫌いですか? ですが、便利ですよ――困っている人を助けることが出来ますから」

 

 そう、神崎はその辺りの好悪を気にしない。汚いお金だろうが何だろうが、結局は「当人の使い様」でしかないのだと。

 

「……キミが言うと、酷く胡散臭く聞こえると思っただけだ」

 

「これは耳が痛い」

 

 やがてバツが悪そうに顔を背けたディーヴァから冗談交じりの苦言に対し、神崎は「ハハ」と軽い軽く笑顔で流す。悲しいことに神崎からすれば向けられる「胡散臭い」というワードは聞きなれたものだった。

 

 

 しかし仮にも世話になる相手への言葉ではないと、マニはディーヴァをたしなめる。

 

「止さ………………止さないか、ディーヴァ」

 

――大分、迷ったな……

 

 とはいえ、神崎の内心が示すようにマニの大いに言葉を濁した様子を見れば、未だ互いの溝は完全に塞がってはないことは明白。

 

 そんな中、一同の空気を変えるようにセラが小さく咳払いした後に問う。

 

「それでわたしたちの今後は一体どういった扱いになるのですか?」

 

「一先ずはモクバ様の預かりとなり、KC系列の孤児院に身を置くことになるかと思います。そこから学び舎に通う流れを整え、将来の方向性を定めていく形になるかと」

 

「海馬の弟だと? お前じゃないのか?」

 

「私の方が良い、と仰られるのであれば構いませんが、皆様の場合はモクバ様の方が波長が合うと思ったもので――どうなさいま……聞くまでもありませんでしたね」

 

 ディーヴァの疑問に神崎が選択肢を提示するが、その返答は、今まで食事をがっついていたプラナ年少組が揃って目を逸らした姿が全てを物語っていた。

 

 天井に逆さまに立つ妖怪みたいな相手を信用はともかく信頼は出来まい。子供は残酷な程に素直な生き物なのである。

 

 そんな居たたまれない雰囲気が流れる中、マニが慌てた様子で話題を逸らしにかかった。

 

「け、KCは孤児院も経営しているのか? こういってはなんだが、我らの知る海馬のイメージと……その……」

 

「誤解されがちですが、海馬社長は世界中の恵まれぬ子供たちに海馬ランドを無償で解放なされる程のお方です――我ら社員がその理念に沿うのは当然のことかと」

 

「どういった場所なのですか?」

 

「身寄りのない孤児を無償で引き取り、施設で情緒を育ませ、教育を受けさせた上で、才有る者は磨き、才無き者には道を示し、そうして生まれた人材を人手の足りぬ部署にお届けする――人材育成の一環も兼ねた場です」

 

 続くセラからの詳細を尋ねられてもスラスラと定型文を並べる神崎だが――

 

「それは人身売――いや、なんでもない」

 

 マニが取り消した発言が示すように、人間を教育機関という名の工場で加工し、出荷しているように思えてしまうのは何故なのか。傍から見た神崎という人物の評価ゆえ――なのかもしれない。

 

「技術やノウハウの諸々を託す後継者がいない――そんな方々に好評ですよ」

 

――「既存社会の間接的掌握」なんて剛三郎殿がいた時代の際に用意した取ってつけたようなリターンも無きにしも非ずだが、今は関係のない話か。

 

 

 とはいえ、打算だろうが偽善だろうが、誰かの救いになっていると信じる他あるまい。

 

 

 いや、そもそも寄る辺なきプラナたちに他の選択肢がない以上、泥船だろうが奴隷船だろうが乗る以外に道はない。

 

 

 

 プラナたちの明日はどっちだ。

 

 

 

 






「アテム VS 社長」をご期待された読者の皆様方には申し訳ないですが、

城之内が「寿命全うして強くなった俺と(冥界で)デュエルしようぜ、アテム!」と約束した手前、

社長が「寿命まで待ち切れるか!!」する訳にはいかなかったので、どうかご容赦を<(_ _)>




Q:つまり、今作の海馬は何がしたかったの?

A:???「遊戯(アテム)との決着は俺の死後、冥界でつける!! ククク、俺の生涯を賭けて磨き上げた力でヤツを打ち倒――いや、待て! 遊戯(アテム)は冥界でしかと腕を磨いているか?

……ヤツのことだ。仲間だなんだと遊び惚けていることだろう。

俺の敵は最強でなければならん!! 器の遊戯に負けたまま、何も変わらぬ腑抜けから得られる勝利に何の価値もない!!

どれ、一つ冥界から引きずり出して発破でもかけておくか。

ふぅん、ついでだ――器の遊戯よりも俺の方が強いことを証明し、最強の称号とやらで危機感を煽ってやるとしよう。

まずは、お甘い器の遊戯を本気にさせんとな――フハハハハハ!!」


Q:海馬の飢えの話は嘘だったのか!?

A:嘘ではないが、真実を射てはいない――そんな感じです。

確かに海馬の中に「飢え」はありますが、それを解消する為に「デュエルアカデミアを創設し、アテムに匹敵するデュエリストを育てるぞ!」と

解決策を自力で用意している為、「飢え死にする」心配は皆無です。

カイザーボーイや、十代ボーイの覚醒が楽しみデース。


Q:あの、普通に「別れの挨拶に参加できなかったから、最後の言葉を送りたい――だから協力して欲しい」って遊戯たちに頼めば良かったんじゃぁ……

A:あの海馬社長が素直に頼めるとお思いか?


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