前回のあらすじ
やっと届いた
戦って欲しくなかった。
傷ついて欲しくなかった。
5体のクリボーたちに守られる――いや、神崎を守るカードたちの願いが今、遊戯の手によって明らかとなった。
「
しかし神崎は理解が及ばない様子で呆然と呟くばかり。
それもそうだろう。今までずっとカードとの関係は悪いものだと判断していた神崎の根底を覆す話だ。容易く受け入れられる筈がない。
「それが
そんな中、涙ながらの遊戯の声が木霊する。
そう、神崎とカードたちはずっとすれ違っていた。
死への恐れと、生への執着。そして亡き両親に誇れる人間へ少しでも近づこうと守る側である為に、己をすり減らしてでも力を求め戦い続けた神崎と、
デュエルを大切にする神崎に戦って傷ついて欲しくないカードたち。
そのすれ違いが、デュエルという剣を神崎から奪う結果となった。
「でも、貴方はそんな状態でも『戦えてしまった』――戦いに身を晒すことを止めなかった! なんで……こんな……誰も悪くないのに……こんなの悲しいよ……!!」
しかし神崎は戦うことを止められなかった。弱いままの自身を許容できなかった。
剣がなければ、拳を鍛えれば良いのだと、爪牙を研げば良いのだと――己の命以外を二の次に生きる為に強さを求め、
怖くとも、痛くとも、苦しくとも、辛くとも、楽しくなくとも。
必要なことだと歯を食いしばって
楽しかった筈の
破綻という名の救いすら、そこにはなかった。
「そうか……そうだったか――」
そうして神崎はその現実を突きつけられた今でさえ――
「――良かった」
「良かっ……た?」
邪気のない顔で笑って見せる。
その表情に、今度は遊戯の理解は追い付かない。何が「良かった」のだと。何も「良い訳がない」じゃないかと。
――カードに嫌われていた訳ではなかったのか。
しかし神崎の心の内には安堵が広がっていた。
人が忌避するような真似を重ね、冥界の王を喰らい、Sinを奪い、
きっと醜い
拒絶されてもおかしくないと思っていただけに、それでもカードは自分を案じていてくれたことが神崎にはただ嬉しかった。
「――デュエルに戻りましょう」
しかしカードの心を遊戯を通じて知った神崎だが、それでも戦うことは止められなかった。
神崎とて『デュエルを使って戦いたくない』が、同時に『何も守れなかった弱い自分』を嫌悪している以上、その選択は取れない。逃げる訳にはいかない。
そうして、いつもの笑顔の仮面を被った神崎に、遊戯は思わず声を荒げる。
「――ッ! 貴方は……貴方は卑怯だ! こんな! こんな方法! 間違ってる!」
己が心に嘘をついてまで無理やり戦う理由なんて何処にもありはしないのに、戦うことを望まれてなどいないのに、その事実をようやく知ったと言うのに、神崎の在り方は何も変わらない。
これでは、みんなが苦しいだけじゃないか。
「大人なんて大抵が卑怯な生き物ですよ。昔は誰もが持っていた筈の大切なことを忘れてしまう。それに――」
だとしても、神崎は貼り付けた笑顔で返す。そう、神崎はあの日、誓ったのだ。
「今更止まれるものでもないよ」
「なら、ボクのデュエルで貴方を止める!! お願い、《ブラック・マジシャン》!!」
ゆえに止まる気はないと語る神崎へ、無理やりにでも止めてみせるとの遊戯の誓いを示すように、神崎は内心で小さく息を吐く。
――そこで『デュエルで止める』という発想に至る辺りが、相いれない……な。
「《ブラック・マジシャン》で《ジャンクリボー》を攻撃!」
やがて遊戯の決意に小さく頷いて返した《ブラック・マジシャン》は杖を回転させながら掲げ、神崎を守る5体のクリボーたちの1体に狙いを定め――
「――
迎え撃つべく飛び出していた《ジャンクリボー》目掛けて、杖より黒き波動が放たれた。
《
「まだです!!」
だが、遊戯の攻勢は留まることを知らない。遊戯は全てを懸けて止めると誓ったのだ。止まる訳にはいかない。
「此処で永続罠《リターン・オブ・ザ・ワールド》の効果発動! 発動時に除外した儀式モンスターを、この瞬間に儀式召喚する!!」
遊戯の宣言の元、天より降り立った魔法陣が輝きを見せれば――
「ボクはフィールドの《ブラック・マジシャン》と《覚醒の暗黒騎士ガイア》でカオスフィールドを構築し、儀式召喚!!」
魔術師と暗黒騎士の二つの魂が、カオスの渦へと飛び込んで行き――
《
「カオスフィールドを超え、降臨せよ! 混沌の二柱!! 《マジシャン・オブ・ブラックカオス》!! 《カオス・ソルジャー》!!」
渦が晴れた先より現れるのは2本角の帽子に黒き拘束具染みた法衣を纏った《ブラック・マジシャン》であった混沌の魔術師と、
《マジシャン・オブ・ブラックカオス》 攻撃表示
星8 闇属性 魔法使い族
攻2800 守2600
混沌の如き藍の鎧を身に纏い、剣と盾を構える『暗黒騎士ガイア』であった超戦士の姿。
《カオス・ソルジャー》 攻撃表示
星8 地属性 戦士族
攻3000 守2500
そうして己が前に立ち並ぶ2体のカオス儀式モンスターに神崎は《増殖するG》の効果でカードを引きながら状況を確認するように言葉を零す。
「《覚醒の暗黒騎士ガイア》の効果ですか……2体のモンスターが呼び出された為、《増殖するG》の効果により2枚ドロー」
「……よく知っていますね。《覚醒の暗黒騎士ガイア》はリリースされた時、墓地の『カオス・ソルジャー』モンスター1体を復活させます」
そんな相手のデッキを全て熟知したような発言に、遊戯は何処か悲しそうな表情を僅かに見せるも、その気持ちを直ぐさま引き締め追撃に移る。
「そして《マジシャン・オブ・ブラックカオス》で《ハネクリボー》を攻撃!! カオス・マジック――デス・アルテマ!!」
やがて《マジシャン・オブ・ブラックカオス》の杖から放たれる赤黒い魔力球が《ハネクリボー》に直撃し、悲痛な叫び声と共にまた1体と散っていくクリボーたち。
《
だが、その狼藉を許さぬように空間が鳴動と共に大きく揺れ動いた。
「相手によってモンスターが破壊されたこの瞬間、私はライフを半分払い、手札からこのカードを特殊召喚します」
神崎LP:200 → 100
やがて神崎の命と言うべきライフを対価に開かれた異界のひずみより――
「――《蛇神ゲー》」
緑の巨大な大蛇が長大な身体をくねらせて空間を破壊しながら顔を覗かせた。
《蛇神ゲー》 攻撃表示
星12 闇属性 爬虫類族
攻 ? 守 0
↓
攻 0
「攻撃力……0、のモンスター……?」
そうしてポンと現れた《蛇神ゲー》を見上げる遊戯だが、その心を占め始めるのは焦燥感。
底冷えするような強大なプレッシャーがその身を穿つ。だが、遊戯にはこの感覚に一度だけ覚えがあった。
それは記憶の世界にて、王墓から失われた名をアテムに届ける際に、王に仕えし「シモベ」と名乗った炎の悪魔が操る炎の馬が引く馬車にて大邪神ゾーク・ネクロファデスを見た一時。
数多の兵を、精霊を、神官を蹴散らす大邪神を前に遊戯が感じた息も詰まるような感覚。
そして、そんな恐怖に似た感情を抱かせるカードを、笑顔で此方を見やる神崎は一体どうやって手にしたのか。何をしたのか。何に手を出したのか。
人にはばかられる行い――全てはそこに集約しているのか、と。
遊戯の中で笑みを浮かべるままの神崎が、どこか恐ろしいものに見えるも、気迫で己を奮い立たせた遊戯は叫ぶ。
「……ッ! 《カオス・ソルジャー》!!」
己が信ずる超剣士へと。
そんな主の声に応えた《カオス・ソルジャー》は一切の迷いなく巨大な蛇《蛇神ゲー》へ向けて跳躍し、己が愛剣を振り下ろした。
――流石に見逃してはくれないか。
「《蛇神ゲー》の効果。自身が戦闘するダメージ計算時、フィールドの最も高い攻撃力を得る」
だが迎え撃つように《蛇神ゲー》の口から放たれた白光のブレスが放たれ、振り下ろされた《カオス・ソルジャー》の剣とせめぎ合う。
《蛇神ゲー》
攻 0 → 攻3000
「でも攻撃力は互角!! カオス・ブレード!!」
やがて振り切られた剣撃によって裂かれた白光が爆ぜ、巨大な爆発となって互いを呑み込んだ。
そんな爆炎の中から力尽きた《カオス・ソルジャー》が投げだされ、地面に倒れ消えていくが、大気を震わせる咆哮と共に爆炎が晴れ、その内より傷一つない《蛇神ゲー》の姿が見せつけられた。
「なっ!?」
「墓地から《サクリボー》を除外することで、戦闘による破壊の身代わりとします」
そして神崎の足元にポトリと落ちた《サクリボー》が鋭い爪の親指を立てた後、役目を果たして消えていく。
かくしてエース格のモンスターを無為に失った遊戯。
「くっ……ならバトルを終了してフィールド魔法《
《
だが、遊戯の背に光り輝く《
「カードを2枚セットして、ターンエンド!!」
遊戯 LP:4400 手札2
《マジシャン・オブ・ブラックカオス》
永続魔法《黒の魔導陣》 伏せ×2
フィールド魔法《
VS
神崎 LP:100 手札3
《蛇神ゲー》 《クリボー》 《
永続罠《闇の増産工場》 伏せ×1
そうして未だ盤面を維持する遊戯に対し、奥の手たる《蛇神ゲー》を従え、神崎はカードを引く。
「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1へ――《クリボー》と《
だが、さして動けぬゆえ、2体のクリボーたちを攻撃表示に変更。
《クリボー》+《
守 200 → 攻 300
やがて《アンクリボー》が小さな手を振って見送る中、競う様に前に出る2体のクリボーたちだが――
「《蛇神ゲー》で《マジシャン・オブ・ブラックカオス》を攻撃」
《蛇神ゲー》が大口を開け轟く姿にコテンと転ぶ。
しかし、そんなクリボーたちなどお構いなしに《蛇神ゲー》の口から再び白光のブレスが放たれた。
「罠カード《奇跡の復活》発動! フィールドの魔力カウンターを2つ取り除き、墓地から《ブラック・マジシャン》を特殊召喚!!」
《
だが、これ以上仲間をやらせはしない、とばかりに再び《ブラック・マジシャン》が現れ、その杖の先から――
《ブラック・マジシャン》 守備表示
星7 闇属性 魔法使い族
攻2500 守2100
「そして《ブラック・マジシャン》が特殊召喚されたことで、永続魔法《黒の魔導陣》の効果! ボクは《蛇神ゲー》を除外!!」
黒い魔法陣が浮かび上がり、異界送りの魔術が《蛇神ゲー》へと放たれた――が、弾かれる。
「――なっ!?」
「残念ながら、《蛇神ゲー》は相手のカード効果の対象にはなりません」
「くっ、なら神崎さんのセットカードを除外!!」
「チェーンして罠カード《共闘》を発動。手札のモンスター1体を墓地に送り、選択したモンスター1体の攻守を墓地に送ったカードと同じにします」
そうして弾かれたが、遊戯の声にグリンと行き先を変え、神崎のリバースカードの1枚を穿ちつつ、相手の意に沿わぬタイミングで発動させた。
「手札の《爆走特急ロケット・アロー》を墓地に送り、《クリボー》を選択」
途端に《クリボー》はいつぞやの如く巨大化。野太い声を上げながら、秘め事を明かされたことを怒るように大地を踏み砕く。
《クリボー》
攻300 守200
↓
攻5000 守 0
「《蛇神ゲー》の攻撃を続行。そしてこのカードが攻撃するダメージステップの間、攻撃対象の攻撃力は半減されます」
そんな怒れる《クリボー》を余所に、白光のブレスへ杖を向ける《マジシャン・オブ・ブラックカオス》だったが、《蛇神ゲー》の瞳が赤く輝いた途端にその膝がガクリと崩れ――
《マジシャン・オブ・ブラックカオス》
攻2800 → 攻1400
碌に迎撃も出来ぬままに《マジシャン・オブ・ブラックカオス》は消し飛ばされ、その余波が遊戯のみを苛んでいく。
《
「うわぁぁあぁッ!?」
遊戯LP:5900 → 4300
「くっ……まだです!」
「《クリボー》で守備表示の《ブラック・マジシャン》を攻撃」
そうして勝負の流れが傾きを見せる中、巨大化した《クリボー》が今やご自慢となった巨躯で押し潰さんと地響きと共に跳躍。
見上げる《ブラック・マジシャン》を巨大な影が覆った。
『クリリー!』
『クリッ!?』
と思えば、
すると、神崎の《クリボー》はボフンと煙を上げながら元のサイズに戻ってしまった。
《クリボー》
攻5000 守 0
↓
攻 300 守 200
「罠カード《共闘》の効果か……」
「……はい、ダメージステップ時に発動した
やがて《ブラック・マジシャン》の肩にぶつかった《クリボー》は、ボヨンと弾かれ、神崎のフィールドに転がって行く。
神崎LP:100 → 0
かくして、此度のデュエルの最後はなんとも呆気ない幕切れを見せた。
「届かなかった……か」
――最後がコレとは……いや、むしろ私らしいか。
そうしてライフが0になった事実と、視界の端で精霊の鍵の審判役の《ブラック・マジシャン・ガール》がピューと遊戯へ飛んでいく中、神崎はポツリと零す。
「最後の《ブラック・マジシャン》を守備表示で特殊召喚したのは、私の攻撃を誘ったゆえかい?」
それが先程のデュエルの最後の攻防。
遊戯の中では《蛇神ゲー》を《黒の魔導陣》で除外して除去する公算だった以上、《ブラック・マジシャン》を攻撃表示で呼び出しても良かった筈だ。
いや、罠カード《共闘》に加え、ダメージ無効の《クリボー》があったのならば、遊戯ならば、むしろ攻撃表示で呼び出し、残りライフ100の神崎を牽制しそうなものである。
ゆえに「罠への誘いだったのか?」との神崎の問いかけに、遊戯は涙を堪えながら語る。
「違い……ます……貴方の
「そうか――キミらしい答えだね」
そう、シンプルにデュエルの戦略とは無関係な、遊戯の優しさゆえの行動だった。
そんな遊戯の想いに小さく息を吐いた神崎は、額を手で抑えるような仕草を見せる。
デュエルも、心理フェイズも、そのどちらも神崎は敵わなかった此度の衝突。
「完敗だよ」
だが、当の神崎は不思議と悪い気がしなかった。
やがてデュエルディスクやデッキを片付けた両者の間の《ブラック・マジシャン・ガール》が空中で両手を広げながら、テンション高めに語りだす。
『はいはーい! 決着がつきましたよー! お願いタイムでーす!』
そう、虚偽を許さぬ三度の質問がなされる時がきた。
もはや神崎に逃げ場はない。そして遊戯も、このまま放っておくつもりもなかった。
「……申し訳ないですけど、話して貰います、神崎さん。ボクは知らずにはいられない――ボクの質問に答えてくれますよね?」
「勿論だとも」
――さて、どこまで核心から逸らせるか……シャーディーの件を鑑みれば、原作知識関係だけは何としても死守せねば……
そして覚悟を決めるように神崎も頷いて見せる。
精霊の鍵の拘束力により虚偽は許されぬが、それでも神崎は足掻く。なにせ、結果的に「話し過ぎた」と同じ状態になったシャーディーの末路を知る身としては、絶対に避けねばならない。
その上で、遊戯の信頼を損ねないように立ち回る必要がある。この時ばかり核心を避けたとして、信頼を得られなければまた同じことが起こるだけなのは明白。
かくして、デュエルの後に「腹の探り合い」という別の戦いが幕を開ける。
『一つ目の質問に、嘘偽りない返答の強制がなされました! 後二つですよ!』
「ぇ?」
――ゑ?
そんな中、《ブラック・マジシャン・ガール》が人差し指を立て、腕を突き出して告げた言葉に、遊戯と神崎はピタリと固まる。
だが、何も難しい話ではない。
遊戯のした「ボクの質問に答えてくれますよね?」に対し、「勿論だとも」と神崎は「嘘偽りなく」答え
言葉にすれば、たったそれだけの話――だが、神崎とて意識していない発言である。当然だ「相手の虚偽を許さずに
ただ、カウントに関してはガバ具合に溢れているが、此方はカウント方法を明言しなかった遊戯の不手際である。
「くっ……!!」
――ボクに負けることも、神崎さんの策略の内だった……!
やがてこの事実に遊戯は「一杯食わされた」と神崎を見やるが、神崎からすれば寝耳に水だった。
――違う、誤解だ。
しかし、現実は非情である。
デュエルによって折角上方修正された遊戯の好感度が、一気に急降下した瞬間だった。
そうして「この期に及んで……!」と評さざるを得ない神崎の姿に遊戯は思考を重ねる。
――何を問うべきだ……アクターさんの正体? いや、それだけを知っても意味がない。可能な限り情報を引き出せる問い方にしないと……
油断していた。遊戯はそう自戒する――常に虚を重ねてきた相手が、なんの保険もなしにリスクを負ってくれる訳がないではないか、と。
勝ち取った「虚偽を許さぬ三度の質問」も、これで残りは二つ。
アクターの正体を漠然に問うても、満足な答えが返ってくる保証はない。なれば、最後の一度で詳細を詰めることとなる。
しかし、それでは「神崎のこと」は何も知れぬまま終わる――精霊の鍵の使用も、同じ手を二度許してはくれないだろう。
そうした様々な問題により悩む遊戯へ神崎の声が届く。
「答えが出ないようなら私から話そう――返答はしなくていい。カウントされてしまうかもしれないからね」
それは神崎が自発的に話すとの提案。口調も普段とは変え、砕けたものにした神崎はあたかも「心を開きました」と言わんばかりの様相だ。
「キミが気になった部分を問えばいい」
つまり、神崎の話を聞いた上で追及したい部分に対し、「精霊の鍵の強制力を使う」――そんな提案。
遊戯にとって悪くない話だ。判断材料がないままに残り二度になった権利を使うよりも、嘘が混じっていようとも、吐き出された情報を取捨選択した方が望む結果が得られる公算は高い。
だが、これまでの負の積み重ねにより、すんなり頷けない遊戯が悩む中、神崎は考える暇を与えぬように答えを待たずに語りだす。
「まず最初に、キミも薄々察しているだろうが私には『未来の知識』がある――入手経路は問わない方がいい。証明もできないことだからね」
最初に神崎から提示されたのは未来の知識の所持。
これは遊戯も知っている範囲だ。パラドックスの発言がそれを裏付けしてくれる。遊戯の中で、これから神崎が語る内容の信用度が増した。
「そしてキミが気になっているであろう『アクターの情報』は、その『未来の知識』には存在しなかった。つまり、私自身もさして詳しい訳ではないんだ」
だが、続く情報に遊戯は若干眉をひそめる――鵜呑みにするには、「相手にとって都合が良すぎる」。なにせ、裏デュエル界では「アクターの情報を知りたければ神崎に聞くのが手っ取り早い」と言われる程度に関わりが多い。
そんな前提があって「さして詳しい訳ではない」と容易く信じることは叶わない。
「互いに秘密主義であり、最低限の関わりしかない――だから、武藤くんが納得できるような答えを私は持ち合わせていない」
その認識は神崎の注釈された情報を以ても、疑念の方が大きかった。遊戯の中で「返答の強制」を使うか否かの決断に揺れる。
「さて――『だから、これで話はお終いだ』などと言っても、キミは納得しないだろうことは容易に想像がつく。ゆえに、キミの疑念である私の行動について話しておこうか」
が、神崎の発言に遊戯の決断は先送りされることとなった。
ああも頑なに秘密主義だった人間が、此処まで踏み込んだ内容を話すとは想定していなかった。だというのに、遊戯の鬼札は
遊戯の中で「待ち」のスタンスが根付き始める。
「パラドックスが言っていたように、私は『未来の知識』を利用している。だが、その未来の知識は酷く限定的で、私の両親の死は教えてくれなかった」
――死んだ……?
しかし、「相手の過去」という思わぬ方向に進み始めた事実に遊戯は呆然と神崎を見やる。だが、相手の表情には相変わらずの貼りついた笑顔しかない。
「私の両親は幼いころ、私の眼の前で死んだ――いや、私が殺したようなものだ」
それは神崎の偽らざる本音の部分。
前世の死に引きずられていた神崎に生きる希望をくれた彼の両親は、己のせいで死んだのだと。
「潰れた彼らを見て思ったよ。『何故、自分には彼らを助ける力がなかったのだろう』と」
これは自責の念などではない。幼少の頃の神崎が漫然と生きず、己の力の尺度を明確に把握していれば十分防げた事態なのだ。
「弱い己が許せなくなった。もっと強ければ、助けられた筈だと」
それは両親の死後、「強さ」を求め、一先ず身体を鍛え始めた段階で発覚した。
神崎の内にあった「飛び抜けた才能」――それが己の肉体。
そこいらの一般人がどれだけ身体を鍛えようとも、熊を殴り殺せなどしない。だが、神崎には出来た。
遊戯王ワールド特有のデュエリストの度を越えた身体能力を、大きく上回った「才」が神崎には宿っていたのだ。
だからこそ悟った。
己がもっと早くにこの才能を自覚し、鍛えていれば両親は死なずに済んだ現実に。
「だから、強くなりたかった」
結果、神崎は弱い己が許せなくなった。ゆえに守る為の強さを求めた。
その為に二度目の人生も捨てた。
青春をやり直す機会も捨てた。
叶えたかった将来の夢も捨てた。
人間らしい生活も捨てた。
人であることすらも捨てた。
それでも、眼の前の男には届かない。
「二人に誇れるようにありたかった」
だが、彼の心は二人を見捨てた時に、疾うに穢れていて、
二人に誇れるような存在には決してなれないことが、他ならぬ自身が一番よく分かっていた。
そうして自身のルーツとなる過去を語った神崎に遊戯の瞳に悲哀の色が映る。その感情の根源は――
――だったら……
「さて、そろそろキミは私のやり方に疑問を覚えていることだろう。例えば『もっと色んな人と協力すれば良いのでは?』――とね」
他ならぬ神崎によって言い当てられた。
誰かを助ける強さを求めるのなら、「他の誰かの強さ」を、助けを借りて「協力」した方が遥かに効率が良いことは誰の目にも明らかだ。
個人の強さを幾ら磨こうとも、早い段階で限界にぶち当たるのだから。
「だが、それは無謀でしかない」
――そんなこと……!
しかし、その前提を知りながら切って捨てた神崎に遊戯が物申そうとするが、それは相手の手によって制され――
「そうだな……例えば、この道の先の角を曲がった場所に大金が落ちている」
「……なにを……」
今までと毛色の違う話をし始めた神崎の姿に、遊戯は戸惑いの声を零すが、神崎の語りは止まらない。
「その大金は本来であれば誰かが手にするかもしれない――だが今は誰の物でもない。そして都合が良いことに拾ってしまえば出処は誰にもバレず、何の問題も発生しない」
――これって……未来の知識の悪用の危険性のこと?
「キミはそれを『誰かに取ってこさせなければならない』。ちなみに相手がネコババしても、キミには分からない前提がある」
そうして神崎の意図するところを把握した遊戯へ、前提条件を語り終えた神崎は問いかける。
「さて、誰に頼もうか」
頼んだ相手が「道の先にそんなものはなかった」と言えば、確認しようがない以上、「自分の行いで未来が変わったのだろう」と考える他ない。
そう、神崎が語ったように「仮にネコババされても」伝えた側は確かめようがないのだ。
つまり、未来の知識を共有しようとした「協力者」が「裏切者」になりうる。
誰だって魔が差すものだ。
そうして暫しの沈黙の後、己が持つ「虚偽を許さぬ3度の質問」の権利に影響しないと判断した遊戯は、慎重にゆっくりと口を開く。
「…………ボクなら城之内くんたちに頼みます――誰かに全てを委ねるのは怖いかもしれない。でも! 本当に信じられる人が! かけがえのない相手が――」
「素敵なことだね。よし、キミに協力者が出来た! やった! さぁ、世界を共に救うべく、今、彼にも未来の情報を明かそう!」
「ふざけないでください!」
「至って真面目さ」
だが、色々と想定していた遊戯の予想を全て裏切り、神崎は小さく手を叩き、芝居がかった仕草で、無駄に明るく振る舞う姿に、思わず怒声を上げた遊戯。しかし神崎は冷淡に温度差のある返答を返す。
そう、神崎が「誰にも頼らない」ことを決めた背景は、今までの話の本題は此処からが本番である。
それを無意識に感じとった遊戯が身構える中――
「とある少年の家族は明日、自動車事故に遭って死亡する。だが、キミがその日に少年と家族に一声かければ助けられる」
「急に何の話を――」
「――助ける? 助けない?」
語られたのは、またもや「たとえ話」。その事実に遊戯が物申そうとするが、神崎の問いかけがそれを封殺するように投げかけられる。
「……助けます」
遊戯にその意図は測れなかったが、有無を言わせぬ神崎の雰囲気に「必要なこと」なのだと己を納得させ、人として当然の答えを返すが――
「とある少女は明日、心に癒えぬ傷を負う。だがキミが明日、友人と遊ぶ約束を取りやめて注意を促せば助けられる――助ける? 助けない?」
「助けます」
神崎のたとえ話は続く。
「とある少年の恩人は明日、犯罪者に家を焼かれて命を落とす。だが、キミが明日に控えた受験を放棄し、寝ずに見張れば助けられる――助ける? 助けない?」
「……助けます」
それは遊戯が幾ら肯定を返そうとも止まることはなく、「いつ終わるのか?」と思う程に続いていく。
「とある少女は不治の病に侵され、1年と保たずに死ぬ。だが、キミが自身の将来の夢を捨て、その病を治す術を探す道に進めば助けられる『かも』しれない――助ける? 助けない?」
「さっきから何の――」
「とある少年はある日、戦火に焼かれ、家族を失う。だが、キミが人生の大半を捧げれば助けられる『かも』しれない――助ける? 助けない?」
「……なん……ですか……それ……」
だが、此処でたとえ話の内容が凄惨さを増していっている事実に、遊戯の顔から血の気が引いていく。これは本当に「たとえ話」なのだろうか。
「とある少年が乗る豪華客船はある日、乗客全ての命と共に沈む。だが、キミが人としての真っ当な生活を捨てれば助けられる『かも』しれない――助ける? 助けない?」
「待ってください……! 一体なんの話を――」
「とある少年はある日、家のしきたりに耐えられず、親殺しの業を負う。だが、キミが様々な人間から後ろ指さされるような行いをすれば助けられる『かも』しれない――助ける? 助けない?」
しかし遊戯の制止の声を振り切って続く神崎のたとえ話の一つが、遊戯の脳裏に一筋の過去の情景を思い起こさせる。
「それって……」
そう、それは――
『お前がお父上サマを殺したい程、憎んだからだろうがよォ!』
闇マリクが語った、マリクを凶行に奔らせた一件。
そうして遊戯の意識が過去に向けられる間も神崎の「たとえ話」は続く。
「とある少年はある日、相棒の精霊と決別し、将来的にその精霊は心を狂わせ、多くの悲劇を生む。だが、キミがその生涯を消費して集めた力があれば助けられる『かも』しれない――助ける? 助けない?」
遊戯は、この話にも覚えがあった。
『神崎さんは俺とユベルを仲直りさせてくれたんだぜ!!』
パラドックスとの一戦の時、共闘した未来から来た青年、遊城 十代の言葉が遊戯の中で木霊する。
「貴方は……」
「武藤くん、『誰かを助ける』ことは、『誰かの為に己の時間を消費する』ことと同義なんだ」
神崎のたとえ話の真意を理解し始めた遊戯と視線を合わせながら神崎はにこやかに語る。
そう、極端な話、「誰かの為に」と行動すればするほどに「己に回す時間」は減っていく。今回のたとえ話でも、少なくない代償を「助けた側」は支払っていた。
「多くの人間を助けるとなれば、『消費する』時間も当然多くなる」
そして未来の知識を知っている神崎は、未来で不幸になる大勢の人間の情報を得た。彼ら全てを助けるのならば、「もっと多くの
だが、その全てに手を差し伸べるなど、「真っ当な方法」では到底不可能であることは誰の目にも明らかだ。
「キミは言ったね――『本当に信じられるかけがえのない相手』の協力を得るべきだ、と」
ゆえに遊戯の言った通り、無二の親友と言うべき相手の――生涯の中で極僅かしか出会えない大切な相手を、協力者として集めることが正道なのだろう。
「彼らの時間を消費しようと」
しかし、それは同時にどこの誰とも知らない相手の為に、己にとって唯一無二の大切な相手の時間を「消費させる」ことを意味する。
「これらのことを踏まえて、もう一度問わせて貰うよ?」
さぁ、武藤 遊戯。王の魂に選ばれし者、現デュエルキング、最強のデュエリストよ。
心して答えてくれ。
キミは世界のどこの誰とも知れない大勢の為に、
自分と大切な人たちの人生を消費して彼らを不幸から――
「知ってどうする気だい?」
助ける?
問える真実は後二つ。
どうして助けてくれなかったの?